IS インフィニット・ストラトス 〜転入生は女嫌い!?〜 第五十五話 〜クロウ、教授する〜
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ラウラが隊長を務める部隊“シュヴァルツェ・ハーゼ”の特訓をクロウが引き受けてから、早三日が経過した。クロウの教えは単純明快、しかもレベルにあった教え方をするのでクロウのコーチは大盛況。最初の敵意はどこへやら、部隊の隊員達もすっかりクロウと仲良くなっていた。時刻は昼時、午前のメニューを終えたクロウは食堂で昼食を取っていた。

 

「クロウ、一緒によろしいですか?」

 

クロウが声の方向へ顔を向けると、そこにはトレーを持ったクラリッサとラウラがいた。何故かその後ろには、複数名の隊員達が遠巻きに三人を眺めている。

 

「ああ、いいぜ」

 

「それでは」

 

「失礼します」

 

二人とも礼儀正しい挨拶をしながら、クロウが座っていたテーブル席に座る。先程まで仕事をしていたのだろうか、二人は軍服を着込んでいた。しばらくの間会話を挟みながら食事に没頭していたが、ふとクラリッサが疑問の声を上げる。

 

「そう言えば隊長、織斑 一夏との仲は進展いたしましたか?」

 

「ああ、勿論だ。この間の臨海学校では私の水着を“似合っている”と表現してくれたぞ」

 

「ふむ、そうですか……隊長と織斑一夏の関係について、ブルースト殿はどうお考えですか?」

 

「……一夏もラウラに悪い感情は抱いていないと思うぜ。生憎と競争率は激しいがな」

 

「それは良い事ですね。隊長、私が教えた事は役に立っていますか?」

 

(“教えた事”?)

 

クロウが意味の分からないフレーズに首をかしげる中、ラウラは元気良くクラリッサの言葉に回答する。

 

「ああ、効果抜群だったぞ。一夏の事を“嫁”と呼んだり、夫婦は布団を共にするなどの知識は私にとっても良い──」

 

「……」

 

「……ク、クロウ?どうかなされたのですか?」

 

クロウは二人の目の前で頭を抱えていた。行動の意味が分からない二人は途端に心配そうな声を上げる。

 

「……おいラウラ、その事をお前に教えたのは──」

 

「勿論、私です!!」

 

ババーンと言う効果音が背後に見える程の勢いで席を立ったクラリッサ。そして勢い良く熱弁を始める。

 

「私が隊長に教えた日本の知識の数々!それは隊長と織斑 一夏の距離を着々と縮め、最後に二人は一緒に……ああ、なんと素晴らしい事でしょう!!」

 

「流石お姉様、博識です!」

 

「伊達に日本の書物を愛読してないですわ!!」

 

周囲からはクラリッサを褒め称える声が聞こえる。周りの人間は全てクラリッサを教祖の様な視線で見つめており、それはラウラも例外ではなかった。ただ一人、クロウを除いて。

 

「……あのよ、ハルフォーフさん。その知識はどこから?」

 

「ああ、これです」

 

ゴソゴソと懐を漁ると、数冊の書籍を取り出したクラリッサ。クロウはその表紙を見ると、再び絶句する事となる。

 

「これらが私の((聖書|バイブル))、日本の知識を私に授けてくれる物です!」

 

「……」

 

「クロウ、先程からどうかしたのですか?」

 

それは日本で少女漫画、と呼ばれる物だった。表紙には目が大きすぎる程表現された少女と少年が互いに見つめ合っている構図が、過剰気味な色彩で描かれている。他の物も全て同じ様な類のものである。目の前の無垢な女性に現実を教えるべきか、そっとしておくかの狭間で揺れていたが、クロウが答えを出す前に時間切れとなってしまう。

 

「隊長、そろそろ休憩も終わりです」

 

「そうだな。クロウ、それではまた後で」

 

そう言い残してラウラとクラリッサが席を立って歩いて行ってしまう。それを見届けた後、自分もこの後仕事がある事に気づいて、残りの昼食を急いで掻き込むクロウだった。

 

 

 

 

「格闘は相手と自分の距離をしっかりと掴む事が一番重要だからな。ほれ、次」

 

クロウと部隊の面々は、訓練場でISの格闘訓練を行なっていた。数人がISを装備してクロウに斬りかかる。クロウもリ・ブラスタを装備してそれを受け流しつつ、問題点を指摘。只々それの繰り返しなのだが、これがまた人気なのである。

 

「ハアアアッ!!」

 

「お、良い斬り込みだな」

 

「そ、そうですか?」

 

目の前の少女がえへへと顔を綻ばせる。自分より実力が数段上の人間に褒められて悪い気はしないのだろう。そのまま数度、相手が近接武器で斬り合いを続けて、最後にクロウが関節を決めて終わりとなる。

 

「今のは突っ込みすぎだな。カウンターを喰らわない様に気をつけろ。次」

 

そのままどんどんさばき続けて十分後、クロウが終わりを告げる。

 

「よし、ここまで。後は座学になるからな」

 

「「「はい!!」」」

 

クロウはまだ道がいまいち分からないので、隊員達が先導していく形を取る。クロウが前を見据えて歩いていると、不意に隊員の一人の声をかけられる。

 

「あ、あの、教官はいつもIS学園にいらっしゃるんですよね?」

 

「まあ、そうだが……その呼び方、何とかならないか?」

 

クロウは正直言って辟易していた。元々軍隊にいたのは確かだが、前の世界でクロウが所属していた部隊には上下関係と言うのは殆ど無く、全員フランクな態度で接していた。その為、過度な尊敬を受ける事にも慣れていなかったのである。

 

「じゃ、じゃあ“クロウさん”って呼んでもいいですか!?」

 

「ああ。むしろそっちの方がありがた──」

 

「「「キャアアッ!!」」」

 

クロウが返事をした瞬間、嬌声が訓練場に響き渡った。クロウが耳を塞いで堪えると、続けて隊員達の声が響く。

 

「ど、どうしよう!?呼んでいいって!!」

 

「いいなぁ!私も呼んでみたい!!」

 

「じゃあさ、皆で一緒に言ってみようよ!!」

 

クロウそっちのけでガヤガヤと話している風景は、まるで軍の部隊には思えない普通の少女達の様であった。クロウは年齢に似つかわしくない表情で、光景を見ながらふと考える。

 

(……あいつらも、こんな景色が見たかっただろうな)

 

そこでクロウは昔聞いた言葉が脳裏に浮かび上がった。その言葉とは──

 

(“軍隊では戦う事が一番重要で、奉仕活動や訓練は二番以降。でも、もしもずっと二番目だけやっていられる軍隊があったら、それは素晴らしい事なんじゃないか?”だったっけか……)

 

クロウは目の前の少女達を再び見る。その目には、二番目だけをずっとやっている少女達が映っていた。

 

 

 

基地内の一室では、クロウがこの日の特訓内容である座学を行なっていた。特訓と言っても何も全てが訓練だけではない。脳筋では戦闘に勝つことは出来ないのだ。

 

「──とまあこんな感じで、多人数対多人数の戦いで重要なのは役割分担だ。敵に突撃して戦場を引っ掻き回す前衛型。遠距離から前衛型が撃ち漏らした敵を片付ける後衛型。傷ついた前衛型と後衛型を支える補給部隊。そしてここぞという場面で圧倒的な攻撃力を発揮する火力型。こいつらが臨機応変に行動する事で、例え戦力に差があっても覆す事が可能となる。ここ、覚えておけよ」

 

「「「はーい!!」」」

 

教室の様な部屋で隊員達が元気の良い返事を返す。“もうお前IS学園で教師しろよ”と思えるような名教師の一面を見せるクロウだった。

 

「それじゃあ今日はここまで」

 

「起立、礼!」

 

「「「お疲れ様でした!」」」

 

ビシッとクロウに敬礼をする辺りが、ここが高校ではなく軍隊だという事を証明していた。そのまま戻ろうとするクロウだったが、数名の女性隊員に引き止められる。

 

「あ、あの、クロウさん。少しいいですか?」

 

「ん、何だ?」

 

「ちょっと質問したい事があるんですけど……IS学園での隊長について」

 

相談を受けたクロウはにべもなく応じる。いつまでもここに居るのも何なので、揃って食堂に移動した。いつの間にか、先程までクロウの授業を受けていた隊員全てがついてきている。つまりはクラリッサとラウラを除いたシュヴァルツェ・ハーゼ隊の全員とクロウが食堂で会する事となった。

 

「さて、それで聞きたい事ってのは?」

 

「あの、隊長って学園でどんな感じなんですか?」

 

「それよりも、隊長が好きな男を聞くのが先でしょ?」

 

クロウがテーブル席に着くと間髪入れずに隊員達がテーブルを囲み、我先にと身を乗り出しながらクロウに質問をぶつけ始めた。

 

「取り合えず落ち着けお前ら。ちゃんと話してやるから」

 

クロウは全員を落ち着かせると、ゆっくりと話し始めた。やはり自分が所属する部隊の隊長の事は気になるのか、質問は留まる事を知らずにそのまま十分以上会話が続く。

 

「え!?じゃあ隊長とその織斑 一夏が会った時って、隊長はその男を殴ろうとしたんですか!?」

 

「ああ、直前で俺が止めたけどな。それを考えると、ラウラも丸くなったもんだな」

 

「じゃあ、次に──」

 

「少しいいか?」

 

いきなり声が食堂内に響く。一同が視線を声の主に向けてみると、食堂の入口にいたのはクラリッサだった。眼帯で隠していない右目で、集団を睨みつけている。

 

「お前達、ブルースト殿を少し借りたいのだがいいか?」

 

「あ、はい!」

 

弾かれた様に隊員達が道を開ける。お呼びがかかったクロウは“また後でな”と隊員達に声を掛けて席を立った。クロウが席を立ったのを確認すると、クラリッサは一人で先を歩いて行ってしまう。

 

(ついてこいって事か?)

 

意図を把握しきれないクロウは取り敢えずクラリッサの後をついていく。クラリッサは無言のまま何度も角を曲がり、そしてとうとう誰も来ない様な踊り場でぴたりと立ち止まった。

 

「おい、どうし──」

 

口を開いたと同時に、クラリッサは素早く振り向きクロウを壁に押し付ける。クロウは何が何だか分からずにされるがまま。左手でクロウの首を押さえつけていつの間にか右手に握っていた物をクロウの首元に押し当てる。クロウの首に押し付けられている物は、鈍色に光るコンバットナイフだった。

 

「……話し合いには不釣り合いな物があるんだが?」

 

「黙れ、質問に答えてもらおう……貴様は何者だ?」

 

流石軍人と言うべきか、クロウの首を押さえつけている手は簡単には振り払えそうもなかった。勿論本気で抵抗すれば振り払えるだろうが、クロウは只々目の前のナイフを冷めた目で見つめるだけ。クロウが無言のままでいると、クラリッサが再び口を開く。

 

「上手く隠したようだが、我々ドイツ軍の目を欺くことは出来なかった。貴様の素性は得体が知れない。大人しく答えた方が身のためだぞ」

 

「そうか……」

 

クロウが一つため息をつく。クロウはゆっくりとクラリッサを正面から見つめると、そのまま数秒間押し黙った。

 

「……分かった」

 

「話す気になったか。それでは──」

 

「“話さない”……これが俺の答えだ」

 

期待していた言葉と真逆の返事が帰ってきた事に驚きを隠せないクラリッサ。クロウの返事を聞いて目を見開いた。しかし数秒後、再び元の剣呑な視線をクロウに浴びせる。

 

「貴様……本気か?」

 

「ああ」

 

「私は貴様の喉笛をナイフで引きちぎる事が出来るのだぞ。それでもか?」

 

「人を見る目だけはあると思ってるからな。アンタは理由も無しにそんな事する人間じゃない。それにいざという時は俺もそう簡単にやられるつもりも無いんでな」

 

壁に押し付けられたまま、クロウが独白する。二人が同じ体勢で固まっている廊下を静かに夕日が照らしていた。まるで無限とも思える時間は、クラリッサがゆっくりと右手を下ろす事で終わりを告げる。

 

「……すまない。試すような真似をした」

 

クラリッサがナイフを仕舞い終えると、一歩下がってクロウに頭を下げる。クロウは服装を正しながら朗らかに口を開いた。

 

「構わないぜ。どうせラウラの事を思っての事だろ?アイツが信用しているといっても、連れてきたのが正体不明の男だ。不安に思っても仕方ないさ」

 

「……貴様は心が読めるのか?」

 

「そのぐらいしか、今ここで俺が襲われる理由が無いもんでな。しかし俺の言葉を信じるのか?自分でいうのも何だが、それなりに怪しいと思うぞ?」

 

「……自分で確かめたかっただけだ。そもそもお前が通っているIS学園には、あの織斑 千冬がいる。彼女が得体の知れない危険人物を放っておくわけが無いだろう」

 

「ん?千、織斑先生を知ってんのか?」

 

学園の外、しかも事情を知らない人間の前で名前呼びは控えた方がいいだろうと思ったクロウは慌てて言い方を変える。

 

「隊長が直々に指導を受けていた事もあって、面識はそれなりにあったからな。それに私は軍で尋問もしたことがある。やましい事や犯罪に関係する秘密を抱えている人間は目を見れば分かる……つもりだ」

 

「それで俺はどうだったんだ?」

 

「……私が無害と判断した。その事実があれば十分だ。もう一度謝罪する、済まなかった」

 

再びクラリッサが頭を下げた。二度も頭を下げられて居たたまれない気持ちになったクロウは、慌てて顔を上げるように催促する。

 

「もういいからよ。顔を上げてくれ」

 

「そうか」

 

クロウの言葉を聞いてスッと顔を上げるクラリッサ。先程まで目の前の人物にナイフを突きつけていたとは思えない程、晴れた表情をしている。中々神経が図太いのかもしれない。

通路の反対側の壁に身を預けながら、クラリッサが言葉を放つ。

 

「一つ聞かせてくれ。問題があるようだったら答えなくていい」

 

「何だ?」

 

「何故、貴様は怯えなかった?ナイフを突きつけられてもお前の目は一切ぶれる事が無かった。何故だ?」

 

「恐怖心ってのをどっかに置き忘れてきちまったんでな。俺が怖がるのは只一つ……」

 

「……何だ?」

 

一体どんな言葉が出てくるのだろうとクラリッサは身構える。自分が目一杯の殺気を叩きつけ、ナイフで脅しても全く堪えなかった男は一体何を怖がるのか、とクラリッサは軽く尻込みした。しかし次の言葉を聞いた瞬間、そんな思いは霧散する事となる。

 

「……借金だ」

 

「……は?」

 

「だから、借金だ。特に明細に書かれた数字が怖い」

 

「そ、そんな物が怖いのか?」

 

クラリッサは思わぬ返事に呆気に取られてしまった。クラリッサの目の前では、クロウが“如何に借金が怖いか”ということを身振り手振り付きで喋っている。

 

「──と言う事だ。分かったか?」

 

「全く……私の殺気も効かない男が、まさか借金を恐れるとはな」

 

「別に構わないだろ。苦手なものってのは人それぞれだ。あと、詫びの代わりと言っちゃなんだが」

 

「何だ?言ってくれ」

 

「敬語、止めていいか?」

 

その言葉を聞いたクラリッサは再び惚けた顔をする。次の瞬間、ゆっくりと体を震わせたかと思うと、思い切り哄笑した。

 

「ははは!!構わないぞ、クロウ・ブルースト。いやはや、お前は面白いな!」

 

「……そんなに面白いか?」

 

「クロウ?」

 

クロウとクラリッサが声のした方向に目を向けると、そこには小首をかしげたラウラがいた。クロウとクラリッサという珍しい組み合わせを疑問に思っているのか、ツカツカと歩み寄って来る。クラリッサは素早く居住まいを但し、ラウラに敬礼を送った。

 

「クロウ、どうしたのですか?派手な笑い声が聞こえましたが」

 

「いや、俺じゃなくてこっちの──」

 

「……クラリッサ、クロウに何か無礼を働いたのか?」

 

「い、いえ!全く!!」

 

「ただ話をしていただけだ。問題は無い」

 

「そうですか。クラリッサ、先程隊員が探していたぞ。行ってやれ」

 

「はっ!!それでは」

 

クラリッサは踵を返して歩き去ってしまった。残されたクロウとラウラはなんとなく歩きながら話を始める。

 

「本当に何もなかったのですか?」

 

「ああ。強いて言えば、お前の副官さんは立派な人間だな」

 

「そうでしょう!彼女は──」

 

ラウラが物凄い勢いで語りだす。如何にクラリッサが自分を支えてくれているか、如何に彼女が有能なのか、如何に彼女が自分にとって大切な存在なのかを。ラウラの顔つきは、まるで出来の良い姉を自慢げに話している妹の様だった。クロウはラウラの言葉の相槌を打ってやりながら、ラウラの言葉に聞き入っていた。通路の窓から夕日が差し込む中、クロウはまるで父親の様な表情で歩いていく。今日もクロウ・ブルーストの一日が過ぎ去ろうとしていた。

 

説明
第五十五話です。
ドイツ編その2。前回の話が短かったので連続投稿。試験が近い時に限って筆(指)が進む法則。
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タグ
IS インフィニット・ストラトス SF 恋愛 クロウ・ブルースト スーパーロボット大戦 ちょっと原作ブレイク 主人公が若干チート ハーレム だけどヒロインは千冬 

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