遊戯王GX †青い4人のアカデミア物語† その9
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「……う……ぇ……」

 

 深夜。女子寮の一室では、家主のものと思われるうめき声がした。

 トイレの前に膝をつき、こみ上げる胃液が食道を伝わり吐き出される。

 胃の中には既になにも入っていなかった。

 

「……ぇほっ、ゲホッ! ゼェ……ハァ…………」

 

 口元を抑え、こみ上げる吐き気に耐える。

 水を流し、備え付けられている洗面台で軽く口をゆすぐ。

 ふと顔を上げると、鏡が目に入った。

 毎朝見ているものだったが、今だけは、"今のような時だけ"は、そこに映るものが違っていた。

 

「……っ。ぶっさいくなツラ……」

 

 鏡の中人物の眉間に、深いシワが出来る。

 こちらを忌々しそうに睨みつける顔から目を背けると、振り返らずにトイレを後にした。

 部屋の灯りは既に消えている。トイレの灯りを消すと、月の光もない今夜は正真正銘の闇に溶けた。

 辿々しくも確かな足取りで、毎日使っている机へと歩みを進める。

 スタンドのライトを付け、引き出しからあるものを取り出した。デュエルモンスターズのデッキだった。

 

「…………」

 

 無言でカードを並べていく。

 数分もしないうちに、机の上はカードで敷き詰められた。

 

「……なにを……間違えたんだ……っ!」

 

 呻くように、押し殺すように呟かれた声に答える者はいない。

 並べたカードからいくつかを手に取り、戻しては新しいカードを手に取る。

 何度も、何度も、何度も、何度も。

 幾度と無く同じようなことを繰り返すと、手を止めた。

 

「……ダメ、だ……っ!」

 

 噛み締めるように、自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 

「駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ……っ! こんなんじゃ……こんなんじゃ、駄目だ……っ!」

 

 カードを持つ手に力が入った。

 頭を抱え、再び沈黙する。

 この日、部屋の明かりが消えることはなかった。呻くような、悲鳴のような声は静かに闇に溶けた。

 

 

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「デュエルにおいて必要なものは何か、答えられるか? 優介」

「……戦術、デッキ構成、駆け引き、勝つという自信」

「概ねその通りだ。きっとそうだ、そうに違いない。だからこそ問いたい」

「うん」

「――何故テニスが必修なんだ」

 

 試験が終わり翌日の授業。体育の時間はテニスだった。

 ケイと優介はベンチに座り休憩している。既に一試合を終えた後だった。

 今は吹雪と亮でボレーの打ち合いをしている。互いに攻めあぐねているのだろうが、亮のほうがかなり上手だった。

 

「……屋内にテニスコートがあるからじゃないかな」

「……だろうな」

 

 屋内なので関係ないが、外は今、雨である。

 何故テニスコートが屋外ではなく屋内に作られたのか、理由を知るものはいない。

 

「まああれだろうな。タッグデュエルの連帯感を高めるとか、そういうの」

「最近公式的にルールができた、あれか」

「そうあれだ」

「……今しているのはシングルスだが」

「突っ込んだら負けだと思うんだ」

 

 デュエルアカデミアというデュエルを学ぶ専門的な施設ができた今、デュエルモンスターズの社会影響度はかなり高い。

 デュエルのプロリーグと呼ばれるものまで存在し、そこに出場する選手は一流のデュエリスト揃いである。そしてその契約金、大会賞金等も莫大なものが多い。

 しかし社会貢献度が高いほど、問題となる点も多い。

 その問題点の一つがタッグデュエルにおける正式な裁定であり、それがつい先日、正式に決まった。

 

「なんだったかな。ライフは二人で8000、フィールド、墓地、除外ゾーンは共有、デッキと手札はそれぞれの物を使って、交互にターンを進めていき、二ターン目から攻撃が可能。パートナーのセットカードは自由に使用できて、プレイヤー指定のカードは相手しか指定できない、だっけ」

「タッグフォースルール、というやつか」

「そうそれだ。あとは、ライフは二人で8000、フィールド、墓地、除外ゾーン、デッキ、手札は個別。一巡するまで攻撃はできず、パートナーのカードはコントローラーしか発動できない。プレイヤー指定カードはパートナーを指定できて、パートナーのフィールドのカードを対象に自軍強化カードも発動できる、だったはずだ」

「それはタッグロワイヤルルールだな」

 

 デュエルモンスターズの創始者にしてルールを統括する組合の名誉会長を務めるペガサス氏率いるI2社。そのペガサス会長が正式に発表したのが、この二つの公式ルールだった。

 なお、ルールを決める際に海馬コーポレーションと提携したという話があるが、信じるものは少ない。

 

「一長一短、といったところだな」

「俺の『オネスト』が亮の『サイバー・エンド・ドラゴン』に使えるって考えると、好きなタイミングで発動できるタッグロワイヤルルールの方が優位に考えられるけど」

「やめてくれ恐ろしい」

 

 意識をテニスへ向けると、既にスコアは40-0となっていた。亮の圧勝だった。

 

「もう……む、り……」

「いや……久しぶりにいい運動になった……」

 

 戻ってきた二人は備え付けのベンチに座り込んだ。額からは汗がとめどなく流れている。

 

「中々様になっていたぞ二人共。特に吹雪が転げまわるところとかな」

「い、や……! ゼェ、そんなこと、ハァ、してないから……」

「丸藤、もう少しでツ◯メ返し打てるんじゃないか?」

「無理だな。そこまで極めてはいない」

「ハァ……ふぅ。僕は一度ツ◯スト◯ーブ打ってみたいな」

 

 雑談もそこそこに、四人はそれぞれのカードの話へ入った。テニスコートでは別のペアがダブルスをしている。

 

「なるほど、公式タッグルールか……」

「一度四人でやってみるのも面白いと思うんだ」

「じゃあまずは僕と亮のベストパートナーっぷりを披露しようじゃないか」

「「「いや、それはいい」」」

 

 三人の息が合った。

 

「それはそうとして、ケイのデッキって結構攻撃性高いよね」

「そうか?」

「いやいきなり攻撃力2400のダイレクトアタックとか普通ないから」

「『進化する人類』を『起動砦のギア・ゴーレム』につけた時のやつか。いや、あれは装備が破壊されるとライフを無駄に払うだけになる。そうでなくとも攻撃した後は攻撃力が下がる」

「デメリットアタッカーみたいな使い方だね」

「それとは対照的なのが天上院だな。この間もパワーでゴリ押しだったし、もう少し効果を見てみないか?」

「藤原、俺が何度言ってきたと思う?」

「……悪かった」

「ちょっと待った。なに、その『吹雪は学習しないやつだから何を言っても無駄だ』みたいな空気は」

「バランス面で言ったら二人のデッキは完成度高いな」

「スルーか!」

「『天空の聖域』でダメージを受け流しながらモンスターを召喚、そこから上級モンスターも呼べる。『光神機-轟竜』もあっという間に出てくるから火力も申し分ない」

「手札が揃えば、だけどね」

「中等部では何度亮に負かされたことか……。初手サイバー・エンドとかおかしいでしょ……」

「お前だって勝っているだろう」

「勝率二割をどう誇れと?」

 

『そこ! 授業に集中しなさい!』

 

 カード談義をしていると、体育教師兼保険医の鮎川先生から叱咤の声が飛んだ。

 やれやれ、といったように腰を上げるケイと吹雪。先程と同じように、シングルスで戦うようだった。

 

「じゃあやりますかねー」

「ああ。言っておくが俺はやるからには全力で行く」

「げっ」

 

 嫌そうな顔をする吹雪に構わず、ケイのサーブから始まった。

 まずは互いにボレーの応酬から始めるつもりだったのか、ラリーが長いこと続いた。

 手持ち無沙汰になった亮は、優介に気になっていたことを聞いた。

 

「そういえば藤原」

「ん?」

「彼女とはどうなったんだ?」

「ゴフッ」

 

 ドリンクを飲んでいる最中の出来事だったので、思わずむせ返る優介。

 亮はその背中をさすった。

 

「大丈夫か?」

「エホ……な、何を突然っ」

「いや、昨日から気になっていただろう? それに今は二人が割りこんでくることはない」

 

 亮がそう言いながら、テニスコートを指さす。

 時折強力なスマッシュを打つケイと、それに必死に食らいつく吹雪。

 返ってきたボールを、ケイは前方に走り飛びながら打ち返した。

 

「……エアケイ」

「話をそらすんじゃない」

 

 亮の一言で、観念したのかポツポツと話し始める優介。

 亮はデュエル中の柔軟な戦術とは違い、意外にも頑固だった。

 

「……まあ、あれっきりだよ。彼女が……龍剛院真理が、どういう人かも知らない程度さ」

「知りたくないのか?」

「どうにもプライベートな問題っぽいし、関わっちゃいけない気がするんだ」

「……だが、それ以外ならいいんじゃないか?」

「たった一度デュエルしただけ、それも俺の勝ちで終わったデュエルだ。どうやって敗者の彼女に近づけって言うのさ」

「ふむ……」

 

 顎に手を当て、しばし逡巡する亮。

 テニスコートでは吹雪がド◯ップ◯ョットもどきを打って、ケイに一矢報いたところだった。

 

「……まずは物理的に近づくのが一番だな」

「は?」

「あの角のベンチで休んでいる」

 

 亮の指差す先を追うように見る優介。

 テニスコートの入り口に近い場所では、誰かがベンチに座っていた。

 格好は女性のようだが、優介の目には人がいる、程度にしか見えなかった。

 

「……丸藤。君、目、いくつ?」

「二つだが?」

「……」

 

 話の後、亮は別の生徒とペアを組んでダブルスの試合を始めた。

 

「(近づくのが一番、ね……)」

 

 残された優介は、一人考えていた。

 

「(元々接点なんてなかったんだ。赤の他人のはずなのに、なんでこんなに気が重いんだ……)」

 

 考えれば考えるほど、思考の渦に飲まれていく。

 それに気づいた優介だが、だからと言って考えることをやめることはなかった。

 

「…………」

 

 入口側のベンチに目を向ける。

 優介の目には、誰か座っているという程度にしか映らない。

 しかし亮が言うには、いるのは龍剛院らしい。

 

「(……案ずるより産むが易し、て言葉あるくらいだ。動いてみるか。一試合するってことなら、別に不自然でもないだろう)」

 

 そう考え、優介は動いた。名目上、その手にはテニスラケットが握られている。

 少し歩いたところで、変化は起きた。

 

「…………ん?」

 

 近づいたせいか、座っている人物が龍剛院だと認識できている優介。

 件の彼女の様子がおかしいことに気づいた。

 

「(息が荒い? ずっと座ってたと思うけど、動いてたのか?)」

 

 近づくにつれ、くっきりとわかる疲労の色。尋常ではない息の仕方に優介は疑問を持った。

 そして次の瞬間、龍剛院は全身の力が抜けるかのように横たわった。

 

「!? お、おい! 大丈夫か!」

 

 近づいてきた優介以外、周りに人はいない。皆テニスに夢中か、話をしていてこちらに気づいた人はいなかった。

 急いで手を上げ、養護教員である体育教師の鮎川を呼んだ。

 

「……顔色が悪いわね。すぐに保健室に運びましょう。藤原くん、手伝ってくれる?」

「は、はい」

 

 一瞬驚いた顔をした鮎川だったが、容態を見るや否やそう言って指示する。

 鮎川の手伝いの元、龍剛院を背中に乗せた優介はテニスコートを後にした。

 

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「栄養失調、ですか?」

「ええ。この子の人差し指の付け根を見てみなさい」

 

 保健室に龍剛院を運び入れベッドに寝かせた優介。鮎川の診断の結果は、栄養失調だった。

 

「ちょっとした出っ張りがあるでしょう? これは吐きダコと言って、何度も嘔吐を繰り返した人に出るものなの」

 

 言われて優介はようやく気づいた。確かに龍剛院の右手人差し指の付け根が、丸く少しだけ大きくなっている。

 

「摂食障害を持つ生徒は珍しくないわ。環境が変わったり他人と上手くいかなかったりするだけでなることも多いから。でもこの子の場合、一緒に拒食症にまでなっているわね」

「拒食症というと、食事をしたくなくなるという、あれですか?」

「そうよ。多分元々が少食なお陰で外面的には変化はないわね」

 

 龍剛院の身体は、一般的にはスリムと呼ばれる部類だろう。ただ普通の人と比べ、明らかに手足が細かった。

 

「藤原君、貴方、昨日の試験で対戦してたわね?」

「え……まあ、しましたけど」

「その時、なにか気づいたこととかなかったかしら?」

 

 そう言われ優介はわずかに逡巡した。殊の外、あっさりと言葉が出た。

 

「そういえば、やたらと周囲のブーイング大きかったですね。『ざまあみろ』とか、色々と……」

「ということは、社会的要因ね。対人関係の欠損による精神疾患が、この子の病気の原因だわ」

 

 どういう意味だろう、と優介は思った。

 特待生という立場上、少なからず敵意や嫉妬の対象となってきた優介は、龍剛院のような症状に陥ったことはなかった。

 

「後はこちらで面倒を見ておくわ。そろそろ授業が終わるし、貴方も戻りなさい」

「あ……はい。では、失礼します」

 

 一言そう言い、優介は保健室を後にした。しかし、その内側にはしがらみが残っていた。

 

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 テニスコートに戻った優介を待っていたのは、奇妙な現実だった。

 

「……! …………!!」

「……? ……! …………!?」

 

 距離が遠く聞き取りにくいが、誰かが言い争っているらしい。

 近づくと、言い争っていたのは吹雪、それと見知らぬブルー生徒だった。

 

「ん、優介か。どこに行ってたんだ?」

「ああ、ちょっと保健室に……。それより、これはなんだ?」

 

 優介の存在にいち早く気づいたのはケイだった。既にテニスラケットは片付けたあとなのか、他の生徒は誰もいない。亮もいなかった。

 

「授業が終わる直前にこいつが来て、吹雪と議論を始めたんだが……」

「それが今になっても長引いている、と?」

「ああ。ちなみに亮は先に部屋に戻った」

 

 体育で本日の授業が全て終わったらしく、亮は戻ったという。

 

「……で、何について言い争っているんだ?」

「……聞かないほうがいいぞ?」

 

 ケイの忠告を無視し、優介は二人の会話に耳を傾けた。

 

『綾小路! 君は間違っている! 限定された愛など真実の愛じゃない!』

『なにを言うんだ天上院! 不特定多数に向けられた愛などまるで誠意がないじゃないか!』

『愛は全ての女性に平等に捧げられるものだ! 平等に存在するものなんだ!』

『平等な愛の結果間違いが起きたらどうする! 余計な争いが起こる前に芽は摘むべきだ!』

『リスクを恐れてメリットだけ残そうだなんて不可能だ! 無償の愛にこそ信じられる真実がある!』

「…………まるでわけがわからんぞ」

 

 二人の会話は優介に頭痛の種を植えるには十分だった。

 

「『助成に対する真実の愛とは何か』、という議題で口論になってな……」

「……それで授業が終わっても喧嘩か」

 

 それを聞いて優介は額に手を当てた。熱はない。自分は正常だと再認識した。

 口論はヒートアップし、やがて一つの結論に結びついた。

 

「天上院! こうなったらデュエルで決着をつけるぞ!」

「望むところ! 愛もデュエルも、僕が正しいと証明してみせる!」

『(……なぜそうなった)』

 

 語り合う二人にしかわからない世界に、優介とケイは置いていかれる一方だった。

 テニスコートでシングル戦をするように、しかしちょうど正面にくるよう中心線に合わせて移動する二人。

 いつの間にか用意していたデュエルディスクが起動した。

 

「「デュエル!!」」

 

天上院吹雪 LIFE4000

綾小路ミツル LIFE4000

 

「……離れてるか」

「……ああ」

「先攻は僕がもらう! ドロー!」

 

 先手を切ったのは吹雪だった。

 

「僕は『ウィングド・ライノ』(ATK1800)を攻撃表示で召喚! そしてカードを一枚セットして、ターンエンド!」

 

 フィールド上にサイの獣人が現れる。しかしその背には翼があり、足は鳥のソレだった。

 

「そういえばサイって漢字があるらしいな」

「いや、どうでもいいよ」

 

 外野とは得てして暇なものである。

 ベンチに座りながら観戦する二人は、綾小路の手の内を知らない。

 雑談もそこそこに、綾小路が動くのを待つことにした。

 

「ボクのターン、ドロー! まずはこれだ! 魔法カード『サービスエース』を発動!」

 

 聞いたことのないカードの発動に、吹雪は首をかしげた。

 

「サービスエース?」

「そう、このカードを発動した時、相手はボクが手札から選んだカードの種類を答えなければならない。そして外した場合は、そのカードを除外して1500ポイントのダメージを受けて貰う」

 

 「へー、珍しい」と優介がこぼした。

 相手プレイヤーに直接ダメージを与えるカード、いわゆるバーンカードは、直接モンスターを戦わせるのが主流であるアカデミアにおいて稀有である。

 戦闘を放棄、あるいは戦闘を介した結果起こる効果ダメージはその限りではないが、綾小路の自信を見る限りバーンカードを主力においたデッキなのはまず間違いない。

 バーンデッキを組む生徒自体珍しいため、優介は珍しいと呟いたのだった。

 

「ボクが選ぶのはこのカードだ。さあ天上院! カードの種類を答えろ!」

「…………罠カードだ!」

 

 吹雪が答えたのは罠カード。綾小路は、選んだカードを反転させた。

 

「残念、モンスターカードの『ゴキボール』だ。ボクはこのカードを除外して、1500のダメージを与える! くらえ、サービス・エース!!」

 

 ソリッドヴィジョンで映しだされた『サービスエース』のカードから、初速200km/h以上の速度で球が射出された。

 当然避けられるわけもなく、吹雪のライフポイントから効果ダメージ分が引かれる。

 

天上院吹雪 LIFE4000 → 2500

 

「ぐ……いきなり1500とか……」

「15-0(フィフティーン・ラブ)! デュエルも愛もテニスも、先手必勝こそが世の常! この程度で諦めてしまうのか!?」

「……ふっ、愚問! それでこそ倒し甲斐があるというものさ! 愛には弊害があってこそ燃えるものだ!」

「そうだ天上院! その勢いだぁ!」

『(…………暑苦しい)』

 

 テニスコートは屋内にあるが、一瞬で夕焼け時の海にきているのではないかと錯覚してしまいそうな熱血寸劇を始める二人。それに対して、ベンチ側は冷めた目でその一部始終を観察していた。

 旗から見れば学芸会の催しのような寸劇も、本人達にとっては大真面目なのである。それが余計にタチが悪いとは、思っても口に出せない優介だった。

 

「ボクは『メガ・サンダーボール』(DEF600)を守備表示で召喚、カードを一枚伏せてターンエンドだ!」

 

 綾小路の場に現れたのは、全身から鉄のトゲが突き出ているボールだった。

 緑と青の配色だが、そこはかとなくテニスボールを彷彿させる色つきである。

 

「僕のターン、ドロー! ならば僕は『ブラッド・ヴォルス』(ATK1900)を召喚! そして『ウィングド・ライノ』(ATK1800)で『メガ・サンダーボール』(DEF600)に攻撃だ!」

 

 翼人の羽を持った獣人が、綾小路のフィールドに駆ける。その様子に綾小路は慌てることなく、平静を装っていた。

 

「そんな単調な攻撃では僕は倒せないぞ! 罠カード『レシーブエース』発動!」

 

 フィールドに伏せられていた一枚のカードが開かれた。

 

「このカードは相手モンスターの攻撃を無効にして、1500ポイントのダメージを相手に与える! さあ受けろ天上院!」

「させてたまるか! 永続罠『グレイモヤ不発弾』発動! このカードは場のモンスターを二体、『メガ・サンダーボール』と『ウィングド・ライノ』を対象に発動する! そして罠が発動したことで『ウィングド・ライノ』の効果が発動! 『ウィングド・ライノ』は手札に戻る!」

 

 レシーブエースによる迎撃を間一髪のところで避けるサイの獣人。対象を失った罠は静かに消滅した。

 しかし、綾小路の場のモンスターの様子がおかしい。

 『メガ・サンダーボール』に無数のひび割れが入った。

 

「ど、どうしたんだ!?」

「『グレイモヤ不発弾』の効果! 対象になったモンスターがフィールドを離れた時このカードを破壊! そして破壊された時対象のモンスターも破壊する! 発破、トラップ・マイン!」

 

 ビキ、ビキとひび割れていく『メガ・サンダーボール』。全身に亀裂が入り、強力な破壊音とともに爆散した。

 

「く……ボクの布陣が……!」

「これでフィールドはがら空き! 攻撃だ『ブラッド・ヴォルス』! ブラッドアックス!!」

 

 ブラッド・ヴォルスの振り上げた斧は、綾小路の身体を袈裟懸けに振り下ろされた。

 

「うわああぁぁ!」

 

綾小路ミツル LIFE4000 → 2100

 

「よし、15-19……とは言わないか。僕はカードを一枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 罠の回避、直接攻撃の成功により、戦況は吹雪に傾いた。

 

「本当ならもっと複雑な効果処理なんだがな」

「ああ。『ウィングド・ライノ』の効果は罠が発動されるたびに発動するからね。本当は『レシーブエース』、『ウィングド・ライノ』、『グレイモヤ不発弾』、『ウィングド・ライノ』の順にチェーンが四つ組まれるはずだ」

「果たしてそれをこの二人が理解しているか……」

「……長い目で見ていこうか」

 

 ケイと優介の解説は、勝負に熱中する二人には届かない。

 

「ボクのターン、ドロー! だったら二枚目の『サービスエース』を発動! さあ天上院、このカードを答えてみろ!」

「む……なら、今度はモンスターカードだ!」

 

 表にされたカードの色は、緑。魔法カードだ。

 

「残念、魔法カード『ファイヤー・ボール』だ。このカードを除外して、1500ポイントのダメージを受けてもらおう!」

「ぬぐ……!」

 

天上院吹雪 LIFE2500 → 1000

 

 度重なる効果ダメージで、吹雪のライフは『サービスエース』のセーフティラインを越える。

 思いがけぬ窮地に苦い顔をする吹雪だが、諦めた顔だけはしなかった。

 

「これでマッチポイント! ボクはモンスターをセットして、ターンエンドだ。次に『サービスエース』がくれば、三分の二の確率でボクの勝利が決まる……フフフ、さあ天上院! 我が真実の愛の前に屈するがいい!」

「何を言うか! この僕の愛が偽りではないことを証明してやろう! 僕のターン、ドロー! 僕は魔法カード『馬の骨の対価』を発動! 自分の場の通常モンスター『ブラッド・ヴォルス』を墓地へおくり、二枚ドローする!」

 

 高攻撃力モンスターを生贄に二枚の手札を得る吹雪。引いたカードを見て、少しだけ口角を上げた。

 

「僕は『イグザリオン・ユニバース』(ATK1800)を攻撃表示で召喚! そして装備魔法『エルフの光』を装備させる!」

「お?」

 

 上半身は騎士、下半身は駿馬という異様な出で立ちの獣人が現れる。

 その手に持つ槍からは黄金の輝きが放たれている。

 この吹雪の動きにケイは反応した。

 

「どうしたケイ」

「いや……。ユニバースは貫通効果を持っているが、攻撃力が下がってしまう。そのダウン分の装備魔法を引き当てるとは、随分運がいいな」

「ああ、そういうことか。……確かに、『デーモンの斧』や『団結の力』みたいな強いカードは高いからな」

 

 装備魔法が高い、というわけではない。

 一般的に知られている高汎用性の装備魔法『団結の力』や『デーモンの斧』といったものは、高値で取引されることが多い。昨今のハイビート思想と相成り、その価格は学生の身では手を出しにくくなっている。

 吹雪の使った『エルフの光』は攻撃力が400ポイント上がるものの、光属性専用の制約且つ守備力が200ダウンするというデメリットを持っているため、比較的安価で取引されるのである。

 

「この効果で『イグザリオン・ユニバース』の攻撃力は400ポイントアップ! そして400ポイントダウンさせて、貫通能力を得る! セットモンスターを攻撃だ! ユニバース・ショット!!」

 

 半人半馬の騎士がその手の槍でセットモンスターを串刺しにする。

 表になったのは『グラヴィティ・ボール』。その守備力は700であり、1100の貫通ダメージが発生する。

 破壊した欠片が綾小路に襲いかかった。

 

綾小路ミツル LIFE2100 → 1000

 

「うぐぅ……! だ、だがこの瞬間『グラヴィティ・ボール』のリバース効果発動! フィールドのモンスター全ての表示形式を変更する!」

 

 破壊したはずの『グラヴィティ・ボール』の断片が、『イグザリオン・ユニバース』にまとわりつく。

 グラヴィティの名が冠する通り、強力な重力の前に四本の足は膝をついてしまった。

 

「カードを二枚セット! ターンエンドだ!」

「ボクのターン、ドロー!」

 

 互いのライフポイントは残り1000。モンスターとセットカードを有する吹雪に対し、綾小路の場には一枚のカードもない。

 

「『サービスエース』はないが、良いカードがきたよ。『強欲な壺』を発動! 二枚ドローする!」

 

 圧倒的不利な立場だというのに、綾小路は不敵な笑みを浮かべた。

 

「お互いのライフが1000になる、この瞬間をボクは待っていた!」

「なに?」

「ボクはこのカードを発動させる! 永続魔法『デュース』発動!」

 

 綾小路が発動させたのは、一枚の永続魔法だった。

 一見して何が変化したのかわからない様子の吹雪だったが、構わず綾小路がターンを進めていく。

 

「このカードは互いのライフが1000でなければ発動できないのさ。そしてこのカードがある限り、ライフがゼロになっても敗北することはない!」

『なにぃ!?』

 

 ライフポイントが尽きても敗北しない。デュエルの根本を覆すようなあまりの効果に、当人の吹雪だけでなく観戦していた優介とケイまでもが驚愕した。

 

「このデュエルに勝利する方法は二つある。一つはこのカードを破壊してどちらかのライフをゼロにすること。そしてもう一つは、二回連続でダメージを与えることだ」

 

 綾小路の説明に吹雪は首をかしげた。

 

「二回連続?」

「そう、戦闘でも効果でも、二回続けてダメージを与えられれば勝ちだ。ただし一ターンに一体でしか攻撃できないし、二回目の前にダメージを受けたらリセットされる。もちろん、このカウントは相手ターンを挟んでも有効さ」

 

 本格的にテニスみたいだな、とケイは感じた。

 優介と吹雪はどう攻略しようか考えているようだが、ケイには別段気になるものではないからだ。

 連続攻撃や多段攻撃を主においたデッキ構築をしているケイにとって、攻略法はいくらでも存在する。故に考える必要がなく、漠然と思った感想を感じていた。

 

「更にボクは魔法カード『流転の宝札』を発動。デッキから二枚ドロー、そして『伝説のビッグサーバー』(ATK300)を召喚! 最後に装備魔法『デカラケ』を装備だ!」

 

 ガタイの良いテニスの選手のようなモンスターが、背中に大きなラケットを装備する。

 モンスターの背丈を遥かに超えるようなシロモノだが、見た目より軽いのか辛そうなイメージはない。

 

「『伝説のビッグサーバー』はダイレクトアタックができる! 打ち込めぇ!!」

 

 ビッグサーバーはどこからともなく取り出したテニスボールを大きく投げ上げると、鋭いサーブを打ち込んだ。ボールは吹雪のフィールドを飛び越え、直接襲いかかった。

 

天上院吹雪 LIFE1000 → 700

綾小路ミツル POINT0 → 1

 

「直接攻撃モンスターとは、また厄介な……」

「アドバンテージだ。『伝説のビッグサーバー』が直接攻撃に成功した時、デッキから『サービスエース』一枚を手札に加える。そして相手は一枚ドローするのさ」

 

 三枚目の『サービスエース』が綾小路の手札に加わった。

 副次効果でドローする吹雪だが、その顔には確かな焦りが浮かんでいる。

 ――突然、優介が立ち上がった。

 

「どうした?」

「いや、用事があってね。先に失礼するよ」

「もう少しで決着がつくぞ。――吹雪の負けで」

「失礼な!」

 

 経験上、ここで反応したら間違いなく長引く。

 そう確信した優介は、一人テニスコートを後にした。

 

「ほら見ろ吹雪、綾小路。お前たちが青春爆笑コメディをダラダラやっているから優介が帰ってしまったぞ?」

『んなことやってねえ!?』

 

 辛辣を通り越してただの悪口になったケイの言葉に、思わず同時に叫ぶ二人。

 発言した本人は既に興味をなくしたようで、綾小路の持ってきていた雑誌を片手間に読みはじめた。

 

「そろそろ終わらせろ。でなければ夕食に間に合わん」

「…………色々納得いかないけど、確かにそれもそうだね。綾小路! このターンでケリを付けさせてもらうぞ!」

「やれるものならやってみるといい! ボクはカードを一枚伏せる! ターンエンド時、ボクは手札を一枚捨てなければ3000ポイントのダメージを受けてしまう……が、『デュース』の効果で僕は敗北しない! そして相手からのダメージではないのでポイントはリセットされない! ターンエンドだ!」

 

綾小路ミツル LIFE1000 → 0 POINT1

 

 手札一枚を要求する『サービスエース』は使えない。その事実のお陰で首の皮一枚でつながった吹雪は、デュエルを終わらせるため最後のドローをした。

 

「残念だけど、勝利への方程式は既に整っているよ。僕のターン、ドロー!!」

 

 ドローしたカードを、静かに確認する。

 そして、吹雪の顔は喜色に塗り替えられた。

 

「まずは手札から『ダブルアタック』発動! 自分の場のモンスターより星の高いモンスターを手札から捨てることでこのターン二回攻撃を可能にする! 僕が選ぶのは星八、『神獣王バルバロス』! 『イグザリオン・ユニバース』は二回攻撃の権利を得た!」

 

 墓地に送られたバルバロスの魂が半馬の騎士に受け継がれ、猛々しい咆哮を上げる。二回攻撃を得るということは、一体のモンスターでしか攻撃できないという制約を淘汰した上で連続攻撃を可能にしたということ。一回目でモンスターを倒し、二回目で直接攻撃を行えば吹雪の勝ちである。

 

「更に『ケンタウロス』(ATK1500)を召喚! いけ! 『イグザリオン・ユニバース』の攻撃、ユニバース・ショット・ファースト!!」

 

 もう一人半人半馬の戦士が増えたが、先程と同様に、半人半馬の騎士は敵モンスター目掛け駆けていく。

 しかし綾小路は不敵に笑った。

 

「残念だがボクには通じない ! 『デカラケ』の効果発動! 相手からの攻撃を、一度だけ無効にする!」

 

 突き出した槍は背中から取り出された大きなラケットに阻まれ、打ち返された。

 いきなりの出来事にバランスを崩す騎士だが、すぐに体勢を立て直す。そして次の攻撃のため、槍を構えた。

 

「はっはっは! 折角の連続攻撃も、一度防がれてはもう使えないな。次のターン、ボクが『サービスエース』の効果を使って試合終りょ」

「もう一度攻撃! ユニバース・ショット・セカンド!!」

「なに!?」

 

 騎士の二度目の攻撃は、ラケットに阻まれることなく『伝説のビッグサーバー』を破壊した。

 攻撃表示のモンスターを戦闘破壊したことにより、綾小路のポイントはリセット、代わりに吹雪にポイントが追加された。

 

綾小路ミツル POINT1 → 0

天上院吹雪 POINT0 → 1

 

「言葉巧みに僕を惑わそうとしても無駄さ、綾小路。確かに一度は『デカラケ』で防がれようとも、それは一度だけ。二度目は防げないし、『伝説のビッグサーバー』は攻撃表示。ダメージが入れば、当然ポイントはリセットされて僕にポイントが入る」

「く……気づかれたか……!」

 

 だが、と綾小路は言う。

 

「二回攻撃したお前のモンスターは、もう攻撃できない! そしてお前のデッキにバーンカードがないことをボクは知っている! この状況で勝つのは不可能なのさ!」

 

 ブルー生同士、とはいえないが、綾小路はその性格に似合わず、他人のデッキをよく観察している。そしてその結果、吹雪のデッキにはバーンカードが入っていないことも見抜いている。

 

「まだ気づかないのかい? 僕の発動していた、このカードに」

 

 そう言って吹雪は、一枚のカードを指した。

 

「……な、そ、それは!」

「永続罠『野生の咆哮』さ。相手を戦闘破壊した時、自分の獣族モンスターの数掛ける300ポイントのダメージを与えるカードだ」

 

 そこまで聞いて、綾小路は気づいた。

 吹雪が直前、なにを召喚していたのか。

 

「『ケンタウロス』は…………獣族……!!」

「その通り。……さあ、これでとどめだ! バーク・アウトォ!!」

『グオオオオォォ!!』

 

 どこにそんな雄々しい雄叫びをあげられる体力があるのか。『ケンタウロス』が咆哮した瞬間空気が大きく振動し、衝撃波となって綾小路を撃ちぬいた。

 

天上院吹雪 POINT1 → 2

 

「いよっしゃぁ!!」

 

 思わず叫ぶ。変則的なデュエルにおいて、勝利をもぎ取ったのは吹雪だった。

 

「……そ、そんな…………ボクが、負けた…………?」

「……綾小路?」

 

 決着がついたことにより雑誌から視線を外したケイが、綾小路の様子に気づく。

 その視線に気づかない綾小路は、呟いた。

 

「ボクが……負けた……? 負けた……こんな……こんなことって…………う……………………」

「(う……?)」

「う…………ぅ……………………うわぁ〜〜〜〜〜〜!!」

 

 綾小路は走った。流れる涙を止めることもなく、テニスコートから走り去っていった。

 その様子を見つめるだけしかできなかったケイは、呆然としていた。

 が、やがて動き出した。

 ゆっくりとベンチから腰を上げ、吹雪の元まで歩いて行く。

 勝利の余韻で興奮している吹雪はケイの歩みに気づかない。

 吹雪の元まできたケイはおもむろに呟いた。

 

「浮かれすぎだ」

 

 振り下ろされたラケットが、吹雪の頭に綺麗に決まった。

 

 

To be continued…?

 

 

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