〔AR〕その6.5 |
「おー、おおーおー」
ここは何処であろうか。周囲はまばらに樹木が生えており、その根元を見れば、苔むした岩が垣間見えた。林と言うには緑は色濃く、森というには天は開けている。 木々と荒い岩肌はまぜこぜに広がっており、この一帯が火山岩の土壌であることを暗に示していた。
「んー……おう」
そんな境目のあやふやな空間の中、人の大きさほどもある岩を、堅いものがひっかく音が続いていた。
それを行っているのは、赤い服の少女だった。が、両腕をほとんど水平に突き出し、指を動かすだけで岩肌に溝を刻みつけている有様は、どう考えても人間ではなかった。起き上がりこぼしのように、せわしなく背中を揺り動かしている姿も、人ならざる雰囲気を感じさせた。
「おー……お?」
ひたすらに岩を削っていた少女は、ふと、動きを止めた。そして、くるりと体の向きを正反対に回すと、そこには別の女性が立っていた。
「迎えにきたわよ、芳香」
「おー、青娥ー」
芳香と呼ばれた少女は、青娥と呼んだその女性に、小刻みなステップで近づいた。その動きもまた、腕を水平に維持したままのもので、尋常な歩み寄り方ではない。
「また、新しいのができたのね」
「でーきたぞー」
「ふふ、いいこいいこ」
青娥は、芳香の肩越しに、岩に刻みつけられたものを見る。そして、満足そうに笑いながら、近づく芳香の頭を自身の胸元まで引き寄せて、なでくり回した。
「貴方の作品はとっても人気なのよ。主人の私としても鼻が高いわ」
「そうかー」
青娥にされるがままにその胸に埋まる芳香は、興味のあるなしすら判断がついていないような声を返した。
「さぁ、それを『はぎ取ったら』今日は帰りましょうね。作業が終わるまで……」
青娥は、一度芳香を離すと、己の懐をまさぐり、鮮やかな赤い果実を取りだした。
「おやつにこの柘榴の実を食べてなさい」
「おおー、食べるー」
そして青娥は、おもむろにそれを芳香に向けて軽く放る。すると芳香は、それまでの不安定で緩慢な動作が嘘のように、鋭く首をひねり、大ぶりの柘榴を口でキャッチした。
それからは、さながらワニがくわえた餌をかみ回して飲み込みやすくうするように、何度も顎を動かし、カツカツと皮も実も種もなく食べ始めた。柘榴は十分に熟していたようで、芳香が顎を動かす度に果汁が滲み出て、芳香の口の周りを赤くベタベタに塗りたくる。
さて、芳香が一粒残らず味わい尽くしている間。青娥は、八の字に結われた髪に刺した鑿を手に取ると、先ほど芳香が爪を立てていた岩の前に立つ。
見れば、岩肌には、爪のひっかき傷なぞ存在しなかった。ややいびつながら、しっかりと漢字が縦に刻まれていたのだ。
青娥は、その漢字群の周囲に鑿の刃を当てる。すると、バターもかくやというほどに、あっけなく、岩は切り裂かれた。鑿が岩を走る様子に、一切の抵抗はなく、滑らかに線を引いていく。長方形の軌道に刃が入れられ、最後に切断跡の内側に少し鑿の刃がねじ込まれると、見事なまでの碑文の石版が切り出されてしまった。
青娥がそれを手にするころには、芳香は柘榴を食べ終えていた。
「さぁ、芳香、帰るわよ」
「うおー、わかったー」
まるで寺子屋帰りの子供を迎えにきたかのように、青娥は芳香を連れて、その場を飛び去っていった。
――バイオネットサービス開始から数週間。とある天狗の新聞記者は、幻想郷のあちらこちらで、表面の一部を板状に切り抜かれた樹木や岩石を発見する。その切り口はあまりに滑らかで綺麗であるため、自然現象ではないのは勿論のこと、常人のなしえる仕業でないことは明白であった。
新聞記者は当然、その事象を怪事件と捉え、取材を始めた。だがしかし、その真相が明らかになることは、永劫になかった。明日も明後日も、来月も来年も通り越して、永劫に、である。
ましてや、その事象が起こり始めた時期が、バイオネットの開始と重なっていたなど、新聞記者には想像することもできなかった。
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twitterにて週間連載していた東方二次創作小説です。 その6とその7の間に挟まるエピソードです。 |
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