命-MIKOTO-10話- |
自分で頼んでおいてなんですが、今私が働いているお店の店長さんはとても
お人よしというか、考え無しというか。そんな印象を感じました。
「え、あ。うん、いいよいいよ」
と、軽々と二度返事を頂きました。ここまでの流れとしては、朝食をとるまでは
いつもの日常だったのですが、今日からずっと家に一人でお留守番をしていた
マナカちゃんの初めてのお手伝いをすることになったのです。
玄関の扉のカギをマナカちゃんに閉めてもらい、振り返ってカギを返す彼女を見て
私はその姿が愛しくて頬を緩めていると、どうしたの?と聞かれ、更に。きもいと
言われてしまいました。
「ごめんなさい〜」
口では言うものの、彼女と外で何かを一緒にするのは久しぶりというか、
初めてというか。曖昧な記憶になるほど、そういう体験をしたことがないのだ。
それは彼女も同じ気持ちだったのか、素っ気無いことを言いつつも、いつもより
瞳に光が宿っているように見えた。
私はマナカちゃんの手を握って歩き出した。視線を合せはしなかったが、
手を握り返してくれたことが私に何よりも安心をくれて嬉しかった。
「では、しゅっぱーつ!」
私は大きめの掛け声をかけて、私とマナカちゃんは歩き出して、仕事先へ向かった。
店長さんにその姿を見られたときは少し驚いていたけど、事情を話すとあっけないくらい
にこやかな表情でOKをくれたというわけだ。
「さぁ、がんばろうね。マナカちゃん!」
お店の名前が入った前掛けみたいなものを、私服の上からかける私をジッとみる
マナカちゃんの視線に気づいてハッとする。
「そういえば、マナカちゃん用のがない・・・!」
「別にいらないよ・・・」
見てる時、単にすることがなくてボーッと見ていただけとのこと。そりゃそうか。
さっさと用意を済ませると、さっそくお店に出る・・・かと思ったけど、まだ時間も
あるのでマナカちゃんに奥にある商品が入ってる箱がある倉庫を見せた。
部屋の一つくらいの広さだけど、それでもかなりの量のダンボールが並んでいた。
売れ残ってたり、新作だったり。箱にはそれぞれ名前を書いてわかりやすくしている。
店長さんが事細かく丁寧に整理しているから、私達も助かっていた。
や、私達店員もちゃんとチェックはするんですけどね。
店長さん自ら管理しておかないと不安らしく、その後の残りの作業だけすることに
なっている。
「商品並べちゃおうか」
「うん」
店長さんと店内を回りながら、新商品との入れ替えの指示を聞いて、私は箱から
お目当ての商品を取り出してマナカちゃんにいくつかを渡す。
何度か往復することになるけど、その間。無表情ながら一生懸命動いている
マナカちゃんを見て、何だか私の胸の内が暖かくなるような気がしていた。
「最初は生意気な印象でしたけど、けっこう可愛いですよね。あの子」
とは、同じ店員さんの青年が口に出したもの。休憩時間に啜っていたお茶を
思わず噴出しそうになった後に思わず言葉が漏れる。
「ロ、ロリコン・・・?」
「ち、違いますよ!純粋な意味で言ってるんです!」
私の隣で私に寄りかかるような形で、休憩所にあった大き目のぬいぐるみを
ギュッと抱きしめているマナカちゃん。大人二人の話はどうでもいいようで
うとうとしていた。それを見ていたら、思わず抱きしめたくなっちゃって。
左手で支えて右手で頭の後ろに回すようにして引き寄せると、さっきまで
寝ていたマナカちゃんの雰囲気がフッと変わった気がした。その刹那。
「んーーーー!!!」
すごい気合の入った低音の声を上げながら私の手をすり抜けて、お腹に頭突きを
されてしまった。ものすごい衝撃を受けたあと、すぐに痛みに切り替わって
私はその場で悶えてしまった。
「いたたた」
「な、何いきなり抱きしめようとしてるのよ!」
「それは、マナカちゃんの寝顔が可愛かったから・・・」
「ばかあああ!」
思い切り叫ぶと、どこかへ走っていく音が聞こえた。マナカちゃんはどんな顔を
していたのだろう。何でわからないかというと、痛みのあまり畳の上で突っ伏していた
から、見れる余裕がなかった。
「ははは、やられちゃいましたね。命さん」
「うー・・・」
ちょっと私に懐いてくれたのかなっていう希望を抱いたのがいけなかったのだろうか。
少し寂しくなってしまった。お腹の痛みと心の痛みが同時に来てしまい、何ともしがたい
気持ちに悩まされてしまいそうだ。
なんとか立ち上がると、どこへ行ったか気になった私は休憩所から出て店内に戻ると
お店の隅っこでしゃがんでいた。ちょうど、商品から離れていてお客さんに迷惑かけない
距離にいてくれた。
ホッとしたのも束の間。私に気づくと、顔を真っ赤にしたマナカちゃんが慌てて
目を逸らすように下へと視線を移した。あんなに赤くなって熱でもあるのだろうか。
マナカちゃんは人には自分の気持ちを伝えにくい部分がある。具合が悪くても
周りが気づかないといけないから。
まだ少し残ってる痛みを堪えて私はマナカちゃんの元へと向かおうと歩き出す。
レジでにこやかにしている店長の前を通って、彼女の傍に近づいて。
目が合った時に、私はすかさずマナカちゃんの額に自分の額を押し当てた。
「・・・!?」
いきなりで驚いたのか、更に顔が真っ赤になって仰け反るように私から離れる彼女。
気安く触ったのが嫌だったのだろうか。
これ以上、マナカちゃんのご機嫌を悪くしたくない私は素直に思ったことを口に
出したのです。
「あ、これは。マナカちゃんの顔が赤かったから熱でもあるのかと心配で・・・」
「フー!フー!」
それはまるで警戒をしていて、毛を逆立ててる猫のような表情と言葉を口にしていた。
反省しないといけない部分もあるのかもしれないが、その姿があまりに可愛いので
つい見とれてしまった。
「おいおい〜、遊んでないでこっちも手伝ってくれよ〜」
「あ、はい。すみません〜」
おっと、マナカちゃんのことばかり気にしていては仕事が手につかない。
ここはぜひともマナカちゃんにも手伝ってもらわないと。
私はマナカちゃんの手を引いて動こうとすると、驚くぐらいにビクともしないから、
何事かと振り返るとマナカちゃんは必死に踏ん張るようにして動こうとしなかった。
その表情からは今まで見たことがないくらい、落ち込んだ顔をしていた。
理由を知りたいが、今は仕事を手伝わないといけない。お客さんが増えてきているからだ。
「マナカちゃん。そこで待っていてくれる? どこにもいかないでね」
「う、うん・・・わかった」
私の本心をわかってくれたのか、マナカちゃんの顔色が少し良くなって頷いてくれた。
これで私の気持ちも仕事に集中できるようになった。
「お待たせしました〜」
今までは姿も言葉も確認できなくて気持ちがあやふやだった私にはマナカちゃんの
言葉にとても安心して、残りの時間。仕事に打ち込むことができました。
それは周りからも、そう感じられたようで。親子連れの奥様方にも今日は調子いいわね。
とか、言われて何だか嬉しかったです。
「今日もお疲れさん〜」
店長さんは私達に手招きをして、本日最後の挨拶に向かおうとしましたが。
背後の気配は一向に動こうとしなかったので、すぐに歩くのを止めた私は振り返って
マナカちゃんに手を差し伸べた。
「えっ・・・」
「働いてる人はちゃんと最後まで行わないとダメですよ」
「で、でも私は・・・!」
「時間が勿体無いです。さぁ、行きましょう」
やや強引に引っ張るも、嫌じゃなかったのか。意外と素直に私の後ろにテトテトと
ついてくるマナカちゃん。
私とマナカちゃんが休憩室にたどり着くと、ご苦労さんともう一度労いの言葉を
かけてくれる店長さんに一言挨拶をすると。
「あ、そうだ。キミも頑張ったからね、飴ちゃんをあげよう」
そう言って、後ろにいるマナカちゃんに飴玉を一つ渡そうとするも、
一瞬戸惑うマナカちゃんだったけれど。
「あ、ありがとう・・・ございます・・・」
「またよろしくね」
そのやりとりにほんわかする気分でニコニコしながら眺めた後。
締めの挨拶を交わし、清々しい気持ちでお外に出た私達。
ほぼ夕方の時間帯。でも、今日は萌黄たちが帰ってくるまでまだ時間がありました。
「よし、これからどこか出かけましょうよ」
「え、帰るんじゃなくて・・・?」
「せっかくだし、近くでお店を見て回りましょう」
「う、うん・・・」
この町へ来たばかりで、この時間帯だったらマナカちゃんのことで気に留める人は
いないでしょう。普段篭りっきりのマナカちゃんと外での楽しいことをしたかったのです。
「どれにします?」
「じゃあ、バニラ・・・」
デパート屋内で食事が出来る場所でソフトクリームを買うと沢山いる親子連れの中から
抜け出して、エレベーターで屋上へ向かったのです。
【愛神】
この人は何なんだ。了承したとはいえ、やや強引で振り回されてる感じがする。
だけど、何か・・・嫌ではなかった。こうして必要とされることは今までなかったし。
無理はさせない。目を見ても、ちっとも私のことを迷惑だとは思ってない。
何でだろう・・・。
彼女は私には眩しすぎる存在に見えた。
「何にする?」
デパート内にある食事出来る所で私は周りに大勢いる人たちの目を見ないように
しながらメニューを確認して、すぐさま答える。
「バニラ・・・」
混雑していた息苦しい場所から一気に空気が変わって爽やかな風が通う屋上へと
辿りついた。見上げると、風に髪が靡いているのを見て見とれてしまうくらい綺麗だった。
「どうしたの?」
「・・・なんでもない」
思えば、疲れてうとうとしていた時や、気まずくて思わず離れてしまった時にも
命は私のことを本気で心配して来てくれる。怖がらずにスキンシップを図ってくる。
そのことに、私は胸のドキドキが収まらないのだ。顔が熱くなるんだ・・・。
素直になりたくても、まだ・・・応えることができない。そんな罪悪感・・・。
命は私と違って、私の心を読み取ることはできないけど、一生懸命に接してくれる。
私に向ける笑顔が眩しすぎてつい、視線が合うと逸らしてしまうのだ。
それで傷つけやしないか心配になったりして、私は自分のしている矛盾に
やきもきしているのだ。
私は下を向きながらそんな後ろ向きなことを考えていると、命の声が聞こえてくる。
「せっかく、いい天気ですし。ほら、いい眺め」
「うん・・・」
いい風が髪を揺らして、少しそこからの眺めを見た後に、視線をずらして横にいる
命を見ると、美味しそうにソフトクリームを舐めていた。
なぜか知らないけど、そっちの方が見ていて飽きなかった。
すると私の視線に気づいたのか、命が私の方へ振り向くと、こう言った。
「ん、どうしました? あ、私の味見してみます?」
どうやら、命のソフトクリームが食べたいっていう意味と間違えられたようだ。
私は慌てて顔を横に振ると、遠慮せずに〜って間の抜けたような声が聞こえた後に
食べかけのソフトクリームを向けられた。
「あ、食べかけは嫌ですか?」
「そ、そんなんじゃなくて・・・」
本当にそんなこと気にしてるんじゃなくて・・・これじゃ間接キスだよって
考えた瞬間にまた顔が熱くなってきた。これって・・・もしかして・・・。
私の脳裏に命に対する感情が言葉になりそうになるのを必死に否定する。
私にはヒトミがいるんだから・・・!そんなことは絶対にない・・・!
そう念じながら渡されたソフトクリームを食べた。
「美味しい・・・」
「でしょう?」
言うと子供みたいに喜ぶ命。実際の所、味わう余裕はなかったし。
普通に「チョコ」の味がしただけで、間接キスだからといって特別な味はなかった。
特別といったら。この、心が揺れたことだけだった。
余った時間はけっこうあったのに、長いようで短く感じる一時だった。
ソフトクリームを食べた後、しばらくの間は近くにあったベンチで座りながら
最近、近所であったことを命が話をしているのを聞いていただけなんだけど。
それでも、楽しいと感じることができたからそう思えたのだろうか。
「ただいま〜」
「・・・」
家路を辿って家の中へ入ると、後ろに手を回して振り返る命。
「今日はどうでした?」
「悪くはなかった」
歯切れの悪い返答をしたと思ったけど、言葉の真意を汲み取ってくれた
命はこれまでにないくらい、明るい笑顔を私に向けてくれた。
「な、なんだよ」
「何でもないです〜」
嬉しいという気持ちが抑えきれないで表に出していて、だらしなく緩んだ顔を
恥ずかしげもなく出しているのを見て、私はそれだけ想われてるっていうことを
素直に嬉しいと思った。
だけど、この気持ちを伝えようとは思っていない。今は・・・まだ・・・。
頑なに閉ざしていた感情が。凍っていた気持ちが、少しずつ解けていっている
気がした。
「あ、マナカちゃん。もしかして、今笑いました?」
「は? そんなわけないでしょ。誰があんたと一緒にいて笑うもんですか」
「ありゃ、手厳しい」
でも、割と心地が良かったからしばらく続けてもいいかもしれない。
それは伝えておきたかったから、その言葉を彼女に告げたら。
「その言葉待ってました♪ 何となくマナカちゃんの気持ちがそっちの方に
いってるんじゃないかってわかってましたから」
私の気持ちが読めたのか、はたまた偶然か。驚きもしないで、嬉しそうにしている
命の姿に心揺らされて、つい本能的に言葉が出てしまった。
「生意気」
「えへへ」
不機嫌そうに顔を作ったのに、それでも一切表情が揺らがない。
あぁ、さっき告げた言葉を信じているのだなって思えた。
そして、ある意味純粋な彼女に複雑な感情が湧いて出る。
嬉しい、羨ましい、不安。
この先、続くかどうかわからないこの幸せに対する不安と。全てを受け入れられる
その性格が羨ましいと、嫉妬してしまいそうだった。でも・・・。
「バカじゃないの!」
そんな先のことより、今の幸せを十分に味わおうと、珍しく前向きな考えでいられた。
そのせいだろうか、夕焼けがいつもより綺麗に私の目には映ったのだった。
続
説明 | ||
愛神の話が一段落。こっから百合百合しい話に戻せたらいいかなっていう気持ちです。かなり自己満足な作品ですが、ちょっとでも楽しい気持ちになれれば幸いです。 | ||
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