C_H_U_ |
「いい加減にしたまえよ、君」
墓石みたいな目が俺を射抜く。後ろは壁で、逃げ場はない。後ずさりの一つだって出来やしない。十字形に誂えられたサッシを避けて、窓からチョコレートみたいな模様の日が俺たちに降り注いでいた。
「そろそろ観念してもらわないと、困るなぁ。僕だって暇じゃないんだ。はやいとこやることはやってしまわないと、僕の顔にも関わるんだよ」
知ったことではない。
「意気地がないなぁ。君が悪いんじゃないか」
「ふ、ふざけるな! お、俺は嫌だぞ。こんな、こんなところで――」
「君の意見なんか聞いちゃいないよ」
墓石がピシャリと言い放つ。絶望が声を出したらこんな声だと思った。
ヤツの顔がずいっと迫る。目と鼻の先に、ハードカバーの長編物語から飛び出した、呪いの石仮面みたいな笑顔があった。
「だってこうしないと、僕がどうにも立ちいかないんだよ? 仕方ないじゃないか」
俺を刺していた視線は一瞬背後に回って、またすぐに元の位置についた。戻ってきたときには、他の数十の視線も連れていた。いつの間にか、俺は視線に囲まれていた。みんな俺が嬲られているのを愉しむみたいにニタニタと笑っていた。
「か、金ならッ……金なら出すから、頼む、後生だ……」
勘弁してくれ――そう叫ぼうとした俺の口を、氷みたいに冷たい指が、塞いだ。
「ダメ。お金はこの際関係ないんだ。ただ僕が、もうその気になってしまった。一種の激情と言うべきかもしれない。僕はね、これを面白いと思ってしまった」
不運だったね、君――。
霜がおりるような声が、そっと囁いた。
冷たい指が離れる。俺は、たまらず叫んだ。
「嫌だっ、死にたくない!」
「あのー……もしどうしてもお嫌でしたら、無理にカップル割をご利用頂かなくても」
おずおずと、しかし笑いを噛み殺しながら言う店員に美咲が手を振った。
「いえいえ、照れてるだけですからお気遣いなく。まったく、キスの一つや二つ、初めてでもないのに何を恥ずかしがるのか……」
「プーサンケルナァ!! 恥ずかしいに決まってんだろうがこんな衆人環視の中でキスなんかできるかアホンダラ!!」
「だーかーらー、君からできないって言うから僕からしてあげようって言うんじゃないか。普通逆だと思うんだがねぇ。女の子にこんなことさせて恥ずかしくないのかい?」
「恥ずかしいから拒否ってんだろうがぁああ!」
「キース! キース!」
「てめぇら煽ってんじゃねぇ野次馬どもぉおおお!!」
「ほら、周りも祝福してくれているよ。さっさとやってしまおうじゃないか。キース、キース」
「ノってんじゃねぇよ!? あっ、やめろ、こっちくんな、よせ、やめ、やめr」
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