うそかまことか
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「そんな馬鹿な!」

 

 ヨハンはそう叫び声を上げて、自ら呼んできた男の服の袖を握って引っ張った。

 

「たしかに、ほんとうなんだ!」

 

 男の顔を見、何もない空間を見、ヨハンはオロオロと要領を得ない言葉を繰り返す。

 無理やり連れて気来られた形の男は、そんなヨハンの様子に心底呆れたように嘆息し、かぶりを振った。

 

「わかった。何もなかったんだ。良かったじゃないか」

「わかってないし、何も良くない! ぼくを馬鹿にしているんだろう!?」

「誰も馬鹿になんてしていないよ。でも、ほら。何もないじゃないか」

 

 男はヨハンの迫力にやや気圧されつつも、冷静に彼を諭すことを試みた。現に、ヨハンが何を喚こうとも、彼の指さす場所にはただ暗がりに佇むベンチがあるだけで何もない。

 しかし、ヨハンは諦めない。しきりに何もない場所に男を導こうとする。男にはこんな夜半、与太話に付き合っていられないという気持ちがあったが、ヨハンをこのままにしておくわけにもいかない。なんとか落ちつかせねばならなかった。

 

「あったんだ! ほんとうだよ」

「だから、何もないじゃないか。……まぁ、落ちついて。じっくり話を聞こう。コーヒーでも買って」

「待って、話を終わらせようとするんじゃない!」

 

 噛みつかんばかりに吠えあげるヨハン。男はヨハンを制するように両手を示し、しっとりと寝静まっているであろう周囲を気遣って見回した。

 

「話は聞くと言ってるじゃあないか」

「嘘だね。ぼくを馬鹿にして、話を終わらせて連れて行こうとしているんだ。……たしかにここに居たんだよ。動く死体が。ほんとうなんだ」

 

 男はやれやれと頭を掻く。

 

「……死体が動くなんてことは、あり得ないだろう?」

「あり得ないことだよ。そのあり得ないことがぼくの目の前で起こった! ほんとうなんだ!」

 

 さっきからこの調子だった。ヨハンは「ほんとうだ」、「たしかに見た」と繰り返し、その「動く死体」が居た場所に男を連れ出したのだ。男はヨハンの様子がただならなかったので放っておくことが出来ずに、なすがまま引っ張られてきたが、本当なら今すぐにでも彼を連れ帰りたかった。こんな場所で押し問答をしている場合ではない。

 

「その人はほんとうに死んでいたのかい?」

「死んでいたさ。目がグリンと、白目をむいていた。それから、とても濁ってた」

「……そうか。たしかに死んでいたのに、動いたんだね?」

「だから、そう言っているじゃないか。ほんとうなんだよ!」

 

 地団駄を踏みながらそう主張するヨハン。男は再びこみ上げてくる溜息を噛み殺すと、なるべく優しい声音で言った。

 

「わかった。信じるよ」

「ほんとうに?」

「ほんとうさ。ここには動く死体があったんだ。でも、今はない」

「うん」

「これがどういうことか、わかるかな?」

「わからないよ。でも、ぼくは嘘をついてない」

「君は嘘をついていないよ。……簡単なことさ。死体が動いて、君が私を呼びに行っている間に歩き去ってしまったんだ!」

「そうか!」

 

 男の言葉に、ヨハンはようやく合点がいった、というような笑顔で手を叩いた。

 

「そうか。そうか! 簡単なことだったんだ。死体は動くんだ!」

「納得がいったかな?」

「うん!」

「そうか。私も君が嘘をついているんじゃないとわかって、とてもうれしいよ。――さて」

 

 男はにこやかな表情のまま、嬉しそうなヨハンの肩に手を置いた。

 

「次は私の話を聞いてもらおうかな。君のポケットからはみ出ている袋のことが聞きたい。……それから、次は病院に行こうか」

 

 

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