すみません。こいつの兄です。38
[全2ページ]
-1ページ-

 朝食を食べ終わって、歯を磨いていると呼び鈴が鳴った。真奈美さんだな。だいたい時間通りだ。

「ほいほい」

「おはようございます」

わ。はきはきとした挨拶とまっすぐな瞳を向けてくるのは、美沙ちゃんだった。後ろに真奈美さんも控えている。

「お、おはよ。ちょっと上がって待ってて。すぐに準備終わるから…」

「はい。おじゃまします」

美沙ちゃんが、靴を脱いで玄関を上がる。屈んで、脱いだ靴のつま先を玄関側に向けて、きっちりとそろえる。上品で育ちのいい所作。日本の風習は正しい所作で行うと、すべてが美しい。大和撫子、美沙ちゃん。つづいて真奈美さんも上がる。カバンの中からビニール袋を出して脱いだ靴を包み、カバンの中に入れる。新真奈美スタイル、ヌーヴォ・スティ・マナミだ。適当なこと言ってみた。

「…おは、よう」

真奈美さんが、前髪の間から挨拶する。ん?

「ん、真奈美さん?どうかしたの?」

「え?」

小さく驚きの声を出したのは、美沙ちゃんだ。

「…ううん…大したことじゃ…ないけど…み、美沙と少し喧嘩したから…」

「そうなんだ…大丈夫?」

「うん…」

それなりに仲のいい姉妹だと思っていたけど、喧嘩することもあるんだな。まぁ、引きこもり時代は美沙ちゃんは、かなりアグレッシブなスタイルで真奈美さんをハードプッシュしてたらしいし、喧嘩の一つもするかな。ここまで一緒に歩いてきたのだから、真奈美さんが漏らしたりするほどのことではないのだろう。

 ふと目を上げると、美沙ちゃんが俺を不思議そうにじっと見ている。

 真奈美さんの喜怒哀楽を読み取るのは、みんなが思っているほど難しくない。ワニよりちょっと読み取りづらく、トンカチより少し読みやすいくらいだ。

「真奈美さんの喜怒哀楽を読み取るコツを教えてあげようか?」

臥せたカードをめくらずに模様を当てる練習をしたりすると効果的だ。

「いりません。それより、お兄さんの心の中が知りたいです」

知ったら、ドン引きするでしょ。

「それは、ちょっと…」

「い、今じゃなくていいです」

美沙ちゃんが、ちょっと顎を引いて上目遣い気味ににらむ。にらまれても怖くないどころか、かわいい。ずるい。

 居間で、美沙ちゃんと真奈美さんに待っててもらっている間にトイレに行って、カバンを取って、妹の部屋のドアをひと蹴りして「早くしろ!ばか!」と罵倒アラームを鳴らしてやる。中でバタバタと不審な音がして、妹が出てくる。

「美沙っち、真奈美っち、おはよっすー。学校、いくっすー」

 あいかわらず、妹は学校が大好きだ。

 四人で連れ立って家を出る。

 真奈美さんの歩く速度も普通より、少し遅いというところ。すっかり、普通の学生の登校風景だ。少しキャラが立っているというレベル…だと思う。たまに、すれ違う通行人が振り返って二度見していくのは、美沙ちゃんがあまりに可愛いからだ。けっして、真奈美さんの頭が前から見ても後ろから見ても、後ろ頭みたいになっているからではない。

「そういえば、お兄さんのクラスはなにをやるんですか?」

「なにをやるって?」

三島は頻繁に俺を殺るが、そういうことを聞いているような文脈ではない。

「文化祭っすよー。文化祭ー。文化の日のー」

「なんだったっけ?たぶん、クラスでの出し物はないんじゃないかな」

正直、うちのクラスはクラブ活動での出し物の方に集中している連中が多い。たしか、なにか研究発表みたいなおざなりなものをやるようなことを言っていた気がする。俺みたいな帰宅部には実質、文化祭は普通にお休みと同義語だ。

「そういうのアリなんですか?」

「アリだよ」

「うちのクラスは、スルーとか許されない雰囲気でした。主に…」

「スルーとかありえないっす!」

「…真菜の主張で」

うちの妹が、ご迷惑をおかけしていて申し訳ない。

「んで、真菜…なにをするんだ?お前のクラス」

「デス屋敷っす」

「ああ。そうか」

「お兄さん。それでわかるんですか!?」

「デスメタルのメイクでお化け屋敷やるんじゃないの?」

「…そうですけど」

なんでわかるんだ?二宮家では、そういう言葉があるんだろうか?美沙ちゃんの表情は、そういう種類のそれだ。デス屋敷なんて言葉は二宮家にも存在しないが、たまに頭の暴走した妹が家財道具をデス化するので、なんとなく想像がついた。

 デス化というのは、当たり障りのないつまらないデザインのポットやテレビのリモコンなどを、尖った鋲や骸骨や十字架を貼りつけることで、パンチの効いたデスなデザインに生まれ変わらせることだ。普通の女子高生はデコるが、うちの妹はデスる。デコ携帯じゃない。デス携帯だ。ハロゲンヒーターの正面に頭蓋骨型の飾りをつけたときは、目と口の間からオレンジ色の光が漏れて首を振るという最高にデスでクールな仕上がりだったが、危ないからやめろと親父に怒られた。

「よく。そんな企画が通ったな」

「言いませんでしたっけ?真菜はクラスで人気者だし、頼りにされているんです」

「私、カリスマっすよ!」

妹が、横ピースを目のところに決める。動きが鋭すぎて、挙手の敬礼にしか見えない。独裁者っぽい。

「それで、今日からクラスで部活とかない生徒が放課後に残って作業を始めるんですけど…」

「あ、そうなんだ。じゃあ帰りは真奈美さん、俺が送っていくよ」

「お姉ちゃんは、一人で帰れます」

美沙ちゃんが、足元を見つめて歩きながら言う。まぁ、俺も帰りは真奈美さんは一人で帰れると思う。俺がダウンしている間、往路だって俺ナシでやっていたんだから。

「…帰れる…けど…わたし…」

「一緒に帰ろうよ。どうせ、うちのクラスもなにもやらないし」

やるとしても、別に準備とかそんなに一生懸命やらないし。

「…うん」

「お兄さん。姉を甘やかさないでください。お兄さん依存症になったら困ります」

そうか。そういう心配もあるか。一度、真奈美さんの汚部屋引きこもり状態に困った家族はリスク管理がしっかりしている。

「なるほど。そういえば、そうか。じゃあ、真奈美さん。今日は一人で帰る練習する?」

「…う、うん…み…美沙…ごめんね」

「お姉ちゃん。ちゃんとしてよね。お兄さんのこと半年も占有してるでしょ。半年って言ったら、高校生活の六分の一だよ!」

美沙ちゃんが、言葉で真奈美さんを強打する。うわーやめてー。真奈美さんが漏らす。

「…う、うん…ごめ…」

「い、いや。占有ってほどでもないよ。行きと帰りだけだし…。これはこれで、けっこう楽しいよ」

抱きつかれると、いい匂いもするし…と言う言葉は飲み込む。また美沙ちゃんに変態扱いされる。思いついたことを全部口に出してはいけない。

 あ、口に出すってエロいな。これも口に出してはいけない。

 ところで美沙ちゃんの言動に違和感を感じるのは、美沙ちゃんと過ごしている時間にブランクがあるからだろうか。それとも三島に言われたことを気にしているのだろうか。以前よりも美沙ちゃんにトゲがある気がする。

「美沙ちゃん」

気になっていたからか、つい駅のホームで呟いてしまった。

「ひぅっ。…な、なんですか?あ、あらたまって」

聞かれてた。というか当たり前か。いいや。どうせだから聞いてしまえ。

「なにか、気になってることとかあるの?」

「は?な、な、なんでですか?」

唐突すぎたな。会話の文脈から飛びすぎている。しまった。

「いや…。なんだか、ちょっとご機嫌ナナメかなって…」

「はぁ?なに言っているんですか?普通ですよ!」

「ご、ごめん。そうだよね。いや、俺、最近美沙ちゃんと話してなかったから…」

美沙ちゃん、そんなに怒らなくても…。俺が、へんなこと聞くからいけないんだけどさ。

「…そ、そうだと思うんだったら。もっと話せばいいじゃないですか。バカですか?」

「はい…」

ごもっとも。

 電車がホームに入ってくる。この時間帯は、そこそこ混んでいる。いつものように、真奈美さんが俺の陰に隠れるようにして、降りてくる乗客の視線から逃げる。だれも見ちゃいないのに。

「機嫌が悪いんだとしたら、お兄さんのせいですよ…。バカで変態だから…」

客観的な事実という罵倒を呟いて、美沙ちゃんがさっさと電車に乗り込む。つづいて妹。俺と真奈美さんも続く。後ろ向きに乗り込むようにして、ドアと俺の間に真奈美さんスペースをつくる。

 

 圧搾空気の音とともに、ドアが閉まる。陸橋をくぐる一瞬、ガラスに映る美沙ちゃんと目があう。少しジト目の美沙ちゃん。べつに真奈美さんに壁ドンをしてるわけじゃないんだよ。そう、テレパシーしてみる。とどいた?

 

-2ページ-

 放課後、教室のドアのところでぶらぶらする。

 美沙ちゃんと真奈美さんには、ああ言ったもののなんとなく落ち着かない。休んでいる間、真奈美さんが一人で帰っていたのは知っている。真奈美さんは一人で帰れる。だけど、すっかり忘れてさっさと帰るのもなんだか気になってできない。真奈美さんが一人で帰るのを見届けたいと思って、タイミングを計ってしまう。

 一組の教室から出てくる生徒がまばらになったあたりで、真奈美さんがカバンを抱えて出てきた。文字通りカバンを前に抱きしめて、背中を丸めるヤシガニスタイルだ。

 あ。

 目があった。

 真奈美さんが、こちらに向かってくる。逃げるのも変だし、そのまま棒立ち。

「なお…とくん…」

「や、やあ」

我ながら間抜けな挨拶である。

「……」

真奈美さんは無言でうつむいている。つむじが見える。右回り。そういえば、つむじが左巻きだと変わり者っていう迷信があるんだっけ?そんなことを思い出す。迷信だな。美沙ちゃんには一人で帰る練習をさせろと言われたけど、俺は友達と帰りに一緒になって別々に帰る方法を知らない。

「一緒に帰ろう」

一瞬、真奈美さんの顔が上がって、すとんと落ちる。うなずいたんだ。

 並んで階段を降りる。玄関で上履きを履きかえる。真奈美さんは例によって、玄関の隅っこに移動して下駄箱に隠れるようにして、ビニール袋のスニーカーと上履きとを入れ替える。下校時の喧騒の中に、丸まった紺色ジャージのヤシガニさんが丸まって隠れている。あれを、見守る人もなく一週間やっていたのかと思うとみぞおちの辺りがピリピリする。

「…美沙に…おこられない?」

「さぁ?」

歩きながら、そんなことを話す。真奈美さんは、美沙ちゃんにまで遠慮している。実の妹なのにな。家族と友達には、遠慮をしなくていいんだよ。そう伝えたい。

「真奈美さん、すこしうちの兄妹を見習ったほうがいいかも」

「…?真菜ちゃん?」

「うちの妹も、たまに…いや、しょっちゅう理不尽に俺のことを怒ったり、馬乗りになって打ち下ろしパンチを見舞ってきたり、俺のエロ本を発掘して顔のところだけ自分の顔写真の切り抜きを貼り付けてたりするんだけど」

「うん」

「踏んづけて黙るまで蹂躙すると大丈夫」

「…うん?」

「もしくはアルゼンチンバックブリーカーも効く」

「…ごめん…どこを見習うの?」

「どこだろう?」

おかしいな。伝えたかったことと違う。

「…アルゼンチンバックブリーカーってなに?」

「ロビンマスクのタワーブリッジ」

「あ、そうなんだ…」

真奈美さんと話すときは、漫画に例えたほうがよく通じる。

「なおとくん、真菜ちゃんにタワーブリッジするの?」

「する。あいつは軽いから簡単に出来て楽しい。でも、下ろすときは気をつけないといけないんだ。床は固いからベッドかソファの上に落とすんだけど、どちらもない場所でタワーブリッジすると持って歩かないといけなくて大変なんだ」

「そ…そうなんだ」

おかしい。話せば話すほど、伝えたかったことから離れていく。修正しよう。

「つまり妹は兄や姉に勝手なことをする生き物なので、兄と姉はタフでなければ生きられない」

「…なおとくんは…」

「うん」

「…優しいから生きる資格もあるね」

フィリップ・マーロゥが分かるとは、さすが読書好きというか、読書しかしない真奈美さんだ。

「…わかった。ありがと」

真奈美さんがこちらを見る。前髪から覗く目が一瞬微笑んだ気がする。

「美沙にタワーブリッジしてみる」

「まじで?」

「…あれ?ちがうの?」

伝わってない。

 

 

(つづく)

説明
今日の妄想。ほぼ日替わり妄想劇場38話目。先日、コミティアのスペースに遊びに来てくださった皆様も、そうでない皆様もありがとうございました。

最初から読まれる場合は、こちらから↓
(第一話) http://www.tinami.com/view/402411

メインは、創作漫画を描いています。コミティアで頒布してます。大体、毎回50ページ前後。コミティアにも遊びに来て、漫画のほうも読んでいただけると嬉しいです。(ステマ)
総閲覧数 閲覧ユーザー 支援
969 868 4
タグ
 ラブコメ 小説 学園モノ 

びりおんみくろん (アル)さんの作品一覧

PC版
MY メニュー
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。

<<戻る
携帯アクセス解析
(c)2018 - tinamini.com