望み |
闇に包まれた新月の夜。
田園風景が広がる場所に、人々から忘れられて久しい納屋があった。
虫の音すらも途切れがちになった頃、納屋の戸の隙間から、灯が漏れた。
納屋の中は棚が壁に寄り添うように存在し、全てのものに埃が積もっていた。主のいない蜘蛛の巣は布のように厚く覆うように、空間に張り巡らされている。
中にいる人物は必要なところの蜘蛛の巣を払うと、ろうそくを円形に並べて火を灯していった。
他に生きているものがいれば、生け贄の放つ強烈な腐敗臭に顔をしかめ、この場にいることを拒むだろう。だがその人物は表情を変えることなく作業し続けていた。
その顔はまだ唇に紅が色づく、幼さを残した少年だった。
父親譲りの黒髪に母親譲りの白い肌。年齢に対して細く頼りない手足を見ると、あまり丈夫ではないだろう。
しばらくすると、少年は視線だけで四方見回すと、その場にしゃがみこんだ。
分厚い本を開きランタンを寄せ、少年は声を上げて読みだす。
すると、ろうそくを並べた円の中心、腐敗臭の元である場所から風が湧き起こった。
ちぎれた腐敗物がうずを巻き、少年の声をも吸い込むように徐々に広がりだす。
埃もゴミをも巻き込み撹拌されていく。つむじ風は生き物のように咆哮をあげているようだった。
少年は本のページを押さえ、無表情のまま読み上げ続ける。
つむじ風が砂嵐のように変化すると、風の中心に黒い人影が姿を現した。
少年はその姿をみとめても声を止めただけで、何も変わらなかった。
「ぬしが、わしを呼んだのか?」
砂嵐のうずまく風の中から、しわがれた低い声がきこえてきた。
そのことが当然のように、少年は口を開く。
「あぁ、試してみたんだ。本当に悪魔なんているのかと……」
少年の表情は何一つ変えない。
「ほう? わしを呼びだすことができたとは、褒めてやろう」
「……たいしたことないな」
砂嵐の中から、耳をつんざくような音が響いた。
もしかしたらそれは悪魔の笑い声かもしれない。
「おもしろい奴だ。褒美としておまえの望みを叶えてやる。なんだ?」
「別にない」
「ほう? 望みが無いか、ますます気に入った。
不老不死にも巨万の富も得ることができるぞ?
おまえの生い立ちを見ると望むことは多いと思うが?」
「想像できる世界に興味はない」
少年はため息混じりにつぶやいた。けたたましい音が響く。先ほどよりも大きな音だった。
「ますます気に入ったぞ。おまえの望みを叶えてやることにしよう」
風の中から杖を持ったミイラのような腕が出てきた。
「この杖を受け取り、おまえが悪魔になればいい。
望み通りの想像できない世界を知ることができる、望め!」
少年は顔を上げると、ミイラが持つ杖と向き合った。
少年は口角を上げて初めて表情を変えた。目をぎらつかせ、なんの迷いもなく杖を奪い取った。
その瞬間、二種類のつんざくような音が鳴り、納屋は音も立てずに崩壊した。
説明 | ||
新月の夜。魔方陣の前に少年は悪魔を呼び出す。 世界を捨てた少年が願うものとは…。 |
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ホラー 悪魔 創作 オリジナル 少年 魔方陣 | ||
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