人類には早すぎた御使いが恋姫入り 四十二話 |
皇帝SIDE
「コレが必要になりそうだ。少し借りるぞ」
北郷一刀は宝物の山の中にあった杖を一つ見つけ出してそれを床に突きながら言った。
「この年に杖を頼りするようになるとは…まあ、かなり良い感じだ。暫くは世話になりそうだから慣れておくとしよう」
「説明してくれぬか、北郷一刀」
余は皆を代表して尋ねた。
「あの物、汝が造ったと言った。この隠された倉庫は数十年は誰の手にも触れていない。それがどうやって汝が造ったものがこの倉庫にあるのだ」
「この機械は時間の中を移動する。今日から明日への旅を続ける俺たちと違って、この機械は今日から昨日へ旅立ったり、もっと早く明日を迎えることも出来る」
「……?」
「初めて俺がこの世界に来た時、俺は操作になれていなかった。で、途中の衝撃で離脱した。その後、この機械は数十年前のこの倉庫の中に到着して、俺は三年前の陳留に落ちた」
北郷一刀はその機械の上に腕あげて何かを取り出した。
「圧縮太陽電池。一週間あれば再充電出来るだろう。起動するかは試運転してみなければ分からないが」
それは一辺が彼の腕の長さぐらいある四角い板のような物だった。
「恋が持つ」
「頼む。衝撃に弱い。気をつけろ」
呂布に板を渡して杖を突いた北郷一刀は余の前に来た。
「どうやってこの機械がここに来たのか詳しく説明しろと言ったらそれは不可能だが、確かなのはこれが俺のものだということ。そしてこの機械をあの階段を通って上に運ぶことは不可能だ。即ちこれは、お前が俺の首筋に剣を当ててるのと一緒だ」
「どういうことだ?」
「アレがこの部屋にある限り、お前は俺に対して絶対的な優位にあるということだ」
「!」
自分の口からそんなことを言うとは…!
「もちろん。お前と婚約するつもりはない。それは俺としては引けない所だからな。ただ俺が何をやってもお前に害をなすつもりはないということだ」
「そんなつもりがあったのか?」
「いや、ただお前が信頼する口実が必要だとすれば俺と婚約する以外にもあるということだ。後万が一俺が何か董卓とお前に不利なことをすれば呂布が俺を殺すだろう」
「……」
余は呂布の目を見た。
言われた本人はそんなこと出来るとは思えないほど悲しい顔をしていた。
二人の間いったい何があったのか。
「俺には策がある。その策通りにすれば、お前と董卓たちは助かる。洛陽の民も助かる。そして連合軍で己の欲のために世に戦乱を巻き起こした連中に相応の罰を与えることも出来る。その結果がお前が望むようなものではないかもしれないが、正直な話、お前にも次善策はないだろ」
「……話してもらおう」
「先ずは上がろう。全員が居る場所で話すべきだろう」
余はそれに頷いて、四人とも降りてきた階段を戻った。
北郷一刀が階段を昇る度に奴がつく杖からがカッ、カッと音が響いた。
・・・
・・
・
それから時間が経つ。
桃香SIDE
袁紹軍の包囲の中で、孫策さんの手も借りずに虎牢関での出来事から十日、虎牢関をくぐり抜いて七日が経ちました。
先日、形式的な軍議がありました。
洛陽で私たちが先陣を切ることになり、他の軍は何の異議もなく、私たちを囮にして董卓軍を洛陽城を引き出して戦うという策とも言えない策が立てられました。
策という名を付けるのも、袁紹さんが単に私たちを潰す言い訳を作っているだけですけどね。
曹操さんも、孫策さんも、白蓮ちゃんも何もそれに関して異議を唱えませんでした。
「じゃあ、これからどうしようか」
この絶望的な宣告を受けたにもかかわらず、なんともない笑顔で私は皆に訪ねました。
心配をしていないわけではありません。でも、私が敢えて憂いを含んだ顔をしなくても、そういう空気はもう陣内に充満していたんです。
「……」
もちろん、顔は皆そんなことないように振舞おうとしていましたけど、人の心というのは、本当に第一で顔に出てくるもので、隠そうとしても限界があります。
「朱里ちゃん」
「…はい」
「私たち、これからどうすれば良いと思う?」
「…その前に、桃香さまにお聞きしても宜しいでしょうか」
「何?」
でも、皆の不安がる顔に叱るにも、今の私たちの間には不公平な所があります。
私は一刀さんが生きているって知っている。それが少なからず私を慰めてくれています。
「北郷さんは、本当に死んだのですか?」
「……」
でも、やっぱりね。
実は皆そんな感じがしていたのかもしれません。
だって、朱里ちゃんの質問に誰一人驚く人がありません。
きっと皆私がここに来る間平然と出来たのに理由があるのだと感づいていたのでしょう。
凪ちゃんを見ると、凪ちゃんも私のことを見ていました。
私って嘘下手だよねぇ、って思いました。
でももう洛陽にほぼ辿り着いていますし、皆感づいてるみたいだし、もう隠す必要はないかな。
「わからないよ。でも私は生きているって思う」
私は事実を話しました。
凪ちゃんの方を見ると、仕方ないという顔をしながらもし周りに潜んでいるかもしれない袁紹さんの間者が居ないか周りに気を使っていました。
「北郷さんが生きてるのでしたら、きっと今頃洛陽に居るでしょう」
「多分、そうかな。私たちがどうなっているかも判ってると思うし」
「アイツ一人で何が出来るというのだ。奴の能力を疑うつもりはないが、生きているとして、単身で敵陣に乗り込んだのだぞ。命だけ残されて今頃牢屋に入れられていると思った方が最善だ」
「いや、わからないことだぞ、愛紗よ。北郷殿は我々には出来ないことを平然と出来るからな」
愛紗ちゃんが悲観的、ある意味で現実的な意見を言うと、星ちゃんがいつものように違う意見を出しました。
「それとも寝返ったかもしれないな。とにかく、この場に居ない、生きているかも定かではない者に我が軍の存亡を託すことは危険すぎます」
「それは私も愛紗さんと同意見です。以前の一刀さんならそれでも私たちを助けたかもしれません。でも、一刀さんは桃香さまの真名を呼びました。それは一刀さんなりの覚悟があるものだと思います」
雛里ちゃんの言う通りでした。
一刀さんが私の真名を呼んだことは、私のことを認めてくれたということ。
つまり、もう私はもう黄河に流されている子供ではないということです。私は今乱世という大きな河に流されようとしています。以前の私なら、一刀さんは私を助けるために縄を投げてくれたり、水から飛び込んでたすけてくれたとかもしれません。だけど今は自分の力で上がって来られるほどじゃなければ、手の一つも伸ばしてはくれないでしょう。
真名とは私たちにとって信頼の証。
でも一刀さんにとって信頼とは私が危険な時命を賭けて助けるということではなく、私なら危険が迫ってきてもきっと自分の力でなんとか出来ると信じている、そういう意味なんだと思います。
でも、
「逃げちゃおっかなー」
「「「「「!!」」」」」
私がボソッとそう言うと、皆驚いた顔で私を見ました。
「このまま洛陽に行って董卓軍と戦っても助かる目論見はない。かと言って、董卓さんと戦う大義だってもうないのも同然。だったら、私たちがここに居てすることなんてないんじゃないかな」
「桃香さま」
一番先に声を出したのはやっぱり凪ちゃんだった。
「一刀様を見捨てるつもりですか」
「見捨てるってわけじゃないけど…」
「もし本気でそんなことをなさるつもりでしたら、私はこの軍を出なければなりません」
凪は真面目な顔で言ったけど、怒った様子がないのは、多分私がそうしないって分かってるから。
「そもそも逃げても私たちが治める平原は袁紹さんの真下です。それに仮にも皇帝を傀儡にした逆賊董卓を前に逃げ出したと民たちに広まれば桃香さまへの信頼もなくなってしまうでしょう」
「そうだよね…じゃあ、やっぱり戦う?」
でもどうやって?
董卓軍は最小でも数万、私たちは袁紹軍から借りた兵を除けば五千も居ない。
前も後ろも敵ばかりな戦場で、私たちに残っている未来は全滅の二文字以外にはないのかもしれない。
「今の私たちには情報がありません。手持ちに札がなければ戦は負けたも同然。先ずは情報を得ることが大事です」
雛里ちゃんがそう進言した。
「しかし、斥候を放つにも周りの袁紹軍の兵の目があって少しでもこちらが動けば包囲して食らう勢いで見ている。斥候を放つなど到底無理だ」
「どうせこのまま何もしなければ結果は同じです。居座って死を迎えるか、足掻いてから死ぬか」
「袁紹は虎牢関での事以来完全に気が狂っている。心服のうち一人は未だに戦場に出れる様態ではないし、もう一人も仲間の重傷で正気ではないというからな」
曹操さんの所に居た袁紹さんの将二人は今この袁紹軍に居ます。顔良さんはまだ目を覚まさない状態らしいし、文醜さんはそんな顔良さんを診ることで兵たちのことを疎かにしている様子。袁紹さんも両腕を失った状態で、最初に来た時の半分にも至らない兵を保つにも精一杯です。
今この袁紹軍に包囲されてるのが私たちではなく曹操さんだったら、本当に袁紹軍を頸を取るに動いてたかも知れません。
でも、私たちにはそうする力がありません。
「じゃあ、斥候を放ってみるしかないんだね」
「はい、一刀さんに接触できれば尚いいですし、中の状況を探って内側から混乱させればまだ道はあります」
「…じゃあ、準備して。でも袁紹さんにばれないように出来るだけ少数で」
「お姉ちゃん」
その時、それまで何も言ってなかった鈴々ちゃんが手を上げました。
「はい、鈴々ちゃん、どうしたの?」
「うんとね。鈴々を斥候に出して欲しいのだ」
鈴々ちゃんの話を聞いて私は驚きました。
「馬鹿を言え。これはとても危険な仕事だ。下手すれば軍全体が危険になるのだぞ」
「そうだよ。鈴々ちゃん。何日も何もできないままで退屈してるのは分かるけどこればかりは…」
「ねえ、鈴々ちゃん、斥候、やってみたことある?」
「!」
「桃香さま!」
「ないのだ」
「どうすればいいのか分かる」
「城内の奴らにばれないで上がって、周りの情報を探ってくればいいのだ」
「もし一刀さんに会ったら?」
「お兄ちゃんに助けてもらうのだ」
「…うん、よし、じゃあ任せちゃおっか」
「桃香さま、危険すぎます!」
愛紗ちゃんは反対してるように見えたけど、
「本人が大丈夫だって言うから大丈夫だよ。鈴々ちゃんだって何も考えずにやってるわけじゃないんだから」
「こいつは何も考えずに言っているんです。単に暴れ足りないから…」
「じゃあ、散歩がてらでいいよね?」
「なっ!」
愛紗ちゃんは呆れた顔で私を見ました。
「大丈夫だよ、鈴々ちゃんなら絶対無事に返ってくるって信じてる」
私だって危険なのは分かってる。でも大切な人たちを守るために、ただ目の前にある危険ばかりを避けていては何も守れないことが判った。
そして皆を守るために心配より大切なのは『信頼』
「愛紗ちゃんはどう思う?鈴々ちゃんはそんなこともこなせない娘だと思ってる?」
「そういうわけでは…ああ、もう判りました」
愛紗ちゃんが落ちたので、私は鈴々ちゃんを見て言いました。
「時間がないよ、鈴々ちゃん。無理そうだったら直ぐに帰ってきて、遅くても夕暮れまでには帰ってきて」
「わかったのだ」
「私たちの未来が鈴々ちゃんに掛かってるよ。いつもの鈴々ちゃんなら出来るって信じてるけど」
「大船に乗ったつもりで居るのだ!」
横で愛紗ちゃんのため息が聞こえたけど気にしないでおこう。
とにかく、今は出来る精一杯をやらなければならない。
華琳SIDE
「斥候に出した兵が一人とも帰って来ない…か」
「はい、今まで何十人も斥候を出しましたが、未だ帰ってきたものが居ません」
桂花の報告を聞きながら、私は顔をしかめた。
戦場にいて情報をつかむことは勝利をつかむことに等しい。
自分は相手を知り、相手に自分の情報を漏らさないことは戦争の基本中の基本。
最初からこの連合軍は逆賊討伐という大義名分の元に堂々とした姿勢で洛陽に向かっている。
逆に言えば、こっちの情報は向こうにだだ漏れされてる。
それに比べ董卓軍は先ず逆賊と呼ばれる董卓が誰だか知る者すらこの連合軍には誰一人居ない。
戦力に飛将軍呂布や張遼の猛者があることは知っているけど、洛陽にどれぐらいの兵が残っているのか、その編成は如何なっているのか洛陽で敵はどんな風に私たちを迎え撃つつもりなのか。
その何一つも分からない。
このような戦、やっている前から勝負がついているというものよ。
「もうこの戦から手を引くべきかもしれないわね」
「連合軍から離脱するおつもりですか」
さすが桂花も私と同じ考えもしていたのか即刻尋ねてくる。
「このまま麗羽の好きなようにさせておいても残るのは敗北の二文字だけよ。それに、向こうには一刀が居る」
「………」
最悪の場合、一刀が寝返ったという考え方をしても良い。
突然情報の隠蔽が堅くなったこともそのせいかもしれない。
一刀は興味で動く男。
もし彼が董卓に劉備以上の興味を持ったとしたら、董卓の側に付くことは彼にとって何の罪悪感を持つ必要もない行動よ。
例えそれで劉備を傷つけるとしても……
「…劉備を裏切ってまで?」
いや、待ちなさい。
本当にそうなの?
彼は興味のために人を裏切る?
一刀は私の元から消えた。
だけど、それは私に問題があったせいであって、彼のせいではない。
流琉は一刀のせいで傷つき戦意を失った。
だけどそれは彼が流琉を裏切ったわけではない。
彼は最初に流琉に約束したようにしただけ。
今まで一刀が人を裏切ったことなんて一度足りともない。
にもかかわらず彼を目の前から失った女たちは皆酷い喪失感に陥る。
彼を受け入れる人は彼の存在のためにとても心にとても大きな部屋を空いておく。
でも、一刀はその部屋に住んでると思ったらまた直ぐにどこかに行ってしまう。
彼が去り残った心の穴はとても大きくて、例え遠くに居ても彼をずっと求め続ける。
それが誰もが彼を好いても嫌っても、一度関わったら二度と彼から離れることが出来ない理由。それが彼の魔性。
そして嬉しいことに、彼はそんな私たちのことを絶対に忘れはしない。彼は帰ってくる。
「…ここまで来て引くのは無理ね」
「斥候を出し続けます」
「いいえ、これ以上無駄に兵を犠牲にするわけにはいかないわ」
「しかし…」
「……流琉を呼んできて頂戴」
「!」
桂花もさすがにその決定には驚いた様子だった。
それもそのはず。
一度一刀に拒まれた流琉、そして私の手でトドメ刺したも同然な流琉に死地に向かって欲しいといっているのだから。私から見ても甚だしいと思っている。
だけど、
「彼女が適任よ」
「…判りました」
流琉SIDE
「流琉、本当に帰っちゃうの?」
「…うん」
私は季衣にこの遠征が終わったら村に帰ろうとしていることを伝えました。
季衣は悲しそうにしながらも、嫌だとか、一緒に居ようとは言いませんでした。
振り返ってきみれば、私がこの軍に来た理由は、季衣が居たから以前に、兄様が居たからでした。
最初から兄様が居ないこの軍に残る理由が私にはなかったのです。
でも、それだけならまだ兄様は私のことを凪さんのように受け入れてくれたのかもしれません。
だけど私は、兄様とした約束をいつの間にか忘れてしまっていました。
『ここに残るならこれからのように甘えてやるとは思うな』
私は自分が覚悟していると思っていました。
でも実はあの時から、私はずっとだだをこねていたのです。
兄様がした言葉の意味を、重さを忘れてこの世界で子供のように振る舞いました。
その結果兄様の仰った通り、私の心は引き裂かれて、酷く傷つきました。
でも誰も責めることが出来ません。
兄様は私に覚悟がなければこうなるであろうことを真心を込めて伝えて下さったんです。
それを無駄にしてしまったのは私の方です。
「ボクも時々帰っても良い?」
「うん、あまり華琳さまに迷惑かけない程度でね」
「流琉」
その時、桂花さまが私を呼びました。
「あ、はい、桂花さま」
「華琳さまがお呼びよ…行けるかしら」
「……」
桂花さんの顔から簡単に憂いの様子を見ることが出来ました。
既にこの軍で、私はもう戦力外とされています。
そんな私を呼ばれるということは…
「はい、行きます」
私は季衣から離れて桂花さまと一緒に華琳さまの元へ向かいました。
・・・
・・
・
「斥候、ですか」
「ええ。洛陽に放った斥候が誰も帰って来ないの」
思いの外斥候という重要な任務を任せようとする華琳さまを見ながら私は少し考えました。
今洛陽には兄様が居ます。
つまり、私が洛陽に行けば、兄様に会えるかもしれません。
「危険な任務よ。無理だと言うのなら無理に任せるつもりはないわ。けど、私からしては、あなた以外にこの軍にこの任務を任せられる者が居ない」
「じゃあ、断ります」
「…」
一言で断ると、華琳さまは口を閉じて私を見ました。。
分かります。
華琳さまは私が兄様に会うためにもこの任務を引き受けるだろうと思ったのです。
でも、その逆です。
洛陽には兄様が居ます。
『だから』行きたくないんです。
「その任務、私は引き受けることが出来ません」
「そう…。分かったわ。この任務は沙和と真桜に命じることにしましょう。
「…」
「戻っても良いわ」
「はい」
私はそのまま季衣の所に戻ろうとしました。
でも、桂花さんが私の道を塞ぎました。
「ちょっと待ちなさい」
「桂花さん」
「…あなた、『逃げちゃ』ダメよ」
「っ」
「今あなたが逃げてアイツにもう会わないというのなら、まあそれでも良いでしょう。でもあなた本当にそれが出来るの?二度とアイツ会わない自信があるの?」
「関係ありません」
どうせ私は兄様から二度と現れないように言われた身です。
洛陽に行った所で、兄様に会えるはずもありません。
「…今あなたの顔を見なさい。まるで天下の全てが滅びるのを見ているかのような顔よ」
「……」
「そんな顔をして村に戻っても、誰もあなたの顔に笑顔を取り戻すことはできないわ」
「じゃあ、私にどうしろと言うのですか!」
一瞬どこに向けばいいのか判らなかった感情は怒りになって目の前の桂花さまを刺しました。
「私はもう兄様に嫌われました。誰のせいでもなく私が馬鹿な真似をしたせいです。誰かを責める事もできないし、怒ることもできません。だから静かに諦めようとしたのに、なんで桂花さまが私にそんなこと言うんですか」
そして、振り向いては華琳さまにも言いました。
「私が行きたいって言ってた時は絶対駄目だって言ったくせに、今更そんなこと言うんですか!」
「………」
桂花さまは逃げてるって言いました。
でも、逃げることも簡単ではないんです。
求めたたものから背を向けるまで私がどれだけ苦しんできたから皆さん知らないじゃないですか。
「もう、ほっといてください」
「甘えてるわよ」
「!」
桂花さまは目つきを変えて言っていました。
その目は私を責めてるわけでもなくて、心配しているわけでもなくて、憐れみな目で見ていました。
「あなたはまだ甘えてるのよ。アイツに甘えるなって叱られてまだ甘えてる」
「………」
「でも、本当に私が可哀想だと思ってるのは貴女じゃないわ。アイツの方よ。だってあなたを連れてきたのはアイツだから」
「な」
「今のあなたを見ると、アイツはきっと後悔するでしょう。あの時何があったとしてもあなたを戻らせるべきだったと」
「…−−−!!」
「やめなさい、桂花!流琉!」
華琳さまの声が少しでも遅ければ、私は桂花さまに向かってヨヨを投げていたかもしれません。
「ごめんなさい、流琉。もう帰っていいわ」
「…いいえ、行ってきます」
「!」
「私が洛陽へ向かいます。行って兄様に会ってはっきり話してきます」
私はそう言ってそのまま桂花さまの横を通って斥候に向かう準備をするために行きました。
桂花SIDE
「何で煽ったの?」
流琉が消えた後、華琳さまは私に仰りました。
いつも優しかった流琉の顔から出てくる悲しみがあっという間に怒りに変わっていくのを見て、私は内心冷や汗をかきました。
華琳さまが止めるのが少しでも遅かったら私は無事では居られなかったかもしれません。だけど、それでもやらなければなりませんでした。
「華琳さまが流琉を行かせようと思われたからです」
「私は半分諦めてたのよ」
「それでは困ります、華琳さま」
「…」
でも本当に問題があるのは流琉ではありません。
本当に問題なのは華琳さまの方です。
「華琳さま、このままではこの軍は滅びます」
「……」
「最初は流琉が傷ついて、凪はアイツについて行き、秋蘭はアイツへの怒りに華琳さまを裏切りました。アイツのせいでこの軍を築いていたものが1つずつ崩れていくのに、華琳さまはただそれを見ていらっしゃっています。このような姿、私が仕えようとした覇王の姿ではありません」
連合軍以来、我が軍は急速に崩壊していった。
このままこの連合軍で戦果を挙げた所で、多くの有能な将を失ったこの軍に未来はない。
「…それで、私にどうしろと言うの」
「覇王としての弁えを」
「覇王の弁え?」
「はい、今の華琳さまは覇王としての弁えを忘れています」
流琉に対してだってそう。
華琳さまは弱くなっていらっしゃった。
その表面的な原因は先ず秋蘭に裏切られた事にあるけど、それよりも根本的な問題は、華琳さまがこの軍をここまで成長させるに置いてアイツの存在がそれだけ大きかったからである。
本人は知るか否かそれともどうでも良いと思ってるかもしれないけど、とにかくアイツが居なくなった途端、この軍は一気に揺れた。
それがこの軍が華琳さまという覇王を中心に集まった軍ではない証拠
華琳さまという指導者の裏に暗躍したアイツの存在がとても大きかった証拠。
今のこの軍は、既に華琳さまは覇王として君臨できる軍ではなかった。
覇王として、華琳さまは云わば『半人前』。
この軍はアイツの存在無しでは本当のちからを出せなくなっていた。
「華琳さまの覇王としての弁え。それはつまり『自分が欲しいものは何でも手に入れよう』とする態度です」
「……」
「華琳さまが覇王としての弁えを取り戻されない限り、この軍は居ないアイツの亡霊にいつまでも取り憑かれているばかりです」
そんな状況で軍師として私にすることは二つのうち一つ。
一つはアイツをこの軍に呼び戻すこと。それで完全にこの軍の者にすること。
もう一つは、この軍を華琳さまだけの軍へと最初から作り直すこと。
でも前者は論外。
それじゃあ華琳さまが自分では軍を完全に支配できないと認めるのと一緒よ。
なら私が軍師として出来ることは一つだけ。
私がアイツの役割を完璧にこなすこと。
私がアイツと肩を並べること。
この軍でアイツがしたこと、それ以上を私がすること。
「この軍は華琳さまの軍。率いる軍隊は覇王の軍隊。アイツの縁をここで絶つことが華琳さまのためです」
「私が一刀に取り憑かれていたせいで、覇王としての自分を忘れていたと言いたいのね」
「はい」
その証拠に、華琳さまがそう思われないのなら、覇王としての自分の名を怪我されたと思われるのなら、今にでも私の頸を刎ねるはずです。
「さっきと、今のは彼の真似なの?」
「……」
「あなたが一刀の代わりになるつもり?」
「……」
「私に忠誠を誓ったあなたがそんな真似をして許されると思ってるの?秋蘭の二の舞よ」
「それは…」
そう言われると口を閉じるしかない。
確かにアイツがやってきたことは、アイツが華琳さまに忠誠を誓った部下ではなかったできたこと。
部下となった私は、華琳さまに道を示すことはできても、その道を歩かせることは出来ない。
「確かにあなたの言う通りよ。一刀が去った後、私は私の軍をうまく支配することが出来なかった。その結果がこれよ」
「ですから」
「ええ、あなたの言う通りよ。私にはアイツが必要よ」
「っ…」
「彼の心を得たものが天下を得る。誰が言ったかしらないけど良くいったものだわ。確かに一刀の心を得るぐらいなら天下を我が手にするため踏ん張るでしょう。でも、私の場合彼を得ることは始まりに過ぎないわ。必ず一刀を取り戻してみせる」
「………」
アイツの、北郷一刀の心はとても気まぐれな風のように誰の元にも留まらない。
でも一度その風に乗ってしまえば、どこまでも行ける。
アイツと華琳さまが造る天下への道。
そこに私の居場所はあるのだろうか。
「華琳さま!!」
その時、春蘭が前衛から馬を走らせこちらに来ていた。
「何があったの、春蘭。そんなに慌てて何があったの」
「大変です、華琳さま!連合軍の前衛から報告が来ました。
前方より皇室の旗を持った部隊が接近中とのことです!」
時は洛陽に着く一日前、
この日、この連合軍。
いや、乱世を生きる群雄たちの未来は大きく分かれる。
説明 | ||
頼もしい劉備、崩れた曹操軍 同じ人から受けた影響だけど、何が違ったのか。 君主たちの違い、軍での違い。 それを伝えたい気持ちで書いてみました。 |
||
総閲覧数 | 閲覧ユーザー | 支援 |
5102 | 4167 | 37 |
コメント | ||
強者が弱くなり弱者が強くなるって所か。このまま一刀の思惑通りになるのか、それとも・・・(銀ユリヤ) たぶん生まれた環境の差なんでしょうね。助け合うことが許されない高官の家に生まれた華琳には人を頼る経験がなかったから一刀に依存してますし、助け合わなければ生きていけない農村に生まれた桃香は一刀を知って自立したことで誰よりも王に相応しくなった。人生万事塞翁が馬ですね。(h995) 覇王に非ずとなった華琳と、王としての立場に目覚めつつある桃香・・・きっかけ一つで人の在り様は一転するものですね。(本郷 刃) 元々出来た故に孤独となり一刀を求めすぎた華淋と、元々が出来なかった故に一刀に認められるために努力をした桃香……現実で凡才が天才を上回る理由なんて、こんなものかもしれない。(ロンリー浪人) 今回は一刀が上手くいかないような予感がするが・・・(下駄を脱いだ猫) 同じ人物に接したはずなのに何が違ったのか、君主か、周りの人間か、道か、差があまりに開きすぎましたね。いったい何が行われるか楽しみにしてます。(山県阿波守景勝) 連合に対する最後の一手となるか!?(アルヤ) 一人前が半人前に。半人前が一人前に、なんだろうなこの差は・・・・・(黄昏☆ハリマエ) |
||
タグ | ||
真・恋姫†無双 恋姫 桃香 華琳 桂花 流琉 韓国人 | ||
TAPEtさんの作品一覧 |
MY メニュー |
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。 |
(c)2018 - tinamini.com |