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あの夜から一年以上過ぎた、ある日。
キャンプ・チタクワでは、いつの間にか日常の一部となった、やりとりが始まった。
とうに朝は過ぎ、太陽が真上を指す時刻。ディーンはある家の扉を力任せに開けた。鍵などかけていないのは知っているが、抑えるつもりのない苛立ちがそうさせた。
ここを家にしている男はまだ眠っている。上掛けの代わりのように、三人の女性と一つのベッドで惰眠を貪る様は、何度見てもディーンの眉間に皺を寄せさせる。昨夜何をしていたか一目瞭然だ。
「おいこら、いつまで寝てやがるっ」
怒声で先に目が覚めたのは女性達で、リーダーの姿を認識するや、そそくさとベッドから離れていった。バスルームに逃げる者、足元に転がる衣服を身に付けて外に出る者。ディーンは彼女達に視線を移す事はせず、絶えず男を見下ろす。
叫ばれた本人は、ディーンの怒声が目覚まし時計かのように、ゆっくりと瞼を開けて指で目尻をこすった。そして仰向けに寝たまま口角を上げる。
「やあおはよう、リーダー」
ディーンの眉間の皺が一本増えたのを見ながら、カスティエルはようやく起き上がった。
「おはようじゃねえ、今なん時だと思ってやがる」
「時間を気にする必要がどこにある。眠くなれば寝れば良いし、起きた時が一日の始まりさ」
「そんな決まりを許した覚えはない。良いからさっさと支度しろ、今から隔離区域の調査だ」
忘れたとは言わせねえ、と先手を打たれた為、男は肩を竦めて裸のままバスルームへ向かった。
「体がアレや汗でベトベトなんだ、構わないだろ」
「……5分で来い」
躊躇いもなく背を向けたディーンは、すぐに足を止めて半身だけをカスティエルに戻した。そういえば女性が一人、シャワールームへ逃げ込んだと思い出す。
「いや、3分だ」
リーダーの心境が手に取るように分かり、カスティエルは首の寝をかきながら意味深に笑んだ。
「2分でナニが出来ると考えたんだ」
今度教えてくれよと言い、ディーンより先に背を向けて部屋から消える。一寸してから水の音が聞こえると、今度こそディーンは出ていった。
階段の下には、先程までは居なかったチャックがディーンを待っていた。キャンプの物資管理をしている彼は、在庫リストが記載されているボードを常に持っている。
「ディーン」
「なんだ」
「その、今日は調査と食料の調達だろ。缶詰の種類がもう少し増えたら、皆の軽い不満も解消されるんだけど。あと出来るなら、薬を手に入れられないかな。鎮痛剤があれば良い。あと睡眠薬が空になった」
「薬の減りが早すぎる。何でもかんでも使いすぎだ、節制しろ」
「してるんだけど、あの……」
チャックの躊躇う口ぶりに、ディーンは片方の眉だけを上げる。言いづらそうに口を噤んでしまったので、「どうした」と尋ねる。
するとカスティエルが出てきて、チャックは閉ざしていた口を開いた。
「キャスが……」
それだけでディーンは理解をし、苦虫を噛み潰した表情を浮かべる。
2人の空気に気づかないフリをし、背後から近づきながら、カスティエルはまだ濡れたままの髪を手でかきあげる。
「お待たせ、はしてないよな」
無邪気とは程遠く片笑む顔を、ディーンは一瞥するだけに留めた。代わりにチャックに対してため息をつく。
「分かった。食料については、あれば揃える。今日は調査が主だから、他の事は当分我慢させろ。日が沈みきるまでには戻る」
「うん、気を付けて」
二人だけに分かるやり取りを済ませ、ディーンは一人で車に向かう。カスティエルは無視をされた形だが、気にする事もなく後ろを着いて歩いた。そしてディーンが運転席に座った車の助手席に座る。
「おい、お前が乗るのはあっちだ。運転手だろ」
「体がだるい」
「ふざけんなっ」
ハンドルを叩いて叫ぶディーンを横目に、しれっとした顔で肩をすくめる。
「ふざけてないさ、このまま僕が運転しても事故るだけだから、せめてリーダーの乱暴な運転の犠牲者ぐらいはって、かって出たんじゃないか」
「ちっ」
車から降りる気配のないのを悟り、ディーンは大きく舌打ちをする。仕方がないと開いている窓から顔を出して、一緒に調査に向かう仲間に声をかけた。今回移動するメンバーは5人。使用する車は3台。内1台は既に紅一点のリサが乗り込んでいた。
空いている車を男に任せ、エンジンをかける。
ディーンが先頭を走る車内は至極静かだった。とはいえ穏やかとは程遠く、運転手のピリピリした神経で溢れている。
助手席のカスティエルが気づかない訳はないだろうに、彼は飄々とした態度で広げた地図を眺めていた。
目的地まで半分程来た辺りで、口火を切ったのはディーンからだった。
「薬を持ち出すのは止めろ。二度とするな」
唐突な台詞に一瞬何の事か分からなかったものの、すぐに言われた意味に気付いて頷いた。
「ああ……チャックか。思ったよりリーダーにバレるのが遅かったなあ。彼も人が良い」
「そういう問題じゃねえ」
ディーンはジロリと横目に睨むも、すぐに正面を向く。カスティエルからすれば、拝借したのは自分だと認めつつも、使ってはいないとだけ言いたかった。
「睡眠薬に関しては生憎と、僕はほとんど飲んでない。彼女たちが僕にとっての安眠剤だ」
眠れない、夜が怖い、眠るのも怖い。クロアトアン・ウィルスで愛する者達の豹変を目の当たりにし、時に、女性故に理不尽な目に会った者も少なくない。
ほんの数年前までなら手に入っていた薬も、今や困難なばかりか、価格も高騰している。そんな中、非合法で集めるのも至難の技なのは、カスティエルも承知している。
かつて地獄で過ごした悪夢に魘され続け、酒によって睡眠を促してきた彼は、今や寝ることを諦めた。誰もがディーンのような選択を取ることは出来ない。痛み止めもしかり、とカスティエルは続きを話す。
「痛み止めにしても、少し前は僕もお世話になったから減ったかもしれないが、今の僕には、これがあるからね」
そう言ってポケットから、白い小さな容器を取り出す。オレンジの蓋を回して開けるや、中に入っていた錠剤を一つだけ口に入れる。
皮肉にも見慣れてしまった代物に、ディーンは今日一番のしかめ面を晒した。
「尚、悪い」
ディーンが気づいた頃には、カスティエルの体は興奮剤で出来上がっていた。サプリメントのようにバリバリと噛み砕く姿を、最初ディーンは異質な物を見る眼差しを向けていた。
だが、それも今やなくなった。
「でも止めないじゃないか、なら同じさ」
カスティエルがどれだけの事をしようと苦言を呈するだけで、いつだって本気で止めてはこなかった。キャンプ内での争いに発展しなければ、良いとでも言わんばかりに。
今回の薬の件も、これで終わりにするだろう。カスティエルとしては、問題は無かった。
「彼女たちが服用するのも最初だけだ。眠る時ぐらい、現実を忘れたいんだ。だが起きても、どこも変わらない。薬も無いなら無いで順応していくだろう」
「てめぇの手でか」
とんだペーパームーンだと揶揄されたカスティエルは、持っていた容器をズボンのポケットに入れて、口内に含んだままだった薬を噛み砕く。
「同意の上でね」
ガリッと、錠剤の割れる音が軽く響いた。
あくまで自分は、一時であっても救いという逃避を求める手を握っているに過ぎない、と解釈する。何よりカスティエル自身がそうだという事を、この隣の男はどこまで知っているのか。
「おかげで2ヶ月の骨折生活も楽なものだったよ、甲斐甲斐しく世話をしてもらった。相応のお礼をするのは当然の事じゃないのか?」
「お前の基準なんざどうでも良い。俺が言うとしたら、よくも2ヶ月もの間、タダ飯食いまくってくれたなって事だ。働かねえ奴にやる食糧なんかひとかけらとて無いんだぞ」
「だから頭は倍、こき使われた」
カスティエルは広げていた地図をディーンに見せるように角度を変え、己の頭をトントンと指で叩く。
「薬漬けでも、僕はキャンプのどの奴らより使える。それを君は何より知ってるだろ」
興奮剤を常用しても黙殺される理由の一つだと自負出来るほど、天使であった頃の知識は色褪せず、今も戦闘の面において役に立っているのだ。
「…………ほざいてろ」
カスティエルの言うとおり、何より知っているディーンは吐き捨てる事しかできなかった。珍しく口論で勝った気分から、元・天使の声が弾む。
「ほざくのはリーダーの専売特許。僕は疲れてるし、着くまで寝る事にするよ」
地図をたたみ、ダッシュボードの中に収めるや、運転手から背を向けた。1錠とはいえ興奮剤を服用したのだから、眠気などやってくる訳はない。
「おいっ」
「おやすみ、ダーリン」
揶揄する言葉と共に、ひらりと肩越しに手を軽く振る。後は何の返しもしなくなった男に対し、思わず「キャスっ」と叫んでしまった。
名前を呼ぶつもりなど無かった。ディーンは忌々しげに下唇を噛み締める。
「くそ……」
再び戻る静寂は、出発した頃よりも張り詰めた空気は消えた。代わりに、遣る瀬無さだけがお互いに残った。
そうして会話も無いまま目的地に着けば、先程の会話が無かったかのように、二人とも車を降りる。
隔離区域の境界線調査と食料の調達が今回の仕事だ。
いつ集まっているかも発表されない政府が決めた汚染地区。発表が遅いのか、それとも感染の速さが追いつかないのか、バリケードよりも一回り大きいエリアでクローツがうろついていた。恐らく政府は、立ち入り禁止区域の発表を見直すだろう。
クローツは見つけ次第、政府の軍や武装した民間人が殺してはいるものの、文字通りキリが無い程に広がっている。特効薬も無い、ウイルスが終息する気配も見えないでは、健常者も日々を生き残ろうとするだけで精一杯だ。
悪い状況だけを目にし、調査を終えたディーン達は食料を手に入れる為に、今の場所から移動する事にした。
高架下に止めていた車に乗り込もうとした時、背後から女性の悲鳴が聞こえた。
「何だっ」
「おい、どうしたっ」
驚いた面々が手持ちの銃を構えながら振り返ると、数人の男女が複数の感染者に追われている姿だった。未成年で姉弟の他、大学生ぐらいの女性が3人、そして会社員の男性が一人。
「ちっ、なんだってこんな所にまでっ」
仲間である男の一人が愚痴りながら、サブマシンガンで襲い来る者達を撃ち殺す。リサはショットガンを用いて一人倒し、駆け込んできた姉弟を己の背後に立たせた。
女性の一人がディーンの元へ走り寄り、「助けてっ」と訴える。もう一人の女性は、車の後ろに隠れた。
「くそ、ここまで広がってたのか」
ディーンも悪態をつきながらオートマチックタイプの銃で撃っていくが、女性が傍を離れようとせず、上着を執拗に掴んでいた。
「いや、怖いっ助けてくださいっ」
「助けてやるから、少しそっち行ってろっ」
怯える気持ちは分からないでもないが、戦うのに邪魔となっては助けられるものも助けられない。ディーンは服を掴んでいる手を引き剥がそうと、正面を向きながら左手を延ばす。
だが女性を払うことは出来なかった。
「……あら、つれないのねディーン」
「な?!」
「ディーン!」
カスティエルが叫ぶと同時に、女がディーンの頭を両手で掴んだ。そして凝視する眼球が真っ黒に変わる様に、ディーンが舌打ちをする。
首の骨を折る気配を察して至近距離から銃を体に撃つも、当然普通の実弾では効かない。すぐに懐に収めている聖水入りのボトルかナイフを取り出そうとするが、その前に骨は折られてしまう。
焦る心を払ったのは、銀のナイフを握って背後から悪魔を狙ったカスティエルだった。刃は悪魔の肩を傷つけたが、背中を突き刺すつもりだったカスティエルは、忌々しげに悪魔を睨み上げる。
「ふん、堕天使が」
傷を受けた肩に手をやるが、見下ろした時には既に傷は消えていた。
「そっちから出向くとはなっ」
「こんな所で、あんたたちを見つけるなんてラッキーと思ってね。せっかくだからひと芝居うってみたのよ」
ディーンもカスティエルも見たことの無い悪魔だが、二人とも、特にデイーンは悪魔に名を知られている自覚がある。大方、興味本位で攻撃を仕掛けてきた、下っ端悪魔だろうと予想する。
「くそっ、お前、関係無い奴らを感染者に襲わせたなっ」
「他愛もない遊びじゃない。面白いでしょ、ゲームみたいで」
ふふ、と笑う悪魔の視界には、守りきれなかった会社員の男と、女性が一人横たわっている。感染者に襲われた為、仕方なくサブマシンガンを持った男が撃ち殺した後だった。
残っている数人の感染者がまだ襲ってくる中、キャンプのメンバーでライフルを構えていた男が、悪魔を視界に捉える。ただ悪魔という意味ではなく、リーダーに襲いかかったという点で感染者と判断しただけだ。
「そいつもクローツか?!」
「よせっ」
生身の人間が叶う相手ではない。ディーンから一寸離れた事で、ライフルを構える男の方が、悪魔との距離が近づいてしまっていた。
「邪魔よ」
死の宣告を告げたのは女の悪魔だが、彼の命を奪ったのは、感染者に襲われた事で撃たれた会社員風の男性だった。躊躇いもなく、むしろ悪魔は笑いながら首の骨をへし折り、仲間が一人やられてしまった。
「ちっ」
死体となった体より先に、手に持っていたライフルが地面に音を立てて落ちる。その間のタイミングで、ディーンは聖水をかけたナイフで悪魔だった男を刺した。
「ぐはっ」
ディーンが男に留めを刺している隙に、カスティエルも同じ手法で女悪魔に刃を振り下ろす。
「遊びが過ぎるんじゃないか」
軽口を叩いてはみるが、女の方が同じ悪魔でも格が上なのか動きに無駄が少ない。
「そうね、もう少し遊びたかったけど」
逆にカスティエルの腕に掴みかかってきたが、ディーンが塩入りの弾丸を撃って援護した。
「ふん、こんなんじゃ死なないわよ」
「だが足止めにはなる」
そう言いながら何ども引き金を引く。悪魔はディーンの意図を知り、一度周囲を見渡した。
「……そう」
一見すればそこには何もなく、車が3台置かれているだけだ。コンクリートの壁にも、それらしい紋様は無い。だが彼はハンターなのだ。
「なら今日は、これで止めておくわ」
くるりと背を向け、裏道へと逃げる悪魔をディーンは躊躇いもなく追いかける。
「待てっ」
「ディーン!」
「キャス回り込め、逃すなっ」
アイコンタクトで意図を汲み取ると、キャスは急いでディーンが運転していた車から、黒いナップザックを一つ出した。
「キャス」
リサが不安げな顔でキャスに声をかけてきた。肩越しに振り返ると、クローツは全て倒したらしい。ただもう一人のサブマシンガンを手にしている仲間の男や、逃げ延びた一般人までもが、カスティエルを眺めている。
突然の事態に思考が追いつかず、途方にくれる顔だった。放ってはおけまいと、聖水の入ったボトルをリサに投げ渡した。
「これをかけて無事な奴だけの保護を頼む、後は」
「分かってる」
指示さえ与えれば、理解ある彼女はすぐに頷いた。
「塩の残りもここにある、使え」
相手の返事を待たず、カスティエルは走り出した。
銃弾の音を頼りにディーンの後を追い、二人の気配から二つ先にある無人の店舗にいると分かる。ナップザックからチョークを取り出し、それをポケットに入れる。サブマシンガンは不要になったので鞄に収め、代わりに塩の弾丸入りのリボルバー拳銃を手にする。シリンダーを開けて全発入っているのを確かめると、撃鉄を起こしてから裏の出口から中へ入った。
天使であった頃ならば、互いが放つ臭いで悟られたが、皮肉にも人間となった今は、気配を断つだけで良い。
音を極力立てず侵入をしたのが功を奏し、死角から続けて発射する。殺すことは出来ないが、ディーンの言う通り足止めは出来る。
「ちっ、またかっ」
「ディーン!」
声の合図でディーンが悪魔の肩にナイフを刺した。そのまま壁に押さえ込む。
「キャス!」
「分かってるよ」
名前を呼ばれる前から、カスティエルは用意していたチョークを使い、地面に陣を素早く描いていく。フィニッシュとほぼ同時に、ディーンが抑えていた悪魔をそこげ投げ込む。間髪いれずカスティエルがバックパックに入れられているロープをディーンに渡し、悪魔の両手を後ろ手に縛った。足を縛ったのはカスティエルだ。
「っ、く……」
動きを封じられたのを悟った悪魔が悪態をついた。ようやく捕らえられた事に、カスティエルは大きく息をついて脱力する。病み上がりでいきなり走らされ、少しハードワークだったようだ。
「……少し、力業、過ぎるな……」
悪魔を相手に事前に仕掛けるならまだしも、不意に遭遇した者を退治するのではなく捕獲など、無茶でしかない。
「結果オーライだ」
カスティエルの様子を気遣う様子も見せずに言い捨てると、悪魔を睨みつける。
「下っ端は下っ端なりに、聞きたいことがある」
ディーンは床に置かれている、カスティエルが持ってきたナップザックを持ち上げた。
「助けた奴らはリサ達に任せる。先に帰らせろ」
ナップザックの中身の確認をした後、サブマシンガンだけをカスティエルに渡した。
つまりは、ディーンだけが残ると言うのだ。状況を見れば彼が言う指示も一理ある。しかしカスティエルは首を縦に振らなかった。
「なら、彼女たちに伝言を渡した後、僕もここに居るよ」
だろ?と片笑んで見せる。
「見張りがいるだろう。それに、そこの道具だけじゃ心もとない筈だ。車ごと取ってくるよ」
わざと道具を持ってこなかったようにも思える口調だが、それを確かめる事はしなかった。ただ無表情に、ディーンはカスティエルを眺める。
「……ここには入るな」
「元より、そんな気は無いさ」
勝手にしろとばかりに了承はしないが、あえて追い出すこともしなかった。それで十分だと、カスティエルは入ってきた扉のノブに手をそえる。
再び外に出て空を見上げるが、相変わらず重い雲に覆われて、昼間だというのに薄暗かった。
カスティエルがリサ達の元へ戻り、事の経緯を伝える。ただし悪魔は捕獲ではなく退治とした。そして調査をし直すという理由で残ると伝えた。
仲間を殺された、事情を知らない男は幾分怯えていたが、ここで慰めても仕方がない。悪魔とクローツの差など、一般の者からすれば、さほど変わらない恐怖だ。
ひとまずリサとその男は、生き延びた者達を乗せてここから離れてもらう。家がある者は帰し、失った者には保護を。そしてカスティエルはディーンが運転した車に乗り込み、先程の場所へと移動した。
悪魔へ尋問する際に必要な物を鞄に詰め込み、侵入に使った裏口の扉を開ける。
「ディーン、持ってきた」
「……ああ」
荷物だけを中に置き、カスティエル自身は入らない。隙間から、ちらりとディーンの様子を伺うが、背中しか見えず、悪魔もどのような状態かも分からなかった。見えなくても、カスティエルには分かった。だから知らないふりをして扉を閉める。見張りをすると伝えた通り、扉を背にしてサブマシンガンを抱えながら立った。
表の扉は店舗らしいデザインのある、木枠のガラスで出来ていた。しかし裏はあくまでスタッフ用なので、鉄の扉となっている。それでもこうして背中をあずけると、中の声が聞こえる。聞こえるのは、女の悲鳴だけだ。
悲痛で、時に皮肉げな、哀れな生贄の声。ディーンの声は、くぐもっていて聞こえない。
見張りと言いながらも緊張感は薄い。する事のないカスティエルは、ただ黙って耳を傾けた。
「ディーン……」
届かない声は、どこなら聞こえるのか。
「なあ、僕は、どこまで行けば良い……?」
仰ぐ空は雲で見えず、錆び付いた色の絨毯が敷き詰められている。世界は、随分と色が減った。
説明 | ||
2014世界での、CD馴れ初め話。こちらではR18を省いて載せます。 | ||
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