魏エンドアフター〜貴方ヲ想フ〜 |
─愛していたよ、華琳─
あの世界から消えてもうすぐ5年が経つ。
皆は元気だろうか。
……華琳は、大丈夫だろうか。
こちらに帰ってから遊んでいたわけじゃなかった。
あっちで過ごしていた時間が巻き戻ったように、目を覚ませば高校生活が待っていた。
高校を卒業してから、またいつの日か必ず戻れる日が来ると信じて鍛錬に経済学、経営学の勉強。
祖父に剣術を教えてくれと土下座したときは本当に驚いていた。
それまで俺は仕方がないから、という理由で祖父の道場に通っていた為、剣術などどうでもよかった。
そんなダメ孫が土下座して教えを請うもんだから驚きもするだろう。
「はっはっはっはっは!うわhっははっはうぇっゲホ!ウェホ!!ゲボォ!」
「頼んでるのはこっちだけど言わせてもらうぞおいジジイ笑いすぎだろ。
爺ちゃん俺は真面目に……!」
「ふぅ。エホッ!お前の目を見れば本気かそうでないかくらいわかるわ。
しかし、お前をそこまでさせる理由は何だ。ゲホッ!」
「息を落ち着けてからシリアスになってくれない?」
「うむ、もう大丈夫だ」
大切な人を、最後に”行かないで”と泣いてくれた彼女を置いてきてしまった。
「好きな人を泣かせたままなんだ。今までずっと傍に居てくれた子達を置いてきちゃったんだ。
ずっと守ってくれたんだ。だから今度は、皆が背中を預けられるような男になりたい」
「何があったかは知らんがまぁ良いだろう。男が強くなるのに理由なんざいらん」
「爺ちゃん……ありがとう!!理由聞いてきたの爺ちゃんだけど!ありがとう!」
俺はもう一度頭を下げた。
そこからはまさに地獄。
初日から模擬刀でぶん殴られた時はどうしようかと思った。
というか今の御時世山ごもりとかするものなのか?
こうしてしばらく過ごしていると、爺ちゃんから驚きの言葉が出た。
「ふむ。どうやら覚悟は本物のようじゃの」
「え!?今!?目を見てわかってくれたんじゃなかったの!?」
「そんなもん分かるわけないだろう……しかしまさかここまで必死になるとは思わなくて」
「そりゃ必死にもなるよ。何でもする覚悟もある」
「しゃーないのー儂も本腰入れて教えてやるとするか」
「……え?」
今まで本気じゃなかったの?既に死にそうだったんだけど。
「そんじゃお前、ちょっとパスポート取ってこい」
「……何で?」
「海外に良いところがある。古い友人が貸し出しているコテージなんだが、今は人っ子一人おらん状態で放置されていてな。
人の手があまり入らぬ辺境の地故に、そこには強くなれるものが何でもある。
前までのお前なら間違いなく死んでいただろうが、儂の特訓についてきている今なら大丈夫だろ」
……なんだろう。確かに皆の力に少しでもなれるのなら何でもする覚悟はあるけど、
前の俺なら間違いなく死んでいた場所ってなんだ。しかもそこに行くのか。
「……参考がてら聞くけど、例えば?」
「洞窟とか縄張りとか、湖もあるぞ」
「……縄張りってなに?」
「まぁ良いからはよ取ってこい」
「縄張りってなんなの!?なんかいんの!?そういうのって危険地域とかで立ち入り禁止なんじゃないの!?」
「土地の持ち主が申請してないから大丈夫だ」
「しろよ!!犯罪だぞ!」
「ええからはよ取ってこんか!一番早い便で出るぞ」
そして連れてこられた先は本当に人の手が入ったのかと思われるような場所だった。
道らしい道は何もなくて周りは全部森、そして道無き道を1時間程行けば謎の巨大な湖。
爺ちゃんがどうやって道を覚えているのかがさっぱりわからない。
ここへ来る前に爺ちゃんの古い友人とやらと話をした際に
「Oh!クレイジーなボーイだ!あんな所に望んで行きたがる奴はイッちまってるぜ!」
と、深夜通販のようなノリで言われた。
何を持ってクレイジーボーイと言われたのか、気になるが考えるだけ不安が増していくのでやめておいた。
爺ちゃんにのこのこと着いて行った先、そこでは全てが自給自足だった。
水や食料は勿論、申し訳程度に建っているボロボロになったコテージを補強することまでやらされた。
しかもその木材を自分たちで作るのである。正気じゃない。
爺ちゃんが飛んでる鳥にナイフを投げて仕留めた時、俺は考えることをやめた。
兎にも角にも、まずは基礎の基礎ということで体力づくりから始まった。
網を張ってその下を延々匍匐前進したり、滝の上に縄を括りつけて降下する水に当たりながら綱登りさせられたり。
落ちてくる流木を避けながら登らないと死ぬ。
むしろ何度か死んだかと思った。
そして爺ちゃんに頼んだことを少し後悔した。
しかも海外の辺境地なものだから何が食料として使える野草なのかもわからない。
動物も猪みたいなのとか鹿みたいなのとかを自分で取る。
熊に遭遇した時は全身の細胞をフル活性させながら全力疾走した。
直進を時速40キロで走ると言われる熊をまいた時はついに人間をやめたかと思った。
実際には木や枝が邪魔になり巨体を阻んでくれた訳だが。
そしてその頃になると体力と同時に筋力もついてきていた。
一通りのサバイバルを終え、爺ちゃんの地獄の特訓にも慣れ、野生の勘がつき始めた頃、ついに自宅へ戻る日が来た。
少し泣いた気がする。
覚悟はしていたが、あまりにも斜め上すぎた。
そして家に帰ると両親が泣きながら抱きついてきた。爺ちゃんは笑っていた。
ちなみに親父は爺ちゃんと特訓させられた事があるが最初の山ごもりでリタイアしたそうだ。
よく縁を切られないこのジジイ、と頭の角で思ったのは内緒にしておく。
そこからは毎日朝から晩まで道場に通い詰めだった。
まずは型を徹底的に体に叩きこまれた。
体が型の最適を覚えるまで何度も何度もひたすらに繰り返した。
そしてしばらくして体が覚えてきたところで技に入る。
技と言ってもそんな大それたものではなく、対人した時の攻撃を繰り出すタイミングやら
相手の攻撃を受け流す時の角度やら相手を釣る為のフェイントを刷り込まれた。
勿論実戦でだ。
驚くことに、最初の山ごもりの時と比べ、今度の鍛錬はスタミナが切れるということはなかった。
それに爺ちゃんの攻撃は相変わらず当たるが、それを耐えられるくらいには頑丈にもなっていた。
というよりも僅かな咄嗟の反応が出来るようになっており、少なからず力を殺せるようになっていた。
野生の力ってすごい。
死ぬ思いでいろいろな事を教えてもらった。
そんなこんなで今に至る。
今は夕飯の腹ごなしに毎日の日課としているランニングをしている最中だ。
そして毎日こうして走りながら考える。
「向こうの世界に帰ろうにも何も手がかりないもんなぁ……」
そう、高校卒業までの2年、爺ちゃんの地獄の特訓に3年。
その間にいろいろ考えたり何か手がかりが無いかと友人からそれっぽいものの情報を集めたりしたが成果は出なかった。
終端を迎え、役目を終えた俺は華琳達のもとから消えた……そう解釈している。
そもそもその役目とは何なのだ。
誰がいつどうやって決めたのか。
もし目の前にそいつが居たのなら迷わずぶん殴るだろう。
完全に手詰まりだった。
そもそも自分が最初にどうやって華琳達のもとへ行ったのかも解っていないのだ。
いつものように答えなど出るはずのない事を考えながら走っていると、走り過ぎた景色にふと、違和感を覚えた。
「……ん?」
人が立っている。
いや人が立っているのは普通なのだが、……立っている位置がおかしい。
「……浮いてる?」
遠目で辺りが暗いためにはっきりとは見えないが、確かにそこに地面はない。
自分は湖の周りの舗装された場所を走っているのに対し、そこにいるものは湖の中心に立っている。
見慣れない白い装束に身を包んだそれは、すっぽりと被ったフードで顔も確認できない。
心霊的な恐怖で体が一瞬硬直するも、爺ちゃんと過ごした時間で培った胆力をフル稼働し、その場から離れようとする、その瞬間だった。
「──────」
「え……」
頭のなかに直接語りかけてくるかのような声が響いた。
位置的に考えて、その白装束の言葉が聞こえるはずはない。
しかし、周りに人は居ない。
むしろ、自分とそいつしかこの世界に存在しないのではないかと思うくらい、不自然な程静まり返っている。
いつもは交通量が多いはずのこの場所も、道路には車一台として通らない。
「ようやく、準備が整った」
はっきりと聞き取れるようになったかと思えば、そいつはすぐ目の前に迫っていた。
あの距離を一瞬で詰めてきたのだ。
フードをかぶっているとはいえ、この距離までくれば顔がわかるはずなのに、不自然なほど影がこく、顔が見えない。
「──キミを、連れて帰れる」
全身が粟立った。
総毛立ち、震える足を殴りつけ、無理やり足を動かしその場から逃げた。
何が何だかわからないが、あいつが普通じゃないことだけははっきりしている。
冗談抜きの恐怖が全身を包み、本能が逃走という選択肢を取った。
家までの道のりを無我夢中で全力疾走し、パニックになりかけている頭を何とか冷静に保つ。
そしてしばらく走ると、いつの間にか車の通りが戻っていた。
あの不自然なほど静まり返っていた雰囲気は既に無く、いつもの風景、空気に戻っていた。
あの白服はなんだったのか。
今まで霊体験をした事があるわけではないが、幽霊というにはあまりにはっきりと言葉を話していたように思う。
何が何だかわからないまま、乱れる息を整えながら、そのまま家路についた。
枝葉を仰ぐ風の音が響く場所に、一人で佇んでいる。
この場所で、彼は消えていった。
あいつが消えてもうすぐ3年になる。
あの宴の夜は本当に楽しかった。
大陸を統一し、覇道が成り、これからの平和を想い、それを守ると誓った。
皆があまりにもいい笑顔だったから言えなかった。
一刀が消えたことを伝えたのはその翌日のことだった。
朝早くに皆を謁見の間に召集した。
「こんな朝早くからなんやの〜。ウチ頭痛い……」
「せやでほんま勘弁してぇや。昨日どんだけ飲んだ思うてんの」
「こら真桜!華琳さまの御前だぞ!もっとシャキっとしないか!霞さまもしっかりしてください!」
「いやそうは言うてもな、昨日どれだけ騒いだ思うてんねん。な、姐さん」
「せやね、キッツいね」
最初に来たのは霞、真桜、凪。
「ん〜、ねむ〜」
「季衣!ちゃんとして!華琳さまに失礼だよ!」
「ちょっと季衣!だらしない姿で華琳様の前に出てくるんじゃないわよ!」
「そういう桂花ちゃんも眠そうですねー。隈できてるし目が赤いですよー」
「風、ややこしくなるから言わないほうがいいですよ」
「zzzzz」
「あ、姉者。立ちながら寝るなんて……」
各々が言葉を発していく中、
「あれー?隊長がいないのー」
「まだ寝てるんとちゃうのー?誰も起こしに行かんでええの?」
「なぁにおう!?ウチらがこんながんばっとんのに一人だけぐっすりとはええ度胸や!」
皆が一刀の姿が見えないことに気づき始める。
これから、彼女達にとってとても残酷で、受け入れがたい事実を伝えなければならない。
最後に彼を見送ったのは自分だから。
深く息を吸い込み覚悟を決める。
皆の怒りや悲しみを受け入れる覚悟を。
一刀が消えたことを認める覚悟を。
「静かになさい」
華琳の真面目などこか悲しげな声に皆が注目する。
そして、
「一刀は消えたわ。昨夜、その天命を終えて」
謁見の間を静寂が包む。
華琳が何を言ったのか理解できなかった。
「……なんやて?」
「一刀はもういないと言ったのよ。何度も言わせないで」
「華琳。さすがにその冗談はおもろないで」
「冗談ではないわ。事実よ」
「やめや」
「昨日の宴の最中、彼は私の目の前で消え───」
「やめろやッ!!!」
華琳の言葉を阻むように、霞が怒声を発し、思い切り足を地面に叩きつけ、床にヒビが入る。
「ちょ、あんた……!」
主人に対する、敵意をむき出しにした霞の怒声に桂花が焦りを見せる。
「なぁ華琳、なんでそないなこと言うねん。戦を乗り越えて、これからって時に言う冗談やないやろ。
ウチらの為に頑張ってきた一刀に使う冗談やないやろ。
言っていい事と悪い事があるやろ……!」
霞の、処刑されてもおかしくはない、主に対しての暴言。
しかしそれを止める者は居なかった。
誰もが霞と同じ事を思っていたから。
「あ、あの華琳様。その……自分も、その冗談は少し……度が過ぎるというか……」
霞の言葉に同意を示したのは、凪だった。
完全に覚醒しきっていない頭にいきなりそんな事を言われても信じられないのは誰もが一緒だった。
そして、その言葉を聞いていた華琳が怒ることはなかった。
その表情は変わらず、いつもの冷静な表情を貼り付けていた。
──一点を除いて。
いつも凛々しく、己を律し、自他共に厳しくあろうとする彼女が。
兵を駒とし、道具として利用すると、そう言っていた覇王が。
涙を流したのだ。
見たこともない彼女の状況が、その言葉が嘘や冗談ではない事を物語っていた。
皆の前で一刀が消えた事実を話すとき、覚悟を決めた。
何を言われようと、それを事実として受け入れてもらうために、覚悟を決めた。
一刀を失った事を認める覚悟を決めた……つもりだったのに。
辛うじて冷静な表情を貼り付けるのが精一杯だった。
奥から込み上げてくるものをこらえきれなかった。
一刀は居なくなった。
それを言葉にした瞬間、彼と歩んできた思い出の全てが霞んでいく気がした。
このまま少しずつ、彼と過ごした時間を忘れていかなければならないのかと思ってしまった。
人は忘れる生き物だから。
無意識に彼との思い出を忘れていってしまうのかと、怖くなった。
「か、華琳様……?冗談ですよね?あの殺したって死なないような馬鹿がいなくなるわけありませんよね?」
そう言葉をぶつけたのは、桂花だった。
震える声で必死に言ったのだ。
あの桂花が。
そう思うと、もうダメだった。
こんなにも、弱くなってしまった。
覇王など、面影すらなくなってしまった。
華琳の涙に霞は否が応でもそれを認めざるを得なかった。
それを真実だと受け止めざるを得なかった。
「────ッ!!」
反論しようとしても、目の前にある光景で全てが無意味なものになる。
嘘や冗談で臣下に涙を見せるような人間じゃない。
どんな窮地に追い込まれても、臣下に弱さを見せるような人間じゃない。
……その彼女が、目の前で泣いている事が全ての答えではないか。
「……約束したんや。戦が終わって平和になったら旅しようって。
二人で旅しようって言ってくれたんや……!一刀はウチとの約束を破ったことあらへん。
どんな小さな約束も守ってくれた……!なのに──!」
「一刀は消えたわ……!最後に……!弱音を吐くこともなくあいつは……!」
「そんなんありえへんやろ……!」
霞は小さく呟き、拳を握り締め、歯を食いしばる。
「そんなんありえへんやろ!!!」
霞の慟哭と共に、その場にいた皆が涙を流した。
「お兄さんが最近不調続きだったのは……」
風はいつもの調子でつぶやいた。
大粒の涙を流しながら、震える声で。
「隊長……」
凪が表情を失い、呆然と立ち尽くす。
到底受け入れられないのに、受け入れるざるを得なくなる。
どうして?これからもっと、貴方と過ごす時間が増えると思ったのに。
貴方と過ごす日々に胸を踊らせていたのに。
明日はどうやって声を掛けようと、楽しみに考えていたのに。
「私のせいで、一刀は消えたのですか……?」
そう華琳に問いかけたのは秋蘭だった。
「一刀は私を助ける為に天の知識を利用し、体調不良になったと聞きました。
ならば、死ぬはずだった私を助けたが為に、一刀は──」
「それは違うわ」
秋蘭が言い終える前に、華琳はそれを否定した。
「それは違う。貴方を助けたが為に一刀が消えたのだとしても、それは貴方のせいじゃない。
一刀が貴方を助けたかったから、貴方に死んでほしくなかったからそうしたのよ。
貴方が自分のせいだと自分を攻めれば攻めるほど……一刀が報われなくなってしまう」
「…………華琳様…ッ」
「一刀は天命を終えて消えた……それだけよ」
そう言うと、秋蘭は静かに涙を流した。
次々と溢れる涙を堪らえようともせず、只々泣いた。
その日、城の中にはずっと彼女達の啜り泣く声が響いていた。
一刀が消えてからしばらく、魏はまるで魂が抜け落ちたかのような。
あのころの活気など微塵も感じさせず、まるで城までもが泣いているようだった。
あれから幾分かは立ち直ったとはいえ、以前の彼女達には程遠い。
表面上は元気に過ごしているが、いまだに夜にすすり泣く声が聞こえてくるのだ。
「さっさと帰ってきなさい……バカ」
虚空へ向かってポツリと、寂しがり屋の少女は呟くのだった。
説明 | ||
こんばんわ。 3年程前から執筆していましたが、新しい話を書くにあたって読み返していたところ、凄まじい駄文、話の破綻、理解不能な言動が目立っていたので修正&加筆を加え、新しく投稿しなおそうと思います。 昔の方を読んで下さった方や、コメント、支援、メッセージをくれた方々の暖かい応援が嬉しかったため、前のものは消さずに、公開停止という形にしてあります。 修正&加筆と書いてありますが、大まかな話の筋は変わっておりません。 修正箇所もまちまちな為、然程変わってないものも多々あります。 駄文には変わりありませんが、それとなく修正を加えておりますので、それでもよろしければ目を通して頂けると嬉しいです。 |
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小説家になろうから飛んできたぜ!こっちの方が最新話早いみたい?(心は永遠の中学二年生) ここまで魏の皆を泣かした一刀!再開のしたときが楽しみですね♪(オタ) |
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