ガールズ&パンツァー 我輩は戦車である 〜命名編〜
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 我輩は戦車である。名前はまだ無い。

 

 …他意はない。かつて耳にした文学作品の冒頭を用いてみただけである。

 何故このような事を口にしたかというと、私個体には明確な名称が無いからだ。

 一応『W号戦車D型』という制式はあるのだが、これが名称とは言えないだろう。

 さらに詳しくすれば『大洗戦車道チーム所属』という肩書きもつくが、これも個体の名称とは言い難い。

 いささか暴論だが、犬に例えるなら犬種と飼い主宅の名前の様なものである。

 そんな私だが、いよいよ私個体としての名を得る時がきたのだ。

 

「えっと。これより大洗女子学園、戦車道の各チーム名を発表します!」

 我々の拠点たる大洗女子学園のグラウンドに位置する倉庫内にて、一人の少女が声を上げる。

 それに十数名の女子達が喝采で応えた。

 そう。ここに集う彼女達こそ大洗女子学園の先鋭たる戦車道チームの面々である。

 以前の練習試合から大幅に心身と技量を磨いた彼女達は、数日後に迫った全国大会へ挑むべく訓練を重ねている。

 そして、今宣言を発した彼女の名は西住みほ。

 私に搭乗するチームの戦車長であり、大洗女子戦車道を率いる隊長の任を背負っている少女だ。

「最初に、私がチーム名を決める事に賛成してくれてありがとうございます」

 ぺこり、とお辞儀をする彼女に返ってきたのは歓声だった。

 『気にしない気にしないー』、『早く教えてー』という言葉が主だった物だ。

 ここに所属する我々五両の戦車とその乗組員達。

 その中で唯一の戦車道経験者としてもっとも重い責任を担いつつ、その期待に応えてきた彼女である。

 他の隊員から不満の声が出るはずも無かった。

 

「それでは、最初に私達のチーム名から発表します」

 ともあれ、これより各チームの名称が発表される事になる。

 我々戦車にとっては、これこそ個体名に等しいものといえるだろう。

 私の希望をいえば猟犬にちなんだ物がいいが、この学園に配属されている戦車は多国籍軍に等しい多様さである。

 こればかりは彼女達の裁量にかかっている。しかして私に不安はなかった。

 彼女達は我々戦車を大事に扱ってくれている。まさか無体な名称はつけまい。

 少々的が外れていたり微笑ましい名であったとしても、私は素直に受領でき―

 

 

「私達のチーム名は、あんこうチームです!」

 ―なん、だと?

 

 

 いや、流石に待ってほしい。なぜ魚類、しかも深海魚なのだ?

 我々戦車は地を駆け、砲火を放つ力の象徴なのだ。

 なぜ海深くに潜り、狡猾な罠で獲物を獲る彼らの名を冠しなければならないのだ?

 しかも名前の響きがあまりにファンシーに過ぎる。これはさすがにおかしくないだろうか? 

 ホワイ? 何故でありますか西住隊長殿?

 やはり先日、私がチャーチルの装甲を抜けなかった事に不満だったのでありますか?

 

「あー、やっぱりそういう方向なんだ… ま、いいけどね」

 いや武部殿、そこはきっちりツッコミましょう。

 これは戦車部隊の名称とは思えないと、はっきりと!

「いいじゃありませんか、西住さんらしいですわ」

 確かに西住隊長らしいかもしれません。

 ですが五十鈴殿。今異を唱えなければ、我々は以後あんこうの名を冠し続けてしまうのですよ!?

「きっと先のあんこう踊りの屈辱を忘れぬための戒めなのでしょう。さすが西住殿です」

 秋山殿に期待はしておりません、ええ。

 西住隊長にぞっこんな貴女が異論を挟むとは思えませんから。

「…いいんじゃないか。それで」

 …実は名前なんてどうでもいいんですね、冷泉殿。

 

 なんという事だ。神は死んだ。

 西住隊長以下、他の乗組員全員の賛成を得てしまってはもはや覆しようが無い。

 このままでは我々のチーム名、ひいては私の名が『あんこうチーム』になってしまう。

 これならまだ『W号』という制式名称の略の方がマシである。

 当然ながら私は戦車だ。

 物を言う口もなければ意思表示をする機構も備えていない。

 我々戦車が自発的に人間に干渉する事はできない。あくまで我々は彼女らの道具なのだ。

 唯一できる事は。

 

(良かったな、あんこう)

(拝領せよ、あんこう)

(おめでとうございます、あんこうさん)

(ぶははははは! あんこうとかダッセー!)

(…ありがとう。それとM3リー、貴様は黙れ)

 

 同僚たる他4両の戦車と暗号通信をするのみである。

 所属による通信周波数が同じだからこそできる事だった。

 無論これは我々だけの会話であり、彼女達人間に察する事はできないようにしている。

 

「反対する人はいないねー。ところで西住ちゃん、一応理由を聞いてもいっかな?」

 小柄な3年生が全員を取りまとめる。生徒会長である角谷杏殿だ。

 彼女こそ大洗女子学園に戦車道を復活させた立役者である。

 ともあれ、私も彼女の意見に賛成だ。

 せめて理由を聞かなければ悔いが残りそうだ。

「はい。実は私、皆さんの戦車道への取り組みに気づかされた事がありました」

 最初から聞かれると思っていたのだろう、西住隊長はよどみなく言葉を続ける。

「練習試合の前、皆さんは戦車に思い思いの装飾をしてました。あの時はびっくりしちゃいましたけど、それって実は大切な事なんじゃないかと思ったんです」

 ………確かにあれは驚いた。

 私のように内装としてクッションや芳香剤、鏡に花瓶まで置かれたのはまだマシだった。

 私のほかに表面装甲に自己主張満点の塗装がされたものが3両。

 さらに若干1両は低い車高という利点を完全に殺さんばかりにのぼりが据え付けられたのだ。

 あの時のV突の引きつった笑いは、今も私の記憶に新しい。

「戦車道にはこういう楽しみ方があったんだって」

 

 

 

『私、戦車を楽しいなんて思ったの、たぶん初めてで』

 確か、あの時の西住隊長はそう口にしていた。

 それが彼女にとってどれ程の意味があった事なのか、今の私には分からない。

 

 

 

「今はほとんど元に戻しちゃいましたけど、そういうのを大事にしたいって思ったんです」

「なーるほど。んで、名前だけでもって?」

「はい。…やっぱり、駄目でしょうか?」

「いーんでない? 他のみんなも反対してないし」

 会長の言葉に応えるように拍手が起こる。倉庫内に響き渡るそれは、改めて西住みほという少女を信任する証だった。

 そして、私も考えを改めなければならない。

 この名は大洗女子学園の戦車道を現すものなのだ。

 私は彼女達と同じ道を歩む。その原点ともいえるこの名を、大切にしなけばらないのだ。

 申し訳ありませんでした西住隊長。

 私は貴女の思慮深さに気づきもせず、ただ愚痴を吐くような愚考をしていました。

 これより、この『あんこうチーム』という名を誇りとして戦い抜く事を誓います。

 

(素晴らしい美談だな、あんこう)

(感無量であろう、あんこう)

(これはもう拒否できませんね、あんこうさん)

(ぎゃははははは! でもやっぱあんこうとかダッセー!)

(…できれば以前通りにW号、と。それとM3リー、貴様は憶えてろよ?)

 

 申し訳ありません西住隊長。

 慣れるまではもう少しかかりそうです。

 

 

 こうして、おそらく私にとってのみ悲劇だったであろう命名式は終わった。

「では、他のチーム名も発表します」

 かに見えたが、これで終わりではなかった。

 悲劇は連鎖するのである。

(なに!? 我々の名前も隊長殿が決めるのか!?)

(…思えば、当然の帰結か)

(はっはっは。のぼりをつけられるよりはいくらかマシですよ。はっはっは)

(いや、西住ちゃんの事だから俺にだけカッコいい名前をつけてくれるんだ! 信じてるぜ西住ちゃん!)

 M3リーよ、それは幻想だ。彼女は我々戦車に差別などしない。

 先ほど話した理念に基づき、すばらしくファンシーな名前を口にするに違いないぞ?

 

 

 

 最後に。

 西住隊長の趣味を否定するわけではないのだが、やはりあちら側の名だと気が抜けてしまう為、我々戦車同士の呼び方はこれまで通りに制式名称の略で落ち着いた事を記載しておく。

 

説明
前々からツッコミしたかった事を彼(戦車)にやってもらった形に。
当たり前のことですが、戦車の人格等はオリジナルです。
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