俺妹 あやせたんいい兄さんる |
あやせたんいい兄さんる
「お兄さん。いい兄さんの日、おめでとうございます」
11月23日休日。
わたしは高坂京介お兄さんを自室に招き、ちょっとしたお祝いを催すことにしました。
2人きりのささやかなお祝いです。
勿論、2人きりということで、お兄さんにわたしをもっと意識して欲しいという乙女な願望はあります。
ただの妹の友達から1人の女の子として見て欲しいという願いです。
できれば、今日中に手を繋げる仲に発展したいというちょっとエッチな望みも抱いています。
もっとも、それは高望みし過ぎだと自分でも分かっているのですが。
「それで、あやせは何をして俺を祝ってくれるんだ?」
お兄さんからの質問は想定済み。
わたしは満面の笑みをもって答えます。
「はいっ。わたしの手料理をお兄さんに振る舞いたいと思います」
お兄さんがわたしの料理に感動すれば、いずれ2人は相思相愛の道も開けるのでは。
ちょっぴり邪な願望も混ぜながらわたしは質問に答えました。
「へぇ〜。料理ねぇ〜」
お兄さんがニコッと笑いました。
「はいっ。わたしはこう見えてもお料理は得意なんですよ♪」
新垣家の娘として恥ずかしくないように家事全般に関しては幼い頃からみっちりと仕込まれてきました。
今日はそれを初披露する日です。
「へぇ〜。目玉焼きひとつまともに作れない桐乃とは大違いだなあ」
「桐乃はその分勉強でも陸上でも優れた素質を持っていますから」
桐乃はきっと生涯スポットライトを浴びる生き方が似合うんじゃないか。そんな気がします。
対してわたしは、今はモデル業をしていますがゆくゆくは……家庭に入って愛する旦那さまと子供たちの為に生きられたら良いなあと思っています。
「うん? どうした? 俺の顔をジッと眺めて」
「いっ、いえ。何でもありません」
愛する旦那さまを考えた所でお兄さんを見つめてしまいました。
失敗です。
お兄さんにわたしの気持ちを知られてしまったらと思うと、とても恥ずかしいです。
「そっ、それじゃあ、これからお料理を運んできますね」
慌てて取り繕うように部屋を出ていこうとします。
今日はこの家に誰もいません。
だから、ちょっとお行儀悪いですが、この部屋で食事を取りたいと思います。
「なるほど……料理を、ね」
お兄さんがいつもと違う黒い笑みを発した次の瞬間でした。
「じゃあ、早速ご馳走をいただくとするか」
「えっ?」
お兄さんは突然立ち上がってわたしの両腕を掴み、ベッドの方に向かって力いっぱい引き寄せたのです。
何が起こったのかわたしには分かりませんでした。
分からないまま背中に衝撃を覚えました。ベッドのクッションが効いていなければとても痛かったと思います。
とにかく、気がついたらわたしは上半身をベッドの上に寝かしつけられています。そして真上にはお兄さんの上半身が覆い被さっている状況でした。
「えっ? これって? これって?」
突然の事態にやっぱりわたしの脳は反応が追いつきません。
今の状況を整理してようやく出てきた単語。
「もしかして……わたしはお兄さんに押し倒されてしまっているのでしょうか?」
今の状況を説明する単語をわたしは他に知りませんでした。
「まったく。あやせは筋金入りの本物のお嬢さまなんだな。この体勢が押し倒しているんじゃなくて、何だと言うんだ?」
お兄さんが半分馬鹿にしたような声を上げます。
それでますます混乱してしまいました。
「ど、どうしてお兄さんがわたしを寝所に押し倒すのですか? わたし達は……その、夫婦。というわけではありませんのに」
夫婦という単語を発するのが恥ずかしくなって顔を背けてしまいます。
「おいおい。今は夫婦なんて単語で恥ずかしがっている場合かよ。状況を考えろっての」
お兄さんの呆れた声が上から響いてきます。
「で、ですが、こういうことは結婚してからするのが、正しい貞淑の道ではないかと」
「あやせはいちいち言うことがお嬢さまだなあ〜」
お兄さんは指で顎を掴むとわたしの顔を正面へと向き直させました。
ギラギラした瞳がわたしを見ています。
その瞳を見ていると、体が何だか熱くなってきます。
でも一方でとても怖くて今にも震えだしてしまいそうです。
「いいか、あやせ。俺はお前が欲しいから、お前を奪うんだ。欲望のままにな」
お兄さんが再び黒い笑みを発しました。
「そっ、それって。お兄さんが……わたしを、お嫁さんにしたいということでしょうか?」
全身が急激に熱を持っていくのを感じました。
お兄さんが、憧れのお兄さんがわたしをお嫁さんに……。
「で、でも、それでしたら、ちゃんと両親に挨拶していただいて、両家の合意の元に結婚の儀を果たしていただければわたしは……」
顔が茹だるような熱を持っているのを感じながら必死に説明します。
「わたしが高校卒業するまで待っていただければ……いえ、わたしが16歳になるまで待っていただければ、その、お兄さんの所に嫁げるようにいたしますので……」
恥ずかしさと嬉しさで頭がどうにかなってしまいそうです。
「別に待つ必要なんかねえさ」
わたしの訴えに対してお兄さんは一言の下に否定してみせました。
「でも、わたしはまだ15歳ですから……その、来年までは結婚できないのですが」
「結婚なんてしなくても、エロいことはできるだろうがぁっ!」
「きゃぁあああぁっ!?」
お兄さんの手が乱暴にわたしのブラウスへと伸びてボタンを外していきます。
あっという間にボタンは全て外されて、わたしの純白のブラがお兄さんの視界へとさらされてしまったのでした。
「ほぉ〜。さすが真正のお嬢さまだけあって、下着まで白いなんておそれいったねえ」
「おっ、お兄さん。はずか、恥ずかしいです……」
はだけたブラウスを戻してブラを隠そうとしますが両手をお兄さんに押さえつけれてそれも叶いません。
「う〜ん。それにしても綺麗な肌だな。ご馳走になりがいがあるってもんだ♪」
「あの? お兄さんは一体何を言って?」
段々、お兄さんが怖くて仕方がなくなってきました。
大好きな筈のお兄さんを見ていると震えが止まらなくなります。
「これからお前の純潔を奪って滅茶苦茶に犯しまくってやるって言ってんだよ」
「そっ、そんなあっ!?」
お兄さんの宣言に驚かずにはいられません。
「お兄さんがわたしを……妻として娶ってくださるのなら、その、わたしのことは、来年から幾らでも好きにしてくださって構わないのに……」
自分で喋ってどうしようもなく恥ずかしくなります。
「俺は今お前を貪り尽したいんだよ。あやせを征服したいんだよ」
お兄さんは更に黒い笑みでわたしを見ました。
「で、でも、そういう関係になるのは2人が正式な夫婦になってからでないと倫理に…」
「俺はあやせの身体が欲しいだけだ。お前を嫁にもらう気はないぞ」
お兄さんは面倒臭そうにそう述べました。
「そっ、そんなぁ……っ」
今日最大の衝撃がわたしを襲いました。
お兄さんがわたしを妻に選んでくれない。
それはわたしにとっては失恋を意味しているに他なりませんでした。
「うっうっうっうっ」
涙が止まりませんでした。
初めて本気で人を好きになったのに、その人に想いが届かないなんて。
泣くしかありませんでした。
「犯されるよりも俺に妻に選んでもらえない方を悲しむとはな。これだからお嬢さまはよ」
お兄さんがわたしの泣き顔をジッと覗き込んできました。
「この美顔、スタイル。おまけに家事技能は万能で良家の一人娘で実家は金持ち、か」
お兄さんが再び黒い笑みを浮かべました。
「クックック。よしっ。あやせ、お前のことを俺の妻に迎えてやろう」
「本当ですか?」
まぶたで涙を拭いながら聞き返します。
「ああ。お前以上の優良物件に出会えるとも思えないからな」
お兄さんがわたしを値踏みする目で見ているのが分かりました。
こんな冷徹な瞳でわたしを見るお兄さんに恐怖を覚えます。
でも、それ以上にわたしはお兄さんのお嫁さんになれると聞かされたことに喜びを感じていたのでした。
「但し、俺があやせを嫁にもらうに当たっては条件がある」
「条件、ですか?」
「これからは親にではなく、俺に絶対服従しろ。俺の命はどんなことも逆らうな。それが条件だ」
お兄さんがわたしの胸を鷲掴みにしながら鋭い声でそう述べました。
「そ、それは……っ」
わたしにとってはとても難しい条件でした。新垣家の娘として常に振舞うように要求され、それを受け入れて行動してきたので。
「嫌なら結婚の件はなしだ。犯すだけ犯したら後はポイッだな」
お兄さんはとても冷酷な笑いを発しました。
「親のいいなりになるか、俺のいいなりになるか。好きな方を選べ」
お兄さんは、わたしにとって本来数年後に選択すべき問題を突きつけてきました。
「わたしにとって両親は、特に父の意向は絶対的な力を有しています。ですが……」
考えた末に出た結論をお兄さんに告げます。何度考えても同じ結論を。
「嫁入りすれば、わたしは高坂の家の人間になります。そして、お兄さんの意向に沿って生きることになります」
わたしを妻にしてくれるのなら、わたしのこれからの人生を左右するのはお兄さんです。
「だからわたしは……お兄さんに、お兄さんのいいつけに従います」
わたしは、新垣家の娘でいることよりもも高坂京介の妻となることを選びました。
「そうか。クックック。ハッハッハッハ」
お兄さんは高笑いを奏でながら覆いかぶさっていたわたしから退きました。
そしてわたしの上半身を起こしながら言ったのです。
「最初の命令だ、あやせ」
「はい」
ゆっくりと頷きます。
「これから2人きりの時は俺のことをご主人さまと呼べ」
「はい…………ご主人、さま」
お兄さま、いえ、ご主人さまに向かって深々と頭を下げます。
「次に、お前の服従心を見せてもらおう。着ているものを全て脱げ」
「…………はい」
死にたくなるほど恥ずかしい命令でしたが、無視することはできません。
わたしはシャツとスカートを脱いでご主人様の前に下着姿を晒したのでした。
「おい。誰が下着姿を晒せと言った? 俺は、全て脱げと言ったのだぞ」
「…………はい」
ご主人さまの命令のままに、ブラのホックを外します。
とても恥ずかしいのですが、命令なので仕方がありません。
わたしはブラを外してベッドの上に置きました。
そして、もっと恥ずかしい思いに耐えながらショーツを脱いだのでした。
「………うっ……くっ………っ」
男の人に生まれたままの姿を初めて見られてしまっているという体験に頭がおかしくなってしまいそうです。
でもご主人様の機嫌を損ねてお嫁に行けないなんて事態になっては元も子もありません。
「はっはっはっはっはっは。最高にきれいだぞ、あやせ」
ご主人さまのいやらしい瞳が絡みついてきます。
「ありがとうございます」
舌を噛み切りたくなる恥ずかしさに耐えながらご主人さまにお礼を述べました。
わたしは、こんなことも受け入れてしまうぐらいにご主人さまに心酔していたのです。
「じゃあ、次だ。俺を、受け入れろ」
ご主人さまが1歩わたしに近付いて両肩を抱きました。そして、唇を重ねてきたのです。
「う……っ!?」
わたしの初めてのキスは想像とは全く違ったシチュエーションで起こったのでした。
「ははっ。あやせの唇は最高に美味いなあ」
ご主人様は何度も何度もわたしの唇に吸い付きながらご機嫌です。
「よし。次は舌を入れてやるから……口を開け」
「はい」
ご主人様の言うことを素直に受け入れます。
婚約の証となるはずだった唇を捧げてしまった以上、わたしにはもうご主人さま以外の男性に嫁ぐ資格はありません。
ご主人さまの舌はとてもヌメヌメして気持ち悪い感触でした。
でも、受け入れるしかありません。
「いよいよ……メインディッシュの時間だぜ」
ご主人さまはわたしの両肩を掴んで再びわたしをベッドの上へと押し倒しました。
「さあ、あやせ。俺のモノになれ」
ご主人さまはギラギラした瞳でわたしの全身を撫で回すように見ながら命令してきます。
今にもわたしを奪わんとする荒々しい瞳です。
「あの……」
だからわたしはどうしても聞いておかなければならないことがありました。
「何だ?」
「その、来年になったらわたしのことを貴方の妻として……迎えてくださいますか?」
ご主人さまはニヤッと笑いながら答えました。
「ああ、妻に迎えるとも。あやせは、俺を飾り立て、俺に楽をさせ、俺に財産と地位まで与えてくれる最高の女だからな。逃がすものか」
ご主人さまの答えを聞いてわたしは悲しくなりました。
その言葉にわたしに対する愛も好きも含まれていなかったから。
でも、それでもわたしはご主人さまに妻にしてもらえると聞いて安堵してもいたのです。
わたしはきっと、惚れた弱みを最大限に利用されているのだと思いました。
でも、だからこそ、わたしの心の中にも……。
「嘘で構いませんから……わたしのことを愛していると言ってください」
「それでお前をより美味しく味わい尽くせるのなら」
ご主人さまはとても歪んだ笑みを浮かべ
「愛しているぜ、あやせ」
この1年半、わたしが最も聞きたいと思っていた言葉を述べたのでした。そして、ご主人さまの手がわたしの胸に向かって伸びてくるのはそのすぐの後のことでした。
「たまには純真お嬢さま路線で攻めて結婚を勝ち取ってしまうのもアリ、ですね」
11月23日休日、その日の目覚めはいつもと比べて爽快ではありませんでした。
普段のように全身全霊を賭けて勝ち取ったビクトリー感がありません。
こう、初心なネンネを利用して棚ボタ勝利を勝ち取ってしまったようで不完全燃焼です。
鬼畜分が足りない。
そんな感じです。
って、わたしは一体、何を言っているのでしょうか?
新垣家の娘であるわたしが一体何をはしたないことを言っているのでしょうかね。
「さて、今日は11月23日。いい兄さんの日ですね」
カレンダーを見ると11月23日の日付には花丸と共に勝訴の文字が書いてあります。
今日は決戦の日なのです。
「今日を契機に、ギャーギャーうるさいブラコン妹や泥棒猫達を粉砕して、世の中があるべき姿に一気に持っていってやりますよ!」
カレンダーを睨みつけます。
もはや決戦、そして大勝利しかありません。
「あの淫乱だけが取り得の情報格差社会の弱者どもは今日がいい兄さんの日だということを知りもしないでしょう」
笑みが止まりません。
「わたしだけがお兄さんのお祝いをして、好感度が上がって告白イベント。そして今日から始まる……同棲イベント。そして来年度には結婚ですっ!」
わたしの野望の果てを口にしてみます。
「お子ちゃまな桐乃や黒猫さんには、男女の仲の深淵なんて何も分からないでしょう。お手て繋げば満足でしょう。でも、わたしは違いますっ!」
三面鏡で自分の姿をジッと眺めます。
「フフフ。男性と手を繋いだこともない清い体でいるのも今日までですよ。覚悟してくださいね、わたし」
鏡に映ったわたしは不敵に笑い返しています。
「覚悟は万全というわけですか。さすが、来年には進学を取りやめてお兄さんと4畳一間で暮らす計画を春から練っていただけのことはありますね」
いよいよ計画を実行に移す時はきたのです。
「さあ、性戦、もとい、聖戦に赴きますよ」
鏡に映ったわたしが黒い笑顔で頷きました。
「こんにちは〜」
午前9時。わたしは早めの襲撃を仕掛けて高坂家の玄関に立っていました。
お兄さんがお祝いをしてあげる前に出かけてしまったら元も子もありませんので。
「あら。あやせちゃん、いらっしゃい」
お兄さんのお母さん、要するにお義母さまが応対してくれました。
「桐乃ならまだ寝ているわよ」
「妹の方はどうでも良いです♪」
「まあ、そうよね」
桐乃の顔を見に来たのではありません。むしろ見る必要をまるで感じません。
「あの、お兄さんは……?」
「京介なら、今しがた出かけていったわよ」
「そう、ですか」
落ち込みます。
まさか、休日はお昼近くまで寝ているお兄さんがもう家を出ているなんて想定外でした。
「でも、すぐに戻ってくるかも知れないから、待ってみる?」
「はっ、はい!」
お兄さんはコンビニに行っているだけなのかも知れません。
すぐに帰ってくるかも知れないのです。
わたしはその可能性に望みを託して待ってみることにしました。
「それであやせちゃん。リビングで待つ? 京介の部屋で待つ?」
「えっ?」
お義母さまの突然の質問に戸惑います。
リビングは分かります。
でも、お兄さんの部屋で待つって一体、どういう選択肢でしょうか?
「実は最近京介ったら、受験勉強を言い訳にして全然部屋の中を掃除していないのよね〜」
お義母さまがチラッとわたしを覗き込みます。
「あやせちゃんが掃除してくれたら……京介も喜ぶんじゃないかしら?」
「えっ?」
お兄さんが喜ぶってどういうことでしょうか?
「京介だって、特別に想っている女の子にじゃなきゃ、部屋を掃除されたくないだろうし」
「お兄さんが……わたしのことを特別に想っている」
全身が急に熱くなりました。
お兄さんが、わたしのことを特別に想っている。その一言はわたしに無限の力を湧き出させたのでした。
「それであやせちゃん。リビングで待つ? それとも京介の部屋で待つ?」
お義母さまの再度の質問に今度は迷うことがありませんでした。
「わたしに……京介さんのお部屋のお掃除をさせてください」
敬礼しながら答えます。
お義母さまはわたしの回答を聞いてニッコリと微笑みました。
「そう。もし、あやせちゃんが京介のお嫁にきてくれたら、私は最高に嬉しいわ」
親公認。
お義母さまの言葉はわたしに地球を崩壊させるほどの大きな衝撃を与えたのでした。
「わっ、わたし。頑張りますっ! 全身全霊を篭めてお掃除させて頂きますっ!」
わたしが喜び勇んで2階へ登っていったのは当然のことなのでした。
こんなにも軽やかな気分で高坂家の階段を登るのは初めてのことでした。
義妹の部屋の前を通り抜けてお兄さんの部屋の前に辿り着きます。
少し緊張しながら扉を開きます。
「お邪魔します」
誰もいないことが分かっていながらもとりあえず声をかけてから入ります。
正式には呼ばれたことがない、無断侵入は何度もしてきたことがあるお兄さん’ズルームに到着しました。
「確かに1週間前に忍び込んだ時よりも汚れていますね」
前に忍び込んだ時よりもゴミが増えて、参考書の類も整理整頓されないまま散らばっています。
「受験生というのは、身の回りの整理整頓をしなくて良い免罪符にはならないと思うんですけどね」
将来の夫のだらしなさぶりにちょっと落胆します。
でも、だからこそお世話のしがいもあるというものです。
京介さんにはやっぱりわたしが必要なのです。
それを改めて感じました。
「まあ、それはともかくとして、まずはお兄さん分の補充ですね」
トリプルアクセルを披露しながらお兄さんのベッドに倒れ込みます。
「くんかくんかほ〜むほむ♪」
枕を顔に押し付けながらお兄さん分をいっぱいに補充します。
とても……幸せです♪
「って、幸せに浸っている場合じゃありませんよ!」
枕を小脇に抱え直しながら立ち上がります。
「わたしにはお義母さまに頼まれた、お兄さんのお部屋の掃除という崇高な使命があるのだからぁ〜〜っ!」
わたしはお義母さまから息子さんのお世話を任された、いわば嫁。その嫁としての本分を果たさずしてどう生きろと言うのですか!
「よっしゃ〜っ! この部屋を新築同然のピカピカに掃除してやりますよ〜」
体の奥底からかつてない滾りを感じます。
「まずは机の上からですね」
最も整理整頓が必要にして本人以外には最もいじり難い箇所から整頓にかかります。
「わたしはお義母さまにお兄さんの部屋の掃除を託された、言うなれば神の代行者にも等しき存在」
ニヤッと微笑みながら机の上を凝視します。
「故に、全てのデリートの権利はわたしにあります」
まず目に付いたのは、お兄さんと白いワンピース姿の泥棒猫が2人で並んで写っている写真が入った楯。
「これは退廃芸術ですね。故に廃棄です」
お義母さまから頂いたゴミ袋に放り込みます。
次に目に入ったのは、お兄さんと紫の浴衣姿の泥棒猫が2人で並んで写っている写真が入った楯。
「これも退廃芸術ですね。故に廃棄です」
またゴミ袋に放り込みます。
わずか1分ほどで、机の上に飾ってあった退廃芸術は全てなくなりました。
それから机の上に開きっぱなしのノートや参考書を科目ごとに分類して整理整頓していきます。
文房具の類は筆箱と机の引き出しの中に入れ直して全てすっきりさせました。
「うん。我ながら綺麗にできました」
最後に机の上をウェットティッシュで拭いて完成です。
「でも、スッキリし過ぎて何か寂しいですね」
ピカピカに磨かれ、収納スペースに綺麗に本が収まっている机はどことなく人の温かみに欠けます。
「やっぱり、写真の1枚は必要ですよね♪」
わたしが自宅から、こんなこともあろうかと用意していた写真立てを置きます。
その写真には、真っ青な空の下、海の前で青いビキニの水着姿のわたしと、夕暮れに厚いコートを着込んだお兄さんが並んで写っていました。
お兄さんと並んだツーショットの写真がなかったので、パソコンで加工してみました。
我ながら良い出来だと思います。机の上を完璧に仕上げてわたしは満足感を覚えました。
「次はベッドの下ですね」
お義母さまに全権委任されたわたしだからこそできる男性のベッド下の掃除。
この下に眠る有害図書の生殺与奪の権利を持っているのはわたしだけなのです。
「黒髪ロングな清純派お嬢さま本以外はみんな捨てましょう♪」
有害図書とそうでない区分を明確にしてからベッドの下を漁ります。
すると、3冊の本が出てきました。
言うまでもなくエッチな本です。
「え〜と。最初の本は……『邪気眼系女子高生小鳥遊六花16歳 他人には言えない魔術儀式』ですか。反吐が出るほど有害図書ですね。即刻廃棄です」
本を即刻ゴミ袋の中に放り込みます。
この国はいつから18歳未満の少女のエロ写真集を出版するようになったと言うんですかね?
「次の本は……『邪気眼系女子中学生羽瀬川小鳩14歳 他人には言えない兄との蜜月時間』ですか。これも反吐が出るほど有害図書ですね。即刻廃棄です」
次の本も速攻ゴミ箱行きです。
「その次の本は……『邪気眼系女子中学生アイドル神崎蘭子14歳 他人には言えない枕営業』ですか。どうしてこう、邪気眼系中二病女のエロ本ばっかり所有しているんですか。あの変態はっ!」
エロ本をゴミ袋の中に叩きつけながら怒りを放出します。
「邪気眼系中二病少女ってエッチ本のジャンルとしても偏りすぎでしょうが!」
未来の夫のあまりにも特殊すぎる性癖に頭痛がして止みません。
「お兄さんの性癖を矯正する必要がありそうですね」
わたしはこんなこともあろうかと準備していた、わたしの水着写真集をベッドの下に代わりに入れておくことにしました。
「お兄さんには正しい性欲とは何か学んでもらう必要がありますね。そして、水着で我慢できなくなったらわたしを襲って責任を取れば良いのです!」
お兄さんのガッカリなエッチ本趣味にいまだ全身を怒りが駆け巡ります。
「よしっ。この怒りをパワーに変えて、お部屋の掃除を一気にしちゃいますよ〜っ!」
わたしは掃除機を手に取ると、今まで培ってきた掃除のノウハウを一気に吐き出してみせたのでした。
「あらっ。見違えるように綺麗になったわねぇ〜。さすがあやせちゃんだわね」
掃除が終わった部屋を見てお義母さまが喜んでいます。
「いえ。掃除を任された以上、これぐらいこなすのは当然のことです」
ここはお義母さまにポイントを稼ぐべき所でしょう。
「京介のお洗濯物まで纏めてくれて助かったわ。あの子ったら、なかなか下に持ってこなくって」
「お洗濯もわたしにお任せください」
できる嫁であることをアピールするせっかくのチャンスです。
「そぉ〜。悪いはねぇ〜」
お義母さまがわたしを見ながらニコニコしています。
これは確実に嫁ポイントが上がっているはずです!
「そう言えばお昼になれば、京介も帰ってくるかも知れないわね」
「今日の昼食はわたしに任せてください。料理も、研鑽を積んできましたので!」
お料理。これはお兄さんに対しても、お義母さまに対してもポイント面で圧倒的に高いはずです。
家庭的な女性が受けるに決まってるのですから。
「それじゃあ、お洗濯と昼食の支度をあやせちゃんにお願いするわね」
「はいっ♪」
お義母さまに対して素直に頷いて返しました。
さあ、わたしの家事技能を今こそ見せてやる時ですよ〜♪
『これがお兄さんのパンツ。ごくり。くんかくんか♪』
お兄さんのパンツを丁寧に1枚1枚手洗いし、その他の洗濯物も漱ぎ終わり干し終わりました。
そして、昼食もパスタとサラダと揚げ物の単品料理を作って準備を整えました。
「フッ。今日1日でわたしの嫁ポイントがどこまで上がってしまうのか怖いぐらいです」
自分の才能に恐怖しながらお兄さんが帰ってくるのを待ちます。
けれど、肝心のお兄さんは帰ってきません。
「あれっ? 何であやせがうちの昼食を作ってるの?」
本気でどうでも良い義妹の方はご飯の時間に合わせて起き出してきましたが。
「そろそろお昼だけど桐乃はいつお兄さんが戻ってくるか聞いていない?」
時計を確認しながら、わたしの作った昼食をお兄さんよりも先に食べている卑しい義妹に聞きます。
「へっ? 京介だったら、くろ……グハッ!?」
桐乃は話の途中で急に眠りに落ちてしまいました。
一体、どうしたのでしょうかね?
「まったく、桐乃ったら。食事の途中で眠ってしまうなんて。高坂家の教育が疑われてしまうじゃないの」
いつの間にか桐乃の後ろに立って右腕を手刀の形に構えているお義母さまが苦笑してみせました。
「あやせちゃんって本当にお料理上手なのね〜」
「そ、そんなことは……」
「京介のお嫁に今すぐ来て欲しいぐらいよ」
「わっ、わたしなんてまだまだですよ」
おっしゃぁ〜〜〜〜〜〜っ!!
心の中で大きくガッツポーズを取ります。
新垣家の娘が高坂家の娘になる日も近そうです。
いえ、必ずそうしてみせます。
その為の外堀はこうして着々と埋まっているのですから。
「それにしても京介も酷いわねぇ。せっかくあやせちゃんが昼食を準備してくれたって言うのに」
困った表情を見せるお義母さま。
「いえ。仕方ないことだと思います。突然お邪魔してしまったのはわたしですし」
お兄さんにわたしの手料理を振舞えないのは残念です。
ですが、受験生で忙しい身である以上、それも仕方ないのかも知れません。
「でも、もうしばらくしたら帰ってくるかも知れないわ。もうしばらく待ってみる?」
「はいっ!」
ここまで待ったんです。
どうせならお兄さんに会ってわたしがいいお嫁さんになれることを証明したいと思います!
「せっかくあやせちゃんに来てもらったのに、リビングも廊下も台所も階段もお風呂場も汚れていて申し訳ないのだけど」
「待っている間にわたしが掃除させていただきますっ!」
「あら〜悪いわね。お客さまなのに」
「お客だなんて気を使わないでください」
わたしは、お義母さまの将来の娘になる存在なのですから。
そう心の中で呟きます。
「じゃあ、わたしはしばらくショッピングに出かけるけど、高坂家はあやせちゃんに任せるわよ」
「はいっ!」
高坂家を任せる。
完全に家族の一員として認めてもらっている一言にわたしの心は燃え上がります。
こうなったらこの家全部をピッカピカに磨き上げたいと思います。
「じゃあお願いするわね」
「はい。お任せを!」
わたしはお義母さまに敬礼して答えたのでした。
夕方になりました。
「洗濯物も畳み終えて、これで終了ね」
ゴミ一つ落ちていないリビングを眺めながら一仕事終えたことに安堵の息を吐き出します。
「我ながらいい仕事しました」
掃除はバッチリ。洗濯も完璧。
夕飯の支度も、ビーフシチューをきっちりと作っておきました。
でも、全てが全て完璧だったわけでもありません。
「結局、お兄さん……帰ってきませんでした」
わたしが働いている姿を一番見て欲しかった人は最後まで戻ってきませんでした。
今日は模擬試験か何かだったのかも知れません。
「そしてこの義妹……本気で役に立たない。ゴミ以下の価値ですね」
桐乃は昼食途中からずっと寝っ放しです。
邪魔なのでソファーの上に寝かし直しましたけど一向に起き上がりません。
「幾ら外見が良かろうが、成績が良かろうが、陸上が得意だろうと……家の中ではただの粗大ゴミですね、この子は」
家事を手伝わない旦那を冷淡な瞳で見る妻の気分がよく分かりました。
ついでなのでゴミ袋に詰めて生ゴミとして捨ててやりたいという欲求が生じました。
「ぎゃっ!?」
とりあえず頭を1発殴っておきました。
「わぁ〜。見違えるように綺麗になったわ。すごいわ、あやせちゃん」
お義母さまが買い物から戻って、掃除したリビングを見ながら感嘆の声を上げてくださいました。
「これは何としてもあやせちゃんに京介のお嫁さんに来てもらわないと。京介のお尻を叩かないといけないわね」
「そっ、そんな。わたしなんかがお兄さんのお嫁さんだなんて〜♪」
テレテレしながら謙遜します。
親公認。親公認の仲です。わたしとお兄さんは!
後はもう、お兄さんがわたしにプロポーズしてくれるだけで全ては解決なんです。
来年には必ず孫を抱かせて差し上げますので、お義母さまっ♪
「せっかくあやせちゃんが作ってくれたんだから、お夕飯は食べていってくれるでしょ?」
「それなんですが。門限があるのでそろそろ失礼させていただきます」
モデルのお仕事以外で門限を破ると父がうるさいです。
お兄さんの『一緒に住もう』宣言を聞くまでは新垣家の門限を守らないといけません。
聞いたら新垣家には二度と戻らないかも知れませんが。
「そ〜お。せっかく、あやせちゃんが来てくれたのに、京介ったら、どこで何をしているのやら?」
「いえ。お兄さんにお会いするのはまたの機会にしたいと思います」
名残惜しいですが、高坂家を後にすることにします。
「あやせちゃ〜ん。京介と一緒にまたこの家を訪ねて頂戴ね〜」
「はっ、はい。そうなれるように頑張ります!」
お義母さまにそう誓って家を出ました。
「何か今回のお話は……いつもと違ってとても清いエンディングな気がします」
歩きながら今日の自分を総括してみます。
並行世界の他のわたしより、とても良い待遇だったんじゃないか。
そう思います。
「これは次の話辺りで……わたしとお兄さんが結ばれる正統エンディングが訪れるんじゃないでしょうか」
このわたしの人生が前後編の物語で、後編は親公認となったお兄さんとわたしのラブラブ話が展開される。
そんな期待が胸いっぱいに溢れてきます。
「よっしゃぁ〜〜〜〜っ! わたしはやりますよぉ〜〜〜〜っ!!」
夕焼け空に向かって拳を突き上げます。
本当に久しぶりにとてもいいエンディングを迎えた。
そんな思いでわたしは胸がいっぱいになったのでした。
了
「ねえ?」
「あら、桐乃。起きていたの?」
「さっきあやせに頭ボコッと叩かれて起きたわよ」
「それで、何?」
「京介の嫁は黒いのじゃないの? この間、うちで黒いのが京介と2人並んで挨拶して、お母さん嫁に受け入れてたじゃん。2人は今日、黒いの実家に挨拶に行ってるんだし」
「ええ。京介のお嫁さんは瑠璃ちゃんで決まりよ。桐乃にも黒いのじゃなくてちゃんと瑠璃お義姉ちゃんと呼ぶようにいつも言っているでしょ」
「……じゃあ、何であやせを京介の嫁の様に扱っているのよ?」
「保険に決まっているでしょ」
「保険?」
「だって、結婚前に瑠璃さんに京介が捨てられる可能性もあるわけじゃない。高坂家の家事を一生懸命こなしてくれる甲斐甲斐しいお嫁さん候補は1人でも多い方が良いわ」
「うっわ。本物の悪女だ、この人」
「親の愛と呼んで欲しいわね。京介が将来お嫁さんに困ることがないようにっていう愛」
「そんなこと言いながら……本当は自分が楽したいだけなんでしょ? 今日だって、あやせに全部家事を代行させていたみたいだし」
「息子がボンクラで、娘の家事技能が0だと楽したくなる時もあるわよ」
「うっ!」
「まあ、桐乃はその高いステータスを利用して、さっさとステータスの高い人の所にお嫁に行ってくれれば良いわ。京介の嫁はわたしの管理下に置いて楽させてもらうから」
「開き直ってるよ、この人……」
「まあ、そんなことよりも、せっかくあやせちゃんが作ってくれた夕食をごちそうになりましょう。あの子も瑠璃ちゃんに負けず劣らず料理上手よ」
「あやせは単純だからきっと騙されてるんだろうなあ……マジで今回は最悪なエンディングなのに……」
―完―
説明 | ||
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