海が生む孤独 |
季節外れのビーチサイドには人の姿がない。存在するのは、白く波を立てる海と、彩度の低いアッシュグレイの空と、砂浜に立つ僕達だけ。一緒に来たパフィンは、浜辺に着くなりどこかへ飛んでいってしまった。きっと久しぶりの海で羽根を伸ばしているのだろう。
「冬の海も乙ですね」
少し荒れた様子の海を見ながら、傍らに立つ菊が呟いた。僕は少し眉根を寄せてそちらを見る。
「そう?」
「ええ。悪くないと思いますが……変ですかね?」
僕は反応に困る。昔から海は好きじゃなかった。子供の頃の僕にとって、海は僕とノーレを隔てる忌まわしい障害物だったから。昔はよく自分が大陸側の国に生まれなかったことを恨めしく思ったりもした。今となっては魚類を始めとする海洋資源は僕の生活を支える糧となっているから、昔程悪く思うことはなくなったけど、今でも海は少し苦手だ。眺めているとノーレの乗った船が遠ざかっていく光景が思い出されて、何だか感傷的な気持ちになる。
「……よくわかんない。菊の考えてることを理解するのは難しいよ」
「そうでしょうか」
僅かに首を傾げると、菊は視線を海に向けた。強さを増した磯風が菊の切り揃えた黒髪をさらさらと揺らす。
「私、よく島国に生まれて良かったって思うんです」
「僕はそうは思わないけど。あんなとこに浮かんでるせいで一時期大陸の人達に忘れられてたし」
「でも外国に狙われにくいって利点がありますよ。私なんか、そのおかげで二百年も鎖国できましたから」
「菊は引きこもり過ぎだよ……」
僕が笑みを引きつらせると、菊は俯いてふふっと笑いを零した。それからすぐに視線を水平線に戻す。海を見つめる瞳は黒々としていてまるで夜の闇の様だ。
「海は、いろんな国に繋がってますよね。だから、この水平線の先には、私達と同じ様に海を眺めている人がいるはずなんです。……そう考えると、自分がひとりではないと思えませんか?」
菊がこちらに笑みかけてきた。この人が浮かべる笑顔はいつだって穏やかで優しくて、僕の心にまとわりつく余計なものを取り払ってくれる。だから菊に対しては、いつもより少しだけ素直になれる気がする。
「僕は、海はちょっと苦手」
正直にそう白状すると、菊は「そうですか」と苦笑した。季節相応の冷たさを帯びた潮風が、上着を羽織ってこなかった僕の身体に容赦なく吹き付けてくる。分厚い雲が太陽光を遮っているのも相まって少し肌寒い。
「子供の頃の僕は、そんなこと知らなかった。航海術が発達して、地動説が信じられる様になったのは歴史的にみれば最近だし」
海は繋がっていて、地球は丸い。それが当たり前になった頃には、僕はもうとっくに兄離れをしていた。だから幼い頃のトラウマは消えないし、消せない。
海が僕を独りにする。海に囲まれているせいで、ノーレは僕のところへ来られない――――そんな思いを抱きながら僕は大人になった。
「ひとりじゃないですよ」
僕の胸中を見透かした様に菊が言った。見つめてくる瞳は柔らかくて優しい。
「あなたはきっと、ひとりぼっちではありません」
「そうかな」
「ええ。皆さん、あなたのことをとても慕っていらっしゃるじゃないですか」
皆さん、というのはノーレ達のことだろうか。脳裏に彼らの笑顔が浮かぶ。なるほど、僕はとても愛されているのかもしれない。
風が止んでいく。白波を立てていた海面が静まっていき、雲の切れ間から光が漏れてきた。海に天使の梯子が降りる。
「……やっぱり、ひとりだよ」
黄金色に輝く水平線を見ながら、ぽつりと僕は呟いた。凪いだ海面に降り注ぐ光は幻想的でとても綺麗だけど、僕が海を好きになる理由にはなれない。
「みんなが僕のところに来たとしても、いつかは大陸に帰っちゃうから。だから僕はひとりだよ」
目を伏せてそう言えば、菊が僕の手を握った。触れた手のひらは僕とは色が違っているけど、僕よりも少し温かい。
ノーレ達には多分、僕の孤独は理解できない。けど、東洋に浮かぶ島国は、おそらく他の誰よりもひとりでいる時の寂しさを知っている。長く生きてきた時間の分だけ、僕よりもずっと。
「では、いつか海が干上がって、世界が地続きになればいいですね。あなたが孤独を感じずに済む様に」
僕の手を握る手に力を込めて菊が笑う。僕はその手のひらを見つめて「ありがとう」と素直に礼を述べる。二つの孤独が溶け合って一つになるのを確かに感じた。
説明 | ||
菊とアイスくん。島国達の孤独。冬の海が書きたかっただけ。 | ||
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