すみません。こいつの兄です。40
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 十一月一日。文化祭前日。授業は午前中で切り上げられた。

 午後一時を待たずに、学校の廊下はどこから出て来たのかと不思議になるくらい雑多なもので埋め尽くされた。ベニヤ板、ダンボール、ペンキ、絵の具、電動工具、模造紙。浮き足立った喧騒に少しうらやましさを感じながら、まっすぐに玄関に向かう。今日も下駄箱の陰にはヤシガニ真奈美さんが丸まっているだろう。そして、邪魔に思われているかもしれない。そんな視線にさらしておきたくない。

 玄関に行くと案の定、真奈美さんがいた。予想外なことに美沙ちゃんもいた。

「お兄さん」

美沙ちゃんが、小走りに駆け寄ってくる。美沙ちゃんに駆け寄られるとか、キュン死しそう。心臓によくない。

「ん?どうしたの?」

どうしたの、などと言っているが心の中はバラ色である。

「ちょっと、こっち来てください」

美沙ちゃんに制服の袖口を掴まれて、廊下の端に連れて行かれる。美沙ちゃんとの距離が近い。どきどきする。少し垂れ目の笑顔が背伸びをするように俺に近づく。距離十二センチ。内緒話と吐息の届く距離。今日はなんていい日だろう。

「今日、お姉ちゃんを送り届けてからでいいですから、もう一度学校来てくれません?五時くらいに…」

「え?いいけど、なんで?」

いいけど、などと言っているが心の尻尾は千切れんばかりである。

「デス屋敷のテストをしたいんです。準備をしてたみんなには、ネタがバレちゃっているからネタを知らないお兄さんでテストさせてください。私も一緒に入りますから」

「りょ、了解」

了解、などと言っているがいわゆる二つ返事である。

「おねがいしますね」

微かな含み笑いを残して、美沙ちゃんが離れる。微笑んだ鳶色の瞳が一瞬、ウインクするように瞬きをして走り去る。しなやかなバービー人形のような脚が美沙ちゃんの華奢な身体をふわりと浮かばせて、階段を駆け上っていく。

 小悪魔の背中には、天使の羽。ぽわわん。

 ほんの十秒ほど美沙ちゃんの余韻を味わって、真奈美さんのところに戻る。

 少しだけ、悩んだけど隠し事はよくないと思う。

「夕方、デス屋敷の実験台になってくれといわれたよ」

「…そうなんだ」

「真奈美さんも、一緒にどう?」

「……め、めいわくかけちゃうから…」

そうだよねー。漏らすよねー。

 

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 真奈美さんを市瀬家に送り届けて、そのまま真奈美さんの部屋で時間を潰すことにする。今から、家に帰っても五時に学校に戻ろうとしたら十五分くらいしか時間がない。

「四時ちょっとすぎまで、時間潰しててもいい?」

「…うん」

真奈美さんは、部屋に戻ると最初に出会ったのと同じベッドの上の定位置に丸まる。最初に出会ったときとの違いは、汚部屋じゃないこと。ホテルかと思うくらいピシっとしたシーツの上に、少し汚れたジャージのまま体育座りをする。

 真奈美さんが傍らの机の上から、ノートを取る。出席日数を取り返すために課題とかがたくさん出るといっていたしな…。真奈美さんが無口なのはいつものことなので、こちらもあまり気にせずに本棚から漫画を取りだして読むことにする。床にクッションを置いて、ベッドを背もたれ代わりにして漫画を読む。学園ファンタジーバトル漫画だ。ろくに説明もなく、悪の魔法使いみたいのが現れて、プロレス技で戦っている。意味が分からないが面白い。夢中になって読みふける。

 きし。

 ベッドのスプリングをわずかに軋ませて、真奈美さんがベッドから這い降りてくる。頭が下で、足が上。ずるりと重力にまかせて、滑り降りる。ヘビが降りてくるみたいだ。

 ずりずり、ずるずる。

 しゃくとり虫みたいな動きで、俺の膝の上に上半身を乗せてくる。投げ出した俺の足の右側に、伸ばした腕と首から上。左側にウェストから下。うつ伏せの状態。うつ伏せで本を読むような状態を考えれば、膝枕と言えなくもない。

 このアングルで見ると、真奈美さんって細長いな。普段は丸まっているからわからないけど、こうやって手足と背すじを伸ばすと細長い。後足も前足も細長い。今の真奈美さんには前足後足で正しいと思う。

 その細い背中に漫画を載せて、そのまま読み続けることにする。漫画は学校の中に異空間を作って、グロい魔物と主人公が異能バトルの真っ最中だ。クライマックスだ。

 しゅくしゅく。こしこし。かりかりかりかり。

 気になる。

 ニュースタイル膝枕を実践する真奈美さんが、俺の脚の上に上半身を投げ出した状態でノートに書いたり消しゴムを使ったりしている。そのたびに俺の脚の上で真奈美さんがもぞもぞと動く。それが気になる。重くはない。ただ、押し当てられた弾力と柔らかさを持った身体が足の上で動くのが気になる

 だめだ漫画に集中できない。漫画を閉じる。

 あれ?

 真奈美さんの書いているノートを見ると、課題じゃなかった。ノート一面に凝った絵が描いてある。森の風景だ。樹木の一本一本、葉の一枚一枚、地面の羊歯のような植物一つ一つまで丁寧に描かれている。森の中に、小さな木で出来た小屋が描かれている。絵のことはよくわからないけど、とても丁寧に時間をかけて描いているのは分かる。ノートの隅までみっちり描き込んでいく。描いていく真奈美さんの手の動きに迷いがない。するすると線を引き、塗りつぶし、ちまちまと羊歯の葉の一つ一つを端から順に描き込んでいく。

 なにを描いているのか聞きたい。だけど、話しかけられない。真奈美さんはとても集中しているから。

 

 いつの間にか、脚の上で動く真奈美さんの上半身も気にならなくなっていた。

 

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 足の上にのしかかる真奈美さんに控えめに声をかけて、市瀬家を出たのが四時二十五分。駅まで小走り。電車に乗ったのが四時三十八分。もう少し早めに戻ってくるつもりが、けっこうギリギリになってしまった。

 学校の校門では、文化祭の飾り付けがほぼ完了していた。夕暮れ、学校の窓のほとんどに明かりが灯っている。いつもなら部活の連中もそろそろ帰宅の時間。今日は、学校に活気が残っている。

 一階の一年生の教室。

 突き刺さるような尖った字体で「デス屋敷DEATH」と描かれた看板が入り口にかかっている。一般的なお化け屋敷って、丸かったんだな。そう思わせる尖りっぷりだ。

 えーと、美沙ちゃんは…。

「にーくん!」

嫌なほうに先に見つかった。右手に丸めたノート、左手にトンカチを持った妹がこっちを振り向く。

「いいところに来たっすね!にーくんも、蝋人形にしてやるっす!ぐはははははは!」

トンカチふりかざすな。

「二宮…あぶないぞ」

…と思ったら、後ろから九条くんがやんわりとトンカチを取り上げる。如才ない。イケメンで如才なくて有能。くそ。おめーなんか、美沙ちゃんには「別に普通じゃん」だからな。

「二宮さんの、お兄さんですか?妹さんには、いつもお世話になってます」

九条くんは年下とは思えない落ち着いた声で挨拶すると、折り目正しく頭を下げる。

「あ、いや。こちらこそ、妹がお世話になってます」

「おまえなんて『別に普通じゃん』だからな」などと、心の中で悪態をついていた自分が恥かしい。ソウルジェムがどんどん濁る。

「あ、お兄さん。よかった。来てくれたんですね」

デス屋敷の中から、天使登場。

「ああ。完成したの?」

「はい、たぶん…」

美沙ちゃんが、妹を見る。

「完成したっすか?」

妹が九条くんを見る。

「市瀬さんがアンプをつなぎ終わったなら完成だよ」

「完成っす!よーし、じゃあ、みんなテストするっすよ!モルモットはにーくんっすー!」

妹が胸を張って、バタバタと中に入っていく。

「スタンバれー!」

中から妹のはしゃぐ声が聞こえてくる。

「本当に妹がいつもお世話になってます」

「いえいえ。こちらこそ」

九条くん、大人すぎ。

 すみません。あいつの兄です。あ、最終回みたい。

 

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「じゃあ、お兄さんと私が実験台で、お客さん役ね」

美沙ちゃんが、俺の右手を取る。わーお。受付のところにいる一年生男子二人が反応して殺気を投げてくる。わーお。

「ほら、受付から練習だよ」

殺気に気づかないのか、美沙ちゃんが楽しげに受付をしている男子に告げる。受付男子のニラみっぷりは、演技ではない。マジだ。ニュータイプ能力に目覚めた俺には、その殺気がビンビン伝わってくる。この私にプレッシャーをかけるとは。

「一命さまっすか?」

一名様の字が違う。手の甲をこちらに向けて中指が一本立っている。

「二人でーす」

美沙ちゃんが、跳ねるように身体を寄せながら言う。嬉しいが、恐ろしい。周囲にいる一年生男子たちの殺意ゲージがアップするのを感じる。

「二名、さまっ…っすかぁ…」

ギリギリギリという歯軋りの音が聞こえそうなデスな表情で、受付男子が相変わらず手の甲をこちらに向けて中指と人差し指を若干曲げて立てる。非常にいいデスなポーズだ。

「二名さま、一人は地獄へごあんなぁああい」

デスボイスもいい。ところで「一人は」ってなんだ?

 美沙ちゃんと中に入る。

 割と普通にお化け屋敷だ。どこからか持ってきた頭蓋骨やら、マネキンの首やらに赤ペンキが塗っておいてあったりする。

 右腕にやわらかい圧力。

 ぬお。も、もしかしてこれは?確認のために視線をそちらに向けると、果たしてそこには天国があった。具体的には天使の美沙ちゃんが、年齢にそぐわないほどのその二つのパライソを俺の腕にパライソしていた。おおおお。上腕三頭筋付近に全感覚が集中する。この温かさ!この弾力!この柔らかさ!心拍数が上がり意識がぽわ〜んとしてくる。お化け屋敷なのに、俺の心は天国行きである。

 うきうきしながら、順路を進む。お化け屋敷台無し。

 暗幕をめくると、突然の大音響と強力な明かりが俺たちを襲った。さっきまでの暗さに目が慣れていたのもあって、視界がホワイトアウトする。

「きゃっ!」

むぎゅっ!うほっ!いい感触!

 気がつくと、恐怖すべき状況にいた。目の前一メートルくらいのところにデスメタルメイクの男がベースを持っている。後ろにはギター。右にはドラム。左からは、無数の鋲の打たれた黒い革ベルトをX字に上半身に巻きつけた上半身裸の男が吼えかかってくる。冒涜的な歌詞をデスボイスで吼えまくる。周囲にはうちの学校の女子学生の制服を着たマネキンがたくさん座っている。普段見ている制服を沢山のマネキンが着ているというのは、異常感が怖い。

「ヴぉおおおっ!」

ボーカルの男がノリノリで後ろのマネキンの首を引っこ抜く。右手と左手、二体分だ。髪を掴んで振り回す。

「きゃああーっ」

美沙ちゃんの悲鳴に右を見ると、ドラムの男にも異変が生じていた。腕が四本、頭が二つに増えている。二人羽折りだったのか。増えた二本の手は、さらにそれぞれ真っ赤なマネキンの腕を振り回し、ドラムを滅多打ちにしている。リズムもなにもない滅多打ちだ。

 怖い!間違いなく怖い!

 がしゃー。がしゃー、と音を立てて、頭上からマネキンの頭が無数に降り注ぐ中、一曲披露するとデスステージは終わった。出口に案内される。

「どうっすか?怖いっすか?」

教室を出ると、廊下で妹がドヤ顔をしていた。

「…お年寄りと子供は入れるなよ」

「なんでっすか?」

死ぬからだ。

 

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 午後六時ごろ、ゾッド宮元が校内に残っている生徒を追い出して回っていた。妹と美沙ちゃんのクラスも追い出される。俺は、一年生に混じっての下校。

「美沙ちゃんを送っていくから、遠回りになるけどいいよな」

「いいっすよ」

そろそろ午後六時をすぎると、暗くなってくる季節だ。美沙ちゃんを一人で帰らせないほうがいいだろう。妹なら大丈夫だけど。

 美沙ちゃんと、妹が俺の少し前を楽しげに談笑しながら歩く。最近、朝晩は少し寒い。美沙ちゃんは黒のストッキングをはいている。美脚力マックスだ。お人形さんみたいな脚というのはあのことだ。後ろから見ると、隣を歩く妹の脚も意外と悪くない。がっしがっし大股で大地を踏みしめて歩くのを除けばの話だ。美沙ちゃんの軽やかで、それでいてしずしずと歩く歩き方と比べるとちょっとがっかりする。

 女の子は、立ち居振る舞いも美少女の重要な要素だよなと思う。

 市瀬家に到着する。

「あらー。美沙まで送ってもらったの?本当にすみませんー」

美沙ちゃんの美人のお母さんが出迎えてくれる。

「いいえ。とんでもございません」

むしろ、美沙ちゃんを送るのはご褒美。

「急がなければ、ちょっと上がって待ってて。うちの人、もう少しで帰ってくるから、そしたら家まで車で送らせるわ」

そんなことはさせられない、辞退しよう。

「ありがとっすー。美沙っち対戦するっすー」

気がつくと妹が美沙ちゃんの手を引いて、勝手に居間に向かって走っている。

「すみません。お世話になります」

妹の靴を玄関で集めてそろえながら礼を言った。

 居間を見ると、美沙ちゃんと妹が早くもゲームを始めている。

 ちょっと気になって、居間をスルーして二階に上がる。背後で妹の勝ち誇った笑い声が聞こえた。

 真奈美さんの部屋のドアを軽くノックする。返事はない。

「開けるよ。真奈美さん」

いつでもすぐに閉められるように注意して、ドアを開ける。油断すると真奈美さんはすぐに服を脱いでいる。それ自体はラッキースケベ状態なのだが、美沙ちゃんに発覚したら再び変態害虫として駆除されてしまう。

 真奈美さんは、まだ床に寝そべってノートに絵を描いていた。今や森の絵は見開き一杯に描き込まれている。空に半分ほど欠けた月が浮かび、夜空の雲を照らし出している。絵が上手いというわけでもないのかな。いろいろバランスがおかしい気がする。木の根は上から見下ろしているのに空も見上げていたりする。木の陰から覗くウサギは妙に目が怖い。

「すごいね」

「描くの好きなの…」

真奈美さんは、手を止めない。

「ずっと描いてて疲れない?」

休まずに描いているとしたら、そろそろ三時間くらい描き続けだ。絵の描き込みっぷりも三時間分くらいはあるから、ぶっ通しという気もする。

「疲れない」

手は止まらない。ちまちまちまちまと地面に小さな虫を描き込む。蟻を頭、胸、腹と描いて脚を描き、二本の触角を描く。落ち葉を運ぶ蟻、触角を触れ合わせる二匹の蟻。一匹ずつ、ちまちまと描き続ける。

 ドアがノックされる。

「お兄さん。お父さん帰ってきましたから、送っていきますよ」

「あ、ああ。ありがと。じゃあ、真奈美さん、またね」

「…ん」

真奈美さんは、顔もあげずにそう言ってノートに向かい続ける。

「……お兄さん。お姉ちゃん、変でしょ」

階段を降りながら、美沙ちゃんがそんなことを言ってくる。なにを今さら…。真奈美さんは確認するまでもなく変だぞ。

「知ってる」

「お兄さん」

階段を降りきったところで、美沙ちゃんが立ち止まる。

「なに?」

美沙ちゃんがちょっと表情を消して、唇が開いて音もなく閉じる。

「あした。一緒に回りましょうね。シフト空いているときメールします」

にっこり、天使の笑顔でそんなことを言う。

 

 明日は、今までで一番楽しみな文化祭だ。

 

 

(つづく)

 

 

説明
妄想劇場40話目。少し間が開いてしまいました。そろそろルート分岐な気がしてますが、みなさんは、どのヒロインがお気に入りですか?

最初から読まれる場合は、こちらから↓
(第一話) http://www.tinami.com/view/402411

メインは、創作漫画を描いています。コミティアで頒布してます。大体、毎回50ページ前後。コミティアにも遊びに来て、漫画のほうも読んでいただけると嬉しいです。(ステマ)
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ラブコメ デス屋敷  後輩 不思議ちゃん 

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