見つめないで
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 私は犬が苦手だ。

 子供の頃に思い切り吠えられた事があって、それはもう大泣きした。あんなに怖い生き物がこの世にいるのかと思ったくらいで、それ以来近づくどころか視界に入っただけで震えるし泣きそうになる。

「う、あ……」

 そして私は今泣きそうだ。何故なら足下にあるダンボール箱の中に体長が五十センチにも満たない子犬がいるのを見つけてしまったからだ。

 大きさや年齢は関係ない、とにかく『犬』という生き物が駄目なのだ。

 やめて、そんな潤んだ目で悲しそうに鳴かないで。私も涙目で泣きそうなのに。

「何でこんな所にいるの……」

 子犬に問いかけるようにつぶやくけれど、周りに誰もいないので当然ながら返事はない。

 いや、返事はあった。子犬が私の声に反応して小さく吠えた。

「ひっ」

 思わず私も小さな悲鳴を上げてしまった。

 見なかった事にしてさっさとこの場から離れたい。だのに、離れられない。子犬が怖くて足が動かないのか、この子犬がかわいそうで放っておけないからなのか。前者だ、きっとそうだ。

「うぅ……」

 誰か助けて。

 そう思うのと同時に子犬がまた悲しそうな声で鳴いた。

「ああ、もうっ」

 意を決して、私はしゃがみこんでダンボール箱を閉めようとした。

「ひっ」

 その時、子犬が私の手を舐めた。生暖かくてぬるっとした感触があ。

「あう、うあっ……」

 ぺろぺろと舐め続ける子犬。やめて、お願い。

 心の中でいくらお願いしても、子犬が読心術を使えるわけではないからやめてくれるはずがない。

「………………」

 しかし、手を舐められ続けるうちに私は恐怖心がやわらいだ気がした。

「……大丈、夫?」

 子犬がわんっと高らかに肯定するように吠えた。

「……じゃあ、ちょっとだけだからね」

 私は意を決してダンボールを抱え、自宅への道を歩き出した。

説明
即興小説で作成しました。お題「安全な子犬」制限時間「15分」
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