リリカルなのは×デビルサバイバー As編 |
海鳴市海上公園、ここには体調を崩した多くの人たちで賑わっている。元々ここに居た人だけではなく、車の運転中に体調を崩し、これ以上運転をすると事故を起こす危険性があると判断した者たちもまた、この海上公園に少なからず居る。
いや、元々クリスマスに近いこともあり、冬休みに入っている小中高といった学生や、老人たちもまたこの場に居たことも人間の数を増やす要因となっている。
「しかし、これはひどいな……」
ジンは一人周りを見て呟く。
アヤからプレゼントされたペンダントに守られた彼は、体調を崩すこと無く周りの人々を助けることができていた。
しかし、元来彼は見ず知らずの人を見返りもなしに助けるほど、人ができていたわけではなかった。
その彼が動く理由、それはアヤという女性にほかならない。
放っておけばきっと、自身の体調をかえりみずに他者を救おうとする彼女のことを、ジンはよく知っている。
何故なら、彼もまた彼女に救われた人間の一人なのだから。
「うぅぅぅ……ありがとうござい……」
「喋るな。ほら、水をもらってきた。飲めそうか?」
倒れている男性が、弱々しくではあるが頷いたのを見てから、寝転んでいる状態から少し上半身を立たせペットボトルの水を飲ませる。
水を飲ませながら再び周りを見ると、彼にとって最愛の女性が自分と同じように介抱している姿や、見ず知らずの体調不良を起こしていない人々が、同じように介抱している姿を見た。
昨今のニュースを見ると、暗い話題しか耳にしない。そして耳にタコが出来るほど、周りの人々は口をそろえてこういうのだ。昔のほうが良かった――と。
だが、今の光景を見てみると、ジンはそうは思えなかった。
「(悪くはない。人は何も変わってないのかもしれない)」
男性が水を飲み干したのを確認すると、ゆっくりと身体を横にさせた。
いまだ体調は悪そうではあるものの、水を飲んだおかげか少し顔色は良くなったように思える。
「何かあったら呼んでくれ。すぐに来れるとはかぎらないが……」
「いゃ……こうして面倒を見てもらうだけでも助かってます……」
ジンは立ち上がると、何処か困っているところはないかと辺りを見回す。
「(そういえば、あの少年は大丈夫か?)」
数時間前、何やら様子のおかしかった少年が居た。アヤ曰く、もう大丈夫だよ! とのことだが、彼もまたこうして倒れているのではないか? と心配になっていた。
「ジン」
「ん……アヤか、どうした?」
先ほどの女性の介抱が終わったのだろう、アヤがジンに近づき声をかけてきた。
少し疲れは見えるものの、彼女もまた大丈夫そうだと思い、ジンは一息ついた。
「あのね? 少し手伝ってほしいことがあるのよ」
「手伝い? なんでも言ってくれ、何をしたらいい?」
「うん、あのね……」
アヤがジンの顔に近づき、ぼそぼそと喋る。
最初の一言二言目では頷く様子を見せていたものの、次第に驚きの表情を浮かべていく。
「アヤ! しかし……」
「駄目……かな?」
「いや、俺は聞きたいと思うが他の人もそうだとは限らないぞ? どんなものでも自分にとって必要ないものは鬱陶しくしか感じない」
「でも、それでもいいからやりたいの」
「だが――!!」
じっと見つめてくるアヤに対し、ジンもまた負けずに見つめ返す。
一見すると、恋人同士がイチャイチャしているようにしか見えないが、彼らの雰囲気がそれを否定する。
…………最初に折れたのは、ジンだった。
やれやれと、頭を掻いたあとに一回ため息をつくと。
「分かった。手伝うよ、それで俺は何をしたらいい?」
「さっすがジン! それじゃ……」
アヤの言葉を聞き、ジンは頷く。
当然心配する気持ちはある。けれど、あの"目"をした彼女を止める言葉をジンは知らない。
そう、荒れていた自分を止めてくれた恩人でもある彼女を止める言葉を、神谷 詠司という男は、知らない。
* * *
アヤに頼まれたこと、なんて言えば、結構大それたことのように思えるが、ジンがやったことなんていうのは、開けた場所を探すということ以外にはない。
ただ条件として、海がよく見える場所を指定されたことぐらいだ。
辺りを歩いてちょうどいい場所を見つけると、ジンはアヤに伝えた。
彼女は嬉しそうに頷くと、ジンに案内を頼んだ。
その手には、彼女の宝物であり人生とも言える"シーケンサー"があった。彼女がデビューするまえから持つそれは、少し古臭く感じるがそれでも彼女にとっては大切なものであることには違いない。
「…………すー」
大きく息を吸う。
「…………はー」
次に息を吐く。
なんだかんだ言って、アヤもかなり緊張しているのには違いない。
ストリートライブは昔からやっているとはいえ、それは仲間たちが一緒に居てこそだ。こうして一人で歌うのは初めてだ。
「……よしっ!」
気合を入れると、シーケンサーを操作し彼女の目的の曲に合わせる。
まだ誰にも聞かせていない、彼女だけの音楽を――。
…………それは唐突に始まった。
シーケンサーから流れる音楽は、ロックやメタルと比べると決して激しいわけではない。
だからといって、体調不良時にいきなり知らない曲を流されれば、気も悪くする。
今まさに歌わんとしている女性の、一番近くに居る男性が文句を言おうと腰を上げたとき、男性は何も言えなくなった。いや、正しくは言おうとしたことを忘れてしまった。だろうか。
「―――♪」
曲に合わせ女性が口を開き、歌をうたう。
少し激しく感じるその曲とは違い、繊細さを感じるその曲は、瞬く間に男性の心を掴んだ。
そして体調の悪さを忘れさせるほど、その曲に……歌に魅入ってしまっている。
けれど、その曲に心を掴まされたのは、男性一人ではなかった。
一人、また一人とその女性に誘われるように人が増えていく。
先ほどまでの体調不良者で溢れ、殺伐としていた雰囲気とは全く違う、人々が寄り添うほのぼのとした空気。これこそがこの公園の本来の姿でもあった。
そして、その曲を聞いているのは人だけではなかった。
「―♪ ―♪」
アヤの喚んだピクシーが、人々の目に止まらないように。けれどもしっかりと聞こえる位置で揺蕩っている。
曲のテンポに合わせて身体を揺らしたり、口ずさんだりしている。
「(勿体無いなー)」
ピクシーは一人思う。
「(うん! 勿体無いなー)」
アヤの歌に惹かれ、人間界に呼ばれたピクシーは彼女一人だけだが、惹かれたのは彼女だけではない。
けれど、彼女の仲間たちは人間界を怖がり決して近づこうとしなかった。
だからピクシーは一人思う。
「(勿体無いなー、この歌を生で聞けないなんてさ―)」
それと同時に思う、いつか自分が帰る日が来て、仲間たちと会ったのなら、この日のことを少しだけ誇張して話してやろう、そう決めた。
* * *
この歌に惹かれたのは、公園に居る者たちだけではなかった。モニターから流れてくるその曲に、歌に、カイトとすずか、アリサとエイミィといった面々もまた惹かれていた。
「この曲――。聞いたことがない」
「あのCDにも入ってませんでしたよね?」
「うん」
あのCDとは、カイトがすずかに貸したCDのことだ。
確かにあのCDにも今奏でられている、この曲のことは入っておらず、まして向こうの世界でアヤが生きていた頃の遺作が入っているが、カイトはこの曲を知らない。そう、この曲はこの世界のアヤが創りだした、この世界だけに存在する曲だ。
「ハハハ……」
カイトは一人笑う。
何がおかしいというわけではない。自然と笑いがこみ上げてきてしまっただけ。
「か、カイトくん?」
はやてが少しびっくりした様子を見せながら問いかける。
ここ一ヶ月、カイトが大きな口を開けて笑う姿を、彼女は見たことがなかったのだから、驚くのも無理はないのかもしれない。
「いや、悪い悪い」
そう言いながらも、カイトは笑いを堪えきれずにいた。
「ハハ……うん、本当にすごいや。あの人に比べればきっと、俺の力なんて足元にも及ばないんだろうなぁ」
誰かを倒すことと、誰かと分かり合うこと。どちらが難しいかといえば、誰だって後者だって分かる。
我を押し通すことは、誰にだって出来る。でも、誰かと分かり合うことは、中々に難しい。
アヤという女性の歌は、それを簡単ではないかもしれないけど、成し遂げることのできる方法の一つだ。
それが分かっているから、カイトは自然と笑みを零す。
ジンとハル。東京封鎖でかつで出会った二人の言っていたことが、本当であることを実感しているから。
「で、これからどうすればいい?」
カイトは男に問いかける。
その言葉はどこか、いつもと比べて自信にあふれていた。
「やるならさっさとやろう。今すごく気分が良くて、力が溢れてくるんだ」
「……それ、わかるかも知れないわ」
横になっていたアリサが立ち上がり、カイトたちの方にすずかを連れて歩いてきた。
「アリサちゃん! 大丈夫なの?」
なのはが心配そうに、アリサに駆け寄っていく。
「大丈夫よなのは。なんかこの歌を聞いてから、体調いいのよね」
アリサの言うとおり、確かに彼女の顔色は倒れていたときよりも良くなっている。顔を見ても、血色も良くなり頬は少し赤みがかっている。
先ほどまでの真っ青な顔と比べれば雲泥の差と言える。
「なによ? 人の顔ジロジロ見て」
「いや、確かに体調良さそうだな、と思って」
「まぁね。でもまだすこしだるいわ……」
顔を見られているのが恥ずかしいのか、アリサは視線を外しながら髪の毛をいじっている。
「それは仕方ないよ……さっきまで倒れてたんだもん」
すずかもまたアリサを心配していた。
それを表すかのように、いつもよりも声のトーンは少し低い。だが、その原因は心配しているからだけではなく、アリサの看病にずっと付き添っていた疲れもまたあると思われる。
「で、だ。これからどうすればいい?」
「……作戦の第一フェーズは、この歌により成功といえる」
仮面の男もまた、この歌に影響を受けているのか少々柔らかい声で話す。
「歌姫の歌が怨霊の心を癒す。次いで第二フェーズは悪魔使い、キミに動いてもらう」
「おれか……?」
「そうだよ。正しくは天音カイトが、ではなく。悪魔使いとして動いてもらいたい」
「それどう違うん?」
はやてが問いかける。
「第一フェーズにおいて、恐らく悪霊たちも少しは頭を冷やしているとおもわれる。あとは、あの怨霊たちが知り、信頼している者と同じ力を持つ存在……"悪魔使い"の言葉で、揺さぶりをかける。そして、キミの持つ、聖なる邪炎で彼等を弔ってもらいたい」
「ベル・イアルの炎でか? なんとなくだけどそんな炎で弔ってほしくないような、そんな気がするんだけど」
「……キミにとってはそうでも、彼等にとってはちがう。受け取り方なんて、それこそひとそれぞれだろ?」
「――あぁ、そうかもな」
顔を伏せ、カイトは思う。
確かに人の考えなんてそれこそ、八百万の神々の数以上にあるのだろう。
フェイトを助けようとしたなのは。
母を助け、愛されたかったフェイト。
家族を求めたはやて。
神の試練に打ち勝ち、人の独立を望んだ翔門会の巫女。
神を憎み、カイトを利用し。アヤを利用し、自身の目的を達成しようとしたナオヤ。
直ぐに思いついたのは彼女たちのことだったけれど、もしかしたらもっと深く考えて、望んで行動したのかもしれない。
立場によっても、環境によっても人は影響され考え方や価値観はがう。
けれどそれはふつうのコトだ。
「よく分からんが、とにかく行動しよう。問題が起きたらそのときに解決すればいいんだ」
そう言い切ったあと、カイトは歩き出す。目的は勿論、防衛システムと戦うためだ。
色々と思う所はあるようだが、はやてたちもまたカイトについていく。どちらにしろ、防衛システムをなんとかするというのは、同意見だったからだ。
そして、その場に残ったのはなのは、フェイト、アリサ、すずか、リンディ、エイミィだ。
心配そうに見つめる皆とは別に、フェイトは一人だけ違うことを考えていた。
カイトをじっと、見ながら。
* * *
「……一つ聞きたいんだけどさ」
転送装置がある場所まで歩いている途中、ヴィータが言った。
休憩中に魔力も回復したのか、傷ついていたバリアジャケットも修復されている。
そして彼女の視線は、カイトに向けられていた。
「お前には色々と聞きたいことがあるけど、それは後にしておいてやる。お前は……はやてが夜天の書の主だから近づいたのか?」
その瞬間、空気が凍った。
比喩ではなく、そう感じるほど空気が痛々しい。
ヴィータはカイトを真っ直ぐに見つめている。敵意さえ感じるほどの目つきではあるが、その実どこか何かにすがるような印象を受ける。
そして、守護騎士たちもまた同じようにカイトを見ている。
はやてはというと、どこか不安そうに同じようにカイトを見ており、ただ一人リインフォースだけ涼し気な表情を浮かべている。
「それはない。俺には闇の書とか」
闇の書。そう言われたとき、リインフォースの眉が少しぴくりと動いた。
「夜天の書とか、リンカーコアとか。そういうのを判別したり、感知したりする能力なんてないよ。はやてと会ったのは、それこそ偶然でしかない」
「……本当か?」
「うん」
「ほんとー……にっ、ほんとーか?」
「うん」
人を殺しそうな気配を漂わせながらの、ヴィータの尋問とも言える行為だが、カイトはそれを受け流しすらすらと答えている。
しばらくそのままカイトを見ていたヴィータだが、視線を外すと、ならいい。と言ってはやての方へと、トテトテと歩いて行く。
見ると、他の守護騎士たちの空気も柔らかくなっており、先程の雰囲気はどこへやらといった感じになっている。
「…………ありがとう」
誰にいうでもなく、リインフォースは少し離れた所で、はやてたちを見ながらそう言っていた。
「そや、カイトくん」
「ん?」
少し離れた所からはやてが声をかける。
「あの歌を聞いて元気になった。って、ほんま?」
「ん、本当だけど?」
「あーそれ、あたしも気になってたんだ。いい歌だとは思うけど、お前たちが言うほどは……ってやつ?」
「……あぁ、なるほどな」
カイトは一人納得する。
「(これもまた、魔導師のデメリットか……)」
アヤの歌は恐らく、魂に呼びかけるもの。
魔導師……正しくは、リンカーコアを持つものには、その歌もまた効果がない。ということなのだろうか?
「カイトくん?」
「いや、なんでもない。まぁ、好きな物は人それぞれってことだろ。少なくとも、俺や月村さんたちはあの歌が好きだ。それだけのこと」
「……む〜?」
納得出来ない。そんな感じで、唸っているはやてを放置する形で、カイトは話を終了させた。
「そろそろ転送装置につくぞ」
「あ、うん」
そんな感じに、話を有耶無耶にする形で。
* * *
転送装置で外へ出ると、確かに防衛システムの周りに漂っていた怨霊たちの勢いが収まっているように感じ取れる。
それでも、怨霊たちの憎悪はとどまることをしらず、荒らしに荒らし尽くしていた。
「大丈夫か、カイト?」
クロノの問いかけに、カイトは頷くことで返答した。
「少し気分が悪いけど、許容範囲内だ。これなら戦えるっ」
と、カッコつけているものの、カイトは空飛ぶクロノに捕まっている状態だ。こうでもしないと、カイト一人だけ落ちていってしまうのだから仕方ない。
「召喚! セイリュウ」
セイリュウを足元に召喚すると、その背にカイトは乗る。龍の上に乗る姿は様になってきている。
「それで、これからどうすればいい? カイトが何かをる間、僕たちも何か行動しておいた方がいいだろ?」
「それなんだが、キミたちには距離をとっておいてもらいたい」
「距離を?」
「あぁ。今の状態で近づくとキミたちには見えない攻撃でやられてしまう可能性がある。まだこの場に居るのが二、三人ならいいが、五人以上ともなると、指示を出すのも一苦労であり、ミスする可能性も高いと言わざるをえない」
この場に居るのは、カイト、はやて、シグナムたち守護騎士、リインフォースにクロノと仮面の男。この内攻撃を見ることが出来るのは、カイトと仮面の男のみだ。
リインフォースに関しては、はやてとユニゾンするため、数から減らすが、それでも五人以上……カイトは作戦上指示を出すのは難しく、仮面の男一人で一先ずは指示を出さなければならない。
これはかなり難しいと言える。
「だからキミたちには、カイトへに攻撃をいかないように気をつけて欲しい。勿論、見える範囲の攻撃で構わない。特に夜天の主と執務官、キミたちの氷結魔法はかなり役立つと見た」
「となると、僕と八神はやてが中心となった方がいいか……」
「はやてでええよ、執務官さん」
「なら僕のことも、クロノと呼んでくれて構わない。あとは……カイト次第か」
まずは十二話。
明日には十三話とエピローグを投稿しますね。
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