魏エンドアフター〜求メル未来〜
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貂蝉に使いを頼んでからというもの。

いろいろと覚悟を決めるのに必死だった。

あんな格好つけたこと言ったりしたけどやはり怖いものは怖い。

未知のものに向かう恐怖、人の命を蝕むものの恐怖、失うかもしれない恐怖。

なにせまだ氣が完全に元通りになっていないことに加え、今までやったことのない使い方をするのだ。

使うということにはそれ相応の対価やリスクが付きまとうのは必然な訳で。

あの黒い渦を氣で押し返そうとした時、俺の氣があれを自分に”引き寄せ”ようとしていた。

最初はこちらまで侵食しようとしているのかと思ったが

感染するような病ではないし、病である以上そんな呪いのように侵食するわけもない。

あれは間違いなく自分で引き寄せようとしたのだろう。

そこで思いついた。

あの黒渦を”半々”にすれば治療の余地があるのではないだろうか。

つまり、半分を俺に引き寄せれば。

華陀を呼んだのはそのためだ。

大体医者でも何でもない、素人も素人な医学に全く知識の無い一般人が人一人を救おうというのだ。

甚だおかしい話だ。

しかも治せるという根拠は何処にもなく、ただそう感じたからというだけ。

最悪の場合、二人とも助からないと言う事もありえる。

フィーリングでこんなことをするのはどうなのかとも思う。

本来なら原因を突き止めて確実に治して行くことが確実なのだが

そんな悠長な事を言っていられる時間はもう無い。

華陀でさえお手上げ状態なのだから、他の治療法というのも絶望的だろう。

それに、何よりも自分は無力だと打ちひしがれている雪蓮を見ているのが辛い。

普段はそんな気配を微塵も感じさせない態度をとってはいるけど、心はもうボロボロなのだ。

それはそうだ。

愛する人が余命幾ばくも無いと宣言され、さらに治療法も無いと言われれば誰でもそうなる。

山のような医学書を読んだところで

治療法が載っていないことは雪蓮も分かっていた筈。

それでも何もせずにはいられなかったのだろう。

それに周瑜さん自身、自分の命を諦めている節があるのも問題だ。

雪蓮からすればふざけるなと言いたくもなるだろう。

……俺が言うのもあれなんだけど。

ちなみにこのことを華琳に話したところ

 

「あらそう。好きになさい」

 

とのこと。

素っ気無いように思えるが目、口調、態度全てにおいて機嫌が悪くなっていた事が伺えた。

周りに居た霞や風達も反対こそしなかったものの素直に賛成はできないようだった。

そしてさらにもう一言

 

「言っておくけど、もしもまた勝手に私のもとから居なくなるようであれば

 どこであろうと必ず探し出して貴方の頸を刎ねてあげるわ」

 

……うん、心配してくれてるんだよね。

いや、それは分かってるんだけど実際本当にやりそうで怖い。

華琳としても周瑜さんの命が関わっている以上拒否することはできないんだろう。

それを分かって華琳に話をしたのだから俺は卑怯だと思う。

それでも何も話さないでいるほうが後々怖い、

怖すぎるのでこうして話したわけなんだけど。

まぁそんな感じでいろいろと心を決めていた。

正直体を動かしていないとやっていられないので只今絶賛鍛錬中。

大体世界が続いてしまったから病気が変わったってどういうことだよ。

それじゃあ周瑜さんが死ぬ事が決められているみたいじゃないか。

……いや、実際そうなのかも。

外史は正史に忠実であろうとするようだから。

だから俺が歴史を曲げたときに世界から離脱させられたのだろう。

だけどもうこの外史は外史であって外史でない。

外史を超越しようとしている世界だ。

運命がどうとかそんなもの、勝手に決められてたまるか。

恐怖心を紛らわすように

理不尽な怒りのようなものをまくし立てながら体を動かす。

人間てのは便利な生き物で、

単純とも言えるが一つの事を一心不乱に行うと恐怖心も薄くなって──

 

一刀「うおおお!?」

 

華琳「ひゃぁ!?な、何よ突然!?びっくりするじゃない!」

 

びっくりしたのはこっちだ!

気配も無くこんな暗闇の中物陰に無言で佇んでるんじゃないよ!

……それにしてもひゃぁって。

ひゃぁって言ったぞ今。

あの華琳が。

 

華琳「……何よ?」

 

取り繕うかのように不機嫌モード。可愛いのう。

 

華琳「気に入らないわ。殴ってもいいかしら」

 

一刀「フィーリングで人を殴るのはどうかと思うよ!」

 

華琳「ふぃー……?また天界の言葉で茶を濁そうとしてるわね」

 

一刀「いや別にそういうわけじゃ……あーびっくりした」

 

こっちの科白よ、と。

 

華琳「で?」

 

…………

 

一刀「え?」

 

何?いやむしろ俺がそのセリフを言うべきだと思うんだけど……

 

華琳「え?じゃないでしょう。貴方の考えは昼間に聞いたわ」

 

あ、あぁその話か。

突然何の事かと思った。

 

華琳「それで?」

 

……え、何。

何を求められてんの俺。

華琳の考えてる事が全く読めない

何を答えていいのかわからずどもっていると──

 

 

ぎゅっ

 

 

突然手を握られる

 

華琳「……やっぱり」

 

はぁ……と、これみよがしに溜め息を吐き何かを納得する

 

一刀「えっと……」

 

華琳「怖いんじゃないの。震えてるわ」

 

一刀「あ……」

 

まぁ……今まで恐怖心を紛らわせるために動いてたようなもんだしなぁ

それにしてもそんな事を心配して来てくれたのだろうか

 

華琳「私は貴方にとって何なのかしら」

 

突然話の方向が変わった気がする

 

華琳「どうなの」

 

一刀「え、いやそりゃもちろん何よりも大切な女の子だけど……」

 

自分で言っててちょっと気障っぽい

 

華琳「そう、なら貴方にとって大切な者である私は、

   貴方にとってそんなにも頼りない存在なのかしら」

 

一刀「え?」

 

華琳「貴方が辛い、怖いと思っているときに

   縋ろうと思いつきもしない程に頼りないのかしら」

 

あれ……何か結構真面目にご立腹の様子。

いや、腹が立ってるというか……苛立ってる感じ。

 

一刀「い、いやいやだってほら!

   華琳ってそういう甘えというか依存というかそういうの嫌いじゃん!」

 

自分にも他人にも厳しい華琳のことだから、

こう言う弱音を吐くとすごくボロクソ言われる気がする

 

華琳「そうね、嫌いだわ。

   それくらいの事、自分で御するべきものだもの」

 

ほらね!

 

華琳「でもね、思うだけよ。

   私がそうするべきだと思っているだけで、

   誰もが同じ強さを持っているわけではないもの」

 

……華琳らしからぬ発言だ

 

華琳「秋欄に頼られれば全力で応えるし、春欄に縋られれば全力で支えるわ」

 

ちょっと面食らって華琳の言葉に反応ができない

 

華琳「当たり前の事よ。私の愛するものが私を必要としているのだから」

 

握られていた手が、気持ち更に強く握られた気がした

 

華琳「それは貴方も同じよ。一刀」

 

真っ直ぐ見つめられる

 

今まで華琳にこんなに真っ直ぐに気持ちをぶつけられた事があるだろうか

 

華琳「後悔しないためにもね」

 

後悔……

 

まるで戦乱が終わったあの夜のように、満月が体を照らす

 

あの夜、華琳は後悔してくれたのだろうか。

……いや、考えるまでも無い

 

一刀「うん」

 

そういうと同時に握られていた手を引き寄せ思い切り抱きしめる

 

心臓と心臓がくっついてしまうんじゃないかというくらいに。

 

首筋に顔を埋め、思い切り抱きしめる

 

一刀「怖い。どうしようもなく怖い。

   逃げ出したいくらい怖い」

 

華琳「小心者、情けないわね」

 

一刀「うん」

 

華琳「自分で言い出した事でしょう。自分の言には責任を持ちなさい」

 

一刀「うん」

 

華琳「男でしょう、しっかりなさい」

 

一刀「うん」

 

 

 

 

 

 

 

華琳「……信じてる。頑張りなさい」

 

一刀「……ああ!」

 

華琳の手が背中に回り、抱きしめ返してくれる

 

恐怖心はまだあるものの、体の震えは治まった。

 

覚悟が決まった、とでも言うのだろうか。

 

情けない話だけど、華琳に抱きしめられるだけで本当に……本当に安心できた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、もの影からコソコソとその場を覗き見る影が三つ

 

霞「ったく……あんなん見せられたらウチらの出番ないやん。

  なぁ?星」

 

星「全くだ。私達の入り込む隙もない」

 

霞「妬けるわー……ちゅーかウチあんな熱烈に抱きしめられた事ないんやけど」

 

風「ふむー、風でもあんな感じにはできませんねー」

 

霞「お、めずらしいやん。

  風が一刀の事でそんなん言うなんて」

 

風「身長が致命的に足りていませんからねー」

 

霞「あ、そっちね」

 

星「うむ……いやしかし」

 

霞「なん?」

 

星「フフッ、いや何、情けないのか男気があるのか。

  真っ直ぐに一生懸命なところが可愛らしいというかなんというか」

 

霞「そんな事言うても自分、一刀にべったりやん」

 

星「当然だ。私は狙った男は逃さん。

  それにああいう所がまたたまらなく愛おしく感じるところでもあるからな」

 

霞「まぁそれはよう分かるけどな、

  ちゅーかあれ今夜絶対閨行くで」

 

星「だろうな」

 

風「生々しい会話ですね〜」

 

宝慧「これが乙女の会話ってやつだぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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翌日、昨夜はお楽しみでしたねとでも言わんばかりの侍女の視線を受けながらも自室に戻る

……る……るる……

 

一刀「ん?」

 

何か聞こえる。

それに段々近づいて──

 

「るるるるアアアアああああああああああああああああ!」

 

ドスゥンッ!と鈍い音が窓の外から響き渡る

 

一刀「うわあああ!?」

 

勢い良く窓が開け放たれる。

ちなみに窓はこちらから外に開くタイプなので向こう側から力を加えればもちろん壊れる。

というか壊れた。

 

貂蝉「ただいま戻ったわよんご主人様♪」

 

一刀「普通に帰って来いよ!窓どうすんだよ!」

 

貂蝉「心配しなくても後で直しておくわ。

   漢女ならこれくらいの修繕はできないとね」

 

どんだけスキルマスターなんだよ漢女。

つーか最初から壊すなよ。

 

貂蝉「まぁそんなことよりも華陀の事だけど、まだもう少し掛かりそうなのよねぇ。

   一応向こうでの用事が済んだらすぐにここに飛んでくるよう卑弥呼に言っておいたけど」

 

報告しながら飛び散った窓の破片を一片残らず拾い、

どこに準備しておいたのか窓の予備を建てつけていく。

 

筋骨隆々な体とその手際の良さは

さながら職人暦数十年の親方と言われても信じてしまうほどの貫禄を感じる。

 

一刀「まぁ仕方ないか。あっちはあっちで大変な時期だしなぁ」

 

華陀は専属の医者でもなければこちらを優先させるなんて権利も無い。

彼にとって患者は皆平等だから。

 

一刀「で、具体的にはどれくらい掛かりそうなの?」

 

貂蝉「そぉねぇ、早くて10日、長くて1ヶ月くらいかしら」

 

一刀「随分幅があるなぁ」

 

まぁ治療してはい終了という訳には行かないから当然か。

治療後の経過観察とかもあるだろうし。

なかなか思うようにはいかない。

ままならないなぁ

周瑜さんの病状だって日を追うごとに悪くなっているのは医者でなくとも目に見えてわかる。

 

貂蝉「まぁ卑弥呼が向こうに滞在しているし華陀の用事さえ終われば文字通り飛んできてくれるわ♪」

 

飛んで来てくれるのはいいんだけど何も壊さないで頂きたい。

 

一刀「んー……」

 

焦っても仕方ないしどうしようもないってのはよくわかってるんだけど……

 

貂蝉「孫策ちゃんも心身ともにボロボロだものねぇ」

 

そう、そうなのだ。

あれから何度か雪蓮と顔を合わせたり話をしたりしている。

表面上はいつもと変わらない雪蓮なのだが……

 

貂蝉「あの子は隠してるつもりなのかもしれないけど、呉の皆は気づいてるわねぇ」

 

貂蝉の言うとり、雪蓮はあっけらかんと振舞っているが今にも押しつぶされそうな事に呉の皆は気づいてる

あんまり放置して精神を磨耗し続けるってのも辛い話だ。

当然俺だって周瑜さんには生きていてほしい。

あの晩からちょくちょく窓越しに会話をしている。

話せば話すほど周瑜さんの人となりが分かるし話題はほとんど雪蓮との思い出話だ。

それを本当に楽しそうに、嬉しそうに話しているから。

生きてほしい。

 

一刀「まぁ何はともあれお使いありがと。ゆっくり休んでよ」

 

貂蝉「いやん私とご主人様の仲じゃなぁい。

   そ・れ・に、私としてはゆっくり休むよりもご主人様と激しくまぐわりた──」

 

一刀「おつかれー」

 

窓を閉めてカーテンを閉める。

なにやら不満そうな声と共に窓越しの影がうねうねしてるが気にしない。

 

難しい事を考えても俺は医者じゃない。

わからないものはわからない。

俺にできるのは──

 

一刀「身代わり、みたいなもんだからなぁ」

 

またしても危機、我ながらアホである。

華琳達に会いたくて戻ってきたのに自分から遠ざかるような事をするのだから。

うぅ……また胃がキリキリしてきた。

でも昨日華琳から勇気をもらったばっかりだ。

弱音を吐くわけにはいかない。

両手で顔を叩き、乾いた音が部屋に響く。

 

一刀「よし、とりあえずは仕事だ」

 

 

 

 

 

 

 

…………

……

 

 

 

 

 

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一刀「それにしても」

 

星「ん?」

 

一刀「なにしてんの?星」

 

夜。

いつものように鍛錬しているとこれもまたいつものように星が顔を出す。

それはいつもの事、なんだけど

 

星「何、とは?」

 

問いに答えつつもこちらに顔は向けず、頁をめくる

 

一刀「いや、それ」

 

本を指差す、が、見ていない

 

星「ふむ」

 

頁をめくる手が止まる

 

星「ほうほう」

 

そして食い入るようにその頁を見る

いや、質問に答えようぜ

ちなみに夜な上に外なので明かりらしい明かりはない。

月明かり程度。

なので俺の居る位置からは中身は確認できない。

 

一刀「星さーん」

 

星「…………」

 

いじめである。

ここでいじめが発生してるでござる。

仕方が無いので星の後ろに回り本を確認する。

 

 

…………

 

 

一刀「……エロ本かよ」

 

星「ん?何か仰ったか?」

 

何をそんなに一生懸命見ているのかと思いきやまさかの艶本、つまりエロ本である。

しかも結構過激な上に超事細かに詳細が書いてある。

 

星「む、乙女の秘密を覗き見るとは。

  一刀、いくら貴方と言えど、無粋というものでは?」

 

一刀「こんな生々しい乙女の秘密は嫌だ」

 

つーか秘密なら部屋なり何なりに篭って見なさい。

隠す気が微塵も見られないぞ

 

星「何を仰るか。これも女を磨くための修行ではありませんか」

 

一刀「修行ねぇ」

 

星「私も一刀に女にしてもらい身体の隅々まで舌や指や”ピー”で蹂躙されたとはいえ

  それで満足していては皆に遅れをとってしまうと思いまして、こうして一刀に飽きて捨てられぬよう──」

 

一刀「やめて!?本当に生々しい上に俺が最低野郎になってる!」

 

星「なので私も一刀と同じように夜の鍛錬を」

 

一刀「人の話を聞いてねぇ上にオヤジギャグかましてる奴のどこが乙女なんだよ……」

 

上手い事言ってやったみたいにドヤ顔してるけど何も上手くないからな

 

星「何を仰る。

  愛する者に喜んでもらおうと恥らいながらも

  房中術に磨きをかけようと必死に勉強している様はまさに健気な乙女ではありませんか」

 

どこに恥じらいがあったのかと完全に好奇心からだろってのと

そういう努力は影でするべきものじゃないのかと思う。

あと健気って自分で言うな。

……いや、愛するってのは嬉しいけども。

 

星「それに昨晩華琳殿も言っていたではありませんか、後悔しないようにと」

 

一刀「見てたのかよ!恥ずかしいわ!」

 

星「いやしかし大変勉強になった。

  私がいかに未熟者であるかを認識させられた」

 

スルーである。

しかも凄い充実感溢れる爽やかな顔になってる

 

星「これでまた一つ私は強くなった」

 

かっこいい事言ってるけどエロ本読んだだけだからな。

 

 

「星ちゃんこんな所に居ましたか。探しましたよー」

 

新たな訪問者である。

 

星「おぉ、すまんな風。

  もう読み終えたから渡しにいこうと思っていたところだ」

 

風「そうですか、なら部屋で待っていればよかったですねー」

 

事も無げにエロ本を手渡す星とそれを受け取る風。

……君らには恥じらいってもんがねーのか。

 

風「おやお兄さんじゃないですか。

  …………」

 

一刀「…………」

 

考えてるんだか考えてないんだか分からない表情で俺と星と手元の艶本を見る

 

風「……さすがですね」

 

一刀「何が!?」

 

いきなり納得した上にそんな目で見ないでくれ!

 

風「どうせお兄さんのことだから星ちゃんと一緒に艶本を見ているという状況を

  鼻息荒くして楽しんでいたんじゃないんですか」

 

一刀「言い掛かりもそこまで行くといっそ清々しいわ!」

 

風「新たな性癖に目覚めましたか」

 

一刀「別に快感を得た訳じゃないよ!」

 

星「しかし全く違うというわけでもありませんな、

  むしろ違うところがないのでは?

  私が恥ずかしいからやめてと言うのに一刀が強引に──」

 

一刀「どんだけ捏造だよ。御使い様びっくりだよ」

 

むしろ目の前で堂々とほうほうとか言いながら見てたじゃねーか

 

風「あーやっぱりですか。

  もうお兄さんの変態嗜好はどうしようもない域にありますねー」

 

一刀「俺の名誉を助けてやってくれ!」

 

本人の目の前で株が暴落していく……割といつもの事だけど。

 

一刀「というか風もそんな本見るのか」

 

風「さてさて、そんな変態なお兄さんのために風も勉強してくるとしましょう。

  ではでは〜」

 

人の名誉を落とすだけ落として帰っていく風。

 

 

救済措置の無さに地面に手をつく

一刀「くそ……!

   こんな目に合ってるのに俺のために勉強とか言われてワクワクしてる自分が許せない……!」

 

風「さすがですねー」

 

一刀「まだいたのかよ!」

 

角からひょっこり顔を出して止めを刺し、今度こそ去っていく。

 

星「一刀」

 

一刀「何」

 

星「さすがですな」

 

一刀「…………」

 

もう好きにしてくれ。

 

一刀「というかそもそもよくあんな本持ってたね」

 

あんなエグい内容の本を。

 

星「ん?いやあれは私のでは無く無理を言って借りたものです」

 

一刀「誰から?」

 

星「我が蜀軍の頭脳から」

 

一刀「…………」

 

 

 

 

 

 

 

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それから数日間、いつものように昼は政務、夜は鍛錬、そしてその合間に周瑜さんと会話という日々を過ごした。

例の本で手に入れた知識を披露するとかで星にお見舞いされたという一点を除いて。

……ありがとうございました!

 

一刀「いやいやいや」

 

煩悩退散!

 

今は鍛錬中だ。

邪な考えは捨てねば。

 

 

 

 

 

 

しばらく鍛錬に集中していると物音が聞こえる。

…………?

どこからの音なのかと音のする場所を探そうと周りに意識を集中すると、

どうやら二階の部屋からの音のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

──周瑜さんの部屋だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一気に鳥肌と共に冷や汗が背中を伝う。

一瞬体が硬直するもすぐにその部屋へと走り出す。

夜中だが脇目も振らずに城内を走り目的の部屋へとたどり着く。

 

一刀「周瑜さん!!」

 

勢いよく扉を開け、視界に飛び込んできたものは

寝台から転げ落ち咳き込む周瑜さん。

そして夜目にもわかる──真赤に染まった寝台。

 

一刀「周瑜さん!!」

 

慌てて駆け寄りうずくまる周瑜さんの肩を抱きかかえる。

 

冥琳「ハァ、ハァ……!ゲホッ!!ゲホ!!」

 

びちゃっと嫌な音と共に腕に生暖かさを感じる。

 

一刀「……!!!」

 

生暖かさを感じた場所は赤黒く染まり、服の内側へ浸透する程。

この前の発作の比ではない。

 

一刀「クソ!クソッ!!誰かッ!!

   誰か来てくれ!!誰か!!」

 

助けを呼びながらもやはり見える黒い渦を押し止めていく。

しかしもう黒渦はその密度が高すぎるのか渦ではなく塊のようになっていた。

 

一刀「なんだよこれッ……!」

 

圧倒的な恐怖を煽るその塊に驚愕する。

不安や恐怖なんてレベルではない。

そしてやはり華陀は間に合わなかったのだ。

そうしている内に複数の足音が近づいてくる。

 

雪蓮「冥琳ッ!!」

 

勢い良く開けられた扉と同時に飛び込んでくる

雪蓮に続いて近くの部屋を使っていた孫権さん、甘寧さん、侍女数名も飛び込んでくる

周瑜さんの身体を抱きかかえ、懸命に呼びかける

 

蓮華「め、冥琳……」

 

思春「蓮華様!しっかりしてください蓮華様!!

   くっ……!おい北郷!私は医者の手配をする!!

   この場はお前に任せるぞ!」

 

一刀「任せるったって……!」

 

半狂乱のような状態の雪蓮、顔面蒼白で今にも倒れそうな孫権さん

 

どうしろってんだよ……!

 

何より今目の前にあるこの”黒い塊”への恐怖が思考を混乱させる

 

「しっかりなさい!!!」

 

突然の叱咤に驚き振り返る

 

華琳「孫呉の王がそんな情けない事でどうする!!

   今目の前で起きている事を把握して行動しなさい!!

   お前の大切な家臣だろうッ!!」

 

いつの間にか来ていた華琳が呆然としている孫権さんを怒鳴りつける。

その叱咤が効いたのか、慌てて状況を理解する

華琳が侍女に指示を出し、孫権さんもそれに続いていく。

華琳のおかげでこちらもある程度冷静になれた。

 

華琳「外傷ではないから効果はあまり望めないでしょうね……ッ」

 

指示を出した本人もその処置の効果が薄い事はわかっていた

 

一刀「雪蓮、とりあえず周瑜さんを呼吸が楽な体勢にするから手伝ってくれ」

 

咳をして吐血をしていると言う事は呼吸器官もやられている可能性がある。

 

一刀「華琳、俺が”これ”を抑えておくから周瑜さんを頼む」

 

侍女の用意した代わりの布団に寝かせ、呼吸経路を確保する

この時代に酸素吸入器なんてない。

素人の人間ができるのなんてせいぜいこれが限界だった。

出来る事が無くなると焦燥ばかりが膨らんでいく。

くそッ……!医者はまだかよ……!

思わず拳を握り締める。

 

華琳「落ち着きなさい一刀、焦っても状況が好転するわけではないわ」

 

一刀「わかってるッ……!」

 

もう咳き込む事すらしなくなってしまった彼女の事を、見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冥琳「……雪蓮」

 

わずかな風の音でもかき消されてしまいそうなほどに

か細い声が私を呼び、ゆっくりと震える手を伸ばす。

 

雪蓮「冥琳……!」

 

顔を近づけないと聞き逃してしまいそうなほどに小さな声。

自分に向けられた手を両手でぎゅっと握りしめる。

握った彼女の手は驚くほどか弱く、握り返す力もほんの僅かしか感じられない。

 

冥琳「……なんて顔をしてるの。

   戦乱を生き抜いてきた孫呉の王とは思えないわよ」

 

なげかけられた言葉に、泣き笑いのような表情になってしまう。

 

雪蓮「アハハ、もう……孫呉の王は蓮華だもの」

 

握り締めたままの手に顔を寄せ涙を拭う。

 

冥琳「そう……そうね。

   ……貴女の涙なんて、いつ以来かしら。

   もう、見ることは無いと思っていたけど」

 

ゆっくりと、今までの軌跡を思い出すように。

優しい視線が雪蓮に向けられる。

 

雪蓮「そんなの……覚えてない」

 

冥琳「貴女の人間らしい所が見れて、よかったわ」

 

雪蓮「ひどぉい、なにそれ」

 

とりとめのない会話。

それだけのはずなのに雪蓮の目からは大粒の涙が溢れる。

 

雪蓮「いつも……グスッ、アハハ。

   自由にお酒呑んだり……遊びまわって、十分人間らしいじゃない」

 

冥琳「ふふ、確かにな。

   ……それで迷惑を掛けられるこちらの身にもなってほしいものよ」

 

その光景を思い出してか、目を閉じて少し笑う。

 

雪蓮「それで怒られても、最後には笑って許してくれるし……甘えちゃうのよ……冥琳優しいから」

 

とめどなく溢れる涙を握られた手で何度も拭う。

 

冥琳「……甘えられるのは……確かに、……悪くなかったわ」

 

言葉が途切れ途切れになる。

 

冥琳「……いいえ……嬉しかった……」

 

雪蓮「うぅ……ぅ……ぅぅ……」

 

言葉が出ない。

一生懸命涙を堪えるがそれに意味はなく、ぼろぼろと涙が頬を伝う。

 

冥琳「こら。

   ……将が涙を見せてはダメよ。

   乱世に乗り出したとき……己や仲間の死は覚悟したでしょう」

 

雪蓮「ぅ、ぅぅ……ばか……」

 

ぎゅっ

 

雪蓮「もう乱世は終わったの……これから、皆で平和を築いて……貴女と手を取り合って……ッ」

 

抑えていた気持ちが溢れ出す。

 

雪蓮「お婆ちゃんになっても……二人並んで……ッ……

   築いた平和を眺めて……!」

 

冥琳「……とても……暖かい未来ね……」

 

雪蓮「こんな……!こんな時に……ッ

   貴女を失う覚悟なんてあるわけないじゃない……ッ!」

 

繋いだ手に額を押し付け、慟哭する。

 

冥琳「……ありがとう、雪蓮……ごめんね」

 

握られていたかすかな力が無くなっていく。

 

雪蓮「冥琳!……冥琳ッ!!」

 

冥琳「ずっと……貴女を……愛、し……」

 

雪蓮「冥琳ッ!!!」

 

途切れた言葉が、続く事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一刀「ごめん、華琳」

 

目の前の雪蓮達を見て、俺は頭に血が上っていたのかもしれない。

 

華琳「……何?」

 

一刀「予定変更だ。

   これから俺は馬鹿だと、愚かだと言われる事をする」

 

華陀が間に合わなかったのなら──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が全部引き受けてやる

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