ISとエンジェロイド |
第八話 貴公子の正体と暴虐
「じゃあ、改めて宜しく、シャルル」
「うん。宜しく、航。ところで彼女達は誰?」
夕食を終えたシャルルが部屋に戻って来てすぐに聞いてきた。
「彼女達は人間ではないが俺の家族だ。落ち着いているのがイカロス。小柄で羽が透明なのがニンフ。普段から元気なのがアストレア。問題を起こさなければ、基本的に自由にさせているから、困った事があれば彼女達に聞いたらいい」
「うん、わかった」
今は食後の休憩にイカロスが注いでくれた麦茶を飲んでいる。
「紅茶とは随分違うんだね。不思議な感じ。でも美味しいよ」
「気に入ってもらえて何より。話は変わるけど、シャワーの順番はどうする?」
「あ、僕が最後でいいよ。航達が先に使って」
「そうか。だが、遠慮はしなくていいから」
「うん、有難う。……そういえば一夏はいつも放課後にISの特訓しているって聞いたけど、そうなの?」
「ああ、一夏は他の皆より遅れているから、地道に訓練時間を重ねるしかないからな」
今日はシャルルの引越しがあったので、放課後の特訓は俺とニンフだけ休みにした。その分、いつもより軽い訓練だっただろう。
「僕も加わっていいかな? 何かお礼がしたいし、専用機もあるから少しくらいは役に立てると思うんだ」
「別に構わない。宜しく頼む」
「うん。任せて」
こうして一夏を鍛える? メンバーが新たに加わった。
転入生がきてから五日後の土曜日。IS学園では土曜日の午前は理論学習、午後は完全に自由時間になっており、アリーナが全開放されている為、殆どの生徒が実習に使っている。
「ええとね、一夏がオルコットさんや凰さんに勝てないのは、単純に射撃武器の特性を把握していないからだよ」
「どうせ解ったつもりでいたから勝てないんだよ」
「ぐっ……そうだよ、解ったつもりだったよ」
「うーん、知識として知っているだけって感じかな。さっき僕と戦った時も殆ど間合いを詰められなかったよね?」
「うっ……、確かに。『瞬時加速』も読まれてたしな……」
「一夏のISは近接格闘のみだから、より深く射撃武器の特性を把握しないと対戦じゃ勝てないよ。特に一夏の瞬時加速って直線的だから反応できなくても軌道予測で攻撃できちゃうからね」
「直線的か……うーん」
「一夏、瞬時加速中に軌道を変えようと思うなよ。最悪骨折するからな」
「……なるほど」
シャルルの説明は分かりやすいから、一夏が話のたびに頷いている。箒、鈴、セシリアの説明によると、
『こう、図ばーっとやってから、がきんっ! どかんっ! という感じだ』
『なんとなくわかるでしょ? 感覚よ感覚。……はあ? なんでわかんないのよバカ』
『防御の時は右半身を斜め上前方へ五度傾けて、回避の時は後方へ二十度反転ですわ』
これを聞いたとき、俺でも全く解らなかった。
「ふん。私のアドバイスをちゃんと聞かないからだ」
「あんなにわかりやすく教えてやったのに、なによ」
「わたくしの理路整然とした説明の何が不満だというのかしら」
「お前等はあとで((特訓|フルボッコ))な。逃げるなよ」
死刑宣告でも受けたのか、箒、鈴、セシリアの顔は真っ青になっている。
「ところで一夏の『白式』って後付武装がないんだよね?」
「ああ。何回か調べてもらったんだけど、拡張領域が空いてないらしい。だから量子変換は無理だって言われた」
「原因はワンオフ・アビリティーにあるんじゃないのか?」
「ワンオフ・アビリティーっていうと……えーと、なんだっけ?」
「言葉通り、唯一仕様の特殊才能だよ。各ISが操縦者と最高状態の相性になったときに自然発生する能力のこと」
「まあ、普通は第二形態から発現するのだがそれは極少数しかおらず、俺と一夏のISが特殊なんだよ」
「ふーん。……って、航のISにもワンオフがあったのかよ」
「五日前の模擬戦で俺のISが赤く光ってただろ?」
「確かに赤く光ってたね」
シャルルは覚えていたか。
「あれが俺のワンオフの『TRANS-AM』で、一夏の『零落白夜』とは別の意味で両刃の剣だ」
「どうして航さんのワンオフが両刃の剣ですの?」
「それはスペックを通常の約三倍にするけど、限界時間を超えると暫くスペックが極端に低下するから」
「そうなんだ。じゃあそろそろ、射撃武器の練習をしてみようか。はい、これ」
そう言ってシャルルがさっきまで使っていた《ヴェント》を渡した。
「え? 他の奴の装備って使えないんじゃないのか?」
「普通はね。でも所有者が使用許諾すれば、登録してある人全員が使えるんだよ。――うん、今一夏と白式に使用許諾を発行したから、試しに撃ってみて」
「おう。じゃあ、行くぞ」
「うん。とりあえず撃つだけでもだいぶ違うと思うから」
一夏が一度深呼吸をして、引き金を引いた。
バンッ!!
「うおっ!?」
「どう?」
「お、おう。なんか、アレだな。とりあえず『速い』っていう感想だ」
「それはそうだろ。弾丸が小さい程より速いんだから。じゃあ、次はコレね」
一夏にGNスナイパーライフルを渡す。
「コレは?」
「俺が使っているビーム兵器だ。恐らく実弾兵器よりも反動がないと思うから、撃ってみて」
一夏を促して、引き金を引かせた。
「うわっ、さっきよりも反動がなくて撃った感じがしないな。それにこっちの方が速いし」
「これで射撃武器の特徴が解っただろう? 軌道予測さえわかれば簡単に命中させられるし、外れても牽制になる」
「だから、簡単に間合いが開くし、続けて攻撃されるのか……」
「うん」
俺とシャルルが分かりやすく説明したので、きちんと理解できたのであろう。
一夏に貸していたGNスナイパーライフルを返してもらう。
「ねえ、ちょっとアレ……」
「嘘っ、ドイツの第三世代型だ」
「まだ本国でも試験段階って聞いてたけど……」
「………………」
視線を移すとそこにはボーデヴィッヒが居た。
「おい」
「……なんだよ」
一夏が嫌々返事をするなか、言葉を続けながらボーデヴィッヒが飛翔してきた。
「貴様も専用機持ちだそうだな。ならば話が早い。私と戦え」
「嫌だ。理由がねえよ」
「貴様にはなくても私にはある」
ボーデヴィッヒが転入してきた日に、イカロスとニンフに頼んで調べてもらったところ少なからず因縁があるみたいだ。
第二回IS世界大会『モンド・グロッソ』の決勝戦の日。一夏が何者かに誘拐され、情報提供したのがドイツ軍だった。情報を提供する見返りにドイツ軍IS舞台で教官をしていた。
恐らく当時の教え子で経歴に泥を塗った一夏が憎いのであろう。
「貴様がいなければ教官が大会二連覇の偉業をなしえただろうことは容易に想像できる。だから、私は貴様を――貴様の存在を認めない」
一夏を攫った何者かは、織斑先生に最も親しかった人を襲ったのだから、誰でも良かったのかもしれない。
「また今度な」
「ふん。ならば――戦わざるを得ないようにしてやる!」
漆黒のISを戦闘状態へシフトさせたボーデヴィッヒは、左肩に装備された大型の実弾砲が火を噴いた。
「イカロス、アストレア」
『はい、マスター』
俺はGNビームピストルでビームを撃って実弾を撃ち落とす。イカロスとアストレアに目で合図して、一夏の側にアストレアが付き、イカロスは((超々高熱体圧縮対艦砲|ヘパイストス))を構える。
「さぁ、ここからどうする?」
シャルルも《ガルム》を展開してボーデヴィッヒに向けている。
「くっ……」
対するボーデヴィッヒは、三方向から狙われており行動を起こせないでいた。
『そこの生徒! 何をやっている! 学年とクラス、出席番号を言え!』
突然アリーナにスピーカーからの声が響いた。
「命拾いしたな」
「……ふん。今日のところは引こう」
横槍を二度も入れられて興が削がれたのか、ボーデヴィッヒは戦闘態勢を解除してアリーナゲートへと去って行った。
「一夏、無事か?」
「あ、ああ。助かった」
「邪魔が入ったから一夏の特訓はもういいとして、そこの三人。覚悟はいいな?」
『は、はいっ!』
箒、セシリア、鈴が返事をする。
特訓と言う名の一方的な攻撃が行われ、アリーナから悲鳴が聞こえたとか聞こえてないとか。真相は同じアリーナに居た者にしか知らない。
「はぁー、疲れたー」
三対三の特訓を終え、自分の寮部屋に戻ってきた。
「ただいま。あれ? シャルルは?」
「おかえり。シャルルならシャワーを浴びてるわよ」
テレビを見ながら、ニンフが答えてくれた。
「イカロス。悪いけどクローゼットからボディーソープを出して、脱衣所に持っていってくれないか?」
「わかりました」
俺がお願いしたらその通りにイカロスが動いてくれる為、正直ありがたい。
ガチャ。
「あっ」
「……?」
ベッドで寛いでいたら、洗面所からシャルルの声が聞こえた。
「マスター、シャルルさんは女性でした」
「そうか……」
シャルルが女か。これで疑問に思っていたことが確信に変わった。
「あ、上がったよ……」
「ん? ああ」
イカロスにバレて、シャルルは観念して洗面所から出てきた。
「なぜ男のフリをしていたのか検討がついている」
「そう……なんだ……」
イカロスとニンフに暇な時ボーデヴィッヒの件とついでにデュノア社について調べてもらったので、予想がついている。
「大方デュノア社が経営危機に陥り、注目を浴びる為の広告塔と俺や一夏の機体のデータを盗んで来い、とでも言われたんだろう」
「凄いね。そこまでわかっているんだ」
「イカロスとニンフの手に掛かればこのくらい簡単だ」
「航達にばれちゃったし、きっと僕は本国に呼び戻されるだろうね。デュノア社は、まあ……潰れるか他企業の傘下に入るか、どのみち今までのようにはいかないだろうけど、僕にはどうでもいいことかな」
「そうか。少し俺達について話してやる」
「え?」
突然変なこと言われたら驚くか。
「俺達はこの世界の住人ではない。なのでこの世界に俺の血縁者は存在しないんだ」
「確かに不思議な点はいくつかあったね」
「そうだろうな。イカロス達が居てくれるから助かってる。それより、シャルルはこれからどうするんだ?」
「どうって……時間の問題じゃないかな。フランス政府もことの真相を知ったら黙ってないだろうし、僕は代表候補生を降ろされて、よくて牢屋とかじゃないかな」
覚えたことを思い浮かべていき、一つ思い当たる事項があった。
「ふむ……。確か特記事項第二一により、この学園に居ることで最低三年間は安全だろう」
「航、よく覚えられたね。特記事項って五十五個もあるのに」
「イカロスが分かりやすく教えてくれたからね」
「そうなんだ」
「これからのことを決めるのはシャルルなんだから、ゆっくり考えてみてくれ」
「うん。そうするよ」
普段通りのシャルルに戻って何よりだ。
「今から夕飯を作るけど何がいい?」
「うーん。すぐに思いつかないから航が決めて」
「じゃあ、これで作るか」
パスタを六人前、ベーコンを二枚、卵を五個取り出した。
「イカロスはパスタを茹でてくれ。固さはアルデンテで頼む」
「了解しました」
イカロスは鍋に水を入れて沸騰するまで待っている。俺はベーコンを1p幅に切る。
沸騰したら塩を少し入れるように指示を出し、次に冷蔵庫から牛乳、卵、粉チーズをボウルに入れてソースを作る。
フライパンにオリーブ油を引き、黒胡椒とベーコンを入れて炒める。それから、ゆで汁をきったパスタとソースを加えてとろみがつくまで混ぜる。
数分後、カルボナーラが完成した。その後、風呂に入っていつもより早く就寝した。
「そ、それは本当ですの!?」
「う、嘘吐いてないでしょうね!?」
月曜の朝、教室に向かっていた俺達は廊下にまで聞こえる声に目を瞬かせた。
「なんだ?」
「さあ?」
「噂話でもしてるんじゃないか?」
隣にいるのは一夏と男装しているシャルルだ。
「本当だってば! この噂、学園中で持ちきりなのよ? 月末の学年別トーナメントで優勝したら織斑君か山下君と交際でき――」
「俺等がどうしたって?」
『きゃああっ!』
一夏がクラスに入って普通に声をかけたら、悲鳴が返ってきた。
「で、何の話だったんだ? 俺等の名前が出ていたみたいだけど」
「う、うん? そうだっけ?」
「さ、さあ、どうだったかしら?」
「ふーん。じゃあ話してた内容をもう一度言っていい?」
『結構です!』
セシリアと鈴をからかったら大声で返された。
「じゃ、じゃああたし自分のクラスに戻るから!」
「そ、そうですわね! わたくしも自分の席に着きませんと」
どこかしら余所余所しい様子で二人はその場を離れていく。その流れに乗ってなのか、何人か集まっていたほかの女子達も同じように自分のクラス・席へと戻っていった。
「……なんなんだ?」
「さあ……?」
「知らん」
「一夏、今日も放課後特訓するよね?」
「ああ、勿論だ。今日使えるのは、ええと――」
「第三アリーナだ」
『わあっ!?』
廊下で一夏とシャルルと並んで、後ろにエンジェロイドの三人で歩いていたのだが、箒が突然声を掛けたので一夏とシャルルが揃って声を上げた。
「……そんなに驚く程のことか。失礼だぞ」
「お、おう。すまん」
「ごめんなさい。いきなりのことで吃驚しちゃって」
「あ、いや、別に責めている訳であないが……」
折り目正しく頭を下げるシャルルに、さすがの箒も気勢を削がれたようだ。
「兎も角、だ。第三アリーナへと向かうぞ。今日は使用人数が少ないと聞いている。空間が空いていれば模擬戦も出来るだろう」
俺達がアリーナに向かっていると、そこに近付くにつれてなにやら慌ただしい雰囲気が伝わってくる。さっきから廊下を走っている生徒も多い。どうやら騒ぎは第三アリーナで起こっているようだ。
「なんだ?」
「何かあったのかな? こっちで先に様子を見ていく?」
そう言ってシャルルは観客席へのゲートを指す。
「それなら俺達は直接向かわせてもらう」
「わかった。そっちは任せる」
一夏とシャルル、箒と別れてイカロス達に戦闘状態になってもらい、イカロスとアストレアに手を?いで引っ張ってもらう。
ドゴォンッ!
アリーナに着いた時には、セシリアと鈴のISがかなり傷ついていた。対するボーデヴィッヒのISはかなり軽微な損傷だった。
「イカロス、セシリアと鈴に((絶対防御圏|イージス))を展開しろ。ニンフは二人のところに。アストレアは一撃離脱戦法だ」
『はい、マスター』
(起動、GUNDAM。モード、ヴァーチェ)
背部にあるGNキャノンをボーデヴィッヒに向けてビームを撃ち牽制する。セシリアと鈴をボーデヴィッヒから引き離した直後、イカロスが二人にイージスを発動した。
「ええい、鬱陶しい」
アストレアがボーデヴィッヒに近付いたり、離れたりしているのでボーデヴィッヒの攻撃が中らない。その隙に俺はGN粒子をチャージする。
「退け、アストレア。……圧縮粒子、開放。GNバズーカ・バーストモード」
胸部にあるGNコンデンサーに直結、砲口を展開して極太のビームを撃つ。
「くっ……!」
咄嗟に避けるか。あっ、アリーナのバリアーを貫通した。それでもシールドエネルギーの大半を奪ったから良しとする。
GN粒子の残量を確認。徐々に回復しているが、GNフィールドを展開出来るだけ残ってないか。GNバズーカを投擲して両膝からGNビームサーベルを取り出して接近する。
「はあああぁぁぁ!」
投擲したGNバズーカを避けたボーデヴィッヒと斬りあっていたら、一夏がボーデヴィッヒに斬りかかっていた。
「航、大丈夫?」
「ん? 見ての通り平気だ」
いつの間にかシャルルもこちらに来ていた。
五人の中に静寂が訪れ、それを破ったのはボーデヴィッヒだった。
「行くぞ……!」
「来い」
ボーデヴィッヒが飛び出そうとしたその瞬間、俺達の間に影が割り入ってきた。
ガキンッ!
「……やれやれ、これだからガキの相手は疲れる」
「千冬姉!?」
「模擬戦をやるのは構わん。――が、アリーナのバリアーまで破壊する事態になられては教師として黙認しかねる。この戦いの決着は学年別トーナメントでつけてもらおうか」
「教官がそう仰るなら」
素直に頷いて、ボーデヴィッヒはISの装着を解除した。
「織斑、デュノア、山下。お前達もそれでいいな?」
「あ、ああ……」
どうやら一夏はまだ惚けていて、素で答えていた。
「教師には『はい』と答えろ。馬鹿者」
「は、はい!」
「僕もそれで構いません」
「同じく」
織斑先生はアリーナ内全ての生徒に向けて言った。
「では、学年別トーナメントまで私闘を一切禁止する。解散!」
パンッ!
織斑先生が手を叩き、それはまるで銃声のように響いた。
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