ISとエンジェロイド |
第九話 激突! 学年別トーナメント
「………………」
「………………」
場所は保健室で、時間は第三アリーナの一件から一時間が経過している。
「別に助けてくれなくてよかったのに」
「あのまま続けていれば勝っていましたわ」
「お前等なあ……。はぁ、でもまあ、怪我が大したことなくて安心したぜ」
「こんなの怪我の内に入らな――いたたたっ!」
「そもそもこうやって横になっていること自体無意味――つううっ!」
……。無理して何になるんだ。
「バカってなによバカって! バカ!」
「一夏さんこそ大バカですわ!」
一夏が酷い反撃を受けた。口に出してなかったのに……。
「好きな人に格好悪いところを見られたから、恥ずかしいんだよ」
「ん?」
シャルルが飲み物を買って戻ってきた。部屋に入る時余計なことを言ってたが、一夏は聞き取れずに鈴とセシリアはしっかり耳にしたようで、顔を真っ赤にして怒り始めた。
「なななな何を言ってるのか、全っ然っわかんないわね! こここここれだから欧州人って困るのよねえっ!」
「べべっ、別にわたくしはっ! そ、そういう邪推をされると些か気分を害しますわねっ!」
「お前等動揺しすぎだ」
二人共捲し立てながら更に顔が赤くなっている。
「はい、ウーロン茶と紅茶。取り敢えず飲んで落ち着いて、ね?」
「ふ、ふんっ!」
「不本意ですが頂きましょうっ!」
鈴とセシリアは渡された飲み物をひったくるように受け取って、ペットボトルの口を開けるなりごくごくと飲み干す。
「ま、先生も落ち着いたら帰っていいって言ってるし、暫く休んだら――」
ドドドドドドドッ……!
「な、なんだ? 何の音だ?」
ドカーン!
一夏が呟いた途端、保健室のドアが吹き飛んだ。
「織斑君!」
「デュノア君!」
「山下君!」
数十名の女子生徒が雪崩れ込んできた。
「な、な、なんだなんだ!?」
「ど、どうしたの、皆……ちょ、ちょっと落ち着いて」
『これ!』
状況が飲み込めない俺達に、女子生徒一同が学内の緊急告知文が書かれた申込書を出してきた。
「な、なになに……?」
「『今月開催する学年別トーナメントでは、より実践的な模擬戦闘を行う為、二人組での参加を必須とする。なお、ペアが出来なかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする。締め切りは』――」
「ああ、そこまででいいから! とにかくっ!」
そして一斉に伸びてくる手。
「私と組もう、織斑君!」
「私と組んで、デュノア君!」
「私と組みましょう、山下君!」
押しかけてきたのは全員一年生の女子だ。学園内で三人しかいない男子ととにかく組もうと、先手必勝とばかりに勇み迫ってきているのだろう。
「悪い。俺はシャルルと組むから」
「まあ、そういうことなら……」
「他の女子と組まれるよりはいいし……」
「まだ織斑君が居るし……」
一夏の方に女子が集まってきた。目で何かを訴えているから助け舟を出してやるか。
「一夏、確か箒と組む約束してたんじゃなかったのか?」
「あ、ああ。箒と組む約束してたこと忘れてた」
「えー、先客がいたんだー」
取り敢えず納得してくれたみたいで、女子達は各々が仕方ないかと口にしながら、保健室を去っていった。
『ふう……』
「あ、あの、航――」
「一夏っ!」
「航さんっ」
俺と一夏が安堵の溜息を吐きシャルルが声を掛けようよしたら、セシリアと鈴がベットから飛び出してきた。
「あ、あたしと組みなさいよ! 幼馴染でしょうが!」
「クラスメイトとしてここはわたくしと!」
今度はこっちを説得しないといけないか。
「駄目ですよ」
いきなり声をかけられて保健室に居た全員が驚いた。
「お二人のISの状態をさっき確認しましたけど、ダメージレベルがCを超えています。当分は修復に専念しないと、後々重大な欠陥を生じさせますよ。ISを休ませる意味でも、トーナメント参加は許可できません」
「うっ、ぐっ……!わ、わかりました……」
「不本意ですが……非常に、非常にっ! 不本意ですが! トーナメント参加は辞退します……」
山田先生による説得を素直に受け入れた二人。
「わかってくれて先生嬉しいです。ISに無理をさせるとそのツケはいつか自分が支払うことになりますからね。肝心なところでチャンスを失うのは、とても残念なことです。貴女達にはそうなってほしくありません」
「はい……」
「わかっていますわ……」
山田先生の真面目な口調に諭されて、二人共納得はしていないようだが、トーナメントに参加出来ないことは理解しているようだ。
「しかし、何だってラウラとバトルすることになったんだ?」
「え、いや、それは……」
「ま、まあ、なんと言いますか……女のプライドを侮辱されたから、ですわね」
「? ふうん?」
山田先生が立ち去った後で一夏が疑問に思っていたことを訊いていた。
「ああ。もしかして一夏と航のことを――」
「あああっ! デュノアは一言多いわねえ!」
「そ、そうですわ! 全くです! おほほほほ!」
「お前等慌てすぎだ。その様子だと――」
「あああっ! あんたも一言多いわねえ!」
何か閃いたシャルルをセシリアが、俺もシャルルが言いかけたことを言おうとしたら鈴に取り押さえられた。
「こらこら、やめろって。シャルルと航が困ってるだろうが。それにさっきから怪我人のくせに体を動かしすぎだぞ。ホレ」
ちょっと一回冷静になれよ、とでも思ったのか一夏が鈴とセシリアの肩を突いた。
『ぴぐっ!』
案の定痛みが走ったみたいだ。二人共可笑しな言葉且つ甲高い声を上げて、その場で凍り付いた。
『……………』
「あ……すまん。そんなに痛いとは思わなかった。悪い」
二人の沈黙具合と恨みがましい目を見れば、それがどれくらいの痛みだったか大凡その程度が伝わってくる。
「い、い、いちかぁ……あんたねぇ……」
「あ、あと、で……覚えてらっしゃい……」
「一夏、この視線を受けたくなかったらさっさと箒のところへ行って組んでもらえ」
「あ、ああ。そうする」
一夏が逃げるように保健室から立ち去った。この二人が元気になったら骨だけは……気が向いたら拾ってやろう。
「あ、あのね、航っ」
「ん、なんだ?」
部屋で夕食を取ったあと、シャルルが口を開いた。
「あの、遅くなっちゃったけど……助けてくれてありがとう」
「そこまで気にする必要はない。事情を知ってるのは俺とイカロス達だけだからな」
そこまで特別なことはしてないんだが、シャルルにとっては違うみたいだ。
その後、イカロス達にジャンケンの勝利者に添い寝していいと伝えて先に眠りに着いた。
六月も最終週に入り、IS学園は月曜から学年別トーナメント一色に変わる。その慌ただしさは、第一回戦が始まる直前まで、全生徒が雑務や会場の整理、来賓の誘導を行っていた。
それらから開放された生徒達は急いで各アリーナの更衣室へと走る。
「しかし、凄いなこりゃ……」
更衣室のモニターから観客席の様子を見る。そこには各国政府関係者、研究所員、企業エージェント、その他諸々の顔ぶれが一堂に会していた。
「三年にはスカウト、二年には一年間の成果の確認にそれぞれ人が来ているからね。一年には今のところ関係ないみたいだけど、それでもトーナメント上位入賞者には早速チェックが入ると思うよ」
「ふーん、ご苦労なことだ」
あんまり興味がなさそうな返事をする一夏。
「一夏はボーデヴィッヒさんとの対戦だけが気になるみたいだね」
「まあ、な」
「専用機持ちが自分の力を試せないのは、結構苦痛になる」
「感情的にならないでね。彼女は、恐らく一年の中では航の次に強いと思う」
「ああ、わかってる」
本当にわかっているんだろうか。感情的になりやすいからなあ、一夏は。
「そろそろ対戦表が決まるはずだよね」
前日に決まるはずだったが、突然変更され手作りの抽選クジ引かされたからな。裏がありそうだ。
「一年の部、Aブロック一回戦一組目なんて運がいいよな」
「え? どうして?」
「待ち時間に色々考えなくても済むだろ。こういうのは勢いが肝心だ。出たとこ勝負、思い切りのよさで行きたいだろ」
「ふふっ、そうかもね。僕だったら一番最初に手の内を晒すことになるから、ちょっと考えがマイナスに入っていたかも」
「そうか? 俺は如何に手を抜いて勝つかを考えるだろう」
「ふーん。人それぞれか」
「あ、対戦相手が決まったみたい」
色々話し込んでいるうちに、モニターがトーナメント表へと切り替わった。そこに表示される文字を見た。
『――え?』
出てきた文字を見て、俺等はぽかんとした声をあげた。
一回戦の対戦相手は、『山下ペアVSボーデヴィッヒペア』だったからだ。
「織斑一夏の前に貴様との決着を先につける」
「簡単にやられてたまるか」
俺はヴァーチェを展開して、ボーデヴィッヒと対峙している。
「叩きのめす」
「出来るものなら、やってみろ」
試合開始と同時に背部のGNキャノンをボーデヴィッヒに向けてビームを撃ちながら、ボーデヴィッヒのペアが一直線になるように後退する。
ボーデヴィッヒは苦もなくビームをかわして、接近してくる。俺はGNバズーカを正面で構えてチャージを開始する。
「ふん……」
ボーデヴィッヒが右手を突き出す。俺は砲口を全て前方に向けてその場から動かず、AICに捕まった。
「ふん、簡単に捕まったな」
「こっちの方が都合がよかったんでね。圧縮粒子開放、GNバズーカ・バーストモード」
胸部のGNコンデンサーに直結した状態でAICに捕まっていたので、砲口を展開して極太のビームを放つ。
「ちっ……!」
ボーデヴィッヒは突然のビームが迫っても回避行動を取ったが、かわしきれず極太のビームを掠めた。
シャルル達の方にもビームが迫ったが、シャルルがボーデヴィッヒのペアの人をギリギリ迄引き付けて回避した。ボーデヴィッヒのペアの人は回避できずに極太のビームが直撃して戦闘不能になった。
ヴァーチェには四割、他のガンダムには半分の攻撃力しかでないようにリミッターをかけているから安全だと思う。
「航、ありがとう。御蔭で長引かなくてすんだよ」
これで二対一。状況的には有利だが油断はできない。ここは一気に終わらせるべきだろう。
「パージ。トライアルシステム、起動」
ヴァーチェの装甲が吹き飛び、中からナドレが姿を現す。そしてトライアルシステムが発動して、敵と認識したIS『シュヴァルツェア・レーゲン』の行動を強制的に制御下にする。代償に此方も動けないので隙だらけだが。
「お前のISは俺の制御下に置いた。これでお前は何も出来ない」
「ちっ……小癪な!」
「シャルル、今の内だ」
「うん」
シャルルがボーデヴィッヒの懐に入り、盾の装甲が弾け飛んで中からリボルバーと杭が融合した装備が露出する。六九口径パイルバンカー《((灰色の鱗殻|グレー・スケール))》。
「『((盾殺し|シールド・ピアース))』……!」
初めて、ボーデヴィッヒの表情に焦りが見えた。
ズガンッ!!!
「ぐううっ……!」
ボーデヴィッヒの腹部に、パイルバンカーの一撃が叩き込まれる。ISのシールドエネルギーが集中して絶対防御を発動して防ぐものの、そのエネルギー残量をごっそり奪う。しかも相殺しきれなかった衝撃が深く体を貫く。
しかも、これで終わらずにリボルバー機構により高速で次弾炸薬が装填する。――つまり、連射が可能だ。
ズガンッ! ズガンッ! ズガンッ!
続けざまに三発を撃ち込まれ、ボーデヴィッヒの体が大きく傾き、機体に紫電が走る。ISの強制解除の兆候が見え始める。
――次の瞬間、異変が起きた。
(力が、欲しい)
『――願うか……? 汝、自らの変革を望むか……? より強い力を欲するか……?』
(力を……比類無き最強を、唯一無二の絶対を――私に寄越せ!)
Damage Level……D.
Mind Condition……Uplift.
Certification……Clear.
《Valkyrie Trace System》………boot.
「ああああああっ!!!!」
突然、ボーデヴィッヒが身を裂かんばかりの絶叫を発する。と同時にシュヴァルツェア・レーゲンから激しい電撃が放たれ、シャルルの体が吹き飛ばされた。
「何が起きた?」
「なっ!?」
俺とシャルルは目を疑った。その視線の先では、ボーデヴィッヒが……そISが変わっていた。
装甲を象っていた線は全て溶け、ボーデヴィッヒの全身を包んで飲み込み、再形成した。
「あれは……《雪片》か」
不味いな。一夏が飛び出して来そうだ。イカロスとアストレアに頼むか。
『イカロス、アストレア。今すぐ一夏を取り押さえろ。抵抗するならイージスを展開して閉じ込めるんだ』
『了解しました』
これで心置きなく戦闘を続行できる。姿をナドレからエクシアに変更、GNソード・Sにして構える。
『非常事態発令! トーナメントの全試合は中止! 状況をレベルDと認定、鎮圧の為教師部隊を送り込む! 来賓、生徒はすぐに避難すること! 繰り返す!』
「シャルル、時間稼ぎするから、他の生徒と一緒に下がってくれ」
「わかったよ。けど、無茶しないで」
「ああ」
律儀に待ってくれていたから全力で相手をしよう。
「行くぞ。TRANS-AM」
機体が赤く発光してエクシアの性能が大幅に上がる。
俺は黒いISに向かって突撃する。黒いISが刀を振り下ろすのに合わせて、横に回転後GNソードを振り抜く。すると、黒いISの刀の刀身が半ばから折れた。そして、縦に浅く斬り上げた。
「ぎ、ぎ……ガ……」
切れ目から気を失ったボーデヴィッヒを引き摺り出して、黒いISにGNソードを振り下ろした。黒いISに紫電が走り、真っ二つに割れた。
「う、ぁ………」
織斑先生と一緒に保健室に居たら、ボーデヴィッヒが目を覚ました。
「気がついたか」
目を覚ましたボーデヴィッヒに織斑先生が声を掛けた。
「私……は……?」
「全身に無理な負荷がかかったことで筋肉疲労と打撲がある。暫くは動けないだろう。無理をするな」
織斑先生がそれとなくはぐらかしたつもりだったが、そこは流石に嘗ての教え子だったので、簡単に誘導されなかった。
「何が……起きたのですか……」
「ふう……。一応、重要案件である上に機密事項なのだがな。VTシステムは知っているな?」
「はい……。正式名称はヴァルキリー・トレース・システム……。過去のモンド・グロッソの部門受賞者の動きをトレースするシステムで、確かあれは……」
「そう、IS条約で現在どの国家・組織・企業においても研究・開発・使用全てが禁止されている。それがお前のISに積まれていた」
「……………」
「巧妙に隠されていたがな。操縦者の精神状態、機体の蓄積ダメージ、そして何より操縦者の意志……いや、願望か。それらが揃うと発動するようになっていたらしい。現
在学園はドイツ軍に問い合わせている。近く、委員会からの強制捜査が入るだろう」
織斑先生の言葉を聞きながら、ボーデヴィッヒはシーツを握り締めていた。視線は俯き、眼下の虚空を彷徨っていた。
「私が……望んだからですね」
「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」
「は、はいっ!」
いきなり名前を呼ばれて、ボーデヴィッヒは驚きながら顔を上げた。
「お前は誰だ?」
「わ、私は……。私……は、………」
その言葉の続きが出てこない。どうしても今の状態では言えないみたいだ。
「誰でもないのなら、ちょうどいい。お前はこれからラウラ・ボーデヴィッヒになるがいい。何、時間は山のようにあるぞ。なにせ三年間はこの学園に在籍しなければいけないからな。その後も、まあ死ぬまで時間はある。たっぷり悩めよ、小娘」
「あ…………」
織斑先生の言葉が意外だったのか、ただぽかんと口を開けていた。
織斑先生は席を立ってベッドから離れた。もう言うべきことは言ったのだろう。
「ああ、それから」
ドアに手をかけたところで、振り向かずにボーデヴィッヒに言葉を投げかけた。
「お前は私にはなれないぞ。こう見えて心労が絶えないからな。あとは山下とでも話していたらどうだ? 少しは気が紛れるだろう」
そう言って織斑先生は去って行った。
「貴様にとって強さとは何だ?」
「俺にとっては何かを成し遂げる為に必要なもの」
「そうなのか?」
「それはそうだろ。強くないと恵まれた環境ではない限り、何かを失うだろう。失いたくないから強くなろうとするんだ」
「そうか。私も強くなれるだろうか?」
「それはお前のこれからの頑張り次第だな」
そう言って、俺は保健室をあとにした。
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