真・恋姫無双 花天に響く想奏譚 11話 其の二 |
< 11話 細胞分裂の強制促進による創傷の治療に関して 其の2>
・Cellfuncsion・
「まず最初に頭に入れておいて欲しい考え方を言っておく。」
一同神妙な面持ちの中、一刀と華陀の説明は例題の提示から始まった。
「服は布の集合体だ。 その布をバラせば糸になり、更に糸を解すと尚細かい繊維、糸くずになるだろう。
つまりは服という物は膨大な量の糸くずの塊というわけだ。」
「建物も同じだよ。木の骨組みとか煉瓦や土で出来てる。 木は植物の繊維の塊だし、煉瓦は土を焼いたものでその元の土も細かい砂や石粒が集まって出来たものだろ? だから建物、城塞とかも要は植物の繊維と砂粒から出来てるものって言える。
華陀のと合わせて極端な例だけどな。」
「そしてその例えは人体にも当てはまる事柄、なのですね。」
流石の慈霊、華陀に『思い至っているのでは』と言わせたのは伊達や過大評価では無い。
さらっと一刀・華陀の論述に付いてきた慈霊に桃香が続く。
「じゃあ 人の体も、何かとっても小さいもので出来てるの?」
他の面子もばらばらと私見を口々に。
「人の体をバラしたら肉と骨…五臓六腑を肉とは分けるとして三種類、ですか。
ですが言い方からしてなにか特殊なものなんだとは思いますけど肉は擂り潰しても肉ですし、骨も骨の粉になるだけなんじゃ?」
「んぅ 肉ぐじゃぐじゃにしたら… 肉から血が出るのだ。」
「おぉ、失念してましたよ?」
「ふむ… 確かに血は固まるな。 では肉は血の塊なのですか? いや しかし肉は肉… 骨は…思い当たるものがありませんが。」
「焼いたら……灰に、なり ます…」
「あ そっか。 じゃあ人の体って灰で出来て ぁ、でも木も焼いたら灰になっちゃうよね… あれ?」
「灰は また違う気がしますけど…」
傍から聞いていれば見当違いなところが面白く思えるかもしれないが当人たちは真剣そのもの。
それは一刀も承知しているから、灰だとかの方面に話が行きかけたところで待ったをかけた。
「とりあえず血は違う。 血は大半が水なんだよ。肉とはまた違うものになるな。」
「じゃあ、肉の一番小さいもの、って?」
全く想像が付かないのであろう表情で訊いてきた桃香に一刀、
「それを細胞って言うんだよ。」
代替の聞かない、現代の単語で返した。
・生体機能の最小単位
なんというか、この作者のぶっ飛び加減もいよいよかもしれない。 いやこれ書いてるのも作者こと私なんですけどね?
なにせ三国志の時代である。
下手をすれば祈祷まじないが医術の一端とされていた時代に、17世紀あたりにようやく認められてその後200年でようやく生きとし生けるもの全ては細胞から成る、細胞は生命体の構造・機能上の最小単位であると確立したようなものである。
それが漢代にあるなんてのはもうオーパーツどころか、呼んでもないのに飲み会とかに来て『え? なんで居るの? ってかなんで来たの?』みたいな雰囲気にする空間支配能力を発現させるやつと同じくらいの場違いレベル とか言ったらいくらなんでも細胞自体、更には細胞に携わる全生命体に対して失礼になるからこのくだりはここらで締めましょう。
さて、どこぞの誰かのトラウマを刺激したかもしれないくだりは置いといて。 ほんとにトラウマな人が居たらあえてこう言おう。「サーセンww」とか「プギャーm9」とか。(もし本当に心抉られたらすいません)
・動植物は全てが細胞で出来ていること
・細胞は肉や骨を構成する最小単位であること
・肉、骨、皮膚、各種臓器器官は各々がそれぞれ違う種類の細胞で出来ていること
・そして最小単位である細胞は生きていて、勝手に増えること
そういった基本的なことを噛み砕いた言い方や近似値的表現で説明した。 説明のテキストは午後から部屋にこもった一刀と華陀が情報を整理しつつ誂えたものである。
「傷が治るという現象は傷が出来た部分を元に戻すべく欠損した分を補うことだ。
でなければ 例えば転んで膝をすりむくということは即ち皮膚が大なり小なり欠損するということであって、もし細胞の補填が無ければ皮膚はその部分が無くなったままで『怪我が治る』ことは無い。
言い方を変えれば細胞の存在を否定すると怪我が治る理由は説明できん。」
「補充する方法は細胞自体が増える以外無い。
現にみんな怪我して手当てしたことはあっても、その無くなった部分を追加したり補修するようなことはしたことは無いだろ?
増えるって言われても分からないとは思うけど、増えるんだよ。一つの細胞が二つに割れて、でもその二つはそれぞれ元々の大きさに大きくなる。 これも成長って言うんだろうな。
それを細胞分裂って言って 俺も詳しいことははっきり説明できないけど、その分裂が何回も起こって無くなった部分が補充されて傷は治る。」
「無から有は生まれんからな。 傷が治るという現象はつまりそういうことだ。」
随所手描きの図に照らしての説明の補填をはさみつつ、どうにかこうにか…鈴々以外には根本的な概念を与えていく。
すると蝋燭の近くで片目を閉じて自分の指を目に近づけてじっと見ていた桃香が一刀に訊いてきた。
「でも、その さいぼうっていうの、ぜんぜん見えないけど…」
「そりゃ見えないよ、一個の大きさが髪の毛の太さのだいたい十分の一だから。」
この場合髪の毛の太さの平均0.07ミリを0.1ミリとして、細胞の大きさを10ミクロン即ち0.01ミリとした算出である。
あぁ、なんで一刀がそんな数字を覚えているか? 人間誰しも小さい頃はなんにでも興味を示して、難読漢字やら雑学やらをやたら暗記したくなるだろう。 一刀も例に漏れずそういうことをしていたということである。 そもそも武術をしていれば嫌が応にも医学関係の書を紐解く機会が出てくるものだし。
「そうなると人一人分の数は百や千の数ではないのでは?」
「たしか骨とか肉とか全部ひっくるめて60兆個…ぐらいだったっけ。 百万の何十倍って数だから俺でもいまいち現実味の無い数だけどな。」
「……六十 兆…」
「真面目な話で兆なんてふざけた数を聞くのは初めてですね?」
「俺も寧に同感。 ふざけた数だよ本当に。」
慈霊の問いかけへの答えで兆などという数が出た際には、目を丸くした雛里や『ふざけた数』と表現した寧以外の他の面々も、大きすぎる数には目に見えない細胞の話以上にポカンとしていた。
以上の事々を説明して、しかし出てくる疑問点を潰していき、大体の基本的な概念はなんとか全員に与えることができたようであった。
さて、次に移る。
・氣の利用による生体活性について
「大まかに説明したが、みんな理解できたか?」
「みんなってより桃香が分かってるかが重要だな。」
一通り説明し終えると一刀と華陀は皆にどんなもんかと声をかけた。
「理解 より、反論することが出来ないっていうのが私は正直なところです ね。」
「完全に理に適ってますからね。 まぁ目に見えない事象なんてのを口頭の説明で納得しろってのは普通なら論外ですが。
この場合は信じるほか無いですね? ご主人サマが言ってることですし。」
「…ん? 待て寧くんオレには信用が無いのかっ?」
「いやそうじゃなく。 どっちかって言ったらぶっ飛んだ話は御使いのご主人サマが理路整然としてるほうが信憑性があるかな ってことです。」
「ぁ と、そ それに華陀さんが肯定するなら、尚のこと信用できますよ。」
毎度の事ながら朱里、寧のフォローご苦労である。
「折れた木の棒は繋がらず、しかし折れた骨は固定しておけば繋がるのはそういう理屈あってのことなのですね。」
「人の体が成長して大きくなるのも、骨肉のおおもとの総量が増える結果嵩が増えるからである と。」
慈霊と愛紗の見解に他の面々もうなずいて同意するのを見て、
「…凄いな、二人ともあってる。 で 桃香、言ってること分かった?」
「うん、細胞さん、みんな頑張ってるんだね。」
一刀が桃香に尋ねたところ、返ってきたのは言ってみりゃそうだけどちょっと違うようなそんな答え。
「うむ、結論としてはその通りだな。」
「……、とりあえず理解出来てるならそれでいっか… 言っとくけど細胞一個一個に顔とかがあって話してる なんてことは無いよ?」
「えっ 違うの?」「違うのだ?」
もしかしてとするとやはり予想したとおりの勘違いを桃香に加えて鈴々もしていた。
「あーやっぱりか…
そうだな、髪や爪が勝手に伸びるのを考えれば、細胞が生きてるってのを想像しやすくなる か。 髪も爪も勝手に長くなるけど自我なんかないだろ?」
この一刀の言い方で桃香達はある程度納得したようだが、じゃあ髪はなにで出来てるの とか訊かれなかったのは運が良かったというべきかもしれない。
と、ここで小さく独白したのが。
「……じゃあ、 桃香さんと華陀さんの傷を治す力って、 増えるのを早くさせるって こと……?」
話に自分から入りはせずとも、内容はしっかり聞いて理解していた雛里だった。 ポツリとした物言いだったが、タイミングよく皆の言葉が一度に途切れたことで雛里の声は一同が聞くに至った。
内容に一同の目が一斉に雛里に集まり、それらの視線から隠れるように雛里はささと寧の後ろに身じろぎした。
「! そっかそうなるよね! 雛里ちゃんあったまいい!」
「ふむ、一足飛びに核心を突いてくれたな雛里くん。 だがそれだけ導入の手間が省けたな。
というわけで話を進めさせてもらうぞ。」
雛里への賛辞もそこそこに、話題は更に流れていく。 今度は先ほどまでと一転して不可思議系になるが付いてきて頂きたい。
「皆昨日桃香くんが傷を治すのを見たとのことだが、それは雛里くんの言う通り肉体を活性化させ分裂を劇的に早めたことで起こる現象 といったところだろう。
その際に何をもって促すのか。 それが『これ』だ。」
そこで華陀は言葉を切ると五指を広げた両掌をボールを左右から持つような形につくる。
すると。
「わ… ほんとに私のとおんなじだ…」
両掌表面の影が薄っすら無くなったかと思えば、両手の間の空間に光が現れた。 光は曖昧模糊とした球状に纏まりつつも、表面からは霧散するように手の外の空間に消えていく。
その光は傍の蝋燭の火の光とはまた違う柔らかな陽光にも似たものだった。火は大気の揺れによって揺らめくが、手の中に保持される球状の光の揺れは心臓の鼓動の如くに薄っすらと拍動しているように見えた。
「いわゆる『氣』というやつだ。 まぁ『これ』は慈霊のとは少しばかり違いがあるがそれは今は置いておくぞ。
乾坤にあまねく存在する氣は生命に内包されると陰陽五行においての陽の性質を得る。 陽の性質は動的であり活発、即ち生命活動そのものだ と されている。」
「? どうしてそこで濁すような言い方になるんです?」
「ではそれは私から説明させていただきますわ。 今までは口を挟むことが出来なかったのでこれぐらいは。」
ここで寧の疑問に応じるべく慈霊が講師側に加わった。 「そうですね…」と口元に手を当てながら少し間を空けて考えを纏めると慈霊は口を開く。
「端的に言えば『療術に使う氣は生命の持っている不可視の力である』
しかし『自然に満ちるとされる氣は言ってしまえば絵空事』なのです。
華陀の言った乾坤云々からのくだりは陰陽五行に基づいた方術の類の理屈です。
ですが 少なくとも私達は方術や妖術の類は目にしたことはありませんし、そのような使い方をすることも出来ません。 また自然に満ちているとされる氣を感じる などということも出来ません。
仮に陰にも陽にも寄らない混沌としての氣が存在し、それが生命に内包されて陽の性質を得、生命力や療術に用いる力となっているとしてもその変質の過程が真足り得る証明をすることは不可能です。
私達が用いる力が生命に満ちる氣であることは実際に使っているので確かですが、其れ即ち方術や妖術に用いるとされる自然に満ちる氣であるかどうかは分かりません。」
「オレ達は療術は使えても妖術や方術は使えない。 体の不調は治せても千里眼は出来ないし、医療行為は出来ても突風や火焔を起こすことは出来ん。
仙人や道士の類ではないんだ。 とはしても一般の者からすれば異様な技術であることに変わりは無いがな。」
「それで、『傷がすぐ治っていく力』は慈霊殿も使える…『療術』の特別なもの、と考えればいいのか?」
「それが少しばかり違うんです。」
愛紗の質問から慈霊は話を派生させる。
「今までにも簡易にお話はしましたが、華陀や桃香さんの治癒の力と私が使える『療術』は違うものです。
いえ 違うとしたら語弊があるかもしれませんね。 もしかしたら上位互換なのかもしれませんが詳細はまったく分かっていませんの。
どう違うのかということですが、華陀の力…便宜上『治癒術』としているものですが、それは肉体の損傷を直接 いえ…細胞分裂、ですね。それを気を送ることで強制的に引き起こさせて傷を治すもの と定義してよいでしょう。
しかし華陀も勿論ですが、私や五斗米道の他の者が用いる『療術』はあくまで人体が元々持つ、病や怪我に打ち勝ち治す力を外的な干渉をもって引き出すものです。 人体が元々持っている恒常性維持機能…正常であることを保とうとする機能を最大限に発揮させることですね。 一例としてはいわゆるツボを気を纏わせた針で突くことでその機能を発揮させます。 その際のツボは通常の鍼治療とは違うものになりますが。
ですがそれはその患者の肉体任せ。
今はまだ知識を己の物と出来ていないので仮定が入りますが、
肉体を活性化させて怪我を治す速度を速める方法もあるのですが、しかしおそらく細胞が増える速度を早めていてもそれはあくまで肉体の通常の機能範囲内から少しばかり出る程度なのでしょう。
傷が治りゆく過程が目に見えるようなことはありません。 また気を送る真似事をしてもそれが直接的な変化を起こすことはあり得ませんわ。」
「じゃあ、華陀さん達もどう違うのかは分からないってことなんですか。」
「氣の質が根本的に異なることは確かなんだがな。 なぜその違いが生まれるのかはさっぱりだ。」
「なにはともあれ、今は論じても分からないことより治癒術のほうを優先すべきでしょう。」
というわけで。 慈霊の長口上からの朱里の質問を返したところで、今度は華陀が桃香を見据えた。
「まず聞いて いや実際にやってみてもらおうか。 現に桃香くんの力がどんなものか見ておかないとな。
桃香くん、君は氣を送る際にどう送っている? 怪我にする通例通りに手に氣を送ってみてくれ。」
「はい 分かりました。 じゃあ、」
そう言うと桃香は華陀が ほれとばかりに前に出した掌に重ねた両手をかざす。 そして、
「ていっ」
先日と同じく、小さい気合の声と一緒に桃香の掌から淡い光が溢れた。
やはり先の華陀のものと同じく柔らかい光で、しかし桃香のそれはどこか幾分強く目に映るように見えた。
「よし もういいぞ。」
現実に起きている絵空事のような光景に注視している一同を傍に、手に光を浴びていた華陀は数秒すると止めさせ、手をにぎにぎしながら感触を確かめているような仕草を。
「うむ 分かった。 確かにオレと同じようだ が… となると どういう感覚で送ってる?」
「どうって、 ぇっと こう こうで、ぎゅ〜って。」
問われた桃香は擬音を交えつつ、手を前に出しての何かを押さえつけるようなジェスチャーをする。
「やはり感覚も同じか。 となると こう、体全体から ぐわあぁぁっと手にあれなかんじか。」
「! そう、それっ!」
「やはりかっ」
「やはりですっ」
そんな両手で何かを押すような動きのやり取りの末、華陀・桃香両名は何かが通じ合ったらしいが周りは慈霊に一刀をのぞいて何のこっちゃ。
「…? 慈霊さん、二人は何を…?」
「簡単に言えば体内の氣を手掌から放出する際の感覚ですわ。
体内の氣を外部へと用いるには内から外へと押し出さなければなりません。その際に最も行いやすい部分が掌なのです。 とは言っても掌以外で使う箇所もありませんが。」
ここで地の文での説明に移る。 いやこのほうが自由に単語使えるんで。
氣の通り道、即ち言うなれば『氣路システム』全体を活性化させることで押し出すための圧力をブーストさせるのである。 華陀が『ぐわあぁぁっ』と言っていたのは活性化…氣の外部転用に際して体にエンジンをかける感覚であり、『手にあれなかんじ』とは流れを加圧した氣を手から放出することを言っている。
と いった次第だろうか。
しかし英単語でのニュアンスが伝わらないのはやりにくい。なのに慈霊は上記の内容を的確に言っちゃうんだからすごいよねっ! ってことにしといてください。
それとついでに『氣路』に関してもちょっと。 疑問に思った寧が華陀に訊ねた。
「氣路、ですか。 鍼灸の経絡とは違うんです?」
「違うな。 鍼灸は氣に関係なく行えるが氣路は誰にでも干渉できるものではないからな。」
これもまた地の文での説明にすることとする。
経絡に干渉する鍼灸や整体は神経の連携を利用した物理的な現象であるが、対して氣路は生体に満ちる漠然とした生命エネルギーの『氣』が通る道。 相互に干渉・影響することはあっても双方は密接ながら決して直接な関係ではない。 電気を用いてモーターを動かし歯車を回す機構があったとして、その機構は電気が無いと動きはしないが電気を歯車に流したところで何も起きないのと同じこと ってなところだろう。
しかしそれでも密接は密接。 唯の整体でも氣の流れは改善されるし、お灸でも流れは良くなる。
確かに存在する『氣』を知ろうが知るまいが、人体の恒常性を維持する律に沿った干渉は同じ結果を引き起こすことに行き着くのである。
「元来『氣』を知る人間のほうが少ないからな。 それでも氣を用いない医術にも氣に関する改善法に沿うところがあるのは、人体を良くする律に従っているからに他ならない。
良くする律に従う方法が氣を用いるか否か、違いはその点でしかないんだ。 効率の差はあるがな。」
そんなところで。 本来の話に戻ろう。
「では結論から言わせて貰うが桃香くん、君は氣の送り方が下手だ。全然なってない。」
端的と言うのか、実にすっぱりとした言い方であった。
「氣の量も勢いも過剰なんだ。その割には生体に対する意識がまばらだ。 あれじゃ無駄に消耗してすぐ疲れるはずだ。」
「あぅ で でも、たくさんしないと治ってくれませんよ? それに傷が深いと尚更早くたくさん送らないと大変だし…」
「それは当然だ。 そこで問題になることは『ただ漫然と流し込むだけでは』駄目という点だ。
漫然と流すだけでも創傷部分に作用して傷が治ることは治る。 しかしそれは容器に水を派手にこぼしながら投げ入れているのと同じことだ。
創傷部分以外に流すのは無駄以外の何物でもない。無駄が多ければその分すぐ疲れることになる。 言うなれば『元気』を削っているのと同意義な上、放出する際にも体力は使うからな。」
「ではそれ故に桃香様は大きな傷を治すとすぐに疲れていた と?」
愛紗もようやく合点がいった表情で小さくうなずく。 事実桃香の出した光が華陀のそれよりも強かったのは、過剰に氣を放出していたことによる。
「そうだ。
しかしながら単に漫然と流しているだけ とするには癒着具合がまだましなものだったな。 と言うことは だ、桃香くん、こう 送る際に何か意識している感覚はないか?」
「意識してる感覚……、 あ、ぇっとこう、傷のところを包む みたいなかんじはあります。」
言いつつ中空に一本、傷に見立てた線を引くとそれを両手で握るジェスチャーを桃香がすると、それに華陀は得心の色を表情に出して指をパチンと鳴らす。
「それだ。 漫然とではなく意識を持って局所に集中させることが肝心なんだ。 まがりなりにも意識が出来ていたからこそどうにかなっていたんだな。」
半跏の足を組み替えて華陀は続ける。
「氣を対象の生体に放出するとその出した氣が触れている肉体の部分が術者に感じられるんだ。 そうするとその部分の内部がどういった形になっているかが分かる。」
現代的に言えばMRIでスキャンした画像を見ているような 人体の立体的な透視像を見ているようなイメージが浮かぶのである。 目隠しをしても手で触れれば対象がどんな形であるかが分かるような感覚 とすれば分かりやすいか。 放出した氣を介する触覚に近いものとしていいだろう。
「こればかりは自分で感覚として知り覚えるほか無い。 今日は実技は控えるが、対象の生体組織を意識できれば 例えば皮膚が大別して三層に分かれていることを意識的に感じることが出来れば効果の出方も変わってくるはずだ。
直接的に各層に干渉するのでは無いんだがな、層ごとに分かれていることを意識出来ているといないとでは効率が段違いなんだ。
当然皮膚だけではない。 まだ分かりやすいことを言えば 各筋肉の違いに筋繊維の走行も感じ取ることも出来、
おそらく細胞が徐々に増えていく感覚もあることだろう。」
話題ついでに筋肉はそれぞれが分かれており また繊維の束であることを追加したところ、話がここに及んだことで一刀は慈霊に聞いた。
「華陀もうそうだけど、慈霊さんが細胞のことにすぐとっかかれたのは華陀が昔から言ってたからだって聞いたけど こういうことなんだ?」
「はい。 昔から華陀は人体の最小単位がある筈だ、傷が癒える最中に何かが増えるのと感じる と言っていましたの。
筋肉が繊維状の束であることや内臓諸器官を感じ分けることは私にも出来るのですが、組織が直接に治り行く感覚は華陀しか知り得ませんので概念の形でのみ持ち合わせていた知識ですわ。」
「概念だけ、か。」
「先ほど寧さんがおっしゃったように、理に適っているので異を唱えることが出来ないからです。
かと言って完全に肯定しきることも出来ませんでしたが、こうして一刀さんが確たる知識となされているので。ようやく是と出来るようです。」
いつの世も先駆的過ぎる事柄は受け入れられにくいものだが、ことこれに至っては突飛もいいところなせいだろう。
昼中にも華陀が地の文と同じようなことを言っていたことを一刀が思い返した中、そうとは知らず華陀は続ける。
「意識の仕方が今一つ決定打に欠けるようなものだと、傷への影響が半端になり影響するはずの分の氣は空気中や体内に逃げてしまう。送る箇所はあるのに肝心な部分で漠然としているせいでな。
結果 例えば切創だと密度の薄い癒着になり、再び傷が開くことに繋がりかねん。
昨日の矢傷を負った女性がそれだ。 皮膚が癒着してはいたが奥の内臓に筋肉は完全に塞がっていたとは言えない。必要最低限 といったところだったな。
勢いと量が過剰なのに結果が振るわなかったのはひとえに対象の人体を今一つ意識しきれていないから だな。
逆を言えば勢いがなければあの結果すら無かったかもしれない とも言えることも事実だが。」
ここで桃香の目が華陀の言葉によって動揺の色を帯びた。
「過ぎたことに『もしも』は無いが一応言っておく。」
「…ぎりぎりだった って、 それじゃあ…」
「でもあの時はすぐに華陀達と会ってたから、最悪の状況は回避できていたことに変わりは無いよ。
それに俺も、お昼にあのおばさんと会ったけど元気そうだったし。」
「それはもうな。 状態が急変するなどと言うことも無いから安心していい。」
「今言わなくともとお思いになるかもしれませんが、知っておくべきことであることと理解しておいてください。」
死んでいたかもしれない この事実に動揺の色を見せる桃香を一刀はやんわりフォローし、慈霊は慈霊で華陀の言に補足を入れた。
動揺を見せ目線を下げた桃香だがそれも数拍、改めて華陀を見据えて問う。
「… それじゃあ、『人体を意識する』ことが出来たら、もっといい治し方が出来るようになるんですね。」
「端的に言えばそうなる。
だが今のところは氣を掌に球状に保持して 且つ体組織を意識することが先ずの課題であり目標だ。 基本中の基本のこれが出来なければ話にならないからな。」
さて、ようやく長かった講義も収束に向かおうとしているようである。
大まかも大まかで、大体のことをふわ〜っといったかんじで教えることになったが一通りは出し切ることが出来た。
「よし、これで大方言い終わったか。」
「かな。 でも今日ここで理解しきることは流石に無理だろうし、時間かけていこう。」
・細胞の概要
・不可視のエネルギー
・そしてそれらの複合応用
などといった知識を一から完全に理解しきるのはいくらなんでも要求が過ぎるというもの。
一刀ならファンタジーな事象ではあっても把握することは出来るが、他はそれこそすべてに於いて一から理解していくことになるから尚のこと だ。
「ではあとはいわゆる習うより慣れろ ということになりますね。」
「それって闘ったりする練習のときに言うんじゃないの?」
「そうでもありませんよ鈴々ちゃん? 勉学でも書き取りや復唱で体に叩き込むってのが一番いいやりかたですし。」
「聞くところでも感覚的なものみたいですし ね。 私達にはちょっと分からないことですけど…」
それでも一同の受け入れ体勢はなんとか整ってるようだからよしとして、これからに期待といったところだろう。
「えぇ。 理屈を聞いただだけでは本当に理解するなど出来るはずもありませんので。 少しずつ慣れていきましょう。」
「そうとなれば そうだな、明日から気合入れて行くかっ」
「 はいっ 私、頑張ります。」
死んでいたかもしれない この事実に少し臆した桃香だったが、自分の力をより生かせることが分かった今、目には意思があった。
人の傷を治せる力 人を救うことの出来る力。
それを嬉しく思うのは愛紗や鈴々と違って戦えない分の埋め合わせなどではなく。
世を憂いて発った理由と出所は同じ、他者を想う心根からの赤心だった。
あとはいくつか、まだ覚え切れてない部分への質問を処理して今回の講義は終了と相成った。
・理由と意味
すっかり周囲は暗くなってもまだせいぜい九時あたりかそこら。一行が泊まっている宿の一階や他の店ではゆれる火の光の中で談笑しつつ杯を傾ける人達がちらほら。 ただの火というものも、光源としてはなかなかに馬鹿に出来ないものである。
安心感 である。 それは単純な光量の他に、人が居るのだと実感できるからだろう。
文明は火から生まれる。 それ即ち火は人間が根源的に安心するものに他ならないのだ。
まぁそんなことは置いといて。
講義も終わったところで、一同は外の空気を吸うために出ていた。
「ん〜っ 空気がおいしいって本当なんだね。」
「けっこう籠ってたからな。人数が人数だし、火もあったから。」
言いつつぐっと両腕を上に伸ばした桃香。 背を少し反らせたこともあって胸が自己主張して、それを一刀がちょっと目の端で意識したのは秘密だ。
「煙があると息ができませんけど、蝋燭とかでも空気が悪くなるんですか?」
「んー… まぁそんなところ。 蝋燭とかでも燃えてる以上煙が出てる って思えばいいと思う。」
訊いてきた朱里に酸素云々の説明を返そうかと一瞬考えた一刀だったが、流石にさらっとは出来ないから肯定的に流した。
「夜は空気も澄みますから。 その澄んだ空気なら尚のこといいもの といったところでしょうか。」
「?(ス〜ッ) なんにも味とかしないのだ。」
「そういう意味では無い 鈴々。」
そして慈霊は穿ったことを言い、字面を真に受けて口に含んだ空気を舌で転がした鈴々に愛紗が突っ込みを入れる。
そんな様子で一同談笑をして数分の時間が過ぎ、その後さてそろそろ部屋に戻って寝ましょうと屋根の下に戻ろうとしたときだった。
「俺もう少し外に居る。 すぐ戻るから華陀は先に寝 って部屋の閂があるか…」
「ん あぁ構わないぞ。 日中に拘束したんだ、今度はオレが待とう。」
「ただあまり遅くなると愛紗さんに怒られますよ。」
「慈霊 殿、だから怒っているとかではなくて!」
「そんな遅くなるとかじゃ無いから大丈夫。 今日は本当にちゃんと休むから。 それに正直そろそろ辛い。」
「ではワタシ達はお先に戻りますので。」
「それじゃご主人様、おやすみなさい。」
「うん じゃあおやすみ、みんな。」
そう言葉を交わすと一刀は部屋に戻っていく皆を背に、一人外に残って宿正面の道を右に少し行った。
その先はちょっとした広場のようになっていて、そこでぼんやりと夜空の月を眺めていた。
昨夜の空には山に隠れていた位置にあったせいか月は無く、しかし今の頭上には煌々と照る十二・三夜の月が浮かんでいた。
月夜に提灯とは言ったもので、空気が澄んでいるせいか一刀が今まで見た月夜空では一番明るかった。この下提灯を提げるのは無粋もいいところというものだろう。 …いや話が防犯だとかになれば当然撤回するけどね? 犯罪を防ぐに無粋もくそも無い。
一刀からして後ろのほうには飲み屋だとかの火の光がちらほらしているが、前のほうには商店ばかりのせいか火どころか人の気配は無い。
月光に照らさせる広場の中、光源である月を見ながら一刀はこの考えに至っていた。 昨日から今日にかけて頭の隅に置いて考えていたことだ。
世に生を得るは事を成すにあり、か……
最初は『どうして自分はここに来たのだろうか』が頭にあった。
覚えている。 否 忘れようが無い。 自分は『死にかけていた』。 学校で四肢の先に違和感を覚え、それから先は急転直下。 数日の内に手足が動かなくなって最期には体が動かせなくなった。 その頃には意識も不明瞭だったが、それも含めて覚えている。
誰も何も言わなかった。 両親に医者、はては師匠である祖父も何も言わなかった。 当時はそれをどうしてと疑う余地も無かった。
何も分からず、でも死ぬんだろうか とは漠然と頭にあった。
そういう風に死にかけていたのに、そんな自分が今ここにこうして生きている。
ここが死後の世界とは考えにくい。 死後の世界が三国志の変わったやつと考えるよりは、どうしてか自分がパラレルワールドへのタイムスリップをしたとか考えるほうがまだ納得でき…ない。 納得とかではなく、自分の体が実存しているならそっちのほうがまだまともに取り合える感覚があるからだった。
なにはともあれ問題は『どうして自分がここに居るのか』である。
けども、結論はずっと前から一刀の心の中にあった。
現象としての超科学的だったり超物理的だったり次元がどうたら並行世界がこうたらとかの思考はとうに放棄している。 ってか考えてもそもそも知識が無い。
自分がここに居る理由の答えはそういう現象や運命論とかの巡り合わせなどへの答えではなく、
『世に生を得るは事を成すにあり』 坂本 龍馬が言ったって言葉でじいちゃんがよく言ってたな……
祖父である北郷 不二が言っていたことが、自分の現在の境遇への結論を表していることに気付いたこと だった。
事を成すために生まれるのではなく、生きて事を成した結果 人は自身の生に価値を見出す。
個人の価値は個人の人生そのもの。 生き様であり、成果であり。 一人の人間として生きたこと 即ち人生そのものがその人の価値であり意味。
生まれることに理由は無く、個人として生きた結果に意味がある。
荒い言い方をすれば『生まれたからには何かしようぜ』ってこと。
もし理由があるなら 生きた結果を出すために 俺として 北郷 一刀として生きるために生まれてきたんだろうな
だったら、その言葉に従おう。 何かを成すために行動しよう。
『何か』がどういうものかは分からない。 一刀には現代でも『人生』なんて大仰なものへの確たる意思は無かった。
でも今は指針がある。 桃香達と一緒に行動するという指針。
これから先に何があるかは分からないけど、桃香達が自分を必要としてくれているなら、その必要に応じよう。
来た理由はもういい。 成すべきを見出して進んでいこう。
少なくとも、今はそれが自分に成せること。
「……だよな。」
ぽつりと誰にとも無く 否、誰にでもない自分自身に言い、一刀は再度月を見据えた。
刹那、一刀の目は何かを捉えて鋭くなった。
「!?」
斜め上を見ていた目の下の端に『なにか』を一刀は捉えた。
月光に照らされた一刀の顔は鋭かった。 陽の光とは違って優しいながらも冷涼な雰囲気を含むその光、そしてなにより夜だ。
光によって暗い中に浮かぶ一刀は尚のこと鋭利な印象を受ける。
なんだ今の!?
間を置かずに一刀は急加速、ダァンッ と地面を蹴る音を残して街の入り口、土壁が門のように部分的に途切れた所へと疾駆した。
一刀は見た。 捉えてすぐ目をやった街の入り口の更に向こう、そこに『何か』が居た。 いくら月が明るいとは言っても夜中の遠目、詳細を見切るのは不可能ではある。
だが何かがいたのは目に捉えた。それも人じゃ無い。 高さは成程人の範疇かもしれない。しかし形は明らかに四足動物のそれだった。
即ち、人の身長ほどもある動物がそこに居たのだった。
一刀がそれを目に捉えたときには土壁で見えなくなる位置に移動しかけていたから、今はもうその姿は見えない。
月明かりで足元を捉えながら、一刀は暗い中を疾駆していった。
十秒以下の時間の後、一刀は入り口から少しの距離を挟んだ、ついさっき何かが居たであろう場所に到着した。
けれども見回しても先のそれらしい存在は何も無かった。
「……熊なわけ無 ん?」
かと思いきやすぐそこの地面の上に何かが落ちていた。 月明かりの下とはいえ宵闇の中、それ自体も黒い何かとしか見えなかったが明らかに地面とは違うものが。 屈み込んで近くに見るとそれがなにか判別できた。
「なんだこれ… 刃物 鉈?」
それは鉈だった。 一刀は刃の腹を指で撫ぜてみた。 柄に紐の巻かれた、刃の感触からして若干錆びの浮いたものだろう。
「誰かが落としたやつか ?」
月の光を研がれた部分が鈍く反射しているそれの柄を握った時、一刀は手にした柄の感触がなんだか妙なことに気付く。
濡れていた。
水たまりに柄を浸したような濡れ方ではなく、正体不明の粘液じみた液体が沁みているような感触 とすれば分かるだろうか。
得体の知れない液に怪訝な顔をした一刀は柄ではなく刃を摘まんで持ち、妙な液を触った手の匂いを嗅いでみた。
そこで一刀は思い出した。 この匂い、生臭いような妙な匂い。
昼時、ここに来てすぐ単身子供を捜しに入った森の中。 そこで倒れていた子供の服の、首根っこあたりに付いていた液体と同じ匂いだった。
「この液って同じ… これってな に ぁ」
そして一刀は瞬間的にある一つの仮定を構築した。 閃きの鍵は森の中で子供を見つけた後に出てきた存在だった。
そう、狼。 青い双眸の体高は人ほどもある、一刀の前に姿を現したあの巨大な狼。
思い返せば先の影、あの狼と同じぐらいじゃなかったか。 その影がいたであろう所に今手に持っている鉈が落ちていた。
だが迷子になった少年は持ち出した鉈を森の中で無くしたと聞いている。 なのにそれは今ここにある。
且つ、あるはずの無い場所に無いはずの物がある状況は、昼時に一刀が少年を発見したときも同じである。
子供の足で来るには無理のある場所に少年は倒れていた。 場所は街を一望出来、突っ切れば一直線に街へと行ける最短ルート。
で、この液。 正体不明だったが今分かった。
唾液だ。 それに強い獣臭さを加えたような、そんな匂いだった。
さて、その唾液が柄に付いている鉈は少年が無くしたもので、だが今こうして戻ってきている。 落ちていたところには先程昼間に見た巨大な狼かと思われる存在がいたらしく、その唾液は少年の首根っこに付着していた。
なにより一刀の印象に残っている、あの狼の獣らしくない雰囲気。
以上の諸々の情報から、漠然と一刀の中に出来上がった答えがこれだった。
まさか… あの時は狼があの子を運んで、今この鉈を返しに来た……?
まぁ、常識的に考えて突飛どころか何そのファンタジー? である。 仕込まれた犬とかなら、山中に落とした物品を探し出してくることも出来得るかもしれない。 セントバーナードなんかは雪山にすら進み行き人命救助を行うものである。
しかし野生の狼だ。 人間が落とした刃物を届けたり、送り狼ならぬ『送る狼』になる義理はおろか発想なんかあるはずもなし。 道理が無いのだ。
しかし今の状況だ。 上に要約した点と照らし合わせて考えればそのファンタジックを否定することがむしろ不自然。 『偶然が重なりまくって起きたのだ』という論は『ならどうしてそんなに偶然が重なるのか』と言うことができるように、ありえないことでもそれ以外なければ真実足り得るのである。
なんとなくあの狼が子供の首根っこを加えてぶらぶらさせながら歩くのを想像もできる。
とは言っても、
確認なんか出来るわけ無いしな……
当の狼に訊くことなど出来る筈無し、あの狼を知ってる人間なんてのにも心当たりは無い。 安全を保障など出来はしない。
それでも一刀は、
「…、とりあえず放置でもいいか……」
件の狼だと思うと警戒を解いた。 月の下に闇から浮かぶ森を見つつ呟く。
通常の感覚なら巨大な狼なんてのがうろついてるという状況は看過など出来るわけはない。
だが一刀が日中に見たあの狼、今思い返しても害になる存在ではないとの印象が心に残っていた。
それは印象という不確かなものに因る勘でしかない。 それでも一刀は確信していた。
なにがそこまで確信させるのかは分からないが。
一刀はもう一度森を一瞥して、拾った鉈の刃を摘まんで持ちながらその場を後にした。
・
「ん 一刀殿戻ったか。」
「ごめん ちょっと遅くなった。 その、ぼーっとしてて。」
「徹夜の後にまた一日を過ごしたんだ。無理も無い。
ともかくもう寝たほうがいい。 疲れには食って寝るのが一番だからな。」
「ほんとに同感。 なんか色々あったけど泥みたいに寝るよ今日は……」
言いながら一刀、自分の寝台に二歩三歩と歩くとそのまま倒れこむように布団の中に入った。
「あ〜… なんか楽だ……」
「っはは、相当だな。 じゃあ消すぞ。」
「ん、 じゃ また明日……」
事実体力も頭の回転も限界に来ていた一刀は横になると一気に体が休止状態に推移、華陀がちびた蝋燭の火を吹き消して完全に暗くなると即座に思考はブラックアウトしていった。
因みに鉈は宿屋と隣接する家屋との間の隙間に隠してきた。 明日にでもあの少年にコンタクトを取ろうとの算段である。
そんな男性陣の部屋と同時刻、女性陣の大部屋。
桃香は布団の中で横様に寝ていた。
ただし体勢が寝ているのであって、目はまだ開かれている。 早くも寝息を立てている真横の鈴々のほうに顔を向けているが、意識は鈴々には向けられていない。
もしかしたら 死んでたかもしれない……
頭には先ほど言われたことがあった。
華陀や慈霊が直接言ったわけではないが内実は同じ。助からなかった可能性があったこと。
それが暗く静かになった部屋 寝床の中で浮き上がってきた。
付随してくる感覚は目の前で何某が事切れた喪失感、助けられなかった後悔、死への恐れ。
そういった感情がないまぜになった暗いもの。それが頭の中にあった。
白い紙の上にぽつりと落ちた墨の点。 それはたとえ小さくとも目に留まる。
桃香は目を閉じると、ごそごそ布団を頭まで引き上げて包まった。
暗くて重たい感覚が思考に纏わり付いて来るのを意識しないようにしながら、三十分ほど時間をかけて眠りに落ちていった。
・あの時のAnother side
巨大な狼は少年の首根っこを咥えてぶらぶら下げながら運んでいた。 そして街を一望できる、街への最短ルートとも言える場所に来ていた。
そこへ離れたところから何かの音。三角の耳がぴるぴる小刻みに動き顔を上げる。 どうやら人間がこちらへと移動してきていることを聞き取ったらしい。
すると狼、咥えた少年を地面に とさ と降ろすとすぐさま近くの木の間に小走りで移動、そのまま奥のほうへとガサガサと潜っていった。
少しして。 一人の青年寄りの少年が姿を現した。
彼は地に倒れた少年を見留めると青い顔をして駆け寄った。
それを遠目に見ていた狼は。 何を思ったのか、巨体を草々に擦らせながら少年のほうへと歩き始めた。
狼の顔に 害意は一切 無かった。
・あとがき・
終 わ っ た ーーーーーーー ! ! !
ようやく終わった! ようやくこれで主要導入部分要素が全部終わった! 長かった!無駄に! 華陀と慈霊は私の主治医!
とまぁなんぞよくわからん主張も出ましたが。
やぁまたもや久方振り、ようやく主要な要素がほぼ全出しできて達成感でいっぱいな華狼です。
前回と今回で全消化してやると意気込んだ結果がこの文の量と長さだよ。
特に今回は情報量の密度が変。 前半部分とかなにこの教科書。 なんの教科書? 特に覚える必要無いのに。
でも『なんやかんやでみんな知識を得ました』で済ませるのは私の心が許さない。
なんせこの余計な設定はこの話のテーマに関わることですから。知らなくていいけどないがしろには出来ないしたくないですから。
まず惜しむべくは前半の最後が尻切れ蜻蛉みたいになったことですね。 情けない話ですがなんか力尽きた。
より踏み込んだことを言えば遺伝子内のヒトゲノムに干渉、人体の元来持っている恒常性維持機能の自己修復システムに依存するマニュアル操作で損傷前後の生体情報を照らし合わせ、創傷部位を細胞分裂という手段で強制修復する ってなところです。
ただこれはメタ視点でようやく述べられることであって、いくらなんでもゲノムレベルでの事象を感じ取ることは不可能。 一刀だって知ってる訳無し。
だから本文の内容以上に覚えなくていいです。 なんとなくでいいですほんと。
……あぁ、『氣を送る勢いが強すぎた為に損傷部位の余剰修復が起こってケロイドみたいになる』みたいなリスクとかあったほうがいいんじゃね? ですか?
そりゃ考えました。 書き進みました途中まで。 でもそうなると桃香が今までに治してきた傷にもその弊害が無ければおかしいし、運良く起こらなかったなんてのも論外。
上記のリスクは設定上かなりいいものなんですが、もはやこの設定を付与することが出来ないところまできてるのでもういいやと投げて削りました畜生。
でもこれ以上設定をめんどくさくしなくていいので、自分の中では一長一短かなと割り切ってます。 こういうのって構成の初期段階から入れてないといけないってことを噛み締めた一件でした。
ところでたぶんRPGの回復魔法とかも掘り下げるとこんなかんじになるんじゃないでしょうか。
身体能力向上系のエンチャントは脳内のリミッター外し、脳内麻薬・アドレナリンの過剰分泌 他。
解毒は体外から中和する魔法の力を送る以外にも、各種抗体を一時的に生成させるとか肝機能をブーストさせるとか。
生体内の魔力回路への干渉から身体へ効果を発揮させるのだとしても、人体に起こることである以上合ってるところはあるかもしれませんね。
……もしかしたら扉開いたかも。 本編でこれらを使うかもしれないよ。 まぁ肝機能のブーストは鍼治療の範囲内だから華陀や慈霊のデフォルトスキルと出来るけど。
とにかく何が言いたいかと言うと。 想像するの楽しい ってことです。 書くのは大変だけど。今回とか他にもがっつり削って後に回した部分とかあるけど。
次回からは他の面々の視点にまたもや移ります。
まずは 七乃さん色んな意味で大立ち回り です。 あぁ美羽の世界にダメな知識が満ちる……
では今回は最後にデモPVみたいなのをどうぞ。 また次回で会いましょう。
ある日の一刀達。 外でなにやらやってます。
一刀と桃香は『せ〜のっ』とタイミングを合わせて歌いだした。
『うっう〜うっう〜 れ〜っみぃびぃうぃずゅぅ〜」
Let me be with you〜」
桃香は上の節、一刀は下の節でのデュオだった。 内 桃香は歌いやすいように耳を両手で覆っている。
「おぉ〜きれい!」
「あぁ。 不思議な音です。」
小さな感動にテンションの上がった鈴々に同感な愛紗。
「これがハモりっていうのなんですね。」
「音が相互に干渉 か、補い合っているのでしょうね。」
聞いた単語を朱里が確認して、慈霊が私見を呈したところで再び桃香が再唱を希望。
「ご主人様、私も聴きたいからもう一回っ 次は私も耳塞がないでするね。」
で、
『うっう〜うっう〜 れ〜っみぃびぃうぃずゅぅ〜 ?」
Let me be with you〜」
「あ れ?」
「ふふっ 桃香さん、つられていますわ。」
「あぅぅ 難しいね…」
照れの表情で笑う桃香。 そこに華陀が思い立って慈霊に提案した。
「そうだ 慈霊もやってみたらどうだ? お前も声は贔屓無しにいいだろう。」
「いえ、私には似合いませんわ。 可愛らしい桃香さん達でないと。」
華陀の提案を慈霊がやんわりと断ると、桃香や朱里達も華陀に同意して慈霊も歌ってみることを提案。
それでも慈霊が歌うことは無かった。
しかしその後。
「ンッン〜 れ〜っみぃびぃうぃずゅぅ〜… ふふっ 」
メロディーが気に入ったのか、慈霊はちょくちょく楽しそうに小さくハミングしていたとかなんとか。
そして少し慈霊が可愛く思ったそこの人、仲間です。
いつかこんな小話とかも書いてみたい。 因みに使った曲は ChobitesOPテーマ『Let me be with you』です。懐かし。 いや曲しか知らないけど。
PS
そういや『北郷 一刀』って名前は坂本龍馬の『北辰一刀流』から来てるんでしょうか。 うちの一刀の武術『壱身流』は一刀流から来てる わけではないですけど。
も一つPS
虹霓絶鱗鎧 こうげいぜつりんがい 攻ゲイ絶倫ガイ……
朱里「待って下さいろうしたんですか作者しゃんっ!?」
華狼「朱里こそ待った興奮しない。 そっちの二人も。」
雛里「し してないですっ 」
寧 「そもそもワタシ達野獣っぽいのとか汚いのはちょっと無理ですね?」
朱里「そういうことじゃなくてぇっ!」
飛鹿「だめだこの作者どこ行こうとしてんの……」
私の明日はどっちだっ!? あっちかっ!!
説明 | ||
最近なんだか寒気凛冽。 寒いと細胞単位から運動機能が低下するからやだ。要するに動けなくなるからやだ。 体のどこかに冷たさが来るのがやだ。 暑いのはなんとかなるんですけど。 さてようやく纏まった今回。 一言で言ったら『めんどくさい』ですね。読んできゃわかるけどあぁもうこんなだから長くなるのよ。 兎にも角にもさぁどうぞ。 |
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コメント | ||
黒蛇弐式さん 成程知りませんでした。 だから十文字と。 因みにこの話では後々十文字はまた別の意味合いで使います。 赤十字的な意味で。(華狼) アルヤさん ですよ。 世界観に合った説明文は当人達に任せないとやってられません。(華狼) "一刀”はそうかもですね。ただ"北郷”は、薩摩に実在した島津家の分家の名前です。だから、一刀の旗は"丸に十文字”なのですよwww(黒蛇弐式) 地の文大活躍(アルヤ) |
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