IS学園にもう一人男を追加した 〜 OVA 就職デビュー |
【就職デビュー】(その3)
時刻は深夜。日の光は地平線の下に埋もれ、街灯で空には黒々しい雨雲が浮いているのが確認できる。
[・・・]
[・・・]
街灯の光がかすかに届くあるパン屋に、2つの殺気、狂気が空気を張り詰めている。
じりじりと2人の距離が狭まって行くと、自然とお互いが握る得物に力が入り、抑えていた息づかいが苦しくなる。
そして、2人の間が一枚の襖だけの時・・・
B・カバネ
「っ!」
[ガバッ!!]
襖が片方から蹴り飛ばされ、片方が襖を切り刻んだ。
B
「襖をこんなに細かくすんじゃねぇよ。他人ん家の襖だぞ」
カバネ
「おいおい、ここは婆さんの1人暮らしと聞いていたんだが・・・まっ、どうでもいいがなっ!」
B
「おっと・・・」
眼前を通り抜けるカバネが持つ刃渡り30cmのナイフ。その刃は、今まで仕事を遂行してきた犠牲者の真っ赤な血が染み込んでいた。
それに対して、『B』の得物は台所にあった麺切り包丁1本。
カバネ
「アンタ、誰だ? 久しぶりに強い狂気を感じる」
B
「不法侵入者の質問なんて答えたくねぇよ・・・さっさと、この店から出てけ」
カバネ
「こっちだって仕事なんだよ・・・金のためだがな!」
お互いに、相手の姿かたちを完全に目視できないというのに、気配と殺気、狂気を感じ取って相手に斬りかかっている。
実力は五分五分・・・いや、生身の戦闘経験では、カバネの方が上だ。
B
「っ・・・」
頬に線の傷がつき、鮮血が頬をつたう。
だが、まるで痛みがないように表情を変化させないで、頬をつたう血を拭う。
カバネ
「どしたぁ、動きが鈍ってきてるぞ?」
B
「・・・チッ」
『B』から先んじてカバネを切りかかり、その押し切りにカバネは後退する。
カバネ
(コイツ、私を外に押し出す気か? くくっ・・・上等じゃねぇか!)
カバネは、それに従って足取り良く後退しながら、店舗から自らを追い出す。
その時、初めてお互いの姿が街灯によって晒された。
カバネ
「っ!?・・・か、可愛らしい寝巻き、だな」
ボロボロの布切れを羽織っていたカバネが、『B』の服装を見て驚く。
何ていったって、今の『B』の服装は、上下ともパンダの模様が描かれた白色と灰色の寝巻きだ。
ちなみに、スコールが選別した。
B
「うるせぇ///!」
ガラにもなく、顔を真っ赤にしてカバネの懐に駆け出す。
店内でセーブしていた分、カバネの懐に飛び込むのは容易だった・・・だが───
[ガキンッ!]
B
「っ!?」
確実に入っていたはずの一撃・・・いや、入ったは入ったが、逆に包丁の刃はカバネの生身には届かず、刃がこぼれた。
カバネ
「ざ〜んねんっ!!」
含み笑いを浮かべたカバネの胴体に、あばら骨が浮き出ているような装甲が覆っている。
B
「・・・ISか」
カバネ
「当たりだよ、"パンダ"ちゃん!」
B
「っ!」
『B』が飛び退くのと同時に、カバネの全身が白灰色の装甲に包まれた。
『リビングデット』・・・"骨龍"をモデルにされているこの機体から、独特な威圧を発している・・・まるで、地中から這い出た人骨のようだ。
すると、骨組みの尾がアスファルトに突き立ち、胸部の装甲が開口した。そこから露出される光る球体・・・"ISコア"
この時、『B』は悪寒を感じた。ISコアから直接、エネルギーを放出する威力を彼は身を持って知っている。
カバネ
[ニヤッ]
B
「ヤバッ───」
赤白い光線が『B』に向かって放出される。
『B』は逃げ出そうにも、ここで避けたら市街地自体が木っ端微塵だ。
B
「くそっ!」
舌打ちを打った『B』はすぐに赤白い光線に呑まれた・・・
カバネ
「・・・?」
だが、光線は『B』の後ろにまで通過していなかった。
カバネ
「っ・・・只者じゃねぇと思ってたが、お前もIS持ちか」
『リビングデット』の開口された胸部を閉鎖した。
B
「・・・ふぅ」
光線を相殺した『B』は、部分展開したIS片腕を薙ぎ払って量子化させ、握っていた待機状態の"金貨"を親指で弾く───
B
「出番だ・・・『雷神』」
雷鳴の如く輝き始め、薄金色の機体が現れた。
ゴツイ胴体と剣山のような背部ユニットが、かすかな街灯の光を何倍にも反射して輝いている。
鎖で繋がれたククリナイフを首に掛け、片手を開閉しながら相性を確かめる。
B
「うっし、やるか・・・ッ!」
カバネ
「がはっ?!」
光速で接近した『B』の突き出す右拳が、『リビングデット』の腹部にめり込む。
カバネ
「ぐぉっ?!」
よろけたカバネに追い討ちをかけるがごとく、左拳が顎を狙ってアッパーを決める。
上空高く打ち上がったカバネは、光速打の威力を恐れ、黒雲の中に逃げ出す。
『B』も後を追って、黒雲に飛び込んだ。
カバネ
(あんだよ、あの機体・・・?)
カバネは殴られた顎を擦りながら、黒雲内を逃げ続ける。今まで出会ったことのない機体『雷神』の位置を探ろうとするが、謎の電波障害で『リビングデット』はレーダーが使えない。
だが、この謎の電波障害が『雷神』によってもたらされたものだと分かった時、カバネの記憶にある出来事が思い返させられる。
カバネ
(確か、ついこの前、"妙な組織"の勧誘があった時・・・)
"妙な組織"・・・まぁ、『亡国機業』の残党なんだが、国に縛られないIS所有者であるカバネを引き込もうとしたのだろう。
だが、連日に渡っての交渉の努力も空しく、カバネはその話を断ったようだ。"時給が少ない"という理由で。
その時、カバネは『亡国機業』が過去に所有していたISのデータを見ていた。
カバネ
(私が見たのよりゴツイが、あれは『セルフ・ヒーリング』搭載機の1つか!)
『セルフ・ヒーリング』・・・自然界や大気中に無限に存在する特定のものを、SEの回復や破損箇所を修復させる機能のこと。
『雷神』と『海神』、そして獅苑が使用していた『"熱気"を操るIS』が該当する。
しかも、『雷神』が発する対妨害電波レーダーが搭載され、『セルフ・ヒーリング』自体がナノマシンの役割を担っている。
カバネは『B』が何らかの形で『亡国機業』と関わっている事を知ったが、まずは敵機の対処を考えた。
カバネ
(『セルフ・ヒーリング』は、ISコアのすぐ隣に搭載されていたはず・・・一発勝負か)
くるっと反転したカバネは、自分自身を餌にして『B』を誘い込む。
B
「ッ!」
そしたら、すぐに黒雲を掻き分けて、『B』が殴りかかってきた。
カバネ
「うぐっ・・・取ったぁ!」
一発だけ正面から受け、二発目をスレスレで避ける。そして、両手のカギ爪は絶対防御を貫通して『雷神』の腹装甲に突き刺さる。
B
「ぐふっ・・・おらぁっ!」
血を吐きながらも、帯電した右手がカバネの頭を掴む。
カバネ
「ッ───!!!」
頭から足の隅まで電撃が走り、意識が吹っ飛びかける。が、すぐさま『B』の手を振りほどいて、黒雲から逃れようと降下していった。
降下中、カバネは失いかけた意識に鞭を打った後、ニヤリと口元を歪める。
カバネ
(これで、アイツの機体もレーダーは使えないはず・・・今度こそ、灰にしてやるぜぇ!)
黒雲から飛び出すカバネ。
その時には、雲海の下は大雨が降っていて、雷も鳴っていた。
カバネは地面を背に、黒雲に向けて、胴体を構える。
胸部が開き、露出されたコアが赤く輝き始めた。
カバネ
(敵機予測地、3度修正・・・目標、"薄金色のIS")
「くたばれぇぇ!!」
ドォンとコアから発せられた光線が、大穴を空けて黒雲を突き破る。
その中心に、控えめに輝く満月が浮いていて、それを見たカバネは柄にもなく静かに眺めていた・・・こういう眺めも悪くないな、と。
カバネ
「・・・っ!? アイツッ───」
だが、そんな余韻に浸っている場合ではなかった・・・丸い満月の真ん中に、浮かぶ薄金色の機体。
カバネが気づいた時には、黒雲が満月ごと空を覆ってしまった。
カバネ
「くっ・・・次こそ!」
すぐにブースターを噴射させ、機体を安定させる。
カバネ
(コアの冷却には、時間がかかる・・・接近戦で息の根を止めてやる!)
少し焦りを見せながら、ギラリと光るカギ爪を構えて黒雲に飛ぶ。
その時、黒雲から落ちた雷とともに、『B』がカバネの両腕を固定させ、カギ爪を無力化した。カバネの両足も、ククリナイフの鎖を脚部で器用に巻きつけて固定させた。
B
「焦り過ぎたな・・・あのまま距離を置いておけば、少なくてもお前は"負け"なかった」
カバネ
「ハッ、"負け"? 何だ、お前はまだ"勝ち"の希望があるってのか? すでに、お前のISは───」
カバネが言い切る前に、『B』が口端を吊り上げて・・・
B
「お前がいつ、どこで『雷神』のステータスを知ったかはどうでもいいが、このISにはまだ秘密が隠されている」
カバネ
「・・・秘密?」
この時、平静を装っていたカバネだが、内心は冷や汗をかいていた。
B
「今の『雷神』には電撃や磁場を操る能力はない・・・だが、忘れたか? お前が腹部を貫いた後、俺に頭を掴まれて高圧電流を喰らったのを」
確かに『リビングデット』のカギ爪は『セルフ・ヒーリング』システムを破壊していた。
なのに、その後も電撃を操っているかのように、右手から電流を流し込んでいた。
今まで仕事を遂行してきたカバネならこの矛盾に気づけただろう。だが、高圧電流のせいで脳に支障が出たのか、敵機の事にしか目が行かなかった。
B
「『雷神』の装甲自体が避雷針になっていて、導体と絶縁体の両方の性質に切り替えられる。どういう事かは・・・って、思考力が落ちた今のお前には難しい話か?」
説明をしながら、カバネを黒雲に引きずり込む『B』。
B (はたたがみ)
「お勧めの脳外科を紹介したいが、俺は地理に詳しくないんでな。自分で探せ・・・『霹靂神』!」
黒雲にくすぶる電力が『雷神』に集束されて、この一帯の黒雲ごと吹き飛ばした───
お婆さん
「・・・」
翌日。天気は予報が外れ、快晴。
その日の下、お婆さんは墓石の前で手を合わせ、その後ろでは『B』が控えている。『W』もお婆さんの隣にしゃがんで、見よう見真似で手を合わせていた。
お婆さん
「・・・ふぅ。ありがとね、2人とも。お掃除もしてもらっちゃって」
W
[ふるふるふる]
B
「別に・・・」
お婆さん
「でも、今日は晴れて良かったわ・・・やっと、覚悟を決められる」
W
「?」
お婆さんの発言に『W』が首を傾げた時、『B』の背後から黒服の男女が訪れた。
黒服(男)
「楊様、申し訳ありませんがお時間です」
W
「ぇ?」
お婆さん
「ええ・・・そうね」
B
「お、おい・・・どういう事だ?」
お婆さん
「見ての通り。私は居るべき場所に戻るだけ」
B
「本気か? 店は?」
お婆さん
「・・・あなたに任せるわ」
B
「だ、だけど、俺はまだ───」
昨日の事を振り返る『B』。数週間、練習してきたパンの腕は、まだお婆さんには認められなかった。
お婆さん
「正直言って、もう少しはここに居ようと思ったの・・・だけど、思った以上に成長が早くてね。この先は、私に習うより、自分で身に付けたほうがいいわ」
B
「まさか、最初から戻るつもりで?」
お婆さん
「そう」
B
「・・・年寄りって、我侭だな。良くも悪くも」
お婆さん
「幻滅したかしら?」
B
「言ったろ。"良く"も悪くもって・・・これ以上は言わん」
お婆さん
「ふふっ・・・ヴィヴィちゃんもゴメンね。こんなお婆ちゃんで」
そう言ったお婆さんはしゃがんでいた『W』の頭を撫でると、一回首を横に往復させた。
お婆さん
「楽しかった・・・まるで、孫と過ごしているようで。ヴィヴィちゃん、ブライちゃん、ありがとうね」
B・W
「・・・」
2人は何も言わず、お婆さんが黒服の男女に誘導されて行くのを眺めていた。
B
「なんか、いつの間にか俺の名前、"ブライ"になっちまったな」
W
「・・・[コクッ]」
B
「・・・いいのか、止めなくて」
W
「・・・[コクッ]」
B
「・・・強いな、お前は」
W
「・・・[コクッ]」
B
「・・・ハンカチ、使うか?」
W
「・・・・・・[コクッ]」
黒服(女)
「楊様。本当に、あの2人を置いていって良かったのでしょうか?」
お婆さん
「大丈夫ですよ・・・強い、子達ですから」
黒服(男)
「・・・ハンカチ、お使いになられますか?」
お婆さん
「ええ・・・ええ」
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