憑き刀 |
ある男が町はずれの骨董屋を訪れた。
「こんにちは」
「おや、珍しいですね。こんな辺鄙な店にお客さんが来るなんてね。まあ、ゆっくり見て行ってくださいよ」
男と店主である老人は挨拶を交わす。その後男は目ぼしいものが無いか店内を見て回る。そして、店主のいるカウンターの後ろにかかっている刀が目に止まる。
「すいません、そこにかかっている刀は?」
「ああ、これですか? すいませんねえ、これは売りものじゃあないんですよ。ちょっといわくつきの妖刀でして、人様に売るわけにはいかないのですよ」
妖刀その言葉に男の興味は深まった。
「妖刀とは?」
「はい、まあ妖刀と言われるだけのことはありまして、伝説みたいなものがあるのですよ。そうですね、せっかくですからこの老いぼれの話に、一つ付き合ってはいただけないでしょうか?」
そして老人は静かに語り始めた。
時は戦国に遡る。一匹の流浪者が刀を拾ったことからすべては始まった。
荒れ果てた戦場跡に、物乞いに来ていた男がその刀を見つけた。戦場跡にぽつんと地面に刺さっている一本の刀。荒れ果てた大地に反して、刃こぼれ一つせず、鉛色に光っていた。
こいつは値打ちもんに違いねえと、男は刀に歩み寄る。近くで見れば、素人でも一目で名刀であることがわかる代物だ。
しかし、どうして傷一つないのだろうか。と言っても、そんなことは男にとってどうでもいいわけで、迷うことなく刀を抜いた。実際に手に取ってみると、どういうわけか、すごく手に馴染んだ。試に一振り。多少なりとも武芸に心得があったため、一振りでそれがいかに優れた刀であるかがはっきりと分かった。当初は売って路銀を稼ぐつもりだったが、こいつを手放すのは非常に惜しいと男は思った。
さて、刀を手に入れたはいいが、肝心の鞘がどこにも見当たらない。値打ちのつく刀は鞘も高級に作られており、頑丈かつ芸術品としての大きな価値を得ている。
周りを見渡してみるが、それらしきものは見当たらなかった。仕方ないと思い、男は腰に差していた自分の刀を放り投げ、先ほど拾った刀を鞘に納めようとした。が、大きさが合わず、納めることは出来なかった。
名刀であろう刀は鞘も特別性なのだろうか、男はそんなことを思いながら帰路に着いた。
最初は何の変化もなかった男だったが、次第に名刀―ではなく妖刀の影響が出始める。
それは、帰りの道中でのこと。
野道を行くにしても、真剣を抜いた状態でぶらぶらと歩くというのは色々と危険だ。すれ違う行商人達はおっかながって、ささっと逃げてしまうし、値打ちものと判断した野盗達と接触したりもするのだが、今回は何故か誰ともすれ違うことなくしばらく歩き続けていた。
刀を抜いた状態で歩いていると、この刀の切れ味はどうなっているのだろうか、という疑問が男の中で膨らんでいった。宝の持ち腐れとは真逆の、手に入れたものを今すぐ使いたくて仕方ないという欲求が男の中で高まっていく。
そんな時、一人の行商人とすれ違った。服装を見る限りわりと裕福な商人なのだろう。商人はこちらを振り向くや否や、やややと妙な声を上げながら男に近づいた。
「旦那さん、これを一体どこで?」
「お前のような裕福な野郎に言う事はない、とっとと失せな」
男が露骨に悪態をつくが、商人はにやにやとした笑みを浮かべながら刀を注視する。
「いやー、これは相当な値打ちものですぜ。どうです? こちらにお売りいただけないでしょうか?」
「話すことはないと言っただろう」
「まあまあ、そう言わずに……」
商人はそろばんを取り出し、金額を示唆する。
「これくらいでどうでしょうか?」
卑しい奴め、他人の事を言えないが男はそう思った。額も額だ、ここで取引して大名かそこらに高く売りつけるのだろう。
「ふざけるな、しつこいと斬るぞ」
苛立ちが増した男は声を荒げる。
「まあまあ、そう言わずに〜」
にたにたとした笑みを浮かべる商人に男の苛立ちはさらに増した。その苛立ちからか、脅しのつもりで言った、斬るという言葉も現実味を帯びてきている。
それからもしつこく商人に言い寄られ、男にも限界が訪れる。
斬りたい。
今すぐにこの下種な笑みを浮かべる野郎をぶった斬ってやりたいと。
それは刀の試し斬りをしたいという欲求も相まって、男を凶行に走らせる。
欲求が暴走寸前になり、男の目の色が変わった。
それを察したのか、商人は男から少し距離を取った。
「そ、そそ、そんな怖い顔しないで下さいよ〜。旦那〜」
間延びした声が男の精神を逆なでした。溜まりに溜まった苛立ちと、試し斬りにしたいという欲求がついに爆発した。
男は無言で一歩踏み込み、商人の左肩目掛けて斬り掛かった。名刀と思われるだけあって、刀の斬撃はは鋭く、商人を肩から真っ二つにした。断末魔を上げる間もなく、商人だった肉塊は大量の血をふきあげ、野道にボトリと落ちた。
すばらしい切れ味だ。男がそう思い、刀身を惚れ惚れするように見つめる。商人の血を浴びて、より一層妖しく光り輝いている。流浪者の身になれば、人を斬ることにためらいなどない。
刀の先から血が滴り落ちる時、妖刀がドクンと鼓動をしたような気がした。男は何が起こったのか理解できなかったが、手にした柄の部分からは心臓の鼓動のようなものが感じ取れる。
何だこれは。そう思って、男が刀から手を放そうとするが、刀は手に張り付いているように離れない。
どうなっているのだろうか。男の中で、先ほどの切り捨てた快感があっという間に冷め、恐怖に変わっていった。
戦場に憑りつく悪霊の類なのだろうか。
そんな時、ふいに聞きなれない声が聞こえた。
斬りたい。
もっと血をくれ。
斬りたい、斬りたい。
辺りを見渡すが、肉塊が転がっているだけで、野道に人の姿は見えない。
次第にその声が強くなっていき、男の中で反響する。
斬りたい、斬りたい、と。
それは次第に、男の叫びへと変化しつつあった。男の脳内に、自分の声が反響する。
斬りたい、斬りたい、と。
それに耐えられなくなったのだろうか、男は一際大きく叫ぶと、糸の切れた人形のようにだらりと腕を落とした。そして息を荒げ、まるで獣のように変貌した。そこにかつての男の面影はなく、すでに人ではなくなっていた。自我を失い、刀に意識を乗っ取られているのだ。人を斬りたいという欲求に。名刀だと思っていた刀―妖刀に。
そして、男は人斬り鬼と化した。
道行く人に次々と襲い掛かり、斬って回った。野道を行く人全てを。
斬って斬って斬りまくった。
彷徨う亡霊のように野道を徘徊し、人を見つけては容赦なく斬り掛かった。
やがて、それは幕府の耳に入る事となる。
野道に出没する謎の人斬りを何とかすべく、幕府は一人の剣客を呼んだ。幕府の者を向かわせても、返り討ちに遭うばかりで困り果てていたのだ。
剣客は名を有馬と言った。詳しい経歴などは一切明かされていないが、もっぱら剣の腕が立つという噂が絶えない。
「それで、俺に流浪者を斬れと」
「うむ、貴公の剣の腕は噂に聞いておる。……引き受けてくれるか?」
有馬は目を伏せ、了解したと言った。そして、こうも付け加えた。
「俺がこの依頼を受けるのは、世のため人のためではない。強い相手と剣を交えたい、ただそれだけだ」
そんな言葉を残して、有馬は城を後にした。
それを見送った将軍は舌打ちした。
「ちっ、剣の腕が立つだか何だか知らんが偉そうに……。同じ流れ者同士、勝手にやってのたれ死ねば言う事ないわい。……まてよ、これはいい機会なのではないか?」
そう言って、配下の者たちを呼び寄せて、何かを伝えた。
有馬が城を出てから、目的地である野道に着いたのは、実に二日ばかり過ぎた頃だった。
道中立ち寄った村や茶菓子屋は、人斬りの話題で持ちきりとなっていた。何でも、徐々に野道から村へと近づいてきているらしい。
有馬は解せぬと一人ごちる。詳しくは知らないが、見境なく襲い掛かるというところが有馬には解せなかった。彼は別に正義の剣を振っているというわけではない。汚れ仕事も何度かこなしている。しかし、彼には彼なりの剣の美学があった。一人の剣客として。
刀は武器であると共に、一つの芸術品でもある。また、武道という物は人間としての精神を高めると言った物も含まれている。剣に関することだけではなく、人としてのあり方なども。
しかしまあ、武士道と言ってしまえば聞こえはいいが、彼も所詮流れ者にすぎない。故に、彼の持つ美学は独自の美学でしかないのだ。刀は人を選ぶと言うように、彼は斬り掛かる相手もしっかりと選んでいる。それは、果たして美学なのだろうか、それとも自分の行いを正そうとする言い訳に過ぎないのだろうか。強者を求め彷徨う様は、もしかすると彼もまた、人斬りと大差がないのかも知れない。彼もまた、刀に魅せられた一人にすぎないのかも知れない。
さて、有馬が人斬りと対峙する時。
遠目から見た人斬りは、斬った人の返り血で着流しが真っ赤に染まっている。しかし、刀には返り血の跡はない。有馬の気配に気が付いていないのか、ぼんやりと野道に突っ立ているように見える。
「……」
そのまま無言で有馬は歩み寄る。距離が一定のところまで来ると、人斬りは有馬の方に振り返る。 人斬りは顔にも返り血がついており、それが乾燥し斑点のように残っている。目はどこか虚空を見つめているように、ぼんやりとしている。
「俺は有馬。邪道ながらにも剣の道を極めようと思う者だ。貴公もまた一人の剣士であるならば、晨朝に勝負したい」
有馬の声にも男は一切反応を示さない。
「残念だ、貴公も一人の剣士としてそれなりの誇りを持っているかと思っていたのだがな」
有馬は刀を抜かずに構える。それは居合と呼ばれる構えだった。
基本的に居合と呼ばれる構えは、間合いに入った相手を素早い抜刀で両断し、納刀するといった待ちの構えである。
彼が言うには、刀を抜くという事は自らの間合いをさらけ出すのと同じなんだとか。だからこそ彼は容易に刀身を見せない。故に刀身を視認したものはいない、彼に斬られた人間を除いては。
そんな構えを見ても、人斬りは何一つ反応をしない。
有馬はすり足の要領で一歩ずつ間合いをつめる。一歩、また一歩と。徐々に距離は縮まっていくが、人斬りは微動だにしない。
どういうことなのだろうか、有馬は疑問に思った。聞いた話では、人斬りは見境なく斬り掛かって来るのではなかったのだろうか。こうして間合いを詰めているのに、一切反応を示さない。虚空を見つめるように、生気の抜けた顔でこちらを見ようともしない。何者なのだこいつは。本当に、人間なのだろうか。
構えに入ってから一五歩目の時、突如人斬りは動いた。その場からほぼ予備動作無しで跳んだ。文字通り地面を蹴って、その場から突進のような形で有馬へと向かう。それは最早人のなせる速度ではなかった。
「!?」
突然の行動に対して、有馬の反応がやや遅れた。相手を両断するはずの抜刀が、人斬りの刀にぶつかる。人斬りの刀を受けたはいいが、続けざまに放たれる右蹴りが有馬の脇腹に刺さる。
「ぐっ」
有馬が脇腹に受けた蹴りは、さほど威力があったわけではなかったが、跳躍の勢いがそのまま加わっていたため派手にふっとばされた。勢いに押され、有馬はそのまま地面を転がる。野道の荒れた地面が有馬の頬を切る。すぐさま体制を立て直すが、人斬りは再びあの跳躍で一気に有馬に斬り掛かる。
「これしき!」
有馬はしっかりと刀で人斬りの斬撃を受け、重心を移動しながら押し戻す。角度をつけて、蹴りが出せないようにしながら。人斬りは跳躍力こそ人のそれを超えているが、力は一般的な人間と大差はなかった。
なるほどな、と有馬は一人納得した。この跳躍力を持ってして、道行く人を次々と斬って回ったのだと。一瞬にして人を斬るのもこれならたやすいだろう。
「面白い」
有馬も人斬りのように蹴りを繰り出す。これは真剣の勝負ではないのだ、足だろうが何だろうが使えるものは使う。
しかし、人斬りは寸でのところで後ろに跳び、それを避けて距離を取る。一度仕切りなしとなる。
「ふん、口ほどにもない」
有馬はそう言って、頬から垂れる血を拭う。
「お前の速度は既に見切った。もう一度俺の間合いに入ったのなら、その時は……斬る!」
チン、と音を立てて納刀し、再び居合の構えに入る。
「かかってこいよ、三流」
ピクリとその言葉に人斬りは反応した。挑発を受け、明らかに苛立っていることがわかる。無気力だった瞳が血走り、呼吸は荒れ、まるで獣のようだ。
「本性を現したな、化け物め」
有馬は不敵な笑みを浮かべる。実にこの状況を楽しんでいるように。だが、彼に武者震いと言った物は起きない。何でも剣先がにぶるからだそうだ。
じりじりと有馬は間合いを詰める。人斬りは獣のように豹変したとは言え、ひどく冷静だった。有馬を睨みつけながら、隙を伺い、機会を見出し、間合いを計っている。常に警戒し、一見冷静にも見えるが、息は荒れていて、今にも斬り掛かって来そうな気迫も感じられる。先ほどの虚空を見つめていた様子は今や微塵も感じられない。
先に動いたのは人斬りの方だった。人を超えた速度で有馬に突進する。それを待っていたかのように有馬も踏み込む。横に抜けるようにして、両者が交差する。
すれ違いざまの一瞬だった。
有馬の居合斬りは人斬りの斬撃よりも早く、そして的確に人斬りの土手っ腹を切り裂いた。有馬が踏み込んだことによって、人斬りの反応がわずかに遅れたのが勝負の決め手だった。早すぎる突進というものも、時としてそれが仇となる。
「いくら刀と跳躍が優れていたとしても、斬撃の速度が遅いのでは、俺の剣には勝てぬよ」
納刀と同時に人斬りが野道に倒れ込む。そこから血が野道に広がっていき、そのままピクリともせずに、人斬りは息絶えた。
こうして謎の人斬りは居合の剣客によって倒されたのだった。
しかし、妖刀の話はこれで終わらない。
有馬は嘆息した。期待はずれだったなと。人智を超えた跳躍からの斬撃には肝を冷やしたが、一度見切ってしまえばどうということはない。もっと強い者はいないのだろうか、そんなことを思いながら先ほど斬った相手を見据える。その時、ふと人斬りの持っていた刀に目が行った。
大層な業物であることは、剣客である彼には一目で分かっていた。そして、その刃にどこ知れぬ魅力があるという事も。
そうした魅力から、彼は人斬りの手から刀を奪い、自分で手にしてみる。刀はすんなりと人斬りの手から離れた。有馬は刃を見つめ、柄や長さと言った物をある程度感じとる。そして、居合が出来ないので上段に構え、一振りする。一振りで、今までの刀とはまるで違うという事がはっきりとした。
これは素晴らしいものだ。有馬はそう思って、何度か素振りをした。妙に手に馴染む感じが心地よく感じられた。鞘がないので、試しに今持っている刀の鞘に入るか試してみた。すると、驚くことにきっちりと鞘に納まった。彼の刀もまた、名刀と呼ばれていたためだろうか。しかし、彼が手にしたものは名刀ではなく、妖刀なのだが。
そんな時、背後に人の気配を感じた。咄嗟に有馬は振り返る。
「誰だ!」
そう叫ぶと、城で見かけた将軍の配下の者がいるではないか。いや、気が付くと有馬の周りを取り囲むようにして数百もの武装した家臣達がいた。
「……これは何の真似だ?」
「有馬、ここがお前の墓場だ」
「どういうことだ?」
「あの後将軍様に命令されてな、人斬りに加えてお前さんも始末しちまえとさ」
家臣達が嘲笑染みた笑みを浮かべている。
「は、お前たちに俺の相手が出来るとでも思っているのか?」
有馬が睨みを利かすと、何人かの家臣達はひっと短い悲鳴を上げた。
「し、しかし、この数と鉄砲隊までいるのだ。どうあがいてもお前に勝ち目はない」
それを聞いて有馬は自嘲的な笑みを浮かべる。
「はは、そりゃ確かにそうかもしれないな。ざっと見て三〇〇人強くらいはいるか」
「五〇〇人だ」
「そうか、五〇〇か……。なら、丁度いい。むしろ好都合だ」
有馬の自嘲的だった笑みが狂気の色に染まる。その眼は血走り、息が荒くなっている。そんな様子を見て家臣達が怯む。
「ちょうどこの刀の試し斬りがしたかったんでな!」
有馬は居合の構えから、一瞬にして話をしていた家臣の懐に潜り込む。その動きはまさしく、先ほど対峙していた人斬りのものだった。そして、持ち前の居合切りで家臣の首を撥ねる。もともと顔があった位置から勢いよく血を吹き出し、糸の切れた人形のように家臣は倒れた。一瞬の出来事で、何が起きたのだろうかと思っているこの瞬間にも、家臣達が次々と斬られていく。あるものは胴体から両断され、またあるものは理解する間もなく息絶えた。
そんな光景が映るが、ある程度は想定内だった家臣達は一瞬怯んだものの。強気にも攻めの姿勢に転じた。
「ええい、数ではこちらが圧倒的に有利。怯むな、全力で殺しにかかれ!」
その一声がきっかけで、鉄砲隊を含めた家臣達は有馬に襲い掛かった。
こうして、剣客有馬の、妖刀を使った大立ち回りが幕を開けた。
結果だけを言えば、有馬は死んだ。体に受けた銃弾が全てを物語っている。全身に銃弾を浴び、失血で息絶えるまで彼は狂ったように刀を振るい、家臣達を斬りまくった。その数およそ三〇〇。あれだけいた家臣達の半数以上をたった一人で斬ってみせたのだ。
これが後に語られる、三〇〇人斬り伝説の有馬の最期だった。謎の人斬りの出没は歴史の闇に消え、いつの間にか有馬の伝説と混同してしまったのだ。今ではそれを知る者も、知る術もなくなってしまったが、この地と共に、彼の伝説は後世にも語り継がれることなる。
が、それはまた後々の話である。
野道に息絶えた有馬の処分、人斬りの詳細、そして妖しげな魅力を放つ刀を含め、全ては将軍のもとに集結した。
「ふむ、お勤めご苦労。大義であったぞ」
「は、ありがたきお言葉に存知ます」
家臣の一人が頭を下げる。
「……しかし、将軍様」
「なんじゃ?」
今は将軍の隣に置かれている、回収した刀に目配せをし、家臣が告げた。刀は抜身の状態であり、家臣が有馬の鞘に納めようとしても、どういうわけか刀は鞘に納まらなかった。その為、こうして抜身のまま無造作に置かれているのだ。
「その刀はおそらく妖刀と呼ばれる代物でございます」
「何? 妖刀とな?」
将軍が思わず身を乗り出し、刀から少し距離を取る。
「はい、名称はいまだ判明していませんが、それはまごうことなき妖刀でございます」
周りの家臣たちがざわつき始める。
「しかし、妖刀なぞ一口に申しても、一体どういった刀なのじゃろうか?」
「それは……」
家臣は言葉を濁す。先ほど目にした有馬の姿や斬られた仲間を思い返す。やはりあれは尋常ではなかった。刀の欲に憑りつかれたあの人間の立ち回りは、常軌を逸していた。
「それには、何かが憑りついているように思われます」
「ほお、どうしてそのように?」
「はい。これは私感でございますが、有馬があそこまで狂って刀を振るっていたのは、全てこの刀が原因かと思われます。まず、有馬は流れ者なりにも刀に関しては我流の美学を持っていました。しかし、先刻の一件の際に彼の美学は感じられませんでした」
それを聞くと将軍は露骨に顔をしかめた。
「ええい、有馬をほめるようないい方はよさぬか。して、まずと言うたからには他にも理由があるのじゃろうな?」
「これは大変申し訳ございません。……次に、誰もが見て分かるように、この刀には妖しげな魅力が備わっております。現に、こうして抜き身で放置されていると、不思議と惹きつけられるところがございます」
「確かに……。この刀は妙な魅力があるのう。武器としての強かさだけではなく、美しさも兼ね備えておる。俗に言う、職人の魂が込められておると言ったところかのう」
将軍が高笑いをする。それに合わせるようにして、家臣達が苦笑した。
「ですが、その刀は非常に危険でございます。もしまた、有馬のような者にこの刀が渡るようなことがあれば、今回以上の被害が出ます。即刻この刀は処分するべきかと」
「処分じゃと? ならん、断じてならんぞ! このような芸術品は我が家の家宝にしたいものじゃ」
「ですが、将軍様!」
「ええい、我に逆らうと申すのか!」
それを聞くと、家臣はそれ以上何も言う事は出来なかった。
将軍は、先ほどまで恐れていたはずの妖刀を手に取り、刀身を見ては惚れ惚れとしている。いい名刀が手に入ったわいと言って、ご満悦の様子だ。
こうして、妖刀は将軍の家宝となって威厳を加え、天下泰平を築く礎になる予定だった。
しかし、事件はその日の晩に突然起きた。
草木も眠る丑三つ時、将軍が城を徘徊し、家臣達を斬り殺して回るという事件が起きた。将軍もまた、刀の持つ斬りたいという欲求に憑りつかれたのだ。最初に試し斬りにされたのは、皮肉にも妖刀の存在を示唆した家臣だった。夜中という事も相まって、将軍は滞りなく、家臣達を切り捨てた。一夜にして、城の内部が崩壊したのは言うまでもない。
そして、朝日が昇った頃。将軍は城下町に繰り出し、町民にも手を掛け始めた。すぐさま町は大混乱に陥ったが、それを聞きつけたある剣客が将軍を倒し、事件は一旦幕を閉じる。将軍の刀の腕もたかが知れていたのだ。
しかし、将軍不在のため幕府が滅び、再び戦乱の世に突入したのは言うまでもない。
そして、戦乱の時代の影にこの妖刀ありとして、今でもまた伝説として語り継がれているのであった。人に憑りつき、欲望を開放し、戦乱を引き起こす。そんな妖しげで美しい妖刀があったと……。
老人の話を聞き終えると男は嫌な汗をかいていた。すごく嫌な予感がしていた。
「いやいや、すいませんねえ。老いぼれのこんな長い話に付合わせてしまってね」
老人はにこやかにしているが、目は一切笑っていない。
「……何をそんなに青い顔をされているのですか? 今まさに伝説の妖刀があなたの目の前にあるのですよ!」
それを聞いて男は全力で出口へと駆けこむ。しかし、出口の戸は閉め切られていて、開けようにも開けられなかった。
「今更出て行こうとしても無駄ですよ、そこの扉鍵がかかっていますもの」
ゆっくりと刀を手にした老人が男に近づく。
「いやー、久しぶりに生きた人間が来るものなんでうるさくってうるさくって」
「い、一体、何がうるさいというのですか?」
震える声で男が訪ねると、老人がにこやかな顔のままで言った。
「え? 何がうるさいって? もう、わかってらっしゃる癖に……」
やれやれという老人はすでに息が荒くなり、目が血走っていた。
「血が欲しいと、妖刀が疼いているんですよ!」
老人が刀を振り上げる。
店内が鮮血に染まったのは、最早言うまでもない。
こうして妖刀は人を越え、時代を超えて、今もどこかで生き血を浴び続けている。
もし、あなたが、一際妖しく輝く妖刀を見かけた際には、十分にご注意くださいませ。
もし、あなたが、妖刀と言うものをお聞きになった際は、十分にご注意くださいませ。
大概その時にはすでに、手遅れな場合が多いかも知れませんが。
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