ガールズ&パンツァー 我輩は戦車である 〜姉妹編〜 |
我輩は戦車である。名を『あんこう』という。
『W号戦車D型』という制式もあるので、別にそちらを使ってもらっても構わない。
近いうちに『D型』の部分が変わるかもしれないので、とりあえず『W号』という呼称が妥当だろう。
戦車道の全国大会は早くも二回戦まで終了し、準決勝と決勝を残すのみとなった。そんな中、我々大洗女子学園はアンツィオ高校に勝利し勢いに乗っていた。
この学園から戦車道が無くなって二十年以上。そこから初出場同然の状態で準決勝までの進出。学園の内外ではこのまま優勝も、という声も出始めているらしい。
私が思うに勝利の大きな要因は二つある。
一つは他校の慢心。
これまでの大会は強豪校同士で示し合せをしたかの様な出場規定だったらしく、他校にとって大洗は『空気の読めない弱小校の蛮勇』としか映っていなかったという事だ。名も知らない小物など軽く捻ってやればいい。そういう認識が敗北に繋がったと私は考えている。
現に一回戦のサンダース付属は大洗より数で勝るという利点を持ちながら、フラッグ車を追われるという危機的状況下でさえ同数の戦車で戦った。フェアプレーだといえば聞こえはいいが、端から見れば油断による敗北としか思えないだろう。
もっとも、そういったサンダースの心意気は西住隊長に少なからず影響を与えたようだが。
もう一つは我々大洗の選手の気概だ。
各人により異なるようだが、それぞれに明確な目標が見えている。特にサンダース校に勝利した以降はそれが著しく、あの一戦は彼女たちに確かな自信をつけさせる事になった。
さらに、とある一件から西住隊長のモチベーションが大きく上昇しているというのも挙げられる。勝利を絶対とする彼女の実家の戦車道と、戦車に乗る事そのものを楽しむという我が校の戦車道。彼女は後者が確かに存在し、それが自分のとって心地よい道なのだと感じたらしい。西住隊長の指揮は各チームの自主性を尊重しつつ、全員の力を結集するという方向へ向かいつつある。これによる連帯感や技術の相互向上も大きいだろう。
私はこれらがアンツィオ校との試合で我々が大勝を収めた大きな理由だと考えている。決して楽な相手ではなかったが、サンダース付属との試合に比べ彼女たちに確実な成長が見られたのだ。
………なぜか私の記憶にあるアンツィオ校との試合時間は数秒しかないのだが、気のせいだろう。私もいい歳だ。きっと何かの拍子に忘れたに違いない。
さて、もうじきそんな事を思案している暇もなくなるだろう。
次のプラウダ高校は前大会の優勝校だ。まさかその優勝校が準決勝の相手を侮るなどというお粗末な事はしまい。ゆえにこちらはより一層気を引き締めなければならない。放課後になれば彼女たちは我先にとこの倉庫の扉を開けて我々に搭乗するだろう。その時間は間近に迫っている。
………思えば、あの扉が開かれ彼女が私に触れた時。あれこそが私の第二の人生の始まりだった。
西住みほ。私は彼女に出会えて幸運だった。このまま鉄屑となる運命を待つ私を変えたあの日を、私は今でも鮮明に思い出せる。誰もが鉄錆びにまみれた私に落胆する中、彼女だけは私がまだ動ける事を認めてくれた。あの時、私は自分の鼓動が再び動き出したのを確かに感じた。
感慨にふける私に一筋の光が指す。倉庫の扉が開かれたのだ。
ああ、やはり何度あってもこの瞬間は良いものだ。
その光に私はあの日の彼女の姿を幻視して―
(―なんだ?)
思わず疑問の声を上げた。
何故なら、そこにいたのは人ではなく薄汚れたダンボールだったからだ。
大型犬でも入りそうな大きさのダンボールが二つ、ちょこちょこと歩きながら我々の元へ近づいてくる。
なんだこれは。この光景はちょっとしたホラーではないか?
一応、箱の下に人間の足が見える。しかも女性のものだ。
だが、いったい何故だ? なぜ無人の倉庫にダンボールを被った人間が入って来なければならないのだ?
私の疑問をよそに二つのダンボールは倉庫の中央まで侵入し、何度か方向転換をした。おそらく箱体の穴を通して周囲の状況を観察したのだろう。
「………潜入は、成功したようだな」
「はい」
二つのダンボールから女性の声が聞こえる。
聞いた事のない声だ。我が校の戦車道のメンバー以外の生徒、もしくは。
「…ここが大洗女子学園の戦車道の拠点、か」
「狭苦しい倉庫ですね」
ダンボールからするりと出てきた二人は妙齢の女性だった。
どちらも私の記憶にない人物である。やはりこれは。
「しかし隊長。わざわざこんな所に潜入する価値はあるんですか?」
「それをこれから確かめるんだろう?」
他校の((潜入工作員|スパイ))か!?
困った事になった。
件の二人の女性は倉庫内を歩き回り、我々戦車の特徴や装備を入念に調べ始めたのである。
以前秋山殿がサンダース付属へ潜入し相手の車両と編成を調べた事を、今度は我々がされている。
完全に我々の迂闊だった。
まさか我々のような無名の新参校をまじめに調べようとする者などいないと、高をくくっていたのが裏目にでた。
「それにしても、隊長自らが調査にくる必要はなかったのでは?」
白がかかった髪を肩まで伸ばした女性が不満げに口を開いた。
その鋭い眼差しは自分が隊長と呼んだ相手を責めているように思える。
「他の人間に任せたらまともな調査なんてせず、適当に済ませていただろう。貴女みたいに」
しれっと返したもう一方、隊長と呼ばれる女性は茶色のショートヘアにこちらもまた鋭い瞳をしていた。
しかし、どうも私はこちらの女性に既視感がある。間違いなく初対面だと思うのだが、どこかで目にしたような。
「…ふぅ。まさかついでに妹の様子を見ようなんてバカな事は仰いませんよね。西住隊長?」
―――ああ、そうだ。
既視感があるのは当たり前だった。あの女性は我々の知る西住みほ隊長に良く似ているのだ。
「言うわけがないだろう。エリカ、貴女まで私をそういう目で見ているというのは嘆かわしいな」
気分を害したと言わんばかりにため息をつく西住と呼ばれた女性。
私は耳にしていたはずだ。我々の隊長、西住みほ殿は実家から離れてこの学園へ移ってきたのだと。
その経緯と事情を知っていたはずの私が、何故今まで気づけなかったのか。
西住まほという、彼女の実の姉が他校の隊長であった事をどうして。
「ではなぜこんな無名の弱小校の調査を?」
「そう侮っていたサンダースとアンツィオは敗退した」
「まさか、プラウダもそうなると?」
「戦車道は何が起こるか分からないものである以上、可能性はゼロではない。そしてそうなった時、私たちはろくなデータも無いまま決勝戦を迎える。そんな無様を黒森峰が晒していいと思う?」
西住まほ殿の視線は冷たく鋭い。おそらくあの目が私の感覚を鈍らせたのだろう。
我々の知る西住隊長が決してしないような、鋼の表情。
あれが姉妹の決定的な差となって私に気づくのを遅らせたのだ。
「…屁理屈ですね」
「理屈は理屈。放課後までに調査を終わらせる、いいなエリカ?」
「わかりました。これ以上言っても無駄の様ですし」
まほ殿にエリカと呼ばれた女性も渋々ながら調査を再開した。
本当に、困った事になった。
機密保持という点では早く誰かに来てほしいのだが、これが西住隊長に知られるというのも避けたい。彼女は姉のまほ殿に引け目を感じていた様だった。彼女の事情に理解のある我々あんこうチームはまだしも、他校の隊長に萎縮してしまう様を他のチームに見られては今後の士気に関わる。…いや、それ以前に私はせっかく自分の戦車道を見つけた西住隊長に暗い顔をして欲しくないのだ。
「改修中、のようだな」
私がそんな煩悶を抱えている間にも、まほ殿は私の状態をつぶさに観察していた。
今の私は先日発見された75mm長砲身の取り付け準備中である。改修が終われば、私もV突に等しい装甲貫徹能力を獲得できるはずだ。
「隊長、あちらに75mmが」
「なるほど。確かにV突だけでは火力が足りないか」
「何故今まで使わなかったのでしょう」
「使えなかった、のだろう。資金もしくは技術的な面で」
我々の内情はあさっりと看破されてしまった。私としては実に憤慨やるかたない結果だ。せっかくの武装強化なのである。秘密兵器の一つなのである。それをどうして無造作に倉庫に転がしているのか。
いや、本当は分かっている。
大洗の生徒達は『なんか凄そうなの見つかったねー。使っちゃおー』的なノリなのだ。
この武装の重要性を正しく把握しているのは西住隊長と秋山殿ぐらいだろう。あの二人はさぞかし喜んだに違いない。実際に秋山殿は砲身に頬ずりまでしていた。…彼女の将来が実に不安だ。
ともあれ倉庫の管理を担当する自動車部と生徒会はその重要性を把握できず、あえなく私の75mm砲は倉庫の隅で無防備に転がる事になった。その結果がこれである。生徒会にはセキュリティ面の見直しを切に願いたい。
「それで、どうします?」
「どう、とは?」
「この場で破壊なり細工をしておくべきでは?」
エリカ女史の言葉を聞いた私は血の気が引いた思いをした。
当然ながら砲身に異常がある状態での発砲は不発ないし誘爆の危険が大きく、下手をすれば乗組員に死傷者が出る。私に彼女達の力になるどころか、自らの手で傷つけろというのか。
「私たち黒森峰は戦車道において勝利を至上とします。隊長、それはあなたの西住流も同じでしょう?」
「………エリカ」
私が憤慨をおぼえる間にエリカ女史の言葉を十分に吟味したのか。
まほ殿はゆらり、と顔を彼女へ向けた。
「貴女は、勘違いをしている」
氷のごとき言葉を紡ぐ彼女の顔は鋼のように動かず、しかしてその瞳には憤怒が宿っていた。
「―あ」
その激情に飲まれたのか、エリカ女史は後ずさり私の履帯へ寄りかかった。
「西住流は勝利が至上。犠牲もいとわず前進して勝利を掴む。それは事実」
まほ殿はつかつかとエリカ女史へ歩み寄っていく。その足音には隠しようの無い怒りがにじみ出ている。
「それでも、卑劣な手段で他人を貶めてまで勝利しろなどという言葉は一度も口にした憶えがない」
遂にエリカ女史の目と鼻の先まで歩を進めたまほ殿は、正面から彼女を覗き込んだ。
「貴女は、西住流と黒森峰にそういう道を歩ませたい?」
それは有無を言わさぬ迫力だった。
是と答えればその場で罰すると言わんばかりの、恫喝に等しい詰問だった。
「…申し訳、ありません」
「分かればいい。軽口のつもりだったのかもしれないけど、二度とそういう事は口にしないで」
うつむきがちに言葉を吐き出すエリカ女史をまほ殿は優しくなでる。エリカ女史はされるがままにそれを受け入れていた。その表情からは険が消え、今しがたの自分の発言に後悔しているように見えた。
西住隊長が実家を離れた一因を目にした気がする。西住まほ殿。彼女は決して冷徹な人物ではない。だが、それ以上に厳格なのかもしれない。
こうして彼女たちの調査は再開された。幸いにも75mm砲は無事である。
しかし。
「ルノーB1。これも戦力補充でしょうけど、微妙ですね」
「そうだな。もっとも、八九式を使用している時点で戦力に予備が無い事は分かっているが」
「…どうして、この有様で準決勝までこれたのでしょう」
「さっきも言ったが、何が起こるか分からないのが戦車道の恐ろしい所だ」
「隊長、それで何でも片付けようとしていませんか?」
もう一つの戦力増強の要であるルノーB1の存在も露呈してしまった。
しかもさっきのひと悶着以降、二人の関係は良好である。何がどうしてこういう結果になったのかは分からないが、エリカ女史はまほ殿に信頼を寄せ、まほ殿もそれを快く受け入れていた。
「そろそろ時間か。エリカ、撤収するぞ」
「了解です」
遂に彼女達の偵察は終わってしまった。
なぜこういう時に限って早めに倉庫へ来る生徒がいなかったのか。いや、あらかじめ誰も来ない事まで調べての偵察だったのか。だとすれば恐ろしい相手である。仮に決勝で戦う事になれば、これまで以上に苦戦を強いられるに違いない。
私が戦慄をおぼえる中、二人はいよいよ倉庫を後にしようとして。
「すみませーん。私たちの戦車なんですけど、できれば今日中、に…」
『あ』
倉庫の扉から入ってきた西住隊長と鉢合わせをした。
そのまま数秒の時間が経過する。
その間、言葉を口にする者はいなかった。それどころか全員の動きが止まってしまっている。さらに数秒の後、いち早く硬直から抜け出したエリカ女史が西住隊長を睨み始めた。
これは拙い。昨年まで黒森峰の副隊長であり、もっとも大きな敗因である人物。それが西住隊長の立場である以上、エリカ女史が快くない顔をするのも当然といえる。そして何より、西住隊長はその事で姉のまほ殿に引け目を感じているのだ。彼女は何を言われてもうつむき受け入れる以外の選択をしないだろう。せめてこの場に秋山殿や武部殿がいてくれれば、まほ殿達の不法侵入を咎めて彼女を守ろうとするだろうに。
それを理解しているのか、エリカ女史は露骨に唇を歪め。
「こんな所で何をしているのかしら西住『元』副隊長殿。ああ、そういえばここでは隊長でしごふっ!?」
………ごふ?
「ひぅっ!?」
西住隊長が短い悲鳴を挙げた。
さもありなん。眼前で実の姉が凶行に走ったのだから。
「たい、ちょう、な、ぜ…がくっ」
まほ殿の鋭い肘鉄を受け、エリカ女史は昏倒した。
人体急所である鳩尾に思い切り振りかぶったエルボーバット。これは酷い。本当に酷い。
「おねえ、ちゃん…?」
怯えを隠せないながらも、西住隊長は決死の覚悟でまほ殿に声をかけた。
数秒後には自分もああなるのか。きっとそんな事を考えていたに違いない。
「………違う」
ぼそりと妹の言葉に答えたまほ殿は、懐から取り出した大きめの紙袋を頭に被った。
そして滞りない動きで目と口の位置にぴすぴすと穴を開け。
「私は戦車道の妖精、戦車仮面だ」
そんな言葉を、口から搾り出した。
…いや。いやいやいや。
完全に素顔を晒した後では無理があります。そもそも戦車道に妖精がいるなど初耳です、まほ殿。
「…えっと」
案の定、西住隊長は唖然としてしまった。この状況をまほ殿はどう収めるつもりなのか。
「いけないな、西住みほ。戦車のセキュリティはしっかりしておかないと、こういう輩に出し抜かれるぞ」
そう言いながら、まほ殿は床に横たわるエリカ女史を指差した。
なるほど、エスケープゴートか。しかしまほ殿、実行犯である貴女が言うと説得力がありますね。
「あ、うん。でも、その辺りは生徒会の人が仕切ってるから…」
「つまりお前の権限が中途半端なのか。そういうのは早めに掌握しておかないと後々面倒な事になるぞ?」
「う、うん…」
「まあいい。お前にそれが向いてるとも思えないしな。とにかく、私はそういう不正を止めるために来た」
「エリカさんがそんな事をするとは思えないんだけど…」
いえ、現に危ないところでした。
そういう意味ではまほ殿の言葉は正しいのです、西住隊長。
「改修は間に合いそうか?」
「うん。自動車部の人たちは凄く整備がうまいから」
「専門の整備士は…いないんだな。本当によくここまでやってきたものだ」
「そ、そうだね。自分でもちょっと驚いてる、かな」
うむ。戦車道に限った内容とはいえ、実に姉妹らしい会話である。
…これで姉の頭に紙袋がなければもっと良いのだが。
「では、私は帰る」
「あ、うん…」
エリカ女史を軽々と担いで倉庫を後にしようとするまほ殿を、西住隊長は見送る事しかできなかった。
やはり多少の会話だけで姉妹の間の溝は埋まらないのだろうか。私がもどかしい想いをしていると、まほ殿は僅かに西住隊長へ振り返った。
「…お前の姉からの伝言だが」
「え?」
「何をするにしても体には気をつけろ。だそうだ」
ぶっきらぼうにそれだけを口にして、今度こそまほ殿は倉庫を後にした。
軽快な足取りでその姿はみるみるうちに視界から消えていく。
「………」
西住隊長は無言だった。
私の視界には彼女の背中しか映らない。今、彼女はどのような想いでいるのだろうか。
「みぽりーん!」
「西住殿ー!」
それから数分して武部殿と秋山殿が倉庫に飛び込んできた。二人とも随分と慌てている。
「二人ともどうしたの?」
「スパイです! スパイが侵入したんです!」
「紙袋を被って同い年くらいの子を抱えた怪しい女子だって! みぽりん大丈夫? 何もされてない?」
「あ、うん。私は大丈夫」
一人、酷い目にあった人がいたけど。
ぽつりと呟く西住隊長の言葉は幸いにも二人に聞こえなかった。
「まさか我々の所にスパイが入り込むなんて迂闊でした。いったい何者なんでしょう?」
「…そうだね。きっと―」
秋山殿に答える西住隊長は苦笑を浮かべていた。
「―戦車道の妖精さん、だよ」
苦笑ではあったが、それは確かに笑顔だったのだ。
二人の姉妹が心から笑い合える日が来る事を、私は切に願うのみである。
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今回の主役は西住さんとお姉さん | ||
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