魔法少女リリカルなのは Duo 17〜18
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・第十七 面影

 

「良いからお前はそこに居ろ」

 その人は、いつものように頼もしい背を向けて告げていた。

 だけど、その日ばかりは、頼もしいはずの肩が、小さく震えてみた。

 もちろんそれは俺の見間違いで、彼女は微動だにしていない。でも、その錯覚は紛れもない事実でもある事を、俺は知っていた。

「ダメだ―――!? 今のあなたに、それは無理だよ―――!?」

 正面には大きな怪鳥。純粋な進化を経て生まれた生物とはとても思えない化け物が敵意を剥き出しにしている。

 普段の彼女なら何の問題も無い。何をどうしたところで、彼女を心配する言葉など罵倒以外の何物でもない。だが、今回ばかりは異例だ。

「止めてよ! 黄泉比良坂の毒が身体を蝕んでるのに! なんで無茶するんだよ!?」

 必死に叫び、彼女に逃げる事を強要した。そうしなければ彼女がどうなるか、子供の頭でも容易に想像できたからだ。

 だと言うのに、この気持ちは確かに伝わっているはずだと言うのに、彼女は少しだけ振り向いて微笑みを浮かべるだけ………。

「私を誰だと思っている? 私は―――だぞ?」

 怪鳥が奇声を上げ襲いかかる。

 本当は立っているのも辛いはずの、その人は、最後まで笑みを浮かべて対峙していた。

 巨体の一撃を当てられ、人形のように弾け飛んでも、その笑みは変わらない。

 むしろ血に染まりながら残忍な笑みを浮かべ、彼女は死地に飛び込んでいく。

「ダメだ―――!? 死んじゃう―――!? やめろ―――!?」

 そんな事をする必要はない。アナタがそこまでしたところで、誰もアナタを称賛しない。だから、だから帰ろう。二人で帰って、もう残り僅かな時間を大切にしよう。

 心の嘆きは、その人なら届いているはずなのに、それでも彼女は笑って死地に飛び込んでいく。

 俺にも彼女の心が伝わるが、その意味だけはどうしても理解できない。

 血飛沫が飛び、彼女の心臓が抉られた瞬間、俺はあらん限りの悲鳴を上げるしかなかった。

 

「―――ねえさんーーーーっ!!?」

 

 

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「ねえさんっ!!」

「ひゃわっ!?」

 掛けられていた毛布を跳ねのけ、必死で伸ばした腕は、呼びかけていた相手ではない、誰かによく似た別の人物だった。

 長い銀髪にヘアピンをしている少女で、知ってる誰かに似ているが、明らかに大きさが違う。誰だこれは?

「か、カグヤさん!? 目が覚めたんですか!?」

「………」

 誰だこれは? 俺の名前を知ってるみたいだが………。寝起きの所為で記憶が混濁してるのか? それともいつもの忘却か? 忘却なら別にどうでも良いのだが。

「あの? カグヤさん?」

「………いや、誰だお前?」

「え?」

 訪ねると女の子はガッチリと固まってしまい、驚愕の眼で俺を見つめてくる。

「ま、まさかカグヤさん………、記憶を―――!?」

「おい、だからそこのリィン似? お前は誰だと―――」

「解ってるじゃないですか〜〜〜っ!?」

 何故か怒られたぞ。何か俺がミスしたのか?

 目の前のリィン似は溜息を吐くと、困った表情で笑いながら説明し始めた。

「そう言えばこの姿を見せるのは初めてでした………。私は間違いなく、リインフォースUですよ。このサイズにもなれるんです。燃費が悪いので普段は使用してないんですけど………」

 どうやらそう言う事らしい。確かに気配もリィンのそれだし、どうやら間違いなさそうだ。しかし、でかくなっても推測年齢十代、中身もそうだが、どう足掻いても幼児設定なんだな………。

「っで、ここは何処でアレからどのくらい時間が経った?」

「カグヤさんが調達した戦艦で、ここはカグヤさんの部屋です。日にちは一日しか経ってません」

 それでも二十四時間も寝てしまったのか………。時間が無いと言うのに、悠長な事をしてしまった。

「俺が死にかけてからの事を教えてくれ。あそこから記憶が無い。それと、すぐに次の行動の準備に取り掛かるから、まずは管内の補給物資を―――」

 指示を出しながらベットから出ようとして、床に付いた足に力が入らず、そのまま倒れそうになってしまう。

「カグヤさん!?」

 慌ててリィンが胸に飛び込むようにして支えてくれたおかげで、床に倒れずには済んだ。

「あの後の事はお話します。でも、今は身体を休めてください! なんでか傷は完全に治ってますけど、それでも間違いなく一度死んでたんですよ!?」

「それがどうした? 死を恐れるくらいな悪役なんてやってるか………!? 状況は時間に猶予なんて与えてはくれな―――ぅ……?」

 リィンの肩を掴んで立とうとして見るが、まったく力が入らない。身体が痺れているとか、疲労で動かないとか、痛みで力が入れられないとか、そう言うのではない。そもそもそれだけの力が備わっていないかのように力が出ない。

「猶予が無くても力が出ないなら同じ事です! ともかく今は無理しないで身体を休めてくださいです!」

「身体が動かなくてもデスクワークくらいなら―――おぶっ!?」

 なおも抗議する俺を無視したリィンにベットの中に無理矢理押し込められてしまった。肉体能力は決して高くないはずのリィンにまで負けるとは………本当に身体の方は参っているらしい。

 それでも、ただ休んでいるだけでは時間を無為に使うだけだと、寝ながらでもできる作業を提案するが肩を押さえられて却下されてしまう。

「だから無理しちゃダメですってば!? 絶対安静です! 私達の中には治癒出来る人がいないんですから、ちょっとの無理もさせられません!」

「顔馴染みの医者くらいいる。今は本気で時間が惜しい。仲間集めも、最低でも後二人は必要なんだ! 目ぼしい人員を確保できるチャンスも減ってきている。今急がなくてどうするんだよ!?」

「どうしてそんなに意固地なんですか!!」

 怒った顔で怒鳴るリィンには失礼かもだが、子供体系の所為か、元々の性格の所為か、コイツが怒っても全然怖くない。むしろ微笑ましいとか可愛いとか思ってしまう自分は、案外余裕があると思う。まだ使えるぞこの身体。

 一向に退かない俺を見兼ねたらしいリィンは、一つ小さく溜息を吐くと、神妙な顔になって黙り込んでしまう。一体何事かと口を閉ざして待っていると、やがて小さく呟くように訪ねてきた。

「………そんなに必死になる理由………もしかして『お姉さん』と何か関係があるんですか?」

 ―――!!

 

 バシンッ!!

 

 気付いた時にはリィンの手を力一杯弾いていた。殆ど力の出ない今の俺でも、リィンが痛みで手を押さえるくらいには強く叩けるらしい。

 俺は、自分でも解るくらい酷い顔でリィンを睨みつけていた。リィンは怯えると言うより、何か失態を犯してしまった様に申し訳なさそうな表情をしている。一度目を瞑り、一瞬で頭に上った血を、ゆっくり息を吐き出してクールダンさせる。

 それでも細められた目を元に戻せそうになかったので、視線だけは別の方向に向けて告げる事にした。

「悪かったな。叩くつもりはなかった―――っと思う………」

「………いえ、はい………」

「何処で『ねえさん』の事を知った?」

「寝言で………、カグヤさん、ずっと魘(うな)されてて、お姉さんの事を呼びながら謝っていました………」

「そうか………、なら二度と『ねえさん』の事を軽々しく口に出すな。………よく知りもしない奴に、知った風に語られるのは勘弁ならん」

「………………はい」

 リィンがどんな顔をしているかは解らない。大体の予想はつくが、今下手に確認しても睨みつけるだけなので視線は戻せない。俺は一人になりたくて、大人しく横になると、布団を被ってリィンに背を向ける。

「お望み通り、少し休んでやる。だから出て行け。それと、艦のメンテは怠るなよ」

 リィンはまた「はい」と答えると、最後に「すみませんでした」と謝って部屋を出て行った。

 謝られた事に、何故か腹立たしさを感じた俺は、そんな自分にも腹が立って、無意味に頭をぐしゃぐしゃに掻き毟った。

 

 

 眠る。眠ろうとした。寝てしまおうと思っていた。

 だが眠れない。寝ようとしても胸に疼く想いが、突き動かして、頭の中は焦りで一杯で、頭の後ろがチリチリして、ともかく眠れるような状態ではなかった。むしろ、寝ている場合ではないと思えてきた。

 そうだ。俺はただ不貞腐れただけで、休んでなんていない。休むわけでもなくベットに潜り込んで時間を無駄に費やすなど、無為以外の何でもない。

 

 俺は何のために戦う事を決めた。

 何のために剣を手に取った。

 何のために無理を押し通した。

 何のために、この十年間を生き抜いてきたんだ!?

 

 布団を跳ね除け、時計を確認する。デジタルの表示を見るに、予想より多くの時を費やしてしまっている。映像で見る外の景色も、随分日が傾いている。

 やらなければならない。

 俺はベットから飛び出し―――そのまま床にか身体を打ち付けた。

 痛いなどとは言ってられない。ともかく立ち上がる。

 立ち上がれない。

 少ない魔力を無理矢理総動員して身体を強制的に動かす。

 フラフラしながらもなんとか立てた。だが、すぐに魔力が尽きて来て気分が悪くなる。

 それでも身体を動かす。前へ進む。足を踏み出す。また倒れる。また立ち上がり進む。

 部屋の出口まで五メートルも無い。だと言うのに、その距離だけが果てしなく遠くに思えた。

 怪我による肉体の低下ではないので、集気法は使えない。病気でもないので薬も意味はないだろう。だから、この身体を動かせるのは、完全に精神力だけだ。

 なら無理だ。

 解っているが、それでも俺は身体に力を入れる。

 魔力の限界で既に吐き気までしてきた。

 それでも止まっている訳にはいかない。だから必死に手を伸ばす。

 

 そうだ。忘れるな。俺は何のために立ち上がったんだ?

 あの時、大怪我をしたあの時、時食みの存在を再確認した俺は、それを最後の好機と自分を奮い立たせたはずだ。

 それまでだってずっと、俺は知識を蓄え続けた。それは何故だ? 諦めきれなかったからだろう? なら、ここで諦める理由があるのか? 立ち止まっている暇があるのか?

 最弱の俺に、この程度で休憩を入れている暇があると言うのか!?

「そんなの………っ! ない………っ!」

 そうだ! あの人はもっと苦しかったはずだ!

 あの人はもっと悲しかったはずだ!

 あの人はもっと寂しかったはずだ!

 それでも、あの人は強かった。強かったから譲る事が出来なかった! だからあの人は一人ぼっちだった!!

 そんな彼女を救う方法はなかった! 仮にあってもあの時の俺には―――!

 でも、可能性が出来たんだ! だったら止まれない! そんなに安いモノじゃない! 無理だなんだと言われようと、それは諦めて良い物なんかじゃない!!

 

 なぜなら俺は、あの人の―――なのだから!!

 

 手を伸ばす。

 渾身の力で伸ばした手は、扉にも届かず崩折れる。

 いいさ、何度倒れてもまた立ち上がってやるだけだ。どんなに苦しくても、前に進む事は諦めない。

 床に伏せる屈辱を覚悟した瞬間、目の前の扉が勝手にスライドして開いた。そこから現れた誰かが素早く俺を支えた。目の前に映る金色が眩しくて、よく顔が見えない。

「何してるのカグヤ!? 安静にしてないとダメだよ!?」

 声で解った。この怒るより心配が優先した声は間違いなくフェイトの物だ。

 温かい………、人肌の温かさが、妙に気持ちいい。

 心が落ち着いた。

 だから大丈夫だ。また立てる。

 俺は、甘えてる暇などない。今甘えたら、いつまで経っても抜け出せなくなってしまう。

 フェイトの肩を掴む。彼女を支えに立ち上がろうとするが、掴んだ腕にも、震える足にも殆ど力が入らない。吐き気は更に悪化して、既に脳内にぶちまけてしまっている様な錯覚を得る。

 それでも身体は止められない。だから動かす。

 それをフェイトが抱きしめる様に肩を掴んで、床に座らせて止めてくる。

「ダメだって!? こんなに顔が真っ青なのに、無理しないでよ!?」

 『無理するな』? 何を言っているんだコイツは? 今がどれだけ切迫した状況なのか解っていないんじゃないか? いや、解ってないんだ。だからこんな事を軽々しく言えてしまう。この状況を理解しているのは俺だけだ。だから俺がしっかりしないといけない。

 歯を食いしばる。体中の筋肉を総動員して、ともかく動く事にだけ集中させる。

 まるで重力が十倍になった様な感覚に苦悩しながら、足を踏締め、膝を伸ばし、腰を上げて、背筋を反らし、一歩前!

 だが、感情でどんなに訴えたところで身体(現実)は全く応えてくれない。

 心配するフェイトの腕を押し返す事も出来ない。

「戻ろう? カグヤ。カグヤが寝ている間は私達が出来る限りの事するから―――」

「それじゃ……っ! 足りないだろう………!!」

 フェイトの肩を掴み、反論する。声が掠れて、叫んでいるのか、ただ息を吐いているのか解り難い。喋ろうとすると肺が勝手に酸素を求め、息継ぎが多くなってしまう。更に喋り難いぞ。鬱陶しい。

「俺は……っ! 俺は急がないといけないんだ……! あの人を助けないと……っ! 誰でもない、俺が………っ!」

 あの人を助けるのは俺でないといけないんだ。こんな所で止まってるわけにはいかないんだ。誰かに任せる事なんてしていられない!

 掴んで手を引っ張る。

 必死にこの想いを訴える。

 誰かに伝えたかったわけじゃない。でも、伝えないと協力してもらえない。

 俺はあまりにも非力だから、どうしても他人の力が必要なんだ。

 でも、これは俺の我儘で、そして世界に喧嘩を売る様な事でしかない。

 それはつまり、誰も味方になどなってはくれないと言う事。

 俺一人が悪役を演じないといけないと言う事だ。

 それでも他人の力が必要で、僅かな奇跡(出会い)を手繰り寄せて、なんとかここまで辿り着いたんだ。それを無為になんかできないのだから!

「あの人が………っ! 待ってるんだ………っ! あの人はずっと………! ずっと、一人で待って………っ! 俺が助けないと………っ!」

 この想いは、あの人にだけ捧げ続けた願いは……っ! 決して絶やして良い物であるはずがない!

「あの人に返せなかった分を………っ! 返さなきゃいけないんだ………っ!」

「!」

 突然、視界が金色に埋まった。

 それがフェイトの髪で、俺は今、フェイトに抱きしめられているのだと理解するのにだいぶ時間がかかった。

「もう止めて―――なんて言わない………!」

 押し殺した様な声が、鼓膜を揺さぶった。まるで泣いている様な震えた音は、身体全体に染み渡る様に伝わってくる。

「でも、お願いだから……忘れないで、カグヤ………。私達が、ここに居る事を」

 身体中に炎のように巡っていた神経が緩んでいく。まるで燃やし尽くした木の枝のように、ゆっくりと鎮火していくのを感じる。

 人の温もりに包まれている事が、とても安心して、『逆らう』と言う言葉そのものを忘れて行きそうだった。

 フェイトの体は軟らかくて、とても気持が良い………。気が落ち着いて行って、勝手に眠くなっていく。

 耳にはトクン、トクン、とフェイトの命の奏が心地よく伝わってくる。

 勝手に瞼が落ちてきてやっと解った。人って言うのは、こんなにも誰かを安心させる事が出来るのだと。

 心地よい眠り、心地よい虚脱、心地よい………安堵。

 不安だった物が消えて行き、不思議と身を預けてもいいと思えて行き、俺は抵抗するのを止めて、大人しく瞼を閉じた。

 

「私は、何があってもカグヤの味方だから―――」

 

 最後に耳に入った言葉が、あまりにも理想的だったから、俺も何かを伝えたくて、無意識に口を動かした。

「――――」

「え? ………〜〜〜〜っ!?////」

 

 

 

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・Aria

 

 カグヤの顔を眺める。

 もう本当に眠ってしまったらしく、今は規則正しい寝息を漏らしている。

 でも、身体中汗だらけで、顔色も青ざめたままだ。身体の温度も低くて、とても健康そうには思えない。メディカルスチェックの時は異常無しと出てたけど、やっぱりアレだけの事があったんだもん。私達が気付けないだけで身体に異常が出てたんだよね。

 私はカグヤを抱き上げてベットに寝かし直してあげる。

 あ、今普通にやって気付かなかったけど、カグヤって相当軽いんだ? まるで女の子みたい。ティアナ………より軽いかも? もしかしたらキャロと同じくらいかな? でも体格差が違うし、いくらなんでもそこまで軽くないよね?

 備え付けのタオルで汗を拭いてあげながら、つい、目が行って寝顔を覗き込んでしまう。

 とても気分が悪そうにしているけど、よく見ると御肌真っ白だし、シミ一つない。それどころか、少し触ってみたけど赤ちゃんみたいに柔らかくて艶々している。これは、なまじ普通の女の子より女の子らしい肌かもしれない。

 つい自分の肌を触って比べてみたり………ま、負けてなんかないよ!?

 って、病人相手に何を考えてるんだろう私……。

 カグヤと一緒に居ると、いつもペースを崩されてばかりだ。

 外でご飯をする時は、変な物(恋人限定トロピカルジュース)注文するし、会話してると勘違いしちゃう発言(エロい妄想を誘発される紛らわしい発言)してくるし、案外皆の事見てて、何も言わずに影から助けてくれたり、鋭いと思ってたら、いつの間にか自分で言った事も忘れてぼうっとしてるし………。

 それに何より、カグヤを見ていると、あの人を見ているようで………。

 私は溜息を一つ洩らし、カグヤに毛布をかけ直してあげながら思う。

 

 本当に、放っておけない人だ。と………。

 

「それにしてもさっきの台詞………、冗談、だよね………/////」

 目が覚めたらカグヤに訊いてみたいけど、なんだか恥ずかしくて聞きたくない。でもやっぱり本心は聞いておきたいし、だけどカグヤ意識がもうろうとしてたから憶えてないかもだし………!?

 その日、私に悩みが一つ増えてしまった………。

 

 

 

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・第十八 命

 

 

「なんでお前らは交代で俺の看病に来ているんだよ?」

 憮然とした態度で訪ねるカグヤに、今日の看病係となったスバルが、何が面白いのか笑顔で答える。

「カグヤさんが、また無茶しないようにって見張る事になったから」

「嬉しそうに言うんじゃない。……もう勝手に動かんよ」

 その言葉は本当だった。不思議な事に、フェイトとの邂逅以降、彼は内心に抱いていた焦りを、まったく感じていなかった。それよりも冷静に、怪我を完治させた方が効率が良いとさえ、判断できる様になっていた。

 無論、彼の中で全ての不安が消えたわけではない。こうしている今でも、刻一刻と時間が過ぎて行く事に危機感は感じていた。だが、心の葛藤はあっても無理をしようとは思えない。自分の状態が早く治れと思えど、傷を押して立ち上がる気にはなれなかった。

「しかし、寝てるだけと言うのは暇だぞ? スバル? 暇潰しにナース服でも着てみないか?」

「暇潰しであたしにナース服を着せてどうするつもりなの?」

「大笑いしようかと?」

「興奮すると言われた方がまだいいよ!」

「じゃあ興奮してやるから浴衣着てくれ」

「なんでそんなに面倒そうな表情で要求してるの!? 着ないよ! って言うか持ってないよ!」

「十分待て………」

「早速作ろうとしないでよ!? っていうか、その裁縫道具どこから出したの!?」

「千早の内側に『神蔵』っていう転送術式が編み込んであるんだよ。予(あらかじ)め用意した空間の中に仕舞っておいた物を取り出せるんだよ」

「意外とちゃんとした理由だった………。じゃなくて! 裁縫道具で浴衣を作るって―――そんな簡単に作れる服なんですか!?」

「一年くらいは暇つぶし出来そうじゃないか!?」

「真面目な顔でずれた事言ってる………」

「ツッコミ甘いぞ! 何やってんの!?」

「凄い理不尽な事で怒られた!?」

「………スバルは弄ってもあんまり楽しくない」

「唐突に呆れられた上に、理由がかなり凹む!?」

「役立たずめ」

「えええぇぇぇぇ〜〜〜〜っ!?」

 吐き捨てるように言いのけられたスバルは、涙目になって本気でへこんだ。

 さすがに悪い気がしてきたカグヤは冗談だと一言告げてから空中モニターに放送テレビを映し出す。

 画面はニュース報道で、今現在一番話題として持ち上がっている時食み関連のニュースが報道されていた。

 被害を受けた地域で、沢山の犠牲者が出たと、詳しい人数が表示されている。

「またたくさん食ったみたいだな………」

 カグヤの呟きにスバルが顔を上げて画面を覗き見る。死傷者の数と、現場の惨状に思わず眉を顰める。

「こんなに………、なんであの子達は、こんな事………」

「命は時間の密度が濃いからな」

「え?」

 カグヤの呟きに視線を向けるスバル。

 カグヤはスバルの視線に応える様に軽く説明する。

「アイツらは時食みに時間を食べさせているのさ。だから時間に干渉している全ての物を食べさせる。それがあいつらの目的に必要なエネルギーだからな。だが、無生物の時間じゃ量は採れるが質が悪い。だからああやって人間も食べさせているんだろうよ。生物はその身に刻んだ時間を形として残すからな。劣化していくだけの無生物とは違い、良い質が採れるんだろうよ」

「だから人を襲わせてたの? ………ひどい」

 顔を顰めるスバルに対して、カグヤは何でもない事の様に片目を瞑る。

「人様気にして量だけ揃えても失敗する可能性があるからな〜。成功させたいのなら生物を中心に襲うのは当然の選択だろう?」

「そんな言い方―――!?」

「何を怒ってんだよ? 別に俺がやってるわけじゃないぞ?」

「………」

 それはその通りだが、カグヤの物言いが納得できないスバルは、どうしても憮然とした表情になってしまう。

「………お前さ、余計な感傷なんかしてるんじゃないだろうな?」

「余計………?」

「お前レスキューが仕事だったな? 今すぐにでもあの現場に行って仕事したいとか思ってるんじゃないのか?」

 何処か呆れた様な、ともすればバカにしている様な表情で、カグヤはスバルに対して告げる。その姿がとても気に入らなくて、スバルの表情はますます強張ってしまう。

「もしそうだったらなんなの? 助けられる命があるなら助けたいと思うのが何かおかしい?」

「命を助けるねぇ〜〜………。それで?」

「なに? それでって?」

「だから、それで? 助けに行きたいなら行けよ? 俺は止めないぞ?」

「それであたしが助けに行ったら、カグヤさんとの約束破る事になるじゃないですか?」

「なんだ? 律義に守るつもりなのか?」

「カグヤさんは口にした約束は守ってきたから………」

「でも命を助けたいんだろう? 命と約束、どっちが大事なんだ?」

「それは………どっちも………」

「半端だな」

 言われたスバルは言い負かされた様な気がして反抗的な声で返してしまう。

「じゃあ、カグヤさんならどっちを選ぶって言うんですか!?」

「は? 俺? ………さあ? 命より優先する約束なら約束を選ぶし、逆なら然りだ」

「何かズルイ答え方です」

「普通はそう答えるんだよ。っていうか、そうとしか答えようがないだろう? お前にとって優先すべきは俺との約束か? それとも今報道されている命か? そう言う質問だろう?」

「あたしは………、でも、今から助けに行っても、たぶん邪魔になるだけだろうし……」

 それは言い訳ではなく事実だった。現状、既に動き始めている救急隊は、ちゃんとした指揮者の元に従っている。こんな所をスバルが単身乗り込んでも、命令系統が狂うだけだと言われ追い払われるか、重要人物と接触していた事を理由に管理局に捕縛されるかのどっちかだ。今更行っても意味はない。

「なら、約束を優先すれば? それだけだろう?」

 あっけらかんと言われたスバルはさすがにカチンッ、と来て叫ぶように反論する。

「そんな簡単に言わないでください! 命がどれだけ重いと思ってるんですか!?」

「んなもんに重さなんてねえよ。軽い軽い」

 それはあまりの言いようだった。物事を解っていない子供が適当に言うのとはわけが違う。本気でその程度にしか見ていないと言うカグヤの姿に、スバルの中に怒りを通り越して絶望感さえ浮き上がってきた。

「じゃあ、カグヤさんにとって、あそこに居る人達なんてどうでも良いって事? 皆死んだって当然だって言いたいの!?」

 それは魂の叫びとも言える彼女の心からの訴えだった。他人を蔑にする目の前の人物を、一時とは言え信じたからこそ今まで付いてきたのだ。それが、こんな事を言うような人物だと知って、何もかも全部を騙された様な気分になっていた。

「死んで当然の命なんてあるわけないだろう!」

 が、それは突然の叫びによって堰き止められた。

「命は軽い。そうでないと言うのなら、どうしてこんなにも簡単に命は失われるんだよ?」

「そ、そんなの………」

「ああ、解ってるさ。だが勘違いしているんだよ。お前達は………。命が本当に大切だと思っているのなら、なんで命って言うモノをちゃんと理解しないんだ? 命の全てが重いのなら、動物以外にも虫や植物だって命だろうが? それらを無視してまるで人間こそ命の頂点に立つような言い方をして………、まるでそれが綺麗な物であるように扱い、自分達の行動を美しい物にしようとしている。命はお前達の善意を証明するための道具じゃねえぞ?」

「そんなの解ってる! そうじゃなくて、あたしは傷つかなくてもいい人達を傷つかなくて済む様に助けたいって―――!」

「なら、命がどれだけ簡単に消える物なのか………お前なら理解してるよな?」

 スバルは思わず言葉を飲んでしまう。

 レスキュー隊をやっているスバルにとって、人があっさりすぎるほど簡単に死ぬ現場を見ている。だからこそ、カグヤの言葉に否定的でも、どう返して良いのか解らず、窮してしまう。

「命の重さは軽い。お前や、他の誰がどんなに願おうと、失う時は簡単に消え失せる。よく限りある命に『儚い』って表現している奴がいるが、その言葉の本質を何処まで理解しているのかねぇ?」

「………でも、そんな命を守りたいって思う人達がたくさんいる。だから命はその人達の想いの分だけ―――」

「それでも軽いよ。まるでヘリウムを入れた風船みたいに、手を放せばあっさり空の彼方だ。二度と手は届かない」

「大切なものでしょっ!? だったらなんでそれを軽いなんて言えるの!?」

 激昂するスバルに対して、カグヤの態度は冷ややかだ。

「どんなに大切な物でも、大事にしている物でも、それか簡単に消える。それを『軽い』と表現しなくてなんて言うんだ?」

「軽くなんかない! だって! それはとっても大事なものじゃない!」

 スバルの脳裏に一瞬、母親の姿が横切る。

 まるで亡くなった母親まで愚弄されているようで、我慢できなかった。

「大事な事と………、その命が重い事は別だ………」

「だったら、カグヤさんは! 亡くなってしまった人を悲しむ人達も、皆軽蔑するって言うの!?」

「………さあな。少なくとも、嘆く事を否定したりしないさ」

「なんなのそれっ!?」

 カグヤの言わんとしている事が全く解らず、スバルは悲鳴を上げる様に叫ぶ。

「やっぱり勘違いしているぞスバル。命を大切にする事自体は間違っていない。だが、それがお前達が思っている以上に失い易い物だって理解してないと言っているんだ」

「だから何なの? 結局カグヤさんは何が言いたいのさ………!?」

 

「誰かを助けるのに俺が邪魔なら、さっさと切り捨てろって言ってんだよ」

 

 一瞬、スバルは言われた言葉の意味を正しく理解できず呆けた目で見てしまう。

「お前は命の重さを勘違いしている。だが、命の重要性は間違っていない。だったら俺との有って無いような約束なんか忘れて、さっさと助けに行って来い。………そして、御姉さんを安心させてやればいい」

 カグヤは最後に「こんな解らん男の傍よりずっと健全だ………」と呟き言い終える。

 この時になってスバルは、二つ気付く事が出来た。

 一つは、カグヤがスバルに気を使っていた事。スバルに姉がいて、その姉がスバルの事を心配していると知って、自分でした約束を反故にしてでも、スバルを管理局に戻そうとしている。

 もう一つは、カグヤの事。命の話をする時、カグヤは誰かをイメージしているかのように遠くを見て語っていた。それはきっと、先程のスバル同様、誰か亡くなった人の事を脳裏に思い出していたのかもしれない。

 スバルにはカグヤが解らなかった。

 まるで悪役の様に登場し、仲間に引き込み、しかし懐に入れば、少し意地悪なだけの普通の青年。かと思えば辛辣な物言いをして拒絶し、その顔で他人を気遣って立ち止まる。

 この男は一体何処に向かって歩いているのだろう? そう疑問を抱いてしまう。

 何だか考える事に疲れたスバルは溜息一つで全てを忘れる事にした。

「一つだけ聞かせてもらってもいいかな?」

「なんだ?」

「カグヤさんにとって、私達はどんな命なの?」

「………死なないでいてくれるなら、それでいい」

 そっけない態度にも見えるが、彼の言動としては充分優しい物に思えた。まだ距離を測りかねているだけで、基本的に友好的であろうとしているのが垣間見える。

「はあ………、もう仕方ないなぁ〜〜」

 大体を理解したスバルは、いかにもと言う様に盛大な溜息を吐く。

 肩の力を抜くスバルに疑問を抱き首を傾げるカグヤ。そんな彼に対して、スバルは腰に手を当てて苦笑を浮かべて見せた。

「カグヤさんの事は考えても解らないから、考えない事にします! そもそも最終的に付いて行くって決めたのは私自身だし、今更途中で抜けるのも気分悪いし」

「………なんだ、結局残るのかよ?」

「『後悔するぞ?』とか言わないでよ? こんな事で後悔するくらいなら、もっと先に後悔してるんだから」

 スバルはそう言ってカグヤの点けていたモニターを消してしまう。

 カグヤはそれに文句を言わずに、ただじっとスバルを見つめる。

「な、なに?」

「………ずっと疑問だったんだが、なんでお前らは俺を信じてくれるんだ? 正直、ここまで自分の事を黙っている俺に、脅迫無しで協力してくれる奴がいるとは思えなかった」

 それはずっとカグヤが抱いていた疑問。そして誰もが感じている疑問でもあった。

 カグヤは誰が見てもまっとうな人間とは言い難い。説得の方法と言うのも、あまりにも荒っぽい手段で、信頼を得るにしては些か暴力に過ぎると言うもの。それをどうしてか、スバル達は、誰一人としてカグヤを騙す事なく共に付いて来てくれているのだ。それは、自分達が信じている者達―――ひいては味方と言える者達を裏切っている行為でさえあると言うのに………。

 訝しむカグヤに、スバルは少しだけ優しい笑みを作る。

「カグヤさんこそ、そんな質問するなんてらしくないね?」

「いや、これも俺の普通だぞ? お前、俺が何も言わずに自分の中だけで全てを解決して終わる奴にでも見えるのか?」

「違うの?」

「いや、正直素晴らしい洞察力だと思うぞ。お前に見抜かれたのが癪なだけだ」

「ヒドイッ!? ………最初はね、ただカグヤさんが逃げるのが上手かったのと、思ったほど悪い事をしていないって事を考えて、一緒に居た方が悪い事させずにすむかも、って思っただけだった。誰かの命を奪ったり、沢山の人を悲しませるようなら、すぐに止められる傍が良いって思ったら」

「フェイトといい、リィンといい、お前ら、人の懐でかなりやんちゃな事考えてやがるなおいっ………?」

「でもね………? いつの間にか、そんな事どうでも良くなってた」

「………?」

「だってカグヤさん、あたし達が思っている以上に、すんごく弱いし、実は頼りない所もあるし、色々忘れっぽいし、甘い物大好きだし―――」

「酷い言われようだ………、ってか、最後のはダメなのか!? 甘いも好きは罪だったのか!? お前の中ではランクダウンな条件ですか!?」

「―――なのに一生懸命で、一人で無理ばっかりして、いつも人に気を使ってばかりで、自分だけ疲れた顔して、おまけに今回みたいに倒れちゃうし」

 溜息交じりに言われ、カグヤも二の句が継げなくなっていた。正直返す言葉が無いのだから仕方ない。

「傍に来てみて、少し解ったんだけど………、カグヤさんは、誰も協力してくれない様な、そんな事をやろうとしてる。たぶん、それって沢山の人に迷惑をかける事なんだよね? でも、それを止める気はない。………ううん、止められないんだよね? たぶん、あたし達じゃどうやっても助けてあげられない様な事。だからカグヤさんはあたし達に投降はしてくれなかった。敵対してでも叶えたい願いがあったから………。あたしには、まだ良く解んないけど、でも、あたしがカグヤさんの方に近寄って、それでカグヤさんを助けてあげられて、最後には皆で笑って終えられたら、それが幸せだから。だから………、ああ〜〜っ! なんか上手く言葉にできないけどぉ〜〜………っ! ともかく! あたしはカグヤさんの事も助けてあげたい! そう思ってるの!」

 力強く拳を握る少女を前に、カグヤは呆然とその姿を眺める。

 彼は思う。『この子は強い女の子だ』と。どんな障害が目の前にあっても、自分を信じ、自分の信念を曲げる事なく、真直ぐと進む事の出来る執念がある。そんな子は、間違いなく強いのだと、眩しそうに見つめる。

「それに、なんて言うか………? カグヤさんって、見てて可愛い所あるから、なんか助けたくなっちゃうんだよね〜〜〜♪」

「Σ!」

 額に衝撃を感じたカグヤは、少し考えた後、怒りを素直に攻撃的な形で表現する事にした。

「矢鳴り」

 カグヤは霊鳥を矢の形に変えると、それを無造作な投げ方で幾本もスバルに投げつける。

「わっ!? った!? ………っと!? か、カグヤさん!? なに怒ってんの!? タンマタンマ!」

「黙れアホ」

 容赦なく投擲する矢は、カグヤが放った物とは思えない鋭さと速度で飛刀され、さすがのスバルも躱すのがやっとだ。だが、そんな無茶が許される体調でもなく、すぐに目眩を覚えてふらついてしまう。

「う………っ」

「あ、カグヤさん無理は―――!」

「………っるさい!」

 カグヤは最後の矢鳴りを適当に投げつける。その矢がカグヤを案じて近づこうとしたスバルの足を掠め、バランスを崩させる。

「え? わあっ!?」

 危ないと思った時には既に、スバルはカグヤの上に倒れ込んでしまっていた。それはまるで、体調不良で寝込んでいるカグヤに迫っている様な格好で、顔同士もかなり近かった―――のだが、どちらも特に慌てる様な事はなかった。カグヤは性格上こう言った類では驚かないし、スバルはカグヤの整った顔が災いしているのか、男子に対する感情が湧いてこなかったのだ。

「ご、ごめんなさい………」

「………」

 スバルがカグヤの顔を見る。カグヤもスバルを見る。

 スバルは少しドキリとしてしまうが、それはやはりカグヤの綺麗な顔に対しての物で、すぐに離れようとする。

 その時、途端にカグヤがスバルの腕を取り、引き止める。

「か、カグヤさん?」

「………」

 カグヤは語らず、ただじっとスバルを見る。

 スバルも不思議と視線を逸らす事が出来ないでいた。

 ややあって、カグヤは独り言のように呟いた。

「お前、確か人間じゃないんだってな?」

「え? あ、うん………。カグヤさん知ってたの?」

「誘う前に一通り調べたからな。まあ、それが理由で誘ったわけじゃないが………」

「そうなの?」

「ああ………、なんか、お前って俺と似てる気がするんだよ」

「似、てる………? あたしと、カグヤさんが?」

「何処が? っと訊かれると困るが、お前の事を知った時、何だかそんな気がした。他人とは思えないって………」

「え、えっと………」

 少女の胸が鼓動をゆっくりと早まり出す。その意味が解らず戸惑い始めながら、スバルはカグヤを見つめ返す。

「お前の目って………思ったより深い色をしているんだな」

「………////// !!」

 スバルはカグヤの腕を振り払う。そのまま何も言わず、慌てた様子で部屋を出て行ってしまう。

「スバル? ………なんだ急に? ………せっかく綺麗な瞳してるんだから、もう少し見せてくれても良かったのに」

 そんな事を名残惜しそうに呟き、カグヤは横になるのだった。

 

 

 

 

 

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・Aria

 

 あたしは走っていた。ともかく走っていた。

 目的なんて無かったけど、ともかくアレ以上あそこに居られなかった。

 今はともかく、少しでもあそこから離れて、それから………、それから………。

「あれ? スバルさん、どうしたんですか? さっきまでカグヤさんの様子を見に―――あぶぅっ!?」

 あ、やばっ! 今、エリオを思いっきり突き飛ばしちゃった気がする!?

 ………ああっ! でもごめん! あたし、今それどころじゃないの! 後でちゃんと謝るから今は許して!

 甲板に出た。手すりまで駆け寄ったあたしは、そのまま身を乗り出す様にして外の空気を一杯に吸って動悸を抑えようとする。でも、止まらない。胸に湧き上がる言い表せない何かが突き動かして来て、まったく心が落ち着かなかった。

 頭の中に思い浮かぶのは、さっきのカグヤさんの顔。

 とっても近くにあったカグヤさんの顔。

 深いと言ってくれた私の目を見つめる、潤みのある綺麗な瞳。

「〜〜〜〜〜っ//////// !!」

 訳も解らず、声にならない悲鳴が漏れる。

 身体中にむず痒い震えが広がる。

 顔中に熱が一杯籠って、何だかボウッ、としてきそうだ。

「あ、あたし………、どうしちゃったんだろう?」

 胸を中心に身体中に広がる温もりが、あたしにどうしようもない震えを伝播させていた。

 

説明
しばらくカグヤパートです。
カグヤの目的が少しずつ明らかに………。
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