無限転生、甘楽 〜第一章 IZUMO〜 |
第一章:IZUMO
第一話:二度目の死
さすがに、いきなり18禁ゲームの世界に飛ばされるとは思わなかった………。
俺は今、IZUMOの作品世界に転生しているらしい。
自分と言うモノの意識を取り戻したのはいつ頃だったろう? 確か、三歳くらいの頃に過去を思い出せるようになってきて、変な事を言う子供扱いされた。五歳くらいになった辺りで、俺の様な人間を説明できるらしい人に引き取られて、何か呪いの修業をやらされた。父さんと母さんは、俺が連れて行かれる事を『名誉だ』と言って喜んでいたから、たぶん、この世界のお偉いさんに引き取られたのだと思う。
そこで俺はアマテラスと言う少女と出会い、一緒の時間を過ごす事になった。いわゆる幼馴染と言う奴だ。大体この辺で自分が何処の作品世界に飛ばされたのか自覚した。俺は精神年齢が既に二十五になっていた所為か、まだ幼さの残るアマテラスは俺を尊敬の眼差しで見てくれて、色々な事を訪ねてくる。頼られるのは嬉しいし、アマテラスほどの可愛い女の子に好かれるのは、正直まんざらでもない。
だからと言って、俺が自分から何かやる様な性格ではないわけで……。親しくしてたのは子供の内だけ、今はお互い大人になって、立場と言うモノを弁えている。
そもそも俺が、転生前の意識を明確に思い出せたのは最近の事。それまでは、他人のアルバムでも見てるような気分で、自分の記憶だと認識するのに時間がかかった。おかげで赤ん坊時代の下の世話とかの記憶もなく、恥ずかしい思いはせずに済んだ。
「ツヅラ、起きてください?」
アマテラスの声がして、俺は閉じていた瞼を持ち上げる。自分が寝てしまっている事に今になって気付く。
まずい……、確か祭事の途中だったはずだ。護衛中に寝こけるとは罰当りだ。
慌てて身体を起こそうとすると、両肩を優しく押さえられて止められる。目の前には美人に育ったアマテラスの柔らかな笑みがある。
「大丈夫ですよ。何もありませんでしたから」
「すみませんアマテラス様……! 大事な祭事の途中だったと言うのに……!?」
慌てているのは俺だけ、アマテラスは何でもないように笑うばかり。だから俺もそれに甘えて胸を撫で下ろす事にした。
俺はアマテラスの親族に引き取られたらしい。子供時代の記憶は上手く記憶しきれていないが……、どうやら俺は神様が力を授けた子として扱われたらしく、アマテラスと一緒に修行をさせられた。厳しい修行に何とか霊力とか言うのを使えるようになったが、正直自分の身を守るので精一杯だ。とてもアマテラスには敵わない。
それでも、村人達からしてみれば、俺は悪霊と戦える、このネノクニ唯一の武将なんだそうだ。最高位のアマテラスと、それに続くただ一人の家臣。それが俺と言う事になっている。
この世界だと、俺の『甘楽』と言う珍しい名前も違和感が無いな。
暗い空の下で、木陰に隠れて姿の見えない虫の音がリーンリーンと鳴いている。耳に心地良くて、ただ見張りをしているだけだと寝てしまうのも頷けると言うモノだ。
まあ、誰にも共感を得られなかったので口には出さないけど……。
「救世主様には会えましたか?」
「いいえ、今日はお見えになりませんでした……」
泉に入っていた所為で、濡れている髪を月明かりに光らせながら首を振るアマテラス。幻想的な美しさに、思わず見惚れながら、当たり障りのない言葉を選んで話しかける。
「救世主様が訪れなかった場合は、俺達だけでどうにかする方法を考えないといけないですね………」
「はい。………」
二人並んで村へと帰る途中、アマテラスが僅か一歩分、俺との距離を詰めてきた。ドキリッ、とした俺は一歩分距離を開けてしまい―――すぐに失礼だと思い直して距離を戻す。
アマテラスは何処か残念そうな暗い面持ちで、何も言わずに並んで歩く。
なんでアマテラスが暗い表情になるのか、幼馴染として過ごした俺には解ってしまう。
彼女は俺に友達としての関係を期待しているんだ。幼馴染で、昔は親しくしてて、アマテラスを恐れない俺に、色々期待してしまっているんだ。
俺はそれが解っていて、何もしてこなかった。
原作介入が嫌とかそんな理由じゃなくて、俺自身がそう言う積極的な性格じゃない。例え積極的な事を考えていても、行動に出せる様な人間でもない。要するにヘタレ。勇気が無いのだ。
でも、言わせてもらえるなら、現実の人間として当然の対応だと思う。
俺は原作の知識があって、精神年齢が大人で、今は戦う力もあったりするけど、基本的には上の人達に逆らえない立場。そう言う人間が生きて行くのは、現実として長い物にまかれるしかない。それが嫌で逆らえば、今頃俺は牢屋生活だった事だろう。もしくは路頭に迷っていた。だから目上の人には従わなければならない。それが生きて行く上で必要な最低限の知恵だ。
これでカリスマか、上手く生きて行く対応力を持っていれば違ったんだろうが、俺はそうはいかなかった。だから俺は、アマテラスの従者として、それに相応しい態度を心がけている。村の人達もそれを望んでいるし、アマテラスだって、それには納得している。
だから俺は友達じゃなくて、アマテラスの従者だ。
翌朝、俺はアマテラスに呼ばれ、彼女の御社に来ていた。御社と言っても、彼女の住んでいる家なわけだが。
「何用でしょうか?」
俺が恭しく訪ねると、彼女は少し淋しそうな表情をする。今は二人っきりだから、出来る事なら親しく話したいんだろうな。
こう言う時は、時々血迷ってしまう。少しくらいなら、砕けて喋るくらい良いのではないだろうか? 他に誰も見ていないし、アマテラスも望んでいるんだ。大人になってきているとは言え、まだまだ幼さの残る少女、精神的には年上の俺が助けてやるのは、ごく自然な事ではないだろうか? 何より、俺はアマテラスに笑って欲しいし……。
よし、ちょっとだけ勇気を出してみよう。
「えっと……、何か、用か……?」
「? はい、実は村人たちの事なのですが……?」
っく!? やっぱりこの程度では察してももらえないか! これでも立場とか地位とか色々恐い事考えないようにして勇気を振り絞ったと言うのに……!
……止めよう。俺の柄じゃない……。
「村人達が何か?」
「最近、悪霊との戦いも増え、少し気が立っているように思えるんです。ツヅラなら、何か良い提案を出せるのではと思って。……あの、迷惑だったでしょうか?」
「と、とんでもございませんっ!? アマテラス様の御相談とあらば、謹んでお引け受けいたします!」
少し頬を朱に染めて恐縮するにアマテラスに、条件反射で更に恐縮している俺。なんだこの図? アマテラスの方も、逆に残念そうな目でこっちを見てるし……。
よそう。考えるだけ無駄だ。とりあえず提案だ。
「提案としては、息抜きになる様な何かをするのが宜しいですね。祭りなど出来れば一番良いのですが、戦時下では少々困難でしょう…。そこで、人形劇などをしてみるのはどうでしょうか?」
「ニンギョウゲキ?」
「人形劇です。人形の背中に棒を突き刺して、窓の様な枠の内で動かし、台詞と動作を重ねるんです。物語を模って人形を動かすと、まるで人形が生きてるみたいで子供達は喜ぶと思います。子供の笑顔が戻れば、自然と大人達も笑う様になるのではないでしょうか?」
「なるほど! それは良い提案ですね!」
一瞬で華が咲いた様に笑みを向けるアマテラスは、本当に俺が血迷ってしまいそうなほどに可愛らしい。こんな子が俺の幼馴染で、守るべき主なのだと思うと、どこか誇らしくもある。
「一度聞いただけですぐにこんな考えを提案できるなんて、本当にツヅラは頼りになります」
「嬉しいですけど、実はすぐじゃないんです。以前から、長老が同じような事を悩んでいたので、ずっと考えていたんです」
本当は何度も急かされて、ずっと考え続けていたんだが、多少の脚色はあっても良いだろう。他人を卑下するわけでもなし。
「そうだったんですか? でも、それを思い付く事が出来たのなら、やっぱりツヅラの力だと思います。さっそく試してみるとしましょう」
褒められるのは普通に嬉しいな。それに、アマテラスも笑顔だ。本当に安心する。
そう、胸を撫で下ろしていると、何やら外が騒がしい。
「なんでしょう?」
「さあ?」
二人立ち上がり、外の様子を窺うと、俺にとっては馴染みのある服装の男女が、村人達に囲まれていた。
「これは……?」
「あの人達を妖怪か何かと勘違いしてるんでしょうね? 俺が止めてきましょうか?」
指を指しながら訪ねると、アマテラスは何も言わず、自分から外に出ると、凛とした声で村人達に叫んだ。
「お止めなさい!」
その声に皆大人しくなり、騒いでいたのが嘘のように静かになる。ゆっくりと彼女が歩み始めるので、俺は彼女の従者として、そのすぐ後ろに付いて行く。
「あ、怪しい奴らを捕らえましたっ。人間の姿をしておりますが、きっと悪霊の化身です!」
「少し落ち着きなさい! この方達に邪気は感じられません。貴方達の勘違いですよ!」
興奮気味の村人を諫め、アマテラスは囲まれている四人の、その内の一人だけ居る男に向き直る。
「近づいてはなりません! そいつは凶暴な奴で―――」
何か言って止めようとした村人に、俺は身体を前に出して、黙らせる。
「村の物が乱暴を働いた様ですね。申し訳ありません」
「君は……」
この一連の台詞に、俺は憶えがある。過去の、生前の記憶が、俺にこの光景を思い出させている。
「君は、俺の夢に出てきた……」
「夢?」
「夢に出てきた……あの女の子じゃないのか?」
「……?」
「……い、いや、何でもない……俺の気のせいだ」
「……貴方の声、どこかで聞いた気がします?」
「……声? ……俺は、夢の中の女の子に、助けに来たよ……。っと呼びかけた」
「……それでは、貴方が……!」
アマテラスが驚愕の表情を浮かべる。俺はやっぱりだと確信して、次に取るアマテラスの行動を邪魔しないように見つめる。
「貴方が救世主様だったのですね!」
普段のアマテラスからは想像もできないほど大胆に喜んだ彼女は、そのままの勢いで男に―――恐らくは塔馬ヒカルに向かって抱きついた。
「ああっ、神様っ! 感謝いたします。やっと逢えた、やっと逢えました。私の救世主様!」
アマテラスの行動は、事前に知っていたが、実際に見るとイラッと来るものがあるんだな。やっぱり、作品としてではなく、現実の世界として体験しているからなんだろうか? 幼馴染の女の子が、いきなり現れた男に抱きつくと言うのは、本気で良い気分じゃない。
さっきまでアマテラスはヒカル達と話していたが、彼らが元の世界に帰るために四神の封印を解きに行くと言って出て行って、今は俺と二人だけだ。
妙に思い悩む様な表情をしているアマテラス。真面目な彼女の事、救世主だと思っていたのが違い、だと言うのに彼らはこの国を救うための行動を強いられて、それに何も協力しない事に罪悪感の様なモノをでも感じているんだろう。
原作通りならすぐにヒカル達を追いかけると思っていたのだが、なんだか落ち着かない様子でそわそわするばかり。一向に追いかける気配を見せない。何だか解らないけど、この村を守らなければと言う使命感が勝ってしまっているようだ。
……ええっと、これってまずくないか? 原作通りに事が進めば、順風満帆の未来が待っているが、このままだと俺の知らないルートが成立してしまうのでは?
その恐ろしい可能性に思い至った俺は、その危険を回避するため、こちらから提案してみる事にした。
「行ってきてもよろしいですよ」
「え?」
ビックリした顔のアマテラスに、俺は適当な言葉を選び出し、ヒカル達を追う方向へと導く。
「皆様を追いたいのでしょう? 行ってきてください。ここは俺が護りますから」
「で、ですが、それでは………」
「どの道、四聖獣の開放は我々にも必要な事です。ですから、アマテラス様が行く事には誰も反対などされませんよ。俺が此処にいれば、何も問題ありません!」
「ツヅラ……」
感動したように表情を綻ばせるアマテラスの姿に、こっちまで嬉しくなってしまう。少し勇気を出して、進めた甲斐はありそうだ。
「ありがとうございます。すぐにヒカルさん達を追いかけます。……ここをよろしくお願いします?」
「任せてください」
正直、任されたくなかったが、アマテラスがここに残ってしまっても問題が起こるんだ。最悪、アマテラスがヒカル達と一緒に戦わない可能性だってある。それは俺にとっては困るんだ。
手早く身支度を済ませたアマテラスを見送り、俺は俺で、これからやらなければならない事を頭の中で纏める。そう言えば生前は、あんまり計画とか立てないタイプだったな……。転生して計画を立てさせられるとは、ちょっと物悲しい気分だ。悪い事じゃないんだけどね。
まあ、後はヒカル達に任せてしまおう。俺は原作ブレイカーじゃないので、介入なんてしない。何事もなく生きられれば充分だ。
っと言うか、チート能力も何もない上に、主人公キャラでも何でもない俺が、途中のダンジョンで普通に死亡―――っとか、ありそうで怖いし……。
アマテラスがヒカル達の元に向かってから幾日、ゲームの感覚だったので、四聖獣の開放に実際どれだけ必要なのか解らなかった俺は、その時間を実体験する事になった。
この世界の暦は微妙に違うが、約一カ月近くと言う事になる。一つの封印に付き、一週間以上掛っている計算になる。ゲームだと早いが、実際の時間に換算するととんでもなく長い時間を要するんだな。
その間、俺の所には大した事件もなく、イベント的にあった事と言ったら、村の女の人達に人形劇をしてもらえるように頼んだくらいだ。ちなみに劇は成功。子供達に大変喜ばれ、意外にも大人達も楽しんでくれていた。今や、村はちょっとした人形劇ブームになっていたりする。
アマテラス達も帰ってきて、四聖獣も復活した。ヒカル達と一度お別れする事になるが、とりあえず村は活気付いていた。
その夜――俺は普段、アマテラスの従者として、隣の部屋で寝る事が常なのだが、その日ばかりは別の部屋に言ってくれと、アマテラス本人に頼まれた。理由はたぶん、四聖獣の力を譲り受けるため、ヒカルと契の儀式をするためなんだろうけど……。
「………」
「あの……、ツヅラ?」
俺は自分でも解らないが、何故かもやもやして、変に渋っていた。
「あの……、俺はアマテラス様の従者ですから……」
そんな当然の事を言い訳に、アマテラスの言葉を拒否しようとする。
このままではヒカルとアマテラスが契約できず、設定が狂ってしまう。解っていても、俺は渋ってばかりで、一向に譲る気になれない。
そもそもアマテラスが帰ってきた時、まるで昔、俺にだけ見せていた明るい笑顔を、ヒカル達に対して振りまいていたのを知ってから、このもやもやはずっと続いている。
今更嫉妬なんて図々しい……。俺はアマテラスに何もしてこなかった。それなのに、彼女の好意を俺だけに向けて欲しいなんて、醜いにもほどがある……。
「ツヅラ……、お願いします。とても大事な事なんです」
「………」
ずっと黙っている俺に、アマテラスも困った様な表情しかできないでいる。当然だ。彼女だった俺とは長い付き合いだ。きっと俺が、何故こんな事を言われているのかと言うのに、察しが付いている事も解ってしまっているんだろう。なのに譲ろうとしない俺は、彼女の眼には滑稽に映る事だろうな……。
いつまでもこうしてても仕方ない。俺は嫌な気持ちを胸に抱えながら、黙って小屋を出る事にした。沈黙はせめてモノ反撃―――いや、自分を納得させるための材料なのかもしれない…。納得していない態度その物が、俺にとって、譲る事の条件になっているんだと思う。
「ツヅラ」
「……アマテラス様が、望まれる事ですから………」
「……っ」
彼女が傷ついたような声を洩らすのを背中越しに聴きながら、それでも俺は何も返せずに出て行った。
翌日になっても、もやもやは晴れない。むしろ俺とアマテラスの間に、何か壁の様な物が出来始めている気がした。申し訳ないという気持ちはあるが、だからと言って何をどうすればいいのか解らず、結局何も行動は起こしていない。
ヒカル達が揃う中、アマテラスは一度俺を見て、すぐに儀式に集中し始める。
っと、唐突に周囲が物凄く騒がしくなった。
何事かと視線を向けた先―――俺は致命的な事を忘れていた事に気付いた。
スサノウの軍勢が攻めてきたのだ。
そうだ。確かこのタイミングで襲われて、ヒカル達を半ば強制的にアシハラノクニに帰したんだ。
「くそ……っ!」
腰の剣を抜いて、迫りくる悪霊を迎え撃つ。儀式の邪魔をさせるわけにはいかない。
((呪|まじな))いはもちろん、剣技でさえも、俺のスペックはアマテラスには劣る。だが、アマテラスを総大将に例えるなら、俺は大将。その辺の悪霊が相手なら負けはしない。
迫る悪霊を三体、過ぎ去り際に一体斬り伏せ、後ろにいたもう一体を切り上げる様に裂く。その勢いを殺さず、その場でくるりと回転して敵に背中を向ける。それをチャンスと襲いかかってきた所を脇から突き出した刀で貫き、絶命させる。
まず一手、初撃は凌ぎ切った。
「今の内に飛べ!」
休む暇なく新しい悪霊が迫ってくるのを確認しながら、背中越しにヒカル達を急かす。
「ま、待ってくれ……! 俺達も一緒に―――!」
ヒカルが何か言いかけているが、それ以上聞いている余裕はない。他人と会話しながら戦えるほど、俺も強くはない。
それに、アマテラスも躊躇なく儀式を続行している。止まる理由はない。
いや、正直本音を言えば、ヒカル達には協力してもらいたい。神様に転生してもらってて原作知識があるとしても、俺は何のチート能力も貰っていないのだ。まして、成長速度も人並みで、アマテラスに追いつく事も出来なかった。そもそも、そこまで必死に努力だってしてこなかった。
戦うのは怖い。死にたくない。でも戦わないと結局死ぬ。
そんな恐怖心に翻弄されながら、俺はただひたすらに剣を振るう。
「邪魔だどけえっ!!」
儀式ももう完成間際と言う時、アマテラスに向かって疾走する影を見つけた。馬に乗ったスサノウだ!
アイツを行かせたら、アマテラスが―――!
俺は咄嗟に駆け出す。
スサノウの刃が、儀式中で反応が遅れたアマテラスに真直ぐ向かう。
大丈夫だ! 距離は充分余裕がある!!
そう言い聞かせ、二人の間に割り込み、渾身の力を込めて刃を振り抜き、スサノウの一撃を受け止める。
甲高い金属音が鳴り響き、俺の身体は宙を舞った。
色々覚悟して割り込んだから、冷静ではいられたけど、それでも何が起こっているのかは理解できなかった。だって、人間の片腕で振り抜かれた一撃を、俺は身体全体を使って受け止めたんだぞ? それなのにどうして、俺の身体は車に轢かれたかのように吹き飛ばされているんだ? 可笑し過ぎて状況がまったく理解できない。
「あぐぅっ……!?」
身体が地面に激突してやっと、逃避していた意識が戻ってきた。
倒れていたら危険だと頭が必死に警報を鳴らすが、痛みで殆ど動けやしない。
「ツヅラ……!? ……くっ!」
俺に駆け寄ろうとしたアマテラスが、スサノウの攻撃で止められる。槍を持って迎え撃つアマテラスは、互角と行かずとも、あのスサノウ相手にまともに斬り合っている。やっぱり格が違い過ぎる。
しかし、このままでは原作と少し違ってしまっている。ヒカル達は上空で光に包まれているが、儀式が半端でまだ飛べずにいるようだ。後はアマテラスの指示一つで充分の筈だがスサノウに邪魔されて、それもままならない。
……もう一度勇気を出す必要ありかよ……。
周囲の誰にも頼る事なんてできない。そもそもスサノウとまともに戦える奴なんて、アマテラスを除けば俺くらいだろう。その俺だって、アマテラスより弱く、さっきも一撃で吹き飛ばされてしまう始末だ。自他共に認める実力の差に、勝手に身体が震えあがる。
この世界に転生してすぐ、俺がしなければいけなかった事は、こう言った戦いの中での恐怖に打ち勝つ事だ。悪霊相手なら何とか克服した。戦う事が出来るのなら、その可能性に縋って勇気を振り絞る事は出来る。
だが、相手はスサノウ。あの圧倒的な差が『そもそも戦いにならない』と言う前提が、俺の脚を竦ませる。
「きゃあっ!」
俺が恐怖している間にもアマテラスは追い詰められていく。戦える村人は、他の悪霊で手一杯だ。もし助けに行けたとしても、相手がスサノウでは物の数にもならないだろうが。
震える体を必死に叱咤して起き上るが、同時に身体に残るダメージが『寝ていろ』と囁き掛けてきて、思わず誘惑に屈しそうになる。どの道、本気で立つのがやっとだ。出来たとしても、スサノウの気を逸らすのが精一杯だろう。
「きゃあああぁぁぁ……!!」
アマテラスの大きな悲鳴に顔を上げると、スサノウの一撃で槍を破壊され、その衝撃で飛ばされる彼女の姿が見えた。地面に仰向けに倒れ、手足を投げ出し、服が乱れて見えてしまっている裸身を隠そうともしていない姿から、その身に受けたダメージを窺える。
そんな彼女の姿を見て、俺の頭にカァッ! と熱い血が上ってくるのを感じた。
懐に手を突っ込み、とあるモノを取り出す。この世界で必要とされるもう一つの戦闘法。そのアイテム。
「アマテラス!!」
俺は叫ぶ。はっ、としたアマテラスが俺を見る。スサノウは振り返りもしない。
俺は手に握るモノを見せ、もう一度握り込む。アマテラスが上体を起こしながら鋭い眼差しで応える。
上体だけを起こした状態のアマテラスが、ずるずると地面を這うようにしながらスサノウから距離を取ろうとする。その姿にむしろスサノウは自分の優位を感じて、完全に油断している。その背中を睨みつけながら、俺はチャンスを待つ。
「これで、母様の邪魔をする者は……いなくなる!」
スサノウがトドメと言わんばかりに大きく剣を振り上げた。
今だっ!!
手に持っていた勾玉を、スサノウに向けて投げつける。
スサノウは見てもいないのに、それに反応して簡単に刃で斬り伏せてしまう。
掛った!
砕けた勾玉は『水玉』。水や氷の呪いが使える。そして、俺の得意とする属性。奇しくもスサノウの火の属性と相性が良い。
砕けた水玉は氷柱を作り、スサノウの右腕を氷の壁に封じ込める。もちろん、この程度でスサノウの動きを止められるとは思っていない。恐らく数秒後には力任せに氷を砕いてすぐに解放される事だろう。だが、この一瞬の隙が、儀式を完成させるのに充分な時間となった。
「光よ! ヒカルさん達を、アシハラノクニへ……っ!!」
アマテラスが隙をついて、最後の儀式を完遂させる。光はヒカル達を天へと誘い消えて行った。これで彼らは元の世界に戻った。次に此処に訪れるのは半年後になるはずだ。
「……なるほど、よくも邪魔してくれたな?」
氷の砕ける甲高い音と共に、怒りの感情が籠った低い声が俺の身体に寒気を走らせる。
右腕事凍った癖に、火傷の一つもしていない。その姿には最強を衣として羽織っているかのようにしか見えない。あまりの実力の違いに、俺の脚は勝手に逃げ脚になって行く。
「お前は分を弁えているな。人間と俺達では、どちらが強いのか理解していると見える。……それで? そんなお前がどうして俺に攻撃できた?」
「………これから死ぬ人間が、最後に残すのが戯言って言うのも、味気なくないか?」
恐怖に顔が引きつり、変な汗も出ているのに、俺の口は勝手に憎まれ口を叩く。昔からそうだ。俺も下手に男で、妙な時に男としてのプライドを引っ張り出してしまう。だから誰とも上手くいかないし、友達も少なかった。冗談を冗談として笑えず、真面目に受け取って一人傷ついた時もあった。今だって、弱気なくせに言葉ばっかり偉そうな事を言って―――なんでこんな目に合わないといけないんだよ? なんで作品世界に転生してまで、こんなに苦しい経験をしないといけないんだよ? 結局俺は、俺自身がおかし過ぎて、何処にも馴染めないのかよ?
「ふん……、それもそうだな。最後にそれらしい言葉を残せれば本望だろう? 貴様ら人間にはそれだけしかできないんだからな。……言ってみろ? 何か言い残したんだろう?」
不遜な態度のスサノウが、剣を肩にかけて、悠々と問いかけてくる。
……死にたくない。死にたくない。しにたくない。しにたくない。シニタクナイ。シニタクナイシニタクナイシニタクナイ!!
「―――!」
体中が恐怖に緊張しながら、俺は必死に周囲に視線を巡らせる。だが見えるのは、まだ戦おうとするアマテラスを心配して、無理矢理引き戻す村人が見えるくらい。一人取り残されて行く俺は、どうしようもない孤独感と喪失感に押し潰されてしまいそうだ。
刹那―――カチリッ、と頭の中で何かのスイッチが一瞬だけ入った。
「スサノウ」
「なんだ?」
「……お前の連れはアレで大丈夫なのか?」
「!?」
小馬鹿にした様な声と顔が勝手に出てきた。
スサノウが慌てて振り返り、一緒に連れて来ていたはずのヒカルの妹、美由紀を探す。
俺はそのタイミングに合わせ―――一目散に森に向かって駆け出した。
振り返りはしない。足を止めたりなどしない。息が続く限り森を駆け抜ける。
元よりあんなのは適当に言った虚言でしかない。すぐにスサノウが怒りに任せて追いかけてくる。追いつかれれば確実に死ぬ。戦う戦わない以前の問題として死ぬ。
だから俺は、ただ全力で森を駆け抜け―――、
―――この世界に飛ばされてきた出雲学園の手前で、スサノウに背中を切り裂かれた―――。
見っとも無く地面に転がり、焼けた様な痛みと、痒い様な沁みる様なヒリヒリした痛みが同時に押し寄せ、俺に死の警告を知らせてくる。
聴きたくない! 聞きたくない! 俺は何も聞きたくない! 生きていたい!
死にたくないシニタクナイ死にたくない!!
手足を伸ばし、藁にも縋る思いで無様に?く。
一秒でも長く生きようと、一瞬でも多く生きていたいと、ただ生還する事を渇望して、ともかく?く。
「無様だな。……そして愚かだ。元より逃げ切れるわけがないと解っていたんだろう? だから仲間の元ではなく、森に向かって逃げた。助からないのならせめて、仲間を守ろうとしたか? それとも、仲間を囮に自分だけ生き残ろうとしたのか?」
スサノウの声がする。だけど言葉を上手く理解できない。
痛い痛いいたいイタイ!
助けて助けてタスケテ!!
?いて藻掻いてモガイテ。生きるために必要な物を必死に探す。懸命に探る。
「どちらでも良い……。もうお前はここで死ぬ。そして、アイツらもすぐに送ってやる」
振り上げられる刃の煌めきが瞳を焼く。死神の鎌にさえ見える恐ろしい刃が、何の慈悲も躊躇もなく振り降ろされる。
その一瞬手前、俺は懐から一つの物を見つけ出し、慌てて刀の柄に嵌め込む。
………次の瞬間、刃が身体を通り過ぎる感触が走って、その後の事は何も考えられなくなった。
……その日、俺は……、二度目の死と言うのを体験する羽目になった。
第二話:本物の主人公
『産玉』:一度の戦闘中に、一回だけ復活できる。確率50%。
ゲームの中ではそんな説明だったような気がする。まさか、戦闘不能が本物の死と直結していたとは思わなかったが、確率五分で生き返る事が出来たのは本当に奇跡としか言いようがないと思う。
あの時、スサノウに切り裂かれた俺は、死ぬ間際に『産玉』を剣の柄に嵌め込み、効果を発揮できるようにした。確率は五分だし、武器に嵌め込んで発動できるのかも怪しかったし、すぐに生き返って、またすぐに殺される可能性もあったし、ともかく色々運が良かったとしか言いようがない。
唯一運が悪いとすれば、アマテラス達とは完全に逸れた事くらいだが、そこは出雲学園に住み着く事で何とか一人でもやっていけた。
こんな形で出雲学園に一人暮らしを始める事になるとは思わなかったが、ここで待っていれば、何れアマテラスを連れたヒカル達がやってくるはずだ。確か半年くらいかかるんだったと思うけど、まあ、これ以上贅沢は言うまい。
「生きてるだけでめっけもの」
そう言い聞かせ、俺は俺に出来る事をやる事にした。
ズバリ………掃除だ。
出雲学園は人が一人暮らすのにはともかく広い。当然誰かが暮らせるようになど設計されていない。しかも、森の中で放ったからしにされて悪霊も住み着いてる。鉄は錆だって付き始めている。
なんで水道とか電気が使えるのかは解らんかったが、ともかく、最低限暮らせるだけの清潔感は必要だ。茶道部の部室と日直室を中心に寝られるように掃除をして、おまけに教室に住み着いた悪霊の退治と結界の生成に勤しんだ。
「………あれ? なんか俺、ヒカル達が来る時のために、拠点を整えてるみたいじゃないか?」
自分のやっている事が、主の帰りを待つ別荘の使用人みたいだと気づいて、軽くげんなり……。
もう良い、今日は飯食って寝よう……。
そんな生活を続けている内、時々学園内で何かとすれ違う様になった。
一体何だ? と疑問に思いながら過ごしている内、それがタマモだと気付いた。あのヒカルの事が大好きな見た目子供の狐の精霊だ。
確かアイツは強力な精霊だったし、強さもゲーム中最強に位置していたような気がする? なら、俺が係わっても何もできないと判断して、適当にしていたら、時々遊びをせがまれるようになった。俺、洗濯とか掃除で忙しいんだけど……。
っとは思いつつも、実のところ仕事より遊びを優先したい気持ちは俺も同じで、何度もせがんで来るタマモの誘惑に負けて、一緒に鬼ごっこだのかくれんぼだのを満喫しまくってしまった。
……夜中、空腹と疲労の中で晩飯を作るのはかなり堪えた……。
とりあえず、タマモには遊び友達くらいには懐いてもらえたと思う。
一体どれだけの時が過ぎたのだろう? 暦を気にしなくなり、確認できる他人のいない学園生活(?)が続き、時間の感覚など解らなくなっていた。
アレから悪霊とはあまり戦っていない。学園内の悪霊を一掃してからは、タマモの遊びに付き合ったくらいで、特に何かした覚えはない。………っと言うか、タマモとの遊びも意外とハードなもので、遊んでいる内になんか身体が鍛えられていた。最近は日中休まずに走り続ける事が何の苦でもなくなってきたほどだ。よもや子供の遊びも極めればここまでになろうとは……正直侮っていた。
「ん〜〜〜っ! ぽかぽか〜〜〜♪」
屋上で布団を干していると、タマモが御日様の匂いがする布団に顔を埋めて和んでいた。
「こらこら、せっかく干したんだから、せめて夜まで待てよ」
っと、口では注意しつつ、タマモの行動を黙認する。最近、タマモと一緒にお布団で寝れるくらい仲良くなれた。残念ながら契約は愚か、試練の戦闘すらさせてもらえない有様だが、同年代の遊び友達と言った感じに仲良くはしてもらっている。俺も、子供と一緒に暮らしている気分で、何だか心地いい。相手が恋愛対象になりえる女の子―――それこそアマテラスみたいな美人だったら、もっと別の感想を抱いていたのかもしれないけど、これはこれで良いモノだと思う。
タマモを見ながら自然と笑みに口の端を持ち上げていたら、屋上の扉がキィッ、と音を立てて開いた。
腰の剣に手を添えながら振り返り―――そこに目を丸くしたアマテラスの姿を見た。
「………テル……!?」
思わず、幼い頃の呼び名が口の中で漏れ、慌てて彼女の名前を呼び直す。
「アマテラス様! 御無事で―――!」
「ツヅラーーーーッ!!」
何が起こったのか、一瞬理解できなかった。体中が軟らかくて温かい何かに包まれて、そんな経験は生前もしていなかったらから予想も出来なくて、今自分の置かれている状況を認識するのがとてつもなく困難で……。
「ツヅラ! ツヅラ!! ……生きて! 生きていてくれたんですねっ!!」
温かい雫を目の端からポロポロ零す、アマテラスの姿を見て、やっと自分が彼女に抱きしめられているのだと解った。
それはとても暖かくて、柔らかくて、何もかもを忘れて血迷ってしまいそうなほどに、愛おしい温もりで………。
「心配掛けて……ごめん」
謝りながら俺は、彼女の背中を片手で撫でる。誰かに心配してもらえる事が、こんなに愛おしい事だったなんて、すごく痛感させられた。
ふと、誰かに見られている様な気がして目線を上げると、複雑そうな表情のヒカルと、どうしたものかと戸惑っているその他女子の皆様方がいらっしゃいました。美由希もいる辺り、どうやら八岐大蛇と決着を付けて、学園にやってきた所の様だ。
他人の視線で俺は自分の置かれている状況をやっと正確に理解した。
慌ててアマテラスを引き剥がすと、全力で跳び下がり、地面に額をこすらんばかりに土下座。
「た、大変申し訳ございませんでした!! アマテラス様の従者ともあろう者が半年も御傍を離れ、挙句、あのような失礼な態度を―――! 深く! 深く! 謝罪を述べさせていただきます!!」
「ツヅラ、止めてください。私は村の長としてではなく、幼馴染として、ただの友人として貴方の無事を喜んでいるのです。どうかそのような態度は―――」
「それはなりません。俺は貴女の従者である事を選びました。村の皆もそれを求めています。だから、俺はそれをやめるわけにはいかないんです」
「ここでは村も何もありません。仕来りの無い場所でも、あなたは私を崇めるのですか? 友としては接して下さらないのですか?」
アマテラスが今までにない程、積極的に自分の意思を伝えてくる。俺がいない間に、何か心の変化でもあったのか、それともヒカル達と接している内に俺に対する態度を改めたいと思う様になったのだろうか?
どちらにしても、俺は頑なに『従者』の枠組みから出ようとせず、頑として譲らなかった。最終的にはヒカル達からも色々言われて、『善処する』と言う方向で落ち着いた。
何事にも手遅れと言うモノはある。
俺がそれを実感したのは、ヒカルとアマテラスが二人っきりで肩を寄せ合っている所を目撃した時だった。ついでに言うなら、その場所は外で、二人とも服を着てなくて、とても満たされた表情で笑っている。
原作知識なんて無くても解ってしまう。二人はそういう関係になったんだって……。
その光景を見て、俺は随分心を乱された。アマテラスが幸せそうに笑っているのに、それを純粋に喜べなくて、とても胸が苦しい。何だか気落ちしてしまってフラフラと廊下を歩いていると、同じく俯いて歩いていた七海とぶつかってしまった。
互いに謝罪して、互いに気落ちしてる事が気になって質問して、やっぱりお互いに何も言えずにいると、食堂の方で、ヒカルとアマテラスが仲良さそうに話してるのが見えてしまう。それを二人、何とはなしに眺めていると、不意に七海がポツリと呟いた。
「ツヅラさんも、私と同じなんですね………」
思わず振り返ると、悲しげに眉を寄せた七海が俺を見上げていた。
「同じ……?」
「同じですよ。私とツヅラさんは………」
そう言って七海はまたヒカル達に視線を戻す。
笑っているヒカルを見て、とても複雑そうな表情で見つめる姿は、今の俺の心境にとてもピッタリだった。
「ああ、そうか………。そうだったんだな………」
気付くと自然に言葉が漏れた。
「俺は、アマテラスの事が……好きだったんだ………」
「………そうですよ」
俺の呟きに、どこかいたいけな声で、七海が優しく同意してくれる。
同じ痛みを味わう者同士、俺達は互いに優しくなれていたのかもしれない。
塔馬ヒカルは良い男だった。
ちょっとエッチな所もあるけど、基本的に他人のために行動する事の出来る強い人間だ。アマテラスの心を理解してやれるのは、コイツくらいだと思う。ずっと近くにいた俺が、原作知識を持っているはずの俺が、嘘でも彼女に何もしてやれなかったのだから、それだけはまず間違いない。
タマモとの契約を完了したヒカルに、俺は話があると言って場所を移す。
「アマテラス様と付き合いだしたらしいですね?」
「い……っ!? いつから……?」
「皆知っています。アレだけあからさまに仲良くしてたらすぐに解りますよ」
「う……っ!? そんなにあからさまだったかなぁ……?」
「毎夜、二人が密会している所を見れば、想像できますよ」
苦笑を浮かべて言うと、「見られてた!?」と言うかのようにリアクションするヒカルは、一緒にいて『楽しい』と思える。
本当に楽しいと思えるし、この学園での生活は、決して悪い物ではなかった。
俺は消極的で、自分のやらないといけない事だけをやっていようとして、自分から何かをしようとはしていなかった。その結果が、アマテラスとの距離感だったと思う。
厨二的な事を言わせてもらうなら、せっかくアマテラスとの幼馴染でフラグも立っていたのに、何もしないでみすみすイベントを逃したのに等しい。
アマテラスだけじゃない。フラグとかの問題を置いといても、俺は他の誰かと必要以上に親しくなろうとはしなかった。神様から『力を受け継ぐ能力』を貰っていても、それは今の時点では何の意味もなく、チートとは言えない様なあり様。呪いの教育を受けても思うように伸びず、半分不真面目に惰性的に過ごしてさえいた。
ヒカル達が来た後も、俺は原作介入をするのを恐れ、距離を置いている始末。挙句、少し無理して頑張ってみれば、不真面目のツケを受けて死にかけて、何とか生き残ってみれば、手遅れになってから女の子の事が好きだったのに気付いて………。
本当に俺は生き返っても変わらない。転生前も後も、俺と言う存在は全く変わっていない。
そんな俺が、今更出来る事ってなんだろう?
そう考えて出た答えは、きっと正しいだけの当たり前の答えだと思う。
「俺は、生まれてからずっと……アマテラス様の従者をしてきた」
突然話し始める俺に、ヒカルは怪訝な顔をしてるけど、話の腰を折ったりしないでいてくれる。敏感に空気を察して、話を聞いてくれるところは、転生前の世界だとあり得ない事だと思う。正直これはありがたい。
「俺は、アシハラノクニで死んだ時の記憶を、ネノクニで生まれてからも残しているらしくって、そんな力を持っているなら素質があるんだと言われ、ずっとアマテラス様と一緒に育てられてきたんだよ……」
「じゃあ、ツヅラは、アマテラスの幼馴染なんだな」
ここで『兄弟』とか言わない辺りが、何ともヒカルらしい気がして笑みが零れた。
「ああ、そう言うんだと思う。たぶん、アマテラス様もそんな風に思ってくださっていたのだとも思うよ。………俺は、ずっとそう思わないようにしていたけど」
「なんで?」
「俺はアマテラス様の従者で、アマテラス様は族長の御立場だ。俺が馴れ馴れしい態度をとって良い相手じゃない」
「でも、アマテラスはツヅラの事を幼馴染だと思ってくれていたんだろう? だったら、お前だって………?」
「……そう出来たら、きっと素晴らしいんだろうけど……。俺は結局、その身分って言うのに逆らえなかったんだよ。例え、二人っきりの時であっても『見つかったらどうしよう?』って恐怖に勝てなかった」
「だったら今から仲良くなれば良い。今からでも、アマテラスと仲良くなる事くらい―――」
「それは出来ない」
言葉の途中で遮る様に声が跳ねた。
自分でも驚くくらい、真剣に心が動いているのが解る。
真面目に語る俺に、真面目に考えてくれるヒカルだからこそ、俺は自分の心を開き始めているのかもしれない。―――いや、そう言う考えは止めよう。ここはたぶん、開くべき所なんだ。だから、俺は彼に心を開こう。
だから言う。七海に気付かせてもらった答えを、今のヒカルに伝えたい想いを……。
「出来ないよ、そんな事……だって―――」
だって……―――、
「好きになっている女の子の、恋路を邪魔したくないだろう?」
告げると同時に涙が流れた。
俺は強い人間じゃないから、男だけど弱いから、その涙を隠す力も、耐える力もなくて、みっともなく泣いているところを見せてしまう。
それは本当にみっともないのに、ヒカルは驚きこそすれ、視線を外す事なく真摯に受け止めてくれる。だから俺も恥ずかしがる事なく伝える事が出来る。
「アマテラス様……テルの事、よろしく頼む……。きっとヒカルなら幸せにしてあげられるから………」
「ああ、……絶対に幸せにするさ」
自信に満ちた顔で、それでも、俺の事を気遣っている顔で、そんな複雑な苦笑いを浮かべながら、ヒカルははっきりと言ってくれた。
その堂々たる姿こそ『主人公』なんだって……俺は思い知った。
第三話:初契約
決戦の日はやってきた。
ついにヒカル達がヨモツヒラサカに向かい、ヨモツオオカミを倒す決戦の日。
今回は俺も戦いに同行する事にした。理由はヒカルに俺の気持ちを明かした後すぐの事―――、
『アマテラスから聞いたんだ。ツヅラはとても大人びていて、とても頼りになる兄の様な人だって………。きっと、周囲から恐れられた時も、ツヅラだけが何の恐れも抱かずに傍にいてくれた。今でも一番大切な人は、ツヅラなんだって……。恋人の前で言う事じゃないよな? 結構ヤキモチ焼いたんだぞ?』
テルがそんな風に思っていてくれたなんて知らなかった。他の人より好意を持たれているとは思っていたけど、まさかそこまで思っていてくれたなんて……。
今更彼女に何かを望める立場ではないだろうが、せめて自分で決めた従者の立場だけは全うしよう。そう考えた俺は、また死と隣り合わせの戦いに向かう事に恐怖するのを必死に堪えながら、皆に同行した。もちろん、足手纏いにはならない自信はあった。……っと言うのも、俺はヒカル達と共に学園生活を送る中、ヒカルが四神と契約するための戦いに同行していた。だから俺の実力は彼らにも良く理解されている。
「ツヅラって………本当はすごく強い人だったんだね………」
スサノウにあっさりやられた所を見ていた美由紀には、俺は低い評価を受けていたらしい。
「ツヅラが仲間になってくれたおかげで、心強くなったわ! ありがとう!」
渚に、ストレートに褒められた時は、顔が笑いそうになるのを必死に堪えた。今笑ったら、絶対に気持ち悪い顔になる!
そんな俺の評価を聞いていたアマテラスは、とても嬉しそうに笑ってくれていて、何だか俺も素直に誇らしいと思えた。
………ま、それも四神との戦いになるまでの話で……正直、四聖獣の試練はあまり目立った活躍は出来なかった。アマテラスやヒカル、七海とは上手くコンビとしての戦い方が成り立ってもいたが、集団戦となる四神の戦いでは、後ろの方から呪いで回復役に徹するのがやっとだった。四神相手に飛び掛かる彼らの姿は、本当に勇猛果敢の一言に尽きる。
特に、ショットガンで四聖獣に挑みかかる綾香さんの姿は、微妙に逸している気がした。なんかあそこだけ世界観が違うぞ……。
そんなこんなで、周りからも認めてもらえた俺は、皆と一緒に決戦に参加できたと言う事だ。
ヨモツヒラサカでの戦いは確かに困難だった。だが、出てくる悪霊は皆で対処して、なんとか潜り抜ける事が出来る。厳しくはあるが、無理ではない。
そして俺達が辿り着いたのは、最初の関門と言える相手。アマテラスの姉、ツクヨミ。
彼女の事は、既にアマテラスから聞かされていたが、実際に対峙して彼女の言葉を聞くと、彼女がどれだけ苦しんだのかが伝わってきて、どうしても攻撃に躊躇が出てしまう。
皆の邪魔にだけはならないように援護に徹し、なんとか戦うが、ゲームでは知りえなかったツクヨミの強さに、ヒカル達は圧倒されている。まるでスサノウとやり合っているかのようだ。―――いや、本物のスサノウはまだこの先で待ち構えている。だったら、こんな所で苦戦している場合じゃないって言うのに……っ!
「きゃあっ!」
ツクヨミの斬激が衝撃波となって七海を襲う。倒れた彼女をカバーして渚とヒカルが前に立ち、綾香さんが七海の治療に入る。俺は『火玉』を投げて火を起こし、彼女達の間に壁を作る。これで時間は充分に稼げる。そう思っていたが、ツクヨミは判断早く、美由紀とアマテラスの元へと走る。
ツクヨミの武器は二刀。一刀で美由紀を吹き飛ばし、もう一刀でアマテラスの動きを封じる。
刃を受け止めたアマテラスが反撃しようとするが、美由紀が吹き飛ばされた所為で一対一の状態。その強さに圧倒され、ピンチに陥っている。
「アマテラス様!」
叫びながら『水玉』を投げ、水流を打ち出すが、俺程度の呪いでは、文字通り片手間で防がれてしまう。
「ああっ!?」
ツクヨミに足払いを掛けられ倒れるアマテラス。その姿を見て、ヒカルが走り寄るが、距離が遠い!?
ツクヨミの剣が振り降ろされる。
地面を転がって躱したアマテラスだが、服の裾を地面事縫い止められてしまい、動きが止まってしまう。二刀目が躱せない!?
「テルーーーーーーーーーーッ!!」
死に直面する幼馴染の姿に、俺は必死に駆け出す。懐に仕舞っていた『速玉』を使い、速度を上げ、『荒玉』の力で攻撃力を強化する。
再び振り降ろされる一撃に、俺は渾身の力を込めた一刀で受け止める。
鈍い鉄の音が鳴り響き、一瞬後には衝撃波が広がったが、今回は吹き飛ばされずに踏ん張る事が出来た。『荒玉』で攻撃力を強化していたおかげだ!
―――刹那、右足から激痛が伝わり、俺は膝を折った―――
痛みに強く閉じたくなる瞼を必死に抑え、右足を見てみると、足から刀が生えていた。
いや違う。刺されたんだ。アマテラスを縫い止めていた刀を抜き、瞬時に俺の無防備な脚を刺されたんだ。
跪く俺に、ツクヨミが剣を振り上げる。もう一刀受ければ、確かに俺は死ぬ。死ぬしかない。
その恐怖は一瞬。過去の記憶を走馬燈のように見るのに充分過ぎる時間。
それは同時に、頭の中で何か変なスイッチが入るのにも、充分な時間だった。
気付いた時には頭が真っ白になり、考えるより早く身体が動いた。
振り降ろされる一刀を片手で受け止めつつ、空いた手で懐の勾玉を取り出し、投げつける。至近距離から放たれた術は、俺の様な弱い者の攻撃でも、下がらせるのには充分だった。
そして跳んでいた。
思考は全く追いついていない。行動が先だって、思考がその後に付いてくる。だから俺は、たたらを踏んで下がるツクヨミを追いかけ飛んだのは解ったが、次に何をしようとしているのかが全く解っていない。ただツクヨミが隙を見せているのを見て、攻撃するんだと言う事だけが漠然と理解出来た。だから俺は………迷った。
このまま普通に斬りつければきっと勝てる。だけど、それはツクヨミを殺してしまう事になるのではないだろうか? 殺されそうになっているのに、俺は何を言っているんだ? でも、この人はテルの姉なんだぞ? それなのに、彼女を斬る事に本当に躊躇いはないのか? 何も考えず切ってしまって良いのか? 殺してしまって良いのか? いや、確か彼女はもう既に亡くなっているはずだ。だから悪霊として此処にいる。で? それがなんだ? それが彼女を傷付けて良い理由になるのか? でも、切らなければ殺されるのは俺達で―――、
思考が纏まるより早く、チャンスは訪れた。
思考が答えを出すより早く、剣は振り下ろされた。
乾いた鉄の音が鳴り響き、ツクヨミが右手に持つ剣を弾き飛ばした。
驚愕に目を見開きながら、それでも反撃の刃を振るうツクヨミ。何の防具も付けていない右腕で自分の身を庇った俺は、骨に届く程の一撃を諸に受け、右腕から血が大量に噴き出した。
痛みに悶えようとする俺の『思考』より早く、声が喉から出てくる。
「ヒカルーーーーーーーーーーーッ!!」
「弧閃!!」
やっと追い付いたヒカルが飛ぶ斬激を放つ。その真空波とも呼べる斬激は、ツクヨミが持つ最後の一本を弾き飛ばし、丸腰になったツクヨミはついに膝を折った。
同時に身体中に走る痛みに、俺は気を失ってしまった。
「ほら、いい加減に起きなさい………」
聞き覚えのある誰かの声に誘われて、目が覚めた。
視界には、見た事の無い光で埋め尽くされた様な空間が映った。
なんだ? っと思い、視界を巡らせるが、光の空間は三百六十度見渡す限りに埋め尽くされていて、自分の置かれている状況を上手く認識できない。
「やっと起きたのね。女を待たせるモノじゃないわよ」
その声に振り返ると、ツクヨミがいた。
慌てて跳び退き、腰の刀に手を添える。
仲間の姿も見えないこの場所で、ツクヨミと対峙する事に緊張しながら、相手を見据えるが、ツクヨミには戦意と言うモノが見受けられない。
帯刀していないし、構えらしい構えも取らない。それどころか、先程までの厳しい表情が、どこか和らいでいる様な気がする?
「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。もう何もしないから」
っと、言う事は、ツクヨミが和解したと言うイベントを無事に果たしたと言う事だろうか? だが、それならなんで俺はこんな所に居るんだ?
その疑問が浮かんだところで、やっと気付いた。足と腕の怪我が治っている。痛みも全く感じない。これはどう言う事だ? 誰かが治してくれたのか?
「ここは夢の中よ。『夢想』と言われる空間の中。アナタに頼みたい事があったから此処に呼んだのよ」
「頼み? アマテラス様かヒカルではダメなのか?」
咄嗟に答えて少し驚いた。敬語が普通の俺が、何の躊躇いもなくタメ口を言えた。これは一体どう言う事だろう?
疑問が浮かぶと瞬時に頭がそれを考え始める。そして、これと似たような状況が一度あった事を思い出す。そうだ。これは神様に出会った時と感じが似ている。たぶん、俺は今、神様と出会った時と近い状況にあるんだ。だから傷も負ってない。ついでに言うなら、神様に(たぶん)頭を弄られた時の『冷静になり、真実を真実として受け止められる』って言う、(たぶん)能力も働いているんだと思う。何気に俺、神様からの特典、多く貰ってたな。でも、やっぱり常時役に立たない……。
「あの二人ではダメなのよ。アナタでないとね」
ツクヨミが意味深な事を言うので、それについて考えさせられてしまう。彼女は一体何を俺に頼もうとしているんだ?
「だって、妹の彼氏を取るわけにはいかないでしょう? だから、アナタに私と『契の儀式』を交わして欲しいのよ」
「………」
驚愕に叫びたい心境にあったが、『冷静になる自分』がその事に『納得』をしてしまう。この状況で叫べないのは逆にストレスだ。ジェットコースター好きの女子が、怖くもないくせにどうして「キャーキャー」騒ぐのか、その意義が物凄く理解出来てしまった。
「いや待て、危うく色々納得しかけたが、なんで俺なんだ? ヒカルの方が霊力も強い。俺なんかよりよっぽどだろう? 確かに妹の彼氏と言う事もあるだろうが、それにしたって『契約』となれば仕方ない事だろう? 俺程度の霊力では契約を失敗する可能性だって………」
「私を倒した時点でその心配はないわ。アナタは既に、私を許容出来てしまえるだけの霊力を有している。それに、私はアナタの方が良いと思っているのよ?」
妖艶な笑みを浮かべてそんな事を言うツクヨミに、ドキドキしながら視線で疑問を返す。
「だって、アナタは私を斬ろうとした時、ごく自然に手心を加えてくれたわ。もちろん、戦いの場で甘いとは思ったけど、それはアナタの甘さじゃない。優しさなんだって、解るのよ。それに、アナタが実は二面性があると言う事を知れて、私は結構気に入ってるのよ?」
「二面性……。別に偽ってるつもりはない。普段の俺は敬語を使うのが当たり前だと思って使ってるだけだし、態度だって同じ事だ。別に二面性とかじゃ……」
「どっちにしても私は今のアナタの方を気に入ったと言う事よ。なにより―――」
ツクヨミが妖艶な笑みを浮かべたまま、服をずらして白い肩を晒して見せる。
その肩の白さに、肌のきめ細かさに、『冷静』なはずの俺は思わず後ずさっていた。
「初心なアナタの反応が、中々に可愛らしいのよ」
語尾にハートでも付きそうなほど艶めかしい声を洩らし迫るツクヨミに、俺は何の抵抗も出来なかった。
いや……、たぶんしなかったんだ。
白状しよう。俺はヒカルみたいにオープンじゃないが、健全な男としてこう言うのは大好きだ。だからこんな美味しい場面を、わざわざ棒に振る様な事はしたくない。そう考えていた事は否めない。まして、初恋の相手であるテルとそっくりな姉のツクヨミが相手。美人を相手に初体験などと言う贅沢に、断る理由などない!
ただ一つ言わせてもらえるのなら………自分のムッツリさに本気で泣きたくなった。どうせエロいならヒカルを見習いたい……。
契約を終えて戻ってきた俺は、まず最初に脚と腕の痛みに顔を顰めた。俺が寝ている間に治療してもらっていたらしく、傷は殆ど塞がっている。痛みも最初に比べれば、だいぶましな方だ。
「お帰りなさい! 先輩達から事情は聞きました」
「ツクヨミが仲間になってくれたんだって?」
七海と渚が目覚めた俺を出迎えてくれる。こんな風に出迎えてくれる相手がいるのが、ちょっと心に温まる。
「はい、無事に……無事に契約は済みました」
無事……だったんだろうか? 初めてだった所為で、終始ツクヨミに押されっぱなしで、なんとか自分からもアプローチしてみようとしたが、全然上手くいかず、リードされっぱなし……。酸いも甘いも知りつくしたツクヨミに勝てるはずもなく、何度暴発させられた事か………。おかげで何度もやり直しで……無事だったんだろうか? 本当に?
「………」
「お疲れ〜〜〜……」
立ち上がってすぐ、アマテラスの微妙な表情と、訳知りのヒカルが声をかけてきた。
ヒカルはともかく、アマテラスの表情が何処となく焦りを招く。
とりあえず先を急ごうと言う事で歩き始め、その最後尾の方でアマテラスと並んで歩きなら、俺は声を小さくして話す。
「あ、あの………、その様な表情をなさらないでください……」
「だ、だって……、ツヅラは姉さんと……」
「いえ、……だって仕方ないじゃないですか? そうしないと御姉さんが………」
「そうですけど……」
「ヒカルに任せるよりはマシでしょう? 想い人を取られて良かったんですか?」
「そ、それは………!?」
ヒカルの事を言われて狼狽するアマテラスが、とても可愛い。からかった相手が、こんなに素直な反応を示してくれる事に、心の奥から救われた気持ちになる。生前には絶対に見られなかった反応だ。リアルで拝めたことに転生させてくれた神様に感謝を送ろう。
「で、でも……、せっかくツヅラが『テル』と呼んでくれたのに………」
「へ……? あ……っ!?」
っが、今度は俺の方が狼狽する番だった。
咄嗟とはいえ、あの時、昔馴染みの名前を呼んでしまっていた事に、ひどく狼狽して二の句が付けなくなってしまう。顔に血が回って熱くなるのを感じながら、絶対に赤くなっている顔を見られないようにするためそっぽを向く。
アマテラスの方も何も言ってこない所を見ると、恥ずかしがっているのかもしれない。そう思うと少しだけ、心に余裕が生まれた気がした。
「え、えっと………、その……、て、テル……?」
「は、はい……っ!?」
「これが終わったら………、また、昔みたいに話しても…良いかな?」
「……! はいっ!」
振り返ると、目の端に涙を浮かべて笑う幼馴染の少女の顔があった。転生前の人生も合わせて初恋の相手、既に彼氏が出来た相手、だけど、その時彼女が浮かべた満面の笑みは、ゲームでも、今までの俺の人生にも、一度も見た事が無いほど綺麗なもので………、俺は、本気で嬉しかった。
「………あら? 良いのヒカルちゃん? あの二人なんだかすごく良い雰囲気よ?」
「何っ!? おいツヅラ! お前まさかまだ―――!?」
「っ!? ち、ちが―――っ!? 違います! ちょっ、ちょっと十年越しの和解を果たしただけと言いますか………?」
「そ、そうですよヒカルさん! 私達はただの幼馴染で……幼馴染………。………//////」
赤くなるテル。赤くなる俺。
「アマテラス!? ツヅラ!?」
「ち、違うから!? 邪魔するつもりなんて全然ないから!?」
「私は……そっちの方が都合いいんだけどなぁ………」
悪戯を思い付いたような笑みで美由紀こっそり零す。聞こえてるぞ! ヒカルにも!
「アマテラス、後でゆっくり話そう。ツヅラ、今すぐ話がある」
「ひ、ヒカルさん!?」
慌てるアマテラスを置いて、俺は万力を発揮するヒカルに引きずられて岩陰の方へと連れられる。
恐怖で震えるしかできない俺は、この後の漫画的展開をリアルで受けるとどれほどの苦渋になるのだろうと、恐ろしい事を考えてしまっていた。
最終話:後悔
スサノウとの戦いは激戦だった。だが思いの外、苦戦は強いられなかった。ゲームでヒカルが言っていた通り、美由紀を気に掛けていたスサノウは、本気を出せず、活人剣を学んだヒカルはスサノウに本気が出せた。結果はヒカルの圧勝。俺達は先に進む事が出来た。
そして迎えたヨモツオオカミとの戦い。
俺達は―――今、最大の危機を迎えていた。
状況はほぼ全滅。
辛うじて立てるヒカルと、その傍らに並ぶアマテラス。この二人以外は俺を含めて全員動けない状態にある。手持ちの勾玉で身体を癒してはいるが、今すぐには動けない。
アマテラスが札を投げる。術が発動し雷が迸る。それに合わせて飛び出したヒカルが居合を放つが、結界を張られて受け止められてしまう。黒い球体を呼び出したヨモツオオカミは、それをこちらに向けて無造作に幾つも降らせる。慌ててアマテラスが結界を張り、ヒカルが『夢を紡ぐ者』の力で緩和させるが、強大な霊力の前に、俺達は全員吹き飛ばされてしまう。結界は簡単に砕け、緩和したはずの力はダイナマイト並みの破壊力を持ち、俺達は成す術なく吹き飛ばされる。
一番離れていたところに居た俺は、それほどダメージはなかった。回復の時間を余計必要になった事は変わらないが、それでも立てなくなったわけじゃない。
なんとか立ち上がり、一番回復が優先される者は誰か確認しようとする。
全員だ。
誰一人として状況は芳しくない。
アマテラスが、自分よりヒカルを優先して回復している姿が見えた。ヒカルはそれを活かそうと、立ち上がろうとしているが、ダメージが大きすぎる。膝を付いたまま動けていない。
ヨモツオオカミが玉串を振るい、黒い球体を創り出す。
ダメだ! 動けない二人がアレを喰らえば、間違いなく致死だ!
誰か二人を―――ダメだ。誰も動けるような状況じゃない!?
「先輩!? アマテラスさん!?」
放たれる球体。
叫ぶ七海。
口々に名を呼ぶ仲間。
ヒカルだけでも逃がそうとするテル。
テルだけでも守ろうとするヒカル。
ダメだ。誰も何もできていない。勝てない。負ける。終わる……。
二人が死んでしまう………!
爆発が巻き起こる。
身体に激痛が走る。
一体何が起こったのか自分でもよく解らなかった。
「ツヅラ……さん?」
七海の声がして、初めて自分の置かれている状況が理解出来た。
ああ……、俺………、いつの間にか二人を庇ってたんだ………?
手には、防御に使ったと思われる水御玉が砕けていて、武器に嵌め込んだ勾玉も、一つ残らず砕けていて………、俺はこれから死ぬんだって、否応も無く解った。
「………」
死ぬのは怖い筈だった。今までだって恐怖にかられて大変だった。
でも、ここまでどうしようもない死を叩きつけられると、逆に冷静になって諦めてしまう。
懐に手を忍ばせ、ツクヨミの御霊を取り出す。
一度手に握り、もう一度開いて、それを刀の柄に嵌め込みながら口を開く。
「ごめん、ヒカル………。お前の彼女、これから泣かせる事言う………。ごめん………テル。約束は、守れない………」
「「―――っ!?」」
二人が何かを言ったが、もう聞こえない。
刃を振り被り、ツクヨミの力を呼び出し、水御玉の欠片を使って水気を刃に纏わせる。
土と水の力。ヨモツオオカミに通じるとは思えないが、時間を稼ぐ事は出来ると信じる。
どうせ死んでしまうのなら………、せめて、胸を張れる死に方をしたい………。
その後、俺がどうしたのか………ただ飛び出して、我武者羅に剣を振るったと言う事くらいしか憶えていない。意識の殆どは、飛び出した瞬間になくなっていた。
ただ、死を迎える刹那に………、テルが泣いてお礼を言ってくれていたのだけは、しっかりと憶えている。
その顔を見て、俺はどうしようもない後悔をした。
どうして俺は、最初っから、テルの幼馴染にならなかったんだろう? これからやり直せるなんて、なんて安易な事を考えていたのだろう? 一度失ったものを取り戻す事が、一体、どれだけ困難なのかって、どうして解らなかったんだろう?
初恋の女の子に、生前から数えても、本当に始めて好きになった女性に………どうして好きだと、言えなかったんだろう?
俺はついに………IZUMOの世界でも死を迎えてしまった………。
第一章エピローグ:『一つ目のエピローグ』
「なんだお前? もう死んだのか? 大した活躍もしないで死んだ転生者はお前が初めてだぞ? せっかく18禁ゲームの世界で、メインヒロインと幼馴染で生まれて、それでフラグ一つも立てない奴なんて今までどの転生者にもなかった事だ」
誰かの声がする。
聞き覚えがあるが、俺にはそれが誰の声か思い出す事が出来ない。
また言葉を返す事も、どうやら許されていないようだ。
「お前と似た境遇の者がいないわけでもないが、それでもお前の様に、生前と等しく臆病な性格を晒す様な奴はいなかった。………転生はそれと同時に自分を変える物だ。だと言うのにお前は殆ど変っていない。………ふふふっ、アイツの選んだ男は、私個人としては充分面白い相手の様だ。その調子で、これからも幾つもの世界を巡ると良い」
誰かは楽しそうに語る。
一体何がそんなに愉快なんだ? 俺には解らない。
ただ、どうやら俺は、もう一度何処かに転生させられるらしい。
そう言えば、最初に会った神様も、似たような事を言ってたっけ?
「しばらくは退屈しそうだが………。お前が、本当に求めるお前自身になった時、どんな風に世界と関わっていくのか、楽しみにさせてもらう」
光が満ちた。
っと言っても何も見えていないんだが、なんとなくそんな気がするんだ。
光が俺を包み、新しい命として産み落とそうとしている。
次は、どの世界だ?
「いずれ訪れる、『ラインゲーム』が始まるまでには、成長しておけよ? 荻乃甘楽(おぎないつづら)」
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いきなり18禁ゲーム世界ですみません。 全年齢対象版も出てたので許して下さい。 もう古いかもしれませんが、ネタが解ってもらえれば幸いです。 気軽にコメントください。 |
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