ガールズ&パンツァー 我輩は戦車である 〜改造編〜 |
我輩は戦車である。名をチーム名にちなんで『あんこう』という。
『W号戦車D型』という制式もあるが、先日改修を受けF2仕様となったことで正確には『IV号D型改』と呼ぶべきかもしれない。もっとも、これらの判断が面倒ならば『W号』で事足りる。要するに、私の呼び方は人それぞれという事だ。
いや、別に西住隊長の命名した『あんこう』に不服があるわけではないのだ。ただ人は多様性という可能性を…やめよう。これ以上は自分を追い込んでいる気がする。
さて、そんな私に搭乗するあんこうチームの彼女達なのだが。
『………』
今は私が安置さてれいる倉庫で全員が緊張した面持ちをしていた。
あらかじめ断っておくが、普段の彼女達5人は決してこのような張り詰めた雰囲気ではない。むしろ穏やかで和気藹々としたチームである。
「…あー。別に緊張する必要はないからな? 簡単なプレゼンだからな?」
そんな彼女達に困惑しているのは生徒会の広報を担当する河嶋(かわしま)殿である。
片眼鏡に理知的な瞳が特徴の3年生だ。ごく一部からは『桃ちゃん』と呼ばれ愛されている。
「他のチームもそうだったけど、あんこうチームもやる気満々だね〜」
さらに後方には干し芋をかじりつつ傍観者の姿勢を崩さない小柄な少女がいる。
彼女こそ大洗女子学園の生徒会長である角谷(かどたに)殿だ。本来、我々にとって司令官に等しい立場なのだが…
「会長も少しは仕切って下さい」
「河嶋がいるから問題なーし」
今の発言が示すとおり、この御仁は清清しいほどに怠け者であった。それでいて実は相当のやり手だという噂なのだから困ったものだ。河嶋殿はそんな彼女の返答に眉間を押さえつつあんこうチームに向き直る。
「とにかくだ。今回は我々の戦車の改良案を募集している。全員、私が配った企画書に書いてきたな?」
『はい!』
西住隊長以下五名、実に気概に満ちた返答だった。
全ては我々大洗女子学園が準決勝まで駒を進めた事に起因する。
全国大会で当初の予想を覆す活躍を見せたことにより、生徒会は戦車道に関わるいくばくかの予算を獲得した。
そこで自分達の戦車を少しでも強化しようという試みとして、各チームから自分達の戦車の改造案を募る事にしたのだ。そして今は我々あんこうチームの番という訳である。
「やる気があるのはいい事だが、採用するのは一つだけだ。予算は限られているからな」
「はい、分かっています」
西住隊長の言葉に残りの全員が頷く。ここにいる5人の誰もが自分の案の採用のみを考えており、今この場に限って自分以外の存在はライバルとなっていた。
もう一度断っておきたいのだが、普段のあんこうチームは決して不仲ではない。むしろ良き友人として互いを支えあう間柄なのだ。では、なぜ彼女達がこの様な状態になっているかというと。
「なお、案を採用された者は報酬として戦車カフェのケーキを3個奢る事にする」
『おおーっ!』
河嶋殿の宣言に高らかに応えるあんこうチームの面々。
つまりはこういう事だ。いつの世も甘味は少女を猟犬へと変貌させるのである。
「ま、そのケーキも戦車道の予算から出すんだけどねー」
それを貴女が口にするのは拙いのではありませんか、角谷会長殿。
「…まずは私からだ」
一番手は冷泉殿が名乗りを上げた。
普段は自分から行動する事が少ない彼女だが、今回は俄然やる気だ。
「…あそこのケーキは絶品だからな」
私は詳細を知らないが、その戦車カフェのケーキは余程のものであるらしい。例え自分が食する事はできないとしても、少し気になるものだ。
「私の考えは…これだ」
立てかけられたホワイトボードに冷泉殿の企画書がするすると貼り付けられていく。
他の面々に倣い、私も彼女の企画書に目を通した。
『伊達や酔狂でこんなものをつけてるわけじゃないぞ作戦』
目的:弾が無くなったり装填してる暇がない時に相手戦車をやっつける武器。
内容:戦車の前にでっかい角をつける→ぶつける→やっつける
利点:弾が切れない。当てれば勝つ。
弱点:少し運転が大変。まあ大丈夫だろ。
………ううむ。これは。
「衝角戦車、ですね」
私が評価に窮していると秋山殿が難しい顔をしながら発言した。
「ポルシェティーガーの改修案として開発が検討され、主に市街戦に於いて敵の立てこもる建物に穴を開けるというのが目的だったそうです。実際に配備される事は無かったのですが…」
「それはなぜだ?」
「色々ありますけど、やっぱり戦車と搭乗員の負担が大き過ぎたからだと思います。なにしろ、相手に凄い速さでぶつからないといけませんから」
河嶋殿の質問に答えたのは西住隊長だった。
やはりというべきかその表情は優れない。彼女としては搭乗員を危険な目に遭わせる改造に躊躇いがあるのだろう。
「大丈夫だ、うまくぶつける」
サムズアップしてみせる冷泉殿だが、これは私も承服しかねる。
他戦車との接触は危険である上に、衝突後はこちらも走行不能になる可能性が高い。
大洗の慢性的な戦車不足を考えると、味方一両につき相手を一両撃破という戦い方で勝利を掴む事は不可能に近い。
「悪いけど、皆が怪我しやすくなる改造は許可できないかなー。どう思う河嶋?」
「私も会長と同意見です。さらに言うなら、お前達あんこうチームはうちの指揮車両でありエースだ。特攻など許さん」
生徒会の決定が下った。こうなっては冷泉殿が抗議する事はできない。
「…駄目か」
「まーまー。元気だしなさいって」
肩を落とす冷泉殿を武部殿が慰める。やはり二人は仲の良い幼馴染だ。
「麻子には私がケーキを食べる姿を見守ってもらうからねっ!」
「…また太るぞ、沙織」
その仲を容易く引き裂くケーキ3個という魔物はげに恐ろしき代物である。
「私の考えは…これよっ!」
続いてホワイトボードに企画書を貼り付けていくのは武部殿だ。
他の面々に倣い、私は再び企画書に目を通した。
『恋も戦車も一撃必殺作戦』
目的:口径が大きくて、砲身の長い方が攻撃力が高いんだからもっと大きくしちゃおう!
内容:今は43口径の75mmだから、思い切って200mmぐらいにしちゃうよ!
利点:これでどんな相手でも一発だよね! 遠くからも狙えるよ!
弱点:ちょっと砲身が重いかもしれないけど、遠くから撃てるから大丈夫だよね?
いや武部殿。流石に200mmは…
「そんな事したら我々のW号がひっくり返ってしまいますよぉ!」
秋山殿言うとおりである。
そもそも戦車砲の口径は重量や砲身の耐久性を考えるとおのずと限界がある。現在の戦車でも55口径の120mm程度が限度であるとされているのに、旧式の私に200mmなど積載すればどうなるのか。無論、発砲と同時に横転してリタイアが関の山である。そもまともに走れるのかも怪しい。
「いやー、走れなくても遠くから一方的に撃てれば勝てるんじゃないかなって」
「それって、近づかれたら終わりという事だと思うのですけど…」
「うっ!」
何とか自分の案を通そうとする武部殿だが、五十鈴殿の指摘に呻き声を上げた。
「…そんなでかいのつけて走れるか。無理言うな」
「うぐぐっ!」
「走れない戦車などただの砲台です! 断固反対です!」
「ぐぬぬ…!」
冷泉殿と秋山殿も反対。
最後の頼みの綱として武部殿は西住隊長に視線を向けるが。
「ごめん沙織さん。200mmは、ちょっと」
「みぽりんの裏切り者ーっ!」
「なんで私だけ!?」
妥当な判断である。ともあれ心中察します、西住隊長。
「悪いけど、それ以前にうちにそこまでの物を作る予算は無いんだよねー」
「もう一度艦内を捜索しますか?」
「いやー、流石にもう出ないっしょ。ってか200mmとか無いっしょ」
「…そうですね」
幸いな事に生徒会も妥当な判断を下してくれた。
確かに私の75mm砲は前回の捜索で発見されたものだが、さすがに200mmなどという空想染みた代物はあるまい。
「次は私ですわね」
続いてホワイトボードに企画書を貼り付けていくのは五十鈴殿だ。
他の面々に倣い、私は三度企画書に目を通した。
『戦場に咲く一厘の花作戦』
目的:花を見ると心が落ち着くと思いますし、相手の方の戦意も揺らぐと思うんです。
内容:W号の装甲に花を生けましょう。
利点:相手が見惚れてくれれば、少しは戦いやすくなりますよね。
弱点:個人によって好きな花が違うと思いますので、できるだけ沢山の花を生けましょう。
………私は花壇ではないのですよ、五十鈴殿。
「花、花ねぇ… はっ!? 私達の戦車に注目が集まれば私にも新しい出会いが?」
「…試合相手、全員女子だろ」
「そうだったー!? やっぱり駄目だよこれー!」
武部殿と冷泉殿がコントをしているなか、秋山殿と西住隊長は難しい顔をしていた。
「どう思います?」
「心理作戦という意味じゃ間違ってないと思うけど…」
「なるほど、これも戦車道なのですね。奥が深いです」
いや、深くないでしょう。
これが有効なら今ごろ我々戦車の迷彩は全部花柄になっていると思いますよ秋山殿。
頑張って友人のフォローをしたいのかもしれませんが、ここはしっかりと却下するべきですよ?
「本物の花は無理でも、ペイントならなんとか…」
何故そこまで乗り気なのですか西住隊長。どこまでファンシーなものが好きなのですか貴女は。
「いやー、ごめん。この案も無理じゃないかな」
「あら、そうなんですか?」
会長の申し訳なさそうな声に小首をかしげる五十鈴殿。まるで明日の天気でも聞いたかのような仕草だ。
自分の案が却下されそうだというのに、まるで動じない肝の据わりようは流石である。
「次の対戦相手のプラウダ高校なのだが、試合会場が雪原になりそうでな」
会長に代わって河嶋殿が説明する。
次は雪原か。おそらく我々戦車にとって厄介な戦場となるだろう。
「まあ。確かにそれでは花が凍えてしまいますわね」
「あ、ああ。吹雪もありえるというしな」
「それはいけませんわ。せっかく咲いた花が吹き飛ばされるなんて私は耐えられません」
なんと、五十鈴殿は自分で己の案を却下してしまった。
この花に対するこだわりはさすが華道の家元というべきか。
「うーん、でもペイントなら…」
「西住ちゃーん。それ、私らが最初にやった事と大差ないからねー」
「はうっ!?」
まだ粘ろうとしていた西住隊長は会長殿にしっかりと釘を刺されていた。
確かに、かつて聖グロリアーナ女学院との試合に臨んだ際の我々の外装は奇抜に過ぎた。
あのような視認性抜群の塗装での戦闘は私もご免こうむりたい。
「次は私ですね!」
続いてホワイトボードに企画書を貼り付けていくのは秋山殿だ。
「正直な話、W号のハイスペック化にはもう限界が見えてます。ならば、ここはマンパワーを上げるしかありません」
さすが彼女は我々戦車の造詣に詳しい。彼女の言う通り、私の性能をこれ以上伸ばすのは難しいのだ。
かつて祖国の主力として働き尽くしたという自負があるが、やはりティーガーやパンターのように他の戦車に対して優位に立てる性能は獲得できなかった。古きものは新しいものに淘汰されるのが定めだ。それを覆すのは搭乗員の戦術と技術しかない。強い戦車に良い戦車兵が搭乗するのではない。良い戦車兵が戦車を強くするのだ。
「というわけで、私の案はこれですっ!」
意気揚々とホワイトボードを指差す秋山殿。
他の面々に倣い、私は期待を胸に企画書へ目を向けた。
『我が前に敵なし作戦』
目的:我々にとって勝利の象徴ともいえる西住殿が先頭に立てば相手も恐れおののく事でしょう!
内容:W号のキューポラの上に西住殿が仁王立ちできる固定金具を取り付けます!
利点:西住殿がW号の上で仁王立ちします→相手は大慌てで逃げ出します→大勝利ですね!
弱点:そんなのもはありませんっ!
…ああ、そういえば貴女はそういう人でしたね秋山殿。私もうっかり忘れておりましたよ。
「や、やらないからっ! 戦車の上に立つなんて、絶対やらないからっ!」
「そうですか? 西住殿でしたら必要と感じたら躊躇わず実行すると思うのですが」
「そだねー。みぽりんっていつも戦車から顔出してるし」
必死で抗議する西住隊長だが、秋山殿と武部殿はさらりと流してしまった。
とはいえ、西住隊長がよくキューポラから身を乗り出しているのにはれっきとした理由がある。
「そ、それは視界のいい位置じゃないと周りを良く見れないからだよ?」
戦車長とは我々チームの目であり頭脳である。
ゆえに迅速に状況を理解し、そこから判断した命令を部下に下さなければならないのだ。
西住隊長の行動は至極真っ当であり不備は無い。ただし。
「ですけど、やはり心配ですわ。みほさんが一番危ない事をされているわけですし」
「…他のチームより顔出してる時間も多いみたいだな」
五十鈴殿と冷泉殿の言葉通り、西住隊長は少々自身の危険に鈍感な所があるのだった。
「…西住ちゃん、仁王立ちした方がもっと良く見えるって事は無い?」
「ありませんっ!」
会長殿の言葉を全力で首を横に振り否定する西住隊長。
あれは自分の危険うんぬんの前に、単に恥ずかしいからしたくないのだろうと私は考える。
「んじゃ没の方向でー」
「そんなぁ〜」
「ほっ」
会長殿のあっさりとした決断に肩を落とす秋山殿と安堵の息をつく西住隊長。実に対照的な反応である。
秋山殿には申し訳ないが、私としても西住隊長の危険が増える改良は遠慮したい。
「それじゃあ、最後は私だね」
最後にホワイトボードへ企画書を貼り付けていくのは西住隊長である。
「私も優花里さんの言う様に、W号のスペックをこれ以上伸ばそうとするとバランスが崩れると思いました」
それにしても今日のあんこうチームの面々は少し思考回路が異常だ。普段の彼女達ならば決してこの様な考えには至らないと思うのだが、これもケーキという魔物に取り付かれたせいなのだろうか。
「それも含めて、ちょっと思い切った案を考えてみました」
普段から穏やかで優しい西住隊長が思い切ったという案とは、いったいどういうものだろうか。まさか戦車道の経験が深い彼女までおかしな事は言い出すまい。
他の面々に倣い、私は彼女を信じて企画書へ目を向けた。
『ドイツの戦車は世界一作戦』
目的:いっそ新しい戦車に乗り換えちゃいましょう。
内容:パンターとかあればいいですよね。
利点:
弱点:
西住隊長ぉーーーーーーーーっ!?
「そういえば、戦車に暖房なんてなかったもんねー」
ダンボールに詰め込まれた防寒着を手に取る武部殿はしきりにサイズを確認していた。
「私は、毛糸のパンツはちょっと…」
「腰、冷えるぞ」
五十鈴殿に冷泉殿もそれぞれの防寒対策に追われている。
結局、西住隊長の案は『そんな良い戦車があればとっくに使ってるわっ!』という河嶋殿の一喝により否却された。当然の帰結である。きっと西住隊長もケーキの魔力に惑わされていたに違いない。
「不凍液はこれでいいかな」
「そうですね。他のチームも確認しておきましょう」
西住隊長と秋山殿は我々戦車の方の防寒対策を続けている。
最終的に残った予算はプラウダ戦に向けた防寒対策と非常用の食料に回されることになった。
もっとも無難な選択である。角谷会長殿も最初からそう判断してくれれば良かったのだが。
結論。年頃の乙女を甘味で釣るとろくな事にならないものである。
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今回の主役は生徒会組です、たぶん。 | ||
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