落日を討て――最後の外史―― 真・恋姫†無双二次創作 24 後篇 |
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虚は覆面のまま天幕に至った。
一声かけて天幕へ入ると、華琳の青い顔が視界に飛び込む。
吐瀉物と排泄物の臭いの中で寝ていなければならないというのは我慢ならないのだろう。虚が近づくと華琳は困ったような視線をこちらへ投げ掛けてくる。
「――かずと」
「経口輸液……まあ、薬だ。飲め」
虚は仕上がったばかりの経口輸液を器に移し、コレラベッドに身を横たえる華琳の口元に運んだ。
「ひどい、きぶんだわ」
「そういう病だ。三、四日は覚悟してくれ」
虚はそう言いながら華琳へ経口輸液を呑ませる。しかし、華琳はそれをすぐに戻してしまった。
「まずいわ、これ」
「美味くしている時間はなかった。悪いが我慢して呑んでくれ」
再び、虚は華琳に輸液を呑ませる。華琳は辛そうにそれを飲み下した。
「ほんとうに、ひどいあじね」
「そうだな。俺も味見をしてみたが、とても曹孟徳に献上出来るものじゃあない」
そういうと、華琳は力なく笑う。
「だが病が三、四日続く以上、きみにはこれを飲み続けて貰う」
「さいあく」
「きみを失うわけにはいかない」
「――そうね」
虚は一回分の輸液を与え終えると、華琳の傍らに寄り添う。
「いっしょうのふかくね、この――曹孟徳が」
「覇王も病にぐらいかかるさ。第一、きみは頭痛もちだろう」
「あなたの薬茶で――ずいぶんよくなったわ」
「そうかい。じゃあ、この病も直さないとな」
肩を竦めて笑ってみせる。
虚に出来るのはこれくらいのことなのだ。
経口輸液を施すこと。不安を取り除いてやること。
この世界では点滴は用意できないし、出来たところで医師でもない虚には注射を施すことは出来ない。
だが虚は心を平穏に保っている。
回復は華琳の気力、体力に掛かっているだろう。そして、その点についてはあまり心配はしていない。
虚は主を信頼している。
己が彼女の回復のために尽くせば、彼女はきっと病床から軽やかに舞い戻るだろうと、そう確信しているのだ。
今は、よりそって、ただ只管に支えるだけだ。
「春蘭か、秋蘭でも――つれてくるのだったわ」
「心細くなったか?」
虚は華琳の手を握る。彼女もまた、弱弱しく握り返してきた。
「そうではないわ。――あなたがいるもの」
「じゃあ、なぜだ。彼女らに移すわけにもいかないだろう」
「それは……そうだけれど」
華琳はやつれた顔をそむける。
「わたしも、女よ。――ばか」
「知っているさ」
「おとこに下の世話をされるのは……はずかしいにきまっているでしょう」
「そんなことを言っている場合じゃない」
刹那、華琳が呻き――嘔吐と排泄があった。
酷くつらそうな様子に、虚の胸が疼いた。
「わかって、――ぐ、う――いるわ」
「余人に曹孟徳の醜態をさらすわけにもいくまい。きみが構わないならそうするが」
そう言うと、華琳の手に少しだけ力が籠った。嫌であるらしい。
「気を落ち着けるといい。すまない、俺が話し掛けたのはよくなかったな」
言いながら、虚は己の真の心中に気が付く。
自分は曹孟徳の回復を確信している。
けれども――華琳がいなくなってしまうのではないかという不安も抱えている。何か声を掛けていなければ、そのまま華琳が消えてしまうような気がして、恐ろしいのだろう。
――未熟だな、俺も。
意図せず、奥歯を噛む。
意識を失うような重症化だけは避けねばなるまい。
「こえを、きかせていて」
再び華琳が嘔吐する。ただもう胃の中には何もないのだろう。絞り出すように垂れる消化液が痛々しかった。
「ぶざまね、いまのわたしは」
喘ぐように華琳は言った。
「百の切っ先も、千の矢じりも、万の軍勢も――恐ろしくはないというのに」
「うん」
「ふあんなの、いま。――すごく」
虚と華琳の視線が絡む。
「そんなじぶんの弱さが、ひどく、おそろ、しいわ」
一秒ごとに華琳の唇が渇いていくような気がした。
「かずと」
虚は両手で華琳の手を握る。
「ああ。覇王は、曹孟徳は強くあらねばならない。何をも恐れぬ強き王でなければならない。それはその通りだろう」
だがな、と虚は続ける。
「華琳は――弱くてもいいんだよ。そのために俺がいるのだから」
「……そう」
「きみは必ず俺が救ってみせる。だから今は生きることだけ考えろ」
「――いきる」
「生きろ、華琳」
語気を強めて言うと、華琳の眸に光が少し戻ったように見えた。
「わがなは、曹孟徳――である」
うわごとのように華琳は言う。
「ああ」
「あきらめないわ。わたしは、覇業を、かんすい、する」
「そうだ」
だから、と華琳はその手に一際力を込めた。
「だからね、かずと」
「なんだ?」
「わたしは、きっと、なしとげてみせるから」
「うん」
虚は「一刀」の顔になって頷く。華琳の声は震えていた。ただ口調は、何か夢でも見ているかのようで、妙に虚の心をかき乱す。
「――そうしたら」
「うん」
「そうしたら、ね」
幼子のように細い声で華琳は言った。
「ぜったいに、きえてしまっては、だめよ。……かずと」
「にどと、わたしをおいていっては……だめよ」
「ゆるして、あげないんだから」
かすれた吐息のような言葉の後、華琳は唸って嘔吐し、排泄した。
虚はそんな彼女を介抱する。
ただ、華琳の言葉の意味はまるで解らなかった。消えてしまっては駄目――と言われたところで、消えてしまった覚えはない。
彼女は何か幻覚を見ているのではないか。
そう思うと肝の冷える思いだったが、経口輸液を与える以外、虚に出来ることはなかった。
※
虚は万徳を介して、董卓邸の内外に指示を出しつつ、華琳の看病に一日を費やした。
洛陽内の対策は何進が十常侍を黙らせて、強引に推し進めているらしい。
慧は陳留に帰らせ、真桜に治療道具の打診をさせている。ただ、実現は不可能だろうと虚は踏んでいる。
劉協、董卓以下数名は完全な滅菌の後、陳留郊外の空砦に避難させることにした。ただ、帝だけは洛陽を離れるわけにはいかないらしい。黄巾の乱で離れかけた民の心を完全に失うわけにはいかないとのことだった。民の心は既に、朝廷にはないというのに。
こうして、華琳の突然の発病によって始まった一日は終わりを告げる。
その日、董卓邸に集められた患者七十名のうち――二十五人が死んだ。
《あとがき》
ありむらです。
まずは、ここまで読んでくださっている読者の皆様、コメントを下さったかた、支援をくださった方、お気に入りにしてくださっている方、メッセージをくださった方、えっとそれから……兎に角応援して下さっている皆様、本当にありがとうございます。
皆様のお声が、ありむらの活力となっております。
後篇です。中途半端なところで切ってしまって短いですが、すみません。
今回華琳さんが弱気ですが、コレラに見舞われているときくらい、か弱い女の子に戻ってもいいと思うのです。というわけでこんな感じに。
あと数回は感染魔都編です。
それから朝廷編・董卓篇へ移っていきたいと思います。
コメントなど、どしどしください。
ありむらでした。
説明 | ||
感染魔都編 さすがの覇王さまもコレラ食らったらこうなるよね、ということで。 展開を予想されていた方、つまんなかったらすみません汗 独自解釈独自設定ありの真・恋姫†無双二次創作です。魏国の流れを基本に、天下三分ではなく統一を目指すお話にしたいと思います。文章を書くことに全くと云っていいほど慣れていない、ずぶの素人ですが、読んで下さった方に楽しんで行けるように頑張ります。 魏国でお話は進めていきますけれど、原作から離れることが多くなるやもしれません。すでにそうなりつつあるのですが。その辺りはご了承ください。 |
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コメント | ||
崖の上の家に住んでる魏延の親戚連れてこい(心は永遠の中学二年生) うあぁ 続きはなかったか・・ 更新お待ちしてますん(Alice.Magic) ブラックジャックのコレラの話を思い出しましたよ。感染症は怖いですね。(ヒヨコツヅラ) 下痢して嘔吐して脱水になって血行に異常きたして痙攣して死ぬ病気です(龍生) コレラってそもそもどんな病気なの、見た限りじゃ脱水症状がひどく全身の水分がなくなりかけるみたいに見えるけど(黄昏☆ハリマエ) 今後の展開を楽しみにしています(ぴちゅかみ) 25人は多いのか少ないのかよくわからんな・・・(nike) 華琳の女の子としての一面が強く現れましたね、加えてかつての外史の記憶も垣間見ることになるとは・・・。集められた70人の内25人が死亡、死者はまだ増えますね・・・。(本郷 刃) |
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