Shine & Dark Sisters 四章
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四章 幸福の訪れか日々の崩壊か

 

 

 

 俺が生きて来た年数は、なんだかんだでまだ十六年だ。親の半分も生きていないし、まだ経験したことのないことなんていくらでもある。

 セラとディアのような女の子と親しくなるのも初めてのことだったし、彼女達と合ってからは初めての連続で、剣の扱いを学んだり、ケーキを食べたり、格闘ゲームで対戦したり……やってることの方向性はバラバラだが、どれも思い出に残る出来事ばかりだ。

 双子との時間を終えて自分の家に戻り、また翌日学校に行くと、俺は目新しいことのない日常と、初めてだらけの日常――いや、それはきっと非日常――を行き来しているんだな、と実感出来た。

 多分、俺ほど濃厚な生活を送っている男子高校生なんて、そう多くはいないだろう。ファンタジーな要素を抜いたとしても。

 

 そんな充実した日々も長く続き、三回目の特訓の日を迎えた。月は変わって七月だ。

 自分でもまだまだだと思うものの、もうかなりディアとも良い勝負は出来ている気がする。さすがにセラの全力の攻撃は速過ぎて捉えられないが、慣れてみるとディアの方が相手はしやすいのだと気付いた。

「もうすっかり、速度のない相手とはやれる感じだねー。この分だと、あたしはちょっとお休みかな」

「そうですね。今日は私が主にお相手をさせていただきます。ほとんど速度も落とさずに」

 などと考えていると、それがネタ振りのようなものだったのは間違いない。二刀を手にセラが構える。いつもは儚げながらも笑顔の可愛らしいセラだが、剣を握るとすっかり別人だ。凛と張り詰めた表情、油断のない構え。そして一切の淀みを許さない潔癖な印象を受ける雰囲気は、正に大和撫子と言ったところだろう。日本人よりよほどその言葉が似合う。

「じゃあ、よろしく頼む」

「はい。――参ります」

 しなやか、そして力強い踏み込み。突然吹いた強い風のようにすぐそこまでセラが迫って来る。何度見てもどこか幻想的で、現実味の薄い光景だ。それだけいつものセラと、刀を握ったセラのイメージがかけ離れているのかもしれない。

 最初に来るのは右か左か。初動でなんとなく刀を逆手に持った左手の方が動く気がして、そちらに盾を構える。こちらの大きな剣で防いでも良いかもしれないが、セラの剣を剣で受け止めた場合、次から始まる連続攻撃であっという間に防御を崩されてしまう。攻めを捨て防御に徹する必要があるという訳だ。

 これがセラとディアの一番の違いで、ディアの重斧の一撃は相当気合を入れないと受け止めきれない。だが、まだ軌道を読みやすいし、隙を見つけて攻勢に転じるということも十分に出来る。セラはその間逆、受け止めることは容易だが、そこから攻めに回るのが非常に難しい。

 刀の描く軌道も単調ではなく、横に薙いだかと思うと袈裟がけに斬り上げ、時には渾身の力を込めた突きを放つ。得物は細く短い刀だが、こればかりはディアの斧にも迫る威力があり、実戦においては必殺の一撃なのだろう。受け止めると手が痺れる。

 防御のタイミングと向きの判断力を鍛えられる特訓がその後もしばらく続き、セラも俺もいい加減に疲れた辺りで休憩を挟む。どうしてもセラの運動量が多くなるため、連続して何時間も付き合ってもらうのは無理だ。

「セラ、お疲れ」

「はい……お兄様こそ、本当にお疲れ様です。やはり、順調に判断力が養われて来ていると思います。――そうですね。私の見立てに過ぎませんが、夏を越える頃には、私達が実戦に出ることも、可能だと思います」

「つまり、それは――」

「ええ。いよいよ私達姉妹が役目を継ぎ、名実共にハイドフェルト家の跡継ぎになることになります。お兄様には、より一層のご迷惑をおかけすることになってしまいますが」

「そんなの気にするなら、初めから話を受けてないさ。それに、俺ばっかりが危険な目に遭うんじゃない。俺がなんとか力になってあげて、それでセラ達のリスクが減るのなら、喜んで戦いに出させてもらうよ」

「お兄様……」

 初めてセラに自分の家のことや、俺を頼る理由を聞かされた時の俺は、きっと今よりも軽い気持ちで話を請けていた。いや、自分の人生をも左右する選択だったのだから、決してその場の思い付きや偽善心からの発作的な行動ではなかったんだが。

 でも、今なら。セラとディアと何度も言葉を交わし、同じ時間を過ごして来た今なら、俺は前よりも強く、心から二人の助けになりたいと思える。言うことが出来る。

 きっと、これから待つ戦いは常人が想像も出来ないような激しいものになるのだろう。しかし、それがハイドフェルト家の子に受け継がれ続ける過酷な運命と言うのなら、あえて俺はそれを恐れることはしない。――少なくとも、外面上は。

 二人にだって不安がない訳じゃない。なのに、俺まで怯えていたらどうしようもないし、二人の強さは俺が身を持って知っている。俺ぐらいはどっしりと構えていて、盾の役割ぐらいは果たしてみせよう。

 だから俺は、そっとセラの頭の上に手を置いていた。撫でたりするのは折角の奇麗な髪を台無しにしてしまうので避け、あくまで手を置くだけだ。

「お兄、様……」

「あ、ああ。ごめん。嫌だったか」

「いえ、嫌なんかじゃありませんっ。未来永劫、このまま私の頭の上に手を置いていただきたいぐらい、嬉しいです!」

「そ、そこまでは無理だけどな」

 顔を真っ赤にして意味のわからないことを言う。……この子、テンパると途端に言動が滅茶苦茶になってしまう癖があるようだな。最近になってわかった。

「あ、いえ、そうではなくて、それは嘘で……あ、いや、嘘でもないんですけど、その、夢なんです!」

「セラ。とりあえず落ち着いてくれ。支離滅裂過ぎて、さすがに意味がわからない」

「ご、ごめんなさいっ。え、えーと、大好きです!」

「……え?」

 思わず俺まで声が裏返るぐらい反応してしまうが、これもまあ、うっかり口が滑ったというか、本当にセラが言いたかったことではないだろう。ここまでストレートな愛情表現をディアはともかく、セラがするなんて考えづらい。

「言っちゃい、ました……。ディアちゃん!私、遂にお兄様にっ……」

「え、ええ?なんか傍から見てて、セラちゃんがあわあわしてるだけだと思ったんだけど、あの勢いで告っちゃったの!?」

「はい!大好きです、と」

「うわー、今時少女漫画でもなさそうなぐらいのどストレート!で、お返事は?」

「え?」

「いや、告白したからには、お兄ちゃんがオーケーしたのか、ダメって言ったのか、返事」

「……お伺いするのを、忘れていました」

 ディアの方まで駆けて行ったセラは、いつにないハイテンションプラス大声でわーきゃー言っている。ああ、もちろん全部、俺にまで丸聞こえですとも。さっきのがマジの告白だったことも含めて。

 いや……俺が女の子や告白という一つのイベントに関して、夢を見過ぎだっただけなのかもしれない。来丘のするゲームの知識なんかも俺の頭の中には無意識の内にインプットされていて、もっとドラマチックなものを期待していた。

 でも、これは“理想”を投影した物語ではなく、無情で夢のないリアルの話だ。テンパりまくった果ての、うわ言のような言葉が俺に対する好意を伝えるものであったとしても、不思議じゃないのかもしれない。

「セラちゃん……」

「ど、どうしましょう。今更、お返事を聞きに行くなんて……」

「セラ、全部聞こえてるぞ」

「ふへぇ!?」

 それにしても、あんまりにギャグだ。セラからの告白で、こんな風に混沌としたことになるとは。

「あー、やっぱり聞こえちゃってたかー」

「ディ、ディアちゃん。気付いていたんですか?」

「うん。いやー、その方が楽しいかなーって思って」

「あ、あの。ディアちゃん。ディアちゃんは、私を応援してくれると言ってくれましたよね?」

「もちろん!ほら、良い感じに緊張もほぐれて、コメディタッチになったでしょ」

「私はもっとこう、しっとりとした感じが良かったんですよ!」

 告白がまず、ギャグ漫画タッチだったけどな!

「お、お兄様……」

「ああ。とりあえずその、セラの気持ちは、そういうことで良いんだよな。いまいちまだ、告白された実感がないんだが」

「は、はい。私も、です……」

「いや、セラ自身は自覚持っておけよ……。

こんなこと今更聞くのも無粋と思うんだけど、こんな感じになったから、あえて言うな。……俺のことが好きって言うのは、人間として、じゃないんだよな。――ものすごく俗っぽい言い方だけど、俺と付き合いたい、みたいな」

「みたいな、です……」

 当然と言えば当然だが、セラは恐ろしく無口になり、ただこちらの言葉に反応して、こくこく頷くだけになってしまっている。顔はもう、赤いとかそういう問題じゃなく、触れればものすごい高熱を放っているであろうことが、見ただけでわかるレベルだ。

 もちろん、俺だって平然ではいられない。時間の経過と共に事の重大さがわかって来て、喉から心臓が飛び出るほどに早鐘を打つ。それでも、セラがこの状態なのだから俺がしっかりしないと。ディアはニヤニヤしながら見守るだけだし。

「……その、返事をしないと、な」

「よ、よろしければっ」

「断る理由なんてない。でも、今の俺はするべきこともあるし、学校もある。付き合ったとしても、ほとんどそれらしいことは出来ないと思う。……だから、あえてセラに俺の方から聞きたい。それでも、良いか?」

 言ってから、俺は残酷な返事をしてしまったのだと気付く。

 快諾しなかった時点で、俺は彼女の前から逃げてしまったのも同然だ。その上で、セラ自身にもう一度自分の想いを確認させるような問いかけをしてしまうなんて。

 今すぐにでもさっきの言葉を取り消したい後悔と、返って来るセラの言葉への恐怖がこみ上げてくる。

「――はい。私は、私が人並の幸せを十分に謳歌出来ない、そのことを自覚しています。でも、私はお兄様を好きになってしまいました。恋なんてしない方が良い、そう頭ではわかっていたはずですのに。

 お兄様、どうか私を、お兄様の恋人にさせてください。そして、もしそのことを許してくださるのなら――どうか、愛の言葉を」

 迷いを捨てきった表情のセラは毅然としていて、日本刀のような真っ直ぐさ、美しさ、潔癖さがあった。緩んでいた空気が再び張り詰め、俺の言葉を待つ静寂が支配する。

「セラ。俺も、君のことが好きだ。でもきっと、これは恋じゃない。まだ、恋じゃないんだと思う。セラが本当のことを言ってくれたように、俺も嘘はつかない。だからあえて、これはこう言うよ。まだ、君に恋することが出来ていない。だから、愛をささやけばそれは嘘になってしまう。でも、セラの告白を拒むこともしない、出来ない。セラは俺にとって大事な人で、守るべき相手なんだから」

 本気には、本気で応えるしかない。俺は自分を殺し、セラを騙すという業を背負ってまで、この幸せな関係を守ろうとはしなかった。現状に不満があったんじゃない。むしろ、これ以上がないほど心地良かったからこそ、そこに嘘が横たわり続けることを許せなかった。

 たとえそれが、溝を作ることになってしまったとしても。

「そう、ですか。ごめんなさい。本当に、急なことで」

「――セラ。でも俺は、しっかり者で、料理が上手くて、だけどたまにドジな君のことが大好きだ。すごく魅力的な人だと思っている。だから、今以上に君に近付きたい。そうして、きっと意気地のない俺のことだからゆっくりだけど、愛を育んで行きたい。そう、思う」

 まるでセラは、そのまま泣き崩れてしまいそうで。俺の方に振った気持ちはないのに、彼女は自分にどんどん重荷を背負わせて、自分を自分で追い詰めてしまいそうで。俺は、セラの体を抱き留めていた。

 細く、小さく、羽よりも軽いその体を。

「お兄様……無理は、されて」

「無理はしてない。もしそうだったら、今まで欠かさず店に行って、日曜にもこうして集まっていなかっただろ?」

「そう、ですね。お兄様は、一度も欠かすことなく、来てくださいました……」

 先週はディアと話し、先々週はセラと話した。俺は均等に二人と触れ合ってきて、姉妹の両方の良いところも、弱いところもある程度は見て来たつもりだ。ディアや俺に気を回そうとして失敗したり、口うるさくなったりしてしまいがちなセラ。セラに迷惑をかけないようにと頑張るけど空回って、逆に注意されることを増やしてしまうディア。そんな姉妹は、二人でいることでもう完成してしまっていて、俺は二人を“観客”のように、一歩引いた視点で見てしまっていた。

 二人の間に俺が入る隙間なんて本当はなくて、俺が入れば逆に二人を引き裂いてしまいそうな気がしていたから。

 そんなことを考えていては、女性として好きになるとか、そんな意識が芽生えるはずもない。俺はそれで良いと思っていた。でも、セラは違っていた。俺と顔を合わせる度に恋心を募らせて行き、きっとそれに気付いていたディアは、セラのことを応援し続けていたのだろう。

 セラの告白は、俺にとっては青天の霹靂。予想外の出来事だったけど、その衝撃の後、俺のまずかった返事への後悔も含めて冷えて来た頭は、彼女の想いを受け入れる選択を望んでいた。

 そもそも、俺の方に断る理由なんてないんだ。セラは俺を狩人してだけではなく、一個人として必要としてくれているのだから。これ以上嬉しいことなんてないんだから――。

「ちゃんと言葉にしないと、駄目だよな……。セラ、君の告白を受けるよ。俺はそう良い彼氏にはなれないかもしれないけど、よろしく頼む」

「は、はい。――はい!私の方こそ、よろしくお願いしますっ」

 ぎゅっ、とセラの腕が俺の腰を抱きしめ返す。

 セラは涙を流しながら、俺の胸に頭をこすり付けるように抱きついて、いつまでもそれを離すつもりはないように思えた。

「おめでとう、セラちゃん!お兄ちゃんも、あたしのお姉ちゃんを彼女にするからには、泣かせたら承知しないよ?」

「あ、ああ。それだけは絶対にしない。セラも、ディアも、守り続けるから」

「うんうん、お願いね。……じゃ、改めて。リア充爆散しろぉ!あたしもお兄ちゃんみたいに良い彼氏が欲しいよー!」

 騒がし過ぎてうるさいくらいのディアの祝福(?)の中、こうして俺とセラは、より近付いた関係となった。

 

 しかし、時間が経ち、絆が強いものになるほどに、刻限も迫る。

 日常が今以上の変化を迎えるまで、もうそれほど日はなかった。

 

 

 

 

 

 

 今日は、遂にセラちゃんがお兄ちゃんに告白して、OKをもらった日。これはきちんと書き留めて、未来永劫語り継がないとね。

 こう言うのもアレだけど、お兄ちゃんは絶対に浮気なんかしない人だろうし(すごいウブそうだもん)、セラちゃんもお兄ちゃんがずっと好きで居続けると思う。

 あたしはもう、あれは事実上のプロポーズ。婚約の瞬間だと見たね。

 それにしても、セラちゃん、あの後は嬉し涙でいっぱいで、訓練どころじゃなかったんだよね。セラちゃん、案外泣き虫だもんなぁ。でも、本当に良かった。

 あー、それにしてもあたしもいよいよ危機感を覚えて来た感じ。勢いで恋人なんか作るもんじゃないと思うけど、あたしにも良い人。そう、白馬に乗った王子様が現れないかな。

 お兄ちゃんはその線があったんだけど、ちょっと違ったみたい。セラちゃんにとってのお兄ちゃんは、間違いなく王子様だったんだけどね。

 後、基本的に明るいあたしだけど、最後にちょっとネガると……真剣にヤバイ。あの人が来るって電話があったんだ。

 しかも来るのは木曜日。順当に行けば、お兄ちゃんが次に来店する日なんだよね。

 あー、これ、絶対修羅場る。しかも前までの関係ならまだなんとかなっただろうけど、今やお兄ちゃんはセラちゃんの彼氏さん。

 もうダメだぁ……おしまいだぁ…………。

 

七月一日 日曜日

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「おかえりなさいませ、お兄様」

「ああ、ただいま。セラ」

 木曜日。すっかり習慣となったSDSへの来店。日曜のセラの告白から少し日は経ったが、あれからデートをした訳でも、頻繁にメールを交わしている訳ではない。セラは仕事で忙しいんだし、俺もそこまで話題が豊富な方ではないから、つまらないメールをするのも悪いと思ったし、今まで通りだ。

 ただ、今日の店での会話は少し違うものになるかもしれない。俺とセラが恋人同士という関係になって、初めてゆっくりと腰を落ち着けて話をするのだから。

 ――なんて、甘い幻想だった。思惑なんて外れるもの。それが自然の摂理。現実の厳しさなのだろう。

【あれが件の不届き者ね?】

「不届きかは知らないけど、近江義次さんだよ。もう、殺気丸出しにしないで……って!」

 セラに案内され、テーブルに行きかける、するといきなり一人の少女が俺の前に飛び出して来た。

 双子と比べるとずっと長身で、百七十ある俺の身長とそう変わらない、長身の少女だ。背中まであるダークブラウンの髪をポニーテールにしていて、強気な印象を受ける釣り目が印象的に映る。

【私はユリアーネ!セラとディアの姉……代わりの人間よ。あんたが二人に手を出そうって言う、変態のロリコン野郎ね?】

「えっ?」

 少女は早口で何やらまくし立てた。俺が聞き取れない言葉で。

 英語でもなく、フランス語でもない。雰囲気的にはイタリア語でもないだろう。端々にあるどこかで聞いたことのある響きだという感じ、そして二人と関係のある外国人ということで、どことなくその言語がどの国ものかは予想が付く。

「あー、もう。お兄ちゃんがドイツ語聞き取れなくて良かったー」

「やっぱりそうか。なんだって?」

「彼女は、ユリアーネ・ボールシャイトさん。前にお話したハイドフェルト家の分家の一つの長女であられる方で、歳は私達より二つ上、お兄様の一つ上になりますね。本家とボールシャイト家とはほとんど縁が切れているのですが、ユリアお姉様は幼い頃から私達と仲良くしていただいていて、姉代わりの存在です」

「な、なるほど」

 状況はおおよそわかった。さっきのあの剣幕から察するに、セラが訳さなかった部分は罵詈雑言だったのだろう。妹分達と深い関係になろうとしている俺に敵意を剥き出しにしているのが伝わって来る。

【なるほどじゃないわよ!あんたね、聞くところによればセラを抱きしめて告白までしたって言うじゃない。それがどういうことを意味するのか、わかってるの?】

「セラちゃんの彼氏になったことが気に入らないって。あ、後、お姉ちゃんは日本語のリスニングは出来るから、普通に話してくれて良いよ。ちょっとゆっくりめに言ってくれると助かると思うけどね」

【ふん、気遣いは無用よ。こんな汚らわしい男に情けをかけられるなんて、悔しいだけだもの】

「え、えーと。ユリアーネさん。俺はその、セラに告白されて、それを受け入れただけです。俺に断る理由はなかったし、そんな俺がセラを振るなんて、あり得ないでしょう?」

 年上と言うことで敬語で話していると、まるで娘さんを嫁にもらいに父親の家にやって来た男のようだ。

 ユリアーネの容姿は頑固親父のそれと言うより、華やかな少女そのものだが。

【私を言いくるめたつもり?もちろん、私だってセラが恋する相手にまで口出ししたりはしないわ。幸せになってもらいたいと思っているし。でも、それだけならまだしも、あんたみたいなどこの馬の骨かもわからない奴が、ハイドフェルト家の狩人の協力者である。その事実が一番気に入らない訳。あんたがいるのは、私がいてもおかしくないポジションなのよ?】

「お姉様は、私の恋愛に関しては干渉しない、と。しかし、お兄様が私達の特訓を受け、行く行くは実戦にも出ることになっているのが気に入らないと仰っています。……お姉様は、分家ながらも強い霊力を持ち、ある程度は戦力になるだけの技も力もありますから」

「じゃあ、なんで俺が必要とされたんだ?」

「だって、分家と本家は完全に袂を分かったはずなんだもん。個人的な繋がりはあったけど、メンツとかを考えると、その長女達が協力するなんてあり得ない。――でも今回、お姉ちゃんは家との縁を切る勢いで飛び出して来てくれたの。お姉ちゃんの下には弟がいるからね。跡取りという訳じゃないから」

 俺のようにわざわざ特訓しないといけない奴じゃなく、即戦力がやって来た。それなら、そっちを採用した方が良いのは明らかだ。手間もかからないし信頼性もある。

 つまり、ユリアーネは俺が用済みだと、そう言いたいのか。

「お姉様。しかし、お兄様の潜在能力の高さは私達自身が知っています。私達を守る役目は、やはりお兄様こそが適任だと私は……」

【別に無理にこいつをあなた達から引き離そう、とは考えていないわ。でも、あなた達が認めた強さを、私も確認させてもらう。――決闘よ。もしあんたが勝てば、私はこのまま黙って引き下がる。負ければ、その逆よ】

「なっ、決闘?ちょっとお姉ちゃん、お兄ちゃんは確かに筋が良いけど、今すぐに戦えるほどじゃないんだよ?一方的イジメにしかならないって」

【なら、ハンデを付ければ良いでしょう?私のこのP8、弾倉を軽く弄って装弾数十八発にしているけど、半分の九発しか同時には撃たないわ。それで少しはハンデになるじゃない】

「は、はあ。……お兄ちゃん。決闘だってさ。勝った方が身を引くってことで」

「なんとなく、予想はしていたよ」

 これはそういう流れだな、とユリアーネと姉妹のやりとりを見ていてわかった。話し合いとかそういうのじゃない辺り、まるで武士の世界の出来事みたいだな。いつの時代も、信頼を勝ち取るには喧嘩をするしかないということなのか?……理不尽なのか合理的なのかわからないが、そういうことなら俺も、本気でやらないといけない。相手は間違いなく格上だ。

「じゃあ、どうするんだ?またあの体育館にでも行くのか」

「そう、ですね。お姉様。日曜日まで待っていただけますでしょうか」

【今日すぐには無理なの?一刻も早く決着を付けたいんだけど】

「……わかりました。お兄様、お姉様は今日中に決着を付けたいということですので、すぐに行きましょう。折角のご予約いただいた時間を使わせていただくことになりますが……」

「構わないよ。さっさとはっきりさせておいた方が、お互いのためでもある」

 などと大口を叩きつつ、内心ではビビりまくっている俺がいる。俺はもう、ただの一般人だった頃の俺と同じじゃない。その自覚はある。しかし、本気のセラやディアに勝てるかと言えば、それはまずあり得ないこともわかっている。……ユリアーネにもまた、勝てる気がしていないんだよな。

【ふん、一瞬でハチの巣にしてあげるわ。楽しみにしておきなさい】

「なんだ?」

「私のことはユリアって親しみを込めて呼んで、近江さん☆だって」

「そうか」

 キャラがさっきまでと明らかに違う気がするのは、ディアのフィルターを通したからだろう。、まあ、長い名前をいちいち呼ぶのも大変なので、助かる要請だ。

【変なことを吹き込まないでよ!私はあんたをぶっ倒してやるって言ってるのっ】

「私はあなたのこと、義次君、って呼んで良い?って」

「なんかむずがゆいな……。でも、それで良いですよ」

【だから違うわよ!】

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 今までの特訓の場。そして今、決闘場となった体育館。

 姉妹は審判代わりに端の方に控え、俺とユリアはほぼ中心の場所に三メートルほど距離を空けて立っている。

 ルールは簡単。相手に一度でも床に膝を突かせれば良い。ただそれだけだ。俺の武器も、そして霊力を帯びたユリアの武器――拳銃も相手に精神的な衝撃を与える代物だ。実際の傷は与えないが、まともに攻撃を受ければ気絶ぐらいはするかもしれない。その条件は俺も同じ。一発でもクリーンヒットさせれば勝利となる。

 問題は、どうしようもないリーチの違いか。拳銃の有効射程は決して広くないだろうが、俺の剣よりは間違いなくリーチがあり、威力もそう劣るものではない。俺には盾があるが、盾を構えながら距離を詰めたところで、身軽な相手には簡単に逃げられてしまう。そのまま盾がカバーできない背面を狙われることもあるだろう。

 それに対する有効策は現状、思い付いていない。戦いながら、相手の癖などを含めて考察して捻り出すしかないか。……そんなに悠長にしてられるかわからないが。

「スリーカウントの後、始めるね。……Drei,Zwei,Eins!」

 ドイツ語のカウントの後、俺は一気に剣を抜き、距離を詰めながら振り抜く。先制攻撃が成功するなんて思っていないが、防御し続けていても埒が明かない。攻めの姿勢を見せ、チャンスを見つけ次第、有効打に繋げることを狙う。

 ユリアはほぼ予備動作なしで奇麗にバク転を決め、即座に銃を構える。俺も剣と盾を持ち替え、ゼロ距離に近い銃撃を真正面から受け止めた。一発一発がセラの刺突にも似た強力な連撃だが、ディアの斧を受け止め慣れた俺なら耐えられる。

 弾は同時に九発までしか撃たない。それが唯一俺に付けられたハンデだ。その数をきちんと数え、八発撃った時点で盾ごとぶつかるように走る。相手は利き腕とは逆に左方向に逸れ、そのまま俺の背中を撃とうとする。そこで盾を消して剣を出し、一か八か、それで斬りかかった。

 俺の剣の特徴はその大きさ。鉄の塊のようなこの刃なら、銃弾を防いだ上で相手に攻撃を当てることも出来る。そう踏んだ上での賭けだ。首尾よく弾を防げ、後はそのまま剣が当たってくれれば良かったのだが、そこまで都合よくは行かない。跳び退りつつ弾を再装填。すぐに攻勢に転じて来る。

 素早くも激しく、冷静な攻め方はセラのスタイルにも似ているが、彼女よりも高い運動神経と、遠距離攻撃武器だということがその強さに拍車をかけている感じだ。再装填の隙も奇麗に隠されてしまい、上手い戦法がまるで見つからない。

 同時に撃つ弾の数にハンデをもらっている手前、弾切れを狙うのはあまりにも卑怯だし、そこまで耐えられる気もしない。なんとか接近して一撃を決めるしかないのに、近付けば軽やかに逃げられ、下手をすればそのまま後ろを取られる。深追いすることも出来ず、やがて戦況は中距離で硬直状態となった。

 銃弾を盾で防ぐ一方で、さっきからほとんど剣を構えることが出来ていない。最低限の防御性能も剣にはあるが、様々な箇所を狙って防御を崩そうとして来るユリアに対して、防御面積の少ない剣を出すのは愚策の極みだ。

 だからと言って、盾を使った突撃を受けてくれるはずもない。盾を構えている限りは進展もあり得ないのが現実だ。

 九発目。盾ごと殴り付けるようにして弾き返し、すぐに剣を出す。俺が出せる全速力で剣を振るう。が、当たらない。それを確認してすぐに盾を展開。連続して五発もの弾丸が盾を揺らす。後数秒遅れていれば、きっとアウトだった。常にぎりぎりの戦いを演じることを強いられてしまっている。

 俺が防御を固めたことを認め、再装填をする音が聞こえる。これでまた九発撃って来る。数を読み間違えた瞬間、弾の切れ目を狙う俺の戦法は崩壊してしまう。常に相手の残り弾数を把握し続けないといけない。

 もしも中途半端なタイミングで攻撃をしてしまったら、回避と同時に弾を撃ち込まれてしまうことだろう。相手の回避動作をイコール再装填のタイミングに縛り付け、その上でミスを期待。それをピンポイントで攻めて行く。

 絶対に気を抜けない、肉体、精神の両方を削り取られるような戦いだ。時間の経過と共に、頭の方が先に活動を鈍らせてしまう。今の銃撃が何発目だったのか?遂に再装填のタイミングを見失い、攻撃の手を完全に止めざるを得なくなってしまった。同時に盾を握るだけの握力も失われ始め、防戦を続けることも不可能なのだと、体が俺に教える。

 ユリアもかなり激しく動き回り、決して小さくはない銃の反動を受け続けている。もう少し攻めることが出来れば、攻撃を当てることも不可能ではないのだろうが……。

 次に来た再装填の時、一か八か、盾を出したまま、剣も出現させる。盾を手で持つのではなく、背中で背負うように支え、失われ始めた圧力で剣を握って次の銃撃に備えた。

 一発、二発、三発。ある意味、手で持つ以上に安定して防御出来ているが、すぐにユリアは防御を崩すのを諦め、裏に回り込む。残り六発。剣でその全てを捌ききれるとは思えない。だが、相手にも疲れは見えている。一気に勝負を決めるとすれば、このタイミングだ。

 盾を消してこちらから踏み込む。一歩詰めるだけで剣の間合いに入る。そうなった以上、ユリアは一歩離れる。それと同時に四発目。バックステップを踏みながらの攻撃は、胸の高さに来る。これはもう今までの戦いでわかっていた。きちんと防御をし、また一歩詰める。今度は側転。正面からの殴り合いでは多少は俺にも有利がある。それを避けるための相手の行動は読めていて、どちらに逃げるかは賭けの要素もあるが、普通は利き腕である右の手で狙いを付けやすい左側に逃げる。そのまま脇腹を掠めるような五発目。これも剣で叩き割る。

 残りもう四発。再装填の機会を与えることなく、ここで終わらせる決意をする。もう盾は使わず、ただ攻めるだけだ。

 最初にディアに注意されたことだが、今だけは剣を大きく振るい、ただ攻撃範囲の拡張を狙う。二メートルの刃がその長さをフルに活用して作り出した前方百八十度を覆う斬撃は、もう一歩ユリアに下がることを余儀なくする。壁際まで、後二歩半。

 上手く壁際に追い詰めれば、今の消耗具合から考えるとアクロバティックな動きは不可能。後ろを取られるようなことはないだろうし、後は武器の長さでごり押しが出来る、そんな気がしている。問題はどうやってその状況に持っていくか、だ。

 次弾。それを大きく屈みながら距離を詰めることで回避する。次の一撃はさすがに避けられない。剣を構えて防ぎ、そのまま剣を振るう。低い位置を薙いだ攻撃はジャンプで避けられ、次の銃撃が迫ろうとする――が、変な体勢でジャンプをしてしまったのだろう。空中でバランスが崩れ、銃を撃つどころか、着地さえも危うくなる。狙っていたことじゃないが、これ以上ないチャンスに違いない。

 少し卑怯臭い気もするが、容赦なく追撃の剣を振るう。剣は狙いを過たずユリアに迫る。しかし、信じがたいごとにユリアはその幅広の剣を踏み付け、更にジャンプした。高度を更に上げ、今度こそ銃弾を打ち込もうとする。だが、これが結果的に俺の勝利の決め手となった。

 俺は剣で攻めることを放棄して盾で銃弾を防ぐと、自由落下して来るユリアに真っ直ぐ突っ込む。さすがにほぼ垂直に構えた盾を蹴ってジャンプに繋げることは出来ず、ユリアの装備では突撃を止めることは出来ない。空中にいれば、回避だって不可能だ。

 渾身のタックルは見事命中し、吹き飛んだユリアは受身を取ったものの、床に膝を突いてしまった。

「そこまで!ふー……、すごい長く続いたねー。でも、まさか本当にお兄ちゃんが買っちゃうなんて」

「はい……お姉様には油断もなく、ベストを尽くしていように思えます。それなのに一本取れてしまうとは」

 俺自身、上手く行ったのが不思議なぐらいだ。でも、さっきユリアが見せた隙は故意のものではないし、そこからのリカバリーも成功していたつもりだったんだろう。その証拠に……。

【まさか、この私が!こんな、ただの素人にっ……!】

 言葉はわからないが、ユリアは床を拳で殴って悔しがっている。彼女は率直な性格っぽいし、こんな演技をするとも思えない。

「お姉様……」

 セラがユリアに駆け寄り、助け起こすようにその手を握る。俺の方にはディアが来てくれて、肩で息をしている俺に飲み物を渡してくれた。

【わかっているわ。ちょっと涙が滲むぐらい悔しいけど、あなた達姉妹には確かに、彼みたいな使い手が必要かもしれないわ。私みたいな攻めるだけの人間より、あなた達の役に立てると思う】

「そんな。お姉様は決して」

【人数だけ揃えればなんとかなる話じゃないとは、私も理解しているわ。同時に動くのは三人が限界でしょう。私は素直に身を引くわ。大丈夫、あなたとディア、それから彼……義次ならやれると思う】

 ユリアが何を言っているのかはわからないが、セラは珍しく年相応の顔をしているように思える。俺と話す時にもたまに見せる、あの年上にだけ見せることの出来る幼い表情だ。

「お姉ちゃんはね、特にセラちゃんと仲が良かったの。根が真面目な人同士、気が合うんだろうね。……あ、あたしも別に仲が悪いって訳じゃないんだけど、ちょっと距離はあったかな」

「そうか……」

「って、この距離じゃ二人に聞かれちゃうね。お兄ちゃん、ちょっと耳貸して」

「お、おいっ」

 返事を待つ間もなく、ディアが俺の耳に齧り付くように口を近付けてくる。吐く息がかかって少しくすぐったい。

『セラちゃんも正直、複雑な気持ちで二人の戦いを見てたと思うの。お兄ちゃんのことも大好きだけど、お姉ちゃんのことも同じぐらい大好き。多分、どっちと一緒に戦うことになっても嬉しかっただろうし、どちらかが自分の前から去っちゃうことも耐えられなかった。特にお姉ちゃんは、ドイツに帰っちゃうことになるんだしね』

「そう、だな」

『もちろん、あたしもセラちゃんも、お兄ちゃんに勝って欲しかったよ?だから、責任を感じたりはしないでね』

「わかった。じゃあ、これからもよろしく頼む」

「うん。お兄ちゃんも、ちょっと自信が付いたでしょ?――ふふー、だから来週からはほぼ全開で相手させてもらうよ。最後の仕上げって感じだね」

「お、おお。そうしてくれ」

 最後の仕上げ、か。もうそこまで俺は戦い方を習い、実戦に近付いて来たんだ。

 今まで教えてもらったり、美味い物を食べさせてもらったりしてばかりだった二人に、やっと恩返しが出来る。

 そう考えると不安よりは喜びが勝ち、確かにユリアに勝てたことは、大きな自信になった。こうなった以上、俺は彼女の分も絶対に二人のことを守り通してみせる。それだけだ。

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 今日は大変な一日でした。

 ……正直、ペンを走らせる気力もないほど疲れ果てた感があります。

 と言うのも、お姉様の来日、そしてお兄様との決闘、その結果負けたお姉様とのお話……。

 日記に書き残すべき事柄もいくつかあるのですが、それはまた後日ということにしたいです。

 ともかく、お姉様は来週の頭には日本を発たれます。

 突然吹いた風のようにやって来たお姉様ですが、帰るのもまた一瞬。

 もうすっかり夏の気候ですが、お外でささやかながら送別会のようなパーティーを開こうと考えています。

 そうしたら、セラちゃんの腕の見せどころですね。

 

七月五日 木曜日

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 俺はたまに疑問に思う。双子というものは、どの程度まで一緒に行動しているのだろうか?

 セラとディアの話を聞く限りでは、二人は一緒に働いているものの、家の中では部屋も別だし、家事も分担している。一緒にいることは少ない。しかし、家の外に出るとなると基本的に離れることはないと言う。

 セラが買い物に出かけるならば、ディアもついて行く。ディアがゲームセンター(なんと行くらしい。さすがにゴスロリじゃないが)に行くならば、セラもほとんどゲームはしないのについて行く。

 一体、どこからどこまでが一緒にやる分野なのだろうか?

「あ、お兄ちゃん。これなんか良いんじゃない?」

「ええ、これ、ただの切り分け肉だぞ。わざわざ自分でスライスしないと食えないのに」

「大丈夫。あたし、こういうの得意なんだ。……あんまり大声で自慢したくないけど」

 とりあえず俺は、訳あってディアと一緒にスーパーに買い出しに来ていた。セラは一緒ではなく。

 今日は土曜日。SDSの営業日なので、七時を過ぎてからの外出。いくら平和な田舎と言っても危険なので、道中は俺が目を光らせ、ここまで護衛して来たのだが、スーパーの中も含めてまるで人がいない。

 それは売れ残りの商品が大幅に値引きされることも意味しているものの、田舎なのもあり微妙な商品ばかりが目に付く。

 都会では普通な物がない癖に、妙な物は並ぶんだよな、このスーパー。たとえばディアがカートの中に放り込んだ巨大な肉塊がそうだ。素人じゃまともに捌けそうにない、アメリカのBBQフリークの人達が扱うようなものが平然と並んでいる。

「でも、送別会にバーベキューってするものなのか?」

「うぅ、お姉ちゃんとセラちゃんのご要望なんだよー。あたし、そういうのすごい得意だし、好きだから」

「……前に言ってた、女の子らしくない料理はそれか」

「出来るなら、お兄ちゃんには隠しておきたかったよ……」

 確かに、あまり女の子とBBQは結び付かないな。しかもこんなに華奢で普段はゴスロリの服を着ている。趣味もアニメやゲームといった完全なインドア派の子の場合は特に。

 それでも、何か特技があるのは純粋にすごいと思う。ある意味でセラのお菓子作りよりも難易度は高いことなんじゃないのか?火加減や食材の調理、その他屋内の料理より気にするべきことが山積みのはずだ。

「実はね、網の上で蒸し焼きにしたら、アレも食べれるかな、って思ったこともあるんだ」

「アレって、ジャガイモか」

「う、うん。お肉と一緒に焼いて、スライスしてバター乗せて、お肉とパンに挟んで食べてみたの」

「積極的だな」

「BBQなら、BBQの力ならなんとかなるって、その時のあたしは信じてたの。――だから、怖さなんてなかった。今思うと、まだまだあの時のあたしは青かったな、って思うよ」

「……駄目だったか」

「一年分ぐらいは泣いたと思う」

「が、頑張ったな」

「ものすごく頑張ったよ……一口かじって、これはダメだ、ってわかった。けど、捨てる訳にもいかないし、自分の分は全部食べたよ。噛む度に涙がいっぱい出て来て、酷く塩辛かったなぁ……」

 急に始まった告白だが、話す方も聞く方も、涙を流さずにはいられない大変な話だ。確かに、BBQではよくジャガイモが登場する印象があるし、実際、熱々のジャガイモは美味い。その美味しさをディアも味わいたくて、あわよくばそのまま好き嫌いを克服したかったのだろう。

「という訳で、アレはなしで。後はやっぱり、ソーセージとかベーコンはマストだよね。本場のが使えないのはちょっと残念だけど」

「ドイツと言えば、ソーセージだもんな。本場のに慣れてると、日本のじゃ満足出来ないか?」

「ううん。日本のもすごく美味しいのはあるよ。ただ、今の家じゃ燻製が出来ないのが残念だね。ドイツの本宅にはすごく大きな燻製のための設備があるんだよ。そこでいっぱい燻製が出来るの」

「それはすごいな。やっぱり、自宅で燻したのは格別なんだろうな」

「機会があれば、お兄ちゃんにも食べさせてあげたいぐらいだよ。お父さんなんか、こう、ビールを飲みながらおつまみにしたりしてね」

「なんとなく想像出来るな。ああ、今すぐにでも食べたくなって来た」

「ちょっとぐらいつまみ食いしてみる?生じゃないソーセージはそのまま食べれるもんね」

「ああ、そうか。なんとなく軽く焼いてから食べる物だと思ってたけど、普通に店で売っているのは一度火を通してるもんな」

「一度焼いた方が、風味はよくなるけどね。あたしは結構そのまま食べるのって好きだなー」

 そう言いながらディアは、ほど近いところにあったBBQ用の長いソーセージをぽいぽいカートに入れ、お弁当用の物もひと袋投入された。これがつまみ食い用、か。

 他にもベーコンやプロシュートまで焼くようで、ベーコンはともかくハムはちょっと以外だ。

 網で焼くと余計な脂が落とされるから、脂身の多いベーコンなんかはカリカリになり、脂っぽさも減って美味しい。それなのに、あえて元から脂の少ないハムまで焼くとは。

 なんとなく玄人っぽい食材のチョイスで、本当にディアがBBQのプロ(?)だというのがわかる。

「後はやっぱり、美味しいパンが欲しいよね。んー、出来ればスーパーのじゃなくてパン屋さんのが良いんだけど、今じゃ閉まっちゃってるよね……」

「まあ、さすがになぁ。営業時間がSDSと被ってるし、俺に連絡してもらえれば買っておけたんだが」

「仕方ないね。適当にフランスパンを買っておこっかな。網で焼くと、ただのパンでもすごく美味しくなるんだよ。バターを染み込ませたりすると、すっごく風味が良くなるし」

「……ディア、真剣に口の中に唾が溜まって来たんだが」

「あはは。お兄ちゃんってば食いしん坊さんだなぁ。あたしもかなり食べるんだから、下手するとすぐに食材がなくなっちゃうかもしれないよ?」

「いや、そこまで食欲魔人であるつもりはないんだけどな。ディアの話し方が上手いからか、すごい腹が減って来る」

 BBQなんて中学の修学旅行以来していなくて、今までは大した興味もなかったのに、こんなにも楽しみになるとは。ディアがいてくれたからこそだ。

 

 

「結構な荷物になったな」

「お兄ちゃんがいてくれて助かったよー。あたしとセラちゃんだと持ちきれなかったかも」

「荷物持ちとしてでも役に立てて良かったよ。明日もちゃんと運ばせてもらうな」

「うん、ありがと」

 喋りながら楽しく買い物をしていたせいか、スーパーを出る頃には八時を回っていた。セラは夕食を作りながら待っているそうだが、下手をするともう冷めてしまっているな。もう少し自重するべきだった。

「それじゃ、バイト代を払わせてもらうから、あーんして」

「こ、こうか?」

「ん、あたしの指まで食べないでね?」

 何をされるのかと思ったら、ソーセージの袋を破ったかと思ったらその内の一本を手に取り、咥えさせてくれた。……ほとんど人通りはないが、店の外でこんなことをされるなんてさすがに恥ずかしい。

 でも、ソーセージに歯を入れると口の中に肉の旨味が広がり、BBQ話で刺激された食欲が少し満たされた気がした。あーんのオプション付きだったから、余計にかもしれないな。

「お兄ちゃん。あたしにも、あーん」

「お、俺もするのか?」

「もちろん!あたしにお兄ちゃんのソーセージ、咥えさせて?」

「こ、こら。ややこしい言い方をするなっ」

「えー?あたし、普通のこと言ってるだけだよ?お兄ちゃんが深読みし過ぎなだけなんじゃない。えっちぃー」

「こいつっ……」

 ちょっと腹が立ったので、投げ入れるようにしてソーセージを咥えさせてやった。

「美味しっ。さすがお兄ちゃんのだね」

「お前なぁ。……はぁ、もう良い。さっさと帰ろう」

「はい、お兄ちゃん、もう一個どうぞ」

「あ、ああ」

 二回目ともなれば、そんなに照れることもない……と思ったら、ディアはあろうことか、自分の口で加えたソーセージを俺に差し出して来た。これは俗に言うところの、ポッキーゲームのソーセージ版――って、あまりにも代用物が短過ぎるだろっ。

「ディア。そろそろセラに言い付けるぞ」

「うっ……じょ、じょーだんだよ!あははははー」

「罰として、残り全部もらうな」

 ソーセージの袋をぶん取る。そして中の一本を拾い上げて口に含んだ。

「そ、それはっ。それだけはご勘弁を!お代官様っ」

「わかったよ。ほら」

「やったー」

 さっきみたいに口の中に放り込んでやる。……なんだかんだで、ついついディアは甘やかしてしまっている俺に気付いた。

 小悪魔っぽい面もあるが、根っからの妹気質と言うか、甘え方が上手い。セラは委員長タイプで、妹としても姉としてもしっかり者な印象なのに、本当に双子の姉妹でも丸っきりタイプが違う。

 可愛いのは二人とも共通だし、やっぱり男というものは美人には一生敵わないのかもな。

「あ、天の川だねー」

「そうか、今日は七夕の日だな。珍しく晴れてるとは」

「なんだっけ、笹に短冊?を吊るすと願いが叶うとか、そういうの?」

「よく知ってるな。まあ、クリスマスとかに比べると地味な印象だな。笹を用意するのが面倒だし、子どものいる家庭でもそんなにしてないと思うぞ」

「へぇー、ちょっと残念だね。もっとちゃんと応援してあげれば良いのに」

「織姫と彦星をか?」

「うん。一年に一度しか会えないなんて、可哀想じゃない?お兄ちゃんもほら、リア充なんだからリア充仲間を応援しないとっ」

「お前な……。絶対、俺達のことをからかってるだろ」

「えへへー。だってあたし、セラちゃんの嬉しそうな様子をいっつも見てるんだもん。冷やかし……じゃなくて、幸せをおすそ分けしてもらいたいよー」

「じゃあほれ、おすそ分け」

「んっ、ほいひぃー」

「女の子が食いながら喋るなよ……」

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 そして日付は変わって日曜日。電車で二駅ほど行ったところにある自然公園(田舎はこの手の公園が多い)でユリアのためのパーティーが開かれた。

 青空には眩しい太陽が輝いているが、肝心のグリルの設置されたテーブルの所には屋根があり、陽射しを遮ることが出来た。これで熱中症の対策も万全だ。

 グリル周りのことは全てディアが一人でやってくれて、俺達に申し渡された仕事は食べることと、後片付けをすることのみ。次々にお決まりの串に貫かれた肉や、ソーセージが焼き上げられていく。浅い鉄鍋にはニンニクとバターが引かれ、その上で焼かれたパンはなんとも美味そうな匂いを振りまく。

 とりあえず適当な数が揃ったところで、セラの司会でパーティーが本格的に始まった。

「それでは、お姉様。今日はどうか、日本での最後の一日を美味しい料理と共にお楽しみ下さい。またしばらく会えなくなってしまうのはとても寂しいですが、せめて今日はゆっくりと語らいましょう」

【ええ。セラもディアも、義次も準備をしてくれてありがとう。間違いなく、この国での最高の思い出になると思うわ】

「あたし達にありがとう、だって。ちゃんとお兄ちゃんも入ってるよ」

「ああ、俺の名前は聞こえたよ。出会った当初はあれだけ敵視されてたのにな」

 決闘の後、俺はユリアに認めてもらって、姉妹を任されることとなった。俺の役目を奪われなかったのは喜ぶべきことだが、前まで以上に俺の責任が重くなった気がする。

 この夏を越えれば、いよいよ新しい生活が始まるのだろう。その時までに力を十分に付け、俺は俺が出来ることを百パーセントやりきる。後は二人を信じる。それがきっと俺のするべきことだ。

「お兄様。どうかあまり堅苦しくはしないで、もっとリラックスしてください。折角ですし、お姉様と少し話されてみませんか?通訳は私がやりますから」

「……そうだな。思えば、ユリアのことは全然知らないし」

「何もかもが唐突でしたからね。まずはきちんと自己紹介から始めましょうか」

 しかし、いざユリアと正面から向かい合ってみると、この人もやっぱり強烈な美人だということがわかる。線の細いセラ達姉妹に比べると、しなやかでありながらもしっかりとした体つきで、背の高さに見合っただけの抜群のスタイルを持っている。日本人にはいないようなタイプの美女だ。

「では改めて、ユリア・ボールシャイト。既に聞いているかもしれませんが、私やディアちゃんとは幼い頃から仲良くしていて、ほとんど姉のように接していました。今は高校に通っていますが、将来的には家の仕事は関係なく、何か会社を立ち上げたいと思っています。と、仰っています」

「す、すごいな。えーと、俺は近江義次。二人の店に来るまでは大してレベルも高くない男子高の、普通の学生をしていた。……将来のプランもないし、自己紹介って言っても本当にそれだけだな。何かユリアの方から質問があるならして欲しいぐらいだ」

「武道の類はやっていなかったのですか?と」

「いや、体育の授業ぐらいで、武道もスポーツも全然やってない。運動神経も良いって訳じゃないし、走るのも普通。全くと言って良いほど特徴のない人間だよ」

 名家の令嬢ばかりが揃ったこの場で言っていて、ちょっと悲しくなって来る内容だな……。

 ああ、自分でも浮いているという自覚はあるさ。セラと付き合ってるなんて言ったら、百人が百人釣り合わないって言うだろう。

「それは興味深い。では、私やディアちゃんの付けた稽古だけであそこまで動けるようになったのですか、と感心されています」

「まあ、そうなるな。でも二人の教え方がすごく良かったし、あれだけ熱心に付きっきりで指導してもらえたら、ほとんどの人が多少は戦えるようになると思う。本当、二人には感謝しないと」

「付きっきりとは、まさか私達姉妹に手を出したりは……と。お姉様、お兄様のことを、そんな風に思っているんですか?」

「い、いや。セラとは健全な交際……って言うか、全然それっぽいことをしていないぐらいだし、ディアとも何もないぞ、うん」

 ディアともつれ合って転んだこともあったが、あれは完全に事故だ。少なくとも俺の方では。

「それなら良いのですが、もしも私達を泣かすようなことがあれば、どれだけ離れていても頭をぶち抜いてやる、と」

「あ、ああ。留意しておく」

「そうしてもらえると嬉しいです。出来るならば手を汚すようなことはしたくないので、と」

「は、はは。そりゃそうだ。……俺もまだ死にたくはないからな」

 冗談なのか本気なのかと言えば、間違いなく本気なのはユリアの目を見ればわかる。当然のことながら、彼女の中で俺の優先度は双子よりずっと低くて、信頼も多少はされているかもしれないが、いつだって躊躇なく射殺されかねない関係だ。ああ、背筋が冷えに冷える。

「ほら、お三方。さっさと食べないと冷めちゃうし、油が回って美味しくなくなっちゃうよ?さっさと食べきっちゃって次焼かないと」

「それもそうですね。お姉様、お兄様。どうぞお食べください。――ディアちゃん、私の分まで食べないでくださいよ?思いっきりこっちのお皿に手が伸びているように見えるのですが」

「む、虫がいたんだよ。もう払ったから大丈夫だよー。なんなら、消毒のためにもう一回火を通す?」

「これ以上は炭化してしまうので良いです。もう、ちゃんと言ってくれれば良いですのに」

「え、じゃあ言ったら分けてくれるの?」

「いいえ。きちんとお断りするつもりでした」

「うぬぬ……」

 ディアが割って入って来て、脅迫されただけでユリアとの会話も終わり、俺も炭火で焼かれた肉達に手を付けることにした。

 串には昨日買ったあの肉の塊が丁度食べやすい大きさにカットされて刺さっており、他にはニンジンやトウモロコシといった定番の野菜も軽く焼き目が付くぐらいに焼かれている。

 ドイツと言うよりはアメリカの匂いがするバーベキューソースで味付けして被り付くと、驚くほど肉は柔らかく、脂身や筋のような噛みきりにくい部分が取り除かれていることもあってすごく食べやすい。噛めば噛むほどこれでもかと言うほどに肉汁が溢れ出て来て、改めて炭火の偉大さを味わった感じだ。

 他にも、バターを染み込ませながら表面をこんがりと焼いたパンにベーコンや薄くスライスしたソーセージを乗せたものや、スペアリブ風の分厚いステーキもあり、過半数が女子だというのに肉だらけのメニューだが、あっという間に第一陣を食べ尽くされてしまった。

 それにしても変な話。女の子は食事の時にもいちいち動作が可愛らしい気がする。髪をまとめているディアやユリアはそうでもないのだが、長い髪をストレートにしているセラは、肉にかぶり付く時に肉に髪の毛が当たってしまわないようにかばいながら食べる訳で、髪を片手で抑えながらもう片方の手で箸を持つ姿なんかは可愛らしくも妙に色っぽかった。

 焼き当番のディアも、当然ながら髪や服に油が飛んで来てしまったりするのだが、服はブラウスだし、エプロンも付けているのでほとんど気にしていない。髪については、バンダナや帽子で隠そうにも、ツインテールが長過ぎるからそこまでカバーは出来ないので諦めているのだろう。元から光沢のある髪には油が付いてしまってもあまり目立たないし。

「でも、始めは意外に思ったけど、いざ焼いている姿を見るとすごく様になってるな。いつからディアはバーベキューを始めたんだ?」

「えーと、結構前だよね。セラちゃん」

「私の記憶している限りでは、七歳ぐらいの時に初めてバーベキューに来て、その時からディアちゃんは焼いてみたい、と言っていた気がします。それから毎年バーベキューに行くのが恒例になり、中学に入る年には完全にディアちゃんが主導権を握っていましたね。実際、その頃からお父様が焼かれるより美味しく出来ていたと思います」

「おー、BBQに歴史ありだね。もうそんなになりますかー。そりゃ上手くなる訳ですな」

「意外と、って言ったら失礼かもしれないが、アウトドア派なんだな。二人ともあんまり家の外に娯楽を求めるタイプには思えないのに」

「あはは。基本的にあたしもセラちゃんも、家の中でしたいことが終わっちゃうからね。こういうのはたまの息抜きか、今回みたいにパーティー専用だよ。あんまり頻繁にしてちゃ、あっという間に太っちゃうしね」

「太、る……」

 ぴくり、その言葉にセラが反応する。

「ディアちゃん。私はもう良いですので、私の分はディアちゃんが全部食べてしまってください」

「ええー?これからが本番だよ?」

「もう十分お腹いっぱいですから」

「そうなの?……食べないと、いつまで経ってもおっぱい大きくならないよ」

「うっ。そ、それは――お兄様!」

「お、おお。どうした」

「お兄様は多少腕や足が太くても胸の大きな女性と、スレンダーだけど胸まで小さな女性、どちらが好みですか!?」

 唐突に本気の目で俺に迫って来る!これはもう、質問じゃなく詰問、尋問に近い。今すぐにでも答えなければならない難題だろう。

 しかし、俺が巨乳好きか、貧乳好きかと問われれば――。

「俺は、今のままのセラで良いと思うぞ。それに、二人とも大きくなったりしたら希少価値や対照効果というものがなくなって、だな」

「お兄様。どうか建前ではなく、本音をお聞かせください。私、もしお兄様が大きいのを望まれるのであれば、なんとか大きくしてみせます。それぐらいの覚悟で質問させていただいているのです」

「いや、本心だぞ?」

「そうであったとしても、殿方である以上は大きいか小さいかの好みはあるはずですよね?どうか、どうかお聞かせくださいっ」

「……そこまで言われるなら」

 大は小を兼ねると言うし、胸もお金と同じでないよりはあった方が良いのだと、俺は思う。だからと言って、ここでありのままの俺の嗜好を伝えて、セラが無理な減量ならぬ増量をして体調を壊される訳にもいかない。

「大きいのは好きだ。でも、セラは今のままのスタイルでいるのが一番可愛いと思うし、胸の大きなセラなんて想像出来ない。――そう、セラは貧乳であるべくして生まれた女の子なんだ」

 向こうが本気で質問しているのなら、俺だって回答は全力だ。胸の大きさのような普通は触れない話題について力説してしまう。

 そりゃあ、ディアの胸の圧倒的と言えるほどの質量、その柔らかさは覚えている。でも、セラをもう二回抱きしめたことになるが、女の子の体は胸の大きい小さいに関わらずすごく柔らかかったし、きっとセラには巨乳なんて似合わない。俺は、そう思う。

【よく言ったわね!そう、セラに大きい胸なんて駄目だわ。世の見る目のない男どもがそれを望んだとしても、私は絶対に許さないっ】

 ユリアも強い語調で何かを言い、始めは怒られているのかと思ったが、サムズアップしているのを見るに俺と同意見らしい。良かった。俺は間違ってはいなかったのか。

「そ、そうですか。ありがとうございます。お兄様」

「ああ。だからセラは今まで通りでいてくれ。……もちろん、無理に減量しろって言ってるんでもないぞ?自然と大きくなるのなら、俺はそのままで良いと思うし」

「はい。――はい!」

 女の子が体重を気にしてしまうのは半ば仕方のないことなのかもしれないが、俺にはいまいちその考えがわからないし、俺はもうセラと付き合い始めたんだ。自分とは絶対につり合いがとれないような、魅力的過ぎる女の子と。

 今更体型が少し変わったぐらいで彼女の彼氏をやめるなんて、絶対に言わないに違いない。

「ディアちゃん!」

「う、うん。ご注文は?」

「ほど良く私の分も焼いてください。太ってしまうのは嫌ですが、やはりもう少しだけ食べたいです」

「あはは、了解ー。体型とか気にしなくても、すっかりお兄ちゃんはセラちゃんにお熱なんだね。……良かった」

 ディアは安心したような、だけど少しだけ切なそうな笑顔を見せて自分の作業に戻っていった。

 ――もしかして、なんて考えるのは自意識過剰だろうか。

 きっとそうだろうな。いくら双子でも、あれだけ性格が違えば好みも違う。それは二人の趣味や得意料理の違いから明らかじゃないか。俺は何を考えているんだ。

 

 

 

 こうして、ユリアを見送るためのパーティーだというのもあり、騒がしくもどこか寂寥感のある一日が終わった。

 俺が両手に袋を持ち、更にディアが運ばなければならなかったほどの食材も、後半は俺とディアだけで食べて全てなくなり、帰りの荷物はものすごく軽いものだった。

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 今日はお姉ちゃんのためにバーベキュー。お兄ちゃんには初披露ってことになったけど、喜んでくれて嬉しかったな。

 最近のセラちゃんは本当に幸せそうで、今日も前よりかなり積極的にお兄ちゃんと話してた。お姉ちゃんもお兄ちゃんのことを認めてくれたことだし、いよいよお兄ちゃんもウチの身内、って感じだね。

 もうすぐお兄ちゃんは夏休みに入る訳だけど、いつか適当に一週間ぐらい、お店も休みをもらって、そこで集中して特訓をした方が良いかもしれないね。セラちゃんのことだから計画はあるだろうけど、念のために聞いてみようっと。

 

 緊張や怖さはない訳じゃない。でも、あたしは一人じゃない。セラちゃんがいてくれるし、今はお兄ちゃんだっている。

 お父さんも今までほとんど怪我をすることなくやって来れたんだから、絶対に上手くいくよね。

 

七月八日 日曜日

説明
新キャラをわざわざ出すからには、大きな意味や個性を持たせたいところ
役割的には、バーベキューの機会を作ることと、希薄だったドイツ本国の描写です
個性については、思い切って日本語を喋らず、双子にめちゃくちゃな通訳をさせるという形で表現しました
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Shine&DarkSisters

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