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このたび女子高生となったばかりの渋谷遥は、さっそく教室で浮いた存在となっていた。
クラスメイト達は意図的に彼女を避け、近寄ろうとしない。
休み時間や放課後になると女の子同士おしゃべりしたり、一緒に遊ぶ予定を組んだりするものだろう。
そういったことを彼女は未だに経験したことがなかった。
「ねぇ、今日『ともだち』発売日でしょ?一緒に本屋行かない?」
「行く行くー」
そんな声が彼女の耳に聞こえてきた。
振りかえると、女子の一グループが彼女と同じことを話し合っているらしい。
『ともだち』とは人気の高い少女マンガ雑誌である。
「なぁ」
遥はスクールバッグを持つとその女子グループに声を掛けた。
グループ全員が一瞬、動きを止めた。
「あたしも本屋行こうと思ってたんだ。一緒についてっていーか?」
バッグを肩から背中に回して遥は言った。
そんな彼女を見てどう思ったのか、グループの女子達は一斉に明後日の方向を向くと、
「あ、ほ、本屋?行かないよ、うん」
「そうそう、行かない行かない」
「ねー」
そう言って彼女達はアリの子を散らすように遥から離れていくのだった。
(……またか)
一人残された遥は「はぁ」とため息をついた。
彼女たちは別に遥をイジメているわけではない。
ただ、彼女の印象が良くないというだけである。
まず髪の毛が誰がどう見ても茶色い。
所謂「茶髪」というものだが、彼女を初めて見る者にとっては染めているとしか思えないだろう。
またその目つきも鋭く、強い。
正面から目を合わせると、あまりのツリ目具合にまるで睨まれているような印象を受けてしまうのである。
これらの外見的要素に加えて口調もガサツなものであるため、彼女を“不良”と思い込む人物は多い。
しかし実際は……。
(しょうがねぇ……一人で『ともだち』買いに行くか)
彼女は不良でもなんでもない。
髪が茶色いのは生まれつきで、ヘアカラーの類は一切使っていない。目つきの鋭さも生来のものだ。
私生活においても悪い人間と付き合っているわけでもないし、夜遅くまで遊び廻っているという事実もない。
むしろ入学してすぐに行われた学力テストの結果でも上位に位置しており、また人の些細な変化や状況に気づいて気を配れるという優等生である。
実を言うと“渋谷遥”という人物に付された他人からのイメージは、全て「外付け」なのであった。
かといって彼女はそのイメージを払拭しようとはしない。
彼女が“不良”と見なされるのは、今に始まったことではないからだ。
つまり、諦めである。
「ま、いつものことか」
そう思考を切り替えて彼女は帰路に着こうとした。
ちなみに彼女はまだ部活に入部していない。
今のところ放課後になると何もすることがないのだ。
(ああ、下手に本屋に行くとさっきの奴らと鉢合わせになりそうだな。今日は『ともだち』を買うのはやめて帰ろうかな……)
そう考えていたところでぴんぽんぱんぽーん、という音が聞こえてきた。
『渋谷遥さん、至急職員室に来てください』
「あん……?」
遥は黒板の上についたスピーカーを、怪訝な眼差しで見上げるのであった。
†
「失礼しまーす」
遥は職員室の扉を開けた。
「おう、来たか」
そう言って遥が入るのを確認した一人の教師が、席に座りながら彼女を手招きした。
それは生徒指導を受け持つ先生であった。
「なんですか先生?あたし、帰ろうとしてたところなんですけど……」
遥は思っていたことをそのままに話す。
しかし教師はというと、
「何でだと思う?」
とはぐらかすのであった。
遥はきっぱりと「わかりません」と答えた。
「少しは考えろよ……まぁ、いい。今朝毛髪検査したのは憶えてるよな?」
「はい」
その日の朝、この教師は彼女のクラスで抜き打ちの毛髪検査を行っていた。
要は生徒達が髪を染めていないかのチェックであるのだが、その時彼女はその茶髪が引っかかったのだ。
最終的には彼女の「染めてねーよ、これは天然だ!」という言葉で先生は引き下がったが、まだ納得できていないらしい。
「本当にその髪は染めてないんだな?」
今日何度目となる台詞を耳にすると、遥はもともとツリ目だった瞳をさらにツリ上げた。
「あまりくどいと生徒に嫌われるぜ、先生」
「あー、すまんすまん」
教師は苦笑いを浮かべて、そう言った。
「どうしても確認しておきたくてな。一応朝みたいにもう一度、頭触らせてもらっていいか?」
正直なところこんな教師には指先一つ触れてほしくはないが、ここで抵抗してもあらぬ疑いを持たれるだけだ。
そう思い、彼女は不機嫌な顔をしながら「どうぞ」と答えるのであった。
†
遥は力強く職員室の扉を閉めると、ドスドスと足音をたてて廊下を進んでいった。
生徒や教師達はすれ違う度に「なんだなんだ」とこちらを振り返ってくる。
そんな視線も今の彼女にとっては、とてつもなく不快であった。
(あのクソ教師……)
そう思うだけで先程の光景が自然と浮かび上がる。
頭髪のチェックを終えた教師は、最後にこう言い放った。
「茶髪が天然なのはわかったが、夜の繁華街に行ったり危ない人と遊んだりするんじゃないぞ。先生すぐわかるからな」
(んなことハナからしねぇっつーの!)
もう何度目となるツッコミを心の教師にぶつけながらバッグを取りに教室に戻る。
(もう、本当にそうしてやろうか……)
そんな思いに駆られながら、教室の扉を荒々しく開ける。
すでに他の生徒達は帰るか部活の体験入部に行っているのか、教室内はがらんとしていた。
自分の机に行くと、彼女は自分のバッグを掴もうとした。
しかし肩紐の部分が机に引っかかってはずれない。
がたん、という大きな音と共に、
「あー、もう!」
半ばヤケクソとでも言える手つきでひっかかった部分を取ろうとするのだった。
その時。
「どうかした渋谷さん?」
後ろから声が聞こえてきた。
振り返ると、教室の入り口に見知らぬ男子生徒がいた。
いや、見知らぬということはない。
遥の記憶では、彼はたしか同じクラスメイトのはずである。
先日自己紹介をしていたが、名前は――。
「池部九郎だよ」
遥の表情から悟ったのか、九郎は自分の名前を名乗った。
「あ、ああそうか。たしか『クロ』ってヤツだったっけ?」
自己紹介の時、彼は「九郎と言っても九人兄弟じゃありません。『クロ』とでも呼んでください」と言っていたことを遥は思い出した。
それを裏付けるように九郎は「うん」と頷く。
「バッグ、引っかかったの?」
そう言って九郎は彼女の元に近づくと、すっと簡単に肩紐を机から取り離した。
「あ、ありがと」
遥は慌てて礼を言うと、彼は何ともないよう「どういたしまして」と答えるのだった。
「ところで、随分荒れてるみたいだけど、何かあった?」
唐突に九郎は聞いた。
あまりにも突然な問いに遥は「へ?」と目を大きく見開いた。
「や、なんか機嫌悪そうだったから」
「あ、ああ、その、なんだ……」
遥はつぃ、と明後日の方角を向いた。
同じクラスメイト、それも今始めて話したばかりの男子に自分の今の気持ちを吐露するのは気が引けてしまう。
そんな様子を見た九郎は「ふぅん……」と呟くと、
「また不良呼ばわりでもされた?」
いきなり図星をつかれてしまった。
「は!?」
「あれ、違った?」
「違っ、いや違わ……いや、えっと……」
どう返答すべきか遥は迷ってしまう。
そうしてわたわた、としていると不意に九郎は「ぷっ」と笑い出した。
「あはは……」
「ちょ、テメェなにが可笑しいんだ!」
「可笑しいよ。そうやって図星突かれて慌てる渋谷さんも、渋谷さんを不良だなんて言う連中も。だって渋谷さん、本当はぜんぜん不良じゃないでしょ?」
「な……」
不良じゃない。
その言葉を誰からも聞いたことがない遥は一瞬、九郎が何を言っているのか理解できなかった。
そんな彼女を気にも留めず九郎は語りだした。
「むかし『人を見る時はその人の内面もよく観察するように』ってばっちゃんが言ってた。まあそれはともかく、みんな渋谷さんを外見だけで判断してるけどさ、誰もその中身や本質を知ろうとしないんだよね。あれすっごく不思議なんだけど」
子どもが大人に対して「なんで?」と問うような眼差しで九郎は遥を見つめる。
ようやく落ち着きを取り戻しはじめた遥は九郎に「な、なぁ……」と問いかけた。
「なんでおまえはそう思うんだ?」
「うん?なんでって……」
「みんな言ってるだろう、あたしは“不良”だって。髪だって茶色いし、目つきワリーし、話し方だって……」
「あ、そうそう。それ以上に不思議なことがあるんだ」
彼女の話を遮って九郎はぴっと遥の鼻先に人差し指を近づけた。
それはまるで「それ以上言うな」とでも言っているかのようであった。
「なんで渋谷さんはそれを受け入れてるの?渋谷さんは何も悪いことしてないんでしょ?『あたしは不良じゃない』ってみんなに言えばいいじゃん」
「そ、それは……」
遥は後ずさった。
たしかに本当の遥は不良でもなんでもない、普通の女の子である。
だが昔からこの容姿のせいで“不良”呼ばわりされていたのだ。
それに今更そんなことを言って、一体どうなるというのか。
「……みんながそう言ってるんだ。それなら、それでいいじゃねぇか」
彼女はそう言うと俯いてしまうのであった。
九郎はため息を一つ零すと、「もったいな」と呟く。
「渋谷さんはかわいい女の子なのに」
「な、か、くぁ、かわ……」
ボン、と音が出そうな勢いで遥の顔が赤くなった。
「だ、だれがカワイイ女の子だ、バカヤロー!」
「あははは!」
遥の慌てる様子を見て再び九郎は笑った。
ひとしきり遥がぷんすかと暴れるのを見た後、彼は何かを考えるような素振りを見せた。
「でも正直言うと、そのままは良くないと思うよ。いくら人は外見に左右されるといっても、本質を無視していいことにはならない。そうでしょ」
「あ、ま、まぁ……」
あいまいに答えると、九郎は「どうしたものか……」と目を閉じる。
しばらくそうしていると唐突に「そうだ!」と声をあげた。
「クラス委員長に立候補してみたらどう?」
「はぁ!?」
素っ頓狂な返事をする遥。
たしかにまだクラスの委員会関係はまだ決まってないが、いくらなんでも話が飛躍しすぎていないか、と彼女は思った。
「誰が!?」
「渋谷さんが」
「何で!!」
「そうすればクラスのみんなが見る目も変わるんじゃないかなって」
「だ、だからって……!」
「いいじゃない、どうせ自分から立候補する人なんてそういないんだから。じゃ、そういうことで!」
「あ、おい!」
そう言うと九郎は逃げるように教室を飛び出していった。
教室を一旦出た後、ふと彼は顔を戻す。
「あ、もし渋谷さんが立候補しないなら俺が推薦しておくから!」
「クロ!!」
「またあした〜|」
今度こそ九郎は教室を去った。
後に残された遥は、
「なんでこうなるんだよ……」
頭を抱えたまま呆然、と立ち尽くした。
西日が彼女の茶色い髪の毛を亜麻色に輝かせる。外からは部活動に励む若者たちの声が聞こえてくるのであった。
説明 | ||
お久しぶりでございます。長らくの失踪申し訳ございませんでした。言い訳になりますが、最初は書き慣れるために週一ペースで投稿しようとしていたのですがだんだん「質」的な意味で納得できない出来ばかり投稿するようになり、逆に自分を追い詰めて投稿しなくなったという不甲斐ない結果となってしまいました。これからは不定期となりますが、ゆっくりと自分のペースで投稿していきたいと思います。ちなみに執筆活動自体は某所で続けています(HN同じなので知っている方がいるかもしれませんが……)。あと、この小説ですが以前書いた「わたしの彼氏は無表情」の登場人物と同じ主人公達となっています。しかし過去の話というわけでなく、設定も多々違うところがあるのでいわゆる「スターシステム」みたいなノリで考えてもらうと良いかもしれません。 | ||
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