if〜兄弟〜 |
誰かの鼻歌が聞こえた。すごく、すごく懐かしい声だった。
この鼻歌を聞くと、不思議と安心する。なんだろう――何の、歌だったっけ?
目を覚ますと、そこは知らない場所だった。側には、見知らぬ猫と知らない男。男は俺と目が合うと
「大丈夫か?ルドガー」
と声をかけてきた。
ルドガー?誰のことだろうと思い、口を開こうとするが急に頭に激痛が走り頭を抱えるしかできなかった。
「頭を打ったのか?無理はするな。しばらく休むといい」
「あ‥あんたは一体誰なんだ!?ここはどこで‥‥俺は、俺は誰だ‥‥?」
俺は何も覚えていなかった。自分が誰で、何をしていたのかも。
取り乱す俺に、男は顔をしかめて
「ルドガー‥お前、記憶が‥‥」
しばらく絶句していたが
「食事を持ってくる。落ち着くまで、ゆっくり休んでいるといい」
そう言うと、男は部屋を出て行ってしまった。
それから、少しずつだが男は色々なことを教えてくれた。
俺の名前はルドガー・ウィル・クルスニク。男はユリウスといい、俺の兄だと言った。猫は、俺が倒れていた場所にいて、決して俺から離れようとしないのだと言う。
なんとか自力で思いだそうとするも、頭に激痛が走り思い出すことができない。
ふと無意識に俺の手は自分のポケットを探っており
「‥‥‥ない!?」
咄嗟に口を出てついた言葉に、俺はわけがわからなくなった。
「何が無いんだ?」
当然のごとく尋ねてくるユリウスに、俺は何も言えなかった。
「とにかく、これからのことはちゃんと俺が教えてやるからもう寝ろ、子供は寝る時間だ」
ポンポンと俺の頭を撫でると、ユリウスは部屋の明かりを消して出ていってしまった。
それからしばらく、俺はユリウスと暮らすことになった。自分が誰かも全く思い出せない状況で、不安だったが、ユリウス以外にあてがなかったからだ。
ユリウスはゆっくり思い出せばいいと言ってくれた。近所であれば、外に出てもかまわないと。
外に出ると、そこは公園で子供たちが遊んでいた。だが、見覚えは全くない。
子供のうちの一人が俺を見つけると
「ルドガー!お前、いつ帰ってきたんだよ!」
と言いながら寄ってきた。
他の子供も寄ってくる。
「ルドガー君、誘拐されてたんだよね?大丈夫?」
誘拐‥‥?俺が‥‥?
「‥‥‥‥」
俺が黙りこんでいると、後ろから
「おや、ルドガーじゃないか。もう外に出ても平気なのかい?」
おばさんが声をかけてきた。
おばさんは、ユリウスが借りているマンションの大家なのだそうだ。
事情は大体ユリウスから聞いているらしく、俺の質問にも答えてくれた。
まず、俺はルドガーで俺が小さい頃からユリウスと二人でこのマンションに暮らしていること。
今から4年前、俺が8歳の時に俺が行方不明になり帰ってこなかったこと。近所では誘拐されたのではという噂がしばらく流れていたそうだ。
俺は大家さんにお礼を言うと部屋に戻った。
俺が‥‥行方不明‥‥。
やはり何もひっかからない。
俺は扉を開けようとすると、扉の向こうから声が聞こえてきた。ユリウスの声だった。
俺は何故か反射的に通路の柱の影に隠れた。
部屋からユリウスが出てきた。GHSで誰かと話しているようだった。
内容までは聞き取れなかったが
「分史世界‥‥」
初めて、俺の中でひっかかった言葉だった。
何か、何か大事なことを忘れているような気がする。
俺はしばらく、家事手伝いをするようになった。分史世界というものが何なのか知りたくて直接ユリウスに尋ねたが、
「お前は知らなくていい」
と言われた。教えるつもりはないようだった。
しかし、俺はどうしても分史世界のことが気になっていた。
だが、分史世界を知る手がかりはユリウスだけ。分史世界が、俺の記憶を取り戻す手がかりになるような気がしたのだ。
ある日、ユリウスが俺の誕生日だと言ってGHSをプレゼントしてくれた。
「昔、お前が欲しがってたやつの最新のものだ。これでいつでも連絡が取れるから、何かあったらいつでも言ってこいよ」
「‥‥‥‥」
俺は手渡されたGHSを見つめる。
胸が温かくなった。これが、嬉しいということだろうか。
ユリウスはそんな俺の様子を見て微笑むと、俺が作ったトマト入りスープを一口すすると苦笑した。
「お前は、料理とは縁がないようだな」
昔の俺はユリウスよりも料理がうまかったらしい。
苦笑いしながらも、ユリウスはまずいスープを全部飲んでくれた。
それから、ユリウスは会社が休みの日はいつも俺と一緒に過ごしてくれた。
俺の服を買いに大きなショッピングモールをまわってくれたり、列車に乗って湖まで連れていってくれたり、部屋で一緒にテレビを見たり。
そんな日々が続くにつれ、俺は記憶を取り戻すことを躊躇するようになった。
頭の中で小さく警鐘が鳴っていた。
もしかしたら、俺は記憶を取り戻すべきではないのかも知れない。
俺はいつものように部屋の掃除をしていた。
「‥‥‥‥‥?」
そして、気づいた。いつもは鍵の締まっているユリウスの部屋の扉が少し開いていることに。
俺はいけないこととは思いつつも、扉を開けて部屋に入った。
きちんと整理された部屋の机の上には銀色の懐中時計が置いてあった。
ユリウスはいつも大事そうに持ち歩いている2つの懐中時計の手入れをすることがあった。よほど大切にしているらしく、俺にも触らせてくれないほどに大切にしていた。
ユリウスはよく時計をいじりながら鼻歌を歌っていた。
あるとき、何の歌なのか尋ねると一族に伝わる歌で俺が好きだったのだと教えてくれた。
ユリウスの鼻歌はとても、懐かしい感じがする。
俺は手を伸ばし、懐中時計に触れた。
「‥‥‥‥‥」
俺はその場に立ち尽くした。
いつの間に入ってきたのか、猫が――ルルが俺の足にすりよってにゃあ、と鳴いた。
ユリウスが帰ってきたとき、自分の部屋の扉が開いていることにすぐに気づいた。
そして部屋に入ると、ルドガーがいた。
「明かりもつけずにどうした、ルドガー」
「‥‥‥‥‥」
ルドガーは何も答えなかった。
ユリウスは困ったような顔で
「とりあえず夕食にしよう。今日はお前の好きなもの買ってきたんだ」
「‥‥‥なんで、何で嘘をついたんだ。ユリウス」
ルドガーの言葉に、ユリウスは足を止めた。
「‥‥‥‥‥」
「‥‥なんで、お前なんだ」
ルドガーの手には銀の懐中時計がしっかりと握りしめられていた。
それを見たユリウスは全てを悟ったようだった。
俺は全て思い出した。
ここが分史世界で、目の前にいる男が時歪の因子であることを。
「なんでお前はこんな真似をしたんだ、ユリウス」
俺はこの分史世界で時歪の因子であるユリウスに挑んだ。だが、返り討ちに逢い、その時に打ち所が悪かったらしく、一時的な記憶喪失に陥った。
今にして思えば、俺を始末する機会もユリウスには沢山あったのだ。
だが、ユリウスはそれをしなかった。
「‥‥‥‥‥・」
ユリウスは何も答えなかった。
しばらく天を仰ぎ、深い、深いため息をひとつ漏らした。
「‥‥4年前、この世界のお前が夜に突然飛び出した。その日は大雨で雷が酷かった。何時間経っても帰って来なかったから、俺は傘を持ってトリグラフ中を探し回った。そして、ダウンタウンの一角で身体中に傷をつけ、血塗れで倒れているルドガーと一匹の猫を見つけた。その頃、巷では通り魔の噂が流れていた。俺は猫を埋葬し、ルドガーを抱えて帰宅した」
「‥‥‥‥‥」
「俺は、ルドガーが死んだことを認めたくなかった。俺は夜な夜な町を徘徊し通り魔を狩った。だが‥‥俺の気持ちは晴れなかった。だが、ある日お前が現れた。俺を時歪の因子と呼び、お前は俺を殺そうとした。俺には、お前を殺せなかった。幸いにも、お前は記憶を失っていた。俺は思った。俺が黙っていれば、また昔みたいに兄弟で暮らしていけると‥‥ルドガー、お前はまだ12歳だ。何故だ‥‥何故お前がエージェントなんだ」
ユリウスは泣きそうな顔で尋ねる。
俺は、懐中時計を掲げ骸殻を発動させた。
「俺はルドガー・ウィル・クルスニクじゃない。ただのルドガーだ。俺は幼い頃親に捨てられ、孤児だった。ごみ溜めの中で必死に生きていた俺を救ってくれたのはビズリーだ。俺を救ってくれた恩に報いるためなら、俺はなんだってやる」
「‥‥‥‥‥‥そうか」
ユリウスはそう言うと、静かに瞳を閉じた。
「ルドガー、俺にお前は殺せない。お前の好きにするといい」
「‥‥‥‥‥」
俺はしばらく迷っていたが、ルルの鳴き声を聞いて心を決めた。
槍でユリウスの胸を貫くと、ユリウスは俺の頭を優しく撫でた。
「‥‥‥‥っ」
俺は唇を噛みしめ、必死に涙をこらえた。
元の世界に戻ると、よく見慣れた自分のGHSが足元に転がっていた。
ルルはいつものように俺のそばで俺の顔を見つめている。
GHSには不在着信の履歴が沢山並んでいた。
そして、懐にはユリウスから貰ったGHSがあった。
俺はしばらくそれを見つめていたが、頭を振り払うとそれを海に投げた。
カナンの地を目指し、分史世界を消滅させることが今の自分の役目。そう自分に言い聞かせると、俺は自分のGHSの発信ボタンを押した。
投げられたGHSは、くるくると宙を舞い、水面に落ちる寸前で四散し、消えた。
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テイルズオブエクシリア2のパロディです。ルドガーとユリウスのお話です。 | ||
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