月守の願い
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「ルフレさん、お仕事中失礼ですが貴方にご相談があります」

 

暖かい昼下がり、あくびを噛みしめながらいつも通りルフレは執務を行っていると向かいの机で同じく調印をしていたフレデリクが問いかけてきた。

効率を最優先する彼が仕事中に話しかけてくるなんて珍しい。ルフレは一旦羽根ペンを置いて「なんでしょうか?」と耳を傾ける。フレデリクは心なしか神妙な顔持ちでルフレの目をじっと見つめていた。どこか試すようなそれに少しだけドキリとする。

 

「クロム様の縁談の話です」

「縁談?」

「エメリナ様亡き今、イ―リスの士気を上げる為にも貴族達はクロム様に縁談を勧めています。私としては早すぎると思いますが、新しい聖王のアピールとしても有効であり、今回の事件もあり次期後継者を早々と作っておきたいという意見は最もです」

「…確かに」

 

渋い顔をして発言するフレデリクにルフレもまた苦い想いを抱きつつ頷いた。

まだエメリナの喪も明けていないというのにクロムにこんな話をするのは酷だと思う。しかし聖王代理という地位は、世界で最も愛していたという彼の姉を悼む暇さえ許さない。貴族達が言っていることは戦争で疲弊した国民の求心力を上げる為にも間違っていない事なのだ。

 

「そこでクロム様の婚約者…次期王妃になる者について、貴方の意見を聞いておきたいのです」

 

実直な従者がこちらの真意を探るように見据えてきた。

それは軍師として意見を求められているのだろうか、それとも。

今は仕事中だから深い意味はないだろうと、ルフレは考えをそのまま口にする。

 

「貴族達に推される者と結婚するのは王家の権力失墜に繋がると思いますが、まだ若く執政に慣れていないクロムさんの強力な後ろ盾を得る手の一つです。

ですが国内の混乱が残る今、私はなるべくなら信頼のおける自警団の者と結婚するのがいいかと。…そうですね、テミス伯の子女であるマリアベルさんは聡明で王妃に最適だと思います。その他にも由緒ある騎士の家系で民からの人気もクロムさんとの信頼も厚いソワレさん、平民との融和政策を取るならばスミアさんがいいかと思います」

 

フレデリクの目が細められている。睨みつけるような視線に内心驚きながらもルフレは構わず言葉を続けた。

 

「フェリアとの蜜月をアピールするならば他国の嫁…オリヴィエさんが容姿人気共にいいでしょうね。ですがこれは私の軍師としての一意見です。最終的にはクロムさんが決定することですから彼の友人としては悔いがない選択をして貰いたいです」

「それだけですか」

 

深く溜息をついた後、フレデリクは厳しい視線を向けながらルフレに語りかけてくる。

 

「それが貴方の本心なのですか、ルフレさん」

「どういうことですか」

「貴方のことですからクロム様のお気持ちをご存じなのでしょう?何故そんな他人事のように言うのです」

 

フレデリクには勘付かれていたのか。ルフレは眉を顰めながら重い溜息をつく。

ペレジアとの争いが終わった後、多忙を理由にルフレがクロムから身を遠ざけていることを気にかけていたのだろう。この忠実な従者も妻がいることだからいい加減クロム離れしたらいいのにと思いつつ、ルフレは平静を取り繕ろった後に軍師としての厳しい視線を投げかけた。

 

「それがどうしたというのです?私はクロムさんの親友で軍師です。イ―リスの国益になる候補を勧めて何かおかしいと?」

「貴方自身がクロム様の妻になり支える、という方法もあるではないですか」

「…冗談やめてくださいフレデリクさん。私はギムレー教団最高司祭の子でギムレーの器ですよ」

 

睫毛を伏せてルフレは自嘲気味に笑う。

イ―リス自警団の門戸を叩いたのも今でこそクロムを支える為だったが最初は違った。

ギムレーの器である自身の身柄の保護と、ファウダ―に対する個人的な復讐。

他の仲間達とは明らかに違う後ろ暗い理由があったのだ。

 

「ペレジアとは停戦をしているとはいえ、教団とファウダ―が今更ギムレー復活を諦めるとは思えません。近いうちにこちらに対し何かしらのちょっかいをかけてくるでしょう。それにペレジアからの難民を受け入れているとはいえ、両国間の溝は当分埋まりそうもない。仮に私が王妃となったとしても、先代での戦争やエメリナ様の事がありましたから…民から到底受け入れられないでしょうね」

「私は貴方の出自について聞いている訳ではありません。それにクロム様はそんなことを気にされる方では…」

「だからこそです!」

 

ルフレは一際大きい声で言葉を放った。

口を挟もうとしたフレデリクはルフレが滅多に見せない感情的な姿に少し目を大きくし口を閉ざす。

 

「あの人は誰にでも手を差し伸べ助けてしまう器の持ち主です。それが彼の長所でもあり、王としては致命的な欠点になりかねない…個人の想いなんて関係ない、私は軍師として嫌なんです。不安の目は確実に取り除いていきたいんです!私のせいでクロムさんが悪く言われるのも彼に余計な負担がかかるのは絶対に避けたい…これが私の望みです」

 

傍に置いてあった呑みかけの紅茶に波紋が走る。

ルフレは思わず立ち上がって力説していたことに顔を赤くした。

思わずムキになってしまった。これでは軍師失格だ、とルフレはうつむく。

 

「ごめんなさい、怒鳴ってしまって…」

「いえ、私こそ余計なお節介をしてしまったみたいですね」

 

フレデリクも少しだけ罰の悪そうな声で呟いた。踏み込んではいけない箇所に触れてしまったと自覚しているのだろう。彼とてクロムとの仲を心配しての質問だっただろうに、と罪悪感が増す。

 

「ともかく、私は彼のことをよい親友、半身として…そして軍師として必要があればずっと支えていきたいと思っています。この想いに嘘偽りはありません。」

「そうですか、ルフレさんがそう言うならそれでいいのです。私からは何もいうことがありません」

 

ですが。彼は言葉を続けながら気遣わしげな瞳でルフレを覗きこんだ。

 

「クロム様はそんな理由で納得されるお方ではありませんよ」

 

そうだ、きっと彼は理屈をこねた所で退く男ではない。

それが彼の危うさでありルフレを救う良さでもあったのだけど。

ルフレは座りなおすとフレデリクからそっと視線を逸らし、再び執務の資料を開いて作業を再開しようとした。

 

「…きっと身近で危険を共にしたから、それを恋愛と勘違いしているんです、吊り橋効果というものを以前本で読んだことがあります。クロムさんも平和の中で落ち着けば、王として成すべきことに気付くはずですよ」

 

自分にも言い聞かせるように呟きながらルフレは羽根ペンにインクをつける。

フレデリクには一つだけ嘘をついている。本当は一人の女性としてもクロムの傍にいたい。

だがその想いは彼の為に封印すると決めたのだ。まだエメリナが生きていた頃に裸を見合ってこれで隠し事のない一心同体の親友だと笑い合ったのだからきっと出来るはずだ。

――このまま距離を置いて自分が男として見ていない事がわかれば、クロムもきっと目が覚めるだろう。そう、自分さえうまく立ち振る舞えばいいのだ。

 

何かを振り切るようにペンを走らせるルフレを見つめ、フレデリクは反論しようとしたが言葉が見つからずやりきれない思いを抱えながら冷めて渋くなった紅茶を飲み干した。

 

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それから数週間後の夜。

クロムははやる心を押さえて月夜に照らされる廊下を歩いていた。

最近フェリアやイ―リス領主達との会談やペレジアとの戦後処理で各国を走り回っていたが、ようやく状況は落ち着き久方ぶりにイ―リス城へ帰って来られたのだ。

誰と会っても話題になるのは縁談やら世継ぎの話で正直辟易としていた中、久しぶりに帰るイ―リス城は落ち着いていて、忙殺されて忘れていた姉との思い出が蘇り少し感傷的になる。

――早く彼女に会いたい。

クロムはポケットに入っている小さな箱の角に触れながら微かに笑みを浮かべる。

ルフレとは裸を見られて親友の誓いをした後どこか気まずくて顔を合わせられず、そうこうしているうちにエメリナが連れ去られてしまった。それ以来、軍議以外のことをあまり話せずにいる。

あの頃は姉を失って余裕がなかったが、いつも傍らにはルフレがいてくれた。彼女がいてくれたお陰で逆上して突撃することなくギャンレルを討つことが出来たのだ。

本当はギャンレル討伐後に告白しようと心に決めていたのだが、祝辞を述べるスミア達自警団面子に囲まれ、さらにバジーリオとフラヴィアが軍を巻きこんで大宴会を始めてしまった為に、なんとなくいいそびれてしまった。

宝飾品の類はわからないが、同行していたリズにも意見を聞いたから大丈夫だろう。

ルフレは喜ぶだろうか。以前女性の扱いを云々と説教されたから驚かれるかもしれない。

そうこう考えているうちに私室の扉前まで来ており、クロムは深呼吸する。

やはり緊張する。しかし会いたい気持ちの方が勝って思わず強めにノックをした。

 

「ルフレ、いるか?」

 

気合を入れてノックしたものの返事がない。

…よくよく考えたら帰ってきた時は既に日が暮れており、今は真夜中と言ってもいい時間だ。

窓から見える満月にいくらなんでも焦り過ぎたか、と溜息をついてしまう。

これだから俺はデリカシーのない男だとか言われるんだと思っていると扉が少しだけ開かれた。

 

「クロムさん…?」

 

暗がりでよくは見えないが、ルフレはトレードマークである黒い外套を着ているようで、少なくともまだ就寝はしてなかったことに気付かされ安堵する。

 

「今日御帰りだったんですね、お疲れ様です」

「ああ、ただいま。…少し話がしたいんだが、いいか?」

 

ルフレは一瞬だけ戸惑ったようで扉がキィ、と音を立てる。

無理もない、明日も仕事があるのに無茶をさせてしまっただろうかと少しだけ後悔したものの、「構いません」と小さく頷き彼女は扉を開き招き入れた。

 

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「おまえとゆっくり話すのも久しぶりかも知れんな」

「そうですね…」

 

帰る場所がない彼女の為に用意した城の一室もいつのまにか本だらけになっており、呆れ半分関心半分で見まわしているとルフレが香草を浮かべた水差しを持ってきた。

 

「ごめんなさい、厨房もお休みしていて大した振る舞いも出来ませんが…」

「いや、俺こそ夜遅くにすまん。だがお前にどうしても話したいことがあってな」

 

ルフレの手によってグラスに注がれている水が微かに揺れたがクロムは気付かない。

クロムはその間落ち着かずポケットにしまい込んだ箱に触れたりファルシオンの鞘をいじっていたりしたが、彼女が席に座ったことを確認すると意を決し口を開いた。

 

「実は、縁談の話が俺に来ていて…」

「ええ、知っていますよ」

 

さらりと口を挟むルフレに、意気込んでいたクロムは出鼻を挫かれ彼女を思わず見つめてしまう。

彼女は微笑みながら、しかし決してクロムの方を向かずにランタンの明かりで照らされるグラスを見つめていた。

 

「フレデリクさんから聞きました。ふふ、クロムさんもまだまだ公務で忙しいというのに大変ですね」

「ああ、それでその件についてなんだが」

「それでクロムさんは、誰と結婚なさるつもりですか?」

 

クロムの言葉に重ねるように、ルフレが矢継ぎ早に質問してくる。

今日のルフレは少しおかしい。いつもはこちらの話をしっかりと聞くのに、どこかそわそわしているというか、心あらずというか。

クロムが疑問に思い口を閉ざしていると、すかさずルフレが言葉を続けてきた。

 

「やはり今回の行軍に連れて行かれたスミアさんですか?お二人は仲がよろしいですし、女性らしく可愛らしい。きっと民からも平和の花嫁として受け入れられるでしょうね」

「…ルフレ、何を言っているんだ?」

「それともソワレさん?マリアベルさん?もしかして、オリヴィエさんですか?…それとも、私にも言えない方を隠し玉に持っているとかですか?嫌ですね、クロムさんったら水くさい」

「ルフレ!」

 

ルフレの睫毛が震える。しかしそれでも彼女は視線を合わせてこない。

グラスの縁に指先を這わせながら、ことさら明るい声を出してくる。

 

「クロムさんが結婚したら、私も身を固めないといけませんね!独身のままだと皆さんに誤解されちゃいます…傾国の美女なんてあだ名がついたら少し嬉しいですけど、私の容姿ではちょっと無理でしょうし」

「ルフレ、俺の話を聞け!」

 

水差しが倒れ、机と床に水が跳ね広がる。転がり落ちた水差しがパリンと音を立て砕け散った。

気付けばクロムは机を乗り出し彼女の手首を握りしめていた。

 

「…クロムさん、痛いです」

 

離してください、とルフレが睨んでくる。しかしクロムはそれに怯むことなく見つめ返した。

 

「俺の話をちゃんと聞けばな」

「…貴方は王となる身。いくら私のことを女と思っていなくとも、不用意に未婚の女性に触るものではありません」

 

未来の奥様と喧嘩になりますよ、そう他人事のようにのたまう彼女にクロムはふつふつと怒りが湧いてきた。

こんなにもルフレのことを想っているのに、彼女は見当外れのことを言うばかりか身を固めるだの言いだす。

それが許せない。もう我慢ならなかった。

月光に照らされる彼女の体をぐい、と引っ張り寄せ肩を掴み無理矢理こちらを向かせ夜にも構わずクロムは叫んでいた。

 

「俺はお前のことを女だと思っている、それに俺が好きなのはお前だ、ルフレ!」

 

声の振動でランタンの炎が大きく揺れた。

衝動にまかせて告白してしまったことに内心しまった、と顔を顰める。

もう少しこう、ムードというものがあっただろうに、と疎いながら失敗した、と後悔する。

ルフレは一瞬目を見開いたが、すぐいつもの顔に戻りクロムの胸をそっと押した。

 

「ごめんなさい、私は貴方の事を異性だと思えません…親友として、私は貴方のことが好きです」

 

そう言ってルフレは髪をなびかせクロムの腕からすり抜けていく。

断られることは考えていた。だがあまりにもあっさりとした幕引きに、クロムは茫然と離れていく彼女の姿を目で追う。

ルフレは窓の前に立つと、窓枠に手を当て小さな声で呟いてきた。

 

「それにクロムさん、貴方の想いもきっと勘違いですよ」

「勘違い…?」

「そう、勘違い。貴方はエメリナ様を失くして心が弱っていたから精神的支柱を求めていただけなんです。たまたま私が傍にいたからそう思いこんでしまっただけ…もっと視野を広げてください。見回してみれば、貴方を想うふさわしい女性は沢山いますよ?」

 

確かにあの時は我武者羅で、縋りつくものがないと怒りで我を忘れてしまいそうで半身だと手を繋いでくれたルフレに頼っていたのだ。

しかしそれだけではない。そう言いたかったのに言葉が足りない。

結局ルフレに口では絶対にかなわないのだ。

否定できずに黙って見せれば、彼女はそうでしょう?と笑顔で振り返る。

青白い月明りを背景にして微笑んで見せる彼女は戦場で見せる凛とした姿とはかけ離れて、か細い一人の女性がそこにいた。

 

「それに軍師と軍主がそういう仲になっては皆に示しが尽きませんし、いざという時正確な判断も出来ません。大丈夫、妻でなくとも私は必要とされなくなる日まで貴方の傍にいます。貴方が立派な王になる姿を友として臣下として見守っていきたいですから」

 

もうギムレーに振りまわされるだけの人生じゃないですからね。

そう呟くルフレの声が微かに震えているのを聞き逃さず、クロムははっとする。

必要とされなくなる日?

…いつ、誰がそんな日を決める?

彼女はなんだかんだと理由をつけて、いずれクロムの元を去ってしまうのではないか?

クロムの為といいつつ、身勝手な理由で。

 

「さ、明日も仕事があります。クロムさんもそろそろ休まないとまたフレデリクさんにお小言言われちゃいますよ?」

 

嫌だ。

もう大事なものは失わないと誓ったのだ。

 

クロムは再び窓の外を見上げるルフレの小さな背中にそっと近づく。そして紫の痣が刻まれた掌に手を重ね背後から抱きすくめた。

 

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逃げ回っていてもいずれはこうなることはわかっていたから、早めに傷つけて決着をつけておきたかったのだ。

ルフレは窓の月を見上げながらそう考えていた。

夜道を優しく照らすその星もよく見れば傷だらけなのを知っている。

クロムが太陽だとすれば、私は月になれればいい。

彼の眩い光を受けて、闇の中密かに見守っていければと思っていたのだ。

そしていつか自分がした選択を笑える日が来る。彼の子を、彼の行末を祝福する日が来るのだ。

冷たいガラスに額を当てそう願っていると、不意に温かい感触を感じ視線を掌に向ける。

皮のグローブに覆われた大きな手がルフレの邪痕に刻まれた手に重ねられていた。

 

「勘違いなんかじゃない」

 

先程の感情的な声とは打って変わって低く静かな声に、ルフレの鼓動は跳ね上がる。

 

「確かにお前はペレジアとの動乱の時に傍らにいてくれたし支えてくれた。それは紛れもない事実で俺はお前の優しさと強さに寄りかかっていた。…でもそれは決して誰でも良かったわけじゃない」

 

もう片方の手でしっかりとルフレの腰に手を回しながらクロムは言葉を続ける。

逃れなくてはいけない。

そう思っても重ねられた手はビクともしない。

違う、自分が動けないのだ。…本当はこの温もりを誰よりも求めていたのはルフレ自身だ。

 

「お前が何を気後れしているのかわからないが…俺は本当にお前が好きだ。半身であるお前じゃないと駄目なんだ。我ながら女々しいと解っている…だが一時的な気の迷いだとお前には思ってほしくない」

 

そう静かに告げられると掌に指が絡まってくる。

本当は振りほどかないといけないのに、ルフレは瞳から零れそうな涙を押さえるのに必死で出来なかったのだ。

この人はなんで、こうも簡単に人の心へと踏み込んでくるのだろうか。

深く深く牢に封じたつもりの想いをあっさりと見つけ出し掬いあげていくのだろうか。

――違う、彼の優しさに寄りかかっていたのは私だ。

人を疑わず、負の感情に塗れていたルフレを包み込み、時には叱咤してくれた太陽のような人。

敵国の自分をあっさりと受け入れ軍師として頼ってくれた彼を独り占めしたかった醜い心を知られたくなくて、彼の太陽のような光をギムレーの器という一片の濁りから遠ざけようと思ったのだ。

 

「…泣いているのか、ルフレ?」

 

窓越しに涙を零す姿を見られたのか、彼の優しい声音に堪えようとしていたものが溢れ出していく。雫が月光の光で輝き、床に跳ねて散っていく。

 

「私は…私はファウダーの娘で、貴方を復讐の道具にしようと近づきました。それでもいいんですか?」

「知っている。お前から話してくれただろう」

「ギムレーの器で…女らしくなくても、気品ある達振る舞いもできません…そんな人を選ぼうなんて、貴方は馬鹿です、大馬鹿です…」

「全部構わないし、馬鹿でも構わない。お前を失うくらいなら愚かな王でいい」

「…ほんとに、酷い王様、ですね…」

 

そう、彼に理屈は通じない。

いつだってこうして、行動に起こしてしまう力がある。

剥がれてくる心の殻を受け止めるように、クロムはルフレの流れる涙を掬って行く。

握りしめられた掌が、指の先が熱い。その温かさに建前も言葉も失いルフレは嗚咽をあげながら泣いた。

そんな彼女の体をクロムはより強く片方の手で抱きしめる。

もう言葉なんていらなかった。

水差しの破片がランタンと月光で煌めく中、男女はようやくお互いに向き合う。

そしてそのままゆっくりと、繋いだ手はそのままにふたつの影は重なり合った。

 

「…私、貴方のことが好きです。貴方しか見えなくなるくらいに」

「俺もだ、ルフレ」

 

自然と互いに目を伏せ、口づけを交わす。離れていた魂を確かめあわせるように何度も。

机に広がり端から零れ落ちていた水はいつのまにか乾いており、天上の月だけが、2人の姿を祝福するように優しく照らし出し見守っていた。

 

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「それで2人仲良く遅刻というわけですか」

「…すまんフレデリク」

「ごめんなさい…」

 

にこにこといつも以上に微笑んでいるフレデリクを前に、クロムとルフレは内心青ざめながら仲良く頭を下げていた。

結局あの後夜遅かったということもあり2人して抱き合って寝坊した。

起こしに来たリズも邪魔しては悪いとそそくさと退散したことも重なりフェリアとの閣議の報告会を大幅に遅刻してしまったのだ。

フレデリクは笑っている時が一番厳しい、と身を持って知っている2人は軽く恐怖を覚えながら彼の言葉を待つ。

 

「…リズ様が大体は報告してくれましたから会議は問題なく取り行えました。ルフレさんは前日まで調印で忙しくクロム様も長旅にお疲れでした。よろしいでしょう、今日はゆっくりとお休みください」

「い、いいのかフレデリク?」

 

意外な言葉に目を丸くし、2人で顔を見合わせてから恐る恐るフレデリクを見上げる。

彼は相変わらず微笑んでいたが、背後でこちらの様子を見守っていたリズが苦笑いしているのを見て嫌な予感がした。

 

「ええ、これから婚礼の儀で忙しくなりますからね。早速明日にはクロム様には国賓の手配と各国での催し物の打ち合わせ、ルフレさんには婚礼衣装の採寸や王妃としてのダンス、教養レッスンがございます。ここ数カ月のスケジュールを組ましていただきましたが…」

 

満面の笑みを浮かべるフレデリクが見せてきたびっしりと埋まっているスケジュール表に軽く眩暈がした。空欄が見当たらない、遠目に見れば文字で真っ黒に埋まっている。

彼は確実に怒っている。そう察すると、クロムはルフレの手を握った。

ルフレは突然の行動に顔を少しだけ赤らめつつ、コクリと頷いてくる。

 

「…逃げるぞ、ルフレ」

「ええ!」

 

そう言うなり2人はくるりと背を向け絨毯の上を駆け出していった。逃げながらも互いに笑い合い、その姿は未来の聖王夫婦というよりも普通の恋人同士のようで、女官や近衛騎士達は温かく見守りつつ彼等の為に道を避けていく。

好奇心から事の顛末を見守っていたリズは「あちゃ〜…」と笑いながら首を竦めフレデリクの様子を伺ってみた。

 

「お待ちください、話はまだ終わっていませんよ」

 

緊急時以外は決して廊下を走らない騎士は背筋を伸ばしながら速歩で恋人達を追いかけていく。

しかしその顔は先程のようなどこか威圧感ある笑顔ではなく、安堵が伺える晴れやかで柔和な笑みを湛えていたのだった。

 

 

説明
断章時代クロルフ小説です。(ルフレさんに記憶があります)
支援A→強制結婚しようとしたら寸止めなクロムさん。口調は私、敬語。
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クロルフ FE覚醒 

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