星守の祈り
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「どうしましょう…」

 

ルキナは途方に暮れていた。

先程までルキナの服をオレンジ色に染め上げていた日差しは陰り、一番星が寂しそうに輝いている。それまで暖かく包み込んでくれていた草花がひんやりとし始め、夢中になって木の実を拾っていた幼いルキナはようやく事態を理解し始めていた。

 

「おとうさま、おかあさま…」

 

いつも優しく包み込んでくれる両親を思い浮かべ、涙がこみ上げてくる。

しかしすぐにむっとした顔になり、ぶんぶんと頭を振るった。

 

―ルキナはお姉さんなんだ―

―ルキナはもうお姉ちゃんなんだから―

 

最近一日に一回は聞く言葉。

母に抱かれている弟が羨ましくてだっこをせがんでも、フレデリク達に制される。

父クロムも母と弟の傍にいて最近あまり剣術の稽古をしてくれず、リズも従兄弟であるウードを構っており遊んでくれることが減った。

 

みんな、マークのほうがすきなんだ…

 

侍女や兵士も、新しく生まれたマーク王子の話ばかりをし、ルキナだけ取り残された気分であった。

ルキナは王女という立場場歳の割には賢明で、それ故あまりしつこく遊んでほしいとも言えず、夜泣きが多いマークの相手に疲れ果てている母に泣きつけず、最近は一人で外遊びをしているのだ。

しかしいつもはルキナの動向に目を光らせているフレデリクは公務で外出しており、それを好機にといつもはいかない場所へと探検に行っていたら、いつのまにか迷ってしまっていたのだ。

どうしよう。

刻一刻と暗くなる世界に、自分に覆いかぶさる木の陰に焦りを感じるが城の者達はみつからない。

父も母も、マークの傍にいて自分がいなくなったと気付いていないに違いない。

ついには足下がみえ辛くなり、木の根に足をとられ転んでしまった。

冷えた草のちくちくとした感触と、膝の痛みに耐えかね、ついに我慢していた涙が零れおちた。

ないちゃだめルキナ。おうじょなんだから、…おねえさん、だから…

自分にそう言い聞かせるも、視界はますます歪んで、かみしめた口からは嗚咽がこぼれる。

おねえさんになんて、なりたくなかった。

マークがいなければ、母は今でも寝る前に本を読んでくれただろうし、大好きな父と稽古できたのに。

…そこまで考えて、ルキナの目からはぽろりと涙がこぼれた。

おとうさまも、おかあさまも、もうルキナのこといらないんだ…

止めようとしても、ぽろぽろと涙がこぼれてくる。

 

「どうしたの?」

 

不意に声をかけられ、ぐしょぐしょになった顔を上げた。

 

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「こんな時間に外にいたら、風邪をひくよ」

 

おとうさまに似ている。しかし、おとうさまにしては背が低い。

青紫に染まった空の下、藍色髪の青年が手を差し伸べてきた。

フレデリクが知らない人に話しかけられてもついていっては駄目です、としつこく言ってくる為一瞬ルキナは躊躇った。だが、クロムとどこか雰囲気が似ている青年であること、一人で心細くなっていたこともあり、素直に彼の手をとってしまう。

 

「…あなたはだれ?」

 

黒い仮面をつけた青年は、しばし沈黙する。

おとうさまにも似てるが、もっとよく知っている人に似ている?

ルキナは不思議そうに首を傾げ、綺麗な形をした唇を見つめていると、青年は慌てて顔をそむけた。

 

「…僕は、マルスだ」

「マルス?おーじさまの?」

 

マルスという言葉を聞き、ルキナは目を輝かせた。

おかあさまが寝る前に読み聞かせてくれた王子様の名前。

悪竜を倒した大昔の偉い人。彼が竜を倒した剣が、おとうさまの持っているファルシオンだと聞いたことがある。

確かに仮面以外はおとぎばなしのマルスとそっくりで…幼いルキナは気付いてなかったが、このマルスもまた、神剣ファルシオンを携えていたのだ。

憧れの王子様が会いに来てくれた。ルキナが涙を忘れ、頬を紅潮させる半面マルスは少しだけ仮面の奥で罰が悪そうな顔をした。だがすぐに口元に秀麗な笑みを浮かべると姫君に向き合う。

 

「君が怖い竜にさらわれないよう、迎えに来たんだ。父君と母君が心配している」

城まで送ろう。そうマルスは囁き歩き出そうとするが、父と母と聞いた瞬間ルキナは先程まで泣いていたことを思い出しうつむいてしまう。

 

「いけません」

「何故?」

「おとうさまとおかあさまは、ルキナのことなんてだいじじゃないんです」

 

城にいる小さな弟のことを思い出し、ルキナは頬を膨らませた。

城に帰ったら、またおねえさんなんだからと叱られてしまう。おとうさまとおかあさまも怒っているかもしれない。ひょっとしたら、もうルキナと遊んでくれないかもしれない。

思い出したらまた涙がこみあげてきた。マルスの指をぎゅっと握り、いやいやと頭を振る。

 

「そんなことはないよ、二人は君を大切に想っている」

「だって、マークばっかり…おとうさまはけいこしない、おかあさまはほんをよんでくれない…」

「なるほど、そういうことか…」

 

懐かしい。そう小声で呟いたが、しゃくりをあげる幼いルキナには聞こえない。

自分にもそんな時期があったのだ。

母の腕に抱かれ、父が生まれたばかりの弟を無愛想ながら笑わそうとしている姿を、むくれた顔で遠巻きに見ていたあの頃。両親の愛情を奪われるかもしれないという無意識の恐怖に襲われ、よく城を飛び出していた。

寂しかったのは事実である。しかし、絶望の中を駆け使命を果たした今、それはとても尊い思い出となり、胸の奥で輝き続けている。

泣いている幼い自分を見て、その思い出の欠片がちくり、と心を刺してきた。

今泣いているこの少女の両親は救われた。しかし、自身の本当の両親はー…

 

「じゃあ僕が少しお話をしてあげよう、小さな姫君」

 

ルキナに視線をあわせるよう、マルスは膝をつき肩を持つ。

涙に潤みながらもしっかりと聖痕が刻まれた青い瞳が、こちらをきょとんと見つめてくる。

 

「おはなし?」

「そう、悪い竜を倒した王様、そしてそれを助けた軍師の物語だ」

「ぐんし?おーじさまのおはなしじゃないの?」

 

ルキナが泣きやんだことを確認し、マルスはゆっくりと語り始めた。

 

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そう昔じゃない話。君がまだ赤ちゃんだったころ。

あるところに、王様と、彼を手助けする良い軍師がいました。

二人はとても仲良く、イ―リスの平和を見守っておりました。

しかし心優しい軍師は、実は悪い竜だったのです。

悪い竜は倒さなくてはなりません。悪い竜は王様と仲間を呑みこみ世界を真っ暗にしてしまうからです。

良い軍師は王様をふりきって、悪い竜と共に消えてしまいました。

こうして悪い竜は倒されました。しかし、王様はとても哀しみました。良い軍師は、その身と引き換えに世界を平和にしたのです…

 

「なんでぐんしはきえちゃうんですか?ファルシオンがあればたおせるんでしょ?」

「王様はそうしようとしたんだ。でもね、そうすると悪い竜がまた生れてしまうんだ。

君の子供の子供の子供…随分先になるけど、また悪い竜が出てきてしまう

軍師は未来を守る為に消えたんだ。」

 

ルキナの知っているおはなしとちがいます。そう呟いて姫君は難しそうな顔をした。

単純明快な物語しか知らない子供にはまだ早かっただろうか。マルスは苦笑いすると、「でもね」と付け足す。

 

「哀しむ王様の下に、消えたはずの軍師は戻ってきた。何故だと思う?」

「?」

 

真剣にわからない、そんな顔をしたルキナに、…まだ幼い別世界の自分に微笑みかける。

 

「軍師にはね、王様がいた。仲間がいた。そして大好きな人との間にできた子供がいた。

その人たちが帰ってきてほしいと願ったから、軍師も、その人たちの下に帰りたいと思ったから帰ってこれたんだ。絆の力で奇跡が起きたんだ」

「きずな?」

「そう、絆。王様の下に、そして君の下に帰りたいから戻ってきたんだ。軍師ルフレは」

 

おかあさまだ!驚きの声を上げるルキナに頷くと、マルスは小さな手を包み込む。

この手は若い父の亡骸に触れることはない。母の姿をした邪龍に剣を向けることはない。

希望に満ちた世界で老いた父に譲られたファルシオンを握り、母に教えられた知識で民を導くことになるのだ。

…少しだけ羨ましいと思った。しかし妬んでも仕方がない。

例え元の世界に帰ることが出来なくても、自分にはこの世界の為にまだ出来ることがあるはずだ。

もう一つのファルシオンを使って、陰でこの世界の平穏を守ることが出来る。

 

「君に会いたいと願ったから、君の母君は帰ってきたんだ。父君も、君を守る為に悪い竜と戦った。勿論、君の弟も大事だろう。でも、二人とも君を想っているんだよルキナ」

「…ほんとに?」

「本当さ。英雄は嘘をつかない。その証拠に、ほら」

 

ルキナの耳に手を沿え、耳をすますように促す。

城がある方角が騒がしいことに気付いたルキナは、目を丸くして見せた。

 

「二人とも、今頃君を探して大慌てだろうね」

「おとうさま、おかあさま…」

 

ルキナはさくらんぼ色の唇を噛みしめる。両親に会いたいという気持ちと、怒られるかもしれないという罰の悪さがせめぎあう。

 

「そんなに心配しなくても大丈夫。二人とも、怒りやしないよ。むしろ駆けよって苦しいくらいに抱きしめてくるに違いない」

 

フレデリクがしばらく目を光らせてそうだけど。

自分自身の幼い記憶がくすぐったくて自然と笑みをこぼしてしまう。しばらく幼いルキナは忠実な騎士につきまとわれ、不機嫌になることだろう。

 

しばらく悩むように瞳を揺らしていたルキナであったが、かすかに聞こえた声にぴくりと肩を震わす。

 

「おとうさま…」

「ふふ、君を呼んでるよ」

 

お城までエスコートさせていただきます、姫君。

絵本の王子のようにルキナの手を取る。涙に濡れた瞳と視線が合う。

こくり、と頷くのを確認すると、マルスは子供に合わせるようゆっくりと歩き出した。

目指す場所は、新しく空いた壁の穴。

戦いが終わった後、幼い自分と稽古をしたときに父が作った大きい穴があるはずだから。

 

 

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「おとうさま!おかあさま!」

「ルキナ!ああ、無事でよかった…」

「俺が作った壁の穴からでてったのか…通りで見つからないわけだ」

「通りじゃないですクロムさん、壊したら修繕を頼むよう私は何回言えばいいんですか」

「いやー…すまない。ルキナも、ちゃんと俺がみてやればよかった」

「…いえ、私こそマークにかかりきりで。ごめんなさいルキナ、貴女に寂しい思いをさせてしまいましたね」

「ううん、ルキナ、おねえちゃんですから。それに、マルスがね、あいにきてくれたの!」

「マルス?」

「うん、マルスがね―…」

 

 

 

遠ざかる親子の声を聞きながら、ルキナは漆黒の仮面を外した。

ジェロームにもう一つと借りていた仮面が役に立った。両親は気にするなというが、やはり現代の自分へ不用意に干渉してはいけないと戒めている以上姿を偽る必要がある。

それでも知っておいてほしかった。例えギムレーがよみがえることのない世界だとしても、失ってから知る愛を伝えておきたかったのだ。

 

「いやールキナさんの名演技、噂には聞いていたんですが素晴らしいですね!」

「…見ていたんですか、マーク」

 

趣味がいいとはいえませんよ。そう咎めると、しげみからひょこっとマークが顔を出した。

記憶が一向に戻る気配のない弟は悪気のなさそうな笑顔を浮かべ、「父さんと母さんが結婚する前の、伝説の姿をみれてよかったですよーかっこよかったです!よ、色男!」と褒められてるのかけなされているのか分らない事を言っている。

「マーク…貴方が生まれたばかりの自分に会いたいというからこんなことになったんです、仮面が無かったらどうなってたかわかりますか」

「そうなんです!僕、すっごく可愛かったんですよ?!覚えてなくて残念だったから見れて良かったです、あ、赤ん坊の頃は誰でも覚えてないですねアハハ」

「…こちらの話を全く聞いてないですね」

 

僕もその仮面をつけて自分の前にかっこよく登場してみたいです!と相変わらず好き勝手なことを言ってくる弟にルキナは叱る気も失せて苦笑してしまう。

今でこそ底抜けに明るく自由なマークだが、ギムレーが蘇った世界では無理矢理イ―リス王子としてはりついた笑顔を浮かべ、ついには戦乱の中姿を消してしまった。そのことを知っている以上、ルキナは中々マークを叱れず、ついつい甘やかしてしまうのだ。

もう少し経てば、こちらのルキナも言葉を覚えたての弟に手を焼かされることになるであろう。

そんな微笑ましい光景は、かつて自分自身も体験したものだ。二度と戻ることができない、大切な思い出。

 

「さ、ルキナさん、目的も果たしましたし宿に帰りましょう!僕おなかペコペコです」

 

相変わらずルキナの感傷も気にせず、自由気ままなマークが手を差し伸べてくる。

弟の手はいつのまにか自分よりも一回り大きくなっていて、思わずルキナは目を細めてしまった。

確かに本当の両親も、弟も、守るべき国も失った。でも今、両親達がつかみとった希望の世界には家族がいる。そして、輝かしい未来が待ち受けているもう一人の自分がいる。

ルキナの中でギムレーを滅ぼす誓いをしてから止まっていた時は、ようやく動き始めたのだ。

 

「そうですね、帰りましょう」

 

振り返り、父が壊した穴をみつめる。

その穴の向こうで幼いルキナと遊びながらこちらに微笑みかけてくる両親を確認すると、マークの手を取り、ルキナは柔和な笑みを浮かべて星に照らされる森を歩きだした。

 

説明
クロルフ前提の本編犠牲ED後、マーク誕生時のルキナのお話です。
子供ルキナとマルスの出会い。
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マーク クロルフ ルキナ FE覚醒 

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