あんたなんか大っ嫌い……だけどそばにはいなさいようね! |
「なんだよ…これ」
青々と茂る木々が風に揺らいで心地よい音を奏でているが、今の俺にはそんな音もグランドから聞こ
えてくる人の声も廊下を伝って反響してくる音も耳に入ってはこない。臓器を手で鷲掴みされている
ような圧迫感を感じ、体は小刻みに震え、顔からは止まることなく汗が流れ続ける。視点はただ一点
を、手に持った一冊のノートを見つめ外さなかった。
「ただの冗談で書いたものなのだろうか……いや、それにしては内容が具体的過ぎるし念入りに計画
が組まれている。しかし、何故このようなものを」
口から発するのも憚られるほどの冷徹で残酷な内容を記したノート。誰が何のためにこのようなもの
を書いたのかはいくら考えたって分からない。問題なのはここに書かれていることが本当なのか、実
際に実行されたもしくは現在進行形で行われているかどうかだ。
これを書いた本人がどんな意図で作成したかは分からんが、人前で見せられるほどの笑えるような内
容ではないし本人もそのことを望んでいないだろう。何故ならばここに書かれているのは徹底したイ
ジメ方法が記されているのだから。こんなものが教師に知られたら間違いなく生徒指導、最悪の場合
は退学もありえるのではないだろうか。あれこれと考えてもしっくりとくる答えが出てこない。ただ
言えることは、このノートの存在と内容を知ってしまった俺は非常にまずい立場にいることだけは分
かる。辺りをキョロキョロと見渡す。誰もいないことに気付き軽く息を漏らした。
「こんな物騒なことを書けるなんて、人の考えることは怖いもんだな。拳銃や刃物よりも人の悪意や
殺意の方が何倍も怖い凶器に思えてくるよ。今日から俺は高校生だ。誰もが憧れ待ち望んでいた青
春いっぱいの学園生活が始まろうとしてるんだ。わざわざ厄介事を抱えて台無しになんかしたくな
いぜ!触らぬ神に祟りなしってね、こんなもんさっさと捨てちま……って、えぇ!?このノートど
うすればいいんだよ!?」
この物騒なノートをこの場で捨ててよいのだろうか。これが俺以外の人の眼に触れられる恐れがある
善良な人が拾えば教師に預けることで事が収まると思うのだが……もしこれを拾った人が悪意の塊の
ような人間だった場合はここに書かれた正確無比の人間抹殺殺法を乱用するかもしれない。ならば、
ここは俺が教師のところに持っていくべき……なのだが、そのようなことをしたら取り返しのつかな
いことが起きそうな感じがして躊躇われた。理由は分からないが直感が危険信号を発している。
「いったいどうすればいいんだよ!?」
大声を出して叫びたい衝動に駆られたがギリギリのところで理性が急ブレーキを踏んでくれたおかげ
で心の叫びとして留め置くことができた。
「そもそも何で俺はこんなノートを拾っちまったんだ?ってか、何で俺はここにいるんだ?いやい
や、そもそも何で俺は生まれてきたんだ?何故に俺は女ではなく男なんだ?あれ?何について俺は
悩んでいるんだっけ?何だこの手に持っている摩訶不思議そうな冊子は?どれどれ、中身を拝見し
てみよう……って、馬鹿!俺の馬鹿!現実逃避しようとして頭がおかしくなっていく!」
左手にはノートを、目の前に鼻を曲げるほどの腐臭を漂わすものがあるかのように右手で鼻を摘みな
がらこのノートの処理について考え、ぐぬぬと口から漏らしてしまうほど俺は追い詰められていた。
傍から見れば奇妙なポーズでノートと格闘している変人と思われてしまうだろう。
「とりあえず安全な場所に移動してそこでよく考えよう。こんなもの持ち歩くこと事態が心臓に悪い
のだが致し方ない。ノートを持っているところを持ち主に見られたら、何されるか分かったもんじ
ゃない!」
背を丸め、ノートを胸の奥で深く抱き、辺りを気にしながら歩き始める。万引きでもしているかのよ
うな格好だ。ともかく安心できる場所へ、これを拾ってから心臓がバクバクいってる。落ち着かせな
いと……。
「ちょっとそこのあなた?」
「……えっ?」
顔だけ後ろに向けると、そこには一人の女性が腕を組んで立っていた。
説明 | ||
日本屈指の名門校として知られている十六夜学園に今年の春から通うことになった白夜。淡い想いを胸に秘めて、晴れやかな学園生活を送ろうと意気込むが、十六夜玲菜とぶつかった際に彼女が落としたノートを拾ってしまう。その中にはかつて十六夜高校から転校または退学していった生徒への冷徹で残酷極まりない仕打ちがきめ細かに書かれていた。このノートを拾ったことにより波乱の学園生活が始まる。 | ||
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