22 これが私達の始まりです。我が君
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●月村家の和メイド22

 

すずか view

 

 つい、いつもの癖でカグヤちゃんの部屋に来てしまった。殆ど何もない本だなと机とベットだけのお部屋。それでも最近は御菓子なんかが隠してあって、カグヤちゃんも私達と同じ子供なんだって思えるようになった。

 今日、カグヤちゃんはいない。

 身体の不調を感じたカグヤちゃん自身が、親戚の病院に行くって言ってた。だから、きっと明日には帰ってきて、元気な顔を見せてくれるよね。そしていつものように、言ってくれるよね?

『今は……、一人にしてください……』

 え……、

『一人にしてください……』

 やだ……、やだよ……

『ごめんなさい……っ! ごめんなさい……っ!』

 やだ! やだ! なんでこんな事思い出すの!?

 違うよ! 違う! だってカグヤちゃんは約束してくれた! だから大丈夫!

「一緒に……っ! ずっと一緒に居る!」

 私は枕を抱きしめて強く目を閉じた。

 不安で押し潰されそうで、カグヤちゃんのベットに潜り込んでしまう。

 でも、ここにカグヤちゃんはいない。そんなの解りきっているのに、それを体で実感するととても不安になった。ベットに一人で寝るのなんて久しぶりで、それが久しぶりなんだって事に今更気付いて、もっと寂しくなった。

「カグヤちゃん……っ!」

 いつからだろう? 私はいつからカグヤちゃんがいないだけでこんなにダメな子になっちゃったんだろう? ただ一日、居ないだけなのに……。たった一日……。

『―――にしないで……』

 思い出した。あの夜の日、カグヤちゃんが呟いた台詞。

「……、カグヤちゃんも、夢の中でこんな気持ちを味わったのかな?」

 分からないけど、でも、きっと同じくらい辛くて、冷たくて、嫌な気持ちだったんだよね?

 カグヤちゃんの枕に顔を埋め、寂しさを紛らわせようとする。

 その時、すんっ、と一つ鼻を吸った時に感じた匂いが、とても私を安心させた。訳の分からないまま、私はその安心する匂いを必死に嗅いだ。

 すん……、すん……、すん……、すん……。

 嗅げば嗅ぐほど安心して、夢中になって吸って、やっと気付いた。

 ああ……、これ、カグヤちゃんの匂いなんだ……。

 解った途端に恥しくなったけど、逆に嗅ぐ事を止められない。まるで自分が犬さんになっちゃったように、一生懸命匂いを嗅いで、嗅いで、嗅いで嗅いで嗅いで嗅いで―――、

 

 ガブリッ!

 

「あ、え……?」

 気付いたら、カグヤちゃんの匂いのする枕に噛みついていた。

 不思議とその時、誘拐事件の時の事を思い出した気がする。

 その意味は解らなかったけど、私が何をしているのかは解った。

 わたし、カグヤちゃんの枕に噛みついちゃったんだ……。

 恥ずかしかった。恥ずかしくて恥ずかしくて、情けなかった。大切な人の枕の匂いを嗅いで、それに噛みついてるなんて、まるで変態さんみたい……。

「なのに私……、なんでまだ枕の匂いを吸ってるんだろう?」

 何だか少しボ〜ッ、としてきた気がする。

 気分が変に昂ってくるような……?

「すん……、すん……、はぁ〜〜〜……、ちょっと匂いきついかも? カグヤちゃんもやっぱり男の子なんだよね……」

 あれ? カグヤちゃんて女の子じゃ? なんで男の子?

 ………。

 あ、そうだ。カグヤちゃんは男の子だよ。なんで忘れてたんだろう?

 男の子……。男の子の匂い……。

「すん……、すん……、すん……、すん……、すん……」

 何だろう?

 息が、荒くなる……。

 喉が、渇く……。

 頭が、ぼ〜っ、としてくる……。

「はあ、はあ、はあ、はあ」

 欲しい、ほしいよ……。ほしいの……。

「か、ぐ……や、ちゃん……」

 ガブリッ!

 

 

「……! わたし、何したの……っ!?」

 気付いたら、私はカグヤちゃんの枕を噛み千切っていた。

 自分が何をしてしまったのか解らなくて、酷く混乱して……、ただその時私の頭の中にあったのは、ともかくカグヤちゃんだけだった。

「カグヤちゃん!」

 私は、カグヤちゃんに会いたい!

 その時携帯の電話が鳴った。私はカグヤちゃんだと思って飛び付いたけど、そこに表示されているのは別の御友達の名前。

 それでも良かった。今はともかく、一人で居たくない。

「もしもし、はやてちゃん? どうしたの?」

 

 

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龍斗 view

 

 海鳴上空、検査中だったカグヤを管理局に残したまま、俺達はここに来ていた。

 例の『闇の書』の守護騎士達との交戦。なのはとフェイトは、それぞれカートリッジシステムを手に入れ、互角以上の戦いを演じている。それに対して俺はと言うと……。

「ぐうっ!?」

 脇腹に鋭い痛みを感じて、つい呻き声を漏らしてしまう。

「龍斗! 大丈―――ぐあっ!?」

 俺を心配して一瞬注意を逸らしたユーノが肩を切り裂かれて傷口を手で押さえる。

「ユーノ! 注意を逸らすな! 一瞬の隙を突いてくるぞ!」

「わ、分かった!」

 俺達は、目視できない暗殺姫を前に、二人がかりでなんとか抑えている状況だ。

 彼女、クヨウは最初はいなかったが、後からきたシグナムが結界を砕き、中に入ってきた時、持ち前の隠密スキルで一緒に忍び込んできていたらしい。おかげで、闇の書の主捜索のため、結界内を探していた俺達二人はこうして標的にされてしまった。

 だけど悪い事ばかりじゃない。結界内の捜索はできなくなったが、彼女の暗殺スキルを他の皆に向けさせずに済んでいる。もし乱戦状態で、このスキルをフル活用されたら、今頃半数がやられてしまっていただろう。

「っとはいえ、このクヨウって子、なんか戦い方が他の奴らと違うくないか?」

「龍斗もやっぱりそう思う? 僕も、彼女は他の騎士達とは違う気がしてたんだ」

「それは私が番外だからよ」

「「!?」」

 背中合わせで会話している俺達の後ろ(・・)から冷たい声が届き、俺はユーノに当たらないように気をつけながら刀を振り切る。しかし、そこには予想していた人物はなく、驚いた表情で振り返っているユーノがいるだけだ。

「私は騎士じゃないわ。主を護るため、主に仇なす敵を影から闇に葬る、悪役の担い手」

 再び俺の後ろから声がした。飛び跳ねる勢いで振り返ると、クヨウの手にある赤黒いナイフが俺に向かって突き出されている。頭を狙った必殺の一刀。

「チェーンバインド!」

 すかさずユーノが魔法で作った鎖を投げつけ、庇ってくれる。クヨウには当たらなかったが、俺は必殺の一撃を避ける事が出来た。

「悪役の担い手か……、デバイスも使ってない、使い魔ってのにも見えない、……まるで魔術師だな」

「魔術師? 心外ね」

 再びユーノと並び、言葉を運ぶ俺に、クヨウは闇の中から語りかけてくる。精神を強く持たないと心を呑まれそうだ。

(「ユーノ、サーチで探ったりできないか? 俺は気配探知が苦手なんだ!」)

(「やってるんだけど……っ! まったく引っかからないんだ! サーチを置いた方向から攻撃来たりもしてて、こっちの感知能力じゃレベルが違い過ぎて役に立たない!」)

 念話で作戦会議をするが、肝心の作戦がまったく浮かんでこない。これは地味に追い込まれている。

 魔術師は、一度対面した相手に対策無しで再び当たる事はない。その文句同様、俺もアンチステルス魔法を二つ用意していたのだが、その全てが無効化された。

 一つは己の魔力を最大限に利用した魔法による気配遮断。

 もう一つは、龍脈など、地形の気配を利用して紛れる道術系の隠密。

 だが、驚いた事にこの二つ。どっちも効果は発揮している。だが、相手は隠れている。これはつまり、相手がその二つの手段で隠れ、更に別の方法も同時に併用した状態で隠れている事となる。つまり、彼女の隠密効果を無効化するには、それら全ての隠密手段を洗い、全てを一度に無効化しなければならない。

 ……出来るかそんな事!? ってか、逆にそれだけの隠密技術をどうやって個人で発動してんだよ!? 人間にできる芸当じゃ―――!

「人間じゃ不可能……? だとしたら……!」

「知っているのなら隠す必要もないわね」

 声がしたのに合わせて、ユーノが全方位結界を展開する。もはや相手を捉える事を諦めたようだ。

 俺は防御をユーノに任せ、相手を捉えようと声の方に振り返る。

「私は……」

 視界に捉えた闇色の少女が、小さな口を動かして告げる。

「『人災』で生まれた、闇の書の新たな守護者」

「人、災―――!?」

 妖怪かよこの子!?

 驚く俺の前で、彼女は指先から黒く鋭い爪を創り出し、それをユーノが作った結界の一点にまとめてぶつけ、手を広げて僅かな隙間を作ると、その隙間に向けて黒い長剣で撃ち抜いてきた。僅かに作った亀裂を利用した強力な一撃に、障壁は簡単に砕けてしまう。

「黒刃斬夢剣!」

 だが障壁の破壊に僅かなタイムラグが生まれ、今度はカウンターの隙が出来た。この一瞬に霊力を込めた剣激を一気に叩き込む。

 しかし、その攻撃は、俺が想像していた軌跡とは異なる形で切り裂かれ、クヨウに命中する事無く、回避されてしまった。

「なんで―――!?」

「龍斗、肩!」

 俺の攻撃がずれた!? そう言いかけた時、ユーノの叫びを聞いて自分の右肩を見ると、何か銃弾みたいなもので撃ち抜かれた様な傷跡があった。それを確認してやっと、痛みが伝わってきた。いつの間にやられたのかは解らないが、この傷の所為で攻撃をずらしてしまったようだ。

 正面を見据えると、そこにはまだクヨウがいた。そして彼女の周囲では、直径十五センチくらいの長方形の鉄板みないな物が八つ程、空中で静止するように浮いていた。

「スキルエフェクト・バージョンU:『我が君の矢の狙撃手(アーチャー)』」

「……それが俺に魔弾を撃ち込んできたって事か?」

 どうやらあの板は、魔弾を射出する事が出来る様だ。気を付けないと四方から攻撃を受ける事になる。だが、アレは気配遮断がされていない。さっきのは攻撃の瞬間に合わせられて気付けなかったが、今度はそうはいかない。俺は肩の痛みを無視して剣を構え直す。

「……、このままでは埒が明かないわね」

 そう言うと、暗殺姫は空中の板を両手に一本ずつ掴むと、初めて構えらしい構えをとった。その名の通り、優雅なる暗殺の姫君に相応しい、堂々とした構え。

「スキルエフェクト・バージョンT:『我が君の牙の従者(ファング)』」

 彼女の命令に従い、今度は板から赤黒い魔力刃が生まれた。その密度の濃さは、とても存在感を主張していて、今までの隠密を優先していた彼女の戦い方には向いていないように思えた。力押しで来るなら好都合。こっちも霊力を供給している以上、相手が焦って力押しに来てくれるのなら、勝ちの勝率はグンッと上がる。

 などと思った矢先、突然クヨウの姿が消え――そう思った時にはすぐ目の前に現れ、剣を掲げていた。

 咄嗟にクイック・ムーブで後ろに回避する中、俺はどうして相手を見失ったのか考える。瞬間加速? いや、それなら僅かでも加速のための微動が見えるはずだ。俺はそう言うのを見抜くセンスはある。なのに全く感じなかったという事はないはずだ。そもそも俺は『見えなかった』んじゃんくて、『気付かなかった』んだ。動きは見えていた。相手は確かに踏み出していた。だけど、『いつ目の前に来ていたのかが解らなかった』。となると……。

「歩法か。相手に『接近してきている』という事実を認識し難いよう、相手の意識が逸れている視界の隙を縫う様にして移動する。たぶんそう言った技術だろう?」

「ええ、身を隠す事だけが暗殺姫の力ではないの」

 厄介に厄介が重なる。『身を隠す』戦い方にも対処しきれていないのに、『その身を晒していながら解らない』戦い方までされてはどうしようもない。しかもこっちは二人がかりなのに……。

 焦りを覚えながらも、俺はユーノと念話しながらなんとか戦おうとする。せめて、彼女がなのは達に攻撃の矛先を向けないように。

 

 

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クヨウ view

 

 本来、暗殺姫を名乗る身として、姿を晒したままの戦いは最後の手段にしておきたい物だった。それでもこの戦法をとったのは、積極的に攻める事がしやすかったから。

 先程ザフィーラから送られた念話で、シャマルが捕まったかもしれないという報告が入った。だから私は、本来の役目、『悪役』を演じてでも、この戦いを乱戦に持ち込み、各個撃破しなければならない。そうしなければ少なくとも仲間を一人失う事になる。

 繰り出す刃の連激で、サポート型の男の子は目に見えて限界に近い。もう一人の刀の男の子は、龍脈から霊力を補給しているらしく、かなりのスタミナと出力を維持している。おかげで私も、積極的に攻める戦術をとっていながら、中々決着を付ける事が出来ない。

(「皆! 今から結界破壊の砲撃を撃つわ! 上手く躱して、撤退を……っ!」)

 シャマルの声!? どうやら捕まってはいなかったみたい。それなら、ここで無理に戦う必要はないわね。

 結界内の全員がそれに答えると、頭上から黒い雷を模した巨大な魔力砲撃が炸裂し、巨大な結界に罅を入れた。

 これに気付いたサポート型の男の子は、防御の魔法を構築しようとし、刀の男の子はそれを護る位置に自然に移る。きっと本人も無意識化の行動だろうと言う事は見てとれる。

「……改めて、ボルケンリッター番外、黒の暗殺姫事、人災と呼ばれる妖、クヨウ。同じ地で生まれし少年。あなたの名は?」

「龍斗。今は東雲龍斗だ」

「憶えておきます」

 私はそう伝えると闇の中に身を隠し、最後告げて去ります。

「龍脈を使えるのなら手を貸してあげなさい。あなたの魔力なら可能なはずよ」

「は? え?」

 私の言葉が意外だったのか、彼は酷く混乱しいるようだった。

「皆!」

「クヨウ! 急げ!」

 我が将に言われ、私は全員の手を取るとステルスを発動する。

 騎士ではない自分が、騎士と共に協力する事に少し違和感を覚え、今更可笑しくなりながら、私は皆を闇のベールへと隠すのだった。

 

 

 無事我が君の家に帰る事が出来た私達は、それぞれ申し訳ない表情になっていた。っと言うのも、我が君とのお約束である。皆でご飯を食べると言う命を破ってしまったからだ。

「もしもしはやてちゃん? 私です。シャマルです。はやてちゃん、本当に、本当にごめんなさい」

 シャマルが電話口で我が君へと謝罪の言葉を続ける。現在我が君は、御友人である、月村すずかの家に居るのだと言う。本来なら此処、八神家で皆が御鍋をする予定だったと言うのに、とんだ非礼をしてしまった。

「はい、それじゃあヴィータに……」

 どうやら電話はヴィータに変わった様だ。我が君の事、おそらくは皆の声が聞きたいと言うのもあるのだろう。

 ベランダでその声を聞いていた私の元に、申し訳なさに耐えられなくなったのか、シャマルがやってきた。

 私は戦闘で火照った体を、夜風に当たる事で冷ましていたがシャマルの場合は無意識の気分転換なのだろう。私の隣に無言で立つと夜空を見上げた。

 本来私は番外。騎士達と慣れ合うことはしないはずの存在。だけど、私は不思議なことに、自然と彼女に話しかけれるようになっていた。

「寂しい思いを……させてしまったわね」

「うん」

「それにしても、あなたを助けた男、一体何者だったの?」

「解らない。少なくとも、当面の敵ではなさそうだけど……」

「管理局の連中も、これでますます本腰を入れてくるだろうな」

 私達が話していると、後ろから現れた我が将がそう忠告してきた。

「あの砲撃で、だいぶページも減っちゃったし……」

「だが、あまり時間はない」

「ええ」

「一刻も早く、主はやてを、闇の書の真の主に……」

「そうね……」

 我が将の言葉に、私達は交互に頷く。

 その後我が将は、我が君が伝えたい事があるとかで、室内へと戻って行った。残った私とシャマルは、二人して夜空を見上げ続ける。

 私は目を瞑り、過去の出来事を思い返していた。

 

 

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 ヴォルケンリッターはそもそも感情などはない、闇の書のプログラム。守護騎士。主の為に自分の命も投げ出す精巧な人形。加えて、私は更に異質。この土地の龍脈が歪んだことで発生した『人災』、この世界では俗に『妖怪』と言われる存在だ。

 私は肉体を形成し、この世界に顕現する筈だった。おそらくは、今作られているこの人型ではない、もっと悪意に満ちた『形容し難き物』に。だが、それは龍脈に轟く御神楽の舞によって浄化され、消える事となった。しかし、私は消える事も出来なかった。御神楽を行った人物が、準備不足だったのか、儀式が半端な形で成立してしまったためだ。私は消えることなく、現れる事も無く、『一つの悪意の形』として漂っていた。そして、とあるプログラムによってそれは拾い上げられ吸収された。それが闇の書。

 私は闇の書の防衛プログラムによって新しく書きかえられ、意思を持つ一つの存在として作られた。それが現在の私、ヴォルケンリッター番外、黒の暗殺姫、クヨウ。その身が担うは『悪役』。騎士達のヴォルケンリッターが公で戦い、主を護る剣と盾なら、私は毒、主に仇なす物を影から迫り闇に葬る毒その物。

 『一つの悪意の形』から生まれた私には似合いの立場。そして役割。きっと私は生まれても、先に生まれた姉君兄君達には好かれる事はない。それが当然の知識として、インプットされた。

 好みの戦い方は『歪み』から、味方と役割については『プログラム』から教わった。

 そして生まれた私は、ヴォルケンズと共に、初めて主の前に座す事となった。

 私は自分が番外である事を弁え、最初の顔合わせを終えた後、主の影に隠れ、必要とあらば闇より移動し、敵を暗殺する。そう言った影の従者となるつもりでいた。

「……気絶してるように見えるんだけど?」

 我が姉の一人、ヴィータの言葉を聞いた時、正直気が狂いそうだった。『悪意の形』である自分にとって、こんなふざけた主との対面は、あまりにも常軌を逸していて、まるで理解が及ばなかった。影に隠れる事も忘れ、姉君兄君と共に、我が君をこの土地の病院へと運ぶ。私はこの地の『歪み』から生まれた。そのためこの土地の地理と知識明るかったが、………まさか最初の使命が驚いて気絶した主を病院に連れていく事だとは思わなかったけど。

 病院についてから、我が君、八神はやてが目を覚ましたところ、なんとも苦しい言い訳で乗り越える事になった。私は他のヴォルケンと違い、その身にステルスのスキルを持っている。故に、常に彼らと行動を共にしながら、周りの視線には、私は捉えられていなかった。

 我が将が念話で主に命令を促した時も、私は静かに気付かれずに全てを迅速に鎮圧できる旨を伝えたが、「絶対ダメェッッ!!!」と大音量の思念で止められた。

 死者を出す事が逆に面倒になる事もある。私はそれを知っていたので弁えた。それでも闇の書にインプットされた知識からして、先代の主達と比べて、彼女は少し変わっているように思えた。

 それは、古株の姉君達からしても、同じようだった。

 

 

 今までの主と違うのはこんな些細な事に留まらなかった。

 厳密には人ではない私達に、衣食住の提供を主としての責務として受け取っていた。私が思うに、それは主と言うより、『子に対する親の責任』のように思え、訳が解らなかった。

 しかし、私は影。闇の毒。故に私は、他ヴォルケンズが衣服に着替えている間も、ずっと一人、影に隠れ、主の敵となる物が現れるまで潜み続けた。……いいえ、そのつもりだった。

 それは、彼女達が食事を食べ始めようとした時。

「そう言えば、私の勘違いやなかったら、もう一人黒い髪のお姉さんがおらへんかった? なんか日本人としては親近感がわくような?」

 まあ、ベースがこの土地なの人間(日本人)なので、その感想は正しいのかもしれませんが……。

 この質問に対し、我が将シグナムは、闇の書のプログラムに新しくインプットされた私の事を説明しました。

「彼女はこの土地に来た時に新しく生まれた守護者です。ただ、彼女はその身が背負う名の為、妄(みだ)りに姿を現さないのです」

「背負う名?」

「はい『黒の暗殺姫』彼女は騎士にあらず、主の命で敵を影から闇に葬る暗殺者なのです」

 我が将は、誤解の無い正確な情報を開示し、しかしどこか私を嫌うような口調で告げました。

 無理からぬこと。誇りあるベルカの騎士にとって、新参者であり、暗殺を主とする影の守護者は『汚名』その物。騎士達にとってはあまり好ましい相手とは言えないでしょう。

「そうなんか〜〜……? それでもご飯は皆で食べなあかん! その子にも出てきてもらわな!」

「え? あの……?」

「シグナム! その子の名前は?」

「え? はい、クヨウと言うそうです」

「クヨウ! 何処におるん? すぐに出てきて!」

 主に呼ばれた以上、私もステルススキルを解除して姿を晒します。

「常にここに」

「おわっ!? すぐ後ろにおったん?」

「話は傍で聞かせてもらいましたが、我が君、私は影に潜むが使命、このような気遣いは―――」

「ほな皆揃ったし、ご飯にしよか? ほら、クヨウも早く座りい?」

「え? は、はい?」

「ほらほら♪」

 我が君に半ば強引に押され、皆と一緒に食事をとる事となってしまいました。悪意の塊から生まれた私としては、この状況に耐えかね、何度もこっそり気配遮断を行ったのですが、それに気付いた我が君が、その度に「クヨウはまた勝手に消えて! この家でステルススキル使うの禁止! これは主としての命令やからね!」と怒られてしまった。さすがに命令と言われては意固地になるわけにもいかず、何だか居心地の悪い気分を延々味わう事となった。

 

 

 姉君達が我が君から騎士甲冑を賜って数日、その事件は我が君の知らぬ場所で起きた。

 それは、私が己に課された使命を果たそうとした時だった。

「何処に行く気だクヨウ」

 外出しようとした時、我が将に呼び止められた。家では隠密スキルを使わないと言う命令を護っているが故の失態だった。

「この土地には、我が君の敵となりえる組織が一つあります。それを消しておこうと」

「いらぬ気を回すな。主は我々に戦いを望んでいない」

「……、私は自分の役割を果たすだけ」

「主の望まぬ事を、お前は率先してやろうと言うのか?」

 私は構わず外に出る。出てしまえばステルスを使う事の許可は受けている。

 予想通り、我が将は追いかけてきて、私の肩を捕まえる。

「待てと言っている! 何故そこまでして自ら戦おうとする!」

「なぜ? そうね、あなたにとっては『何故?』で済まされるわね」

「?」

 私は掴まれた肩越し、半身に振り返り、我が将を見据える。

「あなたをプログラムによって追加された私の事は、『知識』として『インプット』されているわよね? だったら私が生まれた理由も解っているでしょう?」

 私は龍脈の歪みから生まれた『悪意』その物。故に私は『善意』を理解できず、悪意を悪意で持って殺す事が出来る。必然的に、それは味方からも悪意を向けられる事となる。決して味方を裏切る事の無く、血の泥にまみれ、悪意と言う衣を纏い、邪魔者を闇に葬って行く。そんな『悪役』が私の唯一の使命にして存在理由。

「姉君達には『過去』がある。今まで過ぎ去ってきた経験と言う糧が……。でも、それは私にとっては『インプットされた知識』でしかない。私が生まれたのは今回が初めてで、目的は一つ。『過去』のあるあなた達には『現在』を選ぶ事が出来ても、生まれたての私には選べる『時間』が無いの! それなら、私が真っ先に行う事は、己に課された『役割』だけ!」

 赤ん坊は生まれてすぐに損得を考えない。考えられるだけの頭が無い。だが、それでも生きるために食事と睡眠と言う、最低限の『目的』を果たそうとする。それは、それ以外に選択肢と言う『過去』を持っていないからだ。それ故に赤ん坊は自分の頭で考えられる『生きる』と言う『目的』だけを果たそうとする。それは知識を与えられていても同じ。

 なら、生まれたての私の『目的』とは何か? それが私に課された『悪役』。

「だから主の命に逆らうと言うのか?」

「『悪役』を演じるため、私は時に主の命に背く事が出来る。それも知っているはずよね?」

「……私は主のために、主の意に背く行為は見逃せない」

「所詮私達は騎士(ナイト)と暗殺者(アサシン)……、こうなるのが普通なのかしらね」

 我が将の手を払い、振り向いたまま三歩退がる。

 我が将も察したらしく、いつでも対応できるよう腰を沈める。

 刹那、私の右手に作り出したナイフを目の前にある(・・・・・・)懐目がけて突き出した。

「なっ!?」

 驚愕の表情を模ったシグナムは、それでも私の一撃を避けて見せた。

「驚く必要はないでしょう? 私の能力は知っているはずよね?」

「いや、充分に驚嘆モノだぞ? 見えていたはずなのに(・・・・・・・・・・)接近されている事を意識出来なかった(・・・・・・・・・・・・・・・・・)」

 暗殺歩法、不知火。小刻みに残像を残す事で距離感を狂わせる、見えているのに距離感が解らなくなる移動技。それでも見えている以上、熟練者には攻撃の瞬間の動きに気付いて、躱されてしまう事もある。

 だが、これは私の奥の手。本来の私の戦闘技術ではない。

 続いて私は横に逸れつつ、小刻みに残像を残し移動していき―――、

「!」

 私を見失ったシグナムの背後から手に作った魔力のナイフを、無防備な背中に突き込む。しかし、これもしゃがんで躱され、足払いの反撃まで繰り出された。後ろに跳んで躱し、再び距離をとって様子を見る。距離は三メートル。互いに踏破できぬ距離ではない。

「暗殺歩法、陽炎。よく躱せましたね?」

「……、なるほど。小刻みに残像を残しながら、相手が残像に視線を固定させている内に瞬間加速をする事で、消えたように見せるか……? 解ったところで目の反射が逆らう事も出来ずに残像を追ってしまい、見失ってしまう」

 そう、縦に残像を残せば距離感を、横に残像を残せば対象を、相手は見失ってしまう。

 この技術がある上で、完全な気配遮断が出来るからこその『黒の暗殺姫』。

 そして―――、

「これがあるからこそ、番外とは言えヴォルケンリッター」

「!?」

 咄嗟にシグナムが横に逃げると、その少し後に、先程シグナムがいた場所に三本の赤黒い刃が突き立てられる。これが私の本当の武器。ヴォウケンズの一員を名乗れる証となりうる武器。

「スキルエフェクト・バージョンT:『我が君の牙の従者(ファング)』」

「空中操作できる分離ユニット、しかも斬激を使うか。下手をすると地面に縫い止められるな」

「ええ、だから気を付けないと?」

「!?」

 シグナムの背後に周っていた私は、そのまま手に作った剣を振り降ろす。

 高速回避をして避けたシグナムだが、同時に不知火での接近中に陽炎を使い、こちらの存在を誤認させ、移動に躊躇した無防備なシグナムのお腹に、ナイフを一本突き立てた。

「ぐっ!?」

 だが、ナイフを引き抜こうとした私の手を取ったシグナムは、そのまま背負い投げでもするように、私を地面に叩きつけた。そして、……そこで彼女は動けなくなった。

「ふっ……、まだあったのか、このユニット」

「二十四本。それがあなたの言う分離ユニット、『復讐者(アヴェンチャー)』の総数よ」

 彼女の足にはそれぞれ一本ずつ、先の魔力刃が地面に縫い止めるように突き刺さっている。腕を掴まれ、投げられている間に突き刺したのだ。

 私は起き上ると、手にナイフを創り出し、もはや動けなくなっているシグナムへと近づく。シグナムは当然動けず、私は容易くその首にナイフの刃を向け―――、すぐにしまった。

「なんで剣を抜かなかったの? 気配完全遮断のスキルがあるとは言え、私はヴォルケンズの末席。将であるあなたには敵わない。剣を持てばその前提は揺るぎようがなかったはずでしょう?」

「我々の仕事は、家で皆仲良く暮らすとだそうだ」

「はい?」

「我らが主の願いだ」

 シグナムはそう言いながら、貫かれた足の痛みに耐えながら、それでも可笑しそうに笑みを漏らす。

「剣を抜けば、確かにお前に負ける事はないだろう。だが、お前のスキル故に、手加減する事は難しい。万一お前を殺してしまうような事があれば主はやてが悲しまれる」

「それで剣を抜かず、末席の私などに敗北したと言うの?」

「素手でも抑えられると思い上がった事には、言い訳もしようが無いがな」

 こんな状況にも笑って言うシグナムに―――、いえ我が将に、私は仕様が無い様な溜息を洩らします。

「いくら我が君のためとはいえ、そこまでしますか?」

「ああするさ。我らを家族として扱ってくださる、あの方にだからこそ……」

「家族……」

 我が将の言葉に、頭の中で何かが触発された様にビジョンが痛みと共に通り過ぎた。思わずその痛みに額を押さえ、跪くと、我が将の心配そうな声が飛んできました。今まさに自分を物理的に縫い止めている相手を心配などする必要もないでしょうに。

「大丈夫です。少しノイズが走っただけです」

「ノイズ?」

 私は立ち上がってから我が将に向き直り説明する。

「私はこの地の歪みから生まれた物。つまり、この土地の悪意。だから私の思考は悪意に満ちているし、全てが悪意を優先して思考される」

 っと言っても、闇の書のプログラムで、主を護るための知性を追加されたため、多少聞き訳が良く出来てしまっているのだけど……。

「ですが……、同時に私には御神楽で清められた時に生まれた『悪意とは別の何か』も一緒に備わっているわ」

「『悪意とは別の何か』?」

「私の中では『無念』とカテゴライズされているわ。悪意で無い思考は私にとっては不純物だから、それを思い出す時に『ノイズ』と言う形で処理されるわ」

「それが、さっきのか?」

「……そのビジョンには、とある女性が弟を可愛がっている姿があったわ」

 私は質問には答えず、自分の見たビジョンについて語る。

「とても大切だったのでしょうね。自分が死ぬと解った時、その子を一人残す事に、とても辛い『無念』が残った。……私には悪意で無い思考は良く解らないけど」

 そう言いながら、私は、我が将を縫い止めている魔力刃を消した。

「彼女の『ノイズ』のおかげで、家族の愛情は理解できるわ」

「クヨウ」

「その、……私には、まだ解らない事が多いから、まだ素直に姉君達と同じようにできるとは思えないわ。……努力はしてみるけど」

 自信の無さから視線を逸らしてしまいながら、私はそう呟くと、我が将は満足そうに頷いた。

「そうか、ならそれでいい。正直私も戸惑っていた。一緒になれていけばいい」

「そう。ならそうするわ。他の方法なんて知らないから……」

「ああ、それでは戻るとしよう。こんな所を主に見つかっては言い訳もできん」

「あの……、傷、ごめんなさい。私の戦い方は『必ずどちらかが死ぬ』物だから……」

「このくらい構わん。だが、主には見つからないようにしなければ」

「その傷、自然治癒しないのよ。私の能力で」

「な、何!?」

「ごめんなさい。シャマルに頼んで治してもらって」

「まあ良いだろう……」

「それと、もう一つ……、この事は我が君には―――」

「言うわけがないだろう。喧嘩などしていたと知ったら、あの方は随分お怒りになる」

「そうよね……」

 騎士と暗殺者。

 本来誇りが重ならない私達が、こうして互いに肩を並べる始まりを得られたのも、もしかしたら、我が君のおかげなのかもしれない。私も、少しだけ自分から主に近づいてみようと、考えるようになった。彼女の温かさは、きっと私の中に在る『ノイズ』を、『ノイズ』ではない何かに変えてくれるような、そんな気がしたから……。

 

 

 しかし、私は現実を知っていた。それがとても理不尽であると言う事を。

 だから、我が君を苦しめる病が、闇の書の抑圧された魔力が原因であること、私達の維持のために少なからず魔力を消耗している事も無関係でない事、それを知っても冷静ではいられた。

 ただ、傷つかずにいられたわけではない。

「方法はないのですか? 我が将?」

 闇の書に関して、あまり詳しくない私は、そう質問するしかない。そして帰ってきた答えに、私も、他の姉君兄君達も皆、賛同する事になった。

「主を蝕んでいるのは闇の書の呪い」

「はやてちゃんが、闇の書の主として真の覚醒を得れば―――」

「我らが主の病は消える。少なくとも、進みは止まる」

「我が君の未来を血で汚すわけにはいかない。だから人殺しはしない。ですが―――」

「それ以外なら、なんだってする!!」

 こうして私達は、闇の書を完成させるため、我が君は内密に、闇の書の完成を目論む事になった。

 不出来な守護者の、たった一度の『不義理』。

 

 

説明
今回カグヤの出番無し。
ヴォルケンズの過去編です。
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