【K】資料室室長の話
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「あぁ、あの人はいいんです」

 淡島の控え目な問いに宗像は手にした最後のピースを、パチリ、と填め込みながら、涼やかな声音でそれに応える。

 室長の言葉に否やを唱えることは極稀な彼女が、それでもまだなにか言いたげにしていることに、内心、おや、と首を傾げるも宗像は面には出さず、完成したパズルの表面を指先で、つい、となぞってからようやっと顔を上げた。

「型にはまった訓練など彼には無意味だということは貴女もわかっているでしょう?」

「それは……はい。室長の言わんとすることは理解しているつもりです。ですが……」

 組織としての規律に乱れが生じます、との大真面目な返答に宗像は緩く笑むや、眼鏡のブリッジを、くい、と押し上げる。

「そうですね、私の《セプター4》は淡島君のおかげで一糸の乱れもなく、よく纏まっています。──ですが、特務隊は個々の能力を尊重し、有事の際にはそれを遺憾なく発揮していただくことを目的としていますから、あまり締め付けすぎるのも良くないと思いませんか」

 現に私も、と唇に乗せながら執務机から離れ、執務室に設けられた茶室を模した一角に足を向けた宗像の背中を、淡島は顔を巡らせることこそすれただ黙って追う。

「仕事場にこのような物を作って好き勝手やっています。何事にも特例という物があるのですよ」

 底の窺えぬ笑みをたたえ、一服いかがですか、と言葉だけで招く王に優秀な副官は丁寧に礼の言葉を述べ、失礼致します、と静かに畳を踏んだのだった。

 

 

 カツカツ、と小気味よい靴音を響かせ廊下を行く淡島は、すっ、と伸びた綺麗な背筋に反して気持ちはやや下向きであった。

 先日の青の王を標的とした敵の作戦を阻止した後、そこで保護した子猫が旧資料室を住処と決めた事案は些末なことだ。問題とまでは言わないが正直解せぬと、淡島が宗像に投げかけた問いは、この資料室の室長である善条剛毅のことであった。

 宗像は彼を「特務隊に迎えた」と言った。現に作戦行動に参加し鬼神の如き働きを見せ、室長自らの指名で現場に随伴し、狙撃から見事王の身を守った。

 ブランクはあれど充分実戦でやっていけると、他の者に知らしめたのは記憶に新しい。これが若い隊員達の良い刺激になれば、と淡島も密かに期待したのだ。

 だが、彼の肩書きは未だに『庶務課資料室室長』のままなのだ。

 訓練に顔を出さぬ善条を不思議に思っていたか、それを知った日高が、なんだそりゃ!? と真っ先に素っ頓狂な声を上げたが即座に目だけで黙らせ、いい機会だからと淡島は動いたのだった。

 そして冒頭のやり取りへと繋がり、素焼きの碗を前に与えられた答えを思い返し、淡島は無意識のうちに眉間に皺を刻む。

 

 ──そうですね、彼のことは非常勤とでも思って頂ければそれで結構です。

 

 要は彼に出動要請をかけるか否かは、宗像が決めるということだ。

 これは特務隊とはまた別の、宗像の私兵ということにはならないだろうか? と難しい顔になってしまった淡島の前に、のそり、と現れた巨躯は、現在進行形で淡島を悩ませている善条剛毅その人であった。

 ゆるり、と流れるような動作で意思なく踊る左の袖を淡島に当たらぬようさり気なく押さえ、善条は彼女の妨げとならぬよう壁へと寄る。考え事をしていたせいで動きが一瞬遅れた淡島は、善条に道を譲らせてしまったことを即座に詫びた。

「申し訳ありません」

「いや、なに。お気になさらず」

 些細なことだと軽く流す善条の腕に下げられた大きな袋に淡島の目がいけば、あぁ、と小さく漏らし善条は、ゆうるり、と眦を下げた。

「夜に鍋をやりたいと言うので、お借りしてきました」

 土鍋です、と袋の中身が見えるように僅かに身を屈めた善条をよそに、物怖じすることなく彼にそのようなことを言えるメンバーの顔を淡島は即座に脳裏に思い描き、緩く嘆息する。

『言い出したのは日高だろうな……』

 特務隊編成後から日高が資料室にちょくちょく足を運んでいたことは知っている。それに便乗する者がいることもだ。

「ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」

「気のいい者ばかりです。賑やかで……本当に心根の真っ直ぐな者達で……」

 ふ、と吐息に溶けるように語尾が消え、なにかあったのかと淡島が顔を上げれば、善条は困ったように眉尻を下げるも歪ながらに口許に笑みを滲ませた。

「とても気を遣ってくれます」

 仲間を失った者達と弟子を失った男。

 その身を犠牲にし王を救った青年は、こうして人の縁を結んでいる。

 その言葉が意味するところを察し、淡島は静かに「そうですか」と言うだけに留めた。

「よろしければご一緒にいかがですか」

 狭いところですが、と控え目に誘いの言葉を投げてくる善条に、思案する振りをしてから淡島は「是非に」と快諾の言葉を返したのだった。

 

 

 ──恐怖の餡子鍋に資料室がお通夜会場と化すまで、後六時間。

 

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2012.12.28

説明
・ほんの少しですがSIDE:BLUEネタバレ注意。
「善条さん好きだと思う」と室長スキーな友人に言われ、SIDE:BLUEを読んだらドストライクで、うわぁぁぁぁぁばかっだいすきもえしぬッ!ビクンビクンッ!!となったはいいけどどうしていいかわからなくて、とにかくなんか吐き出してみた。
・善条さんがアニメに出なかったのはパワーバランス的なアレですよね、と自分に言い聞かせてる。
・先代の青の王と善条さんの話をmgmgしたい(ごろんごろん)
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K(アニメ) 宗像礼司 淡島世理 善条剛毅 

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