真・恋姫無双 EP.108 棘途編(2) |
稟の話を、風は黙って聞いていた。
「そうですか……それは、ずいぶんとご迷惑をおかけしたようですねー」
「迷惑ではないが、みな、心配をしていた。助けるためとはいえ、風にはすまないことをしたと思っている」
「なんでですか? 助けてもらったのは風の方です」
「だが!」
さらに言葉を続けようとした稟の口を、風はその手でそっと塞いだ。
「稟ちゃんは、何もわかっていませんねー。風にとって吸血鬼であることは、さほど意味がありません。だからこそ、親友になれたんじゃないですかー」
「風……」
「色々と難しく考え過ぎなのですよー。何モノになろうとも、風は風、稟ちゃんは稟ちゃんです」
諭すように言った風の言葉に、稟はそれ以上何も言えず、ただ黙って頷くだけだった。そして突如、思い出したように声を上げる。
「どうしました?」
「風が目覚めた事、みんなに知らせないと……」
いままでずっと、稟と風は二人きりだった。それが当たり前だったし、それでもいいと思っていた。けれど北郷一刀と出会い、仲間が出来た。二人だけの空間に、たくさんの笑い声が溢れたのだ。
暖かで居心地の良い場所。
(ああ……)
稟は思う。手の届かない場所にあったと思っていた宝物は、すでにここにあったのだ。自分たちのことを、自分たち以外の人間が心配してくれる、その事実の喜び。でもだからこそ、最後に風に確かめたかった。
「風、あなたはこれから、どうするつもりですか?」
その問いかけに風はじっと稟の顔を見つめ、やがてゆっくりと口を開いた。
「以前、風が話した夢のことを覚えていますか?」
「日輪を支える夢ですね……一刀殿と出会って間もない頃、共に行くべきか迷っていた時に見たと聞きました。だからこそ、私は風に今後のことを確認したかったのです。日輪が一刀殿だとすれば、風のいるべき場所はここではないのではないですか?」
その稟の言葉に、風は黙って頷く。
「それは風も思いました。でも、日輪を支えるということは、必ずしも直接的な意味だけではない気もしていたのですよ」
「直接的?」
「はい。そもそも風が美羽様の元に残ったのは、お兄さんが曹操さんを救出後の事を考えてです。結果的にそれがお兄さんの助けになると思ったからこその行動です」
「確かにそうでしたね」
「ですから今後も、風は美羽様の元で出来ることをしようと思っています。それがお兄さんの力にもなると、風は思うのです」
ある程度は予想の範囲とはいえ、稟は少なからず驚いた。すぐに旅立つことは無理だとしても、最終的には一刀の元に行くことを願うのだと思っていたからだ。
「たぶん、私たちのような吸血鬼には一番住みにくい場所ですよ。それでもですか?」
「はい。もともと、美羽様のそばを離れるつもりはありませんでしたが、先ほどの稟ちゃんの話を聞いてその決意が固まりました。美羽様にそこまで言わせた以上、風は覚悟を決めるのです」
「そうですか……」
風がそう決めたのなら、稟の答えは一つだ。自分の居場所は風の隣にある。初めて出会った日から、心に思っていたことだ。
「それじゃ、みなさんにご挨拶をしましょうかね」
そう言って風は寝台から起き上がった。
稟が風の部屋に行き各々が自室に戻る中、雪蓮と冥琳だけがその場に残った。
「驚いたわね」
「本当」
さきほどの袁術の様子に、二人は正直な感想を漏らした。
「でも、どうするの雪蓮?」
「どうって?」
「袁術はやる気満々だったじゃない。このまま黙って従うつもり?」
いつか独立する事を考え、これまでやってきた。袁術を倒し、かつての領地を取り戻すことこそが孫家の悲願だった。
「私ね、父様に言われたの」
自分の手を見つめ、わずかに微笑んだ雪蓮がぽつりと漏らす。冥琳にだけは、父親のことを話したのだ。
「背負う必要はないって……自由に生きろってね。気負っていた部分は確かにあったと思うし、どこか義務感みたいな意識があったのも事実だと思う。それにさ、そもそも私が願うのは、みんなが笑顔になれる国にすること。だからそれが叶うなら、袁術に任せてもいいのかなって思ったの」
「……そう」
「冥琳は、反対?」
「雪蓮が決めたのなら、私はそれに尽力するだけよ。気まぐれで決めたわけじゃなさそうだしね」
雪蓮は感謝の気持ちを表すように、冥琳の手を握った。まずは雷薄を倒さねばならない。袁術がいれば日和見の豪族を引き込めるだろうが、その戦いは容易くはない。
親友の笑顔に頬を緩めながら、冥琳は今後の作戦を練り始めていた。
落ち着かない様子で、中庭の端っこに座っている美以の姿があった。
それぞれが何だか感動的な再会だったり、知り合いに会えたりで盛り上がっている中、美以だけがぽつんと取り残されていた。一応、紹介はされたものの人見知りをする彼女は、すぐに打ち解けることはできなかったのだ。
「なんだか寂しいのにゃ……」
居場所が見つからず、中庭にやってきたのである。だが兵士の姿が多く、何だか怖くなって移動しているうちに端まで来てしまったのだ。
「美以はここにいてもいいのかにゃあ」
ふと、そんなことを考える。成り行きで付いて来てしまったが、自分のいるべき場所ではない気がした。
「でも、行くあてなどないにゃ……うーん、ん?」
腕を組んで頭を悩ませていた美以は、不意に視線を感じて顔を上げる。周囲に人影はなく、どこかに隠れている様子もない。不思議に思っていると、突然、木の上から三匹の猫たちが落ちてきたのである。
「何だにゃ!?」
見事に着地した三匹の猫は、ミケ、トラ、シャムであった。三匹は美以に懐き、砦に戻る間もつきまとっていたのである。
「何だ、お前たちか……にゃんだ?」
「にゃあにゃあ!」
「ふむふむ……」
美以は猫耳族でも珍しいとされる、猫語を理解する能力があった。その力を使い、これまでは猫を操っているように見せてお金を稼いでいたのである。
「にゃんだって? 美以と同じ猫耳族が街にいるのにゃ?」
「にゃあ!」
「ふむ……きっと美以と同じで寂しい思いをしているはずにゃ。よし! 会いに行くにゃ!」
三匹の話を聞き、美以の気持ちが高まった。彼女はさっそく、旅に出発する準備を始めることにしたのだ。
「くしゅん!」
小さくくしゃみを漏らした桂花は、「風邪かしら」と呟きながら華琳の部屋までやって来る。そしてドアの外から、声を掛けた。
「華琳様、よろしいでしょうか?」
「ええ、入りなさい」
促されて中に入ると、すでに準備を終えた華琳が立っていた。すでにお腹は大きくなっているので、いつもの鎧は身につけていない。しかし妊婦になっても、その立ち姿は威風堂々としていた。
「あの、本当に出陣なさるのですか?」
「河北攻めは規定路線のはずでしょ? それを変えるつもりはないわ。何進が洛陽を離れた今こそ、絶好の機会だものね」
桂花は溜息を吐く。妊婦の華琳に無茶なことはさせたくはない気持ちと、なんで一刀の子供のために心配しなくてはいけないのかという、八つ当たり気味な不満が渦巻いていたのだ。お腹の子は華琳の子でもある、何かあっては大問題だった。
「さあ、出陣よ! 河北を攻め取り、そして――」
そして、戦う北郷一刀の元に行く。華琳の気持ちは、すでに固まっていた。
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恋姫の世界観をファンタジー風にしました。 楽しんでもらえれば幸いです。 |
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