The Duelist Force of Fate 12 |
第十二話「破戒者の再誕」
Duelにはいつだってルールが存在する。
私はそんなに詳しくないが彼は決してルールを破らない。
だが、彼はカードによってルールすら変える事が出来た。
世界は彼に従う。
それはもはや概念魔術を越えている。
彼の力はルールを強要する固有結界に幾つもの奇跡を詰め込んだカード一枚で想像を絶するものになる。
そう分かっていたはずなのに私は何度見ても彼の戦う姿が何故か・・・最後には恐ろしくなる。
相手の弱点を的確に突いたなら彼はたぶん史上最強のサーヴァントに違いない。
もしもデッキ枚数の制限が無かったなら、如何な敵も打ち倒せる隔絶した力を持つ者と言えるだろう。
だから、私はそのDuelで彼が負けるとは・・・心の何処かで思っていない。
【決闘者】
それは在り得ない第八のクラス。
聖杯戦争を左右する大いなる力。
「行くぞ。衛宮」
どんなに心配していても、彼の負けるビジョンは見えなかった。
【Duel】
世界に決闘の嵐は巻き起こる。
宙を舞うキャスターと地を駆ける葛木。
【ドロー】
その動きが止まった時点で彼が心理的なアドバンテージを得たのは間違いなかった。
『な、何ですって!? か、体がッッ!? 宗一郎様!!!』
キャスターの動揺は凄まじいものだった。
自分の心配を後回しにしてマスターの心配をするのは当然だった。
少なくとも地上戦を行っている葛木はキャスターよりも無防備になる。
彼のルールが理解できないキャスターにしてみれば、二人同時に身動きを止められた時点でマスターの危険度は限りなく高い。
【『ホルスの黒炎竜Lv4』を召喚】
彼がカードを虚空へと投げる。
甲高い泣き声が響く。
何処かずんぐりむっくりとした雛のようなドラゴンが葛木の前に現れていた。
『幻想種ですって!? まさか、そんな!? あの頃さえ、竜種を召喚できる者は僅かに過ぎなかったのに!? 召喚特化の魔術師だとでも言うのッ!?』
【相手フィールドのマスターに装備魔法カード『魔界の足枷』を装備】
再び彼が投げたカードが葛木の足元で巨大な顔の付いた鉄球付きの足枷となる。
「ぐぅううう?!!」
『宗一郎様!? この!? 宗一郎様にッッッ!!!』
夜叉と見紛う程に唇を噛み締めたキャスターの口元が赤く濡れる。
【魔法カード『マジック・ガードナー』発動。対象は『魔界の足枷』】
怒れる鬼女を前にして彼は更にカードを虚空に放つ。
【魔法カード『二重召喚(デュアルサモン)』を発動。続けて通常召喚『カード・ガード』】
黒い竜の横に新たなモンスターが出現する。
「いぃ!?」
私は思わず鳥肌を立てた。
竜の横に現れたのは巨大な蟲と見紛う化け物だった。
【『カードガード』のモンスター効果発動。ガードカウンターを一つ自身に置く。ガードカウンターを自身から取り除き、『ホルスの黒炎竜Lv4』へ乗せる】
蟲が吼えた。
その体から立ち上った力が竜へと降り注いだ。
【カード一枚を伏せて。ターンエンド】
ガクンと今までの束縛が解除され葛木とキャスターに動きが戻る。
しかし、葛木の方は殆ど足枷によって未だ動きを封じられていた。
「ぐ、がああああああああああッッ?!」
『宗一郎様!?』
葛木が苦悶の声を上げた。
見れば、足枷の先の巨大な鉄球が笑っていた。
大量の脂汗を滴らせながら葛木が膝を付く。
『宗一郎様!!! しっかりして下さい!!!! くッッ!!? 許さないッッッ!!!』
空から降りようとしたキャスターだったがまずはこちらの排除を優先する事にしたらしかった。
『例え、貴方がどんな魔術を使っていようとこれで終わりよ!!!!!』
キャスターの周辺に巨大な魔方陣が描き出される。
見た事も無い魔方陣。
少なくとも現代に残る魔術の系統とは一線を画した力を秘めているのは見れば分かった。
「ヤバイわ!!? 空間ごと焼き払う気よ!?」
彼は私の言葉に動揺なんてしなかった。
ただ、空に咲く膨大な魔方陣を見上げていた。
「死になさいッッッッ!!!!! マキア・ヘカティック・グライアァアアアアッッッ!!!!」
魔方陣から魔力が零れ出し、莫大な輝きとなって彼とモンスター達を飲み込んだ。
「――――――!!!」
私の叫びすら飲み込まれてしまった。
なのに、だというのに、私の脳裏にはハッキリと声が聞こえる。
【罠(トラップ)カード発動(オープン)『スターライトロード』】
膨大な魔力の光の中で膨れ上がる気配。
「!!!!!」
焼き潰れそうな私の目に新たな輝きが映った。
『なッッッ?!!』
キャスターの驚愕した声。
けれど、それよりも私は天空へと上っていく輝きに目を奪われた。
【フィール上のカードを二枚以上破壊する効果を無効にして破壊する。そしてエクストラデッキからスターダスト・ドラゴンを特殊召喚。『スターダスト・ドラゴン』シューティング・ソニック!!!】
相手ターンにも関わらず彼の頭上に光臨した巨大な星屑の煌めきを宿すドラゴンがその口から『竜の吐息』(ドラゴンブレス)を吐き出す。
『ぐッッッ、う―――負けるッッ、負けるものですかッッッ!!!!』
キャスターがそのブレスを魔方陣で防いでいた。
先程の一撃で魔力をどれだけ使ったのか分からないというのに膨大な魔力が障壁へと費やされていく。
ブレスを全て受け止め切ったキャスターが落下した。
「キャスター!」
葛木がキャスターへと近寄ろうとしたものの、やはり足枷によって動きは取れない。
『大丈夫・・・です。宗一郎様・・・』
立ち上がったキャスターがよろけながらも魔方陣を展開した。
『どれだけの魔力を費やそうと必ずお救い致します!』
再びの一斉射だった。
先程までの威力は無いが、それでも普通の魔術師ならば百回は死ねるだろう莫大な魔力爆撃に蟲と雛竜が飲み込まれた。
しかし、蟲が消し飛ばされていく間にも雛竜は何かの力で守られているのか無傷だった。
魔力爆撃をものともせずに雛竜が嘶く。
『次は貴方ですッッ!!!』
前衛のモンスター達の隙を狙ったのか。
魔方陣の矛先が後ろの彼に向く。
【『スターダスト・ドラゴン』の効果発動。相手のカードを破壊する効果を無効化して破壊する『ヴィクティム・サンクチュアリ』】
煌めいたドラゴンが光の粒子となって解け彼の周囲に結界を張った。
キャスターの魔力爆撃が悉く跳ね返され、逆にキャスターへと襲い掛かる。
『―――ぐぅううううううううううう!? それが、それがどうしたというのですか!!!!!』
それでもキャスターの魔力障壁は衰えていなかった。
あれだけの魔力障壁をそう何度も展開できるわけがない。
少なくとも膨大な魔力が必要なのは誰にでも分かる。
最初に感じた膨大な魔力はもうキャスターから感じられなくなっていた。
それなのに・・・キャスターの形相に陰りは無い。
魔力が薄くなっているというに気魄だけが彼と彼のモンスター達を前にして更に増している感すらあった。
『宗一郎様!!! 今、お助けします!!!』
マスターを庇う位置に陣取っていたキャスターが障壁を展開したまま片手で葛木の足元の枷に魔力弾を打ち込んだ。だが、枷が壊れる様子はない。
『くッッ!! これ程の魔力強度をどうやって!? なら!!! 出てきなさい!!! 使い魔共ッッッ!!!』
跳ね返された爆撃で辺りに朦々と土煙が舞う。
残り一体となった彼のモンスターに無数の骨で出来た使い魔が群がり始めた。
数で圧倒する事に決めたのか。
雛竜が地面から這いずり出し群がる使い魔達を蹴散らす。
『あぐッ!? 何んなのこの力はッッ!? 使い魔のダメージがわたくしにッ?!!』
使い魔達が潮が引くように雛竜から離れてキャスターと葛木を守る為に防御陣形を組み始めた。
【エンドフェイズ。『ホルスの黒炎竜Lv4』の効果発動。戦闘によってモンスターを破壊したターンのエンドフェイズ。このカードを墓地に送る事で 『ホルスの黒炎竜 Lv6』1体を手札またはデッキから特殊召喚する】
雛竜が嘶き、その姿が巨大になっていく。
彼が腕のデッキからカードを一枚抜き出して雛竜へと放った。
その瞬間、雛竜の姿が巨大化・成長する。
【『ホルスの黒炎竜 Lv6』をデッキから特殊召喚】
『成長した!? この短時間でこれだけの事を!? 貴方は一体何のサーヴァントだと言うの!!?』
キャスターの悲鳴のような叫びに彼は応えない。
【ドロー!!】
彼が今は巨大なドラゴンとなった雛竜に無慈悲な命令を下す。
【『ホルスの黒炎竜 Lv6』でマスターにダイレクトアタック!!!】
『させるものですか!? 使い魔共!!!』
葛木を守る為に使い魔達がワラワラと集まり、ドラゴンの前に立ち塞がった。
だが、一撃。
ドラゴンの放つ特大の黒炎が使い魔達を焼き払う。
『宗一郎様!!!』
キャスターが身動きの出来ない葛木の盾となって黒炎に炙られ、苦悶の表情を浮かべる。
『くぅうううッッ?!』
「メディア!!」
『大丈夫です・・・心配しないでください・・・』
歯を食い縛って耐えたキャスターの口元が僅かに綻んだ。
最後の力を振り絞ったのか。
キャスターが今までで最も小さい規模の魔方陣を生成した。
魔力爆撃がドラゴンへと突き進む。
だが、魔力爆撃がドラゴンを葬る事は無かった。
ドラゴンが吼える。
魔力爆撃がその体表で弾けて消し飛んだ。
魔力による攻撃の無効化。
サーヴァント並みの対魔力がドラゴンを守っていた。
【メインフェイズ2に移行。手札より『疫病(えきびょう)ウィルス ブラックダスト』をマスターに装備】
彼がカードを葛木に投げ放った。
それを阻止しようとするキャスターの横を通り抜けて葛木にカードが突き刺さる。
「ぐ、がッ、ぅ・・・」
『宗一郎様!? 一体宗一郎様に何をしたの!!』
もはや本当にキャスターの口から出たのは悲鳴だった。
か弱い女性が泣き崩れるような声。
葛木が崩れ落ちそうになってキャスターに支えられた。
その肌には黒い染みが広がっていく。
「・・・・・・」
『な、何ですって!? くッ!? こんなッ、こんなッッ!!』
彼の言葉はキャスターにとって絶望しかなかった。
彼は言う。
次の自分のターンが終了すればマスターは『破壊される』と。
【エンドフェイズ。『ホルスの黒炎竜 Lv6』の効果発動。戦闘によってモンスターを破壊したターンのエンドフェイズ。このカードを墓地に送る事で 『ホルスの黒炎竜 Lv8』1体を手札またはデッキから特殊召喚する】
彼が再びデッキからカードを抜き出しドラゴンへと放つ。
「まさか!? まだ強くなるって言うの!?」
ドラゴンが再び嘶く。
【デッキから『ホルスの黒炎竜 Lv8』を特殊召喚】
その姿が更に巨大化し、翼を広げたドラゴンが飛んだ。
辺りを暴風が襲う。
舞い上がったドラゴンが彼の頭上で黒い炎を全身から滲み出させながら眼前の得物を睨み付けた。
【ターンエンド】
彼の声にキャスターと葛木に動きが戻る。
しかし、戻ったところでもはや為す術が無いのはその場の誰もが理解していた。
キャスターの腕の中で虫の息である葛木と賢明に呼び掛けるキャスター。
もはや私や衛宮君の魔力量まで落ちただろう魔力残量で彼のドラゴンを倒す術があるとは思えなかった。
『大丈夫です!! 絶対ッッ、絶対に助けます!!! 宗一郎様ッッ!!』
「ぐ、ぐああああああああああああああああ!!!?」
再び足枷が笑っていた。
それと同時に葛木が叫びを上げる。
キャスターが慌てて葛木の上に手を当てて呪文を唱えた。
それはどんな呪文だったのだろう。
『―――そんな・・・何で!? どうして!? どうなって!?』
結局、その効果が現れる事は無かった。
キャスターが己の手を見て・・・そして気付く。
自分達を睨んでいるドラゴンの存在に。
「・・・・・・」
『魔術の発動を無効化・・・そんなッ、そんな事あるわけがッ!?』
彼の言葉にキャスターがうろたえて何度も何度も呪文を紡ぐ。
しかし、一向に魔術が発動する様子は無かった。
「「―――――――」」
私は声を失っていた。
衛宮君も同様だった。
「こんなッ、こんなッ!? 宗一郎様!! 宗一郎様!!」
一歩譲って対魔力ならまだ分かる。
だが、魔術を発動すらさせない。
「お願いです。どうか、どうか宗一郎様!!」
魔術発動を無効にするドラゴン。
そんな化け物に勝てる魔術師などいない。
それが例え神代の魔術師であろうとも魔法使いであろうとも・・・勝てるわけがない。
彼のDuelを前にしては魔術師は完全に敗北する。
あらゆる魔術師の努力と年月を無に帰す魔術師にとって最悪の力だった。
キャスターは魔術の力を剥奪されれば、ただの女にしか過ぎない。
「宗一郎様ッ!! 宗一郎様ッ!! 宗一郎様ッッ!!!」
涙を零し、取り乱し、女が死に逝く男を抱く。
それはたった一分の抱擁。
【ドロー】
彼の目に迷いは無い。
しかし、彼の動きはキャスターによって止められていた。
もう片時も離れたくないはずの男を地面に横たえ、動けないはずの相手ターンに彼女は動いた。
ビキビキとキャスターの体から全身の骨が折れる音。
そして、衣の下から血が溢れ出し、口の端から血が流れ落ちる。
『・・・・・・一つだけ貴方にお願いがあります』
未だドラゴンは出ている。
しかし、彼は攻撃宣言をする事も無く。
その『一人の女』を前にして止まっていた。
『宗一郎様の呪縛を解いて下さい。その代わりとしてわたくしの命は差し上げましょう』
「・・・・・・」
彼は言う。
なら、負けを認めるようにと。
『分かりました。わたくしの負けです・・・・・・』
パキンと小さな音。
キャスターの胸元で光が弾け、それが彼の手の中に降り注いで一枚のカードとして結晶化する。
【サレンダーを確認。勝利1。アンティールールに基づきレアリティー最上位カード一枚を接収する】
彼の言葉と共にキャスターと葛木に掛かっていた負荷が消える。
「・・・・・・」
『その代わり、決して宗一郎様に手出し無用。約束しなさい』
彼が頷いた。
【『記憶破壊者(メモリー・クラッシャー)』を召喚】
ドラゴンが光の粒子となって消え失せ、新たなモンスターが姿を現す。
それは・・・巨大な脳を持つ醜悪な悪魔だった。
その手がキャスターの首を掴み上げる。
「メディ・・・ア・・・」
葛木は病に侵された体で立ち上がった。
結末の後味が悪いのはどうしてなのだろうと・・・私は彼を見つめる事しか出来なかった。
【戦闘から数時間後。何処かの国道より】
一人の男がセダンで国道を走っていた。
夜は未だ空けていない。
空は白み始めてはいたが朝日が出るにはまだ早い時間帯。
助手席に眠っていた少女がゆっくりと目を開き、辺りを見回した。
「・・・・・・?」
「起きたか」
「・・・・・・??」
「まだ眠っていた方がいい」
「わたくし・・・どうして・・・こんなところに・・・?」
「・・・覚えていないか?」
「覚えて・・・?・・・・え・・・どうして・・・わたくし・・・わたくしは・・・わ、わたくし・・・?!」
少女が夢から覚めたようにハッとして辺りを見回した。
「あ、貴方は誰ですの!?」
「わたしは・・・お前のマスターだ」
「マ、マスター?」
「ああ・・・」
「な、何を言ってッ、わたくしはッ、あ、あれ・・・わたくしは・・・うそ・・・そんな・・・わたくしは・・・わたくしはッッ!」
必死に言葉を紡ごうとして少女は己の仲にその言葉が無いのだと知った。
震え始めた少女は真横で運転し続ける男に視線を向ける。
「わたくしに何をしたのか教えなさい!!? わたくしはッ、わたくしは一体誰なんですか!?」
少女の悲痛な叫びに男は表情を変えなかった。
ただ、運転しながら前を見ながらそっと語る。
「お前はわたしのサーヴァント。それ以下でもそれ以上でも無い」
「サ、サーヴァント? それは・・・何です?」
「分からないか?」
「分からないから聞いているに決まっているでしょう!!」
少女が憤慨した様子でフードを取った。
愛らしい顔は怒りで赤く染まり、僅かに尖った耳が紅潮していた。
「わたくしに何かしていいと思っているのですか!? わたくしはッ、その、よく思い出せませんが少なくとも貴方にどうこうできるような者ではない・・・『はず』です!!」
男が少女を横目で見る。
「・・・そうだな」
「そうです!! ですから、教えなさい!! わたくしはどうしてこんな見知らぬ場所にいて、どうしてよく分からないものに乗って、どうして名前が思い出せないのですか!!」
少女は少し傲慢な物言いで男に食い下がる。
「お前は記憶を失った」
「記憶を!? ど、どうしてですか!!?」
「それは・・・どうでもいい事だ」
「ど、どうでも良くないでしょう!?」
「わたしは・・・お前から記憶を無くす前・・・世話になった」
「え・・・?」
「だから、わたしは全てを持って・・・お前を守ろう」
「な!? な、何を!? い、言って!?」
少女が思わず今度は羞恥で赤くなった。
「不安か?」
「ふ、不安に決まっているでしょう!!? だ、だって・・・わたくしは・・・わたくしは一体何者なのですか・・・」
少女は泣きそうになった。
何者かも定かではない自分。
置かれた状況が全くの見込めない現在。
未来なんて想像できるはずもなく。
あるのは混沌とした心の内だけ。
「お前が何者だろうと構わない」
「え?」
「お前はわたしにとって掛けがえの無い存在だ。不安な時は必ず傍にいよう」
少女は胸の前で手を合わせる。
「どうして・・・わたくしにそこまでしてくれるのですか?」
「お前が・・・わたしを救ったからだ・・・」
「わ、わたくしが貴方を?」
「そうだ。だから、今度はわたしがお前を救おう。お前に何と思われようと・・・わたしは今お前の為に生きているのだから・・・」
少女の胸は動悸していた。
苦しいくらいの動悸に少女は不安すら忘れそうになる。
「私の為に・・・」
何一つとして思い出せないというのに、どうしてか・・・その胸の高鳴りの理由だけは・・・心の何処かに答えがあるような気がして・・・少女は男を見上げる。
「どうかしたか?」
目の前の愛想の無い男の横顔に欠片も嘘が無かったからかもしれない。
少女は少しだけ微笑んだ。
「・・・・・・信じます。貴方を・・・」
「・・・そうか」
男が山の稜線から漏れ出す光に目を細めた。
不意に何かを思い出したようにサイドボックスを漁って一枚のカードを少女の手の平に置く。
「これを渡しておこう」
「・・・これは?」
少女はそのカードに書いてある文字が読めなかった。
「お前が持っているべきものだ」
「わたくしが?」
男が頷く。
少女はカードを繁々と見つめた。
カードの中で女が一人微笑んでいた。
「何と読むのですか?」
男は少女に顔を向ける。
少女の顔は朝日に照らし出されていた。
「・・・・・・」
何処にも自分が知る女の表情を見出せず、それでも男は僅かに口元を意識的に緩めて、今まで出来なかった事をする。
自分の知る女に・・・ついに一度も出来なかった顔をする。
「神の恵み・・・だ」
少女は初めて見る男の表情に何故か涙が零れた。
「―――――――」
少女の世界は滲んで・・・それでも・・・燦々と輝いていた。
男と少女は新たな都市へ向かう。
新天地が何処だろうと決して切れない絆を抱いて。
少女が唇を男の頬に捧げたのは・・・それからもう間もなくの話だった。
説明 | ||
キャスターと葛木に今、審判が下る。*ライダー編完結。 | ||
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