運・恋姫†無双
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はじめに

作者は恋姫も三国志も好きですがにわかです。そのため、いろんなとこが大変になる恐れがあります。というかなります。

この外史の主人公は我らが北郷君ではありません。オリジナル主人公です。

独自解釈とか独自時系列とか訳わからないものになると思います。

どうか生暖かい目で見てください。

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「おい」

 

……ここは?

男は困惑していた。

辺りを見回す。見えるのは平地、森、山、黄色い布を巻いた三人組。

 

「おい」

 

俺は……

駄目だ。玄関開けた後の記憶がない。いや違う、玄関を開けたらここだった。そしてこれだけは言える。それは、目の前の景色はいつもの風景ではない、ということだ。

後ろを振り返っても、今まさにくぐり抜けてきた玄関はなく、平地に森に山。肩にかけていたはずのバッグもない。

 

「てめえ!アニキの声が聞こえねえのか!」

「おぅっ……」

 

突然の怒鳴り声に意識が現実に引き戻される。

目の前には黄色い三人組。真ん中に中年のおっさん、その左右にデブとチビ。

 

「ちっ、やっと反応しやがったか。まあいい、おい兄ちゃん、とりあえず持ってるもん全部だしな」

「……は?」

 

思わず素で言ってしまった男は状況を整理しようとする。

 

「えっと、とりあえずあなた達は?」

「てめえは黙ってアニキに従ってればいいんだよ!」

「えっ?カツアゲっすか?」

 

男はさらに拍車をかけて混乱する。

 

「えっとちょっと待ってくださいね」

 

今の状況を整理してみよう。

行ってきますでどこでも○アでカツアゲなのだ。

わけがわからないよ!

と男が思うのは至極当然だろう。

悩んでいるだけで一向に動かないのをみて痺れを切らせたのかアニキが苛立った声を上げる。

 

「ちょっと痛い目見ないとわからねえみたいだな。おいチビ、デク」

「へえ!」

「だな」

 

チビとデクってそのまんまじゃねえか

と思った矢先頬に鈍い衝撃が走り倒れ、訳がわからないまま腹にも衝撃が走る。

 

「がっ!?げほっけほっ」

 

ここで男はようやく殴られ、蹴られたことを理解する。

 

「何すん……だ」

 

抗議の声が尻すぼみしたのは、アニキと呼ばれる男が青竜刀を首に突き付けたからだ。

 

「なあ兄ちゃん、これ、わかるか?」

「……」

 

男が何も言えないのは恐怖からではない。混乱して何をすればいいのかわからないのだ。

 

「えっと……剣……ですよね?」

「ああそうだ。これはな、こういうことが出来んだ」

 

そういうとアニキは男の首に当てた剣を軽く引く。

男は少しだけ眉をしかめた。最初は痒いと思った。だが一拍おいてそれは違うと思った。痛いのだ。先ほど殴られ、蹴られた鈍い痛みではなく、鋭利な痛み。

男は指で切られた場所をなぞる。アニキはそれを止めなかった。男は指先を見る。

 

赤い。血だ。俺の血だ。

 

男は、剣が模造刀などではなく、刃物だと、人を殺せる凶器であることを正しく理解した。

 

「俺を……殺すんで?」

 

アニキはこの言葉に男が今の状況を理解したことを確信した。

口の端が吊り上る。目の前の男は俺たちに恐怖しているのだ。優越感。弱者の上に立つ、強者のみが許されるそれにアニキは酔いしれていた。

 

「それは兄ちゃん次第だなあ?」

「そうか……」

 

男は立ち上がる。アニキはまたも止めなかった。油断ではない、余裕だ。

 

「あんた達もか?」

「あぁ?」

 

それはアニキではなく、後ろのチビとデクにかけられた言葉。

何考えてやがる、とはアニキも思った。だがあいかわらずこの男の声には威勢がなく、焦点も定まっていない。恐怖で気が動転しているのだ。そう思うとさらに口の端が吊り上った。

 

「アニキィ、こいつちょっと変ですぜ。さっさとバラしちまいましょうよ」

 

チビはこの男に不安を感じたのではなく、単に時間を食うのが気に入らないらしい。だが確かにぐずっていると官軍様が来るだろう。

この三人組は別に官軍を脅威に思っているわけではない。向こうの森には馬を用意してるし、根城に戻れば仲間は大勢いる。その仲間とともに街を襲えば、そこのお偉いさん方は誰よりも早く民を捨て逃げ出していた時もあった。加えて三人組は勇敢なる官軍というものに出会ったことなどほとんどなかった。それで脅威に思えるわけがない。

だがそれでも見つかれば厄介なのは変わらない。相手も名目上ゆえにやる気のない戦いを仕掛けてくるが、わざわざ命の危険を増やすことはしたくない。故にアニキは若干名残惜しくもありながら優越感に浸るのをやめた。

 

「まあそうだな。予定通りぶっ殺すか」

 

“獲物”は狩ろうと思えばそこら辺にいる。わざわざこの男に執着する必要はないのだ。

 

「殺すんだな?」

「わ、悪く思わないんでほしいんだな。こんなとこにいたお前が悪いんだな」

「まあ、そういうこった。恨むんなら自分の運のなさを恨めよ」

「そうか……」

 

男は一度俯き、「せめて……」と言った。

 

「あぁ?」

「せめて楽に殺してくれないか。痛いのは嫌だ。一瞬がいい」

 

男は顔を上げる。命を奪われる前の弱者の顔ではない。いたって普通に会話をするような、そんな感じだった。諦めたのかと思った。まったくもって悔しそうではない。いっそのこと清々しさも覚える。だからアニキは苛立つのではなく、単に仕事が楽になってよかった程度に思った。女でない限り目的は獲物を嬲るのではないのだ。後ろの二人も異はないようだ。

 

「へへっ、物分かりがいいじゃねえか。いいぜ、言うとおりにしてやるよ」

「どうも」

 

そのそっけない声に他意は感じない。もうすでにこの男に不安分子を感じることはなかった。故に、故に男の心境の変化には気づかなかった。

 

殺されるなら

 

油断していたのだ。いや、油断していなくても人の心の内を読めというのは極めて難しいことだろう。背を向け逃げ回る獲物が、急に牙を剥き追い立ててくることを予測できようか?ここは戦場ではなく自分たちにとって一方的な狩場なのだ。学もない賊にそれが解る術はなかった。

 

殺してもいいよね?

 

窮鼠猫を噛む。

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「ふん!」

 

アニキの青竜刀を持っている手を抑えて全力でアッパーカットを食らわせる。いきなりの不意打ちにアニキは声を出す暇もなく見事に、実に見事にクリーンヒットした。アニキはあまりの衝撃に剣を離し、後ろにいたチビの方に吹っ飛び、チビが潰れた。

 

「ぐえっ!ア゛ニ゛キ゛……重い゛……」

 

男はすぐさま落とした青竜刀を拾い、デクに投げる。この時男がデクに標的を定めたのは決して冷静に戦況を分析したからではない。「囲まれたときは数が少ないほうを相手にする」という漫画の知識を思いつきで実践したに過ぎない。だがそれでもこの場面では成功だった。青竜刀がデブの腹に刺さった。

 

「お?おお?」

 

間抜けな声だ、と男は思ったがデクに走り寄るその動きは止めない。膝をついて訳も分からず刺さった青竜刀を見ていたが、その剣は男によって無造作に引き抜かれる。デクは男を見上げた。男は間髪入れずに剣を振る。その一閃は達人のように洗練されたものではなく、粗雑さが見える乱暴なものではあるが悠々とデクの喉を切り裂いた。

 

「……!?……!?」

 

デクは首を手で抑えたが血が噴き出るのは止まらない。もう死は免れないが、当人にはもう考える余裕など微塵も残っていなかった。男はデクの剣を抜き、チビの方に駆け寄った。ちょうど痙攣してるアニキをどかした所で、デクが死の淵(いやもう死ぬ直前なのだが)にいることを確認して、呆けた顔になる。しかし半ば自動的に剣を抜こうとするのは本能からか、それでも男に間合いを詰められるのにその遅さは致命的だった。男は剣を抜こうとした手を蹴りつけ、その顔を体重を乗せて踏みつけた。

 

「ぐぶっ!」

 

チビがこれで気絶できなかったのは不幸かもしれない。これから来る自分の死をその目で確認しなければならないのだから。

男はチビに右手に持つ青竜刀を突き付ける。

 

「ひっ!?」

「……」

「て、てめえ……この野郎……」

 

チビは弱弱しく涙目になりながら見上げるが、男の左手の直剣が顔に食い込むと呆気にとられたというような顔で動かなくなった。どさっと音がした方向を見るとデクが倒れている。

 

ようやく息を引き取れたか。

 

男はそれをどこか遠い世界のようにそう思った。

 

「なんだよこれ……」

 

アニキが、ようやく痙攣から回復した体を起き上がらせ震える声で呟いた。

その声に反応したように男が振り向いた。その顔を見てアニキは震えあがった。男の表情は変わっていなかったのだ。ただ淡々と、何のことはないという風に。いっそのこと清々しさまで覚えた少し前までの顔も、今では変わらないはずなのに、殺戮を楽しんで笑っているように見える。

男は剣を抜き歩み寄る。この時アニキは武器を持っていなかった。抵抗する手段がない。素手で抗おうとも死体になった仲間をみればその意気地も挫かれた。目の前の男が死神にしか見えない。

 

「た、頼む……命だけは助けてくれ……」

 

後ずさりしながら命乞いをするその言葉に男は怒りを覚えた。

 

「ふざけるなよ」

「ひっ」

 

アニキはまた震えあがった。無表情の男の怒りを敏感に感じ取ったからだ。

そして男もまた自分の声に内心驚いていた。自分は憤っているのに出た声は荒げたものではなく、予想以上に落ち着いたものだったからだ。だが憤っているのは変わらない。これが俺の怒りか、と思った。男はそのまま言葉をつづける。

 

「ふざけるなよ。殺すくせに殺されるのは嫌だと?殺すなら殺される覚悟くらいはしてこい」

 

殺されるから殺す。不可抗力だとか仕方がなかったと言い訳できるものではなく、殺すと明確な意思を持って殺そうとしたのだ。それに言い訳するのが男は許せなかった。

だがアニキにそれを受け入れる度量はなかった。いや、アニキだけとは言えない。大抵の人間の反応はこうかもしれない。この男だって心が折れたのなら同じく無様に命乞いをするかもしれない。が、男はそれを良しとしなかった。男としての矜持というようなものがあったのかもしれない。

 

「頼む、命だけは……そうだ!これをやるから見逃してくれ!な?」

 

そういってアニキが懐から取り出した一冊の書を及び腰になりながら差し出そうとする。しかし男は何も反応しない。この世界では紙は貴重なため、それをふんだんに使った本は高価な貴重品に分類されるが、この男にはその本の価値が解っていなかった。そしてさらにアニキのその行動があまりに無様すぎると感じ怒りが増した。故に男の行動を止めるには至らない。男は無言のまま青竜刀を投げつける。

 

「ひぃっ!」

 

アニキは剣が向かってくるのに、反射的に飛び震えた。だが、そのとき運良く手から落とし、地面に向かって落ちる途中の本が盾となり刃を防いだ。

今だ。アニキは機会を逃さず背を向け全力で走る。文字通り命を懸けてだ。命を懸ける。なんとも努力の結晶を生み出すような言葉ではないか。だが命懸けとは賭けなのだ。分が悪いと考えられないか?悪い言い方をすれば、運任せ。己が築き上げてきたものを運という不確定要素に全て丸投げをするのだ。そして賭けとは大抵五分五分などではない。アニキの背に投げられた剣が突き刺さる。

 

「があっ!」

 

アニキは前のめりに倒れる。賭けは失敗した。アニキはまだ生きていたがもう終わる。男が青竜刀を手にアニキを見下ろしている。

 

「今楽にする。何か言い残すことは?」

「ちくしょう……なんだって…こんな……」

「……」

「嫌だ、死にたくねえ……死にたくねえ……」

「終わりか?」

「死にたくねえ……」

 

もうアニキに聞く力も、考える力は残っていない。男は心の内で、では、と囁いてから青竜刀を振り下ろした。

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終わった。とりあえず一息つけるようにはなったが、落ち着くことはできない。心臓の鼓動がうるさいくらいに鳴って止まない。男は初めて人を殺したのだ。落ち着けという方が無理だろう。

 

どうしたものか。

 

錯乱して働かない頭で無理やりそう考えたが、思いつくわけがない。こんな状況になってしまったが、今のこの場所さえわからぬのだ。そこで、先ほどのアニキの盾となった本が目に入った。

 

男は本の価値を理解していなかった。先ほど剣を受けたため、ちょうど題となっているらしき場所に穴が開いてしまっていた。男は現状の打開案もないのでただなんとなく、どうしてこれを出したんだろう程度の気持ちでその本を取ろうとし、指先がその本に触れたその瞬間だった。

 

男が本に触った瞬間、世界が揺れた。

 

!?

 

まるで頭の中に直接強烈な衝撃を受けたように感じた。

この外史の元となった外史を知っている方(ほとんどだろうが)はこれが何かわかるだろう。『太平要術の書』である。南華老仙が記述したそれはそれは大変貴重な書で、この書自体に妖力が宿っている『妖術書』である。太平要術の書は名の通り、『太平を要するための術(すべ)をもつ書』、であるが故にその目的を果たすため、いつも混乱や怨嗟の渦中にいた。だがそれがいつからか、その書自体が妖力を求めるように、自ら災害を招くような妖術書になってしまったのである。

そんな危険なものがなぜまだ処分されていないかというと、その力の有用性である。妖術というのは妖力が必要となる。つまり妖力を持たぬ者は妖術を使えない。ところがこの書にはそれ自体に妖力が宿っているため、これを使えば誰であろうと妖術が使えてしまうのだ。そんな大前提を吹っ飛ばしたこの力に惹かれ、存在を知り求めるものは少ないとは言えない。その者らはある者は金にしようと、ある者は己が力にしようと、この書を始末しようとする賢人らを退けてきた。

しかし今、賊の手に、そしてこの男の手によってその身に穴を開けてしまった。穴の開いた本に価値などなく、これでは人の手に渡らず朽ちるのを待つばかり。ならば代わりを探さねば。意志があるかのようなその力は、今度は男を苗床にした。

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何かが、何かが身体を蝕んでいくような感覚。抗いがたい何かがあふれ出てくる。どこか不快で、それでいてどこか安らぎを感じるような、そんな感じだった。何かはわからない。途端、何かの侵入は終わった。そして……。

 

!!

 

溢れてくる。何が?力だ!とめどなく!激流の如く!!

 

「ぐっ……くくっ。おおっ!」

 

俺は笑っている、嗤うというのか。訳は分からないが、おかしいのだ!愉快でたまらん!

 

「そこな御仁、無事か?」

 

 

「誰だ!?」

 

振り返る。そこに水色の髪をした年若い女性がいた。一番に目を引いたのは彼女が握る二股の赤い槍。

 

「おっと、そんな気を当てないでくだされ」

「仲間か?」

 

男は顔を引き締め、剣を構え低い声で問うた。

くそ、油断していた。この溢れる力に酔いしれていた。しかし力に酔うのは危険だとは知識で知っている。慢心するな、慢心するな。

 

「私が賊だと?よく見てくだされ。このような絶世の美女がそうだとおっしゃるか?」

「……」

 

男はその女性を見た。自分で名乗るのはどうかと思うが、たしかに絶世と呼ばれるにふさわしいほどの美しさがあった。思わず見惚れそうになったが、そんな場合じゃない。

 

「そんなに見つめられると照れますな」

「まあ確かに美女だが……」

「絶世の、ですぞ」

「ああそうだな、絶世だ」

「ふふん」

 

得意げに言う女性との軽口の応酬に少し笑うが、男は内心焦っていた。この場だ。死体三人とその中心に血に濡れた剣を持ち嗤っていた男。明らかに現行犯だ。さらにこの女性が証人となっている。……説得できるか?可能性は低い。ましてや自分から剣を構えているのだ。

女性もまた平静を装っているが警戒していた。なんと禍々しい妖気を放つ、そう思っていた。並大抵の者なら、この気に当てられるだけで竦みあがるだろう。自分の腕に自信はあったが、慢心はできなかった。女性は槍を構えていないものの、いつでも動けるように気を張っていた。

 

「……とりあえず言い訳を聞いてくれるか?」

「言い訳?何か後ろめたいことでもしましたかな?」

「ぬっ、そう苛めんでくれ。こいつらの事だ」

「ええ、それが何か?」

「先に殺そうとしてきたのはこいつらの方だって言ったら信じてくれるか?」

「信じますとも。見ておりましたからな」

「え?見てたの?」

 

思わぬ吉報に顔が崩れる。これはもしかしたらもしかするかもしれない。

 

「ええ、遠目から確認して急いで駆け付けたのですが……いやはや、いらぬ心配だったようだ」

「そうか、そうか。見ていてくれたか」

「うむ、自力で退けるとは、なかなか見事なものではないですか」

 

思わぬ好感触である。

よかった。これなら俺は悪くなかったって証言してくれるかもしれない。

 

「おっと、いきなり剣向けたりしてすみませんでした」

 

そう謝って頭を下げる。剣は離した。女性は(何故か)槍を持ってるのでまだ警戒は解けないが、自分が不利な立場な以上、自分から害意はないことを示さなければならない。そう思っての行動だが、女性は少し不意を突かれたようだ。

 

「いや、頭を下げずとも良い。それよりその気を静めてはくれぬか。落ち着かん」

「気?ああ、少しお待ちを」

 

そう答えたもののどうしたものか。この溢れ出てくるのは自分の意志ではないのだ。気を抜いたら暴発して襲い掛かってしまったかもしれなかった。とりあえず深呼吸。目を閉じ気を静めるイメージ、何も考えず暗闇を想う、それに身を委ねる感じ。すると上手くいったようだ。落ち着いて来ているのがわかる。

 

「ふぅ……」

「ふむ、不思議な御仁だ」

「不思議?」

「そのような大層な力を持ちながら、賊相手に必死だった。しかも終わった後にいきなり気が爆発したかのようでしたぞ。よければ事情を聞かせてはもらえぬか?」

「ああ、えっと……どこから話したものか……」

 

本当にどこから話したものか……まずここがどこすらわからない。

 

「まあまあ星ちゃん、それはもう少し落ち着いてからでいいではないですかー」

「やっと追いつきましたよ。私たちのことも考えてほしいものですね」

「おお、来たか二人とも。いやいや私の逸る正義心がな」

「はぁ、いいですよ別に。この人は無事なようですし」

 

考えているうちに別の二人が来た。一人は間延びした眠そうな声が特徴的な子供。頭に人形を乗っけている、そういうのが好きな年頃なのか。もう一人は眼鏡装着の女性教師という言葉がぴったりの女性。こちらもまた美人だ。眼福である。そういえば今更だが星と呼ばれたこの女性も古典的な話し方をするな。

 

「怪我は……首を切られてますね。風、包帯を」

「ありませんよー、凛ちゃんが全部使っちゃったじゃないですかー」

「ああ、これくらい大丈夫ですよ。浅いし血はもう止まってるようですから」

「そうですか?ではせめて拭きましょうか」

 

そう言って凛と呼ばれた女性は布を取り出し、竹でできた水筒で濡らし首に当ててきた。

 

「いや、うれしいんですが大丈夫ですって」

 

というか水筒が竹って……

 

「怪我を馬鹿にしてはいけませんよ。ほら、動かないで」

「おお、凛ちゃんが甲斐甲斐しくお世話を……風は妻を寝取られた夫の気分ですよー」

「寝取る!?」

「いやいや寝取るって……」

 

子供がなんて言葉を使うんだ……この人動き止めたぞ。

 

「御仁、少し離れた方がいい」

「え?」

「風もそうすることをおすすめするのですー」

「見知らぬ男に寝込みを襲われ抵抗するもむなしく非力な私では男の力には……」

「えっと?」

「さあこちらへ」

「いやあの、あの人が……」

「そろそろですのでー」

「そろそろ?」

 

意味がわからず問いかけた瞬間……

 

「ぶはっ!」

「うおっ!?」

 

血が舞った。鼻から。

 

「ちょっ!大丈夫ですか!」

「はい凛ちゃーん。とんとーん、とんとーん」

「なに、いつものことさ」

「いつもの!?」

 

鼻血ってここまで噴き出るものなのか。初めて見たぞ。

 

「えっと……とりあえず、はい」

 

とりあえず彼女の持ってる布を鼻にあてがってみた。

 

「ううっ、申し訳ない」

「おおっ、お兄さんさてはもう凛ちゃんの虜ですね?」

「ぶはっ!」

「うおっ!?」

 

危なかった。全面的に浴びるとこだった。血の量がやばい。布が真っ赤だぞ。地面も死体やらなんやらで真っ赤であるが。

 

「風、それくらいにしておけ。さて御仁、落ち着きましたかな?」

「あ、ああ。というより気が抜けたって感じですけど」

「策が成ったようですねー」

「策だったのかあれ?やるな子供」

 

というよりこの子供死体が平気なのか?

 

「むぅ、お兄さんは見る目がないのです。風はお兄さんとそう年は変わりませんよー」

「じゃあ同じ子供だな」

「なんと!策士である風の意表を突くとは。やりますねお兄さん」

「はっはっはっ、なかなかやるではないか御仁」

「どうも。あー、ところで悪いんですが、あなた達は?」

 

先ほどから気になってたが、いきなり名で呼ぶのは呼びづらい。苗字を教えてくれれば呼べるんだが……

 

「そうでしたね。これは失礼しました」

「あ、大丈夫なんで?」

「うっ、醜態を晒してしまい……お恥ずかしい……」

「ああいえ、回復したのなら良かったです」

「こほんっ、それでは自己紹介を。我が名は戯志才」

「風は程立ですー。字は仲徳」

 

戯志才?程立?それに字って……。日本人ではないのか?というか字って三国志とかのあれだろうか?

 

そう思っている間に最後の一人が名乗る。

 

「私の名は趙雲。字は子龍だ」

 

否定である。拒絶である。思考停止である。

 

「?どうしたのだ?名乗ったのだから、そちらも名乗ってくれなければどう呼べばいいかわからんのだが」

 

これは乗ってあげるべきなのか?子供の夢を壊しちゃいけないのか?つうかさっきの風とか凛とか星ってのはなんだったんだよ。

 

この男、三国志は好きだが知識は中途半端にしか知らない。どれくらいかというと、夢を見て改名し、後に程cと名乗る程立の事は知っていても、戯志才のことは全くわからないという状態だった。男の三国志知識の元となってるものは大体が某無双ゲーである。それでも流石に趙雲の事は知っていた。

 

とりあえずだ。

 

「いやえっと、さっき呼び合ってたのは?」

「ふぅむ、名を教えてくださらぬとは。いけずだな」

「何か事情があるのですか?私も偽名を使っている故、あまり詮索はしたくありませんが」

 

偽名?堂々と偽名って言ったけどそれって意味あるのか?

 

「えっと……えっと……」

「混乱してるようですねー。とりあえずさっき呼び合ってたのは真名ですが、それは大丈夫ですかー?」

「まな?」

 

まなってあれ?マナ?それとも真名?この子達電波ってわけじゃなさそうだけど。中二病?俺は中二じゃないけれど。

 

「なんと、冗談に食いついてくるとは……いけずですねお兄さん」

 

その表情はからかうようだったが、とても電波だとかは思えなかった。あまりに自然に言葉が出てくるのだ。

 

「えっとごめん、本当にわからない」

 

そういうと波を引いたように静かになった。さきほどの和やかな雰囲気とは変わって心苦しく感じる。

 

「真名を知らないとは……ですが嘘を言っているようには見えない。どうやら本当に事情があるようですね……」

 

戯志才から真名の説明を受ける。真なる名と書いて真名。その人の生き様を表す神聖なる名で親しい人など信頼する人物にしか呼ばせないようだ。信頼の証とでも取ればいいのか。なので親しい者以外は知っていてもその名で呼んではいけない。もし呼んでしまったら、その首を刎ねられても文句は言えないらしい。

 

「そうだったのか……呼ばなくてよかった」

 

正直半信半疑だったが、もし本当だったら殺されてたかもしれないのかと思った。

もし本当だったら、という考えが出てきたのはある仮説を立てたからだ。

即ち、ここは別世界ではないかと。

今更言うまでもないが、男は現代日本からこの世界にやってきた。そしてこの男、そういう話が大好きだった。自分が別世界に召喚されてだとか、転生だとか。ファンタジーや並行世界、パラレルワールドやら戦争ものなどなど。もし自分がそうなったら〜、登場人物だったら〜という妄想世界に入り浸っては現実との落差に絶望していた時もあった。

だからもしこれが本当だったら、という現実的ではない願望的な考えが出てきてしまっても仕方がなかったと言いたい。

だから男はこんな時を想定(妄想)して用意していた、どうとでもとれる言葉を恐る恐るを発した。

 

「えっとですね……信じてもらえないかも知れませんが俺……実は記憶喪失なんです……」

「記憶がない?」

「ええ……事情も何も、少し前に向こうの森で目が覚めて、訳も分からず歩いていたらここで襲われまして、そんで今に至ります」

「成るほど、それで先ほどからおかしかったのですな?」

 

ねーよ的なツッコミは入らない。成功か?

 

「ええ、で、つかぬ事を聞きたいのですがいいですか?」

「聞きましょう」

「この賊ども、殺してしまったんですが良かったのでしょうか?」

「「「……」」」

「まずいですかね、やっぱり……」

 

沈黙が重い。足が震えているのが解る。心臓の鼓動もうるさくて、女性の前で情けなくも思いながら懸命に平静を装う。

 

「く、くくっ」

「趙雲さん?」

 

趙雲は笑っていた。

 

「くふっ、いやすまぬ。あれほどの気を放っていた者がそんなことを気にしてびくびくしていたとは。くくっ、それで記憶がないまま賊を返り討ちにするのだから。小心者なのか、大物なのか」

「えっと?」

「大丈夫ですよーお兄さん。賊から自力で身を守ったのだから、それは褒められこそすれ、罪に問われることはないのです」

「……罪に問われない?マジで?」

「マジですよー」

「何も?」

「何もですー」

「え、本当?」

「本当ですよ、私も保証します」

 

心で叫んだ。過剰防衛とかで捕まるんじゃないかと心配だったからものすごく心が軽くなった。この戯志才と名乗る人は冗談を言うような感じではないから信じても大丈夫なのだろう。

 

「むぅ、風の言う事は信じなくて凛ちゃんの言う事は信じるなんて。本当にいけずですー」

「ごめんごめん。いやーよかった。人生終わったかもって思ってたからさ。本当によかった」

「ほら風、拗ねるな拗ねるな」

「ふーんだ。風は今からつんつんなのですよ」

 

そう言って程立はそっぽ向いた。ちょっと可愛かった。

 

「風は今は置いといて、それではあなたは何も知らないのですね?」

「凛ちゃんに捨てられたのですよーおよよ」

「風、今は真面目な話よ」

「凛ちゃんは風よりその男の人を取るのですねー。やはり寝取られたようですー」

「寝取っ!?」

「あ」

「力づくで組み伏せられ【自主規制】の【自主規制】で【自主規制】によって私の心は折られそれでもなお【自主規制】ぶはっ!」

 

今度はちゃんと余裕をもって距離を取ったんで無事ですよ?

 

「風は今つんつんなのです。だから助けてなんてあげませんよーだ」

「御仁、出番であるぞ。責任は取らなければな?」

「いや責任て。俺介抱の仕方知りませんよ?」

「それもそうだったな。風、凛の事を頼む」

「やっぱり凛ちゃんは風じゃないと駄目なのですね。はい、とんとーん、とんとーん」

 

程立が介抱に向かい、趙雲が真面目な顔をしたので男もそれに倣う。

 

「さて、実際問題貴殿はかなり危うい状態だと思う。真名も忘れてるくらいだからな」

「もしかして自分の名も忘れちゃってるんじゃないですかー?」

「自分の名……」

「どうだ?思い出せるか?」

「うーん……」

 

ここでどういう選択をするか……

 

思い出す振りをして考える。実際にここが別世界だとあっさりと信じれる訳がない。だがそうだと考えられる要素も(願望的にも)確かにあった。彼女たちからの名前で察するとここは日本ではない。

それにこの趙雲と名乗る美人さんだ。程立もだが、本人だとは思っていない。だが自分の目では嘘を混ぜているようには見えないのだ。ニックネームとかペンネームではないと思う。字だってあるのだ。なぜ女性なのかとは思うが同姓同名なのかもしれない。たまたま彼女が三国志の英傑である趙雲と同じ名だったという事かもしれない。だが、それが二人もということはあるのだろうか。

一番不可解なのは、自分がここに来たきっかけだが、玄関開けたら荒野。こんなドッキリ番組はないだろう。荒野であるから監視カメラなどは見当たらないし、玄関は消えてるし、何より俺が実際に人を殺したのだ。未だにその奇妙な感触が残っている。それは本物だ。

だがもう少し情報が欲しい。とりあえず先延ばしにするため嘘を吐くことにした。

 

「駄目だ、思い出せない」

 

眉を顰め、深刻そうな顔をして答える。

 

「そうか……」

「これはあまり聞きたくありませんが……真名もですかー?」

 

さしもの程立も真面目な表情だ。真名というのは本当に冗談では済まないらしい。

 

「真名……」

 

しばらくの沈黙。もちろん演出だ。

 

「……」

 

俯いて絶望的な顔、視点をぼかし、虚ろな表情。もちろん演技だ。

 

「どうやら……」

「ごめんなさいですお兄さん。でもこれは大事なことなのですよー」

「ああ……いや、いいんだ……ははっ、まさか自分の真名でさえ忘れてるなんて……」

 

精一杯の強がり。もちろん演g(ry

 

「これはかなり深刻ですね……」

「あっ……もう大丈夫なんで?」

 

やつれた声を出しながらも心配する。もちr(ry

 

「私の事はいいのです。今はそんな場合じゃないでしょう」

「こんな時でさえ人の心配とは、やはり大物だな」

 

わざと冗談めかして言う趙雲は彼女なりに元気づけようとしてくれているのだろう。

 

「そうですね、もしかしたら俺、すごい人かもしれませんよ?」

「ふふっ、そうだその意気だ」

「それに落ち込むのはまだ早いですよー。さきほど襲われる前に目を覚ましたばかりと言いましたよね?だったらまだ記憶が混乱しているだけで、案外早く思い出せるかもしれませんよー」

 

そうか……だったらそれまでに記憶の整理として、この世界の事を聞き出せるかもしれない。

 

「そうか……そうだな」

「元気が出たようですね?」

「ああ、程立の策だな。ありがとう」

「おおっ、流石風なのです。無意識に策をひねるとは……自分の能力が怖いですねー」

 

そこから男は何か思い出せるかもしれないから、ということでこの世界の事を聞いた。

漢という国、項羽と劉邦、幽州やら徐州とかそんな土地がたしか三国志にあったような気がする。そして彼女たちの名前からして別世界ならここは三国志かそれにに近しい所だろう、と仮定的に結論付けた。

彼女たちはというと、女性三人で君主探しの旅をしているらしい。この大陸の事を憂い、仕えるべき主を探しているとのことだ。彼女たちの予想では、そう遠くない未来に乱世が起こるとのことだ。ということは、と思い殺した黄色い三人組の事をそれとなく聞いたところ、どうやらまだ黄巾党という名は世に出回っていないらしい。つまりまだ三国志の時代には突入していないということだ。

 

「とまあ、これくらいなものですね」

「成るほど成るほど、ありがとうございました。参考になりました」

「なに、これくらいお安い御用さ」

 

男は話を聞いてるうちに結論付けた。少なくとも自分の知っている世界ではないと。どうしてこうなったのかはわからないが、だが確かに自分はここにいるのだ。夢などではない、現実だこれは。男は科学的ではないと頭ごなしに否定するのは嫌いだった、そういう超常現象もあるところにはあるのだという考えを持っている。男は良く言えば、それをそれとして受け入れることが出来る人間だった。

 

「して、どうだ?何か思い出せたか?」

 

この世界に興味が湧いたのだ。とりあえずはそうだ、名前を決めなくては。いつまでも男だと不便だ。

 

「ええ、思い出しましたよ」

「何をですかー?」

「俺の名だ」

 

「改めまして自己紹介を。俺の名、性は紗、名を羅、字を竿平と言う」

 

紗羅竿平と名乗る男の外史が始まる。

-6ページ-

あとがきなるもの

やっちゃいました、初投稿です。いかがでしたでしょうか?期待3:不安7で皆さんの反応が気になります。本文長いんで分けようかなとは思いましたが、初めてなんで一度そのままでということにしました。大目に見てください。

 

この話は結構前から頭にあったんですが、いざ文にしてみるとかなり勝手が違うものですね。いつのまにか脱線やら遠回りやらで駄文に仕上がるという感じです。プロローグでこんなに時間も手間もかかるとは思いませんでした、正直舐めてましたですはい。作者は文を書くのが苦手なんですよ。なぜ書いたし。触発されました。

 

さて、本文ですがあらためて読み返してみるとこいつらすごいですね。死体が倒れてる中でこんな会話をしてたんですね。まあこういう時代なんで死体があってもおかしくない、という事でいいですよね?いいんですそういう外史にします。

三人組を返り討ちにするところまで書いて読み直したら、あれ?ガッチガチじゃね?文的な意味で。かったいなー思いまして、でも初めてなんでどうしたらいいかわからず、そのまま思いつくままに書きました。三人称と一人称の切り替えがよくわかりませんでした。精進します。

 

主人公となる彼ですが紗羅竿平(しゃらさおへい)と言います、紗(さ)と呼んでくれてもいいです。彼にやらせたいことは色々あるのですが、自分の中で彼のキャラがこれだ!というものに定まっておりません。とりあえずこうしたいなーって思うんですが、その時のノリとかテンションとか他の作者様に影響されてあやふやになると思います。彼は悪くありません、俺が悪いのです。あ、石投げられますねこれ。長いですし。

 

文の書き方は今後模索しながら書いていきたいと思います。何はともあれどうかご愛顧のほどをお願いいたす所存で御座います。

-7ページ-

説明とか設定とか

太平要術の書には意志などありません。その力故に混乱の中に常にいたのでそう思ってしまわれただけです。彼女は悪い子ではないんです。ほんとは心の優しい子なんです。

ここでさらに独自の設定ですが、もともとこの本には妖力が宿っており(無論吸収することもできますが)、この本が檻となりその妖力を内に閉じ込め、人の意志を媒体にしてその力を行使するという設定にしています。この書単体では意味はなく、よって諸悪の元凶などではなく、元凶は常に人の欲望です。過ぎたる力は身を滅ぼしますね。引き時をわきまえないと。

結論=太平要術の書は不憫な子(不憫萌え歓喜

 

説明
初めての作品です。勢いで出した。めっちゃ不安ですねこれ。こういうの初めてなんです。どうか優しくしてあげてください。
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コメント
普通の感覚を持った日本人ならいきなり名で呼びませんよね、彼氏彼女でも友人ですらないのだから、だから原作でいつも一刀がいきなり名を呼ぶ場面に違和感を感じてたんですよ、苗字を最初に聞きますよね(ギミック・パペット ヒトヤ・ドッグ)
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