【K】今更クリスマスの話 |
どこを見るでもなく、ふらり、と気の向くままに足を進めていた周防だが、ある店の前を数歩通り過ぎてから、ぴたり、と足を止め、暫し思案するかのようにその場で、コツコツ、と己のこめかみを指先で数度叩いた後、ゆうるり、と踵を返した。
店先に積まれた白い箱と、愛想よく笑みを浮かべている赤い服を着た店員を前に改めて意識を辺りへと向ければ、街路樹は煌びやかな電飾で彩られ、店の出入り口が開閉する度に漏れ聞こえてくる楽しげなメロディは定番のクリスマスソングだ。
招集などかけなくとも自然と集まってくる仲間の顔を脳裏に描いたまま、周防は言葉少なに目の前の箱をふたつ指さし、ポケットから取り出した剥き身の札を無造作に差し出す。冬場の鎌本はよく喰らうからと、ひとつは並んでいる中で一番大きな物を選んだ。
渡された釣り銭をそのままポケットへねじ込み、高さも幅もある袋を受け取ったのと同時に背後に感じた気配に、周防は隠すことなく面倒臭そうな顔をする。
「おや、王自ら買い物ですか」
「てめぇには関係ねぇだろうが」
「まぁ、そう言わずに。喧嘩をしに来たわけではないのですから」
袋を片手にぶら提げ気怠そうに振り返った周防は、目の前の宗像を眇めた目で見やる。喧嘩を売るようなことを言ってきたのはどっちだ、と口よりも雄弁に語るその眼差しを涼しい顔で受け流し、宗像は「少し歩きましょうか」と言うが早いか相手の返事を聞く前に周防の横を擦り抜けていく。チッ、と舌打ちをひとつ漏らし、周防は不本意ながらその背に続いた。
「こんなところで油売ってねぇで、さっさと戻ったらどうだ」
「今はプライベートですよ」
見れば確かに宗像はいつもの青服ではなく黒のコート姿である。しかも彼の手にも白い箱が収まっており、周防は「人のこと言えた義理か」と憎々しげに呟いた。
「あぁ、これですか。クリスマスくらいは休戦といきましょう、と持ち込むための賄賂のようなものですよ、周防」
ですから貴方に差し上げます、と普段、周防に向けられるものよりはやや柔和な顔で口にした宗像に、当の周防は怪訝を通り越した呆れの半眼で応える。
「お堅いセプター4の室長様からそんな言葉が聞けるとはな。明日は槍でも降るんじゃねぇのか」
はっ、と鼻で笑う周防に気分を害した様子もなく、宗像は差し出した箱を引っ込める気はないようだ。これを受け取らない限り宗像はどこまでもついてくるだろう。まさかこのままHOMRAへ連れて行くわけにもいかず、周防は低く喉奥で唸ると観念したように僅かに肩を下げた。
「……わかった」
折れることを選択した周防はそう唇に乗せながら、左手に提げた袋から箱をひとつ取り出し、ずい、と宗像の鼻先に突き出した。
「一方的に貰うだけってのは気に食わねぇからな」
交換だ、とあくまで対等であると主張する周防に、ゆうるり、と目を細め、宗像はそれに応じる。
「わかりました。それではこれは有り難く頂戴するとしましょう」
宗像が先に周防の手から箱を受け取り、片手が自由になった周防が袋の口を大きく開ければ、宗像は説明されるまでもなくそこに持参した箱を収めた。
「ちなみにこれは私が買った物ではありませんよ。淡島君が用意してくれた物です」
この場に草薙がいればその言葉の意味を理解したであろうが、大変残念なことに周防はその重大性を知る由もなかったのだった。
扉を押し開けた周防の手に提げられた物をいち早く発見した八田が「尊さん、それケーキっすか!?」と大声を上げれば、カウンター内から「珍しいこともあるんやなぁ」と草薙が笑み混じりの言葉を投げてくる。
「槍が降るんとちゃいます?」
「うるせぇ」
宗像に言ったことをそっくりそのまま寄越され、周防ははしゃぎまくる八田にケーキの袋を押し付けてから、眉間に皺を刻んだ険しい顔でスツールに、どっか、と腰を下ろした。
「うおーっ! ふたつも!? しかも片方デケー!!」
「八田さん、はしゃぎすぎですよ」
嬉しさの余り八田がいつケーキの箱を振り回すか気が気でない鎌本が、やんわり、と窘めるも、見えない尻尾を、ぶんぶん、振っている八田に一切効果はなく。
「尊さん、尊さん、開けていいッスか!?」
「好きにしろ」
お許しが出れば最早遠慮はいらぬとばかりに八田はカウンターの上に箱を並べ、赤いリボンを手早く解くや、えいやー! と勢い良く真上に外箱を持ち上げた。
──瞬間、凍り付いた空気に、何事かと草薙は周防に向けていた顔を八田達の方へ向け、視界に飛び込んできた物体にこの空気の理由を知った。
そこにあったのは紫がかった黒い物体としか言いようのない物で、それがケーキであると認識できる者はまず居ないであろう。
だが、草薙だけはあの物体をこよなく愛する人物を知っている。
「尊……あれ……」
「宗像が寄越した」
ビンゴや、と口には出さなかったが無意識のうちに額を押さえ、草薙は「この人、体よく処理を押し付けられただけなんちゃうか」と胸中で漏らし、我らが敬愛する王が自ら仲間のために買ってきたと信じて疑わない顔面蒼白な吠舞羅のメンバーを気の毒そうに見るしかなかった。
コツコツ、と丁寧ではあるがしっかりと響いたノックの音に、善条は誰が来たのか瞬時に察し僅かに片眉を上げた。該当する人物がこのような所に来る理由は大概ロクなことではなく、居留守を使いたいのが正直なところだ。
だが、居留守が通用するほど甘い人物ではないことも重々承知しているため、諦めたように嘆息すると椅子を鳴らして立ち上がった。
「なにかご用ですか、宗像室長」
できれば入ってくれるな、と言わんばかりに出入り口を塞ぐように位置取るも、「入れていただけますか」と正面切って言われてしまっては拒否することなどできず、善条は素直に身を引くしかない。
「一緒にケーキなどどうかと思いまして」
「ケーキ、ですか」
資料室の奥へと先に進みつつ肩越しに振り返れば宗像は胸元に箱を掲げており、大きさからしてホールケーキであると判断した善条は、無謀な、との言葉を飲み下す。
「切り分けるにしても皿なんかありませんよ」
ご存じでしょう、と善条が苦笑すれば、宗像は一瞬の躊躇もなく「皿など必要ないでしょう」と言い切り、卓上のノートパソコンを、ぱたり、と閉じると、これまた一瞬の迷いもなく流れるような動作でケーキの箱をその上に乗せた。
「5号ですからそれほど大きくありませんし、そのままでいいでしょう」
すたすた、と善条が止める間もなくキッチンへと向かった宗像は、カレースプーンを二本手にして戻ってきた。
つまりはひとつのケーキをふたりで突き崩していこうというのだ、この男は。
真っ白なクリームに真っ赤な苺の乗ったそれは目にも鮮やかで大変華やかであり、善条はここに来て、おや? と首を傾げる。よくよく見れば横に置かれた箱には店名ロゴが入っており、市販品であるのは一目瞭然だ。
早々に甘い物が得意ではないと告げた善条は幸いにも被害に遭ったことはないが、特務隊のクリスマスケーキは『黒い』クリスマスケーキであると記憶している。
それは室長である宗像も避けることのできぬ苦行であったはずだ。
だがしかし、目の前のケーキはそれではない。
真顔でケーキを見つめ考え込んでしまった善条がなにを脳裏に描いているのかなどお見通しであるのか、宗像は真っ先に苺を掬い取りつつ微笑を浮かべる。
「善条さんは『黒い』ケーキの方がお好きですか?」
「……いえ」
明言は避け善条もスプーンを手にするや、ざくり、と音がしそうな豪快さでケーキを抉り取ったのだった。
その後、青い顔で転がり込んできた日高に「室長も善条さんもずるい、ずるいっすよ!」とガチ泣きされ、善条は「すまん」としか言いようがなかった。
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2013.01.02
説明 | ||
・年明け早々、空気読まずにクリスマスの話。 ・淡島ちゃんのあんこ最強伝説www ・書いた人は24日に5号ケーキ1ホールを一人で片付けるという苦行を強いられ、「赤の王も青の王も頭付き合わせて無言で食い続けて、同じタイミングで無言でギブアップすればいいよ!」とネタに変換して気を紛らわす作戦に出るも、3分の2で討ち死にした苦い思い出。暫くケーキはいい……(白目) |
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