SAO〜菖蒲の瞳〜 第二十二話
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第二十二話 〜 凶刃の影 〜

 

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【キリトside】

 

アヤメに導かれ、ネズハがこの部屋に入ってまずやったことは、アスナへの謝罪だった。

 

まさしく誠心誠意と言った様子で、逆にアスナが遠慮するような心からのものだ。

 

今は落ち着いて、石畳の床に座り込んでいた。

 

「じゃあ、辛いだろうけど話してくれないか?」

 

「……はい。少し長くなりますけど、いいですか?」

 

ネズハの言葉に、俺たちは無言で頷いた。

 

「……僕はナーヴギアを買ったその日、最初の接続テストで、FNC判定だったんです……」

 

その言葉を聞いて、俺は息を呑んだ。

 

FNC。すなわち、フルダイブ((不適合|ノン・コンフォーミング))。

 

五感のどれかが完全に機能しないとか、脳との通信にラグが出るなどの理由でごく稀に出るものだ。

 

場合によってはダイブ自体が不可能な例もあるらしいので、ネズハのものはそれほど重いものでは無いのだろう。

 

「僕の場合は、一番重要な視覚に異常が出ました……遠近感に問題があったんです。僕は、奥行きが上手く掴めないんです……」

 

奥行き、つまり間合いを計れないということは、SAOにおいて重要な感覚の一つが機能していないようなものだ。

 

魔法や弓のように、距離に関係なくシステム補正で命中させるスキルがほぼ存在し無いこの世界では、必然的に敵に近付いて近距離戦をせざるを得なくなるからだ。

 

「僕にとっては、鉄床の上の動かない武器をハンマーで叩くのも至難の業なんです」

 

「ナタクが強化の手順を丁寧にこなしていたのは、それが理由か」

 

「そうですね。砕いてしまう剣に申し訳ないって気持ちも、少しはありましたけど……」

 

「あの、さっきから気になってるんですけど、《ナタク》って?」

 

床に敷かれたベンダーズ・カーペットの上にちょこんと座るシリカが、首を傾げながら言った。

 

「僕、君はもう分かってると思ってたんだけど……」

 

「ごめんなさい。あれ、全部アヤメさんの受け売りなんです」

 

申し訳無さそうに微笑んだあと、シリカは窓際で片膝を抱えるように座るアヤメを見た。

 

「《ナタク》って言うのは、中国の《封神演義》に登場する伝説の勇者の名前で、僕の本当のアバター名です」

 

「そうだったんですか。……じゃあ、ナタクさんって読んだ方がいいですか?」

 

「ネズハで構いませんよ。皆からは《ネズオ》って呼ばれてますし、今更です」

 

そう言う割に、ネズハ改めナクタは悔しそうに唇を噛みしめていた。

 

「……《皆》って言うのは、今日フィールドボス攻略に参加してた三人組のことかしら?」

 

シリカの横に並んで座っているアスナが尋ねた。

 

「そうです。彼らは……《レジェンド・ブレイブス》は、僕の仲間です。……まあ、向こうがどう思っているかは分かりませんけどね」

 

力無く笑うネズハに、アスナとシリカは心配そうな目を向けた。

 

「……《レジェンド・ブレイブス》はもともと、SAO正式サービスの三ヶ月前にできた、ナーヴギア用のアクションゲームで組んでいたチームなんです」

 

一口お茶を飲んでから、ネズハはゆっくり語り始めた。

 

「ダウンロード専用の、一本道のマップに押し寄せてくるモンスターを剣とかで斬りまくって得点を競う単純なゲームでしたけど……僕のせいで、チームのスコアはなかなか上位に行けませんでした。オルランドたち……リーダーたちとは、リアルの知り合いでも無かったので、その時、抜けるか辞めるかすれば良かったんどすけど……皆が言い出さないのを良いことに、僕は留まり続けました」

 

震える拳を握りしめながら続ける。

 

「……SAOにチーム全員で移動する事が決まったからです。僕はどうしてもSAOに入りたかったし、オルランドたちと一緒なら、僕も戦えるんじゃないかって思ったんです。……甘え、ですけどね……」

 

自嘲気味の笑みを浮かべるネズハ。

 

「ナタクって名前を使っているのは、オルランドたちへの追従、おべっかです。皆みたいな英雄の名前は使わないから、仲間のままにしておいてくれっていう。……どうしようもないですね……」

 

どこまでも内罰的なネズハの言葉に、誰一人として肯定も否定もしなかった。

 

「じゃあ…えと、デスゲームになって直ぐからなんですか? 鍛冶屋になって、その……」

 

「強化詐欺を始めたのは……ですか?」

 

やんわり尋ねるシリカの言葉を奪ってネズハは続けた。

 

それに対して、シリカは小さく頷いた。

 

「……僕が生産職に転職したのは二週間くらい後です。それまでは、戦闘職でした……」

 

その言葉に俺は、なんて危ないことを、と驚き、少し考えて一つの可能性を思い付いた。

 

「……《投剣》スキルなら、出来ないこともないな」

 

SAOの中で、モンスターの使うブレスなどの特殊攻撃を除いて遠距離から攻撃でき、命中にシステム補正が掛かる唯一のスキル。

 

それをメインにすれば、確かに戦うことは可能だ。しかし、それは……。

 

「効率が悪い、なんてモンじゃないな」

 

「はい。その通りでした」

 

俺の呟きに、ネズハは頷いた。

 

「はじまりの街に売ってる一番安い投げナイフを買えるだけ買ってスキルの修行をしたんですけど、ストックが無くなれば何も出来ませんし……と言って、フィールドに落ちてる石ころじゃダメージが低すぎて、メインに使えるスキルじゃなくて……熟練度を50まで上げたところで諦めたんです。その時、ブレイブスの皆を僕の修行に付き合わせちゃったせいで、最前線集団に乗り遅れて……」

 

それは、ネズハのせいばかりでなく、俺を含むベーターや、アヤメとアスナのようなプレイヤーが猛ラッシュをかましたせいもあると思うが、今は余り関係ないので胸の内に仕舞っておく。

 

「……僕が諦めるって決まった時の話し合いは、かなり険悪でした。誰も口にしませんでしたけど、僕のせいで出遅れたって、みんな思っていたはずです……その時、きっと、こいつをはじまりの街に置いていこうって、誰かが言い出すのを待っていたんです」

 

唇を噛んでから、すぐに続ける。

 

「ほんとは僕が言うべきだったんですけど、一人になるのが怖くて、どうしても言えませんでした……。―――そうしたら、話し合いをしていた酒場の隅にいた人が近寄ってきて、言ったんです。『そいつが戦闘スキル持ちの鍛冶屋になるなら、すげえクールな稼ぎ方があるぜ』って」

 

アスナやシリカから、息を呑む気配を感じた。

 

俺の顔も、驚愕で染まっているだろう。

 

よもや、クイックチェンジを使った強化詐欺のアイディアが、ブレイブス以外からの発案だとは思いもしなかったのだ。

 

「黒エナメルの、雨合羽みたいなフーデッドマントをすっぽり被った、名前も知らない男でした。……そして不思議なことに、武器すり替えのやり方だけ説明して、どっかに行っちゃったんです」

 

「分け前とか、アイデア料の要求とかしなかったのかしら……?」

 

「……はい」

 

なんともきな臭い話だった。

 

((お金|コル))を要求しなかったというなら、そいつはいったい何を得たというのだ?

 

やらせることが詐欺なのだ、無償の善意ではないだろう。

 

「それから、ナタクたちは直ぐにその話に食いついたのか?」

 

最初の一言目から、微動だにせず話を聞き続けていたアヤメが口を開いた。

 

「そんなわけ無いじゃないですか……!」

 

今まで弱気だったネズハが、強く否を示した。

 

しかしそれも直ぐ引っ込み、また静かな声で話し始めた。

 

「……ここからは言い訳っぽくなっちゃいますけど、最初はオルランドたちも否定的な反応だったんです。そんなの犯罪じゃないか、って。そしたら、あいつがすごく明るく笑ったんです。なんていうか……聞いてるだけで、いろんなことが深刻じゃなく無く感じてくる、そんな綺麗な笑い方でした」

 

「綺麗な……笑い方……?」

 

「……それで、気付いたら、オーさんも、ベオさんも、他の三人も……そして僕も笑っていました。そんな中、あいつが言ったんです。ええと……『ここはネトゲの中だぜ? やっちゃいけないことは、最初っからシステム的に出来ないようになってるに決まってるだろ? ってことはさ、やれることはなんでもやっていい……そう思わないか?』って……」

 

――――ガンッ!

 

ネズハが言った直後、部屋に黄色の軌跡が走るとほぼ同時に壁を殴りつける鈍い音が響き、紫色の閃光が部屋を一瞬照らし出した。

 

その場にいる全員が驚きで目を見開き音の発生源に顔を向けると、【Immortal Object】と表示された紫色のウィンドウと、いつも通り無表情のアヤメがいた。

 

しかし、その目にはゾッとするような冷血な光が灯っていた。

 

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【アヤメside】

 

「詭弁もいいところだ……」

 

全員が見つめるなかで呟かれた俺の声は、自分でも驚くほど冷え切ったものだった。

 

「そんなことが許されたら、モンスターの横取りやなすりつけ、狩り場の独占、今回みたいな強化詐欺、レアアイテム欲しさの脅迫強盗、そして((殺人|PK))。そんな、道理から懸け離れた物事が当たり前になるだろうが」

 

考えが腐ってやがる。

 

確かに、この世界はゲームの中だ。だけど、そんなのは《何をしても良い》なんて理由にはならない。どのゲームにも、システムでは規制されていない犯してはならない《モラル》、守るべき《ルール》は存在していた。

 

それは、例えこのSAOが命懸けのデスゲームだとしても《ゲーム》である以上は変わらない。いや寧ろ、デスゲームとなり限りなく((現実|リアル))に近付いたからこそより厳重に守るべきものだ。

 

《法律》―――と言っては過言かもしれないが、それくらい重要で必要不可欠なものであることに変わりはない。

 

しかし、雨合羽の男の考えはそれらを真っ向から否定し、逆を《是》とする考えだった。

 

――――この考えは危険だ。

 

ゲームやアニメと言った((文化|もの))は良くも悪くも影響力が強く、それらの影響で犯罪を犯す人が現れるくらいだ。

 

しかもそれは従来の2D、《画面越し》にしか感じ取れない状況で起きていた。

 

((画面越し|2D))でそうだったのだから、画面なんてものはなく己の五感全てで世界を感じ取れるVRMMOでの影響力は従来のものと比べるまでも無く強力なはずだ。ここで悪事を働けば、必ず人格を歪める。

 

こんなことを考える危険因子は――――

 

「アヤメさんッ!」

 

とそこまで考えた時、シリカの懇願するような声が直ぐ近くで聞こえた。

 

意識を内側から外側に切り替えると、俺の左手を押さえつけるように握り込む今にも泣き出しそうなシリカの顔が目の前に映り、そしてその奥には、諦めたように俯くナタクと戸惑いの表情を浮かべながらナタクを庇うキリトとアスナの姿があった。

 

状況が上手く飲み込めないでいると、シリカが握り締める俺の左手にハームダガーの柄に触れていることに気付いた。

 

「―――ッ!?」

 

その瞬間全てを察した俺は、柄から慌てて手を離してナタクに頭を下げた。

 

おそらく、短剣の柄を握るのを見て俺がこの場でナタクに攻撃を仕掛けると思ったのだろう。

 

そんなつもりは一切無いと目で伝えると、ナタクを庇う二人は安心したように息をついて肩の力を抜いた。シリカはまだ手を離さなかった。

 

「ごめんな。ナタクの雨合羽の男の話を聞いて、思考が脱線して暴走しちゃったみたいだ。俺はナタクに手を出さないよ」

 

俺がシリカの手に右手を重ねていつものトーンで言うと、シリカはゆっくりと手を離して隣に座った。

 

「ナタクも、キリトとアスナもすまなかった」

 

もう一度頭を下げてから、思考を元のレールに戻す。

 

「えーと……ナタク、続きはあるか?」

 

「……いいえ。これで全部です」

 

怖がらせてしまったのだろうか、ナタクはゆっくり頭を横に振って答えた。

 

本当はまだなにかありそうだったが、無理に聞くのは辞めておくことにした。

 

「じゃあ、話をまとめるな。ナタクはこれより前のゲームでオルランドらと出会ってチームを組み一緒にSAOをプレイすることになった。《投剣》スキルに挑戦するもその効率の悪さに挫折。諦める旨をチームに伝え険悪なムードになったとき、雨合羽の男の介入によって強化詐欺の手段を知り実行。……こんな感じだな?」

 

俺がそう尋ねると、今度は無言で頷いた。

 

「……やっぱり、謝って済む話じゃないですよね」

 

「もう一度言うけど、自殺は許さないからな。そんなのは、ただの自己満足で罪からの逃避だ」

 

「じゃあ……じゃあ一体どうしたらいんですか! 僕がやったことは謝って許されることじゃないくらい分かってます! 騙し取った武器は返すべきでしょうけど、それももう出来ない! そうなったら…そうなったらもう……!」

 

絶叫しながら、ナタクは床に自分の額を叩き付けた。

 

どうしていいのか分からないなか、思い付いたことがこの自傷行動なのだろうか。

 

((犯罪防止|アンチクリミナル))コードが適応される圏内では、どんなことがあろうとHPが減ることは無いためナクタの行動はするだけ無駄なものなのだが、それだからこそ痛々しいものがあった。

 

「ネズハさん」

 

そんなナタクを見ていられなくなったのか、アスナがその肩を掴んで辞めさせた。

 

「確かに、アナタがやったことは謝って済むことじゃないかもしれません。でも、謝ることには意味があると思います」

 

「アスナさん……?」

 

穏やかなアスナの声を聞いて、ナタクは疑問符を浮かべながらもその動きを止めてアスナの目を見つめた。

 

「私は、必死に謝るネズハさんを見て少しくらいは許してあげようかなって思っているんです。そして、アナタみたいな優しい人には死んで欲しくありません。だから、自殺なんてしないで下さい」

 

「……はい。ありがとう、ございます……」

 

静かに紡がれるアスナの言葉に落ち着きを取り戻したナタクは、両目に涙を溜めて頷いた。

 

それを見たアスナは小さく微笑んで「それに、悪いことをしたら謝るのが礼儀ですよ」と言い、両手をナクタの肩から放して元いた場所に座り直した。

 

「でも実際問題、謝っただけじゃ許してくれないだろうな。……攻略で大きな成果を上げるとかしないとダメじゃないか?」

 

「現実はそうだろうな。まあ、これはナタクだけじゃなくて《レジェンド・ブレイブス》全体での罪だから不可能と言うほどでもないか。……いや、やめといた方がいいか」

 

最後の最後で否定した俺に、キリトから視線で疑問が投げかけられた。

 

「ナタクが納得できないだろうからな。『皆に頼らないと自分の罪すら払拭することが出来ないのか』って具合に」

 

「じゃあ、ネズハにも戦える力を与えればいいんだろ?」

 

我に策有り、と言った風にニヤリと笑みを浮かべるキリト。

 

「ネズハは今レベルいくつだ?」

 

突然の謎の質問に、俺を含めキリトを除く全員が疑問符を浮かべた。

 

「……10ですけど」

 

「じゃあ、スキルスロットは三つだな。何を入れてる?」

 

「《片手武器作成》と《所有容量拡張》……あと、《投剣》……」

 

「そうか。じゃあ、もし君にも使える武器があるって言ったら、武器作成を……《鍛冶》スキルを捨てる覚悟はあるか?」

 

その問いに今まで一番の驚愕を浮かべると、ナタクは迷うことなく「はい」と答えた。

 

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【あとがき】

 

以上、二十二話でした。皆さん、如何でしたでしょうか?

 

ネズハことナタクの懺悔でした。新年早々なんか重い話でごめんなさい。

前回はシリカちゃん大活躍だったので、今回はアスナさんが少し活躍しています。

最後は原作通りキリト君が持て行きましたが。

 

次回はちょっとブレイク的な感じで《小話2》になります。

《シリカちゃんの赤いリボン》《少女二人の三日間》《鍛冶師リズベットとの馴れ染め》の三本です。

もしかしたら一本増えるかもしれません。

 

それでは皆さんまた次回!

説明
あけましておめでとうございます。bambambooです。

新年初投稿と言うことで、二十二話目更新です。

この作品を読んでいらっしゃる皆さんに一つご連絡が。
もうそろそろ受験シーズンなので、更新スピードが低下すると思われます。ご了承ください。


さてさて、ネズハが詐欺をすることになった原因とは……?


コメントお待ちしています。
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コメント
ネフィー 様へ  あけましておめでとうございます。アヤメ君には(一部を除き)《容赦》の二文字が存在しませんからね。(bambamboo)
明けましておめでとうございます。アヤメの思考暴走はちょっとばっかし危険な方向にいきやすいみたいですね…。シリカがうまく抑えてくれるといいんですが…。(ネフィリムフィストに戦慄走った)
本郷 刃 様へ  アヤメ君の奥底の感情、それはまた別のところで明かされます。(bambamboo)
PoHさんですね、分かりますw アヤメの奥底にある感情は一体なんなのでしょうかね・・・?(本郷 刃)
菊一 様へ  あけましておめでとうございます。私自身はネトゲをやったことが無いのであくまでイメージなんですけどね。……はッ!? うん。完全にやってしまったorz(bambamboo)
明けましておめでとう御座います、今年も作品を読ませていただけるよう宜しくお願いします。 う〜ん、今回の話はネトゲ経験者なら「あ〜、すごいわかる…」的な内容でした。原作読んでてもそういう感情はやっぱり慣れません。 しかし前回から気になってたんですが「ナクタ」ではなく「ナタク」又は「ナタ」だと思うんですが?(菊一)
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SAO オリ主 ヒロインはシリカ オリジナル設定 

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