薄幸な母
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母は、私が物心ついた時から家族に阻害されていた。

 

私と、二歳年の離れた姉。まだ幼かった弟。

父方の祖母は勿論、夫である筈の父でさえ、「あいつには構うな」と私に聞かせた。

 

だからといって、誰かが母に暴力を振るったり、汚い言葉で罵ったり、そんな出来事は無かったと思う。

 

ただ、彼女は家族の誰からも相手にされなかったと記憶している。

 

一家団らんの中に、いつだって母は居ない。

家族の誰もが、母を母として触れ合う事は無かった。

 

ただ一人だけ、家族であって、家族と認められ無い人。

 

部屋の隅で、俯いている記憶しかない。

 

しかし、私だけは違う。

普通の母親と同じように、いつだって彼女に話しかけたし、傍で時を過ごした。

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テストで満点を取れば、下校してすぐ母の居る部屋に飛び込んだ。

 

新しい友達が出来れば、嬉々として母に報告した。

母を除いた食事の時間も、私だけ茶碗を片手に母の隣へ移る事だってあった。

 

父に祖母、姉と弟。誰もが、私が母に近づく事を良く思っていなかったようだ。

 

何故そこまで他の家族が、母を忌み嫌うのか私には分からない。

ただ一人の、血を分けた母親。

 

無視しつづけて生きていくなんて、とんでもない事だと思う。

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―――ある時、大人になった私は、それぞれ自立し、離れて暮らす姉と弟と食事をする機会を持った。

 

祖母は既に故人となっており、父とも仕事の都合で中々会う事は出来ない。

 

姉弟水入らずという訳だが、私は不意に母の話題を持ち掛けてみた。

どうして、家族揃ってあの人を除け者にするのか。

 

幼い頃より、ずっと疑問と苛立ちを感じていた事。それを、二人にぶつけたのだ。

結果、ハッキリとした答えを得る事は出来ず仕舞い。

 

ナイフとフォークを握る手が止まり、押し黙った空気になる。

 

姉の言った「まだ居るの」という言葉以外、もうそれについて触れられる事は無い。

 

私は、ますます母が気の毒で仕方なかった。

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その後の食事自体は、楽しいものであった。

それぞれの近況で盛り上がり、何時の間にかすっかり日も暮れた。

 

姉は一昨年結婚していて、家庭を持ち、今では子供を設けた身である。

迎えにきた夫の車で、遠くの街へ帰宅していった。

 

今は、人の親となった彼女。

それでも、黙殺される母の気持ちは理解出来ないのだろうか。

 

気が付けば、終電も終わった時間。私は、弟に自宅で軽く酒でも飲み交わす事を提案した。

狭いアパートではあるが、私と弟は兄弟であり、同性だ。何の問題も無いはず。

 

買出しを済ませ、周りの住人に迷惑にならぬ様、そっとアパートの鍵を開ける。

 

扉を開ければ、私にはもう見慣れた薄暗い部屋。

 

明かりを点けようと手探りで中まで進むと、未だ弟が玄関で立ち尽くしているのに気が付いた。

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コンビニの袋を片手に、いつまでも私の部屋に入ろうとしない。

 

遠慮する事は無いと諭すが、それでも頑なに部屋に入るのを拒むのだ。

そういえば家族の中でも、弟は特に母を避けていた存在だったと思う。

 

確かに、幼かった弟にとって、他と違う母の姿は臆するものだったのかもしれない。

 

しかし、今は彼だって立派に成人した大人である。

私は、少しでも母を理解して欲しいと思った。

大好物のステーキを半分も残し、トイレへ駆け込んでいた弟。

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今は、「うちに母親は居ない」と擦れた声で言う。

母は、私が物心ついた時から家族に阻害されていた。

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暗い部屋の隅にハッキリと浮かび上がる母は、俯きながら歯を剥き出して笑っている。

 

説明
母は、私が物心付いた頃から家族に阻害されていた。
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