運・恋姫†無双 第二話
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「ん……」

 

……ここは?

 

「……」

 

ああそうか……夢じゃなかったんだな、これは。

 

まだ朝早いのだろう。時計がないから時間はわからないが、まだ周囲が薄暗いことからそれがわかる。

 

「……」

 

この世界の恩人たる彼女たちもまだ静かな寝息を立てている。程立、戯志才は横に、趙雲は槍を手に座ったまま寝ている。整った顔立ちで見るに飽きないのだが、あまり女性の寝顔を観察するのも気が引ける。もう一度目を瞑った。

 

「……」

 

(眠れん……)

 

だが身体の疲れが取れていない。外で寝るのは初めてだから、こんなものか、と思った。ふと昨日までいた自分の家を想った。家族がいた。父と母だ。向こうの世界は今どうなっているのだろう。時間の進み具合はこの世界と一緒なのだろうか?もしそうなら、今頃向こうでは大騒ぎだろうな。会いたい、とやはり思ってしまう。いくらこの世界に興味が湧いたといっても、今まで世話になった親にいきなり会えなくなるというと、どうしても寂しさを覚えてしまう。

 

(親孝行らしい孝行などあまりしたことはなかったな)

 

せめて、別れというものを告げたかった。だが、元の世界に戻れるというなら、俺は戻るという選択をするのだろうか?……おそらく答えは否だ。俺はまだこの世界の事を知らない。自分の手を見た。あの時の、人を殺した時の感覚がいまだ離れない。あのような賊がいる世界だ。この世界はきっと、俺が思うより遥かに酷い世界なのかもしれない。そのことを知ったら帰りたいと思うかもしれない。だが今の俺はやはりこの世界を知りたいのだ。昨日の食事を思い出す。彼女らから干し肉を貰った。噛み締めた。野性味というのだろうか、なかなか気に入った。空を見た。木々に覆われた隙間から夜空が、そして星が見えた。綺麗だった。“生きている”とはこういうことを言うのではないか、とも思った。元いた世界の文明は便利すぎた、と思ってしまう。木はなくとも火はあり、火はなくとも明かりはあった。そうやって元の世界では、原始のものと触れ合わなくなっていった。その素晴らしさを遠ざけていった。その方が便利だからと。

進化、成長、確かにそうだ。だが一方で堕落、怠惰という一面があるのもそうだ。僅か一日だが、この世界で生きた俺には……

 

「はぁ……」

 

駄目だ、こんなこと考えても疲れるだけだ。皆を起こさないように静かに荷物を持って立ち上がる。どちらにせよ、俺はここにいるのだ。俺は静かにその場を離れた。

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空気が美味いとはこういうことを言うのだ、と感じた。湿り気のある澄んだ空気が肺に入ってくるのが楽しい。まだ肌寒いが、寝起きの散歩と頭にはちょうど良い。

皆からほど離れた場所で、俺はあの本を取り出した。

 

「……」

 

紗羅はこの本に触れてから、今までとは違う力を感じていた。題は穴が開いて読めない。ちょうどそこに剣が刺さったからだ。開いてみる。文字。これは漢文だ。授業で触れたことはあるが、もちろん忘れていた。だがわかることがある。ここはやはりそういう時代だと。

 

紗羅は頭の中を整理していった。

一つ、ここは後漢時代。まだ三国志は出来ていない。

一つ、趙雲と程立(戯志才は知らん)。彼女たちはおそらく本物。なによりの理由は昨日の趙雲の殺気。殺気を当てられたのは初めてだが、尋常じゃなかった。あの時は動かなかったが、本当に恐かったのだ。

そして一つ、上記をそうだとするなら、なぜ女性なのか。それは、ここはそういう世界だから。彼女らの服装、程立の年齢、趙雲のあの派手な武器。俺が知っている時代とはあまりにもかけ離れているもの。そして真名の存在、俺の知る国にはなかった。これはこの国だけでなく、この世界全体の常識なのだろう。

ここはきっとパラレルワールドなのだ。彼女たちがそうであるなら、おそらくこれからも、そういった理解しがたいものがでてくるのだろう。だがここではそれが普通なのかもしれない。

しかしそれでも判断がつけ難いのは、この力。本に触れたとき、これが身体に入ってきた。不思議な力だが、趙雲と出会ったとき、これが暴れだしそうだった。あの時はなんとか静めたものの、この力の正体がわからない。この本が読めれば力の正体がわかるかもしれないが、文字が読めない。彼女らに読んでもらうか?とは思ったが、危険な物かもしれない。

 

(ならば自分で確かめるしかないよな)

 

二度深呼吸。この力を解放する感じをイメージする。するとその力が周囲に溢れるのがわかる。不思議な感覚だった。これもきっとこの世界ならではのものだ。きっと元の世界では味わう事の出来ない感覚。

今度は静める。昨日のように闇を想う。力が徐々に収まっていく。

 

「んー……」

 

もう一度解放、そして静める。そして解放。すべてが上手くいった。

 

「ふぅ……」

 

とりあえず出し入れ出来ることは解った。今度は青竜刀を握る。そして、

 

「はっ」

 

木を切りつける。もしかしたらお約束のパワーアップでもしてるのではないか、と思っての行動である。しかし、

 

「っつぅ……」

 

腕が痺れた。青竜刀は木を切断することはできず、幹に切れ口だけを残し弾かれた。

 

「ぬぅ……」

 

少し、いやかなり残念だった。男であるからには、乱世がくるなら華々しく活躍したい!とか思っていたから尚更に。結構ガチでやった恥ずかしさを誰かに誤魔化すため、頭を掻く。

 

「んー……」

 

もしかして、ともう一度思った。地に転がった青竜刀を見つめる。

 

「……」

 

少し離れて、それに手を伸ばす。離れた空間からその柄をつかむように手を握った。そして何か手ごたえを感じる。

 

「……」

 

そう、男だけでなく、全人類が一度は夢見たあれである。その手ごたえを感じるままに力強く引く。そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「のぉあっ!?」

 

青竜刀が回転をつけて一直線に自分に向かってきた。間一髪で避けたが、青竜刀は今度は後ろの幹に突き立った。

 

「っぶねぇー……」

 

もう一度、ゆっくりと手を翳し、恐る恐る引く。すると、青竜刀がゆっくりと幹から抜け宙に浮いている。

 

「これは……」

 

この時、本が魔法書、或いは魔導書であることを理解した。いや、ここに合わせるのなら

 

「妖術か……」

 

空をつかんだ手を振る。それに合わせて青竜刀も空を切る。手を引く。青竜刀がこちらに来た。それを手に取る。

 

「おー!」

 

某銀河で秩序とかを守る戦士のそれである。紗羅はしばらくその感動で打ち震えていた。まさか自分にそういうことが出来る日が来るなんて、と。しばらくその力を試し、とりあえず一満足したところでこの力をどうするか考えた。

 

(まず俺はこの力をまだ上手く使うことが出来ない)

 

当然だろう。いくら『太平要術の書』の妖力を吸収出来たとて、いきなり大賢者真っ青の大魔法が使えるわけがない。今の彼の状態は、能力こそ大きいが、それを吐き出す口が小さい、という状態である。

そして彼が危うんでるのは、妖術の存在である。ファンタジーな世界であるならまだしも、ここは三国時代だ。そういう存在は忌避されてるんじゃないか?と思う訳である。

 

(もしかしたらこういうのもありな世界なのか?魏は卑弥呼とかと通じてたし、仙人とかなんとかも居たって。そういえば三国志だったら正史か?演義か?演義だったら祟られて死んだ人もいるしなぁ……。後で子龍に聞いてみるか。あいつだったら悪いようにはしてこないと思うし……。もしそうだったら魔女狩りとかやだなぁ、俺男だけど……つうか時代が違うか)

 

とかそんなことを考えていた。彼の考えとしては、とりあえずあまり無闇に使わない方がいいかもしれない、である。

もし使ったら即逮捕、ということは流石に嫌なので、彼は今現在妖術を我慢し、武器を使っている。妖術なしで力を磨くためである。その使用方法なのだが、

 

タンッ!

 

剣が木に突き立った。彼は剣を投げているのだ。これは彼なりの考えで、彼は武の道になど通じていない。木刀は持っていたが、実戦で振ったことなど当たり前だがない。ならば素人が剣を振るより、投げる方が有効なのではないか?ということで投擲しているのである。最初に賊が襲われたときにそれで乗り切ったからでもあるが。

 

「っと!」

 

ガッ

 

気づいたことがある。剣を投げるのも楽じゃない。木に突き立つ威力を目指してるのだが、なかなかきつい。それに回転を加えると威力は増すのだが、上手く刃が当たらないというのもある。

 

「なかなか……」

 

難しいものだ。

 

「紗羅」

「ぬっ?子龍か」

 

趙雲が後ろにいた。実は紗羅が散歩に出かける時すでに起きていたのだが、こっそり後をつけてきていたのだ。当然彼が妖術を使ってるところも目撃した。趙雲は驚いたが、それより彼が妖術に頼らず、武技に励んでいるという方にちょっとした驚きと好感を抱いた。

 

「起きたらお主がいないから探しに来たのだぞ」

 

もちろん見たこと、思ったことは口には出さない。

 

「そうだったか、すまんな。残りの二人は?」

「まだ寝てる」

「そうか。子龍、俺は妖術師だったようだ」

「……唐突だな」

 

紗羅のこういうところに面を食らわせられる。だが同時に、やはり彼はおもしろい、と趙雲は思った。

 

「まあ見てろ」

 

紗羅は少しニヤッと笑い、手を翳し横に振る。すると木に突き刺さってた剣一本と外れて転がっていた残りの二本が紗羅を中心に周囲を回る。彼が思わずサークルソード!とか命名しようかと思ってたのはご愛嬌。

 

「な?」

「ほう」

 

どこか誇らしげなのもしょうがないと思ってほしい。なんせ憧れの力を手に入れたのだ。少しぐらいはしゃいでも罰は当たらないだろう。

 

「んで聞きたいんだが、妖術って避けられてたりするのか?」

「うむ」

 

ちょうど趙雲もそのことを言おうと思っていたところだ。

 

「妖術というのは淫詞邪教と同一視されてると思え。下手すればそれよりひどい。街中で使うとなるととっ捕まるぞ。私も今まで道士だとか妖術使いだと言う者に幾人か出会ったことはあるが、正直全て眉唾物だった。その力はあまり人前で使わない方がいい。いきなり頸になるのは嫌だろう?」

「えー、この力は本物だぞ」

「わかってる。私は気にしないが、全てがそうという訳じゃないさ」

「それはわかってるつもりだ。これいろいろと便利なのになぁ」

 

名残惜しそうにつぶやく紗羅を見て、趙雲があることを思いついた。というより、元々そうしようと思っていた。

 

「なあ紗羅」

「なんだ?」

 

趙雲はどこか楽しそうだ。

 

「手合わせをしないか?」

「手合わせ?」

 

手合わせ。実力を晒し打ち合うこと。自分には経験がないが、つまり彼女の実力を知る機会だ。昨日の殺気でただ者じゃないことは解ったが、実際に彼女の腕を見たわけでもない。解る人は見ただけでその人の腕が解るというが、もちろん紗羅は解らない人なので、良い機会なのかもしれない、と思った。

 

「手合わせか。うん、やってみたい」

「お主ならそう来ると思っていたよ。妖術使いと手合わせするのは初めてだ。では」

 

そういって距離を取り、槍を自然に構える。

 

「ちょっと待て。これしかないぞ」

 

そう言って紗羅は剣を見せる。もちろん真剣だ。初めてなのに真剣を使うのは流石に恐い。

 

「なに、寸止めすれば良いことだ」

「寸止めって……俺は立ち合いってこれが初めてだぞ?」

「そうだろうさ」

「いや……危ないぞ?」

 

趙雲は優雅に微笑む。

 

「私に勝てるつもりか?」

「……」

 

紗羅も男だ。流石にこう言われると何か来るものがある。

 

(そうか、挑発か……)

 

だがそう易々と勝てるつもりもない。いや、少しくらいは勝てるかなー?とは思ってしまうが、昨日の殺気だ。尋常じゃないのは確かだ。

 

「まぁ……いいか」

 

認めるのは悔しいが彼女は自分より強いのだろう。だが少しくらいは噛みついてやる、と覚悟を決める。

 

「ふふっ、では気を取り直して」

「ああ」

 

紗羅も構える。両手それぞれに剣を。右の剣は肩に担ぐように、左の剣は前方に突き出し、短剣は腰の鞘に。その構えはいかにも荒々しく、その目は相手の槍を捉えている。つまり、隙だらけ素人バレバレの構えである。当たり前である。彼は素人なのだから。

 

「参る!」

 

趙雲が言い放った刹那

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の槍が紗羅の目前に固定されていた。一瞬置いて

 

「勝負あり」

 

ただ固まることしかできなかった。見えなかった。何がって全てだ。最初から最後まで、というか初動も何もなかった。今も彼女が元いた位置に残像すら見えている気がする。

 

「とまあこのように、腕には少々自信があってな」

「……」

 

そう言って趙雲は構えを解く。油断していた、などと言うつもりはない。あいにくだが、自分は相手が女の子だからといって手を抜く性格ではないのだ。彼女は強いのだろうとは思っていた。だが、彼女はそれを遥かに上回る、予想できない強さを持っていた。正直言って次元が違う。

 

「これが……子龍の力なのか」

「ああそうだ。お主は幸運だぞ?私ほどの武人の本気を見れたのだからな」

 

いや、見えなかった。

 

「まあ、悪かった。さすがに大人げなかったな」

 

微笑みを携えて言う趙雲にはそれを言えるほどの腕があるのだ。反論はしまい。

 

「……良い経験になった」

「謙虚な姿勢だな。つまらんぞ」

 

趙雲は呆気にとられる姿を見て楽しもうとしたのだろう。だが本当に良い経験になった。なんせ比喩でもなんでもなく見えなかったのだ。正しく住む世界が違う。実際にも住む世界が違ったのだが、彼女の強さはこの世界のものなのだろう。元の世界ではあんなことはあり得ない。となると、彼女の強さは彼女特有のものか、それともこの世界の『強い』は彼女レベルが普通なのかという疑問が出てくる。もし後者なら俺は気が狂うだろう。

 

「それは悪かった。んで子龍、聞きたいことがある」

「私が質問されてばかりだな、たまには私にも質問させろ」

「悪いとは思うが、どうしろと?俺には記憶がないんだぞ?」

 

記憶がないとは便利だな、としみじみ思う。元の世界の努力(妄想)は無駄じゃなかった。

 

「ずるいぞ紗羅」

「まあ、ツケといてくれ」

「いずれ返させてもらうぞ?」

 

ニヤニヤと……何か悪いこと考えてる目だな……

 

この世界に来た初日に彼女のような人物に会えたのはつくづく幸運だと思う。彼女とは相性が良いと思えるのだ。

 

「して、聞きたいこととはなんだ?」

「ああ、お前の腕のことだが――」

 

趙雲に質問をする。それに彼女は笑っていたが、ちゃんと答えてくれた。

やはり、趙雲の強さは彼女特有のものらしい。これには安心した。私が普通程度の腕であるはずがないだろう、とのことだ。では、程立や戯志才の力はどうだと聞いたら、彼女たちの力はその頭脳であって、肉体的な力は俺より劣るらしい。

つまり『趙雲』のような歴史に名を残す武将たちがずば抜けて高いのでは?と推測する。もしそれがこの世界というものなら、俺はどうなるのだろうか?俺は元よりこの世界の住人じゃない。俺がもし武将となるなら、彼女ほどの強さを身に着けなければならない。それは絶対に無理だ。

あの強さは『彼女』によるものか『世界』によるものか。後者の意味は解るだろうか?元の世界では普通だけど、別世界では重力とか基準が云々で体が軽いとかの、環境が変わることによっての変化である。だがそれはこの世界ではない。さきほど試した通りだ。木を切断ことはできず、弾かれ腕が痺れた。元の身体能力は変わってない、という事だ。

ならば彼女のあのあり得ない強さは?それは彼女だから。元の世界の『趙雲』は、実際にはもちろん見たことはないが、この世界の『趙雲』と同じくらい強かったと言えるか?自信を持ってあり得ないと言える。彼女の強さはいわば、この世界の人間だから、と言えるのではないか。

つまり、この世界に生まれた者ならともかく、俺が住んでいた世界の者なら、彼女ほどの高見へたどり着けることは絶対にない、という事だ。

 

「どうしたのだ?」

「……なんでもない」

 

気付いてしまった。そう認めてしまうのは泣きたいほど悔しいが、どんなに悔しがってもこれはどうにもならないのだろう。もしかしたら、そう一目で解るほどの変化ではなく、時間をかけ積み重ねることによっての変化はある、という事も考えてはみたが、可能性は低いのではないだろうか。

 

「なぁ子龍」

「なんだ」

「俺は弱いな」

「ああ、弱いな」

「……」

「紗羅、それは私と比べて、という事だ」

 

やめてくれ。その言葉に縋り付きたくなってしまうではないか。

 

「俺は……強くなれるのか?」

「ああ、お主には覚悟がある。覚悟を持つ人間は強くなるものだ」

 

強くなれる。趙雲はそう言った。だが……

 

「無理だろう」

「どうしてだ」

「俺は、お前みたいな力が欲しい」

「私みたいなか?」

「無理だろう?」

 

彼女は知らないのだ。俺がこの世界の住人ではないことに。これは、絶対にどうしようもないことだ。無性に泣きたくなった。

 

「……悩んでいるのだな」

 

趙雲は紗羅の様子に気づいた。その目は暗く沈んでいる。

 

「俺はお前のようには強くなれない」

「ならば諦めるとよい」

 

趙雲はこういう時に慰めるために嘘を吐くような人物ではない。たとえそれで相手が傷つこうともそんな嘘を吐けば、それ以上に自分が許せなくなるからだ。

 

「諦める、か」

 

趙雲が叱咤している。だがそれは前提からそもそも違うのだ。どうしようもない。だが彼女に別の世界から来た、というつもりはない。そんなものに意味はないからだ。

 

「意味……」

 

意味。俺がこの世界に来た意味は?これから乱世が来るというのに、何もせず戦火に怯え暮らせと? 駄目だ。わざわざ別世界に飛ばされたのに何もしないとは意味がない。それだったらどこぞの兵となり果敢に命を散らした方が俺は納得できる。

他には、程立、戯志才のように軍師になるという選択もあるのだろうが、残念ながら俺は兵法など欠片も知らない。俺は元の世界でも、頭が良い人種ではない、策を弄するなど頭を使うのは苦手な分類に入る。だから軍師という選択は最初からないに等しい。

では現代の知識を使い、神の如く存在になるか?それはできない。現代の知識が何になる?俺はただの一般人だ。テレビがある、電話がある、電気がある。だから?それを作れるか?無理だ。その結果だけしか知らず、作られる過程などわからない。俺は技術者ではない。

ならば三国志の歴史を動かすか?それも無理だ。勉強不足かもしれないが、自分が知る知識の中に、趙雲と程立と戯志才が一緒に旅をしていたという話はなかった。この世界は俺が知る三国志とは違う、それに近しい三国志で、自分の知識は役に立つか怪しいということ。つまり、この世界は『過去』ではない。パラレルワールドだ。この世界は、未来に進んでも、それは俺が元いた世界に繋がるのではなくて、それに近しいか、全くの別の世界になるのだ。

 

「意味など……」

 

意味などない。そんなものは自分で勝手に作るものだ。そして人は生きる意味がないと生きられない。意味を持たず生きる者など生きているとは言えない。生きたいから、死にたくないから、それも立派な意味だ。だが今の俺には別世界に飛ばされてまでそんなことを思える気力はなかった。俺にはこの世界にいる意味はない。俺はこの世界で生きられない。

 

「俺は……」

「紗羅!」

 

趙雲が怒鳴る。

 

「子龍……」

「死人のような顔をしているぞ」

「死人か……」

 

俺にはぴったりではないか、と思って力なく笑った。

 

「紗羅……」

 

趙雲は彼が力なく笑うのに憤りを感じた。自分が見込んだ相手の姿が痛々しく見えたがそれがさらに許せなかった。普段彼女はこういうことはしないが、今やらないでいつするのか?

 

バシンッ!

 

紗羅の頬を叩いた。

 

「何を勝手に死んでおるか!」

 

彼の胸ぐらを掴む。

 

「何もせずして何故諦めるか!力が欲しいのなら剣を握れ!弱いのなら強くなれ!貴様の覚悟はそんなものか!それでも貴様は男か!」

「……」

 

正直に言うと、そんなものだ、と思った。俺の覚悟は殺される覚悟であって、強くなる覚悟ではないのだ。叩かれた頬が痛い。その威力にまた格の違いを思った。だが、何もせずして、男か、という言葉が頭に残った。

 

(何もせずして……)

 

叩かれたことで、いくらか重いものが抜けた気がする。

 

「子龍」

「なんだ」

 

趙雲は紗羅の目を見る。少しだけ生気が戻ってきていた。

 

「もう一発頼む。今度は反対で」

「よかろう。歯を食いしばれ」

 

バシンッ!

 

「っ〜〜!」

 

凄まじい痛みはただ耐えた。決して声を上げてなるものか、と男ならではの意地を張った。

 

「もう一発どうだ?」

「よし、来い」

 

バシンッ!

 

若干感覚がなくなってきたが、重いものをどかすにはこれが良いと思った。最後に一発、自分の拳で頭を思いっきり殴った。

 

「うむ、良い顔になった」

「これは……思ったより効くな……」

 

何を小難しい事を考えていたのだろうかと、馬鹿馬鹿しく思えた。必要以上にいらないものまで考えていたようだ。確かにまだ悔しさは残るが、彼女に叩かれたことにより、いらない部分が抜け落ちて幾分かスッキリした気がする。俺にできることは少ない。だがやれることもあるはずだ。俺はまだ何もしてないのだ。

 

「子龍、もう一度手合わせを頼めるか?」

 

そういうと趙雲は一度驚いた顔をし、すぐに笑みを作った。

 

「ああ、いいだろう」

 

互いに距離を取り、趙雲は構えた。紗羅はというとまだ構えず剣を手にしているだけ。

 

「ふぅ……」

 

目を閉じ深呼吸。趙雲は彼のその姿を見て何か起こるような気がした。

 

「はぁ……」

 

もういちど深呼吸。

 

「先に言っておく」

 

紗羅が趙雲に声をかけた。

 

「何をだ?」

「ありがとう、子龍」

 

そういうと紗羅は妖気を放出させた。

 

「ほお」

 

趙雲は目を見張る。

 

「では」

 

紗羅は剣を構えた。

 

「参る」

 

紗羅がそう言うやいなや、趙雲に青竜刀を投げつける。

 

「ふっ」

 

難なくそれは弾いたが、矢継ぎ早にもう一本直剣が趙雲に迫る。だが趙雲は別段驚いた様子もなくそれも弾いた。だが、さらにもう一本、今度は短剣が迫っている。剣を三本、これで紗羅の武器はなくなった。どういうつもりだ?と趙雲は紗羅を見た。そこで異変に気付く。

 

「なっ!?」

 

(居ない!?)

 

僅かばかり動揺しつつも投げつけられた短剣を弾こうとする、それは正しい反応。だが、趙雲がその短剣の速度があまりにも遅いということに気づくのが一瞬遅れるのは、やはり心の隙を突かれたからこそ。投げられた短剣は、先に迫った二本のような速さはなく、軽く投げ渡されるかのような速さ。彼女の武器と一体になった反応速度故に、振った槍は空振ってしまった。不意を突かれた。そう思った時だ。突如真下から襲い掛かってくるものがあった。目の端でその姿を確認する。

 

「らあっ!」

 

紗羅が、彼がそこにいた。地に這うような姿勢から趙雲への突進。

たまたまだ。紗羅が姿を消した、それに趙雲が動揺した。さらにその動揺が短剣の速度を見抜けなかったこと、空ぶったことでさらにまた動揺を生んだ。不意を突かれた。そう思ってしまった一瞬の隙。意図しての事ではない。だが、たまたまそこに紗羅の突進が合ってしまった。それだけの事。そしてこれ以上ない不意打ちが出来上がったのだ。

 

だが、それでもなお趙雲はそれを上回る。趙雲は飛び上がり、紗羅の突進はすんでのところで掠るだけに終わる。趙雲は鍛えた身体能力で、ただの跳躍で避けたのだ。紗羅の渾身の攻撃は空振り、突進の勢いを止め、急いで振り向いた時には……

 

「っ!?」

 

居ない。そう認識した瞬間真下から趙雲が。つまり、紗羅が仕掛けたものと全く同じ方法で趙雲が突進してきたのだ。趙雲の体は紗羅の胴体に、その衝撃で紗羅は吹っ飛び、地面に仰向けに転がる。

 

「ぐぅっ!」

 

趙雲がトドメとばかりに紗羅の腹に腰を下ろす。そして

 

「勝負あり」

 

終了を告げる。

 

「はぁっ…はぁっ……」

 

終わった。また負けたのだ。不意打ちをしても彼女には勝てなかった。

 

「やはり私の勝ちだ」

「ああそうだ……はぁっ……お前の勝ちだ……子龍。やっぱ強い」

「ふっ」

 

だが、だがそれでもだ。

 

「だがそれでも」

 

紗羅は蒼くなってきた空に手を伸ばす。

 

「鼠の牙は、届いたぞ」

 

届いたのだ。掠っただけ、ただそれだけだが、確かに届いた。元の世界での凡人が、この世界の趙雲に届いたこと。これが紗羅にどれだけ達成感を味わせたことか。

三本目の剣を軽く放る。その後紗羅は、地面に倒れこむかのような体制をとり、足に力を籠めた。その力こそがあの妖気、妖力だったのだ。紗羅は何も考えてなかった。出来るはず、と妄信しその力を足に籠めただけ。それが本人の予想以上だった。ただ一歩、それだけで爆発的な速度に。あとはもうがむしゃらだった。元々不意を突くしか勝ち目はないと思っていた。それがこの妖力により、これ以上ないものになった。

 

「見事だった」

 

それは、趙雲本心からの言葉。真剣を投げる。寸止めで勝敗を決するのに、投げるという行為は明らかにタブー。だがそれは公式な試合での話だ。実際の戦場などにそんなルールは通用しない。立ち合いにおいて、不意を狙わない攻撃の方が少ない。だから趙雲はそれを非難するなどこれっぽっちも思い浮かばなかった。趙雲の腕なら大丈夫だと見越しての真剣投擲。そしてさらに不意を突いての真下からの突進。趙雲だからこそそれを退けたが、荒削りだが実際見事だったのだ。

 

「見事」

 

それを呟く。認められた。俺の腕を認めてくれたのだ。あの武人が。人でなく実力を。その言葉で、俺の存在は意味を持ったように感じた。

この力がなければ不意打ちは成立していなかった。それでも趙雲には敵わなかったが、この力があったからこそ届いたのだ。この力で俺は生きていける。そう思ったら涙が出た。俺には意味があるのだ。生きられる意味が。途方もなくうれしかった。

 

「……すまなかったな」

 

いきなり趙雲が謝った。何が、とは思ったが聞き返す気にはならなかった。

 

「最初のあれだ。まさか……私の本気を見ただけであそこまで落ち込むとは思わなかった」

「ああ……」

 

それか。なんてことはない。趙雲は、強くなる、と言ってくれたのだ。この妖力の事を見越しての事かはわからないが、ただ俺が勝手に何もせず勘違いで落ち込んでただけの事だった。趙雲が悪いなんてことはありはしない。実に女々しかったと思う。

 

「あれは、子龍のせいじゃない、俺が悪かった。……すまなかった、剣投げつけたりして」

 

実際あの時は、殺してしまえ、と思い、投げつけた。そうでもしないと、今の俺では欠片も通用しないと思ったからだ。無論それで殺されてもいいとは思っていたが、実際に自ら死ぬ気になったのは初めてだった。

 

「いや、見事だと言ったのだ。それを撤回する気はない。正直ここまでやるとは思ってなかった」

「……そうか」

 

やはり、うれしい。空の蒼が、途方もなく澄んで見えた。

 

「して、紗羅よ」

「なんだ」

 

趙雲が紅い瞳で顔を覗き込んでくる。

 

「お主はこうしたかったのか?」

 

その言葉に今の体制を理解した。趙雲が仰向けに倒れた俺に跨っているのだ。男に跨る美少女。途端に可笑しくなった。

 

「くっはは!子龍!全くお前は」

 

やはり子龍だ。そう、思った。

 

「なんだ、違うのか?」

「いや、そうだ。こうしたかった」

 

彼女に出会えたことはやはり幸運だ。彼女とはもう『友』だと、自信を持って言える。目を閉じる。果てしなく、どこまでも晴れやかで清々しい気分だ。

 

「子龍」

「なんだ」

「抱きしめていいか」

「……は?」

 

趙雲は意味を理解できていない。大丈夫だ、俺も意味が解らない。ただそうしたいと、そう思っただけの事。

 

「いや、紗羅?お主まさかってひゃあ!?」

 

言葉を聞かぬうちに思いきり引き寄せて抱きしめた。涙はまだ止まらなかった。嬉し涙というものはこういうものか、と笑った。ひび割れた心の隙間が満たされていくのを、俺は空を見ながら感じる。今はこれでいいのだ、と。

説明
ご都合主義万歳
ずっと趙雲のターン!

本文の方ですがご都合主義には観念してください。作者は文才がないのです。こうするしか物語は発展しないのです。お、俺は悪くねえ!天が与えたもうた才が(ry
長い文を書いていると自分でも訳が分からなくなります。

この前投稿した話で、応援メッセージを送ってくれた人がいました。ありがとうございます。返事は書いてませんが、やはりうれしかったです。
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