超次元ゲイムネプテューヌmk2 OG Re:master 第六話
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すっかり夜の帷が街を覆い尽くしていた。

青白い街灯の光だけがその世界を照らしており、視界に映るモノのほとんどに影が落ちていた。

空の彼方には、いつもと変わらない表情を浮かべたままの満月が静かに世界に光を落としている。

青白い光が射す中で、その光に顔を照らされている少女は淋しげな表情のまま、何を言うでもない、時折抱えた紙袋の位置を調整してまた視線をやや低く戻す。その繰り返し。

居心地の悪そうに、キラはネプギアの少し斜め後方に位置をとって彼女の後を追うようにして夜道を歩いている。

ネプギアも、そんな彼の鬱屈とした視線に気付いているのだろう。チラチラと、盗み見ではあるが、キラに視線を送ってまた前方を見据える。

 

居心地の悪い――というのも無理はない。

その場の雰囲気をそうさせている理由は彼女には充分すぎるほどに用意されていた。

それでも彼女が悪いと言うわけではない。誰も悪くないのだ。

けれど、そう考えるからこそ――とキラは思う。

彼女が女神候補生であると言うことも、今この時も女神は、世界は危機に瀕していると言うことも――、

もう何もかもがキラの足取りを重くさせる。

 

――見たくない。

――彼女のそんな辛そうな表情なんて見たくないのに。

 

キラは、心の中で切実に念じる。

 

――力になってあげたい、とは思う。

――けれど……その力がない。

 

初めて、キラは壁の前に立たされたような感情を抱いた。

今まで、力には申し分ないと感じていたからこそなのか。

クエストを一人でこなしているときも、街で暴れているチンピラを叩きのめしたときだって、自分には力があるから出来ることなんだと思っていたからだ。

だが、今こうした状況の中で必要とされているのはそういった身体的な力、だけじゃない。

 

――そんなこと分かっているのに。

 

いや、分かっているからこそ。

何もしてやれないという自分が情けない、と思うのか。きゅっとキラの右拳に力が籠もっていた。

――ずっと昔に『決めていた』ことだというのに。

こんなもどかしい空間が、感情が、キラに焦りを募らせる。強くなったはずなのに、守れるようになったはずなのに、と。

 

 

いつしかキラの手は、足は、身体は、動いていた――。

一瞬、前を行くネプギアの方に触れようとすんでのところで手の動きが止まる。

何かが、思いが、それを阻害した。けれど、もう止めようもなかった。

肩を掴んで、キラはぐるりと半ば強引に彼女の身体を回転させて己の方を向かせていた。

戸惑った表情を浮かべたままのネプギアなど、気に留めようともせずにキラの両手は彼女を抱え込むようにして、ネプギアの背に回っていた。

ネプギアの抱えていた紙袋が地面に落ちる。

何かが割れたような、深い音が響いた気がするがそれでもキラはそれを気にしなかった。

ネプギアも、あまりの出来事に心ここに在らずか、何を言うでもなくただ為されるままにキラの腕の内に収まっていた。

何も出来ない、それでも出来ないなりに何かしてやりたいという思いからか、キラはそんな行動に出ていた。

淡い月光だけが、二人を照らしていた。

「き、ら――」

動揺のあまりか、声にならない声でネプギアは彼の名を呼んでいた。

けれど、そんな彼女の声に耳を貸す様子など一切無く、キラはひっそりと黙り込んで、より一層彼女を抱きしめる力を強めた。

――意志の表れ、か。救って貰ったコトへの感謝、か。

「ネプギア――」

キラはゆっくりと、噛みしめるように彼女の名を呼ぶ。

ネプギアは、それにはただゆっくりと頷くのみで返答した。

青白い月光の上からでも分かるほどに、ネプギアの頬は朱く染まっている。けれど、そんなことはキラには分からない。

ゆっくりとネプギアの小さな唇が動く。

「なん、で――?」

至極、もっともな問い掛けだった。

フッと口元をつり上げてキラは出来うる限りに微笑を浮かべて答えた。

「何でだろうな……。今、こうしないとお前が、消えて失くなってしまいそうだったから、かな?」

それだというのに、キラは曖昧な答えを叩きだした。

直感で感じた、というのがあるかもしれない。

「それに、俺がこうしたかったから、じゃあダメか……?」

寂しそうに、悲しそうに――。

キラはそっとネプギアに告げた。

贖罪――? 何に対して?

それとも同情――? 一体どうして?

 

自己満足――、……?

 

けれど、ネプギアは笑っていた。

無理をしたような笑顔ではあったけれど――

「ダメ、じゃないよ……?」

確かに、そう答えた。

 

 

満月だけが二人を見ていた。

二人は暫く微動だにすることもなく、その場で、その体勢のまま、ずっと在り続けた。

 

 

 *

 

 

「ほれ」

「ん、ありがとう」

キラはベンチに腰掛けているネプギアに缶ジュースを手渡した。対するネプギアの方も、なんて事もなくそれを受け取る。

適当に選んできてしまったモノだが大丈夫だろうかとキラは危惧したが、いらぬ世話だったらしくネプギアは嬉しそうに缶ジュースを傾けていた。

その姿に安堵してキラはその隣、といっても30cmほど間をとって同じくベンチに腰掛ける。

今更ながらに空を見上げて、雲一つ無い月夜に感嘆たる感情に浸っていた。

暫くそうして無言の時を刻んでいたが、不意にネプギアは慌てたような声を上げてキラに視線を向ける。

「で、でもアレだね! 折角買った食品……無駄になっちゃったね」

「……はは、確かにそうだな」

参ったような表情でキラはポリポリと頬を掻く。それから今更ながらに問題が浮上することとなるのだが。

「あー、でも明日の朝食はどうすっかな。ネプギアが良ければコンビニ弁当か何かで済ますか」

「うん、私は何でもいいよ?」

ネプギアの答えにキラは「そうか」と短く答えて、自分の缶コーヒーを開く。ほどよい苦みが喉を通り、深く身体の芯まで行き渡る。

――そういえば喉が渇いていたんだった、とキラはふと思う。忘れるほどに、キラは彼女しか、ネプギアしか見えていなかったらしく、その事に今更ながらに頬が熱くなるのを感じた。

すっかり体内に溜め込んでしまっていた二酸化炭素を吐き出して、キラはもう一度、青黒く広がる月夜空を仰いだ。

(俺の『心』と同じ色、か……)

鬱屈とした表情でキラはそう心中で呟いた。

 

 †

 

ネプギアといると凄く安心できる

今まで感じられなかったのが悔しいほどに、安堵できる

けど、何故だろう――

 

 

とても寂しい気持ちになるのは?

 

痛くて、辛い気持ちになるのはどうして?

 

 

そんな、自問自答

誰も答えてなんてくれるワケないけど

この心のモヤモヤを晴らしたいと思う気持ちもある

 

苦い

コーヒーの所為か?

気分を変えてブラックに手を伸ばしたから?

いや、違う――

 

歯がゆくて、寂しくて、苦しくて、痛くて、

懐かしくて、嬉しくて――

 

 

 

この気持ち、誰か教えてくれるかな――?

 

 †

 

「――ラ、キラ――?」

キラの顔を覗き込んでネプギアが心配そうな声で彼に呼びかけていた。

いつの間にかボーッとしていたらしく、キラはハッと声を発して目の前の淡い少女の姿に動悸を加速させた。

「――な、なんだ?」

一瞬、彼の慌てた声にネプギアは一層心配そうな表情を浮かべてきたが、特に潜とすることもなく、ネプギアは先程も吐いたであろう言葉をもう一度繰り返した。

「えっと、実は今朝からずっと聞きたいことがあったんだけど――」

「何?」

キラの問いに、ネプギアは一度、溜めるように息を呑み、そして口を開いた。

「どうして、私のためにこんなに骨を折ってくれるの?」

「――あ、その……こと?」

「うん。凄く優しくしてくれて、護ってくれて――格好いいって思っちゃった」

ネプギアは恥じるように、頬を赤く染めてえへへと笑った。

そんな彼女を見ることが出来て、少し安堵したキラは視線を正面に向けてから、やけに重々しく語り始めた。

「俺さ、困ってる人を見たら放っておけないお節介なわけ」

「お、お節介……?」

度肝を抜かれたように、ネプギアは目を点にして問い返した。

それに対してキラはどこかしら悟ったような表情をして続きを語る。

「つい手を差し伸べちゃうって言うか、迷惑同然に踏み込んだり、色々な」

遠い目をして、キラはふっと自嘲するような笑顔のまま――。

「だから、かもな。特にお前は今まで見た中で――一番、寂しそうだったから」

下心で惹かれたワケじゃない、とキラは付け足してから少しだけ笑う。

「だから、どうしても放っておけなかったんだ。そういう風に言われてきたからさ」

「言われてきた――?」

不可解な言葉に、ネプギアは少し表情を変える。

それに気付いたキラが「ああ」と思い出すように、懐かしむように声を上げて笑う。

「そう。ずっと前から言われてきたことだから――」

ふわ、と二人の頬を心地よい夜風が撫でる。

そんな彼の横顔はあまりに辛くて、苦しそうで、何より――後悔の色が浮かんでいた。

そっと目を伏せて、キラは苦しげな表情のままそっと口を開く。

「もう、後悔したくないから――」

次の瞬間には、キラの瞳は決意に満ち満ちたものに変わっていた。

あまりの変貌に、ネプギアは少しだけ恐怖した。

しかし、その感情は刹那の後には掻き消されることになる。

「後、悔……」

その言葉が、深く彼女の心を抉った。

女神を、姉を、闇から救うことが出来なかった――そんな、後悔がネプギアの心の中でのたうち回っていた。

自分はいかに弱くてちっぽけな存在であるかを悟ってしまった、自分とは対照的な彼にこそこの力があるべきであったとネプギアはきゅっと奥歯を噛む。

「キラは、凄いね……」

ネプギアはいつしかそんな言葉を吐き出していた。

そんな彼女の様子が突如、変わったことを不審に思ったキラが眉をひそめて彼女を見る。

「ネプギア――?」

「私なんて、何も出来ないのに……でも、キラには『何かをしよう』っていう意志がある。それは、とっても凄いこと――だよね」

目を伏せて、ネプギアは肩を縮こませる。

「私は何も出来なかったんじゃない……。何もしようとしなかったんだ、だからお姉ちゃんも、女神様も――みんな……」

つぅ、と彼女の両目から頬を伝って涙が零れる。

 

けれど、キラは立ち上がっていた。

激昂した感情なんて、抑えようのない――どうしようもない行動。

大きく息を吸って、否定するように叫ぶ。

 

「そんなことない!」

 

いや、ハッキリと否定した。

ネプギアの表情が驚きの色のみに染められていることなど、容易くに視認することが出来た。

真夜中、こんな場所で大声を出していては近所迷惑になり得るかも知れない。

けれど、それでもキラにはそんな彼女の言葉を否定せざるを得なかったのだ。

「ネプギア、お前は向かっていったじゃないか! マジック・ザ・ハードに!!」

恐らく、彼女の姉の、女神の敵の一人であるだろうマジック・ザ・ハードに、確かに彼女は一度ではあるが勝負を挑んでいる。

結果はどうであれ、確かにネプギアはマジック・ザ・ハード武器を交えた。

――何もしようとしなかった、なんてキラには思えなかった。

「お前は、立派に行動したじゃないか……!」

もう、興奮のあまり声が出ていないことにもキラは気付けなかった。

そんなことなんてどうでもよく思えたのだ。

「そんなこと……っ、言うな……!!」

――理不尽、分かってる。

キラは、何に対して怒っているのかも分からずに心の中でぶっきらぼうにそう答えた。

ネプギアは、微動だにすることなくただそこに座って、キラの怒声を全身に浴びていた。まるで親から叱られている子供のように、肩をすくめてジッと足下に視線を送っている。

何もかも否定したい――、そう思うように。

「ッ!」

絶句。

けれど、キラには言葉を止めてはいけないように思えた。

何でもいい、彼女に語りかけなければ――と、もうロクに働きもしない頭でそう思った。

「お前は、まだ――ッ!」

「もうやめて!!」

ネプギアは悲壮切った声で、立ち上がり、そう言っていた。

「私は、何も出来ないの!! だから――」

「ッ――!」

パァン、と乾いた音と共にネプギアの顔は少し傾いていた。

頬がじんじんと痛んでいる。一瞬の出来事、何が起こったのか理解できない。

ただ、後から泉のように湧き出る痛みのことにしか思考が向かない。

ネプギアはそっと頬を押さえて、眼前のキラにそっと視線を向けた。

 

 

――泣きそうだった。

それでも必死に堪えて、留めようとして。

彼の纏うコートに、これ以上ないのではないかと言えるほどにシワが走っている。

まるで彼の怒りを、感情をそのまま表したように右拳が震えている。

「何も出来ないはず、ないだろ」

縋るように、キラの両手はネプギアの肩に伸びていた。

全て力を使い切ってしまったかのように、キラは両膝を地面に突いて、息を荒げて肩を揺らしている。

「それは、私が女神だから――?」

皮肉のように、ネプギアは小さな声でキラにそう問い掛けた。

キラは、歯を食いしばって――

 

 

「お前が、まだ意志を持ってるからだ――」

 

 

クイ、を顔を上げてネプギアにそう言い放つ。

『意志』――。

そんなもの、

「そんなの、もう折れちゃったよ……? あの時から……」

彼女の肩を捕まえている両手にグッと力が籠もる。

「まだ、諦めんじゃねぇ。お前は、まだ――」

一度、躊躇ったように表情を歪める。

しかし、大きく息を吸って決意を秘めた瞳でネプギアと視線を交える。

「まだ、諦められないんだろ?」

「ッ」

ネプギアは身を引く。しかし、キラの両手が逃れることを許してくれない。

クン、と小さく動いた身体が彼の手によって抑えられる。

「分かるんだ、俺と――俺と同じだから」

ネプギアは小さく、目を剥いた。

同じ――その言葉を何度も何度も口の中で繰り返す。

いったい何が――、彼は何を――。

そんな疑問がネプギアの心を弄ぶ。

しかし、そんな疑問を投げかける前にキラは言葉を紡いだ。

「取り戻そうと足?いているのが分かるんだ! 表面ではダメだって諦めてるのに、心の奥底では何とか取り戻したいって、手に入れたいって思ってる! そうだろ!?」

――違う、とは言い切れなかった。

言い切ったらその時点で何もかもが崩壊してしまうような、そんな恐怖心に駆られる。

「それを無駄にして欲しくないんだ――。お前の決意を、お前のやろうとしてる意志を……ッ」

後半の声はほとんど聞き取ることの出来ない、押し殺したような声に変わっていた。

それ故に、その言葉はネプギアの心を深く抉る。

意志、まだ己のあるのか――そう思う。きゅっと唇を結んで自分自身に問い掛けた。

「――私、できるの……?」

サァァ、と風が流れる。

彼女の表情は、まるで愛情を求める幼子のように頼りなく、脆く、危なげな存在だった。

一度、キラは留まったような声を漏らす。けれど、全てを振り切ったようにキラはもう一度、ネプギアのその小さな身体を抱き寄せる。

「当然、だろ……ッ!」

 

――もう、嗚咽も涙も止まらない。

次から次へと溢れ出る涙、決壊した涙腺を今更どうしようなんて、ネプギアにはもう考えられなかった。

ただ、涙が止まらない。彼の優しさに触れたから――。

後悔――? 違う。

これは、きっと『決意』だとネプギアは思う。

――もう何もかも諦めたくない、と。出来うる限りに足?いてやる、と。

そんな乱暴な考えだったのかもしれない。

満月の夜に、彼女は泣いた。

 

 

 

少年は、信じた――。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

黒き大地を踏みしめる一人の女性。

悔しそうに、足音荒く――しかし、どこか妖艶な雰囲気を落とさずにいる女性は表情を険しいモノから崩すことなく前だけを向いていた。

時折、激しい雷電が大地に注ぎ、耐えることの出来ないような轟音を撒き散らすがそれにはさして注意も行かない様子で女性はクイと顔を上げて中央に聳える高き塔の頂上を望むように仰ぐ。

「犯罪神様……」

悲しそうに、小さく声を漏らした。

まるで、愛し子のように。彼女の望みはただ一つだけだった。

それ故にもどかしい、忌まわしい。

「私の望みは犯罪神様がこの次元を統べること、なのに――」

マジック・ザ・ハードはきゅっと口を噤む。

まだ、まだ――。そう高望みでもするように上を目指す。まだ足りない、もっともっと――!

既に理不尽ささえも感じ取れるような彼女の近付きがたいオーラにしかし、そんなことは気にした風もなく巨大な機影が二つほど、彼女に歩み寄る。

「帰っていたか……」

「遅かったなぁ、何をしていた?」

一人は、まるでロボットアニメの主人公が搭乗するような風貌を備えたトリコロールカラーの機影、対するは頭部に一対の黒角を備えてずんぐりむっくりの体格を持った黄色い機影だ。

そんな二つの機影を、彼女はさも鬱陶しそうに視線を送ってからゆっくりと言葉を紡いだ。

「少しばかりあちらの世界に行っていた」

「ほう?」

不思議そうに、トリコロールの機体は声色を変えた。

「珍しいな、お前がここを離れるとは」

黄色の機影は言葉の意こそ驚いているモノの、さして驚いた風もなく答える。

依然、表情は変えないモノのいくらか雰囲気の和らいだマジックは腕を組んで二つの機影に身体の向きをかえる。

「なに、暴走したジャッジを止めに行ったのだ。ついでに女神候補生を追って、な……」

「それでも取り逃がした、と?」

「ッ」

黄色の機影はさぞかし愉快そうに含み笑いを交えながらマジックにそう問い掛けた。それに対してはマジックは絶句して言葉を探すように視線を宙に泳がせる。

「そう言ってやるな、トリック。だが、まあ確かにお前が相手を取り逃がすとは珍しい……」

「お前はいつも相手を見逃すからなぁ、ブレイブ」

「む……」

ブレイブと呼ばれたトリコロールの機体はメカのため表情は変えないがたじろいだような声を上げて先程トリックと呼んでいた黄色の機体に視線を向けた。

「そう言うが、相手が幼い少女というだけでお前は攫ってくる。もう少し正々堂々としたことはできんのか?」

「何を言うか。幼女は世界の宝、それを――」

「……いい加減にしろ」

マジックは不機嫌そうな表情をより一層に不機嫌にさせて発言した。「おー怖い」とでも言うようにブレイブとトリックの二人は肩をすくめるようにして言い争いの声を留める。

「今、我々のすべきことはここで何になるでもない口論をするのではなく、一刻も早く犯罪神様を完全に復活させることだ。無駄口を叩いているヒマがあるのなら一人でも多く、犯罪神様に仇為す敵を殺してこい」

何の感情も帯びない声でマジックは二人にそう命じた。

ブレイブの方は同意するように何度も頷く。

「確かに、この間の女神との戦いでああ見えても犯罪神様は消耗しておられた。長い休眠が必要だろうな」

トリックの方も乗り気のようでもあった。

「幼女は? 幼女は殺さなくてもいいな?」

語尾の方が段々とつり上がっているところを見るとこのトリックという男(?)、相当なロリコンであることが見て取れるのだが、大して気にもせずにマジックは深々と吐息して、今までとは想像も付かないような低い声音で呟いた。

「――殺せ」

今までおどけた様子だったトリックも流石にその殺気を感じ取ったのか、ビクと小さく身を引いてから「分かった」と不満そうな声で返答した。

「それはそうと、今日は少し――いや、だいぶジャッジの様子がおかしかったが、何か知らないか?」

ブレイブは腕を組んだまま、マジックに問うた。

マジックは今まで忘れていたが、夕刻あたりにも彼と同じ事を感じたことを思い出し、顎に手をやって小さく頷いた。

「確かに――。いつものアイツらしくなく落ち着いていたな……」

普段ならば――今のように遠くで轟音を響かせて退屈と殺害欲に餓えているというのに、今日のジャッジはいつになく冷静だった。

しかし、トリックは

「まあ、彼が一時でも落ち着いていたのならそれは良いことじゃないか」

と、のんびりとした口調で答えた。

だが、マジックはどうにも気になった様子で深く思考に浸っている。

「ふ……案外、彼に何かしらのウイルスでも感染したのではないか?」

ブレイブは嘲笑うようにそう茶化した。

対するマジックはと言うと「ウイルス……」と小さく呟いて視線をあちらこちらと落ち着かない様子で相変わらず思考に浸っていた。

「まあ、推測だがな。では俺は五月蠅くならないうちに退散させて貰おうか」

ブレイブはひらりと、その巨体からは考えられないような素早い動きで踵を帰して赤黒い大地の奥地へと消えていく。

トリックもゆったりとした足取りでブレイブとはまったく逆の方向に向きを変えて去っていく。

一人、残されたマジックは

(まさか――な……)

一つの可能性を思い浮かべていた。

しかし、それはあまりに低いモノであった。到底、考えられもしないような――。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「――」

青年は深く吐息した。

まるで緊張の糸から解かれたように、ゆっくりと肩を落としてクイと落としていた視線を正面に向けた。

時刻はすっかり丑三つ時を迎えて、辺りにはひっそりと恐ろしいまでの静寂が支配していた。

青年は、それに甘んじるようにして決してその静寂を壊すことなく、寧ろ同化したいと切実に願うように何の行動を起こすでもなく全てを視ていた。

眼下に広がる薄暗いプラネテューヌの街をまるで侮蔑の視線を送るように、酷く冷たい目で見下ろしていた。

 

プラネテューヌ、ひいてはゲイムギョウ界の中でもっとも高いとされる人口建造物であるプラネタワー、その最上階に位置するテラス――よりももっと上、電波を収束する電針の上にまるでバランス遊びでもするように青年はその上に立っていた。

静寂の所為か、彼の息を呑む音すらも響いてしまいそうな中で、よく通る声で青年は呟いた。

「紫の、大地――か」

そして、遥か昔の名を呟いた。

数年前、プラネテューヌが持っていたもう一つの名。

『革新する紫の大地』プラネテューヌ。

最早、その面影はプラネテューヌ領の中心とするこの都市には何一つ見られなかった。その名残は、すでに隅へと追いやられてそのことに深く悲観するように青年は眉を寄せた。

そのまま、嘲笑の色を秘めた微笑で青年はふわとフードを払いのけた。

月光を弾く、美しい頭髪が月夜の中で光り輝いていた。異彩を放つのはそれだけではない。薄暗い闇の中でも蒼い光を放つ瞳はこれでもかと言うほどにきつく研ぎ澄まされて、そして何もかもを見抜いていた。

「女神候補生――取り逃がしたな……」

物騒な言葉を吐いて、青年は落胆するような素振りを見せたまま体重を移動してごく自然な動きで地面へと落下していく。

何の動きを見せることなく、青年は地面に、重力に習って落下していく。

「俺は――」

意味ありげに、青年はそっと言葉を紡ぐ。

地面まで僅か2m、青年は今まで地面を向いていた頭部を天に向けて、あれほどの高度から落下したというのに音もなく、羽根のように舞い降りる。

視線を更にきつくさせて青年はコツ、と高い音を立てて一歩前に足を出す。

「今度こそ、約束は違わない――」

ふわ、と風もないというのにコートの裾を舞い上げて青年は闇の中に姿を消していく。

決意に満ち満ちた表情を変えることなく、夜空の真ん中にぽっかりと浮かぶ満月を忌々しげに睨みつけて。

 

 

 

 

 

「俺は――」

 

説明
新年明けまして。
今年も一年よろしくお願いします。
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コメント
デバッカ「力があるのに何も出来ない…か……」ユウザ「どうしたの?」デ「いや、何でも無い。」ユ「そう言えば、『約束』って何だろう?」デ「さあな。女神がらみなのは間違いない…と思う。」(ヒノ)
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