超次元ゲイムネプテューヌmk2 OG Re:master 第七話
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ネプギアは小さく息を呑む。

まるで、何かについて決意を秘めたような表情で、ジッと何かに耐えるようにその場に立っていた。

ただそこに在るという事実だけでも奇跡のようでさえ思える。しかし、キラはそれには動じることなく目の前に微動だにすることなく存在するネプギアに視線を送っていた。

静寂――、それだけが全てを奪い去っていく。

まるでこれからの未来を恐怖するように、辺りの空気は全て隅に追いやられてしまったのではないかと言うほどに息苦しくて、辛い。

けれどしなければならない、と究極の選択のように迫られる。

もう逃げられないのか、と悟る。ネプギアは意を決したように口元を噤んで、クイと視線を上げる。

すぅ、と息を吸って深く吐息――それを数度繰り返してネプギアは声高らかに叫んだ。

「はぁーい☆ 女神候補生のネプギアだよッ☆ みんな、ヨロシクねッ☆」

きゃるーん☆

と、辺りに☆が散らばってしまうほどに妙に甘ったるい声でネプギアはまるでくるくると舞うようにステップを踏んでからトドメとばかりにウィンクを放った。

 

 

――沈黙。

 

 

orzの格好でネプギアは自責の念を抑え込むように小さく唸っている。

その時点で彼女の下着が丸見えになってしまっているわけだが、キラは何も言わないでそっと視線を外す。幸い、ここは彼の自宅だし他人の目もないので思う存分はやらせておこうとキラは窓の外を眺めながらそう思った。

「なんか、違うな……」

「うん……わたしもそう思う……」

主に精神的なダメージが酷かったのか、ネプギアはか細い声でキラの意見に賛同するような言葉を発した。

さも気の毒そうな視線をネプギアに送るキラであったが、何というか――発言を憚られるような雰囲気に飲まれてキラは敢えて黙殺した……。

 

 

そもそもの元凶としては、昨夜、ネプギアはひとしきり泣いた後のこと――。

「女神様を助けるには、まず力の根源たるシェアを集めないといけないんだ」

「シェア?」

キラは聞き慣れない単語に眉を寄せて聞き返す。

そうか、とネプギアは気付いたような表情でコホンと咳払いを一つして口を開く。

「えっと、シェアって言うのは大陸の人達の信仰心のことで、守護女神の力の根源のことなの」

「ほう」

納得したような声でキラは首肯する。その話なら多少は聞いたことがある、と。

守護女神とは、下界に住まう人々の信仰心を力とする。

――つまり信仰心がなければ女神達は力を得ることが出来ない、ということにもなる。

「けど――、一つ気になるんだが」

「何?」

気になること、と言って首を傾げるキラにネプギアは問い掛ける。

「一応、とはいえネプギアだって女神様だろ? 何故ネプギアは力を発揮できるんだ?」

前日、キラとネプギアが犯罪組織の手先の者に違法ディスクの中に閉じ込められ、そしてモンスターに襲われたときは、まるで全ての生物を凌駕するが如くの力を発揮してモンスター達を退けていた。

それは、到底『信仰心がなく力を発揮できない状態』だとは考えにくいほどのモノであった。

「えっと……私も昨日のは結構セーブされていた方なんだけどね?」

「アレでか!?」

アレだけでもかなり強かったというのに、それでもまだ上があるというのかという事実にキラは衝撃を受ける。

「それだけじゃないんだけど……」

繋ぐようにネプギアが話を続ける。

「私みたいな女神候補生はお姉ちゃん、女神様より信仰の影響を受けにくいんだ。……それでもあまりに信仰心が無さ過ぎれば上手く力を出せなかったりもするんだけどね」

「ふぅん……女神様事情にも色々あるんだなぁ」

『己の知らないところでそんなにも複雑な事情があったなんて』――とキラは小さく拳を握りしめた。

しかし、己の無知の所為で話がずれてしまったと思い直してキラは少し申し訳なく思いながら話の軸を戻す。

「それで、その信仰心とやらはどうすれば取り戻せるんだ?」

「うぅん……いつもは政府、教会の人達が広報活動をしてくれるから大概それで信仰心は賄えるんだけど、今はそうもいかないし……」

そうか、とキラは再び頷く。

現在は政府も犯罪組織に対してあまり動きを見せていないことがキラにも充分に理解できていた。

1年ほど前までは、政府も躍起になって違法ディスクの取り締まりやらを行っていたが女神が不在になってからとんと動きを見せなくなっていた。

そんなことも知らずに、自分のことしか考えずに生きていた自分に腹が立つ――とキラは拳を強く握った。

「……だとすれば、信仰心を取り戻すには自分たちでどうにかしないといけない、ってことだよな」

教会が動けない以上自ずから動かなければ事態は一向に好転しない、それどころかどんどん悪化の一途をたどるのみだと言うことは容易に予想が付くことだ。

深く考え込むキラの横顔を一瞥してネプギアは呼びかけるようにして発声する。

「えっと、昔はお姉ちゃん達は自分たちでクエストをやってシェアを集めてたみたいなの」

「クエストか……。まあ、そのくらいなら何とかなるかもしれないけどやっぱりたかが知れてるよなぁ……」

簡単に人の心は変えられない、それも堕ちた心を引き戻すとなれば尚更のことだ。ひっそりとクエストをこなしていたところで犯罪組織の信仰と釣り合いが取れるのかと問われれば迷わずNOと答えられる。

「だとすると、やっぱり直接的にみんなの心を鷲掴みにしないといけないわけだよなぁ……」

キラはそこまで発言してからチラとネプギアに視線を送る。

キラとしてもあまり乗り気ではないのだが、しかし仕方のないコト――だとは思ってもやはりどこかしらに抵抗はあるわけで。そんな曖昧な狭間の感情の中でキラの心は低迷していた。

その間、何も分かっていない風のネプギアが(・△・)みたいな顔で頭上に疑問符を浮かべていたわけであるが。

 

 

そして冒頭に至るワケである。

題して『みんなから好かれそうなキャラを演じて信仰心を集めちゃおう大作戦!』(キラ命名)であった。

しかしながらまだ練習の時点でここまで不発感が滲み出ており、『もうこれ確実に失敗するんじゃね?』感満載である。

先程まで微動だにせずにorzのままで居続けたネプギアが溜息を吐いてキラが頬杖を突いているテーブルの近くに身を寄せて腰を下ろした。

「うぅ……恥ずかしい……」

「ゴメンな。見てて俺も恥ずかしいと思った、ホントにゴメン」

涙目でそう訴えるネプギアの頭をよしよしと撫でながらキラは深く罪悪感に苛まれた。

しかも、もしかするとこういった甘いキャラはあまり受け付けないという人もいるだろうし、この作戦は見送りかとキラは思考する。だとすると、やはりネプギアの言うとおり地道にクエストをやって信仰心を稼がなければならないと言うことになる。

気の遠くなるであろう時間を要する活動にキラは軽く目眩を覚えた。

しかし、暗澹とした感傷に浸っている場合ではない。今、こうしている間にも女神達は命の危機に瀕しているのだ。

「塵も積もれば山となる――か……」

キラはよっこいしょ、と腰を上げて掛けてあったコートに手を掛けた。

ミルクココアを傾けていたネプギアはキラに視線を向けて何事かと首を傾げている。キラはそんな彼女に半ば疲れてしまったような口調で告げた。

「仕方がねぇ、こうなりゃもうクエストをやりまくるしかねぇよ。他に方法もないしな」

次に、壁にもたれ掛けてあった愛用の黒い刀を担いでキラは入り口のドアノブに手を掛けた。

ネプギアも理解したようにこくんと頷いて刀の隣に掛けてある白い剣を持ってキラの隣に並び、部屋を後にした。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

外は雲一つない――とは言えずもそれなりに気の抜けるような晴れ空が一面に広がっており、寧ろぽつりぽつりと天のように浮かぶ雲が余計にまったりとした空間を形成して居るとも言える空であった。

比較的、温暖な地域であるプラネテューヌではあるがそれでもここまでに状態のよい日はあまりなく、なかなかによい日和である。

しかし、一つ奇怪な点を上げるとすれば――それは道行く人々の表情である。

誰も彼もが光のない、悲壮にまみれた目つきでその先に見据えるモノはいったい何なのか、思わず問いたくなるほどに、その目つきは虚ろであった。

そんな彼らに思わず身を引くように、ネプギアはこそこそとキラの影に隠れながら街ゆく人々をチラチラと盗み見ている。

『ね、ねぇ……キラ? 何か皆さん怖いよ?』

ネプギアは少し震えながらボソボソと小声でキラに声を掛ける。キラもざっと周囲を見回して小さく嘆息、ネプギアと同じようにこそこそと小さな声で耳打ちする。

『あぁ……たぶん、この人達は失業者の人達だろうな……』

――失業者。

犯罪組織の生み出した違法アイテムの一つ、『マジェコン』。

これは、使用することによって全てのデータをコピーすることの出来る万能ツールであるが、当然の如くこれは法律によって禁止されている類の物だ。

しかし、世界の現状を見る限りではそれほど取り締まりが為されているわけでもなく、市場は混乱、商品価格も急落し、こういった失業者の人々が増えている。

恐らく、ここを歩いている人々もその一握りだろうと推測できる。

キラの話を聞いて、ネプギアは気の毒そうな表情となって俯いてしまった。

そんな彼女を見て、キラはポンと彼女の肩に手を置いて諭すように声を掛ける。

『大丈夫だ、そんな人達を救うためにも俺達がこうして動こうとしてるんだから、な?』

少しの間、表情を曇らせていたネプギアであったがそれでもキラの言葉を聞いて薄く笑みを浮かべてこくんと小さく頷いた。

「よし! 元気出たところでさっさと行くか!」

「おぉー! ……ってどこに?」

途中まではノってくれたネプギアであるが、急に惚けたような口調で問い掛けた。キラは出鼻を挫かれた思いで冷や汗を垂らし、ネプギアに向き直った。

「どこって……ギルドだよ、ギルド」

「ぎるど……?」

ネプギアは小さく首を傾げた。

 

 †

 

――ギルド。

異端者、背徳者集団……他にも色々と呼ばれてきたその名の通り、『背いた者達』が集結して結成された組織だ。

その存在が確定したのは今から約10年と少し前だ。

事の始まりは、リーンボックスと呼ばれる『大陸』から始まった。

その時代、『協会』と呼ばれる現在の政府と同じ役割を果たす機関、そのうちの一つである女神信仰の手助けを為す『教院』の長を務めていた者が、異端者――その『大陸』に住みながら他の『大陸』の女神を信仰する者達を粛清した。

しかし、その際にルウィーという『大陸』に逃げ延びた異端者の集団が、自分たちの道を確立するためにギルドを組織した。

表だった動きはしない。自分たちの信仰を隠しながら普通の人々同じように生きていた。

 

 

しかし、今は――

 

 

一見して、近未来のような白く厳正な雰囲気を持った建物である。

その入り口には高々に『ギルド』と掲げられている。ネプギアはそれに感心したように「わぁ〜」と言った風な声を上げていた。

「ここがギルド?」

「そうだよ。まあ、クエスト受付所とも言うけど」

と、キラの言い分ももっともなように入り口からは見た限り、どうも傭兵やら戦闘員(ソルジャー)といった風貌の人々が出入りしている。

「とにかく入るか。話はそこからだし」

キラはグイとネプギアの手を引いて、ガラス張りの扉を押し開けた。

(ギルド――って確か……?)

ネプギアは心の中でそんな考えを掲げたが、しかしそれはすぐにギルド内に響く轟音の下に掻き消された。

 

 

――ガシャァ!

盛大な音を撒き散らして見た感じ20代半ばほどのギルドの制服を纏った職員のような男性がソファなどを巻き込んで壁に叩き付けられた。

そして、その視線の先には無精髭を携えた30代前半ほどの屈強な肉体を持った男性が拳を振り切っていた。

「これは……」

ネプギアは少しばかり吃驚したように唖然として口元を抑えている。

見た限りではどうも喧嘩らしく、無精髭の男が若い男性を殴り飛ばしたようだ。

しかし、周りの人々はなるべくトラブルには巻き込まれたくないと言う風に彼らから視線を外して業務やらクエストの受注やらに戻っていた。

まだ怒りは晴れないという風に、無精髭の男性はガシャガシャと鎧を鳴らして若い男性の元に歩み寄り、グイと彼の胸倉を掴み上げる。

「おいテメェ……話が違うぞ! 報酬金がこんなに少ないってどういうこった!?」

「で、ですから……説明したように依頼主が報酬金の減金を求めてきまして――」

「ッざけんなぁ! 何のために死にそうになってまでクエストを達成してきたと思ってんだ、あぁ!?」

「お客様……落ち着いてください!」

若い男性の方は必死に彼を宥めているようだが、向かう方はそれでも納得がいかないらしく、大声を張り上げて己の意見を主張している。

しかも、最後の言葉がどうも彼の癪に障ったらしく、ビキリと額に青筋を立てて拳を振りかぶった。

「ッ――!」

若い男性はギュッと目を閉じて、何とか拳を防ごうと両手を前に出す。

――バシッ!

空気が揺れて、キラは二人の間に割って入り男性の拳を受け流していた。

「あン、なんだガキ?」

「なあオッサン、この人もこれだけ言ってるし、それに依頼主の方が減金を求めたんならギルドの方に文句の付けようもないだろ?」

キラはあくまで『笑顔』でおどけるように男性にそう呼びかけている。

しかし、向かう男性はそれにますます怒りを煮えたぎらせたらしく、大声を張り上げてキラに言葉を返す。

「うるせぇ! テメェには分かんねえだろうが俺は必死の思いで馬鳥共を掃討してきたんだ、これがこの程度の報酬で納得できるわけねぇだろうが!!」

男性はそう叫ぶと同時にもう片方の拳を振り上げてキラに叩き込もうとしていた。

「へぇ、馬鳥ねえ……」

キラは何やら思考するように目を細めてから、ニッと口の端をつり上げた。

それから掴んでいた腕を突き飛ばしてから、右足で男性の両足をかけて転倒させる。

「なッ!?」

あまりの出来事に状況を掴めていないのであろう男性は間抜けな声を上げて、地面に後頭部を強かに強打した。

そしてその上に仁王立ちするように立って、キラは大層嬉しそうに声を発する。

「悪いな。そのクエストなら俺は先月に楽勝でクリアしたんだ」

「ッ!?」

「そっちが先に殴りかかってきたんだから、これも正当防衛ってことだよな?」

キラはバキボキと拳を鳴らしながら、ニッコリと黒い笑顔のまま右拳を男性の顔面に叩き落とした。

 

 

「ったく、最近は治安が悪くて困るな……」

キラは面倒くさそうに吐息してネプギアの元にゆったりとした足取りで歩み寄る。

チラと視線を向ければ、男性は数人のギルド職員に取り押さえられて奥の方まで連行されていった。

キラはもう既にくたびれたような表情でいたが、ネプギアはそれを見て俯き加減を強くする。

「やっぱりここにも犯罪組織の影響が出ているんだね……。早く何とかしないと……」

その前台詞に『ダメだコイツ……』と入れたくなるのは人としての性なのだろうかとキラは心の隅で1%くらい思考した。

それはさておき、流石にあれほどの事をしたのであるからしてやはりキラはギルド内で注目の的だ。男性をあの喧嘩を割って止めに入ったことや何よりもあの身のこなしは目を惹かないわけもなく、キラはやりにくそうに備えてあるソファに腰掛けた。

キラがネプギアに指示するようにソファの自分の横を軽くポンポンと叩く。意図することが分かったのか、ネプギアも嬉しそうにキラにならって横に腰掛ける。

「キラ凄かったねぇ、あんな大きな人も転ばせて」

ネプギアは少し悲壮の色を秘めてはいたが、それでも彼の活躍に心底驚いた様子でややテンション高くそう声を掛けていた。

彼女までその話をするのか……とキラは苦笑を禁じ得なかった。

「ま、その程度の能力ってことだよ……」

キラは悲しそうに表情を変えて地面に視線を落とす。

――例えこの程度の問題を解決したところで世界が変わるわけでもない。せいぜい変えられることと言ったら自分の手が届く範囲の平和だけ……、いやそれすらも叶わない、ということを充分に悟ってしまっていたのであろう瞳をキラはそっと伏せる。

「やあ……」

キラは頭上から掛かった声に、クイを顔を上げてその声の主を見る。

それは先程にあの男に絡まれていたギルドの職員だった。

薄く笑みを浮かべてフレンドリーにキラに右手を出して挨拶をする。キラもそれにならって小さく頷く。

顔やら腕やらに包帯を巻いて、その姿は少し痛々しいものであったが男性は気にした風もなく、柔和な雰囲気を纏っていた。

「いつもいつもトラブルに巻き込んでしまって済まないな」

「いえ、こっちもいつも世話になってますから」

「……どういうこと?」

ネプギアは話についていけないと小首を傾げる。それを見て、男性は小さく笑ってキラに視線を向けた。

「君はいつから心変わりしたのかな?」

「……」

キラは何とも言わずに視線を明後日の方向へ向けた。それに対してもネプギアはワケも分からない表情でいる。

「なに、この子はあまり特定の人とつるむということをしないものだから……いきなり女の子を連れていたら嫌でもそう思うだろう?」

「ッ――!」

流石に彼の言い分には黙っていられないという風にキラは勢いよく立ち上がった。しかし、長身の彼には届くはずもなく、寧ろ軽くあしらわれているようにも見えた。

「ふわ〜……」

ネプギアは両手を両頬にあててみるみると顔面を朱に染めていく。

しかし、それに気付かずにいまだ攻撃してきているキラにますます笑いがこみ上げて男性は小さく笑みを零す。

「にしても、君は本当に強いね。いっそのこと用心棒でもやらないか? 君がいてくれたらきっとみんな安心すると思うんだけどね」

『やらないか?』のあたりでキラは猛烈に寒気を感じたのだが、それを意図するところはよく分からなかった。

さておき、キラはフンと嘆息してポリポリと後頭部を掻きながらそれに答える。

「だから何度も言うように俺はそういうのはやらないって」

「残念だね。これでお断りを受けたのは二十回目だよ」

口ではそう言っているものの、男性はさして残念そうでもないように答えていた。

「お断り……?」

「まあね、このご時世だから色々と危ないことがあるだろう? 用心棒のお誘いをしているんだが何度聞いても答えが変わらなくて困っているんだ」

ネプギアの問いに男性はそう答える。ネプギアもそれには納得できることだった。

「キラ、折角だしやってあげればいいのに」

「なんでだよ」

ぶっきらぼうにキラはそう答えた。

それを見て男性は小さく声を漏らすとネプギアにそっと声を掛ける。

「さっき、あの子は人と連むと言うことをしないって言ったろう?」

「あ、はい」

「それはね、自分といるとトラブルに巻き込んでしまうから嫌がっているんだよ。自分の所為で他人が傷ついてしまうからね」

「うぉい!!」

キラはいつの間にか顔面を真っ赤にして男性に飛びかかっていたが、例の如く簡単にあしらわれていた。

「やっぱりキラは優しいねぇ」

「っ〜〜〜!」

ネプギアにそう言われてキラはますます顔を熱くさせた。

 

 *

 

クエストを受けて街へと繰り出した二人はひとまず準備を整えようと戦闘用具店に向かっていた。

「何がいるかな?」

「そこまで大変なクエストでもないし、傷薬がいくつかあれば足りるんじゃないか?」

キラはまだ少し照れているらしく、顔の火照りが抜けきれないままでいた。そんな彼が少しばかり可笑しく思えてネプギアは小さく笑みを零す。

そんな彼女にジッと渋い視線を送りつつ、キラは目的である戦闘具店の看板を一瞥してすっかり年季の入った扉を押し開ける。

むわっ、と一瞬さび付いたような匂いが二人の鼻を突く。しかしキラの方は慣れたものでそれに対して特に何の感慨を抱くこともなく、カウンターで頬杖を突いてこくりこくりと船を漕いでいる中年ほどの男性に声を掛けた。

ネプギアも壁に掲げられた手入れの届いていない鉄剣やら穴あきになった商品を陳列してある棚を見て、少しだけ落ち込んだような表情をしてからキラの後を追ってカウンターに歩み寄った。

「オッサン? 起きろー」

キラはゆさゆさと店主であろう男性の肩を揺り動かして覚醒を促す。暫し「むにゃむにゃ……」などとテンプレな寝言を零してから、男性はハッと上体を起こして寝起き声で答えた。

「お、おお……キラか」

「危ねぇぞ、オッサン。ただでさえ今は物騒なんだから」

キラは呆れたように中年男性に注意する。

『悪い悪い』と言いながら中年男性はガッハッハと豪快に笑う。

「いやいや、来てくれたのがキラで助かった。お前じゃなかったら今頃は俺もどうなっていたか分からんな」

「……ったく、チョーシいいこと言いやがって」

キラは後頭部をポリポリと掻きながら嘆息を交えて小さく声を漏らした。

しかし、それに対しても男性は豪快に笑い飛ばした。

「いやいや、最近の若いのはやれ犯罪組織だなんだとモラルが悪くてなぁ。最早、お前だけが頼りに出来るって言っても過言じゃねーよ。最近は警邏や政府もあまり当てにならんしなぁ……」

「す、すいません……」

男性の言葉にネプギアは申し訳なさそうに肩をすくめた。

その反応に『いやいや、お嬢ちゃんが謝る事じゃないがな!』と言ってまた笑っていたが、如何せん事情を知ってしまっているキラとしてはそれを例え作り笑いでも笑い飛ばせるほど図太い神経は持ち合わせていなかった。

それに前日にアイエフの姿を見ていたので、政府が動いていないとも断言できないんじゃないかとも思った。

「しかし、最近じゃ物価も上がっちまってなぁ……世知辛いねえ」

男性は苦々しい表情で唾を吐くように答えた。

こんな場末の店にも影響が及んでいるのかと、失礼なことを思う反面キラはこの先の未来を思うと暗澹たる感情を抱かずにはいられなかった。

「そんで、今日は何を買いに来たんだ? それとも刀でも研ぐか?」

「今日は簡単な傷薬を買いに来ただけ。いつも買ってるヤツ、まだ在庫ある?」

キラの発言から、彼はここの常連であることが見て取れる。男性は『ちょっと待ってな』と言って、店の奥に消えていった。

ネプギアはそんな男性の背中を見送ってからまた少しだけ寂しそうな声を発した。

「やっぱりここも大変なんだね……」

「そうだな……」

キラは腕を組んでやりきれなさそうに目を閉じた。

数分して、男性は店の奥から傷薬の入ったボトルを数本持ってくる。

「もうこの程度しか残ってねぇな……。あと数日したら入荷できるんだが」

「いや、これで充分だ。ネプギアもこれくらいでいいか?」

「あ、私はいくつでもいいよ?」

ネプギアの返答を聞いてキラは首肯してから財布を開く。

「……これくらいなら200クレジットでいいや」

「ッ――、安くないか?」

キラは一瞬だけ言葉に詰まってから男性に問い掛けた。

しかし、男性は少しだけ悲しそうな表情をしてから

「なに、お前には世話になってるからなぁ。特別サービスだ」

と無理をしているような笑みを浮かべて答えた。

キラは少しむすっとしたような表情になって無理矢理に男性に定額通りのクレジットを手渡した。

「サービスなんてしてられる状況じゃねえだろ。受け取っとけ」

などというキラのしんみりとした怒号に男性は面食らったような表情でいたが、すぐに吹き出し気味に笑い出す。

「ハハハ……、そうだな。お前はそういう卑怯なことは嫌いだったからなぁ」

「フン」

キラはそっぽを向きながらもカウンターに置かれたボトルを鞄にしまい込む。

しかし、それはそれとして男性ははたと気付いたようにジッとネプギアに視線を送っていた。

それに気付いたネプギアは小首を傾げて

「どうかしましたか?」

と、問い掛けた。

男性は、『あ、ああ……』と何とも挙動不審のような声で返答した。

「何だよ?」

気になった様子でキラも男性に問い掛ける。

男性はポリポリと頬を掻きながら、薄く微笑を浮かべてキラに答える。

「いやいや、お前も随分と色気づいてきたなぁと思ってな」

『またそれか……』とでも言う風にキラは額を押さえて嘆息した。

ネプギアは苦笑を浮かべながら男性に話を振る。

「キラってそんなに一匹狼なイメージなんですか?」

「おうとも。こう……ビンビンとしたオーラじゃあねえが近寄りがたい雰囲気ってのは確かだな、俺ら大人から見れば」

『近寄りがたかったのか……』とキラは何となく周囲の大人達に申し訳なく思った。

「それでも、子供達はコイツのことを慕っているよ。間違いなく、な」

「へぇ〜」

ネプギアが瞳をキラキラと輝かせて食い入るように男性の話に耳を傾ける。

いったいどこに彼女の興味を惹く要素があるのかとキラはジッとネプギアに奇異の視線を送ったが当然それにネプギアが気付くことはなかった。

「もういいだろ……。さっさと行くぞ」

これ以上無駄足を食っていては日が暮れてしまうと言わんばかりにキラはグイとネプギアの襟を引いて店の扉に手を掛ける。

「おっと、お急ぎだったのかい? また来いよ」

男性は人の良さそうな笑顔を浮かべて右手を軽く振った。

ネプギアはそれに同じくして右手を振る。キラは少し機嫌の悪そうな視線を送ってから、ネプギアを掴んでいない方の手を二、三度軽くふって古い扉を押し開けた。

 

 *

 

浮かんだ太陽はすっかり南の方に天高く浮上していた。

この調子でやっていてはクエストもロクな数をこなせたものじゃないなとキラは人知れず嘆息した。

しかし、そんな彼の気持ちを汲むこともなくネプギアはうっとりと――というよりは尊敬の色を秘めてキラに視線を送っていた。

「凄いねぇ、キラはいろんな人達に信頼されてて……」

語尾の方が段々と下がっていっているのは恐らく自責の波が押し寄せてきてしまっているからだろう。

キラはそんな彼女に心配そうな視線を送って、優しげな声で語りかけた。

「そんなんじゃないよ、それを言ったらお前の方が立派じゃないか。俺に出来るのはごくごくちっぽけなこと、けどお前にはもっと大きなことをできるだけの力があるんだから」

少し照れ気味にキラはそう言ってのけた。

ネプギアは微笑を浮かべて、小さく首肯する。

「そっか……、そうだよね。今からでもいいから私に出来ることをやればいいんだよね」

「そうそう、その意気だ」

キラがよしよしとネプギアの頭を撫でる。

「あと、これから少しでも鬱モードに入ったらデコピンかますから」

「酷い!?」

キラの面倒くさげな言葉にネプギアは激しくショックを受けた。流石にここまで鬱屈とした態度を見せられてはキラの精神も限界だったらしい。

隣であわあわと言っているネプギアを余所にキラはクエスト用紙に目を落として目的とその目的地を確認する。

「キラ――!」

「キラ兄――!」

しかし、そこで元気な少年達の声がキラに飛びかかる。そして数秒おいて、元気な少年達の身体がキラに飛びかかる。

「む――!」

キラはすんでのところで半身をずらして4人の少年の攻撃を避ける。幸い、その先は芝地帯であったために大したダメージも受けずに小寝んったいは地面に突っ込んでいく。

「えーと……、今度は何?」

そろそろ脳の処理が追いつかなくなってきたのか、ネプギアは(・△・)みたいな顔で頭上に疑問符を浮かべていた。

キラは嘆息しながら面倒くさそうに答える。

「近所の悪ガキだよ」

「悪ガキじゃねーよ!」

「そーだ!」

「てゆーか避けるなよ!!」

「避けるなよ!!」

少年達は口々にそう講義していたが、キラは溜息混じりに後頭部を掻く。

しかし、そんな彼の心情など知らぬが如し。少年達はキラの服を掴んで引っ張っている。

「なーなー、遊ぼうぜー!」

「俺、鬼ごっこやりてぇ!」

「……あのな、俺はこれからクエストに行くの。お前らに構ってられねぇから」

「ぷぷっ、クエストだって! だっせー!!」

少年達はなおもキラをそう茶化している。

キラはほっと溜息を吐き、目を伏せる。それからカッと両目を見開いてから

「うるせぇ!」

半ばキレたようにキラは少年達を追い回す。少年達は「わぁーキレたー!!」と、嬉しそうにキラから逃げている。

そんな攻防をネプギアはニコニコと微笑を浮かべてそれを見届けていた。

数分後、そんな少年達を追い払ってキラはネプギアの元に戻ってくる。

「ったく、アイツら……」

キラは言葉でこそそんな事を漏らしているが大して不満があるようでもなく、寧ろ少しばかり嬉しそうでさえあった。

「やっぱりキラはみんなから好かれてるんだね」

「どう見てもからかっているようにしか見えないけどな……アイツらは」

キラは照れたようにそっぽを向いて頬を掻いている。

そんな彼に慈愛に満ちた笑顔を向けるネプギアの姿を見てキラの心臓は大きく跳ね上がることとなる。

「ッ――」

「どうしたの?」

「……何でも」

しかし、そんな『邪念』を振り払うようにブルブルと首を振った。

彼女は『女神』、自分は『人間』。釣り合う存在ではない、ということを十分に理解した結果だった。

「と、とっとと行くぞ! このままじゃ日が暮れちまう!」

キラはずんずんと振り捨てるように足音荒くクエストの目的地のダンジョンへと歩みを進めていく。

そんな彼の後をネプギアは急いで追っていく。

 

 

 

 

ネプギアはまた、少しだけキラという人物が分かったような気がしてほんのりと嬉しい感情を抱いた。

 

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今年は暖冬であんまり寒くないですな。
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チータ「フラグキター!!」デバッカ「フラグ?今ので何が立ったんだよ?」チ「カップル……だ。」デ「【人間】と【女神】のか?いやいやそれは…」チ「愛は同じ種族の間だけとは限らないze?」デ「またこいつは変な誤解を……」 (ヒノ)
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