『夢のマウンド』第一章 第九話 |
七月に入り、全国各地で甲子園出場をかけた熱い戦いが始まった。
出場校数の多さから、都大会は東西に分かれて開催される。
パワフル高校は、東東京大会にノーシードから出場。
七回勝てば甲子園出場の切符が得られる中、ともに5回コールドと言う上々の滑り出しで1、2回戦を勝ち進んだ。
初戦は3年生エースが登板し、2安打を許すも完封勝利。
打線の方も、初回こそ緊張のためか3者凡退となったが、2回先頭打者の4番ショート尾崎による圧巻のホームランにより、「我も続け」とばかりに打線が爆発。初回を除いての毎回得点となった。
続く第2回戦では、日本の公式戦に初登板となる背番号14を着けた1年生、杉村勇斗が選ばれた。
パワ高には先発から中継ぎ、抑えまでを器用にこなす2年生投手もいたが、万一の事を考えバックアッパーとして控えに回った。
今年が最後となる3年生としては複雑なところだが、監督が本気で甲子園を狙っており、地区大会の1、2回戦程度でエースを連投させるのを避けるのは、戦略的には正しい。
加えて、練習で見せた勇斗の実力が飛び抜けていることも、十分にわかっている。だが、それはあくまでチーム内の紅白戦や練習試合においてであり、実戦で証明されたわけではない。
そのため、2回戦のスタメンが発表されてから試合が始まるまで、上級生と勇斗との間には微妙な空気が流れていた。
「ま、しゃーないでやんすね。ともかくオイラは勇斗君の味方でやんす。応援しているでやんすから、しっかりと結果を出して、みんなに認めてもらうでやんす!」
「そうだな。いっちょ、やってみますか!」
同級生たちもまた、一年でただ一人レギュラーに選ばれた勇斗と接しあぐねている中、そんな矢部の能天気な言葉と存在に、心底救われていた勇斗であった。
そうして迎えた初登板の日であったが、蓋を開けてみれば圧巻の無安打無四死球のパーフェクトペースでのコールド勝利という最高の結果で幕を閉じた。
初回のオモテ。マウンドに上がり、大きく振りかぶった勇斗の記念すべき第一球は、主審の頭上2メートルへと放られた大暴投。
球場の誰もが呆れと失笑を隠さぬ中、悠然と構える勇斗。そうして放られた第二球は、時速140キロを記録し、内角低めに構えられたキャッチャーミットに突き刺さった。
全国区ともなれば、高校生でも球速140キロ後半から150キロ台まで出すのは、決して少なくない。だが、地区大会の1、2回戦を主戦場としているチームにとっては、なかなかお目にかかるスピードではない。
さらに勇斗には、まったく同じフォームから放られる速度差30キロにもなるチェンジアップに、落差の大きなカーブ、ほぼ同じ速度から手元で急激に変化するシュートと、平均スレスレの速球を引き立てる3つの球種がある。
この試合ではカーブとシュートしか見せなかったが、アメリカ仕込みの2シームと4シームを微妙に使い分けることで、チェンジアップを温存することができた。
そうしてテンポ良く打者を打ち取って行くことで、そのリズムが攻撃にも良い影響を与え、回が進むごとに打線が繋がって行く。
結果、初戦を上回る勢いで点を重ね、3回が終わる頃には打者2巡。戦意を喪失させた上での完勝となった。
試合後、先輩や同級生から初球の大暴投についてからかわれたが、それに対し勇斗は笑って「親父譲りのゲン担ぎ」と答えていた。
2回戦を勝利で飾ったその夜、パワ高野球部監督の大波は日本酒をチビチビとやりながら一人、スコアブックを眺めていた。
大波は勇斗の初球――誰もが意表を突かれた大暴投に、色褪せることのない仲間たちとの青春の日々を思い返していた。
大波が初めてレギュラーに選ばれたのは、上級生が引退した2年の秋。
エースナンバーをつけての初マウンドと言う緊張感と戦う彼に、1年からレギュラーを勝ち取った同級生の二人が声をかける。
「なんだよ、大波ぃ。緊張でブルッてんのか?」
「初スタメンで初登板、その上エースナンバーまで与えられていれば、まぁ、当然の反応かな。だからと言って、僕のリードに通りに投げてもらえないのは困るけど」
野性味を帯びた笑みとふてぶてしい態度が何故か良く似合うのは、チームの四番でサードを守る杉村晋作。
その彼の言葉に反しつつ、さり気なく刺を出しつつ突いてくるのは、チームの頭脳で自身の女房役を演じるキャッチャーの栗原豊。晋作とは正反対の、育ちの良さと知性のきらめきを窺わせる眼差しに、誰もが彼ら二人が幼馴染で親友同士であることに疑いを持つ。
が、大波からすれば、他の連中の節穴ぶりに呆れを飛び越え、絶望感を覚えるほどだった。
この2人ほど息の合った――こと、自身をからかうことに関してはアイコンタクトすら必要としない――コンビは、そうそうないだろう、と。
願わくはその阿吽のコンビネーションを、もっと建設的なかつ自身とは関係のないところで発揮してほしかった。おそらく叶わぬであろう願いを、重々しい息で吐き出しつつ、大波は背後からかけられた声に振り向く。
「そう思うのだったら、もう少し気を遣ったセリフでもかけてくれ。まぁ、君たちに言っても、無駄だとは思うが」
彼らに倣い、さり気なく嫌味を織り交ぜてみるも、そういったやり取りがデフォルトである目の前の二人にとっては痛くも痒くもない。
こんな時、生真面目な自身の性格が恨めしいやら歯痒いやら……。
「まぁ、そう言うなぃ、エースさんよ。こちとら、緊張で逃げ出されても困るんでな。……あ、別に困ンねーか。そん時はオレが投げればいいだけだしな。エースで四番。うわ、オレ、カッケー!!」
「馬鹿を言うな、晋作。確かに緊張とは無縁、というか、そんな繊細な神経は持たずに生まれたお前だが、同時に繊細なコントロールも忘れてきてしまっているんだ。そんなヤツをマウンドに立たせるなど、試合放棄もいいところだ」
なぜ彼らは、呼吸をするが如くに嫌味を吐けるのだろう。頭痛を覚えつつ、さっさとこの場を離れようとする大波に、晋作の能天気な声が投げかけられる。
「マウンドに上がって、どーしてもガチガチのままだったら、もう諦めろ。思い切って、明後日の方向にブン投げちまえ。そうすりゃ、ちったぁマシになるかもな」
「何の根拠もないアドバイスだが、最初に意図的に恥をかいておけば、怖いものが一つ減るのも事実だろう。やりたいのなら、やればいい」
結果的に大波は初球を暴投し、試合中から晋作にからかわれる羽目に陥った。何度も「アレは手が滑っただけだ」と説明したが、取り合ってはもらえなかった。
そのお蔭とは言わないが、普段の練習の雰囲気のまま試合に臨むことができ、いつの間にかコールドで勝利していた。
ちなみに晋作は4打席2安打1ホーマー。豊は4打席4安打と、しっかりと結果を出していた。
「晋作と違って息子のほうは、ゲンを担ぐ程度には繊細だったか。それに豊と違い娘のほうも、素直で真面目、と。子育てに向いているとは、とても思えんのだが、母親の血か?」
後日、勇斗と舞の母親と知り合った際、「両親を反面教師にした結果」と思い改める事になるのだが、本編には一切関係がない。
「杉村ぁ、試合、出てぇよぉ……」
3回戦が行われる前日。すでに先発は3年生エースの奥寺が投げる事が決まっているため、軽めの調整で上がっており、投げ込みを行っているのは勇斗と2年生の伊庭の2人だけだ。
「そんな事、オレに言われましても……。まぁ、伊庭さんがいるから安心して投げられるってのは、オレも奥寺さんも間違いないんで、いつでも出られるように気持だけは整えておきましょう」
「う〜ん、あんまりピンチでの登場は、カンベンして欲しいもんだがな……って、中継ぎ前提かよっ!! 先発って選択肢はないのか?」
「奥寺さんはエースですしねぇ。それに監督も、経験の少ない1年をピンチで流れを変える中継ぎにとは、考えんでしょう?」
「それは、まぁ、わからんでもないが、納得できん」
そう不満を述べつつも、後に引っ張らず現状を受け入れるあたり、人間が出来ていると言うか甘いと言うか……。
ともあれそれ故に、個性の強い先発投手ではなく、柔軟性の求められる中継ぎにと大波が考えるのも無理のないことでもあるのだが。
そんな伊庭を横目に苦笑を浮かべつつ、尊大な態度でふてぶてしく笑う猪狩守の姿が思い出されていた。
「いよいよ第一シード、あかつき大付属高校の登場、か……」
大会前に配られたトーナメント表を見ると、パワ高があかつきと戦うためには、互いに決勝まで勝ち進まなくてはならない。
勇斗は大きく振りかぶり、逸る気持ちをその白球に込めて投げ放った。
「公式戦初登板で、パーフェクトペースのコールドゲーム。所詮は2回戦相手とは言え、とりあえずは僕の期待に応えてくれた、と言うところかね」
間もなく朝のHRを迎えようとする教室内。
クラスメイトたちが喧騒を奏でる中、猪狩守は唯一の趣味と言って良い読書を楽しんでいた。が、その心は先だって行われたパワフル高校の勝利と、その立役者である勇斗の事で占められていた。
初夏が過ぎ、本格的な夏を思わせる湿り気を帯びた風が、貴公子然とした守の柔らかなライトブラウンの髪を撫ぜる。
それはまさに、一枚の絵画のように整然としており、クラスの女子の視線を独り占めといった様相だ。
「やれやれ……僕に注目したい気持ちも分からんでもないが、毎日毎日、良くも飽きないものだ」
言葉はもちろん、態度にも出ないよう注意を払いつつ、心中でため息を吐く。
女子からの羨望の眼差しと、男子からの妬み嫉みの視線を避けるように、意識を手元の小説へと集中させる。
幼き頃より、「猪狩コンツェルンの後継者」として注目され、成績でもスポーツでも常にトップの座に君臨してきた守。無論それは、与えられた才能を自身の不断の努力によって磨き上げた賜物である。
だが人は自分の弱さを認めたがらないものであり、「才能」や「境遇」の差を言い訳にし、守への悪感情を抱く事で己の心を劣等感から守るようになった。
結果、中学時代から守は周囲から浮いた存在となり、やっかみの視線を避ける防波堤として本を広げるようになった。いつしか読書は、親しい友人を持つ事の叶わなかった彼の、唯一の心の拠り所となるに至った。
と、視線を文章に落として数行と進まぬうちに、“ニョキッ”と這い出た影に邪魔され、本へと向けられた意識を中断せざるを得なかった。
「ふぅ……もうすぐホームルームも始まろうというのに、隣のクラスの君が、一体何のようだ?」
栞を挟み、視線を上げる事なく本を閉じ、若干刺の混じった声音を突然の闖入者へと向ける。
いつしか教室内の喧騒も止み、代わりに好奇の視線が向けられているのを感じた。
「おい、猪狩。知ってるか?」
「それを尋ねるには、まず『何を』を明確にしてくれないか。でないと、いくらこの僕でも答えかねる」
「なんだよ、知らねぇのか?」
「おい、人の話を聞きたまえ。だから君は僕に、一体何について知っているのかを尋ねているのかね。会話をするには、まずはそこから始めないと、どうにもならんだろう」
「ったく、しゃーねぇな。今は情報化社会なんだぜ。一瞬の遅れが、命取りになるんだ」
「……常々思っているのだが、君が一体どうやってこの高校に合格したのか。開校以来、最大のミステリーだな」
「よせやい、照れるぜ」
直後、HR開始のチャイムが鳴り響き、担任の叱責を受けつつ「彼」は自分の教室へと去っていった。
と、その後に賑やかな笑い声が聞こえて来た。
「まったく、また何か馬鹿な事でも言ったのだろう」
その思いは、守のクラスメイト全員の共通認識であった。
不意に、クラスメイトたちの雰囲気も普段の刺々しい物ではなく、全体的にソフトになっているように感じられた。
このような感覚は、今回が初めてではない。
それはいきなり登場し、嵐のように去っていった先程の「彼」によってもたらされている事を、プライドは高いが決して愚者ではない守は確りと認めている。
「まぁ、大方、パワフル高校の完全試合についてだろうがな。とりあえず、飲み物くらいはご馳走してやるとするか」
一限終了後の休み時間。
再び姿を見せた「彼」を誘い、自販機で買ったドリンクを渡すと、一瞬キョトンとしつつも、子供のような笑顔で受け取った。
さすがの守も呆気にとられ、羞恥に染まった顔を背けるようにして照れ隠してみせた。
余談だが、この様子を渡り廊下から偶然見かけたとある女子生徒があった。
元々は少し影の薄い、身体も決して強くはない少女であったが、頬を赤らめた守と無邪気に微笑う「彼」の姿に、全身を雷で撃たれたような衝撃を受けた。
数年後、彼女は「学園の貴公子×ド天然美少年」モノを描かせたら右に出るものは無いと呼ばれる程の同人作家として、腐った女子たちから絶大なる支持を受ける事になるのは、まったく別の話である。
ちなみに「彼」の話とは、「あの中学生アイドルの○○なんだが、裏でAVに出ていたらしい。なんとかお前のツテで、手に入らんか?」との事であった。
そして全てを言い終わる前に、守の光って唸る見事な右フックが「彼」のテンプルを撃ち貫いた。
アーメン♪
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数えてみたら、1年半が経過。もう、土下座しかないですね(^_^;) 今回はかなり読みにくいかもしれませんね。ぶっちゃけ、ひたすら地の文だらけです。 スランプ? ンな訳ない(^Д^) そんなものに陥れるほどの実力はございません。単純に未熟者っつーわけで、これからも頑張る次第です! |
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