嘘つき村の奇妙な日常(18)
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 嘘つきの館の最上階が、にわかに騒がしくなった。

 

「あまり良くない知らせだ……ぬえ君を始め妖怪が数人、惚れ薬の影響下を脱し反乱を起こした」

 

 演奏家からモールス信号を受けた彫像男の報告に、ジャグラーがぼやきの声を上げる。

 

「なんだよ、折角準備万端だってのに」

 

 テーブルの上には、白木で作った十字架がある。底の部分は尖塔のように、細く削られていた。

 

「報告には、続きがある。ぬえ君がこちらに向けて接近中……窓を閉めろ、物好き!」

 

 瞬間テラスの全ての窓がすぼまり、蝋燭の灯りが頼りの薄暗い空間に変化する。直後、外から大きな爆音が立て続けに轟いた。空間が振動しパラパラと土埃が天井から落ちてくる。

 

「しばらくは持ちそうだけど、いつ突破されるかは分からないな。どうする?」

「演奏家からの、最後の指示」

 

 彫像男が持ったティーカップに、大理石の破片がポチャリと落ちた。

 

「決戦形態の使用を提案したいそうだ」

「無論賛成する。今使わずにいつ使うか」

 

 軽業師が唾を飛ばした。残る四人も無言で頷く。

 

「ろくに試運転もしていないが、大丈夫だろうか?」

「ぬえ君が真っ先にここへ来たのは、僕達の抹殺とフランドール君の奪回が目的だろう」

 

 彫像男の質問に対し、クラウンが脂汗を流す。

 

「だとしたら、一刻の猶予もない。使用を躊躇っている余裕なんてないぞ」

「なるほど、やむ終えないか。では僕も賛同する」

 

 奇術師が手を上げる。彼は手に星図を持っていた。その星の一つが赤く点滅を繰り返す。

 

「決戦形態の使用には異論がないけど、一つ問題が。地下牢に破られた形跡がある」

「馬鹿な! なぜ気がつかなかった?」

 

 クラウンの激昂に対し、奇術師が頭を掻く。

 

「すまない。どういうわけか、見逃していた。あと村人が何人か、エントランスに来てるんだけど」

「待たせておけ。非常事態だ」

 

 つかつかとテーブルに歩み寄り、十字架と木槌を手に取った。血走った目を、フランドールに向ける。

 

「何する気だ臆病! まだ早起きの同意がないぞ」

「非常事態だと言っている! 地下牢が破られたということは、あの女がこの騒ぎに乗じて動き出した可能性が大きいじゃないか」

 

 嘘つき達の顔から、一斉に血の気が引く。無論、クラウンの言う「あの女」とは幽香のことであり、彼らの様子は幽香が村にもたらした大破壊の凄惨さを如実に物語っていた。

 

「奴らが再びここへと現れる前に、全てを台無しにされる前に、この村をより完全な状態へ近づける。時間を稼いでいてくれ、物好き……こっちもすぐに終わらせるから」

 

 薄笑いを浮かべながら、フランドールに歩み寄る。対する彼女はクラウンを見上げたまま、動かない。

 

「さあ、待たせたねフランドール。もう何の心配もない。村が真の楽園となるための礎になってくれ」

 

 十字架の楔をフランドールの左胸に押し当てて、木槌を構える。彼女は冷淡な目でクラウンを見た。

 

「最後にもう一度言うわ。あなたの試みは失敗する」

「やってみなくちゃ! 分からないだろう!」

 

 木槌を振り上げ、十字架に叩きつけた。

 

 

 §

 

 

 同時刻、テラスの外では。

 

「くっそ、あともう少しだったのに」

 

 ぬえは苦し紛れの弾幕を放ったが、窓の塞がった館はびくともしなかった。

 

「さて、どうやって突破するかな。フランがいれば、楽勝でどっかーんできるんだけど」

「彼女なら、僕達の客人としてお迎えしているな」

 

 地上から声がした。演奏家が肩で息をしながら、ぬえを敵意の眼差しで見上げている。

 

「う、嘘つき殿、大変だ」

 

 何人かの村人が演奏家に走り寄った。ぬえはその中にいた異常に痩せた男に一瞬注目したが、すぐに視点を演奏家に切り替える。

 

「大丈夫。大変なことくらい見れば分かります……これ以上この村を荒らさせはしない」

「空も飛べない、弾幕も撃てない連中がどうやって私らと戦おうと?」

 

 演奏家の顔に険しさが増した。

 

「今度は僕達も本気でお相手しよう。とある大妖怪との決戦を糧とした全力の戦いだ……君のその余裕、どこまで保つか見てみようじゃないか」

 

 上空に影が差した。上を見上げ、自身の目を疑う。

 館が浮上しているのだ。厳密には館を支える地盤が盛り上がり、館を上へと押し上げている。

 

「うおっ!?」「な、何だ!」

 

 地上でも変化が生じていた。村人達と、演奏家の体が地面に潜り込み始めている。

 

「君達にも協力して貰おう。決戦形態に変じる村の筋力の一部としてね」

 

 彼らの姿は完全に地中へと消えた。

 

「筋力?」

 

 演奏家の言葉に対し浮かんだ疑問についてぬえが考えをまとめることのできる時間は、短かった。

 周囲から家が、畑が、樹木が折り重なって、館に迫り、上へと登っていく館に追随する。

 それらは館の両脇に二つの塔を形作った。各々が中程で二つに折れ曲がったところで、ようやく塔の正体が「腕」であると気がつかされる。

 家が、煉瓦が凝り固まり、腕の先端に掌と五本の指を生やした。それらの合間へ埋め込まれたように見えているのは、苦悶の表情を浮かべた村人達だ。

 

「おいおい、こいつは」

 

 最終的にぬえの前へ現れたのは、家屋と人間と土石が寄り集まって人型を成した歪な複合体だった。頭部に館を頂き、ぬえの姿を嘲るように見下ろす。

 

「命蓮寺(うち)の入道か、伊吹の案件だろ、これ」

『いざ、尋常に!』

 

 何十人かの声が寄り集まる悪鬼のような重低音が、ぬえに向けて降りかかった。

 

「どう見ても尋常じゃない!」

 

 問答無用でぬえに対して巨大な両の手が、彼女を一撃ではたき落とすべく迫りくる。

 

 

 §

 

 

「外が、騒がしくなってきたわ」

 

 無論、ダイナミック過ぎる村の変化は振動となり、館の地下牢にまで届いていた。幽香がゆるりとした動作で、小窓にまで歩み寄る。

 

『そろそろ嘘つきが私達を見つけてもおかしくない頃合いね。外に出るのを手伝うから私達に協力してくれないかしら? あなたは館を奪い返すために、私達は友人の救出に』

「その前に、一つ聞いてもいいかしら」

 

 鉄格子越しに、こいしを見下ろした。

 

「今のサンドイッチは、あなたが作ったもの?」

「いいえ。作ってくれたのは、さとりお姉ちゃん。お出かけするから、頼んで作って貰ったの」

「そう。いいお姉さんね」

 

 穏やかに微笑む。

 

「では、私はあなたの家族の愛情に報いましょう。ちょっと扉の脇に寄って貰えるかしら」

『え、何をするつもり……』

 

 パチュリーが全てを言い切るのを待たず、人形がこいしの首根っこを引っ張った。アリスの操作だ。

 

「お陰でいい栄養補給になったわ。少しの間なら、運動しても大丈夫だと思う」

『こいし、壁すれすれに寄っとけ。怪我するぞ』

 

 魔理沙の声に従い、おずおずと扉の脇に控えると。

 ギィン、と大きな金属音が轟いた。

 

『え』

 

 パチュリーが絶句する。人形の視線の先に、先刻までなかったものが転がっていた。

 ドアの一部分が付着した錠前が一つ。

 脇を見れば、ドアノブの辺りから二の腕が伸びる。

 それが、ドアの縁を掴み取った。

 メリメリと音を立てながら、反対側の蝶番が弾け飛んだ。そのままドアが部屋の奥に消え。

 バァン! 強烈な破砕音が、部屋の奥で轟いた。空虚と化した扉から、悠々と幽香が姿を現す。

 

「さ、行きましょうか?」

 

 人形が牢屋の中を覗き込んで、恐れおののいた。ドアだったものが、跡形もなく床に散乱している。

 

『これが、ガス欠……?』

『……これでもガス欠だ』

 

 いつの間にか、幽香の手には一振りの傘が握られていた。床をその先端で鋭く突つく。

 

「これから地下に潜って、この虚構の村を作り出す存在をいぶり出してみるわ。そいつを叩けば、この村から脱出もできる筈よ」

「私は、フランを助けにいきたいのだけれど」

 

 こいしの言葉を聞くと、頭上に向けてゆっくりと傘の石突を上へと向けた。

 

「紅魔の妹君は、恐らくこちらには来ていないわ。嘘つきに問うてみなさい。近道を作ってあげるから」

 

 石突に小さな光点が現れ、傘の先に次々収束する。

 

『近道って、まさか』

 

 パチュリーに対する答は、轟音と共に与えられた。

 

 ――開花「フラワースパーク」

 

 ブゥ――――――――――ン

 高出力大口径のレーザーが、こいしの目を灼いた。

 

「……魔理沙の魔砲みたい」

「みたいじゃなくて、こっちがオリジナルよ」

 

 魔力光が収まると、天井から自然光が流れ込む。幽香がレーザーがで穿った石天井が完全に消え失せ、その先の床と天井まで貫通し青い空が見えている。

 

「さすがに無駄撃ちは難しいわ。急ぎなさい」

「うん、有難う」

 

 礼もほどほどにこいしは天井に向けて飛び出した。そのまま一気に最上階へと向かう。

 一方幽香は傘を下ろし、残った人形を見る。

 

「あなたは行かないのかしら」

『嘘つきだけが相手なら、こいしが何とかするわ。私は、知識欲を優先する。行くのでしょう? 村の「本体」を探りに』

 

 かり、と石突が床の岩石を削り取る。

 

「勿論行くけれども、エスコートの余裕はないわよ。何があるかも分からないし」

『そこら辺はどうにかするわ』

 

 傘に再び魔力光が収束する。

 

「では、御開陳と行きましょうか。こんな悪趣味な花へと育つのは、いったいどんな種なのかしら」

 

 再度、閃光が地下牢を満たした。

 

 

 §

 

 

 時間が少し前に遡って、館の屋上。

 

「かふっ」

 

 フランドールが、口から真っ赤な血を吐き出す。荒い息を吐きながら、彼女は口元の血もそのままにクラウンを見上げた。木槌を手に言葉を失った彼を。

 

「……なぜだ」

 

 呻きのような言葉が漏れる。フランドールの左胸には、白木の十字架が深く深く突き刺さっていた。背中からは、真っ赤な先端が突き出ており、心臓の貫通は疑いようがない。

 しかし、フランドールの眼光は消えない。臓腑を貫かれ喀血して、それでも彼女は死ななかった。

 

「どうして。確かに言われた通りにしたじゃないか。嘘つきの命令に嘘をつける者はいない筈なのに」

「だから、最初に、言ったじゃないの……」

 

 苦痛に表情を歪めながら、クラウンを睨み上げる。

 

「これは、村の白木を使った十字架でしょ? 偽の木材で作ったものが、効くわけないでしょうよ」

 

 クラウンの顔から、化粧の上からでもわかるほど明確に血の気が引いていく。病的に白い顔で、彼はジャグラーに振り返った。

 

「……無理。決戦形態に変化した今じゃ、この村に生木なんてあるわけない。僕らは村から出られない。外から材木問屋でも迷い込むのに期待するしか」

「そんなのを悠長に待ってる余裕なんて……」

 

 有機体が蠢くような音が、背後から聞こえた。

 

「それに、ね」

 

 声がする。フランドールに視線を戻したクラウンの目が、飛び出るほどに見開かれた。

 ミチミチと音を立てながら、十字架が成長する。否、正確には。フランドールの身体から、十字架が押し出されようとしている。

 

「私やっぱり、死にたくないわ。こんな面白い世界、十年も経験していないのよ? 生き飽きるなんて、とんでもない。どうしてくれるの、この矛盾を」

 

 完全に抜け落ちた十字架が、カランと乾いた音を立てて床の上に落ちた。

 

「あ、あ、あ」

 

 クラウンが手を震わせた。他の嘘つき達……勿論、彫像男を除く……は当惑するばかりだ。

 彼の手に、反り身の太刀が現れる。サーベルでも日本刀でもない、洗練さの欠片もない、野党じみた粗野な鈍刀だった。

 

「いいから、黙って死ねよ!」

 

 フランドールの右肩から、左下に向け振り下ろす。彼女は何の抵抗もなくそれを受け止める。

 飛び散る鮮血。その一部が瞬時に黒変し、蝙蝠の群れへと変わってフランドールの体に舞い戻る。

 

「飽きないとか! 面白いとか! そんなことは、どうでもいいんだよこっちは!」

 

 激昂しながら、刀を振るい続ける。

 ブゥ――――――――――ン

 背後で光芒がテラスを貫いたが、彼の耳にそれが伝わってくることはなかった。

 

「死ねと言ったら死ねよ! この村では僕達が王様なんだよ! お前達は絶対服従の奴隷なんだよ!」

「何だ、今のは?」「修復を急げ」「い、今ので、物好きが蒸発した!」「何だと?」

 

 斬る、治る、斬る、治る、繰り返す。

 

「死んでくれ、頼むから死んでくれ! さもないと、僕達いつまで経っても楽園に辿り着けない」

「逃げろ、臆病!」

 

 天高く振り上げかけた刀が、止まる。

 

「…………え?」

 

 クラウンは、力強く固定された自らの手首を見た。

 小さな手に、がっちりと掴み取られている。

 

「ねえ、あなた」

 

 鈍い音を立て、手首があらぬ方向に捩じ曲がった。

 

「フランに、何をシテイルノカシラ?」

説明
不定期更新です/ある程度書き進んでて、かつ余裕のある時だけ更新します/途中でばっさり終わる可能性もあります/

(これまでのあらすじ:EX三人娘が迷い込んだ嘘つき村で、惚れ薬の薬効から脱したぬえ、それを察知した嘘つき達との戦闘が始まった。ぬえは嘘つきを殲滅するべく、彼らが潜む洋館に直行する。一方、こいしは館の地下牢で行方不明となっていた幽香との対面を果たしていた。)

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