ミラーズウィザーズ第一章「私の鏡」12 |
〈トールテンポスっ!〉
魔法を起動させる呪言(スペル)がエディの足下に影を広げた。
次の瞬間、影の中から幽星気(エーテル)の槍が現れ、伸び上がる。
模擬戦とはいえ魔法の力は本物だ。直撃すれば怪我では済まない。事実、既に今日の模擬戦で病院送りが二人も出ている。これは命のやりとりである魔法戦の訓練なのである。下手な油断は命取りだ。それを体で経験しているエディは懸命にも回避を続ける。
「くっ」
息が肺から漏れ出る。エディはしどろもどろに足が抜けながらも魔槍の穂先をなんとかかわす。
やっとにして回避動作が終わり顔を上げた瞬間、次の魔法が待っていた。
〈リックライアンっ!〉
(くそっ。早すぎ! 固定呪言(スペル)はこれだから!)
心中悪態を吐き捨てるエディ。
次の魔法は『魔弾』の亜種だった。対戦相手の指先から魔力が解き放たれる。
『霊視』により魔力の湧き上がりを視て、これから魔法が向かうだろう軌道を予測する。瞬時の判断。エディは崩れた体勢を無理に立て直さず、地面を横に転がってまた難を逃れた。
その無様な回避動作に観戦者から笑いが漏れた。
避けるのが精一杯のエディの姿は会場の嘲笑を誘う。それはエディの模擬戦ではお馴染みの光景だった。
魔法が全くと言っていいほど使えないエディの試合は一方的な展開となるのが常だ。しかし、エディは『霊視』の能力は持っているので、回避するのは上手い。その結果、エディが力尽きるまで逃げ回るか、回避に失敗して無惨に散る。または出来もしない反撃を試みて失敗に終わる。観戦者はそんな予想を立てて模擬戦を見ているのだ。
それが見ている側からすれば面白いらしく、エディの試合にはいつも多くの観戦者が集まるってくる。それはエディにしてみれば屈辱でしかない。
「ハァ。ハァ。ハァ」
模擬戦が始まって数分が経っていた。エディは肩で息をするものの、未だに試合場の上に立っているという状況が観戦者を沸き立たせ、対戦者を苛立たせる。
対するエディの目には観戦者など映っていない。ただ相手の魔力の動きを、幽星気(エーテル)の流れをひたすらに追って、魔法の発動タイミングを探っている。そうしなければ、一撃で勝負は決まってしまう。
エディは魔法使いにあるまじき、まるで格闘家のように両手を前面に掲げる構えを見せて目を細めた。
(この人、確か一度だけ序列に入ったけど直ぐに落ちた人。今は数字はつかないけど、多分学園で六十番ぐらい……)
試合場の不穏な空気が流れていた。魔法を撃ち疲れたのか対戦者であるリクロー・エンがその手を止める。どうにも納得のいかないという表情を隠さず、リクローはエディを見据えいていた。
エディと模擬戦を行った者は大抵そんな顔をする。エディの勝ち星は零。バスロト魔法学園で最弱の魔法使いのはずだ。それなのに簡単には倒せない。一瞬で勝負が付いてもおかしくない力量差なのに、エディはいつも模擬戦を長引かせる。
リクローは漆黒の魔道衣の袖を振り上げて手を掲げた。どれだけエディに違和感を覚えても、攻撃を止めれば単にエディが休む時間を与えるだけだ。
〈レールスターッ!〉
リクローの呪言(スペル)。魔法の発動と共に、地面に光の影が伸びる。同じ影を使う魔法でも、先程使っていた魔槍生成の魔法よりも遙かに発動が早い。
「くっ」
エディの喉に唸りが漏れた。『霊視』を怠(おこた)ったつもりはないのに魔力察知が遅れてしまった。慌てて身を捻り、回避を始める。
(違うっ! これ、攻撃的な魔力がない! これは目標設定型? 事前に目標に目印をしなければならないけど、目印されると自動追尾で必ず当たっちゃう二段階魔法。感染魔術の応用だ。この光を避けないとやばいっ!)
無理に地面を蹴ってエディは後退する。伊達に模擬戦で毎回逃げ回ってはいない。回避に関しては少しばかり自信がある。
途中、体勢を崩しかけたが、エディは地面に手を突いてなんとか体を支えた。
エディの洞察通り、彼女に印を付ける為に迫っていた光は、見事な回避を行うエディには届かず、術者の方に戻っていった。
(この人焦ってる? 私が避けるものだから、手数はかかるけど自動追尾型の魔法を選んで……)
エディの『霊視』は既に相手の観察を終えていた。エディや多くの者が使うのは、魔術言語を組み替えて呪文を作る自由呪言(スペル)と呼ばれるもの。それに対し、対戦者であるリクロー・エンが使っているのは呪文と魔法が一対一の関係にある固定呪言(スペル)。その呪言(スペル)を唱えれば、顕現する魔法が決まっているタイプ。呪文と魔法が固く結びつき、魔法現象の自由度は下がるが、魔術展開を短縮出来て連発が効く。ただし状況に合った魔法を正確に選ばないと、戦術が組みにくい。
今回の模擬戦、エディは何回もリクローの戦い方、特に魔法の繋ぎの悪さに助けられている。エディが魔法さえ存分に使えれば、その隙に反撃の魔法を叩き込んでいるところだ。
いや、エディが魔法を使えないと知っているからこそ、そんな隙を平気でみせるのか。エディには喜んでいいのか悲しんでいいのかわからない状況であるが、相手が油断しているのは確か。
(当たらなければ、どんな攻撃魔法だってどうということは……)
エディの気持ちが前向きになったのを感じ取ったのか、リクロー・エンが横走り位置を変えながら呪言(スペル)を唱える。
〈トールテンポス!〉
湧き上がる影。幽星気(エーテル)の収束がはっきりとエディの瞳に映る。
(それはさっき視たぁっ!)
エディは何の迷いもなく、力強く踏み出した。その自信は、自らが唯一持つ能力の『霊視』を信じている証。
床に広がった影から魔力の槍が召還される。派生は〈土(テッラ)〉。それを〈木(アーバー)〉に換えることで幽星気(エーテル)の流れを促し、魔槍を形作る。基礎に忠実な魔法。しかし、いくら硬く槍を作り出そうと、もう既にエディはそこにいない。
(構成が雑。幽星気(エーテル)の流れが遅い。それじゃあ固定呪言(スペル)にして短縮している意味がない!)
エディは全力で相手の懐に走り込んでいく。
完全に魔法が空振ってしまったリクロー。エディは彼の間合いまで後一歩というところまで迫った。
エディは拳に魔力を込める。魔法の出来ないエディだって、それぐらいの幽星気(エーテル)操作は可能。学園の模擬戦では、魔力を込めた打撃は魔法でなくても有効とされる。なぜなら実践でも有効な攻撃方法でもある。エディはこの隙を待っていたのだ。
しかしエディと目が合ったリクロー・エンは笑っていた。
「えっ?」
足に違和感。勢いよく駆けていた足が重くなる。慌てて視線を落とすと、先程、避けたはずの光の影が絡みついていた。
(目印の魔法自体が設置型? それを踏んで、罠っ!)
考えれば相手は一度とはいえ、序列に入ったことのある人間だ。それなのに見せた隙があまりに大きかった。エディはまんまと乗せられたのだ。
隙があればエディが相手に近付きたがるのは周知の事実だ。中遠距離戦が主である魔法戦においても、彼女に接近戦以外の戦法がないのだから予測と言うには確定的な分析だ。自慢の『霊視』も注意を払っていない場所では意味がない。相手ばかり気にして、足下がお留守になったエディの失態だ。
「猪突猛進」
にやりと対戦相手が呟く。それがエディに向けた悪口と気付いたときには、彼は軽快に飛び退いて間合いを開けていた。それがエディへの最後通告に等しかった。
〈キヤノンキヤノン!〉
発射の呪文。リクローの両手が魔力を帯びる。そして自動追尾の目印をされた足が、幽星気(エーテル)の鼓動を感じた。
避けられる心配のない自動追尾。リクローはありったけの魔力を両手に注ぎ込む。足を縛る彼の魔法が確かに発動していた。縁故の感染によって魔法同士が引かれ合う。
エディは自身の『霊視』により、彼の両手で膨れあがった魔力が間違いなく自分の足に当たると確信してしまう。
空気を取り込んで、うねり迫ってくる二つの魔力弾。魔力量も先程までとは段違いに大きい。エディは迫り来る脅威を前に、目を瞑(つむ)り、息を吐いた。
魔法が直ぐそこに迫っているのに静かだった。エディの心も闘技場もいやに静かだった。自分の中に光を見た気がする。
勢いよく目を開けたエディの視界には二対の魔法弾。目を閉じていたのはたった一瞬ではあったが、魔力弾はエディの鼻先に掠らんばかりに迫っていた。
エディに何か考えがあったわけではない。ただ自然と体が動いたとしかいえない。
目印の付いた足へと着弾する為に沈み込もうとする魔力塊。それに自ら踏み込んで近づくと、目の前に迫るその荒れ狂う魔力を左手で押しのける。
着弾した魔法がエディの幽星体(アストラル)に反応して炸裂を始める。その刹那の間にエディは賭けた。
僅かに開いた隙間。二対の魔法弾の間に開いた空間に、リクロー・エンの顔が見えた。
〈我が炎よ!〉
右手を掲げ、エディの自由呪言(スペル)が高らかに唱えられる。
それがこの日エディの覚えている最後の記憶だった。
模擬戦の結果も何もかも、どうなったのかはわからなぬままに闇に落ちる。ただ、魔力の衝撃で気を失ったことだけは自覚していた。
説明 | ||
魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。 その第一章の12 以前は書いていなかったルビを 今回より、括弧書きで記載するように致しました。 読みにくい等々、ご意見がありましたらコメントをお願いします。 |
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