中二病でも恋がしたい! デコモリ虫と最期の1週間と修羅場トライ |
中二病でも恋がしたい! デコモリ虫と最期の1週間と修羅場トライ
険しい表情でにらみ合う六花と凸守。2人の中央で右往左往するヘタレ勇太。
そして2人の緊張感は限界へと達し──
「凸守と勝負なのデス、マスター……ううん、邪王真眼っ!!」
「今日だけは……何があっても、叩き潰すっ!!」
武力衝突へと発展することになった。
「負けた方が富樫勇太から完全に手を引く。それで良いデスね?」
「ちょっ? 待てっ! 何でそんな決闘を……」
「その条件で構わない。どうせ勝つのは私なのだから」
「六花まで何でそんな条件を飲むんだ!?」
勇太の制止も聞かずに2人の少女は戦いの道へと突き進んでいく。
「爆ぜろっ、恋敵(リアル)っ!!」
「弾けろっ、恋の因縁(シナプス)っ!!」
「「三角関係の宿命に今終止符を(ヴァニッシュメント・ディス・ワールド)っ!!!」」
勇太の耳にはいつもと少し違うニュアンスに聞こえる掛け声。その声と共に、2人のバトル・フィールドが形成されていく。けれど、何かがおかしかった。
「この空気……いつもとは違うっ!?」
ダークマスターへの覚醒を何度かしたことで中二病魂を取り戻しつつあった勇太には分かった。
今の2人の間に流れる空気が普段のバトルとはまるで異なるものであることに。
「どうなってんだよ、これは?」
2人が準備したバトルフィールドは夕日の児童公園。つまりここ。
普段の戦いが深夜の古城や異次元空間であることと比べるとあまりにも普通過ぎた。
けれど、2人の間に漂う緊張感、重圧、殺気は普段とは比べ物にならないほどに強い。
「本物の戦場にいるみたいに重くて嫌な気配だ」
これは設定と相互協力を重視する中二バトルとは明らかに違う。勇太は瞬間的にそれを感じ取っていた。
じゃあ、どう違うのか?
それを考えた時に嫌な予感がしてならない。そして残念ながらその最悪な予感は外れてくれなかった。
「勇太は……譲らないっ!!」
六花は携帯用の折り畳み傘を構えている。
それは一見普段通りの構え。
けれど、武器や技の名前を叫ぶという六花にとっては最も重要な過程が抜け落ちている。
そして傘の先端は凸守の顔に愚直に向けられていた。格闘漫画に出てくるような凝った構えがまるでない。
眼光の鋭さも普段とはまるで違う。本気で喧嘩をしている人間の目だった。
「今日だけは……何があっても凸守が勝つのデスっ!!」
凸守は髪を緩く束ねていたリボンを髪の根元できつく束ね直す。長い髪は即席ポニーテールとなって長さ1mを越す大きな鞭と変わった。
小柄な少女はその髪の房を淡々と回している。普段のように大げさなアクションは取らない。ただ静かに、けれど回転の力を最大限に発揮できるように効率的に回している。
「やっ、止めろよ。そんなマジなのは……」
勇太にはその効率重視の姿勢が怖くて仕方がなかった。背筋が凍りついていた。
「なあ、2人とも仲良くできないのかよ?」
控え目な声で訴え掛ける。勇太には何故2人が争っているのか理解できない。
だから原因を明らかにして戦いの停止を訴えることができない。ただ、2人の戦闘の構えがあまりにも実戦的なので怖くなって停止を求めていた。
「「…………っ」」
けれど2人は勇太の言うことをまるで聞こうとしない。
先ほどと同じ構えで向かいあっている。勇太はそれに激しい危機感を覚えた。
六花と凸守が本気であることが見て取れてしまったから。
「だから、いい加減止めろって言ってんだよ。2人ともっ!!」
思わず大声を張り上げる。けれど、それは逆効果となってしまった。
「………………っ!!」
勇太の声を聞いて六花が無言のまま凸守に向かって駆け出していった。彼の声は戦端を開く合図となってしまった。
六花は一直線に凸守の元へと駆け寄っていく。そして手持ちの傘を大きく振り上げ、強い力でこれを振り下ろした。自分のことを誰よりも慕っている後輩に向かって。
「………………っ!」
そして凸守もまた無言のまま髪の束を回して迎撃体勢を取る。普段のようにアクションを派手に取ることはない。
ただ、自身に向かって襲い来る凶器を的確に払いのけに入っていた。
交錯する傘の剣と髪の鞭。
「「クウッ!!」」
六花の手に、凸守の後頭部に、かつてない打撃の重みが加わっていた。
2人から思わず苦痛の声が漏れ出るほどに。けれど2人は戦いを止めない。
先程よりも強い一撃を繰り出そうと再び全身に力を篭める。
「「でやぁあああああああああぁっ!!」」
今度は声が出た。しかも、2人とも全く同じ掛け声。
けれど、普段のようにお約束に基づいた掛け合いではない。本気の力の放流に伴う声の迸りだった。
「やっ、やめろよっ!!」
2人の戦いの様を見て勇太はますます顔が青ざめていく。
少女達の戦いは普段に比べてあまりにも余裕がなさ過ぎるものだった。
「あんな本気で叩き合ってたんじゃ、2人とも怪我しちゃうじゃないかっ! 何とか、何とか今すぐ止めないとっ!」
勇太は焦っていた。2人の戦いを何とかして止めようと右往左往する。
けれど、妙案が思いつかない。その間にも戦いは続いていく。
「あんな風に傘で思い切り叩いたら……大怪我しちゃうじゃないか」
六花の攻撃には躊躇がまるでない。体のどこか一部にでも当たってしまえば痛いに決まっている。
当たらなくても傘を振り下ろす反動が六花の手に降りかかっているのは間違いない。
六花達をこのまま争わせ続けるのは危険すぎた。
「何か、何かないのか? 2人の争いを止めさせる方法は!?」
頭を抑えながら苦悩する。
勇太の目の前で2人の少女が全力で攻撃を繰り出し合っている。勇太はすぐにでも飛び出して止めたかった。けれど、それもできなかった。
勇太には武術に心得がない。全力で打ち合っている2人の攻撃を受け止めきれるはずがなかった。
ならば言葉で2人を止めるしかない。けれど、六花たちは勇太の言葉を聞かない。
だから勇太は考える。届かない言葉を届かせる方法を。
「全力で叫んでもダメ。じゃあ、どうすれば…………あっ!!」
勇太の脳裏に凸守との今日の昼間の会話の一場面が浮かび上がった。
『ダークフレイムマスターが命じる。から揚げは俺が食べる。凸守は他のおかずを食え』
『…………分かったのデス』
普段勇太の話に聞く耳を持たない凸守。その彼女が素直に話を聞き入れた瞬間。
今日と普段の違いはどこにあるのか?それは──
「そうか。ダークフレイムマスターだっ!」
邪気眼系中二病に対抗するには邪気眼系中二病しかない。
即ち、2人を上回る邪気眼中二力を示し、その威をもって黙らせるしかないと。
「ダークフレイムマスターなんかに二度と戻りたくはない。だけど……」
2人を睨むようにして観察する。
「私は……この勝負だけは絶対に負けられないっ!!」
「凸守もデスっ!!」
中二が頭につけられない本気のバトルが繰り広げられている。
どちらかが、2人ともが怪我をしてしまうまでもはや一刻の猶予も残されていなかった。
「やるしかないっ!」
勇太は砂場に突き刺さった大剣の柄に手を掛ける。
「蘇れ……俺の前世の記憶。今こそ蘇れ……俺のあるべき姿よっ!! かつて世界を7度滅ぼした魔の大剣よ。再び俺に使役されんことを承諾せよっ!」
両の手に力を篭めて剣を引き抜く。
砂の大地に突き刺さっていた剣が一気に引き抜かれて勇太の両手へと収まる。
「フッ。ハッハッハッハッハ。フッハッハッハッハッハッハ」
大剣が両手に収まった瞬間、勇太の口からは大きな笑い声が漏れ出た。
高校生活では味わって来られなかった興奮。その激しいうねりが体の隅々まで溢れかえっているのを感じずにはいられなかった。
ダークフレイムマスター復活の時だった。
「クックックックック。アッハッハッハッハッハッハ」
勇太は自然と笑いが漏れ出るのを止めることができなかった。
気分が高揚する。そして彼は、その威をもって自らの名を示したのだった。
「我が名はダークフレイムマスターッ! この世界の闇を総べる覇者だっ!!」
勇太の体の中を万能感が駆け巡る。全知全能の神にでもなったような興奮。
少年は今、富樫勇太ではなくダークフレイムマスターに確かに変貌していた。
「小娘どもよ、俺の許しを得ない闘いを今すぐ止めよっ!!」
ダークフレイムマスターの威圧的な声が周囲の空間を侵食する。
「ダーク……フレイムマスター」
凸守の動きが止まった。
少女はダークフレイムマスターに対して背中を向けている。その為に彼女の表情は見えない。けれど、ダークフレイムマスターの威に囚われているのは間違いなかった。
その一方で、全く動きに変化を見せていないのが六花だった。
「如何にダークフレイムマスターだろうと……邪王真眼を発動させれば、声ぐらいで私を止めることはできないっ!」
六花が眼帯を投げ捨てて普段は隠す黄金の瞳(カラーコンタクト)を晒す。
「私の力を甘く見るなっ!」
六花は再び突撃を開始する。凸守よりも、ダークフレイムマスターよりも力は上という六花の自己設定が仇となってしまった。
「チッ! ダークフレイムマスターの言を聞かぬとは愚かな奴よっ!」
ダークフレイムマスターが2人に向かって駆け足で近付いていく。
「凸守……勇太だけは私から奪わないでっ!」
だがその前に六花の傘が凸守に向かって振り下ろされる。
「クウっ!」
凸守は慌てて迎撃に入る。だが、髪を振り回す勢いが先程に比べて明らかに弱かった。
「きゃあぁあああああああぁっ!?」
六花の一撃を相殺しきれずに凸守の体が後方へと吹き飛ばされる。
「凸守ぃいいいいいぃっ!!」
ダークフレイムマスターが吹き飛ばされた凸守へと駆け寄る。そしてその身をクッションにしながら小柄な少女をキャッチする。少年の咄嗟の行動によって凸守は地面に叩きつけれるのを免れた。
「ど、どうしてなのデスか? ……………………チッ」
凸守の口から知らず舌打ちが漏れ出た。
六花の一撃を受け切れずに吹き飛ばされた。そんな自分にどうしようもない苛立ちと悲しみを覚える。
勝負に負けること自体が悲しいんじゃない。普段の戦いではサーヴァントである自分はいつもマスターである六花に負けていた。
でも、今日は違う。勝敗にどうしても譲れないものが賭けられている。
だから、負け自体ではなく、負けてしまった結果に失うことが恐ろしかった。
ダークフレイムマスター……勇太を失ってしまうことに耐えられそうもなかった。
「おいっ! 大丈夫か、凸守っ!?」
必死に呼びかけてくる勇太。
「大丈…夫。なのデス。勇太が受け止めてくれたから」
勇太が受け止めてくれたおかげでほとんどダメージを受けずに済んだ。
「ありがとう、なのデス」
頬を僅かに上下に動かして頷いてみせる。
勇太が支えてくれたおかげで戦い続けることができる。まだ彼を失わなくて済む。その機会を勇太は与えてくれた。
目線を横へと向け直す。勇太の顔がすぐ隣にあった。凸守が安心できる、でも胸を熱くできる少年の顔がすぐ隣にあった。
「ダークフレイムマスター……」
凸守が憧れるその存在の名を口にした瞬間、心臓が大きく跳ね上がった。
すぐ真横に見えるのは勇太の凛々しい表情。正面を向けば戦闘の構えを解いていない六花の厳しい表情。
凸守は勇太に支えられているこの状況からの逆転劇を考え出さねばならなかった。学年主席の頭を駆使して必死に打開策を練り始める。逆転劇の核心となるキーは何か。必死に打開策を練っていく。
「邪王真眼に勝つには、同等の力を持つダークフレイムマスターの加護が必要なのデス」
再び横の勇太の顔を覗き見る。
「六花……お前っ」
勇太は厳しい視線と自分の体を盾にすることで六花の次の攻撃を牽制している。
勇太が味方をしてくれていることはありがたかった。
けれど、それに甘えてばかりもいられなかった。勇太と六花が対立する構図に移っての終焉になってはいけない。
あくまでもこれは、凸守と六花が勇太を巡って争っているのだから。当事者同士でケリを着けなければならない。そう。これは自分と六花の争いなのだ。
「ダークフレイムマスター……富樫…勇太」
少年の名を呟きながらもう1度顔を覗きこむ。
心臓がバクバクとやかましい。体が火照って火照っておかしくなりそう。
今日何度も体験してきた現象。
『いや。何ていうか……その……すごく可愛いなあって思ってさ』
『でっ、凸守は24時間365日、可愛いに決まっているのデスッ!』
今日1日の出来事が脳内で鮮明に再現されていく。
自分の体の異常がどこから来ているのかはもう理解している。
それが分からないほど凸守は鈍感でも意地っ張りでもない。
ただ、認めてしまうのが恥ずかしいだけ。でも、その恥ずかしさも六花が現れたことで吹き飛んだ。
「凸守は……凸守はっ!」
勇太は渡せない。その至上命題が頭の中を占めていく。使命感に体が更に燃え上がる。
けれど、同時に頭が冷えていく。
何故今日勇太とデートすることになったのか。その原因を思い出していくと冷や水を頭に浴びせ掛けられた感覚に支配されていく。
『これでお前もデコモリ虫の呪いに掛かったのデ〜ス』
『デコモリ虫?』
『ダークフレイムマスターとして真の覚醒を遂げない限り、お前の命も後1週間なのデ〜ス』
「そうでした。凸守はパワーアップしてデコモリ虫の呪いを解くためにダークフレイムマスターに接近したのデス」
今回の一連の出来事の始まり。
それは約1週間前に誤ってカタツムリに触れてしまったこと。
脳を乗っ取り人間を死に追いやるデコモリ虫の呪いを解く為にはパワーアップが必要だった。
そしてそのパワーアップとはダークフレイムマスターとキスをすること。
だからこそ勇太をデートに誘った。だからこそ勇太を色々な場所へと連れ回してダークフレイムマスターとして再覚醒させようと試みた。
凸守は愛情とは異なる打算があって勇太をデートに誘い行動を共にした。
それは紛れもない事実。
けれど、その事実というレンズを通してこの1週間を振り返ってみると……。
「全てが…虚しく思えてしまうの……デス」
今日の勇太とのデートまでもが色あせたもののように感じられてしまう。
「こんな風に悲しくなってしまうのは全て凸守の罪。罪は償わなければならない。でも……」
もう1度、勇太の顔を見る。
「償う機会を得る為には……ここで負けるワケにはいかないのデス!」
大きく息を吸い込み
「ダークフレイムマスター…………富樫勇太っ!」
自分の胸を熱くして止まない少年の名を大声で叫んだ。
「凸守の想いを…受け取りやがれ。なのデスっ!!」
そして凸守は自分の顔を勇太へとゆっくりと近付けながらとても小さな声で囁いた。
「凸守は……わたしは…………勇太が……大…好……き……です」
勇太には聞こえない小さな声での愛の告白。
そして凸守は、そのまま顔を近付けて勇太に唇を重ねた。
「「…………あっ」」
勇太と六花の声が揃う。2人とも何が今起きたのか理解できない。そんな感じで目を大きく見開いている。
特に勇太は全身を硬直させて微動だにしない。
「わたしは……負けないっ!」
そんな勇太の初心な反応を見ながら凸守は体が燃え上がってくるのを感じていた。かつてないほどに力と自信が体の奥底から漲ってきている。
「ダークフレイムマスターの加護を得て、凸守は究極の存在へと進化を遂げたのデス!」
勇太から体を離して起き上がる。そして六花と正面から相対する。
「さあ、決着をつけるデスよ。邪王真眼……いや、小鳥遊六花っ!!」
復活を果たした凸守は大声で恋のライバルの名を叫んでいた。
高校生活は幸せか?
そう尋ねられた場合、小鳥遊六花は幸せだと即答することができた。少なくとも1週間前までは。
中学時代、父親を亡くし母親には家を出て行かれた六花はその現実を受け止められずに幻想の世界に生き始めた。
中二病になった結果、クラスメイトからは元より保護者となった祖父と大きな隔絶を生むようになった。
高校を姉の元から通うようになったのも、追い出されたに等しい処置だった。
そんな六花は高校入学を通じて勇太と出会った。少年との出会いは少女が再び幸せを掴み始める大きな1歩となった。
六花にとって勇太は、単なる同好の趣味仲間を越えた異性として胸を焦がす対象になっていった。
『勇太……っ』
その感情を六花が初めて自覚したのはいつだったか。
正直、その感情が何なのか。どう向き合えば良いのか。人との接し方が下手な六花にとってはいまだによく分からない部分がある。
けれど、勇太に対して抱いている感情の正体の輪郭。それについては、この1週間ではっきりと掴んだ。目の前に立っている凸守早苗という後輩少女の存在を通じて。
『勇太は……凸守と本当にデート……するの?』
凸守が勇太をデートに誘ったことがショックだった。
勇太が引き受けてしまったのがショックだった。
勇太がデートを翻意してくれなかったのがショックだった。
それで六花は気付かずにはいられなかった。
自分が凸守に嫉妬しているのだと。勇太と仲良くしている凸守に嫉妬しているのだと。
嫉妬している自分に気付いて六花はとても驚いた。自分にそんな感情があったことを知らなかった。そんなに強く人を思う感情なんてもう壊れてなくなっていたと思ったから。
六花はこの1週間ずっと悩み続けていた。勇太と凸守にどう向き合えば良いのか分からない。2人のことを誰にも相談できず、ただ独りで悶々と悩み続けていた。
そして悩み続けるだけで六花はアクションを起こすこともできなかった。
積極的にデート妨害を起こす気にもなれず、ただ無為に時を過ごしていた。
そして気が付けば勇太と凸守のデートの日を迎えてしまっていた。
けれど、六花は自室に篭ったまま何の行動も起こさない。より正確には動くのが怖かった。
『大好きだよ、凸守』
『凸守もなのデスよ、勇太』
2人の後を尾けて、勇太達の仲の良さを見せ付けられてしまう事態になってしまうことが怖かった。
それは六花にとって勇太と凸守の両方を失う現場を目撃することに他ならない。だから六花はベッドの上で蹲って時が過ぎていくのを静かに待つしかなかった。
六花は己の無力さに押し潰されそうになりながら夕方まで時を無為に過ごしていた。
空が斜陽に変わってきたその時だった。
自宅の固定電話が着信を知らせる音を奏でたのは。
『…………っ』
六花の耳にも固定電話が鳴っているのは聞こえていた。
けれど少女は出なかった。
電話はすぐに留守録に切り替わった。それも20秒ほどで切れた。
六花は再び自分だけの落ち込み内面世界に深く没頭しようとした。
けれど、何故か先ほどの電話が気になった。
『私への電話のはずがない』
六花に電話を掛けてくるのは勇太と凸守ぐらいしかいない。その2人にも必要がないので固定電話の番号は知らせていない。
だから固定電話に六花宛に電話を掛けてくる人間がいるはずがない。
だとすればセールスか姉への用事か。
それ以外の選択肢はないはずだった。けれど六花は何かに導かれるようにして電話へと歩いていった。
電話は非通知で掛けられていた。
しかも何らかの機械かガスを使ったのか、電話の主の声がやたら甲高く響いている。
かろうじて女性、それも少女のものであることが分かったのみ。誰が掛けてきたのか分からない。
けれど重要なのは留守録に残されていたメッセージの中身だった。
『お兄……富樫勇太は今、貴方の自宅近くの公園にいますよ』
伝言は確かにそう告げていた。
『何で……誰がこんなことをわざわざ知らせるの?』
伝言内容は六花にとってあまり嬉しいものではなかった。勇太と凸守のデートを意識せざるを得なくなるから。けれど、知らされてしまった以上、無視することもできなかった。
『勇太……勇太……勇太っ!』
少年の名を何度も呼びながら気が付くと家を出ていた。無意識の行動。
そして留守録の声に導かれるように公園に到着し、飛んできた黒剣に近付いたことで勇太たちに出会った。
『何で凸守は勇太と腕を組んで一緒にいるの?』
腕を組み親密に過ごしている2人を見て六花の心を占めたのは強烈な嫉妬心。潔く身を引くという選択肢はまるで浮かんでこなかった。
その嫉妬の果てに六花は勇太への想いの正体が何なのかハッキリと悟った。
こんな形でその感情を悟るのは彼女にとって好ましいものではなかった。
けれど、気付いてしまった以上、その気持ちをもう押し留められない以上、六花のやることは一つだった。
『爆ぜろっ、恋敵(リアル)っ!!』
『弾けろっ、恋の因縁(シナプス)っ!!』
『『三角関係の宿命に今終止符を(ヴァニッシュメント・ディス・ワールド)っ!!!』』
即ち、勇太を巡った凸守との決闘だった。闘いは六花優位に推移しているはずだった。
けれど、いよいよ大詰めとなったところで凸守は想ってもみない行動に出た。
『凸守は……わたしは…………勇太が……大…好……き……です』
凸守は勇太にキスをしてみせた。六花にとってはあまりにも衝撃的過ぎる光景。そして六花の心をズタズタに引き裂く結果を招いたのだった。
「さあ、決着をつけるデスよ。邪王真眼……いや、小鳥遊六花っ!!」
凸守の全身からかつてない程に力が漲っている。受けたことがない程の強力なプレッシャーが六花に襲い掛かる。
「凸守と勇太がキス、だなんて……っ」
一方で六花は全身の力が激しく抜け落ちていた。キスシーンを見せられたことが大きなショックだった。
凸守と勇太のキスによって攻守は一気に逆転した。
「行くデスよっ!」
凸守が勢いよくその長い髪を振り回しながら六花へと踏み込んでくる。
「チッ!」
六花は傘を振り下ろして凸守のテール攻撃の迎撃に移る。
「うっ!?」
六花は攻撃を受けきることに成功した。
けれど、六花の手に受けた衝撃は今までとは比べ物にならないほどに重い。手の痛みに耐えながら傘を手放さないのがやっと。
「このままじゃ……まずいっ」
凸守の一撃で悟る。
このまま戦い続ければ負けるのは自分の方だと。
けれど、勇太を賭けたこの戦いに負けは決して許されない。
六花の中に不屈の闘志が宿っていく。
「勇太は……勇太だけは譲れないんだからぁ〜〜っ!!」
いつにない大きな声が六花の口から発せられた。
何よりも大切なものを賭けて戦っている。
勝てる見込みが低いなどと第三者的に分析している場合ではない。
是が非でも勝たねばならない。
生まれて初めて好きになった男なのだから。この縁をこんな戦いでなくしたいとは露にも思わない。
「私は……絶対に負けないっ!!」
勇太への想いを動力源にして六花は徹底抗戦する決意を固めていた。
「チッ! あの小娘ども。何故俺の言うことを聞かんのだっ!」
ダークフレイムマスターと化した勇太は目の前の状況が好転しないことに苛立っていた。
凸守を救えたまでは良い。
そして均衡状態に陥った所で戦闘を中断させるつもりだった。
ところが、凸守の突然のキスによって戦況は全く予想外の方向へと推移してしまった。
凸守が大攻勢に打って出始めた。嬉々とした表情を見せながら次々に重い攻撃を繰り出していく。
六花も叫び声を上げながら気合を入れ直し、必死になって防戦に入っている。けれど、凸守が優勢なのは見て取れた。
だから今度は六花側の援軍に入ることが2人の戦闘を止めるには必要になりそうだった。
けれど、勇太は2人の戦いを止める根本的な手段を思いついていない。
究極的鈍感男は2人が争っている本当の理由をよく理解していない。
凸守のキスの本当の意味もよく理解していない。理解しようとしない。
そんな男に2人の乙女の想いのぶつかり合いを止められる術など存在しない。
誰かが入れ知恵してその策を授けない限り。
そんな時だった。
勇太の携帯電話にメールの着信を知らせるメロディーが流れたのは。
「誰だ、こんな時にっ!」
思考を邪魔するメールの存在に腹が立つ。けれど、一方にも藁にもすがる思いでメールに問題解決のヒントを求める。
「樟葉からかっ!」
メールの送り主に勇太は天佑を得た気持ちだった。
微かに手を震わせながらメールの内容を確かめる。
お兄ちゃんへ
後30分ほどで夕飯の準備ができます
たくさん用意しているのでお客さんを
連れて来ても大丈夫です
だから早く帰って来て下さい
「フッ。さすがはこのダークフレイムマスターの妹。まるで全てを見聞きしているかのような正確な情報分析だな」
軽く息を吐き出しながら携帯を閉じる。
「なるほど。つまり樟葉は俺に死を賭して戦いを止めさせて2人を我が家の夕食に招け。そう言っておるのだな」
勇太はメールを自分なりに読み取りながらニヤッと黒い笑みを浮かべてみせた。
「なるほど。ここで死んでみるのも悪くはない。樟葉、お前の伝達を確かに受け取ったぞ」
2人へと顔を向け直す。
勇太の中にも覚悟が決まっていく。
六花と凸守の戦いは続いている。凸守が優勢で六花は必死に防戦を続けていた。
「いい加減に降伏するのデスっ!」
「誰が負けを認めるものかっ!」
必死の形相で睨み合う2人。
「なら、これで終わりにしてやるのデスっ!」
凸守が髪を大きく振り回しての一撃を六花に向かって放った。
「舐める……きゃぁああああああああぁっ!?!?」
六花は迎撃に打って出た。
けれど、髪の鞭の重さに耐え切れずに、六花が手に持っていた傘が弾き飛ばされた。
「だけど、私は負けないっ!」
六花は武器を失った。けれど降伏はしない。傘の代わりに両の拳を固く握り締めている。
打撃による直接攻撃を狙っている様が見て取れた。
六花のその悲壮な覚悟は勇太の危機意識を限界まで押し上げたのだった。
「2人とも、いい加減に戦いを止めろぉおおおおおおおぉっ!!」
勇太はあらん限りの大声で叫びながら2人の間に入ろうとする。
「今度こそ……最後なのデ〜〜スっ!!」
遠心力をフルに発揮した凸守の必殺の一撃が放たれる。
六花の小柄で華奢な体がこの一撃に耐えられるとは思えなかった。
そこで勇太の取った行動は──
「危ないっ、六花ぁあああああああぁっ!!」
己の身体を盾にして凸守の攻撃を背中から受けることだった。
「ぐああああぁっ!?」
勇太の体に大きな衝撃が走る。遠心力を利用した凸守の一撃は想像以上に大きな衝撃を勇太にもたらした。少年の体が大きく崩れる。
「勇太ぁああああああああああぁっ!!」
自分が守った六花を巻き込んで勇太は地面へと崩れた。
地面に崩れた瞬間、勇太の視界は暗転した。
「勇太っ! 勇太ぁっ! 大丈夫っ!?」
けれど、すぐに自分の名前を呼ぶ少女の声に反応して意識を取り戻す。
「フッ。心配など無用。たかが髪の毛。何のことがあろう」
ダークフレイムマスター的な回答を意識しながら六花に余裕を見せようとする。それはただの強がりに過ぎない。けれど、今はその強がりがどうしても必要だった。
「それよりも六花の方こそ怪我はないか?」
自分が押し倒す格好になってしまった六花に尋ねる。
「うん。大丈夫。私は勇太が守ってくれたから」
すぐ真下にいる少女は顔を赤らめながら答えた。
「なら、今退くからな」
少女の答えに安堵感を覚えて上半身を起こそうとする。
けれど、その動作は六花が勇太の首の後ろに両腕を回すことで妨げられた。
「六花?」
六花の行動の意味が分からなくて少女の名を呟く。
少女は頬を朱色に染めて両の目を潤ませている。そして勇太の耳に囁くように述べた。
「勇太に……知ってもらいたいの」
「何を?」
六花の顔がより一層上気した。
「私が……凸守に負けないぐらいに貴方を……大……好……きだということを」
「今、何て?」
肝心な部分がよく聞こえなかった。けれど、言葉が小さい分を六花は行動で補った。
「勇太……これが私の貴方への気持ちだから」
六花は顔を上げて勇太の唇にキスをした。
「えっ?」
「あぁああああああああああああああああぁっ!?!?」
突然のキスに再び呆然とする勇太。
2人のキスシーンを見せられて大きな叫び声を上げる凸守。
「これで私もダークフレイムマスターの加護を得た。条件は凸守と同じっ!」
六花は雄雄しく立ち上がりながら宣言する。その瞳には先程までは消え失せていた自信が漲っていた。
勇太は呆然としながら口を押さえて考える。真っ白い頭で何とか状況を理解しようとつとめる。
「ダークフレイムマスターの加護? 凸守も同じことを言っていたような?」
頭に何か引っ掛かる。2人が同じようなことを言っていることがどうにも気になった。
そしてその引っ掛かりは1つの答えを導き出していった。
「もしかして、2人は中二病チックな設定の為に俺にキスしたと言うのか?」
とても大事な点を見落としながら勇太は推論を述べた。
「ああっ、でも、そう考えると納得がいくことが多過ぎるぅ〜っ!?」
頭を両手で抱えながら現状を必死に理解し直す。ヘタレ鈍感男の本領発揮の瞬間だった。
「いや、そうだよな。凸守と六花が俺のことを好きだからキスをした……なんてあるわけがないもんな」
アハハハと笑って誤魔化す。チキンな勇太は2人の少女の想いを受け止めることができない。代わりに冗談に流してしまおうと必死に頭を張り巡らしてしまう。
幾らダークフレイムマスターを気取っても、結局は臆病者だった。恋を正面から受け止められなかった。
「ならば、俺の成すべきことは更なる中2を示すことなりっ!」
大きく深呼吸して目を瞑る。体の中に黒く熱い滾りを巡らせる。
中学時代の高揚感を今再び思い出す。高揚感に全身を支配させて高らかに歌い上げる。
「即ち、ダークフレイムマスターたる我が威をもって2人の争いを止めるのみっ!!」
ダークフレイムマスターに死亡フラグが立った。
今一度ダークフレイムマスターとして再覚醒を遂げた勇太。少女達の想いを受け止めきれず、現実逃避へと走った。そのチキンな馬鹿者に報いの瞬間が訪れようとしていた。
「フッ」
勇太は対峙している2人の少女を見て威風堂々と背筋を反らしながら不敵に微笑む。
「三角関係の修羅場遊びを止める方法など古今東西やり方は1つと決まっている」
人は何故自ら死亡フラグを立てるのか?
DT富樫勇太はその訳をまだ知らない。けれど、勇太は確かに自ら死にに行っていた。
「さあ、2人とも。よく聞くが良いっ!」
六花達の注意を惹き付けながら両手を大きく横に広げる。
「勇太っ、邪魔しないでっ!」
「凸守は決着をつけないといけないのデスっ!」
凸守たちは怒りの表情を勇太に向けた。けれど、この瞬間、2人の争いは確かに止まっていた。
そしてその隙を逃す勇太、いや、ダークフレイムマスターではなかった。
「これ以上俺の為に争うのは止めてくれぇええええええええぇっ!! 俺の美貌は、女達を狂わせてしまうんだぁ〜〜っ!!」
涙を流し自己陶酔に浸りきりながら大声で叫ぶ。残念を極めた戯言だった。
だが、残念を極めるほどに自身の作戦が成功すると勇太は確信を抱いている。
「フッ。相手は中二病患者。中二病的物言いの方が通じるに決まっている」
ドヤ顔で偉ぶってみせる。2人の争いが恋愛ごっこでも修羅場遊びでもないという可能性を頭から完璧に消してしまっていた。
「「………………っ」」
六花と凸守は勇太の言葉を聞いて全く言葉を返さなかった。代わりに戦闘の構えを解いて勇太へと向かって歩き始めた。
「そうだ。いいぞ、2人とも」
少女達の様子を見ながら勇太は自分の説得が功を奏していると確信を抱いた。
そしてこの一連の流れをもって一気に問題を解決することを決意した。
「さあ、六花。凸守。俺の胸に飛び込んで来〜〜いっ!」
体を最大限に『大』の字に広げ、六花と凸守を受け入れる体勢を整える。
そんな勇太の行動に呼応するように少女たちが駆け寄ってくる。
少女達の健気な姿に胸を打たれながら勇太は最後の決め台詞を発したのだった。
万感の想いを篭めながら。
「お前達が…………俺の翼だっ!!」
決まったっ!!
言葉を述べ終えた瞬間、勇太は心の中でガッツポーズを取った。
三角関係を円満に解決する最強にして最善の決め台詞を述べた。
勇太はそう確信していた。
そして──実際に決まった。
「「死ネ〜〜〜〜っ!!」」
「うわらばぁあああああああああああぁっ!?!?」
勇太は大空へと力強く舞った。
魂だけでなく肉体も飛び上がった。
六花と凸守の渾身のグーパンチを両の頬に食らい、母なる地球の重力から一時的に解き放たれた。
遥か高く高く遠く、かつてイカロスが目指したという太陽目指して飛び上がり
「闇の炎に抱かれて……死んだ……ぶびょげおえtrごえいほちえ!?!?」
どこからともなく亜光速で飛来したおたまを頭に食らってとどめを刺されたのだった。
ダークフレイムマスターは死亡フラグを行使しました。
勇太はドサッという音と共に地面に落ちてきてピクリとも動かなくなった。
そんな生ゴミ以下の男を2人の少女はとても白い瞳で見ている。
「凸守……勇太と付き合うということはきっとずっとこんな感じを意味する」
六花は気絶した勇太をジト目で見たまま凸守に話しかける。
「そんなことは分かっているのデス」
凸守は同じく勇太をジト目で見たままごくあっさりと同意してみせた。
「じゃあ……」
六花は少し期待を篭めた瞳で凸守を見る。けれど、凸守は首を横に振ってみせた。
「だから富樫勇太は凸守が教育して立派な凸守色の良い亭主に染め上げてやるのデ〜ス」
凸守が見せたのは笑顔、というかドヤ顔だった。
「ムムムムム」
凸守の返答が不満でならない六花。
「ゲッフッフッフ。なのデ〜ス」
2人の間に再び緊張感が走っていく。
勇太の死は無駄死にでしかなかった。
六花と凸守が思いを新たにした時だった。
「あっ。お兄ちゃ〜ん。こんなところにいたんだ〜」
勇太の妹、富樫樟葉が公園内へと入ってきた。
「樟葉?」
六花は驚きをもって少女の名を口にした。
「六花さん、こんばんは」
樟葉は六花と凸守に向かって頭を深く下げる。礼儀正しい挨拶だった。
「……うん。こんばんは」
挨拶をしながら六花は困っていた。勇太が気絶しているこの状況をどう説明したものか。
ついでに凸守は知らないフリをしてそっぽを向いている。
けれど樟葉が取った行動は六花の予想外のものだった。
「夕飯作り過ぎちゃったんですけど、六花さんもそちらの方も一緒にどうですか?」
樟葉は笑顔で夕食を勧めてきた。気絶している勇太には一切触れず。むしろ足で顔を踏みつけながら。
「でも……」
気絶して伸びている勇太を見ながら返答に困る六花。
「お兄ちゃんは今夜星空の下で寝たいみたいです。だから気にせずに食事にいらしてくださいね」
樟葉は癒し系オーラを全開に発する笑顔で再度食事を勧めた。
「…………でも」
「お兄ちゃんの分。余っちゃいますから♪」
樟葉は笑顔を重ねて六花と凸守を誘った。足を何度も上下させて兄をスパンキングしながら。
「…………分かった。ごちそうになる」
「凸守もご相伴に預かるのデ〜ス」
2人は樟葉の笑顔に何かただならぬものを感じながら首を縦に振った。
「じゃあ、早速移動しましょうか♪ そこの女の子の心を弄ぶ粗大ゴミは置いて♪」
「「イエスっ! ユアハイネスっ!」」
敬礼しながら返答する。六花と凸守は本能的に悟っていた。
この子に逆らっては勇太と同じ目か、それ以上に酷い目に遭うと。
こうして六花と凸守は終戦を迎えて樟葉と共に富樫家を目指すことになった。
「あっ、カタツムリですよ。可愛い♪」
途中、公園の入り口付近で樟葉はカタツムリをみつけて右手の手のひらに乗せた。
それを見て凸守が驚愕の表情を浮かべる。
「お、お前っ! デコモリ虫に触ったりなんかしたら、呪いによって1週間後に死んでしまうのデスよ!?」
凸守はプルプルと指を震わせながらカタツムリを見ていた。
「脳腐虫に触れてしまった場合、ダークフレイムマスターと同等かそれ以上の力がなければ死んでしまう……っ」
六花も凸守と同じ見方でカタツムリを見ていた。その全身を大きく震わせている。
「ダークフレイムマスターの加護を受けた凸守やマスターはともかく、一般人のお前は……」
「大丈夫、ですよ」
震える2人に対して樟葉はニコッと笑ってみせた。
「ダークフレイムマスター程度の力で呪いを防げるというのなら……全く問題ないですから♪」
樟葉の笑みは春の木漏れ日のように優しく暖かかった。
「……そう」
「分かったのデス」
六花と凸守はそれ以上の追及を止めた。追ってはいけない。それだけはよく分かった。
そして3人は再び揃って富樫家に向かって仲良く歩き始めた。
「今日は十花さんに教えていただいた秘伝のエビチャーハンを準備していますよ♪」
「プリーステスのエビチャーハンは絶品」
「そう言えば、凸守に向かって放たれたダガーや黒剣は誰が犯人だったのデスかねえ?」
「私の所にも奇妙な電話が掛かってきた」
「さあ? きっとイタズラな風さんか、気まぐれな恋のキューピットさんの仕業じゃねいですかねえ?」
3人でお喋りしながら富樫家へと向かう。
凸守と六花は今日という日を通じて自分の想いを確認した。
互いを恋のライバルだと認めるようになった。
そして……ダガーや黒剣を凸守に向かって放った犯人が誰なのか。六花に勇太の現在位置を知らせたのは誰なのか。
それらの謎が明かされることは永久になかったのだった。
一方、勇太は──
「フハハハハ。闇の炎に抱かれて消えろっ!!」
綺麗な星空が輝く中、勇太は公園で一夜を過ごしたのだった。
とても幸せな夢を見ながら……。
了
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