〔AR〕その23.5 |
「目撃証言は確実に増えてる」
はたては、目の前で己を一瞥もせず本を読む相手に、藁半紙を投げた。
「大ざっぱだけど、5W1Hでそれにまとめておいたわ」
「……」
投げられた紙を、その人物、パチュリーは、魔法でたぐり寄せる。そして、読んでいる分厚い本をまるで書見台代わりにするかのように、紙を当てて目を通す。
ここは紅魔館大図書館の談話室めいた一角で、周囲の圧迫感に反して白いテーブルが優雅なスペースを確保していた。
はたてが、紅魔館の大図書館に訪れるのは滅多にないことだ。しかし今日は、ここの主であり、バイオネットの代表責任者であるパチュリーに、どうしても話しておかなくてはならないことができたので、こうして今パチュリーと対面していた。
「つーか、私もとうとう見ちゃったわ」
「何を?」
パチュリーは初めて興味を示したように、視線をはたてに向けた。
「言ってもいい?」
「躊躇する意味が分からないわね」
「吸血鬼異変の頃に死んだ同期」
聞いて後悔をするつもりはなかったが、パチュリーはあからさまに苦い表情を見せた。パチュリーは吸血鬼異変に本腰を入れて関わっていたわけではないので、死んだというはたての同期とは何の関係もない。しかし、気分のいいものではなかった。詳細を聞く気にもならない。
それと同時に、八雲紫が想定していたであろう実験が成功したことに、さらなる居心地の悪さを感じた。はたての方も、口に出したくないことだったようで、憮然としていた。
パチュリーは、改めてはたての寄越した紙を眺めつつ、話題を変えた。
「……これ、天狗はもう新聞にしている?」
「あったり前じゃない。バイオネットっていうライバルが一時的にも姿を消した手前、秋祭りの記事そっちのけで特集打ち出している連中ばっかよ。あからさまなネガティブキャンペーンになってないだけ、まぁ良心を感じるわね」
「となると、スキマは情報統制するつもりはないみたいね」
「どういうこと?」
「天狗の新聞はもう冬の嵐の前哨戦みたいなものとして、それくらいの風説の流布はあきらめてるってこと。あえてそうしているのか、それとも余裕がないのかは本人に確認したいところだけど」
パチュリーは手にした本を見開きの状態でテーブルに置いた。よく見ると、それは単なる本ではない。かといって魔導書でもない。ページはうっすらと光を放ち、文字が脈打つように動いている。
これは紫から提供された、百科事典型のバイオネット端末である。管理者専用であり、幻想郷中に設置されているタイプよりも高機能である。ただ試作部分が残っているので、汎用端末への技術フィードバックは先送りにされている。
「今日のところはまだ連絡がこない。よほど忙しいみたいね。何してるか知らないけど」
「なんか、結局原因を掴めていない感じがするんだけどー」
じっとりとした半眼を向けるはたてに対して、パチュリーは。
「原因自体はわかっている」
「え」
「今私やスキマが頭を悩ませてるのは、原因から導き出される予測と事象が、どこか食い違っていること」
パチュリーは、管理者端末を操作し、画像を出した。プレゼンするように、説明を行う。
「私たちは、バイオネットが抱えている問題が表面化するのは、この間の秋祭りの日が最も可能性が高いと考えていた。バイオネットが稼働している期間の、最後にして最大のイベント。多種多様な人妖が集まる白昼の百鬼夜行。何も起こらないはずはない、と考えていた」
「な、何が起こると考えてたのよ」
「軽度ならば、今も続いているような幻の出現。これくらいで済むのなら問題ない。リスクが生じてくるのは、そういうバイオネットによる幻が、その日人里にいる者達の正気を失わせるあたりからね」
「でも、そんなもん、酒飲んで暴れたのとかと、判別できんの?」
「難しいわね。だからこそ、スキマは式神をほどほどに飛ばして監視していたらしいけど……実際のところ、あの祭りの規模としては、奇跡的にトラブルが少なかったらしいわ。私たちから見れば軽度のインシデントが起こったともいいがたい」
「じゃあ、問題なかったってことじゃない」
「だから、予測と事象が食い違った。さっき、原因はわかってるとはいったけど、スキマが言う原因ってのが、ピンとこないのよ。ほんとのところ、あいつもわかってないんじゃないかしら」
「……とりあえず間違っていてもいいからさ、その原因とやらを教えてくれない? 元々私はそれを教えてもらう約束で協力してんだからさ」
「とりつけたのはあいつよ……じゃあ、以前スキマの奴があんたに投げかけた疑問の答え合わせでもしようじゃない。あんたはどう考えた?」
はたては、少し沈思黙考し、慎重に答えを提示する。
「あんときに話にあがったケースと、あれからさらに証言を収集した上で私が考えたのは……なんてことはない、心の中で望んだものや、印象に残ったことが、改めて見えただけじゃん」
「……」
「しかも証言の多くは、故人の姿を目撃する系だった。私もまさにそうだったしね。その多くに入らないケースにしても、なんていうか、その、身の危険を感じるとか、食べ物のこととか、言うなれば命に関わるような話しばかりだったわ」
「……なるほど」
パチュリーは、目から鱗が落ちたように、表情を改めた。
「ピンときた」
「へ?」
「私としたことが、そんな単純なことにも気づかなかったのね」
「なによなによ、勝手に一人で納得しちゃって。早く答え合わせしてよ。あってんの? あってるって考えていいの?」
その時だ。テーブルにおかれた辞典型端末が、耳慣れない音を発した。
「!」
パチュリーは、嫌な予感を的中させたように、端末を持ち上げて操作する。先ほどの音は、新着メッセージの通知音である。バイオネットが休止している現在、この端末にメッセージを送ってくるのは、一人しかいない。
一瞬で浮かび上がった文字の群を見たパチュリーは、目の色を変えて突如立ち上がった。
「取材の時間は終わりよ。さっさと帰る」
「ちょっとちょっと、どこいくのよ!」
あわてて引き留めるはたても眼中になく、パチュリーは図書館の奥へと歩みを進めた。
「あいつからメッセージが来た……『Xデーは近い』とね」
「なにそれ!?」
「最後に私が教える回答は一つ」
おいすがるはたてを払いながら、パチュリーは呪文のように吟じた。
「人間にとっても妖怪にとっても、この世で最も魅力的な幻想……すなわち、それは」
言いながら、パチュリーは紫からのメッセージを反芻する。
――もし、バイオネットが異変を起こす兆候を示したならば。
――これより指定するプログラムを指定の手続きで実行せよ。あらかじめ準備されたし。
「だーもう! まちなさいってばこら!」
パチュリーは、未だ追いかけてくるはたてを見て、少なからぬ自己の動転を実感した。振り切ったつもりでいたが、よくよく考えなくても、足の速さで天狗にかなうわけがない。
嘆息し、パチュリーははたてを振り返った。
「付いてくるならあんたも連帯責任で手伝ってもらうわよ」
「ああん? もう何がなんだかわかんないけど、とにかく納得いくまで説明してもらうからね!」
「説明しなくても、納得するわ、きっと」
目指すは、大図書館奥の余剰スペースに設置された、バイオネットのサーバルーム。そこに、バイオネットの本体があるといってもよい。休止に伴い、現在は稼働を停止させているのだが、その状態でもなお、事態が進行しているのであれば、もはや猶予は限られているかもしれない。
「まったく――」
「何よ!?」
「やっぱりあいつと関わるとろくなことにならないんだって、今更言いたくなったのよ!」
本当に久々に、パチュリーは、心の底から、己の感情を吐き出した。
説明 | ||
twitterにて週間連載していた東方二次創作小説です。 前>その23(http://www.tinami.com/view/531937) 次>その24 前編(http://www.tinami.com/view/532310) |
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